●リプレイ本文
●経験
「終らない一日に食い違う証言。外部から来た者には作用しない‥‥? 本当に外部から来た人間に術は作用していないのか? そもそも『たまたま庄屋の家に泊まっていた冒険者』は居たのか?」
新撰組一番隊(代理)である鷲尾天斗(ea2445)は、件の村に入る前からぶつぶつと何かを呟きながら思案していた。
十七夜と幾度となく戦った経験を持つ彼は、今までの傾向から十七夜の行動パターンを予測する。
が、その寄った眉の表情は、周りの冒険者を不安にさせた。
「ねーねー、鷲尾は何か悪いものでも食べたのかなー?」
「放っておいてあげなさい。オトコノコには黄昏たい時があるものなのよ」
「って、なんでだよっ! 俺が真面目に物考えてたらおかしいのか!? つか、お前らも歳的には‥‥ごべっ!?」
鳳蓮華(ec0154)とフェザー・ブリッド(ec6384)が鷲尾から数メートルの距離を取りながらも、わざと聞こえるようなトーンで会話をする。
それにツッコむ鷲尾は、女性に年齢のことを言うという地雷を踏んで蹴り飛ばされた。
「緊張感ないわねぇ。ここはもう術の中だって言うのに」
「俺は真面目にやっとっただろーがっ!?」
「悩むのは大人に任せて、若者は若さで勝負といきましょう!」
「若さ、ねェ。振り向かないことかしら?」
ステラ・デュナミス(eb2099)が天を仰いでいるのを尻目に、まだ十代である春咲花音(ec2108)と頴娃文乃(eb6553)は異なるテンションで生暖かく見つめていた。
延々と繰り返される七月八日を打破すべく、二度目の訪問となった冒険者たち。
前回訪れた際は最後に不法侵入者扱いされて帰ることになった一同だったが、再び訪れた今回、村人たちは冒険者たちのことを全く覚えていなかった。
不法侵入者扱いされて更に一日が経ち、繰り返しが起こった結果だろうが、警戒されることが無いのは良いものの、まざまざと怪異を見せ付けられるのは気持ちのいいことではない。
繰り返される悲劇を止める為‥‥冒険者たちの二度目の戦いが始まる―――
●反応
「どーかなー? レンは井戸が怪しいなーって思ってるんだけど」
「花音は『借金を重ねて首が回らなくなった男が使っていた凶器』なんじゃないのかなって思ってます。他に共通してるものが出て来ないの」
鳳、春咲、フェザーは、日が高いうちに村の中心にある井戸にやってきていた。
それぞれが想像する『術の媒介』と思わしきものにミラーオブトルース(ステラ担当)やリヴィールマジック(フェザー担当)を使用し、その真偽を見極めるためである。
ステラや鳳の提案で再び庄屋の家に厄介になる約束を取り付け、まずは庄屋の家の中に媒介がないか探ってみたものの、ステラのMOTで暴かれるような真実の姿を持つものは見当たらなかった。
なので冒険者は二組に分かれて村の中を回っており、鳳の調べたいと言った井戸に来たというわけである。
そこでRMを発動したフェザーが見たものは‥‥
「あら! ‥‥あ‥‥そうか‥‥そういうこと。もう‥‥」
「ぶーぶー。全然わかんないー」
「あ、ごめんなさい。一人だけで納得しちゃってたわね」
ころころと変わるフェザーの表情。しかしそれだけでは他の面々には情報が伝わらない。
フェザーは軽いため息を吐いた後、井戸を指差して言う。
「レン君の睨んだとおり、この井戸は術の媒介となってる可能性が高いわ。RMで光って見えたもの」
「じゃあ喜ぶべきじゃないですか。手がかりゲット、なわけですしー」
「そうなんだけどね‥‥問題は、『全体が』光ってることなの。つまり、井戸の外も中もひっくるめて、ぜーんぶが媒介になってるかもしれないわけ。これがどういうことか分かる?」
