●リプレイ本文
●再戦
丹波藩東部に位置する、平良坂冷凍の不死城。
今だ動かないその移動式(!)の城を遠くに見据え、冒険者たちは再び骸甲巨兵との戦いに挑む。
京都から貸し与えられた百余名の弓兵はいずれも怯えで士気は低いが、説明された作戦に少しは気が楽になる。
即ち『骸甲巨兵は一定以上不死城から離れない。お前さんたちはその外側に配置されるんだよ』との言だ。
それでも絶対の保証はないので、あとはどれだけ冒険者が骸甲巨兵を引きつけられるかであろう。
布陣を終え、補助魔法などの準備を終えた一行は、作戦通りおびき出しの面々が先行していく。
待機組みや弓兵たちは、琉瑞香(ec3981)が作り出した多数のホーリーライトの光に照らされながら緊張の面持ちでいる。
「ご安心ください。皆様は私がお守りしますから」
「ボクもいますから大船に乗った気でいてください! みんなは今のうちに矢を聖水に浸しておいてくださいね!」
前回に続き、聖水やお札を工面してきた月詠葵(ea0020)。
ただ弓を射たのでは骸甲巨兵には蚊に刺されたほども感じまい。清めのアイテムや強力な弓など、弓兵を充分に活用できる準備や作戦立ては必要不可欠。そしてそれは、今回見事に成されている。
数百メートル離れていてもよく見える不死城と骸甲巨兵。その片方が、いよいよ動き出す―――
●決死
敵が近づいてきたと感じ取った骸甲巨兵は、哨戒行動を止め冒険者へと歩を進める。
地響きを立てて歩く巨大な人型の不死者。その圧倒的なスケールと戦闘力は誰しもが知っている。
しかし、いつイザナミ軍が再び動き出すか分からない以上、いつまでも構ってはいられないのだ。
「そうです‥‥こんな相手に梃子摺っているわけには! 長年の因縁、今日こそ断ち切ります!」
「人の世から解脱し、新たな生を得させる為に。力を貸してくれ、古の武器よ。対価が要るならくれてやる。お前と俺達の力なら、救えると信じている」
骸甲巨兵に対し多大な効果を持つ特殊な武器‥‥六道の武具。
そのうち槍と日本刀を手にする御神楽澄華(ea6526)とマナウス・ドラッケン(ea0021)は、それぞれグリフォンとペガサスを駆って空中からおびき寄せにかかる。
二方向からアプローチをかけるその動きに、骸甲巨兵は今までにない慎重な態勢を取った。
前回、御神楽の槍が脅威であると認識したらしく‥‥それと同質のものを感じるマナウスの刀もまた警戒しているのだ。
「ふん、化物め‥‥狙いやすい相手ならこちらにいるぞ」
「その身に一体どれだけの命を吸い、また吸われてきたんだろうか‥‥」
戦闘馬で地上を駆ける南雲紫(eb2483)と雨宮零(ea9527)は、骸甲巨兵に近づくような離れるような誘いとした思えないような奇妙な動きを見せる。
が、それを誘導と判断できる知能は骸甲巨兵には無い。六道武器の気配も感じないとあって、これ幸いとばかりに二人に向かって『走り出す』。
「走れるのか!?」
「は、速い!?」
元々ジャンプしたりと巨体に似合わず機動性が高いことは承知済みだが、全力疾走するところは見たことが無い。
人が走って一時間に10km進むとすれば、その十倍の大きさである骸甲巨兵が同じ速度で走ると、あっという間に馬を追い抜き南雲と雨宮の前に立ちはだかることができるのだ。
奴が追ってこない範囲、ひいては弓兵の射程まではまだ距離がある。ここで決戦を挑むわけには行かない!
「二人とも、走り抜けろ!」
「注意は私たちが!」
マナウスたちが、牽制ではなく明確な攻撃の意思を持って突っ込んでいく。
巨大な骨刀を振るわれるが、御神楽はグリフォンを巧みに操り、回避する。
風圧だけで吹き飛ばされた御神楽の代わりに、反対方向からマナウスが骸甲巨兵の右肩を斬る!
