不落、堕天狗党! 〜樺太家の不協和音〜

■シリーズシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:2〜6lv

難易度:難しい

成功報酬:1 G 69 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月24日〜03月29日

リプレイ公開日:2005年03月27日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「というわけで、緊急の依頼です。前回の報告書を読んでいただければ分かると思いますが、堕天狗党所属の樺太義明日がトリカブトを使った計画を画策中だとか‥‥」
 冒険者ギルドの若い衆こと、西山一海。最近京都ギルドに転職を考えているとかいないとか。
「何が『というわけで』だ。報告書を書く速度だけが取柄の君が、随分手間取ったではないか」
 堕天狗党事件の担当である、奉行所同心・藁木屋錬術。堕天狗党員が徐々に京都へと移動しているとの情報を得て、最近お悩み中らしい。
「わ、私にだって色々あるんですよぅ。そんなことより、向うも大変みたいですね」
「そうだな‥‥最初に村に来ていた面々は義明日の計画を知らないらしいと言う話だからな。義明日がどういう目的で単独行動をとっているのやら‥‥。もっとも、この依頼が出されたことで知る可能性はあるがね」
 そう‥‥堕天狗党には忍者もいる。公にされているギルドの依頼を見て、本体に義明日の計画のことを報告し、螺流嵐馬たちに上からの指示を伝える可能性も考えられなくはない。
「‥‥どうでもいいけど‥‥その方が楽でいいんじゃない? 味方同士で潰しあってくれるんだから」
 藁木屋の協力者、アルトノワール・ブランシュタッド。今日は最初から居て、藁木屋の横で一緒に茶を啜っている。
「そういうわけにもいかないのさ。仮にここで日和見して義明日が私刑されても、村に堕天狗党員が居ついていることに変わりはない。それに、他の4人が計画している『万人に喜ばれる計画』というのも実はよく分かっていないしな」
 苦笑いをしながらアルトの髪を撫でる藁木屋。アルトはくすぐったそうにする様子はないが、嬉しそうに目を細めた。
「バカップルは放っておいて‥‥今回の依頼の趣旨を説明します。詳細は不明ですが、トリカブトなんて危ない毒を使うことを許しては置けません。他の堕天狗党員よりもまず、義明日の捕縛が最優先事項です。この際四の五の言ってられないんで、強攻策に訴えましょう」
「誰がバカップルか。まぁいい、幸いというかなんと言うか、義明日本人はこちらが計画を察知していることを知らない。証拠はやつを捕まえた後で村人に証明すればいいから、出来るだけ速やかに捕縛をお願いする」
「‥‥まどろっこしいわね‥‥全員殺しちゃえばいいのに。面倒だけど、錬術が行くなら私も付いていってあげるわよ? そうすれば1分でカタが付くわよ?」
「殺してどうする。そんなことをしたら、私が君を捕まえなければならなくなるぞ」
「‥‥じゃあやめとく。錬術と戦うのはもう嫌だから」
 見つめ合う二人。回りの視線などは当然気にしていなく、一海の『やっぱりバカップルじゃないですか』等のきついツッコミも完全無視である。
 ともあれ、状況は様々考えられるが、戦闘が発生する可能性はかなり高い。
 様々な想いが交錯する一連の騒動‥‥終止符が打たれるのは、今回か―――?

●今回の参加者

 ea0828 ヘルヴォール・ルディア(31歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2246 幽桜 哀音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5902 萩原 唯(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7029 蒼眞 龍之介(49歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7078 風峰 司狼(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7246 マリス・エストレリータ(19歳・♀・バード・シフール・フランク王国)
 ea9275 昏倒 勇花(51歳・♂・パラディン候補生・ジャイアント・ジャパン)

