●リプレイ本文
●警戒中
「ふむ‥‥今のところ怪しい人影はなしですね」
「そうね。私は慰問の体で来てるから、歌や演奏にも手を回さないとね」
「‥‥‥‥」
「あ、ごめん、忘れてたわ。『任侠』と‥‥はい」
ベアータ・レジーネス(eb1422)が一人、ミラーオブトルースの魔法で辺りを警戒していると、同じ冒険者であるヴァージニア・レヴィン(ea2765)が近寄ってきた。
森忌の住む森の近くの村‥‥冒険者一行は、別れ別れになって行動を開始し、村人を守る班と森忌と一芝居打つ班とに役割分担をしたのであった。
ちなみに、人に化けると言う黄泉人対策のため、合言葉と腕に巻いた布の下に書いた×印を本命の判別方法として用意するという念の入れようで、ベアータがヴァージニアから距離を取ったのもその為だ。
ヴァージニアが本物であると確信したベアータは、ようやく警戒を解く。
「この魔法、持続時間が短いのが難点ですね。映せば化けている者の本性が分かると言うわけでもありませんし」
「でもでも、視線を向けないで背後を見られたりするのは便利だよね〜♪」
合言葉と×印を提示しながら、草薙北斗(ea5414)も合流してくる。
草薙は隠密行動で不審者を警戒しがてら、村の子供たちと遊んでいたりしていた。
「いつぞや壊れた家屋も、私たちが手を出さなくても直しちゃったみたいだしね。できることは限られちゃうわ」
「おや、みなさんお揃いで。休憩ですか?」
島津影虎(ea3210)も合流し、これで村に残ったメンバーが全員集合となった。
村長以下、村の重役たちにだけ今回の来訪の真意を告げた一行は、兎にも角にも村の中で黄泉人が現れないよう警戒するしかないのだ。無駄な情報漏洩と混乱を避けるため、一般の村人には真意を告げていないからである。
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥‥‥」
「‥‥みなさん、どうされました?」
他の三人が後ずさって黙っているのを見て、島津は素で疑問符を浮かべる。
彼にはちょっと天然なところがあるので、もしかしたら本当に忘れているのかもしれない。
「島津さん、これ。これ!」
草薙が自分の腕に巻いている布を指差して告げると、島津はぽん、と手を叩いて身の証明を立てた。
「いやはや、失礼いたしました。すっかり失念しておりまして‥‥」
「信用度は高いですが、少々面倒ですね。まぁ、手間を惜しんで危険を増やすよりは良いのですが」
4人の警戒や巡回は、決して無駄なものにはならない。
何故なら、一行の行動は丹波藩からの要請ということになっているからだ。
藩としても黄泉人を放置するのはよろしくないし、冒険者たちもお墨付きを貰って行動がしやすくなるのだから、まさに一石二鳥である。
「あんれ? みんな、どうしたんだべ?」
丹波藩から派遣された、八卦衆・天の明美。
今度は島津を含めた4人が黙って後ずさる。
ひょっとして、真意を知るもの全員にこれをやらなければならないのであろうか?
しかし、一見無駄であるかのように思える4人の警戒は、確実に黄泉人避けになっていたのである―――
●芝居‥‥?
