●リプレイ本文
●最初の課題
「周辺に私達以外に呼吸する者なし。異常ありません」
「ふむ‥‥どうやら白溶裔は風が吹き出ている横穴よりこちら側には出てこないようだな」
「そりゃあ結構だね。戦う前にゆっくり休めるのは嬉しいよ。うー、寒い寒い」
丹波藩西北西部、件の洞窟。
3度目の来訪となるここで、一行は重要な一戦を目の前に控えていた。
ベアータ・レジーネス(eb1422)のブレスセンサーで索敵し(とはいえ、白溶裔が呼吸しているかは疑わしいが)、とりあえずの安全を確認してローテーションを組み、休息。
琥龍蒼羅(ea1442)、サーシャ・クライン(ea5021)は、寝起きの冷たい風を各々感じている。
「白溶裔と戦う前に一つだけ言っておく! 僕ぁ―――」
「そのネタは前回やったのですよ。今回は真面目に行きますですよー♪」
「こ、今回、は‥‥氷雨ちゃんに、乗せてもらっても‥‥怪我、しませんでしたし‥‥」
「ま、そうじゃのー。時間は圧倒的にかかったが、痛い思いするよりはマシだった。うん」
場の雰囲気を明るくしようとした八幡伊佐治(ea2614)だったが、月詠葵(ea0020)や水葉さくら(ea5480)といった和み系(萌え系?)がいるのでちょっと不発。
道中を馬や魔法道具でブーストし、速度を抑えたとはいえ氷雨に乗せてもらって洞窟を進んだので、日数はまだまだ余裕があるから安心だ。
「氷ねぇ。こちらから行けなくしたかったのか、それとも向こうから来れなくしたなかったのか。ま、どっちでも大差ないか。我が道を達塞ぐ奴ぁ排除するのみさね」
「さて、前回は都合により参加出来ませんでしたので、今回は頑張りませんとね。溶裔とは厄介な相手の様ですし、種類も色々と居ると聞きました。改めて気を引き締めてかかりませんと」
「そういえば、途中で村に立ち寄った時、なんで氷壁突破に拘るか聞いてみたの。伝承か何かがあるのかなと思ったんだけれども‥‥誰も知らないのよね。固執する理由が見当たらないのよ」
御堂鼎(ea2454)、島津影虎(ea3210)、ヴァージニア・レヴィン(ea2765)。
今回の前提として、『白溶裔たちの撃破と氷壁の破壊』というものがある。
白溶裔については調査の邪魔になるので撃破は妥当として、何故氷壁まで破壊しなければならないのか。
そもそも、破壊して本当に大丈夫なのかという疑問が湧くのだが‥‥。
「私たちは冒険者で、そういう依頼だと知った上でこれを受けたんです。ならば後はやるのみでしょう」
「と、ところで‥‥あの方は、間に合う‥‥でしょうか‥‥」
「あー、間に合うかどうかも重要だが、本当に熱破が来るのかのー。移動だけで問題ありありだからなぁ」
現状の9人以外にもう一人参加者がいるのだが、今現在合流できていない。
単身別行動をとり、一か八かの氷壁突破の切り札を調達しに行っているのである。
『熱破お兄ちゃんかぁ。直接会ったことはないから、会うの楽しみ♪』
「皆、じゃれあうのはそこまでにしておきな。そろそろ厄介事の始末に向おうじゃないか」
「後始末屋も襲名しましたし、精一杯やらせていただきましょう」
一行はテントなどを片付け、荷物はそこに置いたまま、最低限の携帯品だけを持って奥へ進む。
想像を絶する苦闘になるとは、流石に思わずに―――
●スライム地獄
「ふみゅ‥‥いないのですよ。やっぱり隠れて不意打ちするつもりなのでしょうか?」
「上に注意だね。術者は固まって、敵との直接戦闘は前衛に任せるよ!」
「やつは何を以って獲物を感知しているんだ? 音か‥‥熱か‥‥振動か‥‥」
洞窟の傾斜が終わり、一行は氷壁のある空間へ。
そこは最初に訪れたときと全く変わっておらず、氷壁も照明に反射してキラキラ輝いている。
しかし、そこに白溶裔の姿はなく‥‥前回のような不意打ちが懸念された。
『‥‥‥‥いる。なんかよくわかんないけど、水っぽいのがいっぱいいるよ』
「ほー、流石水の龍。水っぽい敵をなんとなくでもわかるんじゃのー」
『んーと‥‥んーと‥‥。上に10匹くらいと‥‥下にも!?』
『なっ!?』
氷雨以外の全員が上げた声。
それを合図にしたように、ベアータ、島津、月詠の足元の岩の裂け目から、にゅるりとゲル状の黒いものが出てきて、3人に纏わりつこうとする!
