不落、堕天狗党! 〜樺太家のご嫡男〜

■シリーズシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 3 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月09日〜03月14日

リプレイ公開日:2005年03月15日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「さて、ちょっと間が空いちゃいましたが‥‥奉行所から堕天狗党関連の依頼が来ました。何でも例の村の復興がほぼ完了し、村人たちも普通の生活に戻り始めた‥‥とのことなんですが‥‥」
 なんだかバツが悪そうに頭を掻く、冒険者ギルドの若い衆こと、西山一海。普段の彼ならとりあえず村の復興を喜ぶところなのだが‥‥。
 その隣でいつものように茶を啜っているのは、堕天狗党担当の奉行所同心、藁木屋錬術である。茶の水面を眺めていた藁木屋だったが、不意に顔を上げて話を切り出した。
「実はだね‥‥前回の報告書で、堕天狗党が『ある計画』というのを密かに進めているというのを聞き出してもらったのだが、どうやらそれが動き出したようなのだ。事の発端は、恐らく樺太愛音の兄‥‥樺太義明日(からふと よしあす)が村に到着したことだろう」
 藁木屋が言うには、義明日は戦闘はからっきしのようだが、建築家としての腕は確かで、家々のしっかりした新築・改築は勿論、倉庫の新造や古くなった井戸周りの整備等までこなしたらしい。
 愛音の兄ということもあり、村の人々には喜んで迎えられていて、螺流嵐馬、発札法州、荼毘業とともに村の支えとなっている。
 ‥‥今のところは。
「アルトに調べてもらった結果、少々厄介なことになりそうなのだ。村の復興も終わりかけたころ、義明日たちが村はずれに屋敷を建て始めたとか。村人たちも村を救ってくれた英雄がずっとここにいてくれるならと協力を惜しまず、作業は驚異的なスピードで進んでいるらしい。‥‥これをどう思うかね?」
「まぁ普通に考えて、義明日って人が前線基地というか、江戸付近での活動拠点を増やそうとしてるんじゃありません? そこなら村人が協力的なわけですから、動きやすいでしょう」
「恐らくな。しかも義明日は薬師としての心得もあるようで、薬を作れるということは毒を作れる可能性もあるわけだ。いざとなれば‥‥」
 流石に言葉を飲み込む藁木屋。
 その先はまさに最悪の事態‥‥そんな状況を回避するために自分たちがいるのだから、そんな不吉なことは言うべきではない。
「幸いというか、前回連中が本物の堕天狗党員である事が判明している為、今回は遠慮なく捕縛を試みて欲しい。というか、捕縛を優先事項としてくれ。彼らが村にいないことの方がが普通‥‥本来の村の姿に戻るということだからね。先も言ったとおり樺太義明日は戦力外らしいので、樺太愛音、荼毘業、螺流嵐馬、発札法州からの抵抗だけ考えてくれればいいと思う。嫌な予感が杞憂に終わってくれればいいのだが‥‥」
「‥‥嫌な予感って何? あいつら敵なんでしょ?」
 いつからいたのか、ギルドの柱の陰に長い黒髪の女性が一人。藁木屋の密偵として活動している、アルトノワール・ブランシュタッドである。
「アルトか。それはまぁ、敵といえば敵だ。それ以外の何者でもないさ。しかし、それでも‥‥いや、だからこそ卑怯な手は使って欲しくない。例えば、罪もない人々を利用する‥‥等だ」
「‥‥錬術のそういうところも好きなんだけど‥‥錬術は甘いわ。敵に何かを求めるなんてどうかしてる。敵は殺す。完膚なきまでに叩きのめす。そうでないと何をされるか分からない。そういう解決方法しかない間柄だから『敵』っていうんだから」
 藁木屋は何も言えなかった。自分が正しいとも、アルトが正しいとも。
 ただ一つ、心の中で一人ごちたことは‥‥。
(「アルト‥‥私と君も、最初は敵同士ではなかったのか―――?」)

