決戦、堕天狗党! 〜我等、命を賭して〜

■シリーズシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:7〜11lv

難易度:難しい

成功報酬:4 G 13 C

参加人数:8人

サポート参加人数:4人

冒険期間:11月15日〜11月20日

リプレイ公開日:2005年11月19日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「‥‥西山一海居る? 堕天狗党の依頼持ってきたわよ」
 そう言って京都冒険者ギルドの暖簾をくぐってきたのは、アルトノワール・ブランシュタッド。
 京都の便利屋・藁木屋錬術のパートナーであり、諜報活動を得意とする。
「おや、珍しいですね。今日はアルトさんがおつかいですか」
 机から顔を上げて応えたのは、西山一海。
 何の変哲も取り得もない、京都冒険者ギルドの一職員である(酷)。
「‥‥仕方ないでしょ。錬術だって色々忙しいのよ。今日は機嫌がいいから、散歩ついでにね」
「自分たちの命も掛かってる依頼を散歩ついでに出さないでください‥‥(汗)。しかし‥‥そう言われて見ると、なんか肌がツヤツヤしているような」
「‥‥あぁ、これ? ちょっとね‥‥知り合いに暇つぶしに付き合ってもらったからかしら」
「‥‥どんな暇つぶししたら肌がツヤツヤするんです」
「‥‥聞きたいの?」
「いえ、首が飛びそうなので止めておきます。そんなことより、今回のお相手は?」
「‥‥挑戦状には『白鷹』松岡進と、『青い巨刀』螺流嵐馬って書いてあったわね。場所も今までと同じ、竜ヶ岳の闘技場。‥‥残り人数も少ないのによくやるわよ」
「普段なら『変わり映えがしない』とか茶化すところなんですが、こう‥‥冗談にできませんね、この激戦は‥‥」
「‥‥なんで? 何か冗談にしちゃまずいことあったかしら」
「いや、ほら‥‥堕天狗党の人たちは殆ど死んじゃってますし、冒険者の方々もあの世に行きかけた人が何人もいるって聞きますし‥‥それを茶化してしまうと、死者を冒涜してしまうような気が」
「‥‥ふぅん。ま、どうでもいいけど」
 幾度となく激闘の繰り広げられている竜ヶ岳の闘技場。
 堕天狗党側の死者は、堕天狗党側が墓を作り、埋葬しているとのことだが‥‥。
「‥‥え? 終わりですか?」
「‥‥何が?」
「いや、相手が白鷹と青い巨刀だっていうのは分かりましたけど‥‥その対策とか情報とか無いんですか?」
 いつまで経ってもアルトが話を再開しないので、堪りかねた一海がツッコんでみる。
 アルトはいつものかったるそうな表情を崩さず、疑問に疑問で返す。
 きっとテストでは0点であろう(何)。
「‥‥松岡は忍者。格闘苦手で回避が上手い。大ガマの術を使う。螺流嵐馬は志士で、格闘が上手いけど回避は下手。太刀と鞭を使い分け、ライトニングアーマーを使う。以上」
「全部冒険者の皆さんが知ってそうなことばかりじゃないですか!?」
「‥‥五月蝿いわね。文句あるなら殺すわよ」
「うぐぐ‥‥だからアルトさんが依頼出しに来るの嫌なんですよ、取り付く島もありゃしない。そうじゃなくてですね、何か変わったこととか‥‥新情報でもないのかなと」
「‥‥変わったこと‥‥? うーん‥‥そういえば、差出人の名前が無かったわね、確か」
「烈空斎って名前ですか? 字は前の手紙と一緒なので?」
「‥‥見比べた限りじゃ、同じ人が書いたように見えたけど」
「じゃ、単なる書き忘れでしょう。そういうことじゃなくて、もっと戦闘で役に立ちそうな‥‥」
 ふと、アルトが考え込むような仕草をする。
 とは言っても、いつものかったるそうな表情は変わらないので、ぶーたれているようにも見えるが。
「‥‥ねぇ、何か忘れてるような気がしない?」
「は? 何をです?」
「‥‥それが分かったら苦労しないわよ。けど、何か引っかかるのよね‥‥」
「荼毘業さんが行方不明の今、他に堕天狗党員は居ませんよ?」
「‥‥そうなんだけどね。‥‥ま、いいわ。どうせ大したことじゃないでしょ」
「はぁ」
 とは言いつつ最後まで首をひねりながら帰っていくアルトノワール。
 取り残された一海の方も、わけのわからない疑問に悩まされる羽目になったという。
 さて‥‥紙一重の差が物を言う決戦で、この疑問が意味するものとは―――

