決戦、堕天狗党! 〜戦慄の荼毘兄弟〜
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■シリーズシナリオ
担当:西川一純
対応レベル:7〜11lv
難易度:難しい
成功報酬:4 G 13 C
参加人数:8人
サポート参加人数:5人
冒険期間:10月26日〜10月31日
リプレイ公開日:2005年11月01日
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●オープニング
世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――
「さぁ、今日こそは聞かせていただきましょうか! いつになったら次の堕天狗党の依頼を出してくれるんです!?」
「な、何かね突然、薮から棒に」
「藪も紐もありますか! 前回の挑戦状から一ヶ月近く経ってるんですよ!? 時間を与えれば与えるほど向うは何してくるか分からないって言うのに!」
京都冒険者ギルドの一角で、ギルド職員西山一海と、その友人である藁木屋錬術が問答をしていた。
問答とは言っても、藁木屋が一方的に詰め寄られている格好なのだが。
「藪はともかく、紐とは一言も言っていないぞ、私は」
「あれ、知らないんですか? 下手なお医者さんを藪医者って言うでしょ? で、それよりさらに下手なのを土手医者、土手医者よりさらに下手なのを雀医者って言うんです」
「そのこころは?」
「土手医者は『だんだん藪に近づく』。雀医者は『藪にもなれない』。でもって、極めつけに下手糞なお医者さんのことは紐医者というんです」
「‥‥そのこころは」
「物が紐だけに、こいつに掛かったら間違いなく死ぬ」
「はっはっは、上手いことを言うな」
「って、そうじゃないんですよ! 何誤魔化してるんですかぁぁぁぁぁっ!」
「わ、わかったわかった、真面目に答える。何も私たちだって何もしていなかったわけではない。挑戦状が来なかった期間を利用して、ありったけの手段で堕天狗党について再度洗いなおしていたのだよ。それこそ、愛音嬢に協力も求めに行ったたくらいだ」
「へぇ、樺太愛音さんに! お元気でしたか?」
「あぁ、今は風峰愛音となって幸せそうにしていたよ。そして、彼女から聞いた情報なども照らし合わせ、色々わかったこともある。特に、党員構成についてだ」
藁木屋が言うには、堕天狗党の残存戦力はもう心もとなくなっているらしい。
江戸で柄這志摩、樺太兄妹、発札法州を失い、京都ではニグラス・シュノーデン、黒い三連刀、トニー・ライゲン、穴鈴牙闘と、もはや当初の半分以下の戦力になったようだ。
荼毘業については、今のところ行方不明とのことだが‥‥。
「つまり、残っているのは安綱牛紗亜、螺流嵐馬、松岡進、荼毘削岩鬼、煉魏くらいってことですか」
「愛音嬢がいたころから増えていなければな。ちなみに、煉魏というのは削岩鬼の実兄‥‥荼毘三兄弟の長男らしい。そして、堕天狗党の首領である烈空斎‥‥その正体にも少し触れられたぞ」
「本当ですか!?」
「あぁ。愛音嬢も常に頭巾をしている場面しか見たことが無いと言っていたが、人間らしからぬ力のようなものを感じられたらしい。本当は烈空斎は党員の世直し(?)行動に難色を示していたらしいが、それが党員たちの望みならと暗黙のうちに了承したとか」
「わけがわかりませんねぇ。私、てっきり首領の指示だと思ってたんですけど」
その意見に藁木屋も頷いていたが‥‥何故かそのまましばし沈黙する。
