●リプレイ本文
●何を思ふ
「なぁ牙闘。おまえさん、今何を考えてる?」
「決まっている。やってくる冒険者たちを倒し、あのお方をお守りすることだ」
「はは、お前らしいや。そうだな‥‥そうだよな」
「トニー、迷いは己を殺すぞ。最早我々に残された道は戦うことのみ。例えそれが、かつての仲間であったとしても」
「‥‥わかってるさ。わかっているさ―――」
竜ヶ岳中腹の、森の中の一角。
元々木々が少ない開けた場所だったのを、堕天狗党の面々が急遽闘技場として使うために整地したのである。
半径15メートルくらいの円型の地面の周りを、森が囲んでいる格好だ。
その中心に立つのは、堕天狗党の一員、トニー・ライゲンと穴鈴牙闘。
「‥‥ふーん。闘技場なんていうからどんなものかと思ったら、ただの野っぱらじゃない。つまらないわね」
「こ、こら、アルト殿! 出て行っては元も子もないじゃろうに!」
がさがさと藪を掻き分けて無造作に現れたのは、アルトノワール・ブランシュタッド。
そしてそれを制止しようとしていた三月天音(ea2144)が慌てて飛び出してきていた。
「偵察か‥‥ご苦労なことだ。だが今回は烈空斎様直々に挑戦状を送ったのだ、罠などない」
「そういうこと。とっとと戻って他の連中連れてきなよ。伏兵なんてのもないしさ」
「‥‥信じる理由がないけど、疑うのが面倒だから信じるわ。天音、戻るわよ」
「わらわは完全に置いてけぼりか? 言うことを聞くと言う話はどうなったのじゃ」
「‥‥あなたと約束したわけじゃないもの。一緒に偵察に来てあげただけありがたいと思いなさい」
「‥‥一緒に来て堂々と姿を見せられても迷惑なだけじゃ‥‥」
ぶつぶつと呟きながら、三月はアルトを伴って一旦姿を消した。
その後姿を見送りながら、トニーはポツリと呟く。
「‥‥なぁ、あいつは『違う』んだよな?」
「そのはずだがな。やたらと関わってくるのは、藁木屋錬術が関係しているからだろう」
「はっ、そんなもんかね‥‥」
呆れたように呟き、冒険者8人+アルトが戻ってくるまで、トニーたちは軽く準備運動を始めた。
戦う者のサガなのか‥‥無意識の内に迷いを断ち切りながら―――
●語り
「調べたけど、本当に罠はないみたいだよ」
「‥‥だろうね。伏兵の気配もないし、挑戦状の文面に嘘はなさそうだ」
「‥‥馬鹿正直なのも‥‥どうかとは思うけど‥‥。でも、好感度‥‥良‥‥」
闘技場に到着した冒険者一行は、トニーたちの了解を得て闘技場周りをチェックした。
草薙北斗(ea5414)とアルトノワールが罠の有無を調べ、ヘルヴォール・ルディア(ea0828)と幽桜哀音(ea2246)が伏兵の有無を調査した結果の台詞である。
「当たり前だってーの。今回ばかりは煉魏のダンナにも手出しはさせないぜ」
「それはわかったが、決着方法を聞いておきたいのじゃ。どちらかに一人でも死者が出た時点で終了なのか、それともどちらかが全滅するまでやるのか‥‥」
「魔法で準備する時間とかはもらえるのかねぇ。ま、俺は呼び戦力の予定だけどよ」
「戦わないで捕まってくれるっていう選択肢は‥‥ないわね、きっと(溜息)」
「愚問だな。どちらかが全滅するまでやる‥‥それ以外にあるものか。そして流石に準備は断る。妙な動きがあればその場で斬りかからせてもらうぞ」
三月とバーク・ダンロック(ea7871)の疑問は、命のやり取りをする上で至極もっともな物だ。
昏倒勇花(ea9275)も降伏提案を言ってみたはいいものの、最初から期待はしていなかったらしい。
無論、穴鈴牙闘に一蹴されて終了だったが。
「牙闘殿、刀を交える前に一つだけ言っておきたいことがある‥‥『忠臣は盲信に在らず』。もしも、あなたの主が過ちの行動に進む時、それを止める事も忠臣の仕事」
「無論我等とて君たちが過った行動を取っていると決め付けているわけではない。だが、それでもあえて聞かせてもらいたい」
蛟静吾(ea6269)と蒼眞龍之介(ea7029)は、堕天狗党を追い続ける師弟コンビ。