「ほ〜ほっほっほっ! また来て差し上げましたわよ森忌さん! 相変わらず頭が悪そうですわね!」
『おんどりゃ、張っ倒すぞ! いつもいつも一言多いヤツじゃのォ!?』
「‥‥芝居などしなくても、充分偶発的な戦闘が起きそうですね」
「まったく‥‥こういうのはね、偶発的じゃなくて必然的って言うのよ。挑発してるんだから」
森忌と顔を合わせるなり、いつものように高飛車な台詞を浴びせるぱふりあしゃりーあ(eb1992)。
彼女的にはこれで普通の挨拶のつもりらしい。
山王牙(ea1774)や南雲紫(eb2483)が溜息をつくのも無理からぬことであった。
「し、森忌殿。パフリア殿に非があるのは確かでござるが、拙者の仲間に荒事を挑むのであれば、拙者たちとて黙って見過ごすわけにはいかんでござるよ!」
「おーおー、しっかり繋いでら。涙ぐましいねぇ。しかしよ、出会い頭にあんな侮辱を受けちゃあ黙っちゃいられないのがチンピラ道だぜ! つか、チンピラでなくても怒るだろ、あんなの」
せっかくの流れを断ち切るまいと、七枷伏姫(eb0487)は心にもないことを言って場を繋ぐ。
どんな経緯にせよ、ここで口論となり、伊東登志樹(ea4301)が森忌側に付きながら戦闘‥‥というのが本来の作戦の流れなのだから仕方ない。
本音は小声で‥‥なるべく不自然にならないよう務めて、一行は森忌との会話を続ける。
もっとも、森忌本人はこれが芝居だと言うことを半分以上忘れているだろう。
敢えて告げていないし、告げたところで森忌だけしどろもどろや棒読み口調になられては御破算だからだ。
「確かにそうかもしれないけれど、そこでいきなり実力行使はどうかって言ってるのよ、伏姫は。ただでさえ森忌の置かれている現状はよくないんだから、喧嘩腰の言動は控えるべきでしょ?」
「その通りですわ! これだから育ちの悪い精霊さんは嫌ですわね!」
『誰がじゃい! きさんがッ! 泣くまでッ! 殴るのを止めんぞッ!』
「あ、あの、もういいですよ、パフリアさん。こ、これ以上、わざと挑発する必要ないですよぅ!」
「わざと? 何のことですの?」
「へ‥‥?」
南雲の言葉にパフリアがノった‥‥と、砂羅鎖は思ったのだが、まだまだ甘い。
さらりと告げられた二の句に、砂羅鎖の方が思考を止め、言葉を失ってしまった。
ちなみに砂羅鎖とは、丹波藩から派遣された八卦衆・地の砂羅鎖のことである。
天の明美同様、丹波藩から派遣された助っ人である。
「誰か黙らせとけよそいつ! 兎に角、男がメンツってもんを潰されちゃ黙ってらんねぇんだよ! なぁ、森忌のダンナ!?」
『あたりきしゃりきのこんこんちきじゃあ! チンピラ、手伝え!』
「合・点・承・知!」
「伊東殿も煽ってどうするのでござるか!? まったく、もう完全に手遅れでござるな‥‥!」
「‥‥ちんぴらさん、やはり貴方は森忌様を選ぶのですね。一度勝負したいと思っていました。手は抜けませんよ」
「まぁいい‥‥思うところもあるのだろう。ただし‥‥私の前に立ちはだかると言うのなら、それ相応の覚悟をしてもらう」
「い、伊東さんが凄くいい笑顔してて、別人みたいです‥‥。あぅぅ、南雲さんもちょっと恐いです〜!?」
「じゃかぁしぃ! 漢が一度拳を交えたら、もぅ『マブ』なんだよ!」
かくして、予定通りに事は運ぶ。
しかし、それさえも黄泉人の手の内かどうかは‥‥まだわからない―――
●予想外
「っとぉ! やるじゃねぇか、山の字! 手は抜けそうにないぜぇっ!」
「‥‥伊東さんも、口ばかりと言うわけではないようですね‥‥!」
「せいやぁぁぁッ! ほ〜ほっほっほっ! いかがです、わたくしの鳥爪撃のお味は!?」
『ちぃぃぃっ、腹が立つ女じゃが、腕前は確かなようじゃのォ!」
「やれやれ‥‥仕方あるまい。二人とも多少の怪我は覚悟するんだな。灸を据えてやる‥‥!」
「気は進まないでござるが、仕方ないでござる! 砂羅鎖殿、援護を!」
「は、はい! 黒蛇咬(オーラショット)!」
森忌&伊東 VS 南雲、山王、七枷、パフリア、砂羅鎖。
彼等クラスの腕前になると、一度戦闘が始まってしまえば手加減がどうとか言ってはいられない。
森忌が飛ぼうとするところを砂羅鎖がオーラショットで撃ち落そうとするので、森忌は迂闊に飛ぶことが出来ず、地上での戦いを余儀なくされており‥‥南雲、パフリア、七枷の3人を相手に苦戦している。
伊東は伊東で、ほぼ互角の山王を相手にしているので森忌のフォローには回れない。
いや、山王を抑えているだけでも充分手助けにはなっているのだが。
『図に乗るなよ高笑い女ぁぁぁっ!』
「あぐっ‥‥!? か、身体が‥‥! ど、毒、ですの‥‥!?」
とはいえ、そこは五行龍である森忌。
一撃で大ダメージの爪もさることながら、毒を持つ尻尾の攻撃がヒットし、パフリアの戦闘力を大きく削ぐ。
「ちっ‥‥エレメントスレイヤーでないと、シュライク交じりでも大した傷にならないか!」
「それに、すぐに再生で回復してしまうでござるよ‥‥!」
『次はおまえじゃあ!』
森忌は南雲に向かい、爪での接近戦を挑んでくる。
避けるにしろ受けるにしろ、南雲なら森忌の攻撃を軽く対処してしまうだろう。それは森忌も分かっているはずだが‥‥?
