●リプレイ本文
●最初から最後まで
「自分で作った罠に餌として隠した武器が、結局自分にとって最も都合の悪い餌になったとはな。ずいぶん皮肉な話なこった。‥‥全く、立町っていうのはどんな世界を見てこういう術を編み出したのかねぇ」
「覚悟はしていたでござるが‥‥。正に、六道の 道を外さば 外道也 でござるな‥‥」
一行は最後の六道である人道を突破すべく、封印司洞へと足を踏み入れた。
しかし、今回はいつもと違い、六道に突入したのは僅か四人。
前回も邪魔をしてくれた黄泉将軍、十七夜=古の陰陽師、立町の襲撃が再びあると読み、チームを半々に分けたのだ。
踏み入ったメンバー‥‥鷲尾天斗(ea2445)や久方歳三(ea6381)が人道で見た光景は、およそ予想の範疇ではあったものの、いざ目の当たりにすると自然に胃がもたれるものであった。
今よりかなり古めかしい京の都で目を覚ました四人は、人間の負の面を凝縮したような周囲の光景に眉をひそめる。
喰い、殺し、犯し、奪い、虐げ、謀り、騙す。
あちこちの路地には腐乱した死体が散乱し、すでに白骨化したものも珍しくなく。
殺しても殺されてもなおどこからか沸いて出てくる人間たちが、京都を地獄と変えていた。
「す、朱雀大路が‥‥! これじゃまるで、地獄道でもあり、餓鬼道でもあり‥‥畜生道でも修羅道でもあるように見える‥‥!」
「この状況を連中が疑問に思わないところを見ると、天道のような中毒性もあるってことか。裏切り、挫折。まあ人間の心は弱いわな。が、それに向き合うのも又人の心。なんでお前さんたちとここにいる今、俺はそれを信じるぜ」
雨宮零(ea9527)もパウル・ウォグリウス(ea8802)も、すでに気付いていた。
程度の差はあれ、自分たちが生きる人の世そのものが六道の権化とも言えるのだと。
人道の中の人々は四人が見えないかのように無視をして、ひたすら悪徳を積む。
しかし、その中にあって、一行の前に立ちふさがるように現れたのは‥‥!
「おやまぁ。こいつもまた予想通りと言うかなんというか。参るね、どうも」
「僕たちと同じ顔‥‥実力も同じと見ました。しかし‥‥僕は! 俺は、あんな邪悪な笑みは浮かべない‥‥!」
「あれを倒せば人道突破と行けばよいのでござるが‥‥。各々方、自分と戦う準備は良いでござるか!?」
「あったりまえだ! 今までの自分を後悔するようじゃ武士(もののふ)は勤まらねぇし、これからを恐れるようじゃ新撰組は名乗れねぇ。恐れを知ってなお、それを畏れず! 俺は自分が生きる力に一点の疑問を持った事がない!」
あくまで『人』として生きるため、四人は武器を構える。
その眼前には、自分とは思いたくないような邪悪なうすら笑いを浮かべた自分自身。
今まで培ってきた力と経験が、そっくりそのまま自らに襲い掛かる―――!