彼らだからこそ分かることもあるだろうし、彼らだからこそトニーたちに通じるものもあるだろう。
「ふ‥‥そんなことはありえんと思うが、答えよう。その時は私が烈空斎様を斬る。だが今あのお方は間違っていない」
「そうそう、でなきゃついていかないって」
「‥‥じゃあ‥‥ついでに私も聞きたい‥‥。理想の為に人を斬るって‥‥どんな気持ち‥‥?」
幽桜の質問を受け、ほんの少しだがトニーたちがバツの悪そうな表情をした。
すでに仲間の黒い三連刀を失った彼らでも、恨み辛みで戦おうと言うわけではないらしい。
「‥‥そりゃいい気分はしないさ。恨みがあるわけでなし、人を斬るのが好きなわけでなし」
「だがそうしなければならんのが我々の現状だ。そして、お前たちと刀を交えるのも仕方のないこと」
「だから、償うさ。よりよいこの国を造って償い、死んだら地獄で精一杯な。それが俺らの出来ることだ」
そう言って、二人はゆっくりと獲物を構えた。
トニーの薙刀と、牙闘の日本刀。
牙闘は太刀も所持しているようだが、そちらは抜刀した後、何故か地面に突き立てていたが。
「もう語ることはないってこと? でも、僕たちだって負けられない!」
「さっきから気になっているのじゃが、おぬしら妙にわらわたちを気にかけておらんか? いや、なんとなくじゃが」
「三月さん、戦闘準備に入りましょう。頭を使う時間は終わりみたいよ‥‥」
昏倒の台詞に、草薙、三月も含めて全員がフォーメーションを取る。
その先に真実があるのかも定かではないが‥‥とにかく、激闘の第2戦目が、今始まる―――
●Believe
双方は距離をとり、勝負の開始を待っていた。
開始方法は単純‥‥バークが闘技場の中心に向かって石を投げ、それが地面に落ちた瞬間が開始。
本来なら第三者が居なければ不公平な開始方法だが、バークは予備戦力として少し後方に居るため、少しは平等か、という結論に達したのである。
「いくぜ‥‥恨みっこなしだ。そぉりゃあっ!」
何の変哲もない、ただの石っころ。
それが今だけは、人の命にさえ関わる重要な物体に変わっているのだからおかしな話だ。
バークの腕力で放り投げられた石は、木々の葉を掠め、天高く上る。
そして、落ちてくるときも葉の絨毯を掠め‥‥地面へ!
「まずは三月‥‥あんただ!」
「な!?」
この中で一番俊敏なトニーが先手を取り、いつの間にか持っていたダガーを三月へ投げつける。
魔法の詠唱を開始しようとしていた三月がそれを避けられるはずもなく、さくっと軽傷を受けて怯む。
「牙闘!」
「承知! でぇぇぇぇぇぇぇいっ!」
冒険者たちがトニーが射撃攻撃を行ったことに驚いた一瞬、今度は牙闘の攻撃が発動する。
スマッシュ+ソニックブーム+ソードボンバーの複合技が、固まっていたヘルヴォール、蛟、幽桜、昏倒、草薙を巻き込んで盛大に炸裂した!
「‥‥忘れてた。そういえば江戸でも使ったとか言ってたっけ」
射程外に居たアルトノワールがぽん、と手を叩き、呑気に呟く。
結果を言えば草薙は微塵隠れで、幽桜はなんとか自力での回避で、昏倒は盾で防いで事なきを得た。
だが、蛟とヘルヴォールは武器受けの出来ない衝撃波を受け、中傷以上のダメージを負っている!
「‥‥がふっ‥‥! ゆ、油断したね‥‥何か忘れてるような気はしたんだ‥‥!」
「く、く‥‥そ‥‥! わざわざ日本刀を用意したのは、この大技を‥‥撃つ為か‥‥!」
二人ともすぐにリカバーポーションで回復したとはいえ、その隙は大きい。
今度はトニーが薙刀で斬り込んで来ている!
「魔法は困るんだよ! そして、俺が狙うのはあんただ!」
「あたし!? 盾を使った直後に‥‥!」
「盾ってのは取り回しが悪いからな!」
リーチの長い薙刀で、昏倒を攻撃するトニー。
流石の昏倒も素手で刃物を受けるわけにも行かず、中傷を負う。
そして、ポーションで回復している間に、トニーはさっと後退して距離を取ってしまう!