●リプレイ本文

●策
「ふっ‥‥冒険者と言うのはこれだから困る。いきなり他人の屋敷に上がりこんできて大人しくしろだと? まるで強盗だ」
「何!?」
 某月某日、曇り。すっかりおなじみとなった村のはずれの屋敷で、その問答は行われていた。
 屋敷の建築も後は内装を残すのみとなった頃‥‥村人たちが帰ったのを見計らい、蛟静吾(ea6269)が樺太義明日を捕縛に出向き、屋敷内で相対したのである。
「それではこれが正しい行為か? 礼節を心得た行為か? とてもそうは思えんがな!」
「毒を手にしている人間に言われる筋合いは無い。何故、世直しに毒を必要とする? 毒が万人に喜ばせる計画か? それにこれは、奉行所からの正式な依頼だ」
「証拠は? 私が毒を持っているという明確な証拠を出してもらおう。そもそもどこから来たのだ、そんな荒唐無稽な話は」
「っ! ある筋からの情報‥‥では納得しないだろうな。以前君も会っただろう‥‥あのレンジャーがすでに調べていたんだ」
「あぁ‥‥あの男か。だがそんなことはどうでもいい、その証拠はと聞いている。当然持ち帰ったのだろうな‥‥そのレンジャーは、証拠を」
「ぐ‥‥そ、それは‥‥」
 義明日は勝ち誇ったように言葉を吐き続ける。一方、蛟はかなり苦しい。
 よくよく考えてみれば、義明日がトリカブトを使うと言う話は一人の冒険者が見聞きしただけのもの‥‥証拠は提出されていない。情報提供者の虚言と言う可能性も無いわけではないのだ。
 だから冒険者に依頼が回された。役所でも奉行所でもなく冒険者にお鉢が回ってきたのは、奉行所が直接動くにはあまりに証拠不足だからなのだ。
「その沈黙は証拠なしと判断させてもらう。つまり証拠なしで踏み込み、私を捕まえようとしているわけだ‥‥役所の人間でもない、貴様が。奉行所の依頼だかなんだか知らないが、随分と乱暴ではないか」
(「まずい‥‥悔しいが理に適っている。二人とも、どうする!?」)
(「‥‥どうするも何も‥‥まいったね。捕まえてからトリカブトの所在を吐かせる‥‥というのもカドが立ちそうだ」)
(「困ったのう‥‥すでに屋根も出来上がっておるから、上から潜入するには屋根と屋根裏の板を壊さないといかんのじゃ。器物損壊で、こっちがまた不利になりそうじゃし‥‥」)
 蛟は今、思念だけで他の突入組みと連絡を取っている。
 マリス・エストレリータ(ea7246)が何度も失敗しながらかけた専門レベルのテレパシーの効果であり、蛟はそれでヘルヴォール・ルディア(ea0828)ともマリスを通して疎通が取れるという具合だ。
 ちなみに、マリスは自前の羽で、ヘルヴォールは大凧を使って屋敷の屋根の上に居るようだ。
(「‥‥このままじゃ埒が明かないね‥‥私は裏口から回って屋敷内に入ることにするよ」)
(「私もお供するのじゃ。蛟様、しばし時間を稼いでくださいませんかの」)
(「や、やってみる」)
「さぁ、お引取り願おう。これ以上ここに留まると言うのなら、こちらが村役場に君の事を訴える」
「それは好都合だ。役所の人間ではないとはいえ、そこからの依頼で来たことは調べてもらえばすぐに分かる。毒を探してもらうことでも手伝ってもらえそうだよ」
「まだ言うか。‥‥いいだろう、なら好きに探すといい。この屋敷内をくまなく、好きに家捜ししてもらってかまわない。だが、もし毒が出てこなかった場合は‥‥」
「‥‥わかっているよ。責任は取ろう」
 そう言って、蛟はまず今現在いる部屋を調べ始める。もちろん義明日を同じ部屋に留まらせ、下手な行動を取らないように注意しながらだ。
「‥‥私も手伝ってもかまわないよね。同じ依頼を受けてる身だし、連帯責任は問われるんだろうから」
「私もよいじゃろうか?」
 箪笥をがそごそやっている最中に、マリスとヘルヴォールが合流する。義明日は軽く鼻で笑うと、自信満々に頷いた―――