●今回の参加者

 ea0828 ヘルヴォール・ルディア(31歳・♀・ファイター・人間・ノルマン王国)
 ea2144 三月 天音(30歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2246 幽桜 哀音(31歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6269 蛟 静吾(40歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea7029 蒼眞 龍之介(49歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7871 バーク・ダンロック(51歳・♂・パラディン・ジャイアント・ビザンチン帝国)
 ea9275 昏倒 勇花(51歳・♂・パラディン候補生・ジャイアント・ジャパン)

●サポート参加者

佐上 瑞紀(ea2001)/ タケシ・ダイワ(eb0607)/ 来須 玄之丞(eb1241)/ 片桐 弥助(eb1516

●リプレイ本文

●それぞれの生き様
「断る。一騎打ちだと? 今の我等にそんな余裕などない」
 全身を白い忍者装束に包んだ忍者、松岡進(まつおか しん)。
 竜ヶ岳の闘技場に到着し、すでに準備万端で待ち構えていた彼らを見た冒険者たちは、一騎討ちでの戦いを希望した。
 だが、松岡はそれをあっさり拒否し、忍者刀を構える。
「ゆくぞ嵐馬殿。烈空斎さまの為にも、荼毘家の方々のためにも‥‥やつらの首、ここで貰い受ける!」
 声をかけられたもう一人の堕天狗党員‥‥螺流嵐馬。
 刀身を青く塗った太刀を振るう武人。
 冒険者の一人、蒼眞龍之介(ea7029)と縁が深く、刃を交えながら互いを認め合う奇妙な仲だ。
「‥‥松岡殿。すまんが、私は一騎討ちを受けてみたい。蒼眞殿と‥‥伏龍と決着をつけたいのだよ」
「馬鹿な、気でも触れたのか!? ここは協力し、少しでも勝利を掴む可能性を上げるのが最優先だ! 一騎討ちなど論外のはずだ! 私は認めん!」
「なんとでも言うがいい。だが、数の上ではこちらが不利。ならば確実に各個撃破できる一対一も、作戦上悪くはない選択肢だと思っている。無論、私情が先に立っているが」
 松岡は知っている。
 嵐馬は普段、こういった我執をしない男だと。
 自分を捨て、部下の命をも断腸の思いで見捨てて堕天狗党に尽くしてきた男だ。
「‥‥嵐馬殿。感謝する」
「なに‥‥私も君と決着を付けたかった。それだけの話だ」
「流石は嵐馬殿‥‥あくまでも武人としての返答、頭が下がる思いです」
 蒼眞とその弟子、蛟静吾(ea6269)と嵐馬が会話を交わす間、松岡は心中穏やかではない。
 自分一人で7人の相手だ‥‥流石にきつい。
 死に恐怖はないが、どうする。相手は荼毘家の面々まで打ち破った手練‥‥。
 そう松岡が思案していた時だ。
「ただいま! 偵察から帰ってきたよ!」
 冒険者の一人、忍者の草薙北斗(ea5414)。
 今回は堕天狗党の本拠、烈空斎が潜むという洞窟まで偵察に出ていたのである。
「‥‥おかえり‥‥。‥‥洞窟‥‥どうだった‥‥?」
「中までは入っておらんのじゃろう? 外見はどうじゃった?」
 幽桜哀音(ea2246)と三月天音(ea2144)の二人が、草薙に水を渡しながら聞く。
 草薙は静かに水を飲み下すと、息を落ち着かせながら語りだした。
「うん‥‥それらしき洞窟は見つけたよ。周辺の罠は解除したし、結界みたいなものも張っていなかったし、やろうと思えば今すぐにでもいけると思う」
「ち‥‥そうか、アルトノワール・ブランシュタッドを入れて7人だということを忘れていた。君が居たのだな、少年」
 松岡は草薙を見つめ、歯を食いしばる。
 冒険者の数が8人というのは、ここ最近では間違った認識。