「‥‥すごい連携‥‥。正直‥‥厳しいけど、でも‥‥」
「これだけ人数が居て負けたら、かっこ悪いもんね!」
負けじと幽桜と草薙がトニーに向かう。
だが二人がかりで攻撃しているにも拘らず、トニーを捕えることが出来ない!
幽桜のブラインドアタックを、トニーは持ち前の動体視力で素早く見切っている。
「悪いな、お二人さん。似たような戦闘スタイルの俺たちじゃ、早々決着なんてつかないぜ」
程度の違いはあれ、格闘よりも回避が得意というのは、幽桜、草薙、トニーの共通点。
相手が回避が苦手で、格闘技術が自分の回避力より上回っているなら獅子奮迅の活躍が見込めるが、ちょっと気の効いた回避力を持つ相手と戦うと、千日手になりかねないのが欠点だ。
「二人とも、深追いするな! 下がられすぎると‥‥!」
「そうだ‥‥私が居る」
蒼眞の叫びに二人が気付いた時にはもう遅い。
トニーがひょいと横に逃げると、そこには穴鈴牙闘の姿が‥‥!
「子供とて容赦せん‥‥君も戦人なのだろうからな!」
「くっ、高速微塵‥‥って!?」
「いつもいつも都合よく成功するものかぁ!」
「あ‥‥‥‥」
スマッシュ。
日本刀のままではあるが、牙闘の腕力で振り下ろされれば、草薙に重傷を与えるのに充分。
忍術の発動失敗が致命的なミスとなり、草薙はその場に叩き伏せられがちに倒れこんだ。
「まず‥‥一人」
草薙の血に濡れる日本刀を一旦振り、冒険者たちに向き直る牙闘とトニー。
言葉どおり容赦なく敵を叩き伏せる。
彼らのコンビネーションと実力は、今までの堕天狗党との戦いの中でも屈指の恐ろしさだ。
「おいおいどうするよ。あれじゃ北斗の坊主が人質みたいなもんだ」
「彼らならそんなことはしないと思いたいがのう‥‥人間追い込まれると何をするか分からんのじゃ」
「先生‥‥作戦の切り替えが必要かと思います。挟み撃ちをするにも、相手が二人ともソードボンバーの使い手では、逆に迎撃されかねませんし‥‥」
「‥‥彼らの殺気も今までの比ではない。生半可な攻撃では自分たちの首を絞めるか‥‥」
バークも三月も、蛟も蒼眞も迂闊な行動が取れない。
トニーたちの足元に倒れたままの草薙は死んでいないが、あの位置では下手な行動を取れば止めを刺されかねない。
「草薙くんを見殺しには出来ないし‥‥かといっていこのまま打つ手なしでも困るわね‥‥(汗息)」
「‥‥ここが‥‥死に場所かな‥‥。闘技場でっていうのも‥‥悪くない、かも‥‥」
「‥‥冗談じゃないよ。この状況を打破するために有効な手段は‥‥」
昏倒、幽桜のテンションが下がっているのを見て、ヘルヴォールは逆に闘志を燃やす。
固まって話しているとまた牙闘のアトミックウェーブ(トニー命名らしい)を喰らいかねないので、7人は少し距離を置き、大声で話している。
無論トニーたちにも筒抜けだが、手痛い攻撃を喰らうよりマシだ。
と、ヘルヴォールが慎重に辺りを見回していた時。
この非常時に、すいっと空を翔ける蜻蛉をのんべんだらりと眺めている者が約一名。
「‥‥そうだ、あんただよ。アルト、折角付いてきてるんだから手伝って」
「‥‥別にいいけど‥‥あなた、私のこと信用してないんでしょ?」
「‥‥正直な話、私はあんたが素直に動いてくれるとは思ってない。好きにしたらいいって思ってたけど、そんなこと言ってられる状況でもない。後でわらっきー個人からその事に関する『借り』をしっかり返してもらいたくなければ、協力して」
「ヘルヴォールの嬢ちゃん、そういうのは脅迫って言わねぇか?」
「‥‥いいんだよ。脅迫が通用するような精神構造してないんだから、アルトノワールって人は」
「‥‥別にあなたが錬術に何をしてもらうつもりでも、私は一向に構わないんだけどね。‥‥まぁいいわ、ご褒美取り消されても嫌だから言うこと聞いておきましょ」