鎧に覆われているにも拘らず、六道武器の日本刀は豆腐でも斬るかのように鎧を引き裂き、更に周辺を砕いて怯ませる!
「ほう、借りた甲斐はあるものだね。これが冷凍軍にしか効果がないのが惜しい」
深追いせず、一撃離脱するマナウス。雨宮たちもすでに走りぬけ、誘導を再開している。
やがて、移動範囲ギリギリまで来てしまった骸甲巨兵は渋々足を止め‥‥骨刀を構えつつ後ずさりで後退し始める。
しかし、それを待っていた! ここまで誘導することこそが作戦の第一歩なのだから!
「みんな、出番です! 目標、骸甲巨兵! 放てーっ!」
月詠の号令の下、一斉に矢が射掛けられる。
お札を貼り付けてあったり聖水に浸されていたり、それらはただの矢ではない。
一矢一矢に願いが込められた、天に向かう逆雨!
矢自体が致命傷になることはないようだが、さしもの骸甲巨兵も不死者が嫌う攻撃の嵐に後ずさりを早める。
そして作戦の第二段階。矢で削りと距離稼ぎを行った後、待機していた冒険者たちが一斉に飛び出していく!
「腕の恨みは恐ろしーって訳でして‥‥僕も食材には感謝の念を忘れないようにしませんとねー」
「琉さんからお借りしたこの武器、大切に使わせて頂きます。飛刃、砕!」
井伊貴政(ea8384)とメグレズ・ファウンテン(eb5451)は、共にソニックブームを絡ませた攻撃で遠距離格闘を仕掛ける。
特にメグレズは六道武器の一つである六角棒を借りており、その威力に期待されている。
そしてそれは期待通りに、骸甲巨兵の脚部の鎧を砕き、骨に直接ダメージを与えた。
体勢を崩して左腕が下がったところで井伊の攻撃がその肩関節に決まり、ぎしぎしと骨を軋ませる!
それでも後退しようとする骸甲巨兵だったが、突如後ろから衝撃が襲い掛かり、つんのめりこそしなかったがその場から少しの間動けなくなった。
「どうした、歓迎のご馳走はまだ終わっていないぞ。遠慮せずに喰らっていくんだな」
それは琥龍蒼羅(ea1442)が放ったストームで、背中から風に押されたことで歩を止めざるを得なかったのだ。
そして当然、足が止まれば矢が雨あられと襲ってくる。
この場合、相手が鎧を着込んでいたのが災いしたと言っていいだろう。怪骨に背後からストームなど撃てば、前からの矢は全くの無駄になるからである。
「確かスレイヤー能力は無意味だったな。ならば、力づくで打ち砕くのみ!」
フライで自在に空を飛ぶアンドリー・フィルス(ec0129)は、ストームが収まった頃合を見計らって骸甲巨兵の背中に深々と剣を突き立てる。
背骨にダメージが行ったはずだが、やはり大きすぎていまいち効果が出ない。
が、それは骸甲巨兵の注意を引くに充分な行為であったらしく、奴は振り返ってアンドリーに攻撃しようとする。
「絶好の機会なのです! 好きなところに釣瓶打ちしちゃってください!」
今度は月詠率いる弓隊に背を向ける結果となり、鎧のあちこちに矢が突き刺さる。
前も後ろも矢だらけになってなお、元気に動き回る骸甲巨兵。
とはいえ、確実にダメージは蓄積し、思うように狙いを定めることもできていない。
そんな現状に癇癪を起こしたのか、骸甲巨兵はとにかく目に付いた敵を攻撃する方向性にシフトする。
南雲や雨宮といった攻撃を回避されてしまう相手であろうが、近づくと痛い目を見る六道武器の所持者だろうがお構い無しに巨大な骨刀を振り回す。
猛烈な風を伴う巨人の一振りは、当たれば鉄壁の防御を誇るメグレズですらただでは済まない。
そんな中‥‥たった一人だけ、悠々と攻撃を続けられる者が居た。
「やー、試してみるもんですねー。無駄のない食材は僕も大好きですよー」
鬼神の兜という邪悪な呪いがかけられているとされる兜を装備している井伊だけは、骸甲巨兵と目が合っても攻撃対象にされていない。正確に言うと、井伊を見て一瞬首を傾げるような仕草をして次の目標を探すのだ。
前回、マナウスも大罪の指輪で似たような効果がないか試してみたが、その時は無意味だったはずだが‥‥?