 必ずと言っていいほど藁木屋錬術かアルトノワール・ブランシュタッドが同行しているので、冒険者を見つけたら9人確認できなければ不自然なのだ。
「‥‥これで次回は真っ直ぐ洞窟に向かえそうだね。赤い流星も烈空斎も、罠は張れないだろうし」
「なんにせよ、草薙君が無事でよかったわ‥‥。ここで死んだら悔やんでも悔やみきれないものね‥‥」
「ありがと。心配してた伏兵や妖怪も居なかったし、意外と楽だったよ」
 ヘルヴォール・ルディア(ea0828)と昏倒勇花(ea9275)のねぎらいにも、草薙は笑顔を見せなった。
 今は敵地。
 そして、哀しい死闘が今にも始まろうとしているところなのだから。
「んじゃ、不満かもしれねぇが、俺とやり合ってもらうぜ。あっちの二人は因縁の対決って奴で邪魔出来ねぇようだしな」
 そう言って歩み出たのは、バーク・ダンロック(ea7871)。
 荼毘削岩鬼を髣髴とさせる重武装に、オーラ魔法での範囲攻撃を得意とするジャイアントである。
 松岡と一対一の戦いをするつもりらしく、一人だけ突出している形だ。
「ふん、貴殿が私の相手をするだと? この白鷹も舐められたものだ」
「そう言うなよ。俺の防御は半端じゃねぇぞ?」
 すっと構えを取る両者。
 お互い魔法の詠唱を開始し、バークがオーラボディ初級、松岡が大ガマの術初級を発動!
 これで、お互いが得意な戦闘スタイルを確立したことになる。
「‥‥何考えてるのかしら。相手が何かする前に阻止に行けばいいのに」
 そうぼそりと呟くのは、アルトノワール・ブランシュタッド。
 義理も義務もなく、ただ単に藁木屋の提示したご褒美に釣られて手伝いに来た彼女は、やはりやる気はない。
「‥‥それじゃ意味無いんだよ。相手の全力を自分の全力で討ち砕くことにこそ、真の決着があるんだからね」
「‥‥変なの。問答無用で殺せばいいのよ。でないと自分が危険に晒される」
「アルトさん、そんなの無粋だわっ。ちなみに聞きたいんだけど、どうして法被を受け取ってくれないのかしら」
「‥‥デザインが気に入らないわ。私、なるべく日に当たりたくないから、半袖の服って嫌い。‥‥そんなことより、あいつの動きを見ておいた方がいいわよ」
「‥‥あいつって‥‥松岡さん‥‥? 気にしなくても‥‥バークさんが頑張って‥‥くれるかと‥‥」
「‥‥そう? 私にはそうは見えないけどね」
 呟くアルトノワールに、ヘルヴォールたちが『?』を浮かべた時だ。
「行くぞ!」
「よっしゃ、来い!」
 大ガマと共に、真正面からバークに肉薄する松岡。
 オーラアルファーでは間に合わないので、ナックルでの攻撃を試みる!
「‥‥っておいおい! そりゃあねぇだろ!?」
「しまったのじゃ!?」
 松岡はバークをキッパリ無視して脇をすり抜け、その後方にいた三月たちへと迫る。
 どうやら初めからバークの相手をする気はないらしく、大ガマさえバークを飛び越え、後ろの仲間たちへ向かう!
「嵐馬殿はどうか知らんが、私は一騎討ちを受けるとは一言も言っていない! どんな手を使ってでもお前たちを倒す‥‥それだけだ! 下呂愚具!」
「がっ!?」
 ゴズッ!
 鈍い音がして、大ガマに殴られた三月が吹っ飛ぶ。
「続けて貴殿だ!」
 ガギィッ!
「くっ、だが僕なら受けられる!」
「一撃目はな。だが2撃目!」
「うっ!?」
 キィンッ!
「もう受けられまい! 三撃目!」
 ザシュウッ!
「ぐぁっ!?」
「まだだ! 下呂愚具!」
 ドゴォッ!
「がはぁっ!?」
 松岡は回避を極めるために、格闘技術をほぼ捨てたような修行をした。
 蛟ほどの腕ならその攻撃を受けることは容易なのだが‥‥それに対する松岡の回答の一つが今の連続攻撃だ。
 大ガマ(げろぐぐ、という名前らしい)とのコンビネーションは、最大5回連続攻撃。
 回避が得意な人間でない限り、それを受けきるのは実質不可能だろう。
「み、蛟さんがあんなにあっさりやられるなんてね‥‥(汗)」