ややあって、ようやく聞く決心が出来たのか、藁木屋は一海の方を向いて言葉を紡いだ。
「‥‥なぁ一海くん。君は『お前には呪いがかけられている』と言われたらどうするね?」
「また突然ですね。うーん‥‥まぁとりあえず信じません。今のところ呪われてるような出来事ありませんから」
「そうか。なに、愛音嬢が言っていたのだよ。堕天狗党の面々には、呪いと言う名の宿縁があったのだと。烈空斎にはそれを見抜く力があり、その呪いを断ち切るために竜ヶ岳の洞窟で今も解呪方法を模索している‥‥ともな」
「‥‥はぁ? そんな与太話を信じてるんですか、堕天狗党の人たちは」
「そこまでは知らないが、少なくとも愛音嬢は信じていたぞ。確証に足ることでもあったのだろう」
「まぁいいですけど‥‥。で、今回は誰がお相手なんですか?」
「‥‥何故そういう話になる」
「藁木屋さん、さっき『挑戦状が来なかった期間を利用して』って言いましたよね。それはつまり、今日とは言わないまでも最近挑戦状が来たってことでしょう? そして堕天狗党調査の成果をこれだけ話すと言うことは、今日は依頼を出す気で来た‥‥違いますか?」
「‥‥君には敵わないな、まったく。そうだ、先日また挑戦状が届いた。烈空斎の名でね。相手は荼毘煉魏と荼毘削岩鬼の兄弟。場所は前回と同じ竜ヶ岳の闘技場。対戦形式も変わらない」
「‥‥荼毘煉魏は卑怯なことをしてきませんかね?」
「どうだろうな。以前毒の散布を勝手に進めたのも彼だと言うから、注意は必要かも知れない。問題はこの兄弟の戦闘力の方にある。荼毘削岩鬼は言うまでも無いとして、荼毘煉魏は土の精霊魔法を使う志士崩れらしい」
「はぁ。え? それの何がまずいので? 仮に魔法の達人だとして、8対2を覆せるとはとても思えないんですが」
「‥‥そうか‥‥君は戦士ではないから分からないか。すでに守護の指輪を8個まで収集したと言われる荼毘削岩鬼に土の志士は、恐ろしく相性がいいのだよ。恐らく、私とアルト二人がかりでも手も足も出ないぞ」
「よ、よくわかりませんけど、それほど強いと?」
「今度こそ死人が出るかも知れないな‥‥今までも紙一重だったが」
「しかし‥‥愛音さんが堕天狗党を抜けていて、私たちに協力してくれる状況でよかったですね。そんなことを知らずに戦ったらと思うと、ちょっとぞっとしません」
「まったくだ。何か少し歯車が違えば、歴史というのは大きく変わってしまう物なのかもしれない。願わくば、これから紡がれる歴史が、冒険者の方々にとって凄惨なものにならないことを‥‥」
藁木屋はそっと目を閉じ、息をついた。
京都ギルドの喧騒と日常を、愛しむかのように―――
●リプレイ本文
●呪い
京都北部に位置する山、竜ヶ岳。
堕天狗党の首領である烈空斎なる人物が居るとされる山で、冒険者たちと堕天狗党員が、熾烈な戦いを幾度も繰り広げている場所でもある。
そして前回、真紅の雷鳴と桜田門の悪夢が命を散らした竜ヶ岳内の闘技場に、役者が揃う。
「とりあえず、わらわが見た限りでは二人におかしな動きはなかったのじゃ」
「うん、僕が調べた限りでも、周辺の森に罠らしきものは無かったよ」
三月天音(ea2144)と草薙北斗(ea5414)の二人は、念のため事前に闘技場を偵察していたのだ。
以前戦った場所とあって道筋には困らなかったが‥‥相手が相手だけに注意が必要と思ったのだろう。
「あら意外。あたしはてっきり、罠があるとばかり思ったけれど‥‥」
「‥‥烈空斎の名前での‥‥挑戦だから‥‥やっぱり、正々堂々‥‥なのかな‥‥?」
昏倒勇花(ea9275)、幽桜哀音(ea2246)。