色が黒いということは、事前に聞いていた上位種の黒溶裔か!
全員不意を突かれたが、島津だけは持ち前の回避力でその魔の手から逃れている‥‥!
「くっ! まさか、こんなひび割れのような裂け目に潜んでいるとは‥‥!」
「熱っ‥‥! だ、駄目です、本当に取れないのですよ‥‥!」
密着して離れる気配がない黒溶裔。
装備で軽減しているベアータはまだ軽傷で済んでいるが、月詠はすでに中傷。
このまま引っ付かれたままでは一分保たずに殺されるだろう。
「こ、これはまずいな。コアギュレイトで固めても無駄だろうし‥‥延々リカバーで回復させるか? いや、ストーンがいいか!」
「伊佐治、上だ! ぼーっとするんじゃないよ!」
「ぐっ!? こ、こいつは‥‥黄色だから、麻痺‥‥うぐっ‥‥!」
上から降って来たのは黄溶裔。
八幡では不意打ちされたら避けられる道理がない。
「えっ‥‥えっ‥‥も、もしかして‥‥ここ、安全な場所、ない‥‥ですか‥‥!?」
「まずいわね。氷雨さん、まだこのスライム系の敵は潜んでるかしら?」
『えっとね‥‥うぅ、わかんなくなっちゃった。集中してないと感知できないよ』
「動くなとでも言うのかい!? 葵、影虎、武器が駄目になるのを覚悟で斬るしかないよ!」
「月詠さんは、八幡さんがストーンのスクロールで救出中です。ちなみに八幡さんはヴァージニアさんが解毒剤で治療しました」
『僕もやるよー! アイスコフィン!』
「ちっ、こいつら、意外と耐久力がある。ストームで氷壁側に叩きつけておいた方が速い」
「わ、私は‥‥吹き飛ばされた溶裔さんたちを、狙い撃ちします‥‥!」
氷雨に高速詠唱はないが、詠唱妨害になるほどの傷を受けないため、魔法は発動可能。
ライトニングソードがあまり効果が無いと悟った琥龍も、すぐにストームに切り替えて対応。
水葉はストームとライトニングサンダーボルトを使い分けて応戦中だ。
「ヴァージニアお姉ちゃん、右の壁から紫のが近づいてるのですよ!」
「わかったわ! って、壁にまで潜んでるの‥‥!?」
「ちょっとちょっと、数が多すぎるよ! 魔法力がすぐになくなる! やっぱりジラフを連れてくれば‥‥!」
「何度も言うようですが、それで事態が悪化したらどうします? 泣き言の前に一匹でも撃ち落してください」
月詠の攻撃でもシュライク交じりで中傷の溶裔たち。
ヴァージニアはシャドウバインディングで、ベアータはアイスコフィンなんなく抑止できるが、サーシャをはじめとするダメージ系の魔法しかない面々は相性が悪い!