「松岡さん‥‥やっぱり強いよ‥‥!」
「‥‥まずい‥‥蛟さん‥‥トドメ、刺される‥‥」
「‥‥分かったわよ。助ければいいんでしょ」
 誰かがサポートするにも距離があったので、遠距離攻撃が得意なアルトノワールが縄金票で松岡を攻撃する。
 だがアルトの攻撃でさえ、松岡は余裕ありで回避する。
「‥‥OK、あとは私が静吾をサポートするよ」
 もっとも、その間にヘルヴォールが蛟に駆け寄り、防衛に回ったので目的は達したが。
「おいおいおい、俺は無視か!?」
「あぁ。魔法は恐いし、私や下呂愚具では貴殿に傷を負わせられない。相手にするだけ損‥‥ならば倒せる相手を確実に倒していく。それが忍者の基本だ」
「正論だと思うよ。随分高機動な大ガマといい、悔しいけど僕じゃ適わない‥‥!」
「‥‥でも‥‥私たちなら‥‥回避、得意だから‥‥当てられないけど‥‥当たりもしない‥‥」
「試してみるか?」
 ひゅん、と凄まじいスピードで幽桜に突っ込む松岡と下呂愚具。
 言葉どおり、幽桜は松岡の攻撃を楽々と回避する‥‥が!
 ガンッ!
「‥‥あぐっ‥‥!?」
 いつの間にか下呂愚具の方が背後に回りこみ、強烈な一撃を叩き込んできた。
 バックアタックを習得していればなんでもなかったろうが、生憎幽桜は背後からの攻撃に耐性がない。
「続けての攻撃はさせないわ! 乙女の意地にかけてもね!」
「愚かな‥‥貴殿が一番やりやすいのだ」
 刀を手で受けるわけにも行かないので、一回手盾を使ってしまえば昏倒は斬り放題の相手。
 昏倒の格闘術を以ってしても、松岡の速さには追いつけない‥‥!
「‥‥参ったね。正直あまり注意していない相手だったけど、ここまでやるなんて‥‥」
「‥‥あら、舐めて掛かってたの? 堕天狗党員に弱いやつなんて一人も居なかったと思うけど」
「‥‥別に舐めてたわけじゃないけどね。北斗、アルト、静吾、バーク、5人がかりでいくよ。背後を取れば当たる」
 ヘルヴォールとアルトのやりとりは、傍から見ればいがみ合いのようにも聞こえる。
 が、本人たちにしてみれば小気味のいい軽口程度の認識だという。
 少なくとも、ヘルヴォールはそうとでも思っていないとアルトとは付き合えないと悟ったらしい。
 さて、肝心の作戦のほうは‥‥。
「が、ガマと背中を合わせて‥‥!」
「‥‥鬱陶しい爬虫類ね」
「くそっ、いっそ全員巻き込んで魔法使うか!?」
 当たらない。
 大ガマを的確に操る松岡に対し、背後を取ることすら容易ではないのだ。
 このままではジリ貧‥‥ポーションを使いきった後は、じわじわと死人が増えていくことだろう。
「ごほっ‥‥ま、松岡殿‥‥一つ聞きたいのじゃ‥‥!」
 先ほど殴り飛ばされ、木に激突して軽く意識を失っていた三月が目を覚ました。
 その手には、一通の手紙。
「この手紙を藁木屋殿に出したのは、今回もそなたかのう?」
「何かと思えば‥‥その通りだが、それがどうした」
「では、この手紙に烈空斎の名がないのも知っておるか?」
「何‥‥そんな馬鹿な。あのお方が名を書かぬわけがない」
「確かめてみればいいじゃろう。ほれ」
 すいっと手紙を宙に滑らせ、松岡の足元へ送る。
 警戒しながらも手紙を検分した松岡は、とある違和感に気付いた。
「違う‥‥これはあのお方の字ではない! よく似ているが、違う筆跡だ!」
 そう松岡が呟いた瞬間、辺りに鈴の音が響き渡る。
 ついでに言えば、ファイヤートラップが発動したのか、人間の絶叫も聞こえたが。
「‥‥先生‥‥」
「‥‥あぁ。囲まれているな‥‥かなりの人数だ」
「まさか‥‥冒険者の君たち以外に、ここにやってくる物好きがいるのか?」
 にらみ合いを続けていた蒼眞と嵐馬も一旦緊張を解き、警戒に回る。
 予め三月が仕掛けていた索敵トラップが役に立ったということだろう。
『ふっふっふ‥‥こんなところで殺し合いとは、物騒だな』
 草木を掻き分け、戦場に姿を現したのは‥‥!