そう言うと、アルトノワールは縄金票を取り出して、ようやく戦闘体制を取る。
結局白状しなかったのでそのご褒美なるものが何なのかは定かでないが、いつもに比べれば格段に従順なアルトであった。
「げ。どうする牙闘、アルトノワールって言えば、五条大橋の鬼なんて噂にもなった猛者だぜ?」
「厄介な助っ人を連れてこられたものだ‥‥」
冒険者たちとは違う角度へ移動するアルトノワール。
彼女の回避力を以ってすれば、牙闘もトニーもソードボンバーでは命中させられないだろう。
さらに遠距離から狙い済ました縄金票が飛んでくるとなれば、尚更危険だ。
そして、それに対する牙闘の取った対策は‥‥。
「待て。もし貴様が私たちに攻撃するそぶりを見せれば、この少年を殺す」
「「「「「「「「な!?」」」」」」」」
アルトノワールと牙闘、草薙を除いた全員が叫ぶ。
牙闘が突然草薙の身体を掴み、地面に突き刺さったままの太刀の刃にその首をあてがった。
草薙は意識はあるものの、身体が上手く動かないらしい。
「お、おいおい何言ってんだよ! お前さんらしくないぜ、こんなのは!」
「トニー‥‥ここで負けるわけにいくのか? 人には、どんな手を使ってでも負けられない時がある。我等にとってそれが今だ。でなければ逝った黒い三連刀にも顔向けが出来ん」
「言いたいことはわかるけどよ‥‥だからってこんな‥‥!」
「‥‥取り込み中のところ悪いんだけど‥‥『だから?』」
アルトノワールはさも当然といった表情で右手を引き、縄金票の発射体制を取る。
「‥‥そいつが死のうが生きようが私には関係ないもの。私は『手伝え』って言われただけ。『お守りをしろ』なんて言われてないわ。‥‥そうよね、ヘルヴォール?」
「‥‥口の減らない‥‥! それは嫌味のつもりかい!? わかった、攻撃中止だよ!」
「‥‥あら、いいの? ま、そのほうが面倒がなくていいけど」
すっと構えを解くアルトノワール。
またふらふらするのかと思いきや、何を思ったのかすぐに再び戦闘体制に戻る!
「‥‥やっぱやめた。暇してるのもなんだから、攻撃しちゃお」
「どれだけ天邪鬼だ君は!? 流石の僕も許容できないぞ!」
「アルトノワールさん‥‥草薙くんにもしものことがあったら、花の乙女が黙ってないわよ‥‥!」
蛟と昏倒が我慢できずに叫んだ。
それはそうだ、こんな場面で我侭を吐けるアルトノワールが異常なのだから。
「‥‥ふん。私とやるって言うの? 堕天狗党の連中が目の前に居るのに?」
「‥‥みんな‥‥熱くなりすぎ‥‥。もう少し‥‥仲間を信頼した方が、いい‥‥」
幽桜は何やら思うところがあるらしく、二人を宥め始める。
だが一旦上昇した怒りはそう簡単には静まらないもの。
「どう信頼しろってんだよ、あの我侭嬢ちゃんをよ!? いっそオーラアルファーで吹き飛ばしてぇぞ!」
「‥‥蒼眞殿、どう思う? わらわは‥‥」
「あぁ、何かある。アルトくんは何かを待っている。彼女の気まぐれは今に始まったことではないが、今回のは唐突過ぎる。いつでも動けるようにしておいたほうがいい」
戸惑う冒険者たち。
冒険者と堕天狗党両方を相手に隙を窺うアルトノワール。
そして、一番困っているのはいきなり仲間割れを始められたトニーと牙闘だ。
「こ、効果がありすぎっつーかなんつーか‥‥いたたまれなくなるのは俺だけか?」
「‥‥安心しろ。私もだ」
想定外の事態に、これからの戦局を予測できない。
どうする? アルトと冒険者を戦わせ、一旦引くか。
それともこの混乱に乗じて双方を殲滅するか。
二人が必死にそんなことを考えていた時だ。
「‥‥‥‥ありがと‥‥アルトノワールさん‥‥!」
「!?」
ぼんっ!
足元に転がっていた草薙が不意に呟き、爆発が起きる!
微塵隠れの術‥‥威力自体はそんなに無いが、草薙は仲間の所へと一気に移動することに成功した!