「これは4つ並べたら消えるかとか言ってる場合じゃないなぁ。真面目に命の心配をしないといかん」
「氷壁に溶裔どもをぶつけても氷は溶けず‥‥先にうちの軍配が駄目になりそうさね!」
「あ、あの‥‥今気付いたんです、けど‥‥白はお邪魔なので、つなげても消えない、のでは‥‥?」
「それだ」
「それだじゃない! ったく、ノリがいいのも考え物だね! ヴァージニア、景気づけに歌っとくれ!」
「いいけれど‥‥シャドウバインディングが使えなくなるわよ?」
「みんなの士気が下がりっぱなしだからね。うちの軍配もあまり保たなそうだしさ。選曲は任せたよ!」
「じゃあ僭越ながら‥‥ヴァージニア作詞作曲、『ナイトパレード』いきましょうか」
『あ、ウキウキしてくる♪ よぉーし、まだまだいけるよぉ!』
結局、一度での殲滅は叶わず、回復役の八幡のMPが無くなる度に後退し、MPが回復するまで休憩。
だんだん数を減らしていくという地味な作業になってしまったが、無理をして殺されてはたまらない。
氷雨の『なんとなく感知』に一匹も引っかからなくなるまで、3回も後退する羽目になったという―――
●邂逅
「はい、これで終了です。あとは氷壁だけですね」
「島津さん、ご苦労様。やっぱり最後の後始末はあなたなのね」
「いやはや、困ったものです」
溶裔を全滅させた一行は、いよいよ氷壁にかかる。
が、日本刀や野太刀、ハンマー、魔法などを叩きつけても氷壁には殆ど傷がつかない。
たいまつの火で炙ってみたり、ファイヤーコントロールを駆使してみたりと色々試すが、氷が分厚すぎて焼け石に水。
少しずつ溶けてはいるが、時間がかかりすぎる。
「うみゅ‥‥やっぱり、斉藤組長の刀をお借りできれば‥‥」
『硬くて噛めないー。魔法も、僕が使えるのじゃ氷には無駄だよ‥‥』
手詰まり。誰もがその言葉を思い浮かべたときだ。
「お待たせー! なんとか間に合ったかな!?」
一行が振り返った先には、一人の少年忍者‥‥草薙北斗(ea5414)と‥‥!
『ったく、散々急かしやがって! ‥‥っと、歌の女と雪狼の女もいたのか』
そう、大分遅れはしたが、草薙は氷雨と同じく五行龍の一匹である火爪龍・熱破を連れてくることに成功したのである。
本人たち曰く、Fブルームとファイヤーバードの魔法でひたすら飛んでは睡眠を繰り返し、ひたすら急いだのだという。
途中旅人が役所に通報して騒ぎになったりもしたが、草薙の機転でなんとか誤魔化した。
『言っとくが、もう二度と俺をペット扱いするなよ! 次は容赦なく燃やすからな!』
「し、仕方なかったんだってば。あんなところで足止め喰うのは熱破さんも嫌でしょ?」
「ね、熱破をペットって言って誤魔化したんだ。度胸があるというかなんというか‥‥」
閑話休題。
溶裔たちは全滅させた後なので(熱破がいればかなり楽だったろう)、熱破には早速氷壁に向ってもらうことにする。
最初、熱破は氷壁を見て一言。
『ほぉ‥‥こりゃアイスコフィンだな。暇なやつもいたもんだ』
『ねー。これだけやるのって結構大変だよ。分厚いし♪』
『えぇい、いちいち寄るな! 鬱陶しいんだよ!』
『えー、いいじゃん。直接会うのは初めてなんだから、仲良くしようよ♪』
『ガキっぽい声と性格のわりにでっけぇ図体しやがって! 燃やすぞ!?』
『あれー、そんなこと言っていいの? 刃鋼お姉ちゃんが、熱破お兄ちゃんは僕に勝てないみたいなこと言ってたよぉ?』
『ガキに何吹き込んでんだアネキは!? いいぜ、本当に勝てないか試してやろうかぁ!?』
ちなみに、氷雨の方が熱破より倍くらいでかい。
というか、いくら広いとはいえ洞窟内に二匹の五行龍という光景は、正直恐いものがある。
「熱破さん熱破さん、喧嘩はやめようよ! 二人がこんなところで戦ったら絶対崩れるから!」
草薙の仲介で事なきを得たが、やはり熱破の性格にもかなり問題があるようだ。激しく今更だが。
とりあえず、熱破はバーストアタック+ストライクを絡めた爪で攻撃するが、やはり氷壁には通じず。
魔法が苦手な熱破‥‥何度試しても結果は一緒であった。
『やっぱ硬ぇなおい。骨が折れるぜ』
「焼き払え! ‥‥どうした、それでも世界で最も邪悪な一族な末裔か!?」
『邪悪なつもりはねぇよ! つか、言いやがったなそこの坊主‥‥いいぜ、俺の全力を見せてやらぁ! おまえら、とばっちり食いたくなかったら離れてやがれよ!』
「えっ‥‥ちょ、ちょっと待って熱破さん!」
もう遅い。熱破はすでにスイッチが入っている。
草薙の静止をきっぱり無視し、熱破は身に纏っている炎を全開で猛らせる!