●二重
「‥‥あなた‥‥間九塀さん、だったっけ‥‥。江戸奉行所の‥‥」
「その通り‥‥覚えていてもらえて光栄だよ」
 間九塀。
 江戸奉行所の同心であり、直接的ではないにしろ藁木屋の上司だった男。
 一部の冒険者とは、ふとしたきっかけで一度会っただけである。
 その時は皿の自慢と嫌味しか言わなかったようだが。
「間殿‥‥これは何の真似だ。これを烈空斎様の指示とは言わせんぞ」
「何? 嵐馬殿、彼はまさか‥‥」
「そうだ。彼の本当の所属は堕天狗党‥‥江戸奉行所には間者として潜入していたに過ぎん」
「し、しかし、彼は藁木屋君よりも上役で、奉行所勤めも長かったと‥‥」
「ふふふ‥‥間者とはそういうものなのだよ。じわじわと情報源に溶け込み、疑われなくなった後でさえゆっくりゆっくり動く。おかしいと思わなかったかな? 何故堕天狗党が奉行所を出し抜くことが多かったのか。それは私が、奉行所の情報を堕天狗党に流していたからに他ならないのだよ」
 不健康そうな痩せた男。
 だがその眼光は鋭く、言われてみれば間者っぽいイメージではある。
「そうだな。それは感謝している。だが私は、これは何の真似だと聞いている。この場を取り囲む連中は何だ」
「さて‥‥なんだろうな。さしずめどこかの商人に雇われたごろつき‥‥といったところだろうか」
 口の端に浮かんだ嫌な笑い。
 自分の思い通りに事が運んだのが嬉しくて仕方ないという顔だ。
「そ、それって‥‥もしかして‥‥」
「あなた、京都の商人組織に堕天狗党を売ったのね!?」
 草薙と昏倒の言葉に、今度こそ間は笑いだした。
 そう‥‥彼は裏切っていたのだ。仲間を‥‥堕天狗党を。
「はっはっは‥‥戦いをまともにやろうとするからそういうことになるのだよ! この世はいつでも強者が正しい。堕天狗党に多少の被害を受けてでも、それを利用する商人組織の器のでかさはどうだ? 私はこんな勝ち目のない戦ばかりする自己満足集団より、強い物の中でさらにのし上がることを選ぶ! 情報を握るものは強い‥‥現に堕天狗党も江戸奉行所も私に踊らされていただろう。この力で私は、商人組織の中でさえ地位を得てみせる!」
 要は、二重スパイ。いや、多重スパイと言うべきか。
 いつ堕天狗党を裏切ったのかは知らないが、彼の本心は商人組織にあったという。
「貴殿‥‥古の縁を金で売り渡したというのか!」
「松岡か。本当に信じているのか、あの与太話を。例えあれが本当だとしても、私には興味がない。大事なのは今だ。今の私の欲を満足させてくれるのは、堕天狗党ではなかった‥‥それだけのことだよ」
「はっ、腐ってやがる。そもそも欲で堕天狗党に参加したのか?」
「そうだ‥‥と言ったら?」
「‥‥決まってるさ‥‥この場で叩き伏せる。正直、かなりムカついてるよ‥‥私はね」
 全員言葉はなくとも、ヘルヴォールと気持ちは同じだ。
「‥‥あら、珍しく気が合うわね。私もちょっと‥‥イライラしてるわよ」
 アルトまで混じって、間への敵意は合計11。
 なのに戦闘能力があまりないという間が余裕なのは何故か。
「いくら貴様らが強くとも、4倍の戦力差を覆せるかな? 今この場は、40人程の人間が囲んでいるのだぞ」