どちらも深く堕天狗党関わり、刃を交えてきた勇士たち。
その二人を以って、『注意せねばならない』と言わしめる相手も相手だ。
「ククク‥‥小賢しい事だな。罠があろうが無かろうが、貴様らは挑戦を受けたのだ。戦うと決まった以上、勝つために努力をするのが正しい姿と言うものではないか?」
重武装の大柄な男の横に立つ、背筋がピンとした眉なしの男。
眼光鋭く冒険者たちを見据え、嫌な感じの含み笑いをしていた。
この男の名は荼毘煉魏(だび れんぎ)。
顔をあわせるのは各人初めてだが、彼は堕天狗党の参謀として様々な作戦を立案してきたのは彼らしい。
「ま、言ってることは間違いじゃないが人道的にゃどうかな。お前さんは毒だって平気で使うんだろ?」
「こちらも勝つための努力は惜しまない。‥‥それが、散って行った者たちへの誠意でもある」
バーク・ダンロック(ea7871)も蛟静吾(ea6269)も‥‥というか、冒険者側の誰一人として荼毘煉魏のことを信用していない。まったくさっぱりこれっぽっちも、だ。
荼毘兄弟次男、この場に居る荼毘削岩鬼(だび どりる)には奇妙な信頼感はあるらしいが‥‥。
「兄貴、随分信用が無いじゃないか。まぁ仕方が無いとは思うが」
「ふん、戦いは勝てばいいのだよ。勝てぬ戦など自殺行為以外の何物でもない。即ち‥‥今回のこの戦い、我等の勝利は充分あると言うことだ」
「戦いは数だぞ兄貴。現場と机の上は違う」
「覚えておこう。さて諸君‥‥そろそろ始めるかね?」
煉魏は弟の言葉をさらりとかわし、戦闘開始を促そうとするが‥‥。
「そうはいかない。荼毘煉魏‥‥何故戦いを急ぐ? いくら勝算があるとはいえ、君たちの数の不利は明らか。それを真正面から戦おうなどとは、私たちですら思わない。ましてや君は策士‥‥ならばそこにある答えは」
くん、と抜刀し、闘技場の中央に向けてソニックブームを放つ蒼眞龍之介(ea7029)。
その衝撃で、地面から何か袋のようなものが顔を出していた。
「これは‥‥毒か! いざとなれば自分たちを巻き込んででもこれを使うつもりだったと‥‥」
「弟子たちに色々聞いておいたのだよ‥‥罠を仕掛けるならどこか等をな。後は、常に風上に立とうとする彼の行動からの推論だが、かなりの確信があった」
袋の中身を確認した藁木屋錬術の言葉に、蒼眞は言葉を続けた。
仕掛けをあっさり見破られた煉魏は、さして慌てるでもなく笑うだけ。
「ふ‥‥やはりこの程度は見破られてしまうか。随分慎重ではないか、冒険者諸君」
「これがお前のやり方か! こんなことを烈空斎なる人物が喜ぶとでも!?」
「喜びはしないだろうな。だが戦いは勝って終わらねば意味が無い。信念を貫くためには、例えかつての仲間であろうと殺すことにためらいは持たないのが私だ。今敵となるのであれば、それは明確な敵でしかない」
蛟の叫びも、煉魏には充分予測の出来るものでしかなかったのだろう。
よく分からない台詞を吐きながら、煉魏はまたしても不適に笑う。
「ちょっと待って。かつての仲間って‥‥誰が? 僕たちの中にそんな人いないよ!」
「大方、俺たちを撹乱させようって腹じゃねぇのか? 気にすんなよ北斗の坊主」
「そうか‥‥そうだな、お前たちは知らないか。なら教えてやろう‥‥真実をな」
「兄貴!? 毒のことも問いただしたいが、そのことは烈空斎様に口止めをされているだろう!」
「ほぅ‥‥興味はあるのう。それはおぬしたちを繋ぐと言う『呪い』とやらとも関係してくるのか?」
「あたしが『最終兵器彼氏』の称号を貰い、堕天狗党と戦い続けているのも、『呪い』と云う名の宿縁かしら?」