結果、周辺の温度が一気に上昇‥‥氷壁がみるみる溶けていく!
「こりゃ速い。流石だのー」
「あ、あの‥‥御堂さんたちが、見たと言う‥‥氷壁の奥の『何か』は‥‥気にしなくて、いいんです、か?」
水葉の台詞に、八幡以外の8人がぎょっとする。
ちなみに八幡は、はにわのような顔になってぽかーんとしていた。
「ね、熱破、ちょっと待って! まだ奥に何があるか分かってないんだ! 全部溶かしちゃうのはまずい!」
『知ったことかぁっ! 言われっぱなしじゃ俺の気が済まねぇんだよ木瓜ぇぇぇッ!』
「伊佐治お兄ちゃん、相手を見て煽って欲しいのですよぅ!?」
「ちっ‥‥氷雨、熱破を止められないか? かなり嫌な予感がする」
『無理だよ!? 今止めに入ったらそれこそ大喧嘩になっちゃう! 埋まりたい!?』
「それは是が非でも遠慮したいところですが‥‥まずいですね、もう殆ど溶けかかっています。このままでは余熱でも充分溶けきってしまうものと思われますが」
「ふむ‥‥なるべく楽な後始末だといいのですが‥‥」
気付けば辺りには霧とも水蒸気ともつかないものが立ち込めており、視界が少し悪くなっていた。
そして、一行は聞いた。
この場の誰でも‥‥勿論氷雨でも熱破でもない者の声を。
『ククク‥‥とうとうこの時が来たか。馬鹿なやつらだ‥‥折角の封印を人間自身の手で壊すとはな!』
『何!? なんだ、この不死者の群れは!?』
氷が溶けきった瞬間、熱破が目にしたのは、大量の不死者。
十や二十ではきかない数のアンデッドモンスターが、我先にと押し寄せてくる‥‥!
「なんだいありゃ!? 奥に集団墓地でもあったってのかい!?」
「さ、流石にあんなのに囲まれたら命がないよ!? どうするの!?」
草薙の判断は誇張でもなんでもない。
溶けてアーチ状にくり貫かれた氷壁から、ぞろぞろ絶え間なく湧き出してくるのだから。
「逃げましょう。前回と同じ展開になるのは考え物だけれど、死ぬよりマシよ!」
「ヴァージニア殿‥‥すまん、正直軽はずみだった。まさか冗談がこんな展開を呼ぶとは思わなかった!」
『上等だこらぁ! 氷雨、手伝え! こいつらは俺たちでぶっ潰す!』
『りょうかーい! みんな、なるべく速く戻ってきてね! 一匹も外に出さないようにしておくから!』
「む、無理ですよ‥‥いくら、氷雨ちゃんたち‥‥でも、こんな数は‥‥!」
『いいから行けぇぇぇ! 何とかする手立てを考えてこいッ!』
「熱破さん! 氷雨君! 絶対‥‥絶対助けに来ますから! 絶対に死んじゃ駄目なのですよ!?」
『大丈夫だよ。僕たち、なんていっても五行龍だもん!』
「ごめん、熱破さん! こんなことに巻き込んで‥‥!」
『来ることを決めたのは俺だ! 北斗、お前がしょげる必要はねぇ! だからさっさと行きやがれぇぇぇ!』
止まる事を知らず奥から湧き出るアンデッド軍団。
一行は、氷雨と熱破を残して撤退するしかなかったという。
月詠や草薙、水葉の叫びが、大きく洞窟に反響した。
謎の声‥‥そして不死者の群れ。
紡がれ続ける伝承歌は、今、大きく動こうとしていた―――