「それがどうした。どこの素性やも知れぬおまえらに武人同士の闘いを穢させはしない。我、蒼き水龍の名の下に、おまえ達を深遠の淵に‥‥誘ってやろう!」
「僕はだって同じだよ。例え力及ばなくても、あなたたちみたいな大人だけは許せない! あなたが前世や、そのまた前世で親友であったとしても、こんなの許せっこないよ!」
「目的が何か、知らないけれど‥‥この仕合を穢すなら‥‥容赦しない‥‥」
 熱い決意を以って対峙する冒険者たち。
 それに対し、間は‥‥。
「そうか。なら好きにしたまえ。私は別に無理に邪魔しようとは言わない」
「あらら。随分変わり身が早いわね‥‥(溜息)」
「いつ私が邪魔をしに来たと言った? むしろ君たちに協力しに来たと思ってもらいたいな」
「トチ狂ったことをいうのう。自分がやっていることを自覚しておるのか?」
「なに、堕天狗党なる犯罪者集団と冒険者たちがここ数ヶ月激闘を繰り広げているというではないか。堕天狗党に少なからず被害を受けた我等商人組織は、意を決して私設兵団を組織、邪悪なる堕天狗党を討つ手助けにはせ参じた‥‥というわけなのだよ。君たちが手を出すなというなら出しはしない」
 悪辣。あまりに醜悪だ。
 かつて所属した組織をこうも裏切れるものなのか。
 しかも冒険者が勝つならそれも良し、負けるなら疲弊した嵐馬たちを集団で以って嬲り殺しにしようという意図が丸見えで、冒険者たちを利用しようとしている。
 ‥‥いや、すでに実際、ずっと利用してきたのだろう。
 でなければここまで堕天狗党の戦力が削れてからの行動にはなるまい。
「‥‥嵐馬殿。この状況でなお、我等は決着をつけねばならんのであろうか」
「‥‥そうだな。この囲みを突破したとして、君たちは『堕天狗党と協力し、手助けに来た私設兵団を惨殺した極悪人』という風評を受けるだろう。それに‥‥私たちは君たちとは共に行けん。主と崇めた方がいる」
「日本は変わってしまったのかもしれませんな。遥かな昔、我等が日本を救った頃と‥‥」
「信じるのか? 烈空斎様のお言葉を」
「少なくとも、今だけは。でなければ‥‥こんな者たちが住まうのが本当の日本とは、思いたくない‥‥」
 蒼眞は構える。愛用の日本刀を、無念を振り払うように。
 嵐馬も構える。愛用の青い刀身の太刀を、様々な未来のために。
「安心しな。鉄壁の防壁が、余計な手出しはさせねぇよ」
「最終兵器彼氏‥‥このあだ名は正直あまり好きじゃないけれど、今だけ‥‥誇りに思うわ」
「この松岡進、及ばずながら力を貸そう。忍びとしては失格だがな‥‥」
「‥‥私、利用するのも好きじゃないけど利用されるのは嫌い」
「‥‥やりなよ龍之介。私たちが二人を守る‥‥!」
 守る。
 命をやり取りをする二人を守る。
 蒼眞が勝つとは限らなくても‥‥蒼眞と嵐馬の道には、この死合が必要だから‥‥。
「‥‥いい仲間を持ったな、蒼眞殿」
「‥‥今、この時、この場所‥‥嵐馬殿たちも仲間のはずだ」
「ふ‥‥感謝しよう。そして胸を張ろう。戦いの中で戦いを忘れた事を‥‥!」
 やがてどちらともなく足を踏み出し‥‥死合の幕が開く―――