「ククク‥‥その通りだ。察しが良いな」
「‥‥は、半分冗談だったんだけれどもね‥‥(汗)」
削岩鬼の制止を振り切って言葉を続ける煉魏。
得意げな煉魏と対照的に、嫌におろおろする削岩鬼が妙に印象的だ。
「昔話になるがな‥‥昔々、その昔。まだ日本で月道が発見されていない頃、歴史の影に隠れた戦いがあったという。敵は黄泉からの遣い、黄泉大神率いる黄泉人たち。迎え撃つは、天狗軍団と当時の神皇が組織した戦士団の連合軍。熾烈な戦いは、人間・天狗たちの勝利に終わったが、黄泉大神は封印される間際に、生き残っていた人間の戦士数十名に呪いをかけた。即ち‥‥『その戦士たちが生まれ変わった時、常に戦いあい殺しあう』という呪い。記録に残されなかった戦いの後、日本は平和を取り戻した。だが戦士たちは、黄泉大神の呪いどおり、何度生まれ変わっても、時には味方、時には敵となって殺し合いを続けてきた。それは月道が発見され、生まれ変わった戦士の一部が諸外国に散って久しい今も変わっていない。我等が首領、烈空斎様は人ならざる存在で、その昔共に戦った人間の戦士たちを哀れに思った烈空斎様は、どうにかして呪いの戒めから解き放つ術はないかと模索し、その時代に転生した戦士を手の届く範囲で集め、今も解呪方法を研究しているという。あまり堂々とうろつくことが出来ない身分らしいからな‥‥烈空斎様は竜ヶ岳の洞窟に潜んでいることが多い。堕天狗党はその転生戦士の集まりだが、転生戦士はお互い引き合う運命を背負っているため、今まで堕天狗党に関わった戦士たちは転生戦士ということになる。お前たち冒険者も、そこの藁木屋錬術も含めてだ。人間以外の戦士も混じっているが、そこはそれ、生まれ変わりだからな。我々堕天狗党の面々は全てを知った上で、各々の思いを持って戦っている」
突拍子がない。
遥か昔に堕天狗党の面々と冒険者たちは仲間で、生まれ変わるごとに戦いや共闘を繰り返していると言う。
「‥‥‥‥それを‥‥信じろって言うの‥‥無理‥‥」
「信じる信じないはそちらの勝手だ。だが、我らは烈空斎様にこの話を聞かされ、信用に足る出会いを繰り返した。それは無論お前たちとのことも含まれる。それに‥‥そこの伏龍と水龍の二人は、前世では幾度となく剣閃を交えた宿敵だったと聞く。それがこの世では師弟関係というのだから、因果なものだ」
「わ、わけがわかんないよ! そんな証拠も無い話‥‥!」
衝撃‥‥というのが正しいのだろうか。
冒険者たちには少なからず動揺が広がり、考えても仕方の無い思考だけが頭に渦巻く。
と、そんな時である。
「兄貴‥‥そこまでにしてくれ。俺はやつらと戦いたい。そして戦うのが今の俺たちの仕事だろう! 戦いの前に判断を鈍らせるようなことをして勝っても、何の意味も無い!」
冒険者たちと煉魏の間に入り、荼毘削岩鬼が兄の説得に当たる。
戦士としての血が、強い者と戦いたがっている。
「おいお前たち、今は戦え! どうせこちらに寝返るつもりは無いのだろうからな‥‥後は戦うだけだ!」
「同感ね‥‥考えても答えなんて出ないわ(溜息)」
「やるしかないのか‥‥この強敵と!」
昏倒、蛟の言葉に、その場の8人は頷いて戦闘体制をとる。
壮絶な破壊力と鉄壁の防御力を誇る荼毘削岩鬼に、迂闊に接近すればあの世へ直行だ。
冒険者たちがじりじりと仕掛けるタイミングを計っていた‥‥その時。
「削岩鬼‥‥時間稼ぎご苦労」
荼毘削岩鬼の皮膚が岩状に覆わたということは‥‥ストーンアーマーをかけられたと言うこと。
その後ろからは、すでに自らもストーンアーマーを纏った荼毘煉魏の姿が!