●立ち待ち
一方、六道辻の外‥‥つまり、洞窟の前で十七夜を待ち構えるチームは、すでに準備を終えて待機していた。
シオン・アークライト(eb0882)の進言で、十七夜の魔法対策とすべく、簡易的ではあるが石垣や木の柵などを建造し、洞窟の前を物理的に固めたのである。
「あまりガチガチにやっちゃうと、バリケード内部に十七夜が現れた場合とかに動き難いから、節度が大事よね」
「なるほど‥‥雪合戦の時にでも使えそうな気がしますね。回りこまれてしまっても退避しやすく、ですか」
「ここへあの者を呼び寄せる原因を作ったのも私自身‥‥それにあちらも、『あの女』呼ばわりで随分目の敵にしているようですから。殿方のご指名には、応じるのが筋でしょう?」
「おや‥‥らしくない物言いだな。まぁ、そんな冗談を言えるだけの余裕があるなら大丈夫だろう」
こちらの班には、琉瑞香(ec3981)、シグマリル(eb5073)、御神楽澄華(ea6526)の三人が‥‥つまり、今まで六道を打ち破った際に封印が解かれた武具が三つ揃っている。
一つが破壊されてしまい、一つが不在とはいえ、六道の半分以上が味方なのだ。心強い布陣と言えるだろう。
しかし、いくら待てども十七夜が現れる気配は無い。
防寒着を忘れた琉も、焚き火に当たることで凍えるのを逃れてはいるが、こう緊張しっぱなしでは身が保たない。というか、物理的にそこまで長く集中は保てない。
焦れる。焦る。浮き足立つ。
六道の中の面々ほど深刻でないにしろ、日が暮れ、夜の帳が降りきった頃には、流石の四人も不安を隠せないで居た。
夜になれば、十七夜の接近を感知するのは更に難しくなる。
それに、人道へ向った面々が意識を途絶してからすでに8時間近く経つ。
そんなに苦戦しているのだろうか?
それともまさか、もう戻ってこられないような状況に追い込まれてしまったとでも言うのか。
洞窟の中で身を隠しているシグマリルも、流石にずっと洞窟の中にいては凍えてしまう。
四人は代わる代わる焚き火に当たりながら、持ち場を維持していたが‥‥。
「どういうことでしょう? 十七夜が私たちの動きを監視しているとすれば、仕掛けてきてもおかしくないはずなのですが」
「そうだな‥‥。手勢を連れているにしても単独にしても、やつの芸達者具合なら様々な方法がありそうなものだが‥‥」
「今更私共を放っておくとは思えません。例え人道に絶対の自信があるにせよ、自らも赴いてくると思いますが‥‥」
「宿敵としての勘、ってやつかしら? それにしても、零たち遅いわね‥‥。時間の経ち具合って言う意味じゃ、修羅道の時は中でまる一日経ってたわけだけど‥‥」
長く苦しむタイプの六道であれば、まだ待たねばならないかもしれない。
突入組みの身体に毛布の一枚もかけ、無事を確認してやりたいのは山々だが、それでこちらの四人が人道に引きずり込まれては話にならないのである。
見上げれば、欠けど美し月の光(こう)。
立って待つこと十七夜(この場合はじゅうななやと読む)など、タチの悪い洒落にもならない―――
●死線を越えて‥‥?
全ては終わった。
鷲尾、雨宮、久方、パウルの四人は、一人の例外も無く死の一歩手前ではあったが、からくも鏡写しの撃破に成功。
自分が強くなっただけ強くなって襲ってくる敵との戦いは、まさに死闘であった。
「シオン‥‥なんとか戻ってこられたのは、君が待っていてくれたからだよ‥‥」
「ったく、最後までこれだ。ホント、六道辻は地獄だったぜー、フゥハハハーハー!」
意地や想いの分で、からくも勝利した。そう言って差し支えないだろう。
例の洞窟内で目を覚まし、一振りの日本刀を回収した四人は、痛む身体を引きずって迎撃班と合流した。
「そっちも大変だったみたいじゃないか。こっちはまぁ、この『人』って字を失わずに済んださ」
「十七夜は逃げたでござるか。いつか決着をつけないといけないでござるな‥‥」