●望まぬ戦い
「争うのは止めてください! 同じ人間なのに‥‥どうして争わなければいけないのですか‥‥」
 涙を湛えた目と声で、萩原唯(ea5902)が叫ぶ。
 萩原の目の前では、昏倒勇花(ea9275)と発札法州、幽桜哀音(ea2246)と荼毘業が、望んでいないはずの戦いを繰り広げていた‥‥!
「法州さん、あたしたちには争うつもりはないのよ!?」
「私にも無い。だが、これは義明日様の命令なのだ‥‥君たちを殺せ、とな」
 昏倒は刀を抜かず、軍配で法州の太刀を受け止める。
「‥‥あなたも‥‥私たちを殺せと言われた、の‥‥?」
「そうじゃない。だが、君は法州を攻撃しようとした‥‥それを止めただけだ」
 幽桜のブラインドアタックを見切り、袖口に隠していた十手でそれを捌いた業。見れば両手に十手を装備しており、攻撃には転じていない。
「‥‥攻撃‥‥しかけたのは‥‥法州さんが先‥‥。迎撃するの‥‥当然‥‥」
「だからと言って見殺しにはできない。法州、君も冗談が過ぎる。何故こんな‥‥!」
「冗談ではない。私にとって義明日様の命令は絶対‥‥あのお方の命令よりも優先しなければならないということは、業殿も知っているだろう」
「やめてください! 戦うつもりは無いって言ってるのに‥‥どうして‥‥! 業さん、あなたまで‥‥!」
 またしても萩原が叫ぶ。優しい彼女には現状が理解できないのは当たり前だろう。
「すまない、唯‥‥だが今まで行動を共にしていた人間が殺されそうになったのを私が見過ごしたら、君はどう思う? そんな不実な人間を、君は愛せるかい?」
「‥‥萩原さんには悪いけど‥‥法州さんが戦う意思を‥‥曲げない限り、今は‥‥戦うしか、ない‥‥」
「そんな‥‥!」
 当の法州も、自ら戦うことを望んでいるわけではない。ただ、義明日に命令されたから‥‥理由はそれだけ。それだけだが、法州にとってはそれが他の人間より何十倍も重要なことなのである。
「抜け、昏倒殿。私は相手が抜かぬからといって手加減はせんぞ」
「嫌よ。あたし、今回も戦う気は無いの」
「そちらになくともこちらにはある。これが最後通告だ‥‥抜け、昏倒殿。軍配では連続攻撃に対応できん」
「‥‥貴方の意志が固い事は、解ってるからね‥‥でも、あたしの意思も固くてよ。それにね、『戦い』っていうのはお互いに戦う意思があって初めて成立するの。片方に戦う意思の無い場合は、『戦い』じゃなくて『虐殺』っていう名前に変わっちゃうのよ」
「‥‥‥‥」
 法州は一瞬躊躇したように動きを止めたが、すぐに標的を幽桜に変えて斬りかかる!
「駄目ですっ!」
 そして幽桜を庇うように萩原が立ちふさがり‥‥事態はさらに混乱する。両手を広げた無防備な状態で斬られれば、萩原もひとたまりも無い!
「唯、無茶をしないでくれ!」
 金属音を響かせ、業の十手と法州の太刀が激しくぶつかった。幽桜を庇った萩原を、さらに業が庇ったのである。
「‥‥業さん‥‥焦りすぎ‥‥」
「私が焦っているだと!? 私は冷静だ! ‥‥いや、焦っているかもしれないが‥‥愛する人を守るために焦らない人間などいるものか!」
「‥‥状況整理‥‥。法州さんは、義明日さんの味方‥‥。業さんは‥‥?」
「‥‥今は自分の意思の味方だ。唯にも法州にも死んでもらいたくない」
「‥‥それ‥‥坊やな意見‥‥。命のやり取りは、奇麗事じゃ‥‥解決できない‥‥」
 それは真理。確かに現状でどちらにも死んで欲しくないなど、甘え以外の何物でもない。
「‥‥もう一回、聞く‥‥。萩原さんと法州さん‥‥どっちを、とる‥‥?」
 業は悔しそうに歯噛みをした後‥‥しっかりと萩原見て、呟いた。
「唯を。法州には悪いが‥‥私は、唯を失うわけには行かない‥‥!」
「‥‥了解‥‥」
 そう言うと、幽桜は刀を構えて法州と相対する。
 誰も気づいてはいなかった‥‥業の答えに、幽桜の口元がかすかに微笑んでいたことを。
 その場の誰も‥‥幽桜本人でさえも―――