「おいおいそう来るか!? 準備させないつもりだったのによ!」
「‥‥悔しいけど‥‥ぼーっとしてた私たちも‥‥悪い‥‥」
「ククク‥‥やはり判断力が鈍ってしまったようだな。まぁ、事の真偽は私も確認しようが無いことだからな‥‥どうとは言えん。よって使命を果たすのみ」
「‥‥兄貴、言っておくが俺はこんなやり方は納得がいかん。後でたっぷり言い訳を聞かせてもらうぞ!」
「ふん。後があればな」
そして、荼毘削岩鬼が獣のような咆哮を上げ‥‥血戦の火蓋は、切って落とされた―――
●大座武
「がはっ‥‥!」
「ぐ、うぅ‥‥き、きついわね‥‥!」
「‥‥‥‥煉魏さんにも‥‥矢‥‥効かない‥‥」
その一撃は、まるで岩を叩きつけられたかのよう。
油断していれば意識まで刈り取られかねないスマッシュ絡みの斧の一撃は、昏倒、バーク以外の人間を一撃で瀕死にしてしまうほどの威力。
しかも格闘能力が凄まじく高いので、盾受けも回避も困難と言う凄まじさ。
「く‥‥哀音君、無理をするな。アグラベイションをかけられていては、矢は準備に時間が掛かりすぎる」
「手盾は高速ファイヤートラップで燃やしたがのぅ‥‥あれがかすり傷ではわらわではどうしようもないのじゃ」
「くそぉっ! 僕たちは‥‥こんな‥‥!」
各々用意したポーションで傷を癒しながら戦っているが、削岩鬼にはロクなダメージが入らないのに対し、こちらは一撃で重傷になる人間が殆ど。
倒しやすいかと思われた煉魏もまた、達人級のストーンアーマーで防御力を増し、遠距離攻撃を遮断する。
近寄ろうにも削岩鬼がカバーに入ってしまうので、返り討ちに合う場面もしばしば‥‥。
「ど、どうするよ蛟。流石の俺も、そう何回も盾になってやれねぇぞ!」
「スタンアタックも微塵隠れも効果なし‥‥。力が‥‥欲しいよ‥‥!」
回復を交えながらの戦闘では、どうしても手数が減る。
加えて最大のダメージを与えられる蛟のスマッシュEXも、よくて中傷。
デッドorライブでさらに軽減される可能性もあったりするのがまずい。
如何に削岩鬼が鈍くとも回避されることもあるだろうし、第一そんな大技を狙っている余裕も無いだろう。
「ククク‥‥圧倒的じゃないか我等は」
「やり方は気に入らないがな‥‥」
「気に入る気に入らないの問題か。トニーや牙闘の亡骸に誓っただろう‥‥我等はどこまでも信念を貫くとな」
「‥‥そのために方法は問わないってのはどうかって言っているんだよ、兄貴‥‥」
「くっ‥‥余裕綽々か。私でもスマッシュ抜きが避けられないのは‥‥!」
回避が卓越しているという藁木屋でさえ、削岩鬼の攻撃は避けきれない。
何のためについてきたのかと歯噛みする藁木屋の気持ちも、今は何の役にも立たなかった。
「ホールドはできない‥‥スープレックスも抵抗されて無理‥‥。これじゃ最終兵器の名が泣くわね‥‥」
幸いにも、削岩鬼の手数は少ない。
が、こちらの手数も少ない。
煉魏のアグラベイションをかけられた一同は、その動きが大きく鈍くなっている。
幽桜は武器を小太刀に変更したが、やはりダメージが通らないことに変わりは無い。
「まだか‥‥。こうなっては彼女だけが頼りなのだが‥‥!」
「先生、こうなったら一か八かで突っ込みます! このままじゃ駄目です!」
「蛟君、勇気と無謀は違う。機を待つのだ」
「しかし‥‥!」
師弟コンビのやり取りを聞いていた煉魏は、ふと思い当たる。
この場に居るのは8人。
だが、前回はもう一人多かったのではないか?
松岡進の報告では、冒険者側は9人いたと聞いている。
「‥‥紅蓮の闘士がいない? そんなはずがあるものか‥‥あれほど我等の邪魔をしてきた女が」
思い浮かぶのは、一人の女戦士。
烈空斎の話では、彼女もまた転生戦士ということなのだから、この最終決戦に現れないはずは無い。
「来る! みんな、あの人が来るよ! 削岩鬼さんを抑えて!」
「「何!?」」
荼毘兄弟が叫ぶのと同時に、全員が行動を開始していた。
昏倒、バークが先行して削岩鬼に突っ込み、その後ろに蛟と三月が続く。
「何かは知らんが‥‥何度やっても同じこと!」
だが、その四人に意識をやっているうちに、幽桜、草薙、藁木屋が煉魏に向かい、蒼眞がソニックブームを放つ。
達人ストーンアーマーの前に、どの攻撃も大したダメージにはならなかったが‥‥彼らは囮!
本命は‥‥!
『‥‥どうせ命を懸けるんだからね‥‥少しでも確率が高い方がいい‥‥!』
それは、紅蓮の鼓動。
「兄貴、上だ!」
「ふ‥‥冗談はよせ」
それは、天を翔けた灼熱の牙。
「‥‥あんたも‥‥意外と甘いね」
ごずっ‥‥‥‥!