ポーションで傷を癒し、人道内での激戦や、突入班が意識を失ってからほぼ時を置かずに襲撃してきた十七夜指揮する不死者軍団との戦いの軌跡を語り合い、京都へ帰還。
十七夜こそ逃がしたが、六道辻は全て攻略、日本刀の封印も解いた。
ただ、人道の突破条件がいまいちはっきりしないのが気がかりだったが‥‥やはり鏡写しの撃破だったのだろう。
そして‥‥それぞれ今も、忙しくとも充実した、それぞれの道を歩んでいる―――
●ズレの正体
「おかしい‥‥もうまる一日以上経つぞ。餓死はしないまでも、水や厠の問題はどうなるんだ‥‥?」
「それより先に、いくら防寒着を着ていても凍え死んでしまわないでしょうか‥‥? なんとかして差し上げたいのですが‥‥!」
「零‥‥どうしちゃったの? まさか‥‥」
「見ようと思えば姿は見えるのですが‥‥。身体を揺する、息を確認するといったなんでもないことができないとは」
シグマリルの言うように、すでに丸一日以上が経過するのに、突入班の意識は戻ってこない。
十七夜の襲撃も無く、夜が明けてしまった。
徹夜状態の彼らからは、更に集中力が欠けていき、不安と焦りばかりが大きくなる。
十七夜ほどの策士となれば、こちらの動きを察知していないはずは無い。
目を離した隙に人道を攻略されましたでは、あまりに間抜けだ。
黄泉人が睡眠を必要とするのかも怪しいわけで‥‥始終ここを見張っていると考えるのが妥当だろう。
「それとも、十七夜はそこまで間抜けだったりして‥‥」
「ありえません。確かに所々抜けたところもありますが、この場面で私たちを見逃すわけがないと断じます」
「恐れをなしたわけでも、諦めたわけでもないでしょう。ではまさか‥‥『すでに何か仕掛けて』いる‥‥?」
ぞわりと四人の背中に寒気が駆け上がり、全身が総毛立つ。
焚き火の前に座って談義していた状態から、一気に四方を警戒する戦闘隊形へ移行した。
黄泉人の十七夜は、かつては精霊魔法と陰陽道を学んだ陰陽師で、それらを融合させることで新たな秘術を作ったという。
六道辻も、血の教会を隠した薄至異認の森も彼の製作によるものなら、それに類するような術がまだまだある‥‥?
「落ち着け‥‥考えろ。仮に俺たち四人が幻を見せられているとして、その媒介は何だ? 全員が必ず見るもの‥‥全員がそこから離れないもの‥‥。それとも、この場所そのもの‥‥? ‥‥いや、違う!」
不意にシグマリルが天道・解に矢を番え、焚き火に向って射掛ける!
その瞬間、周囲の空間にひびが入り、あっという間に砕け散った。
すると、日が昇っていたはずの景色が一気に夕焼けに変化する‥‥!
「ちっ‥‥思ったよりは時間が稼げたが、やはり死ぬまでは縛れんか‥‥!」
そして、一行のすぐ近くには、最早見慣れた黄泉将軍‥‥立町が何らかの印を組んで立っていた。
どうやら炎の揺らめきを媒介に、それを一定時間以上見た者に幻を見せ続ける術‥‥それをかけられていたようだ。
「十七夜っ! くっ‥‥どこまでが幻で、どこまでが真実だったのか‥‥!」
「貴様か、天道を砕いた要因は。道理で堅物なわけよ‥‥この術に気付くとは」
因縁深い御神楽をさておいてまで、シグマリルに憎々しげな視線を送る十七夜。
シグマリルは、確かな意思で十七夜の前に立ちふさがる。
「当初の予定とは違ったがな‥‥。この現実世界の、現状を突破する攻略条件は、十七夜から人道に入った仲間を護り、封印武具人道・解を破壊させぬ事。これが俺の、人道攻略だ‥‥!」
「ふん‥‥それも本筋の人道内部で仲間が全滅しては話しになるまい。今頃中の連中は、すっかり六道辻を突破したつもりになって、幻の貴様らと京に凱旋して余生を送っているさ。そうだな‥‥そろそろ五十年ほど経っているはずだから、死ぬやつもでてくるだろう」
そのための時間稼ぎ。
一度突破したと見せて、現実に戻ったような幻を見せて内部に留まらせる二段構えの六道‥‥それが人道。
幻の中とはいえ、老いて精神が死んでしまっては肉体も死ぬ。そういう理屈でできているのが六道辻‥‥!