●武人として、敵として
 蛟たちが屋敷で義明日の持つという毒を探している時、蒼眞龍之介(ea7029)は螺流嵐馬を呼び出し、屋敷の裏手にある井戸へとやってきていた。
 裏手とは言っても森を少々進んだところにあるため、屋敷の様子は分からない。
「私を信じては貰えないだろうか、相対する立場とはいえ私は貴殿に対し不実な振舞いはしてこなかったつもりだ、いつでも貴殿とは正々堂々でありたいのだよ」
 嘘偽りの無い想い。隠し事の無い交渉。
 ギルドからの依頼だということも、義明日の捕縛が目的と言うことも、その義明日が毒を持っているということも全て、包み隠さずに蒼眞は嵐馬に告げた。
 黙って聞いていた嵐馬は、しばらく天を仰いでいた。
「万人に喜ばれる計画に毒が必要とは思えない‥‥違うか?」
「‥‥止まり木。『止まり木』と呼称されているのだ、我々の計画は」
 突然語りだした嵐馬に、今度は蒼眞が黙って聞く。
「お館様の突発的な思いつきではあるが‥‥村に一つ、『誰でも気兼ねなく使える屋敷』があればどれだけの人間が助かるだろうか、と。旅人も村人も関係なく、疲れたら休み、雨露を凌ぎ、祝い事の会場にしても祭りの後の打ち上げ場所にしてもいい。公共で使える屋敷が村に一つあれば‥‥という、理想の塊のような話だ。甘い戯言と言い換えてもいい‥‥必ず想像通りに運用されるとは限らないのだから」
 色々な利権が絡んでくることもあるだろうし、そこを占拠して立ち退かない者が出てくるかもしれない。さらに、逃亡中の犯罪者が住み着いたりしたら目も当てられないだろう。
「それでも我らはそれに賛同し、理想を求めた。堕天狗党では、例えお館様直々のご命令であっても、自分が嫌であれば拒否することが出来るのにな」
「理想だけで人は生きていけない。だが理想なしで生きていけるほど強くも無い。嵐馬殿‥‥あなたたちはやはり、ただの荒くれ者の集団ではない」
 年齢が近いせいもあってか、二人はお互いに奇妙な親近感を持っている。
 剣を交え、幾度と無く相対してなお‥‥お互いをただの敵と認識したくない何かがあるのだ。
「仲間内でこう言うのも難だが、義明日は信用が出来ない。特に最近の彼はな。志摩に毒の散布を命じたのは煉魏殿だが、持たせたのは彼だ‥‥。これを信用しろと言うほうがおかしい」
「では、嵐馬殿」
「だが、協力するわけにも行かない‥‥わかってくれ」
「‥‥どんなに信用できなくとも、仲間を売るような真似はできない‥‥と。敵同士であることを有耶無耶にし、馴れ合うつもりはないということか?」
「もう充分馴れ合っている気はするがな‥‥これは私のつまらん拘りだ。トニー風に言うなら『プライド』という言葉らしいが」
 要は『義明日を捕まえるなら勝手にしろ、邪魔もしなければ協力もしない』というところだろう。
 本音を言えば、嵐馬は蒼眞のことを下手な堕天狗党内の仲間よりよっぽど信用しているのかもしれない。だがしかし、それを認めてしまえば‥‥口にしてしまえば、嵐馬は堕天狗党に居られない。自分で自分のことが許せなくなってしまうのだろう。
 武人として、敵として‥‥蒼眞はもちろん、嵐馬もまた、その境で揺れているのかもしれなかった―――