●今回の参加者

 ea0828 ヘルヴォール・ルディア(31歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2246 幽桜 哀音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5902 萩原 唯(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7029 蒼眞 龍之介(49歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7078 風峰 司狼(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea9275 昏倒 勇花(51歳・♂・パラディン候補生・ジャイアント・ジャパン)
 eb1294 ヴィシャス・アルナ(47歳・♂・レンジャー・ハーフエルフ・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●静かなる戦い
「ふん‥‥冒険者風情が偉そうに。崇高な目的もなく、ただその日を生きるような奴等にとやかく言われる筋合いはない」
 村の端‥‥堕天狗党の面々が建築している屋敷のちょっと手前にある家屋で、樺太義明日は吐き棄てるように呟いた。
 屋敷に訪問してきた蒼眞龍之介(ea7029)と蛟静吾(ea6269)の師弟とヴィシャス・アルナ(eb1294)を完成していない屋敷内に通すのは失礼だと思ったのか、はたまた別の思惑があるのか‥‥とにかく義明日は村人に頼んで家を少し貸してもらい、会談の場所を設けたのである。
「これはまた随分な言われ様だな。こちらは戦うことを目的として来たわけではないというのに」
「紙縒りを刀に掛け、抜けない様に結ってまである相手に対してその言い方はないんじゃないかな」
「くく。なるほどなるほど、自らを高らしめ、他者を受け付けないか。俺にしてみれば好ましくも思えるがな」
 当然、蒼眞も蛟もいい気分がするはずがない。先ほどから何を聞いても『知らぬ存ぜぬ、何のことやら』といったはぐらかしか、先の台詞のような侮蔑交じりの返答しかないのである。
 本来ヴィシャスはこんなところで会談するつもりなどさらさらなかったらしいが、螺流嵐馬に見つかって本来の調査が出来なくなったようである。もっとも、ヴィシャスが蒼眞たちとは無関係だと主張したので、堕天狗党から見れば3勢力での会談のように思えるかも知れないが。
 一応螺流嵐馬も同席してはいるのだが、あえて何も言おうとはしていない。
「嵐馬殿‥‥僕の感覚が何かが危険だと警鐘を鳴らしているんです。あなたたちがつけた僕の通り名‥‥まさか貴方が知らないわけはないでしょう。こういう悪い予感は当たるんですよ。時々‥‥ですけどね」
「君たちが業くんから計画のことを聞いたのは知っている。詳細は知らないのだろうが‥‥大丈夫だ、君たちが思っているようなことはない。誰もが喜んでくれるだろう」
「何!? あの青二才め‥‥ペラペラと計画のことを喋っていたのか! 機密も何もあったものではないではないか!」
 嵐場の言葉に突然義明日が叫ぶ。相当意外だったらしく、不自然なまでに慌てている様に見える。
「君が嵐馬殿たちと距離を置いたりするからだろう。伝えたくても伝えられなかったのではないか? それより‥‥計画を知られて困ることでもあるというのかな? 嵐馬殿が言うには、皆に喜ばれる予定だそうだが」
「おやおや‥‥そんなことで昂るか。意外と小心者なのかな‥‥くく」
「ちっ‥‥なんでもない、ただの党内規律の問題だ! 不愉快だ、私は作業に戻る!」
 そう言って、さっさと義明日は家を出て行ってしまう。その場に残された面々は、ただそれを見つめていた。
「すまんな‥‥彼は神経質な人間でね。最近は特に顕著だ。妹君にまで辛く当たるようだからな」
 嵐馬の謝罪も今は虚しいだけ。正道を貫く相手を全く無視する義明日の真意は如何に?
(「ふ‥‥まぁいい、必要な情報は昨日の内に纏めた。本来の計画とは別に義明日が別の計画を企てている。そしてそれを他の4人は全く知らない。そしてその計画に‥‥トリカブトが使われること‥‥。くく、本来の計画に従事している4人を騙してまで行う独断行動か。面白い‥‥!」)
 わざと見つかって、情報を得られたと思わせない念の入れよう。ヴィシャス・アルナ‥‥彼もまた、油断のならない男である―――

●想いと立場
 一方その頃、夕暮れをバックに村はずれの空き地で立ち話をしている影が数名。
 冒険者の萩原唯(ea5902)と幽桜哀音(ea2246)、そして堕天狗党の荼毘業である。とは言っても実際話しているのは萩原と業だけで、幽桜は業の一句一動を観察しているのだが。
「あの、前はごめんなさい。私口説かれた事がないから全然気付かなくて‥‥それにあんな事言われたの初めてで家へ帰ってからもずっと思い出してました。もし業さんが宜しければこれからもお付き合いしていただけますか?」
「あぁ‥‥嬉しいよ、萩原くん。いや、唯と呼んでもいいかな?」
 萩原は再会できた事、村の復興が成ったことを素直に喜び、前回の返事をしっかりと伝えた。そして‥‥業に、協力者として来て欲しい、という願いも。
 それに対する業の応えは‥‥。
「君がそれを望むのなら、私は堕天狗党を捨てましょう。志よりも尊ぶべきものを見つけたのだから‥‥」
 ふわりと萩原を抱きしめる業。優しく囁くその言葉からは、嘘は感じられない。
「ただ、一つだけ条件が。私が堕天狗党を捨てるように、君にも冒険者を捨ててもらいたい。お互い争いごとから身を引いて、静かに暮らしたいのさ‥‥」
 流石にその台詞には萩原も困った。あっさり『はい』と言えるような問題ではないのは業も分かっているようで、返事は今すぐでなくてもいいと言う。
「‥‥とりあえず‥‥『例の計画』の詳細だけ‥‥教えて、欲しい‥‥」
 ぼそりと幽桜が言うと、業は前髪をくるくる弄りながら少し考える。
「すまないが、私にも荼毘家の誇りがある。唯に正式な答えを貰っていない以上、まだ仲間は裏切れない」
「内容‥‥ここでは、話せないこと‥‥? それじゃ‥‥せめて、なんで‥‥義明日が‥‥来たのかを‥‥」
「‥‥そういえば何故かな。お館様から命を受けたのは、私たち四人だけだったはず。義明日殿は『お館様から急遽支援するように言われた』と言っていたが‥‥」
 結局、業も義明日が来たことの詳細は知らないらしい。本人が言われて来たと言っているのだから、それを信じるしかないのであろう―――