「な、南雲さん、近づいちゃ駄目です! 尻尾が!」
「‥‥!」
砂羅鎖の言葉で森忌の狙いを理解した南雲は、大きく距離を取るように森忌の攻撃から逃げた。
反撃できるような紙一重の避け方をしたら、尻尾を背後に回されて攻撃される。流石にそれはいくら南雲でも避けきれないかもしれない。
「‥‥やるな。この前の戦いとはまた違った戦法か‥‥正直驚いたぞ」
『ちっ、お前も嫌な女じゃのォ! 強くて敵わん!』
対峙しているだけでは、森忌はどんどん傷を回復していく。
伊東と山王も互角の戦いを繰り広げ‥‥全員の頭から、芝居だということが大分抜けてきたときだった。
「誰でござる!?」
戦場に、新たな気配。
いち早くそれに気付いた七枷の叫びが、そういえば芝居だったと言う思いを全員にもたらした。
そして、姿を現したのは‥‥!
「ごほっ‥‥! み、皆様‥‥も、申し訳、ございま、せん‥‥!」
あちこち焦げてボロボロになった、御神楽澄華(ea6526)であった―――
●単独行動
木を支えにしてやっと立っていた御神楽は、ずるりとバランスを崩して地面に倒れる。
その息は荒く、ダメージが深刻なのはパッと見で明らかである。
「澄華! いったいどうしたの、澄華! しっかりして!」
南雲もいつもの口調に戻って、慌てて御神楽に駆け寄る。
そういえば御神楽は、村にも森忌の元にも行かず、村との中間地点で周囲を警戒していたはずだ。
つまりは、その単独行動中に何者かに襲われた‥‥ということだろう。
「な、何が起こったんですの‥‥? 尋常じゃありません、わよ、その傷‥‥」
毒が回っているのか、パフリアの顔は青ざめている。それでも他人の心配が出来るのだから大したものだ。
「‥‥ふ、不覚、でした‥‥。急に‥‥上、から、魔法が‥‥! 多分‥‥ライトニングサンダーボルト、かと‥‥!」
「‥‥例のリトルフライで飛び、木の上を渡って魔法を使った‥‥ということですね」
「野っ郎、どこまでも姑息な真似しやがって! おい御の字、やつはどっち行った!? 方角によっちゃあ追うぜ!」
御神楽は、ふらふらとだが村の方角を指差す。
つまり、黄泉人は御神楽を倒した後、村へ向ったということか。
「よっしゃ、村に居る連中と挟み撃ちにしてやらぁッ! 山の字、七の字、紫姐さん、砂羅鎖、行こうぜ!」
「了解でござる。パフリア殿は毒が残っているでござろうから、しばらくここで休んでいるでござるよ」
「そうね‥‥澄華も残した方がいいでしょ。森忌、二人をお願いしてもいいかしら?」
『そりゃあ別に構わんが‥‥』
「‥‥では、お願いします。みなさん、行きましょう」
「は、はい! 急ぎましょう!」
妙に歯切れの悪い森忌に御神楽とパフリアを任せ、5人は一路、御神楽が指差した方へと走って行く。
その姿が完全に見えなくなってから‥‥森忌はぽつりと言った。
『‥‥いい加減正体現したらどうじゃい』
きょとんとしたのは御神楽とパフリアだ。突然のことで、何を言われたのか分からなかったらしい。
『ヒトは誤魔化せても、ワシら精霊龍にそンな変化が通用するか。焦げの臭いに混じって、きさんからは死の臭いがするわ!』
ぎょっとしたパフリアが御神楽から離れようとしたが‥‥一足遅く、がっしりと腕を掴まれ、あっという間に背後に回られて動きを封じられてしまう!