とにかく、井伊はひたすら骸甲巨兵の右肩の関節をSブームで狙い撃ちし、その動きを阻害していく。
やがて、ダメージが蓄積した右肩の動きが鈍り、とうとうすっぽ抜けて骨刀を取り落としてしまう!
「今こそ好機! 砕け、牙閃、剽狼!」
その隙を見逃さないメグレズは戦闘馬を駆り、一気に骸甲巨兵の足元に接近。餓鬼道・解でその足首を打ち砕く!
メグレズのパワーと餓鬼道・解の能力が相まって、『折れる』ではなく文字通り『砕けた』。
突然接地面が激減したことにより、骸甲巨兵はバランスを失って尻餅をつく‥‥!
「琥龍殿、お頼みする。俺を撃ち出してもらえるか」
「ついでだ、請け負おう。安全は保障しないがな」
アンドリーは琥龍に頼み、空から骸甲巨兵に向かってストームで自分を加速させてくれと要請する。
元々ストームで行動阻害を狙っていたので、琥龍もすぐに応じて魔法を発動した。
叩きつけられる烈風で起き上がれない骸甲巨兵は、上空から滑るように落ちてくる黒い矢‥‥アンドリーを避けることができない。防ぐことも出来ない。
その眉間にカオススレイヤーが突き立てられ、骨が砕けるまでそう時間はかからなかった。
眉間を押さえ、咆哮する骸甲巨兵。誰から見ても苦しんでいる。あの破壊の化身が、苦しんでいる‥‥!
だからと言って、一行はこれ幸いと追撃しようとはしない。
当然だ。奴にはまだ奥の手が残されていることは先刻ご承知だし、それで何度も痛い目を見てきたのだから。
一行の予想を裏切らず、骸甲巨兵は一瞬で黒い霧と化し、天を駆ける。
骨刀や砕けて離れた右足も同様で、大量の怨霊の一団となって琥龍に向かっていく!
「もうその手は喰わない。観念するんだな」
ペガサスが発生させたホーリーフィールドにより、黒き濁流がことごとく遮られる。
冒険者たちはこの怨霊化を警戒し、常にヒットアンドウェイを繰り返しており、先ほどのアンドリーでさえ自らのダメージを気にする前に弓隊の方へ緊急離脱していた。
幾度となく繰り返されて来た戦い。その経験が、知識と言う武器となって人を更に強くする。
標的を変え、マナウスと御神楽に向かっていく黒い霧。が、マナウスのペガサスのHフィールドで対処する!
地上の南雲や雨宮もまた、琉が次々と発生させていっているHフィールドの中に退避し、憑依を許さない。
琉は骸甲巨兵が怨霊化したのを見たと同時に、地上のあちこちに結界を張って回っているのだ。
弓兵は勿論、メグレズ、アンドリー、月詠もすでに退避済み。この戦場で憑依できそうな者は、もう―――
「げ。嘘ー、憑依は目標になるんですかー!?」
なまじ狙われるのが後回しになっていただけに、井伊はこれまた自分は標的にされないと思い込んでいた。
しかし、違う。骸甲巨兵は『仕方ないから、自分と同じような存在を取り込んで少しでも回復しよう』としているのだ!