●伏龍よ
「おぉぉぉぉっ!」
「はぁぁぁぁっ!」
 蒼眞のソニックブーム‥‥龍牙を受け流し、嵐馬が蒼眞に肉薄する。
 かと思えば嵐馬のスマッシュを蒼眞が受け流す。
 お互い防御が手薄な装備のため、一撃貰えばそれで勝負はつく。
 だが実力が伯仲する二人は、その当てることが難しい。
「嵐馬殿、何故ライトニングアーマーを使わない!?」
「そんな猶予をくれるのかな!? そんな無粋な真似をせずとも、蒼眞殿とは腕のみで決着を付けたい!」
「ふ‥‥承知! その心意気に、全身全霊で応えよう!」
「そうだ‥‥これこそ武人としての至福の時!」
 笑っていた。
 蒼眞も嵐馬も、命のやり取りをしながらその表情は少年のような笑顔であったという。
 力が嵐馬なら、技は蒼眞。
 その二人の戦いは、見ているだけでも心が踊る‥‥!
「先生‥‥いい表情をなさっている‥‥!」
「‥‥あぁ、いい闘いだね。敵とも味方ともつかない不思議な縁‥‥か」
「絶対邪魔はさせられないわね。初めて見たわ‥‥いつまでも見ていたい闘いなんて‥‥」
「‥‥闘いは‥‥死を‥‥呼ぶだけじゃ‥‥ないのかな‥‥」
 見る者に様々な想いをもたらす闘い。
 勿論、間はそんな爽やかな感情を抱くわけもなく、イラついたように眺めているが。
「龍咆!」
「ぬぅっ!? ぐっ、ブラインドアタックか‥‥!」
 蒼眞の攻撃が嵐馬に当たる。
 この闘いにおいて、中傷のダメージを受けた嵐馬の不利は明らかだ!
「嵐馬殿‥‥これで決着だ!」
「そうはいかん!」
「しまった‥‥鞭!」
 今まで太刀だけで戦っていた嵐馬だが、とっさに鞭を右腰から外し、蒼眞を絡め取る。
 嵐馬がライトニングアーマーを纏っていれば、これで勝負ありだったかも知れない。
「くっ‥‥これは!」
「逆転だな。遊撃屋戦法の極意はどんな状況をも武器とすることにある。この勝負‥‥貰った!」
「がっ‥‥はっ‥‥!」
 念には念をと、EXではなくスマッシュに止める嵐馬。
 だがそれでも蒼眞は重傷で、蒼眞を絡めていた鞭もその一撃で切断された。
 倒れ付す蒼眞‥‥嵐馬は、荒い息をついてはいるが立ったままだ。
「せ‥‥先生!」
「そ、蒼眞さんがやられちゃった!?」
「く‥‥おい蒼眞、まさかそれで終わりか!? 荼毘削岩鬼は最後まで諦めなかっただろうが!」
 蒼眞は動かない。
 実際には動こうとしているのだが、身体が中々ついてきてくれない。
 やっとの思いで立ち上がったが、それまで。
 重い一撃で、足が笑っている。
「‥‥蒼眞殿。不謹慎かもしれないが、楽しかった。ほんの数分のことだが‥‥我が人生でも指折りの幸福な時だったぞ。出来れば、もう少し続けていたかったが‥‥」
「‥‥く‥‥!」
 信念がある。
 例え戦いの中で戦いを忘れても、嵐馬には背負った命が、誓った忠義がある。
 この場で情けをかけるのは、蒼眞にとって失礼に値すると思ったのだろう。
 太刀を引き‥‥大上段に振りかぶる体勢をとる。
「さらば‥‥伏龍!」
 その青い刀身が、振り下ろされた時‥‥蒼眞は―――
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!」
 がぎぃっ!
「何‥‥まだ!?」
 受け止めた。
 嵐馬も中傷を受け、精細を欠いていたのが幸いだったか!?
「ま‥‥まだ‥‥。私はまだ、全身全霊を出し切っていないっ!」
「うぬっ!?」
 自らの血を嵐馬に飛沫として飛ばし、視界を奪う!
 そして‥‥龍咆!
「ぬぉぉ‥‥こ、これ‥‥しき‥‥!」
 これで立場は同等‥‥お互い重傷だ。
「‥‥卑怯と笑うか? 嵐馬殿‥‥」
「なんの‥‥遊撃屋戦法では初歩の初歩。血も立派な己の武器よ。まさに全身全霊の攻撃‥‥痛み入る」
「改めて感謝しよう‥‥あなたとの出会いに。この剣閃を交えられたことに。いざ‥‥最後の時!」
「受けて立とう!」
 重傷で‥‥血だらけで‥‥それでもなお、二人は闘う。
 お互いへの畏敬の念と‥‥自らの強さ、全てをかけて‥‥!