達人級のストーンアーマーを纏った身体を貫いた霞刀。
予め他の面々と別れて大凧に乗り、ずっと上空でタイミングを計っていたヘルヴォール・ルディア(ea0828)が、約40メートルの高さから刀を突き下ろすようにして『落ちてきた』のである。
加速のついた刃は荼毘煉魏の背中を貫通し、地面に叩きつけ‥‥一瞬にしてその命を奪った。
「兄貴ィィィィィ!」
「がふっ‥‥! ぐ、すま‥‥ない‥‥ね‥‥。くす‥‥り、を‥‥!」
勿論、そんな攻撃を仕掛けたヘルヴォールもただではすまない。
落下の衝撃自体は煉魏の身体がクッションになってかなり分散されたが、それでも妙な体勢で落ちた分で相殺。
瀕死の重傷を負ってまでやる価値はあったというところだが、むしろよくこんな作戦が成功したものである。
上空からの自由落下など、目標に当たっただけ奇跡‥‥下手をすれば犬死していた可能性も高い。
結果的には、これで煉魏を倒し、ヘルヴォールもポーションを複数使ってやっと回復したのだから、まぁよいのだが‥‥恐らく二度目は成功すまい。
「荼毘煉魏はやったぜ! 後はお前さんだけだ!」
「‥‥無駄だと思うけど‥‥一応、聞く‥‥。‥‥投降‥‥する‥‥?」
「馬鹿を言うな! 荼毘家の血筋! この俺の誇り! 例え殺されようとも、やらせはせん‥‥やらせはせんやらせはせんやらせはせんぞぉぉぉぉぉぉっ!」
「そんな‥‥そろそろ魔法だって切れるのに!?」
バークと幽桜の言葉にも、草薙の言葉にも耳を貸さない削岩鬼。
冷静さを欠き、判断を鈍らせているのは‥‥今は、彼の方だった。
「一人でも多く地獄に引きずり込んでやるわっ!」
「無駄よ‥‥戦局は決したわ‥‥!」
昏倒が削岩鬼の攻撃を盾で受け止め、蛟を促す!
「だぁぁぁぁぁっ! 断・滝・斬(だんれんざん)!」
「が‥‥馬鹿なっ‥‥!」
スマッシュEXの蛟の一撃。
そのダメージが入った直後、ストーンアーマーが解ける!
「‥‥時間をかけすぎたね‥‥。ま、そのおかげで私は上でタイミングを図れたんだけど」
「お、おのれぇぇぇっ!」
「‥‥夢幻一枝(むげんいっし)‥‥」
「龍牙!」
続けざまに繰り出される幽桜のポイントアタック+シュライクと、蒼眞のソニックブーム。
アグラベイションの効果がまだ残っているため、技のクオリティをワンランク下げた格好だが‥‥それでも、今の削岩鬼には心理的な意味でも充分過ぎる効果がある。
「スタンアタック‥‥『破軍』!」
「耐えたか。ではファイヤートラップ‥‥『包炎陣』で目くらましじゃ」
「虚空爪! 今です、昏倒殿!」
草薙、三月、藁木屋も、ここぞとばかりに攻撃に当たる。
卑怯などとは言うなかれ、こうでもしなければ彼は倒せない。
「まだまだぁ! 死ねい、昏倒勇花!」
これだけ攻撃されてもまだ反撃しようとする削岩鬼。
スマッシュの一撃で重傷を受けた昏倒だったが、身代わり人形が砕けると同時に傷が回復する!
「悲しいけど、これ戦闘なのよね。乙女の一撃‥‥『波輪悪暮夢(ぱわーぼむ)』よ!」
「‥‥‥‥!」
今度こそ投げられ、地面に叩きつけられる削岩鬼。
座して大きく動かぬ武士‥‥即ち『大座武』。
流石の大座武こと荼毘削岩鬼も、大きく動かされる‥‥!