しかし、すんでのところでマナウスが間に合い、Hフィールドで井伊を包み込む。
「おいおい、甘い認識は命取りだぞ」
「も、申し訳ありませんー(滝汗)」
黒い濁流は、結界を中心に真っ二つに分かれて怒涛の如く流れていく。
誰にも憑依できないと悟った骸甲巨兵は、仕方なく実体化して再び大地に立つ。
その姿は新品同様となり、矢が突き刺さった跡も鎧が砕けた様子もなく‥‥足も元通りくっついている。
が、それは見かけだけであるという。例えそうでなかったとしても、攻撃あるのみ‥‥!
「相手は弱っているはずです。もう一押しですよ! 構え‥‥放てー!」
例え行動範囲外だとしても、あの化物がいつ襲ってくるか分かったものではない。弓隊の面々中にはそういう恐怖が今でも心のどこかに引っかかっている。
が、歴戦の冒険者である月詠が護衛に居てくれることでそれはわずかなりと薄まるし、こんな少年に負けてはいられないという奮起を促す材料ともなっている。
自分たちは強い。でも、みんながみんなそうではない。それを忘れなかった冒険者たちの在り方は思った以上に大きい。
もう何度目かの清め込みの矢の一斉射を浴び、足を止める骸甲巨兵。
普段ならこんなものはなんともないはずなのだ。矢だけならどうということはない。しかし‥‥!
「零、まだやれるな!? 私たちは左足を担当する!」
「はい! ここで、その縛りつけられた鎖を解く‥‥!」
「元通りになるというのなら、何度でも砕くまで‥‥!」
南雲と雨宮が左足を、メグレズが右足を狙い、今度は両足が砕け散る。
やはり、ダメージは残っている! 今までより全体的に脆くなっているのは明白だ!
今度は前のめりに地面に手をつく骸甲巨兵。両方の足首から先が無くなっては、歩くことすらままならない!
「それでは慎ましく‥‥腕と言わず、手首から先だけで許してさしあげましょー!」
「それでは、俺は左手を貰おう」
続けざまに、支えている両手の手首を攻撃し砕く井伊とアンドリー。
ずぅん、と大音響を立てて地面に顔を打ち付ける骸甲巨兵。これで刀を振るうこともできない!
なんとか起き上がろうと試みるも、足首も手首もない状態ではもがくだけで精一杯‥‥!
「そのまま寝ていろ。在るべき所へ行くまでのことだ」
「悲しいもんだ‥‥この世に残ることが、誰にとっても苦痛だなんてな‥‥」
琥龍のライトニングサンダーボルトが首の骨を穿ち、マナウスの哀れみが込められた一閃が骸甲巨兵の首を叩き落す。
転がった巨大な頭蓋骨は、恨めしそうに真紅の眼光をギラつかせ、何度も口をパクパクさせる‥‥!
「必要とあれば、最後の一片まで打ち砕くまで‥‥!」
「月詠君、これを使いたまえ! 因縁は、縁の深い者たちで断ち切るといい!」
「ありがとうざいます、マナウスお兄ちゃん!」
御神楽を乗せたグリフォンが空から。マナウスから六道武器を貸してもらった月詠が地上から頭蓋骨に肉薄する。
頭を砕いたからと言って滅することの出来る保証は無い。しかし、二人は導かれるように頭部の破壊に向かう。
畜生道・解と人道・解。古から蘇えった二つの武器が、古から蘇えった怨霊の塊を打ち砕くのか。
「これで!」
「今度こそ!」
『終わりだぁぁぁぁぁっ!』
重なった月詠と御神楽の声と共に‥‥一つの因縁に、終止符が打たれた―――
●慈しみの中で
「‥‥長い間、頑張りましたね。苦しかったでしょう。辛かったでしょう。でも‥‥もう、良いのですよ‥‥」
動かなくなった骸甲巨兵の胴体を優しく撫で、琉はピュアリファイで浄化していく。
報われない魂たち。このまま放置すれば、明日には怨霊化の能力を取り戻し復活してしまうだろうから。
光の粒子となり、すうっと溶けていくのを見ていると、今までの禍根すらも消えていくような気さえする。
死と紙一重の戦いの後だというのに、一行の心はとても穏やかだったという。
「おやすみなさい‥‥また、新たな命となるその日まで―――」