●兄と想い人
「もし、お兄さんがトリカブトで誰かを傷つけようとしているなら、それは止めなくてはいけない。そんな事をしたって誰も幸せにならないはずだ。君達の計画が人を傷つけないものなら、その前に人を傷つけるようなことがあってはならない。そうだよな?」
「‥‥‥‥」
 村の北地区にある、井戸端。風峰司狼(ea7078)と樺太愛音は二人きりで会い、話をしていた。
 風峰がヘルヴォールに無理矢理持たされたかんざしを渡したりと紆余曲折あったが、結局最後にはこの話にならざるを得ないのが、二人の距離を遠くしている理由の一つだ。
「今回の件が全て片付いたら。俺は冒険者を止める。愛音‥‥君も堕天狗党を抜けてくれ。神より兄さんより、俺を選んで欲しい。一緒に暮らそう!」
 俯いていた顔を、はじかれるように風峰に向ける愛音。その顔には、歓喜、逡巡、戸惑い‥‥様々な感情が入り混じっている。
「‥‥嬉しいです、司狼‥‥でも、でも私‥‥兄がそんな恐ろしいことを企てているなんて、信じたくなくて‥‥」
「‥‥信じられない、とは言わないんだな」
「はい‥‥兄ならやりかねません。兄が堕天狗党に入った理由はただ一つ‥‥活動資金が欲しかったから。建築士としてだけやっていけばいいのに‥‥なまじ毒の知識なんて持っているから‥‥!」
 愛音は風峰の胸に飛び込んで泣き崩れる。
 昔は優しかったという兄が、自らの病気の発覚でおかしくなってしまった。不治の病とわかり、様々な薬を試したがそれも徒労‥‥逆に薬の飲みすぎで身体を悪くするという悪循環。病を憎み、薬さえも憎むようになった義明日は、元々持っていた毒の知識を伸ばしていったという。
「愛音‥‥今からでも遅くない。兄さんを説得に行こう。今ならまだ間に合う」
 だが、その言葉に愛音は首を振る。兄の妄執は、説得されて曲がるものではないと知っているのだ。
 それは理想の模索ともすら言えない、ただの復讐。妬み。
 義明日にとっては、健康な人間全てが憎いのだ。例えそれが、肉親でも‥‥たった一人の妹であっても。
「もう‥‥きっと兄は戻れません。司狼たちが捕まえても、口八丁手八丁で釈放されてしまうに違いないのです。そうなれば更に憎しみを増し、今度こそ何を仕出かすか‥‥。禍根を断つためには、いっそ兄を殺すしかありません‥‥!」
「そんなことを言うな! 諦めたら終わりだ‥‥例え望み薄でも、やってみなけりゃ始まらないんだぞ!」
「でも司狼、もし兄が暴走して、あなたがトリカブトの毒に犯されるようなことがあったら!」
「俺は、生きる! 生きて、愛音と添い遂げる! だから言ってくれ‥‥君が本当に望んでいることを。俺が全力で手伝うから!」
「司狼‥‥私は‥‥!」
 涙を拭って風峰を見る愛音。彼女が口にした、その想いは―――