「そ、それは流石に持ち出せないねー‥‥。それに、この村って井戸一つしかないんだっけー?」
「それじゃ壊すわけにも行かないじゃないですか!? い、いやらしい選択だよね〜‥‥」
鳳の読みそのものは正解で、村の中心部たる井戸に通常はありえないような反応があった。
しかし、動かせず破壊も出来ないものを術の基点に選ばれてしまっていた以上、手の出しようがない。
十七夜の術は現在知られている魔法の体系とは異なるものなので、解呪できる望みも高くはない。
「こうなれば、やっぱり人をどうにかできないかやってみるしかないわね。違う時間軸がどうこうって言われると困るけど」
「それでも、レンは今回は殺人を阻止するよー。夕方くらいに庄屋さんたちに注意も促したいし」
「支障がありそうなら、花音もスタンアタックでお手伝いしちゃいますよ♪」
「いい人たちだから、誠意を込めて話せば分かってくれると思うけどね‥‥犯人以外は。ステラさんに同情しちゃうわ」
見上げた空は、どんよりとした雲に覆われている。
繰り返す七月八日であっても、天候までは繰り返さないらしかった―――
●予想内? 外?
「貴方の博打の才、私と一緒に活かしてみない? 運が無いだけだから、環境が変われば」
時刻は夜。ステラが艶っぽく言うと、犯人となる借金男はほいほい付いて来た。
絡められた腕に当たるふくよかな感触が無くとも、博打中毒であるこの男(以後本名の左吉)は博打ができるとなれば喜んで付いて来たに違いないが、そこにステラほどの器量が加われば断れる男の方が少なかろう。
勿論、これはステラの作戦である。
『事件の当事者たちを、事件が起きる時間に術の外に連れ出したならどうなるか?』という疑問を解消するためにわざわざ寄り付きたくもない男に色目を使っているのだから、ステラのプロ根性も大したものだ。
術に囚われているはずの村人でも術の外に出るのが自由であるという事実に、ステラは少々疑問を感じなくも無かったが。
なお‥‥
「此処最近、何か変わった事は無かった? この村に、冒険者ってよく来るの?」
「そうですね‥‥確かに、冒険者さんに限らず旅人さんはよくいらっしゃいますけど‥‥特にこれと言って変わったことはありませんよ。強いて言うなら、皆さんがいらっしゃったことくらいです」
鷲尾も同時刻、ステラとは全く逆方向に庄屋の娘を連れ出し、術の範囲外で談話していた。
本当は星空が云々と気取ってみたかったのだが、生憎天気は曇りであり、犬の散歩という名目だけで誘うことにした。
そのシンプルさが安心に繋がったのか、庄屋の娘は笑顔で付いてきてくれたのであった。
何気ない日常であった七月八日。それを裏付けるかのように、娘の笑顔は素朴でありながらたおやかだ。
「‥‥あーもう、さっぱりわからん。本当に条件は誰かが庄屋の家に泊まることなのか? それじゃ忍者の時は何だったんだ。他に何か無いのか‥‥こう、分かってみればあからさまな条件が‥‥」
娘に聞こえないようにぶつぶつ言う鷲尾。
誰かが村に入った瞬間に術が発動するのでは、とフェザーは推理した。
だが、術の境界線を越える時にRMでいくら観察しても、目立った変化がない。
入った人間が媒介になるという線は、今のところ否定気味のようである。
庄屋本人は村の外に出るのを拒否したが、鳳が護衛してくれている上に犯人がステラに連れられて術の外にいるのだから、これで何か事件が起きるわけがない。
‥‥そう、思っていたのに。
「うっ‥‥くっ、うぅっ‥‥!」
「ぐぅっ‥‥な、なんだ、こりゃあ‥‥!」
『っ!?』
離れた場所、術の外にいたはずの左吉と庄屋の娘、千代がほぼ同時刻に突然苦しみだし、その場に崩れ落ちてしまった。
大丈夫かと鷲尾が駆け寄るが‥‥!