●揺れる心
「‥‥私は腹芸が得意な方じゃないからね、だからストレートに聞くよ。今あんた達が進めてる『計画』って何の事? いくらあんたでも、そろそろ概要だけでも聞かされてる筈だろうしね」
 時同じく、夕暮れ時の野外。萩原・幽桜たちとはまた別の場所で、ヘルヴォール・ルディア(ea0828)と昏倒勇花(ea9275)が樺太愛音およびその護衛、発札法州と話していた。
「‥‥ごめんなさい。屋敷が完成するまでは決して言うなと、お兄様に言われていて‥‥」
 愛音は暗い表情で答える。法州はと言えば、ヘルヴォールから預かっている彼女の愛刀を持ったまま押し黙っているだけ。
「そういえば法州さんは愛音さんにお仕えしているのかしら? ‥‥お互い‥‥不器用だと辛いわね‥‥」
 昏倒は積極的に法州に話しかけているが、『あぁ』とか『そうだな‥‥』としか返してもらえないので、少し寂しそうである。
「‥‥私は別に堕天狗党が憎いとは思えない‥‥私も冒険者って立場じゃなかったら、参加してたかもしれない。‥‥でもね、例え崇高な理念があろうが、集団になれば何処かで綻びが出る。‥‥ニグラス・シュノーデン然り、志摩の預かり知らぬ処で毒霧攻撃をさせようとした奴然りね。‥‥あんたの兄が何を想って『計画』を進めているかは知らない。‥‥でも世直しのお題目を免罪符にして好き勝手させる訳にはいかないんだ」
「毒霧‥‥? まさか‥‥」
 信じられない、という『まさか』ではない。もしかしたら、というニュアンスに感じられる『まさか』だとヘルヴォールたちには感じられた。そんな愛音を気遣ってか、珍しく法州がフォローに入る。
「愛音様、この計画は誰も損をしませぬ。喜ぶ者はいても悲しむものはいない。それで充分ではありませんか。今は、計画の成就だけをお考えください」
「え、えぇ‥‥そうですね、法州」
「ならどうして、あたし達にお屋敷すら見せてくれないのかしら。ちょっと位見せてくれても良いのに‥‥」
「時が来ればな。今はその時ではない」
 これ以上は無理かと思い、ヘルヴォールは武器を返してもらって去ろうとする。そして、ふと振り返らずに呟く‥‥。
「‥‥私もあんたの事は嫌いじゃないよ。でもこのままでは間違いなく衝突は避けられない‥‥その時あんた達は村人達を巻き込むのかい? そしてあんたは‥‥彼と敵対できるのかい?」
 愕然とする愛音を見ることもなく、ヘルヴォールは歩を進めた。昏倒は笑ってフォローを入れてはいたが‥‥それは、紛れもない真実に違いないのだから。
「‥‥愛音様、私は屋敷に戻ります。そろそろ今日の作業も終わりでしょうからな」
 会釈をして法州は去っていく。どうやら昏倒もそれについていったようである。
「気を使ってくれたみたいだな、法州は」
 村の子供たちと遊んでいた風峰司狼(ea7078)が、やっと開放されたのか愛音に近寄る。
 彼がやってきたのを見つけて法州が去ったのかは定かではないが‥‥この場には風峰と愛音の二人っきりということになる。
「あ‥‥司狼」
 ふと目を逸らして暗い表情をする愛音。先ほどのヘルヴォールの台詞を気にしているのだろうか。
「お兄さんが来ているようだし、邪魔になったらいけないと思って手紙を書いたよ。それに、会いに行ったら二人きりは難しそうだし、君の部屋に行こうにも‥‥部屋がわからなくてさ。そう、街で買ったんだ‥‥裁縫道具、便利そうだったから。あと‥‥」
「え、いけません司狼、そんな高価なもの。このお裁縫道具だけで充分です」
 土産を渡されて頬を赤らめる愛音。薬を辞退したのは、何も言えないことへの謝罪も含めるのだろう。
「あの‥‥司狼。もし‥‥もしですよ? この村で、私たちとあなたたちが戦うことになったら‥‥あなたは、どうしますか‥‥?」
「‥‥何かあったのか?」
「答えてください、司狼」
「‥‥正直、まだわからない。できればそうなって欲しくはないけどな‥‥」
「私もです‥‥。私たち‥‥この世に残った最後の男と女だったらよかったのに‥‥」
 夕日が完全に山に沈み、夜の帳が下り始めようとする頃。二人は静かに、唇を重ねたのだった―――