●樺太義明日
「見つからない‥‥どこを探しても。粉末状の毒はおろか、原材料の草さえも‥‥!」
「‥‥難儀だね‥‥床下も一応見てきたんだけどね」
「けほっ、けほっ、天井裏にもなかったのじゃ‥‥。新築でも天井裏は埃が凄いんじゃの‥‥」
 屋敷中をひっくり返した蛟、ヘルヴォール、マリスの三人であったが、結局トリカブトは見つからなかった。無論義明日を監視しながら行ったので、彼がどこかに隠したと言う可能性もない。
 作業している間中、ずっと義明日は余裕の表情で3人を見ていたのは気になるが‥‥。
「‥‥後あるとすれば‥‥あんたが肌身離さず持っているか、くらいだね」
「隠し畑とか、秘密基地みたいなものがある可能性は無いかのう?」
「無理だな。ここら辺一帯は僕たちもよく知っているし、そんなに頻繁に出かけていたら誰かが気づく。畑は栽培に時間が掛かりすぎるからありえない」
「身体検査でもしようというのか? 流石にそこまで許す謂われはない」
「だが、それをすれば完璧だ。君を疑う余地は微塵も無くなる‥‥違うか?」
「‥‥それとも、身体検査されたらまずいことでもあるのかい?」
 義明日は3人の顔を見比べて少し考えると、にやりと笑って言った。
「仕方ない‥‥つくづく強情な連中だ。好きにするがいい」
 これには蛟たちも驚きを禁じえない。屋敷に無く、他の場所に無く、義明日本人も持っていないなら‥‥トリカブトは一体どこにあると言うのか。
「まさか女まで身体検査するというわけではあるまい。そこの志士、隣の部屋にでも移動するぞ」
「蛟だ。志士で括らないでくれ」
 ヘルヴォールは視線だけで『気をつけろ』と合図を送る。蛟はそれに気づき、静かに頷いた。
「ど、どういうことかのう‥‥単純に1対1の戦闘になったとして、義明日様では蛟様に勝てないと思うんですがの‥‥」
「‥‥何かあるんだろうね。絶対見つからないと踏んでいるのか、一人相手なら毒を使える自信があるのか‥‥」
 やがて10分もした頃、襖が開き、蛟と義明日が戻って来た。それは即ち‥‥。
「‥‥見つからなかった、ということだね‥‥」
「あ、あぁ‥‥着物の中に縫いこんであるような様子も無かった。これは一体‥‥」
「ふはははは! 言っただろう、私は毒など知らぬと! 証拠も無いのに勝手に屋敷に上がりこみ、お縄に着けと言う! だが屋敷を探しても身体検査をしても毒は出てこない‥‥どういうことかわかるか!?」
 事前に捨てたと言うことも考えられなくは無いが、可能性は低い。義明日は冒険者ギルドに自分の捕縛依頼が出ていたことも知らないのだから、大事な切り札を捨てるわけは無い。更に言うなら、簡単に捨てられるほど底の浅い計画でもないだろう。
「貴様ら、踊らされたのではないか‥‥そのレンジャーとやらに! いや、貴様らだけでなく奉行所もか! これは傑作だ‥‥冤罪を作り出してでも堕天狗党員を捕まえたいのか!? 何が冒険者だ、何がトリカブトだ! 貴様らのほうがよほど悪人と言うもの!」
「くっ‥‥先生と嵐馬殿を裏手の井戸でお待たせしていると言うのにこのザマか‥‥! もう大分時間を食ってしまっている‥‥!」
「‥‥まさかあいつ、本気で嘘を報告したわけじゃないだろうね。嘘じゃなくても、勘違いだったとか‥‥」
 完全にこちらが理論負けしている。証拠の毒が出てこない以上、名目は『堕天狗党員と名乗ったから捕まえる』ということになる。そんな理由で義明日を捕まえたら、村人の反感を買うのは必死‥‥むしろ、この村から無事に出られるかどうかも怪しい。
 ‥‥そんな時だ。
「‥‥何故知っとるのかの?」
「‥‥何?」
「何故我々が追っている毒が『トリカブト』だと知っておるのか不思議だと言っておるのです。私は義明日様と蛟様が会話を始める前からテレパシーを使っておりましてな‥‥蛟殿はあなたに毒のことは言っておられたが、その毒がトリカブトだとは一言も言っておられませなんだ」
 マリスは自分で自分に確認するように、核心をついた質問をする。
 そう‥‥毒の名称を蛟は明言していない。
「‥‥原材料が草だと言っていただろう」
「原材料が草木である毒がどれだけあると? そちらの知識はさっぱりありませぬが、その中からトリカブトと断言できるほど少なくは無いと思いますがの」
「ちぃっ!」
 不利と見たのか、自分の迂闊さを呪いながら義明日は逃げ出す。勝ったと思って気が緩んだのかもしれない。
「逃がすか! ‥‥開かない!?」
 義明日は常に出入り口の側に待機していて、今もさっと片襖を開け、勢いよく閉めてから逃げ出している。最後に案内されたこの部屋は片襖しか出入り口が無い構造になっており、計画的な臭いがした。
「‥‥蹴破るしかないね。それにしてもマリス、いい勘してるじゃないか」
「当てずっぽうみたいなものですがの‥‥ふと疑問に思っただけなのですじゃ(照れ)」
 がすん、と襖を蹴り破り、3人は部屋を出る。見れば蝶番のような物が倒れており、開かなかったのはそのせいらしかった。
「細かい仕掛けですの‥‥勢いよく閉めたときのみ倒れるよう計算されているみたいですじゃ」
「そんなことより、追うぞ!」
 すでに距離が出来てしまっている‥‥急がねば追いつけないかもしれない!
 だがそんな杞憂をよそに、事態は更に切迫したらしい。
「きゃあっ!? お、お兄様!?」
「愛音か‥‥丁度いい!」
 玄関からそんな声が聞こえて来たのを受けて、3人は声のする方へと急いだ―――