「わ、鷲尾‥‥さん‥‥私‥‥どうしちゃっ、たん、で‥‥ごほっ! がはっ!」
びちゃびちゃと大量の血を吐く千代。
外傷はない。付近に怪しい影もない。
千代、そしてステラと一緒に居た左吉は、同じように大量の血を吐いてまもなく息を引き取った。
「な、何これ‥‥どういうこと!?」
次にステラが見たものは、左吉の死体がふっと霧のようになって掻き消え、吐き出されたはずの血さえ見当たらなくなってしまった信じがたい光景だった。
鷲尾の方でも結果は同じ。千代の遺体は、初めから彼女が存在しなかったかのように無に帰したのである。
うろたえていてばかりでも始まらない。鷲尾とステラは、せめて庄屋の安否だけでも確認しようと、村に戻った。
「おかえりー。どうしたのー、血相変えてー」
庄屋の家では、鳳をはじめ他のメンバーが待機しており、庄屋も交えて囲炉裏で会話に花が咲いていたようだ。
つまり、庄屋には何事も無く、繰り返す惨劇を生き残ったのである。
「おや、鷲尾殿‥‥千代はどうしましたかな? ご一緒だったはずなのですが」
当然の質問をぶつけられる鷲尾は、当然のことながら返答に困った。
『いきなり血を吐いて死んでしまいました』などと言って誰が信じるものか。千代には持病などないのだ。
「あ‥‥!」
ここに至って、またしてもステラが気付いてしまった。
『惨劇』の形は一つではない。
もし、惨劇と呼べるものが繰り返しの条件ならば‥‥『冒険者にかどわかされた』や『ある日突然行方不明になった』でも充分それに該当してしまうだろう。
「‥‥もう、鷲尾君たらドジねぇ。オトコノコが女の子をエスコートしてあげなくてどうするのよ。見失ったんだか怒らせたのかしらないけど、きちんとさがしてらっしゃい」
状況を悟ったフェザーが助け舟を出す。
早く行け、でないと怪しまれる、ボロが出る。そんな視線を感じた鷲尾は、ただ頷いて踵を返した。
「しょうがないねェ。庄屋さん、アタシたちも手伝ってくるよ。千代さんが行きそうな場所に心当たりはあるかい?」
「さぁ‥‥この辺りは特に目立っていくところはありませんし、この辺りの者なら迷いもしませんしなぁ‥‥」
頴娃もそれに追従し、一行がこの場を離れる口実を作る。
捜索という名目で逃げ出す一行。どうやら村では徐々に大事になりつつあるらしく、松明を持った村人たちも捜索に加わって千代を探してくれる。(この時点では左吉のことは誰も気付いていない)
「何それー!? じゃあ、術の外に連れ出しても、時間が来たら無理矢理死んじゃうのー!?」
「でも、庄屋さんは無事に生き残ったわけだからさァ、巻き戻りは起こらないかも‥‥」
「‥‥起こりますよ。事件が起こって、誰かが居なくなった。巻き戻るには充分だと、花音は思いますです」
「事件を起こさず、なおかつ誰も居なくならないようにしろってか? それをやろうとして、前回誰が殺したか分からないようなことになったんだろーよ!」
その時である。
村人たちの声が響き、松明の灯りに照らされていた村が、一瞬にして静寂を取り戻し闇に沈んだ。
村全体が寝静まったように‥‥何事も無かったかのように‥‥。
「日が‥‥変わった‥‥。これが、巻き戻し‥‥」
「エンドレ‥‥もとい、終わらない七月八日。悲劇を拒んでるのか‥‥それとも‥‥」
ステラとフェザーの台詞を残して、一行は静寂の中を帰還する。
土を踏みしめる音が、嫌にうるさく感じたという―――