その力の強さ、感じる気配は、完全に人間のそれではない。
御神楽は‥‥いや、偽御神楽は、可憐な御神楽の顔でありながら、にやっと狡猾に笑った。
「想定していた状況とは少々異なるが、丁度一人でうろうろしているのがいたからな‥‥使わせてもらった。本当は、冒険者たちにズタボロにされた貴様に止めだけを刺し、死体を我が軍団に加えてやろうと思ったのだがな!」
『‥‥その女を放してやれや。そんなやつを死体にして操るより、ワシを操りたいんじゃろぉが』
「ククク‥‥そう言うと思ったぞ。貴様はなんだかんだと言って情を捨てきれん妙な風精龍だからな。いいだろう、貴様が我が僕となるのであればこんな女に興味はない!」
「だ、駄目‥‥ですわよ、森忌、さん‥‥!」
『黙っとれ、干からびた死体になりたくなかったらな。‥‥ところで、本物のその女はどうした』
「あぁ‥‥殺すつもりで精気を吸ってやったんだが、村に居た冒険者どもが近づいてきたようだったんでな。意識を失ったのを確認して放り出してやったわ! 本当は村に入りこんで村人に化けてやりたかったが、冒険者どもがうろうろしていて無理だったからな‥‥丁度よかったぞ。まさかボロボロの仲間を見て、それが敵の化けた姿だとは思うまい!」
『風の魔法使いがいたら、見破っていたかもしれんがな。あいつは頭がいい上に、妙に冷静じゃからのォ』
「ふん、その時はその時で別の手を講じていたさ。さぁ、お喋りは終わりだ! 村に居た連中がまだうろついているだろう。勘付かれる前に行くぞ!」
『‥‥わぁっとるわい』
「さ、させま、せん‥‥!」
そこに現れたのは、同じくボロボロの姿の御神楽。勿論、本物である。
やはりあちこち焦げており、その足取りは、偽物の演技以上にふらふらであった。
「もう目を覚ましたのか? ちっ、頑丈なやつめ!」
「はぁっ、はぁっ、わ、私の、姿、で‥‥不埒な‥‥真似、は‥‥ごほっ!」
がくん、と膝を突いてしまう御神楽。
偽物はボロボロの姿でもダメージは芝居だが、本物は違う。見た目どおり心身ともに重傷なのだ。
虚勢を張っても、ここでまた戦闘などしようものなら本気で死にかねない。
「御神楽、さん‥‥!」
『どっちも大人しくしとけ。ワシが行けば済むことじゃけぇのォ』
「う‥‥ぐ‥‥! わ‥‥わた、しの‥‥せいで‥‥! 姿、さえ、見え‥‥て、いれば‥‥!」
悔し涙を流す御神楽の耳にも届いた、ベアータ、島津、ヴァージニア、草薙の声。
どうやらこちらを探しているようだ。
「今度こそ行くぞ! これ以上モタモタするなら、この二人を殺す!」
『‥‥‥‥』
パフリアは解放されたが、精気を吸われたのか毒のせいか、その場から動けなかった。勿論、ボロボロの御神楽も。
何処へともなく姿を消した森忌と黄泉人‥‥果たして、風の辿りつく場所は何処に―――