●間九塀包囲網を破れ!
「ぐ‥‥負け‥‥た、か‥‥。伏龍‥‥は天に、登り‥‥天龍と‥‥なった、な‥‥」
「本当に紙一重の差だった‥‥。嵐馬殿‥‥私と蛟君が宿敵だと言うのなら貴方と私が同志であったかもしれない。ここまで敵とする相手に尊敬の念を覚えるのはその為かもしれん。ならば尚更貴方を失うわけにはいかないのだよ。先に逝っても呪いは解けない。共に、呪いの先の未来を探してみようではないか」
 決着。
 交差気味に繰り出されたお互いの一撃は、蒼眞に軍配が上がり、嵐馬を瀕死の状態へ追いやった。
 そして、蒼眞は言う。
 嵐馬の信念を承知した上でなお、共に生きようと。
「‥‥私の‥‥信念を‥‥君は、越えた‥‥。ぐ‥‥ならば‥‥それも、また‥‥天命か‥‥」
 嵐馬は弱々しく笑い、蒼眞の手を取る。
 それは即ち、了解したということ‥‥。
「ふっふっふ‥‥いや、お見事。流石は名高い冒険者諸君、まさかあの螺流嵐馬を倒すとは」
「‥‥あら、まだいたの?」
 忘れていたが、まだ間も40人近いごろつきも闘技場を囲んでいるのだ。
 決着がついた今になって、間が口を挟む‥‥。
「まさか犯罪者が大手を振って歩けるなどとは思っているまい? 裁きにかけられれば打首獄門といったところだろう。なら手間を省いて、この場で討ち取ってやるというのも人情というものだよ」
「‥‥ふざけたことを言うんじゃないよ。それに松岡は無傷だ、あいつをあんたらに捕えられるとは思えないね」
「だが螺流嵐馬は瀕死だな。それを見捨てて逃げるほど不義理ではないのが松岡という男だ。‥‥そうだろう?」
「間‥‥貴殿という男は‥‥!」
「邪魔をすれば君たちは犯罪者を庇い立てすると言うことになり‥‥ともすれば堕天狗党と通じているのではないかというあらぬ疑いが掛かる。それでもいいいのかな?」
「構わないよ! あなたの企みなんかに乗るくらいなら、その方がマシだもん!」
「損得ではない‥‥これは人間としてどうかの問題じゃ」
 当初、間の計画はこうだ。
 冒険者と嵐馬たちが戦い、疲弊しきったところに登場、双方を血祭りに上げて功績を作る。
 そして烈空斎をも討ち取り、商人組織での地位を確実なものにする。
 だが、冒険者と嵐馬たちが妙に親しかったり、三月を筆頭に自分たちの存在が予期されているとは思わず、標的を当面堕天狗党の壊滅に絞ったのである。
 いずれ、真実を知る冒険者や藁木屋たちを闇に葬る算段をしながら‥‥だ。
「やめ‥‥るのだ‥‥。我等は‥‥我等で、何とかする‥‥!」
「嵐馬殿! しかし、その傷では如何に貴方でも‥‥!」
「松‥‥岡‥‥。やれる、な‥‥?」
「無論。冒険者たちよ、ここは引け。奴らの狙いは私たちのようだからな」
「‥‥でも‥‥流石にそれは‥‥後味、悪い‥‥」
「‥‥幽桜君。漢の最後になるかもしれない願いだ‥‥黙って聞こう‥‥」
「蛟‥‥おめぇ、ニグラスのこととダブらせてるのか?」
「ちょっと失礼」
 突然、昏倒が嵐馬の唇を奪い、何かを口移しで流し込んだ。
 嵐馬の傷が少し癒え、多少の行動は出来そうなまでに回復する!
「ヒーリングポーションか‥‥少々面食らったが、ありがたい」
「あら、何のことかしら。あたしはステキな殿方に接吻しただけよ(笑)」
「余計なことを! お前たち、かかれ!」
 間の号令で、一斉に闘技場に流れ込むごろつきたち。
 冒険者一行はさっと離脱し、距離を取る‥‥!
「嵐馬殿! 必ず‥‥必ず再び生きて会おう! 信じている!」
「わかった‥‥。蒼眞殿‥‥我が愛刀『巨星』を預ける! 代わりに君の愛刀を預かることで、再会の約束としよう!」
「喜んで!」
 お互い刀を投げて交換し、蒼眞は青く塗られた刀身の太刀を手にする。
 喧騒にかき消される嵐馬たちの声を聞きながら‥‥一行の心情は今まで以上に複雑だ。
 やがて囲みの一角が崩れ、嵐馬たちは突破に成功する‥‥!
「追え! 追って必ず始末しろ! ‥‥まったく、死にぞこないが手間を取らせる‥‥」
「‥‥間九塀。覚えておけ‥‥私たちは決してお前を許さない。いつか必ず、貴様に裁きを下す‥‥!」
「ふ‥‥できるものならな。では失礼。私は賊を負わねばならないのだよ」
 そう言って、間は部下の後を追う。
 一行はやるせない悲しみと怒りを抱いたまま、その場を離れるしかなかった。
「‥‥あ。用事を思いついたから、私はここで別れるわね」
「‥‥嵐馬たちを助けに行ってくれるのかい?」
「‥‥さぁ。それは私の気分次第。じゃあね」
 そう言いつつ、嵐馬たちが逃げていった方へ歩いていくアルト。
 あとは、色々な意味で死人が出ないことを祈るのみだ。
「用事を『思いついた』って‥‥『思い出した』って言わないところがアルトさんらしいね」
 草薙の呟きの中‥‥彼らの行方は、未だ知られていないという―――