「まさか‥‥あの傷で詠唱を成功させただと!?」
「そうか、アルトノワールくんは時間稼ぎのために、わざとあんな悪態ついたのか! 彼らの目を草薙くんから逸らすために‥‥! やってくれる!」
牙闘の驚愕も蛟の驚愕も質は同じ。
そう、倒れていた草薙が必死で手をグーパーグーパーさせていたのを見て、アルトはピンと来たのである。
「‥‥ま、何かしそうだったから。小声で詠唱すれば成功するまで何度でも試せるでしょ」
「‥‥敵を騙すならまず味方から‥‥って? まったく、怒る気も失せるよ‥‥」
「ぼ、僕も仲間のためなら命がけだよ‥‥。けど、簡単に死なない。最後まで足掻いて足掻いて望みを捨てない‥‥!」
「バーク殿、すまないが出張ってもらえるか? 最後の安全策を取りたい」
「よっしゃ、任せとけ! アルト嬢ちゃんじゃないが、ずっと暇してるわけにもいかねぇ!」
そんな暇はないと思ったのか、オーラボディを発動せず、そのままトニーたちに突っ込んでいくバーク。
当然魔法を警戒する二人は迎撃しようとするが、蒼眞のソニックブーム、アルトノワールの縄金票などの牽制が飛んで、詠唱の邪魔が出来ない!
「はぁーーーっ! オーラアルファーだっ!」
高威力版のオーラアルファー。
範囲に居たのは堕天狗党の二人だけで、放ったバークはささっと後退する!
「ぐぅっ! こ、これじゃ最初と立場が逆だぜ!」
「とにかく一旦回復だ! 敵の前衛の好きにさせるな!」
「いいえ限界よッ! 活躍するわッ! 今ねッ!」
リカバーポーションで回復している好きに昏倒の接近を許した二人。
牙闘が必死に応戦するが、トニーはヘルヴォールと蛟の波状攻撃を受け、おされ気味。
「わらわもいるのじゃ! 叩きつけるだけじゃがの!」
鞭で絡めることはせず、叩いてダメージを与えていく三月も含め、各々が自分のペースを取り戻せたようだ。
黒い三連刀の時にも言えた事だが、一度ペースが乱されてしまった連携は立て直すのが難しい。
それは、冒険者たちも今回身に染みたはずだ。
そして‥‥しばしの後―――
●志に
「ぐぅっ‥‥こ、ここまで‥‥か‥‥!」
「ちぇ‥‥ごふっ‥‥く、いけると‥‥思ったんだけどなぁ‥‥!」
反撃の狼煙は、草薙の微塵隠れ。
苦し紛れかつ脱出のためとはいえ、術の詠唱を聞き逃していたのが最大の敗因だろう。
「‥‥よく言う‥‥。‥‥こっちだって‥‥結構やられた‥‥」
「あの状況からこうまで被害拡大されたらたまったもんじゃねぇな」
すでに戦う力が尽き、膝を折るトニーと牙闘。
とはいえ反撃で冒険者たちもかなり怪我をしたのだが。
「‥‥後の判断は君たちに任せる。自決するも良し‥‥私たちに討たれるも良し。そして、堕天狗党を捨てると誓って逃げ延びるも良しだ」
「先生‥‥しかし」
「笑ってくれて構わんよ蛟君。ただ、僅かな時でも共に人助けをした相手を尊重したい‥‥それだけだ」
「‥‥は、はは‥‥だ、だからやりにくいんだ‥‥あんたらは‥‥」
力なく笑うトニー。
だが、彼らの意思は最初から決まっているのだろう。
逃げることだけは無い。
負けたから、死にたくないから仲間を裏切るなど、彼らにはありえない選択なのだ。
「‥‥未来の為の尊い犠牲って言うけど、私はそんな言葉嫌いだね。‥‥その未来を心から願ってた奴は、その未来を見る事無く居なくなるって事だろ‥‥そんな未来に、意味なんてあるの?」
そして、最後の瞬間の少し前、ヘルヴォールは二人に聞いて見た。
それに対する答えは‥‥。
「意味ならあるさ。実現したなら、それは願ったやつの生きてた意味が実証されたってことだ。例え誰が知らなくても、願った人間やその仲間が知ってる。それで充分なんだぜ‥‥」
「そして今の私たちにも意味はある。堕天狗党の仲間‥‥そして烈空斎様。さらに貴殿らの心に私たちは残るだろう。人生においてほんの一時の出会いでも、我らは確かに邂逅したのだから」
語り継ぐものが居なくても、全ての人々に忘れ去られても、その人間は確かに存在したのだ。
人は誰かに覚えていてもらうために生きるのではなく‥‥自分が自分らしく生きるために生きるのだろう。
トニー・ライゲン。
穴鈴牙闘。
自決した二人の死に顔は、何故か安らかだったと言う―――