「俺は得物持ってきてないからパスだ。ヘルヴォールの嬢ちゃんは?」
「‥‥やるさ。それでしか決着付けられないし‥‥ね」
全力と全力、運と運がぶつかり合った壮絶な戦い。
それは、やはり壮絶な最終楽章を奏でて、幕を下ろす―――
●遺言
「‥‥そんな状態になってまで、まだ諦めぬと。まだ戦うというんじゃな」
「も、もう‥‥もう止めようよ‥‥削岩鬼さん‥‥!」
重斧の支えにして、やっと立ち上がる削岩鬼。
あちこちから血を流し、最早膝も笑っている。
それでもなお‥‥。
「ま‥‥だ‥‥。お‥‥おれ‥‥は‥‥!」
おぼつかない足取りで重斧を構えなおし‥‥やはりふらふらと歩む。
「その心意気、見事。ならば我らに出来るのは‥‥」
「‥‥最後まで手を抜かず、全力を出し切ること‥‥ですね、先生‥‥」
「‥‥乙女の流儀じゃないけどね‥‥(溜息)」
「‥‥‥‥荼毘削岩鬼‥‥私を‥‥一番、死に近づけて‥‥くれた人‥‥。私のほうが‥‥後になるとは‥‥意外、だったけど‥‥。‥‥あなたが‥‥それを望むなら‥‥」
「‥‥あんたのその豪気さ‥‥嫌いじゃなかったよ‥‥何時かヴァルハラで会える時は、あんたと1対1で戦えるくらい強くなる‥‥それまで待ってて」
「あんたとは防御力を競いたかったんだがな‥‥機会が無かったか。その伝説‥‥いつか俺が越えるぜ」
冒険者は身構える。
未だかつて無い強敵に、止めを刺すために。
荼毘削岩鬼は重斧を振り上げる。
最後の最後まで諦めないために。
「ウォォォォォォォォォォォッ!」
咆哮が、終わりを告げた―――
「‥‥もらってくれ‥‥こいつらを‥‥」
完全に動けなくなった削岩鬼は、守護の指輪を冒険者たちに託した。
何故だろう‥‥ついさっき、自分で言っていたのに。
『彼らは敵だ』と‥‥前世はどうあれ、今は敵だと言っていたはずなのに。
それを渡すことで、他の堕天狗党員や烈空斎が危険に晒されるかもしれないというのに。
「‥‥松岡‥‥いるのだろう‥‥?」
その言葉に、いつから居たのか、白い忍者装束の男が姿を現す。
白鷹‥‥松岡進。
「‥‥三つは‥‥お前と‥‥紗亜と‥‥嵐馬で‥‥使え‥‥」
「‥‥しかし、削岩鬼様」
「‥‥頼む‥‥」
「‥‥‥‥」
削岩鬼は8個所持していた守護の指輪のうち、5個は冒険者たちに、残り3個は堕天狗党員に託した。
死の間際に、遥かな昔の仲間たちへの仲間意識でも芽生えたのだろうか。
違う。
多分それは、賞賛。
自分を倒した者たちへの‥‥自分の信念を打ち破ったものたちへの褒美か。
冒険者一行は、指輪の受け渡しの最中も一切の手出しはせず、ただ松岡を見過ごした。
「‥‥次は私が相手をする。松岡家の家名にかけて、荼毘家の方々の仇を打つ!」
去り際に残された松岡の台詞も、今の冒険者には何か複雑だ。
すでに息を引き取った削岩鬼の顔は、やはり穏やかで‥‥。
「‥‥私は‥‥このまま依頼を出し続けるべきなのだろうか。このまま、どちらかが全滅するまでやる殺し合いを見ているのは正直辛い。江戸からの因縁に決着を、と出し始めただけなのだが‥‥これでは‥‥」
「‥‥わらっきー、ここで本当に止めるなんて言ったら殴り飛ばすよ。これはもうわらっきーだけの問題じゃない‥‥私たち全員の問題みたいなものなんだ」
「‥‥ヘルヴォールさんに‥‥同意‥‥。前世の因縁とか‥‥そんなのは、どうでもいいけど‥‥今の私たちには‥‥きっと、決着‥‥必要だと思うから‥‥」
「‥‥‥‥」
藁木屋は答えなかった。
確かに、ここで止めても何にもならない。
いままで数多くの冒険者が挑み、戦い、傷つき‥‥そして、堕天狗党員の大半が死亡しているのだ。
どの面下げて、その歴史を有耶無耶に出来るというのだろうか。
世界はまた、当たり前の一日を過ごし‥‥竜ヶ岳というちっぽけな山で、小さな事件が起こった。
世界にとっては‥‥きっと、そんな認識―――