●逃走
「やめろ、愛音を放せ!」
「風峰とかいったか‥‥そうか愛音、またあの男と会っていたのだな。だがそんなことはどうでもいい!」
 あろうことか、義明日は愛音の首にかんざしを突きつけて人質のように扱っている。玄関を出ようとしたところに風峰たちがやってきて、これ幸いと愛音のかんざしを引っこ抜いて使っているのだ。
「そこまで堕ちたか‥‥最早哀れだな」
「先生! 嵐馬殿は!?」
「別の用があるといって村へ。流石に引き止めるにも限界だった。だが、戻ってきてみたらこれか‥‥」
 裏手の方角から蒼眞が合流し、蛟、ヘルヴォール、マリスも屋敷の外へ出た。あとこの場に居ないものは‥‥。
「あ、愛音さん!?」
「‥‥何‥‥?」
「あなたじゃなくて、あっちの愛音さんよ。花の乙女こんとーちゃん、合流よ♪」
 萩原、幽桜、昏倒までタイミングよく合流する。見たところ、達人級の法州と戦ったわりに怪我はまるで無いようだが。
「な‥‥法州はどうした!? 業も居たはずだぞ!」
「法州さんは逃げました‥‥昏倒さんと幽桜さんの二人を相手して、怪我をされて‥‥。業さんは、法州さんを助けると言って、追って‥‥」
「‥‥『戦った』のは、私だけ‥‥。昏倒さん‥‥短刀や軍配で受けて手助けしてくれただけ‥‥」
「くっ‥‥なんということだ、こんな連中に私の計画が邪魔されるだと!? だが捕まらん‥‥捕まりはしない! 私の『悪戯女神計画』は、何をおいても優先される!」
「実の妹さえも人質にしてか!? とことん腐ってるぞ、あんたは!」
「何とでも言え! 貴様らの中に愛音の想い人が居たのは幸いだ‥‥退け、愛音の命が惜しかったらな!」
「司狼、私のことはいいですから! みなさんも!」
 愛音は必死の様子で風峰や他の7人に義明日討伐を勧める。だが、それを実行しようと言うものはいない。
「そんなわけにいくか! おまえら、愛音に何かあったら‥‥!」
「分かっている。私たちも手は出さない‥‥見殺しには出来ん」
「先生と同じだ。ここで彼女を見捨てたら、義明日と同じようなものだから」
「‥‥汚いね‥‥私の持たせたかんざしがあんな使い方されるとは思わなかった」
「ムーンアローも‥‥駄目じゃろうな、多分」
「あなたが‥‥あなたがそんな人だから、業さんも‥‥!」
「‥‥ここは‥‥逃がすしか、ない‥‥かも‥‥」
「花の乙女として、女性を傷つけるわけには行かないわ‥‥」
 じりじりと義明日は後退し、蒼眞の横を通って森へと分け入っていく。愛音にかんざしを突きつけ‥‥人質としたままで。
「くそぉっ! 義明日! 愛音を傷つけたら承知しないからな! 愛音、生きてくれ! 絶対に自分から死を選ぶような真似をするな! 必ず‥‥必ず助けるからっ!」
「司狼‥‥はい、司狼! 待って‥‥待っていますから!」
 小さくなっていく二人の姿‥‥一同はそれを黙って見送るしかなかった。
 いずこへとも無く消えた樺太兄妹‥‥その確執は、冒険者まで巻き込んで現実化したのである―――