「‥‥この六道辻を作った意図が何であれ。人の中の餓鬼。人の中の天道。人の中の畜生。人の中の修羅。人の中の地獄。私共があえて目を背け、しかし確かに私達の中にあるものを、私は六道辻に挑むことで実感する事ができました。仏に仕える身として、作成者であるかつての貴方に感謝いたします。そして、仲間達を妨害する今の貴方に全力で手向かい奉ります」
「突然何だ? 人として揺れても、僧としては確かでいられるとでも言うのか?」
格闘が苦手にもかかわらず、餓鬼道・解を持ち出して十七夜に一礼する琉。
話を聞いていたのかと更に続けようとする十七夜の言葉を、御神楽とシオンが遮る!
「あなたはまだわかっていません。人の可能性‥‥人の想い。それに幾度となくまれてきたはず‥‥!」
「分かるわ‥‥帰ってくる。零は、私を置いていなくなったりしない‥‥!」
「まさか‥‥!?」
十七夜も妙な気配を感じたのか、洞窟の入口に視線を向ける。
そして、暗い洞窟の底から歩み出てきたのは‥‥!
「ただいま‥‥シオン。待たせちゃったね‥‥」
「まったく、パウル殿が数十年ぶりの同窓会を、と言ってくれなかったらと思うとぞっとするでござるよ‥‥」
「ジャパンに来て感心したことその1だ。人という字は支えあって出来ているモノらしいな。そして人間という文字は人と人の繋がりで出来ている。袖触れ合うも他生の縁、ってな」
「キャッホーイ! 俺、参上!」
突入組みの四人は、それぞれそれなりの傷はあれど、全員無事で戻ってきた。
夢でも幻でもない、これが現実‥‥!
「なんだとぉ!? 鷲尾タカトたちだとぉ!?」
「タカトじゃねぇ、テント‥‥あぁいや、合ってるのか。まぁいい、どっちみち貴様は潰す! ぜってー潰す!」
そう‥‥人道内で数十年の年月が過ぎた頃、パウルの進言で六道辻に挑んだ面々が同窓会を行ったのだ。
その席は、キバッて新撰組局長まで上り詰めたはいいが、すでに年老いて余命幾許も無い鷲尾のために設けられた。
しかし、そこで奇妙な違和感があったのだ。
まず、突入班四人以外の面々と話がかみ合わない。
元々京都に帰ってきた時点で妙な違和感はあったし、全員年を取ったということで収まるかと思われたが‥‥パウルとシオン、琉はまだボケるには早い状況であることにパウル自信が気が付いた。
違和感の正体。突入班の四人だけが共通の状況と違和感を覚えていること。
そして、それに気付いた久方が、もしやと思い、自分自身に刃を突き立てた瞬間、人道は砕け散ったのだ。
「ば、馬鹿な‥‥六道辻が! 人に攻略できぬよう試行錯誤した私の傑作が!?」
「人が作ったものならば、人に越えられぬ道理はありません! ここでお終いです、十七夜!」
「この日本刀『人道・解』で、因縁ごと黄泉の国に送り返してやる! キバって行くぜ!」
「幻を貫き、悪を貫くこの一矢‥‥受けろ!」
「この一撃に、全身全霊を込めます」
そして、御神楽、鷲尾、シグマリル、琉による六道武器の一撃が十七夜に直撃した瞬間‥‥!
ボウン、と音がして、十七夜の姿が掻き消え‥‥あとには、紙細工の人形だけが残されていた。
「これも幻!? あいつめ‥‥人道が二重なら現実も二段構えか!」
兎にも角にも、今度こそ本当に六道辻は全て突破。もうこの洞窟に六道が展開することは無いだろう。
長い時を越え、解き放たれた魔法の武器たち。そして、血に彩られた冒険者たちの激闘は、十七夜との因縁諸共、地獄道・解の修理依頼へと続きゆく。
終幕の人道は、どうやら現実の人の世と繋がっていたようである―――