【五龍伝承歌・参】堕ちゆく風

■シリーズシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:12 G 67 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:04月26日〜05月05日

リプレイ公開日:2007年05月04日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

「えっと‥‥前々回もかなり事態は動いたわけですが、前回は更に動いたと言うか何と言うか‥‥」
「完璧に失敗だったってわけじゃないんだけどねぇ。話を聞く限りじゃ、黄泉人の当初の行動は概ねこっちが読んでた通りだったみたいだし」
 ある日の京都冒険者ギルド、訳あり相談室。
 ギルド職員である西山一海と、京都の何でも屋の片割れ、アルトノワールが、丹波の北部で起こった事件‥‥森忌のことについて話し合っている。
 行方をくらませた森忌と黄泉人は未だ発見されておらず、次の黄泉人の行動への不気味さが募るばかりであった。
「うーん‥‥やっぱり、黄泉人に対して単独行動を取るのは不味かったんでしょうか‥‥」
「それはそうでしょーね。でも、あの人の腕前だったら返り討ちにしてたと思うわよ?」
「え? だ、だって、現に‥‥」
「話ちゃんと聞いてた? あの人、『姿さえ見えていれば』って言ってたでしょ」
 姿さえ見えていれば。
 それはつまり、接近されるときは勿論、精気を吸われているその時ですら相手の姿が見えていなかったということか?
 逆に言うと、接近される時に姿さえ見えていればどうとでもなったと言うこと。
 隠れていたとか上から急襲されたとか、そんなチャチなもんじゃあ断じてないということである。
「まさか‥‥インビジブルの魔法!? しかし、黄泉人が使うのは風系の精霊魔法なんじゃ‥‥」
「世の中には便利なものがあるでしょ。ほら」
 そう言って、アルトノワールは鞄から巻物を取り出す。
 スクロール‥‥精霊碑文字の知識を以って使う、魔法の道具である。
 さらっと示された明確な答えに、一海は絶句する。
 これを使えるのが人間だけなどと誰が決めた?
 むしろ、精霊や黄泉人など、永くこの世に在る存在の方がよほど正確に、容易に操れるのではないのか。
 背中を駆け上がる悪寒に、一海は思わず辺りを見回さずにはいられなかった。
「どこから手に入れたのかは知らないけど、黄泉人の中にスクロールを使えるやつがいても不思議じゃない。多分、こっちの件に関わってるやつは黄泉将軍って呼ばれるクラスだと思うし」
「つまり、スクロールの種類だけ相手の使用魔法があると思ってもいい、と‥‥?」
「そういうこと。で、ここからが本題」
 アルトノワールたちが仕入れた情報によれば、森忌らしき風精龍の目撃談があったというのだ。
 しかもその目撃者と言うのは、丹波の八輝将・黄玉の牙黄らしく‥‥信頼度は高い。
「なんでまた牙黄さんが?」
「派遣先の現場から東雲城に戻る時、あの付近を通ったらしいの。そうしたら、森忌の森からちょっと離れた山間を飛んでたらしいわ。あの付近に他の風精龍がいるって言う話は聞かないし、多分森忌でしょ」
「では、その辺りに、その、黄泉将軍? の本拠もある‥‥というわけですね」
「そ。ただし、森忌にはもう黄泉将軍に従う理由がないはずなのに、未だ一緒に居ることを考えると‥‥最悪の事態も考えておいた方がいいかも‥‥ね」
 自分で言っておいて嫌な気分になったのか、アルトノワールは目を伏せて黙ってしまった。
 重い沈黙‥‥一海は、誤魔化すように依頼書の作成に取り掛かったという。
 果たして、森忌の状況は? 未だ黄泉将軍と行動を共にする真意とは?
 猛る様に吹きすさんでいた風は‥‥吹き止んでしまったとでも、言うのだろうか―――

●今回の参加者

 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4301 伊東 登志樹(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb1992 ぱふりあ しゃりーあ(33歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb2483 南雲 紫(39歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

●見えざる恐怖と
「ぅおらぁ〜、黄泉人ども! カタぁはめちゃる! 野郎共、出入りじゃぁぁぁ!」
「お気持ちは分からないでもありませんが、もう少し静かにしていただけませんか?」
「そうだよ〜。こっちから見つけてくれって宣伝する必要もないじゃん(汗)」
「しかし、事態は悪い方に向かっているな。手遅れになる前に何とかしたいが‥‥。現時点では行動するには情報が少なすぎるか‥‥。森忌の状態や黄泉人の目的など調べるべきことは多数あるな」
「同感なのですが‥‥申し訳ない、思考が上手く回りません‥‥」
 丹波藩北部、森忌の住む森の近くの山岳。
 冒険者一行は5人ずつの班に別れ、森忌及び黄泉将軍の捜索に当たっていた。
 こちらは、伊東登志樹(ea4301)、ベアータ・レジーネス(eb1422)、草薙北斗(ea5414)、琥龍蒼羅(ea1442)、島津影虎(ea3210)の5人からなる黄泉将軍捜索を主目的にした班である。
 黄泉将軍がスクロールを使い、透明化すると思われるという見解を強めている冒険者たちであったが、こちらの5人は輪をかけて慎重に進み、辺りを警戒していた。
 ベアータがリヴィールマジックのスクロールを発動するが、持続時間が6分のわりに魔力の消耗が激しく、連続で使えばあっという間にMP切れを起してしまうだろう。
 ちなみに、島津はらしくもなく保存食を買い忘れ、空腹で能力が発揮できない状態のようである。
「でも、あれだよね。忍者の僕が言うのも何なんだけど、相手の姿が見えないって言うのは不気味だよ‥‥」
「と‥‥ともすれば、私たちのすぐ後ろでほくそ笑んでいるかも知れないわけですからね‥‥」
「気合だ! 気合でやつの存在を感じろ! そしてブチのめせっ!」
「気合で済めば魔法は要りませんよ、伊東さん」
「‥‥ベアータ、ツッコむだけ無駄だ。疲れるぞ」
 山に入ってから、すでに3時間が経とうとしている。
 辺りを見回しても、見えるのは木・木・木ばかり。
 空を見上げても森忌らしき風精龍が飛んでいるわけでなし、疲労が増す一方である。
 と、そんな時だ。
「‥‥風が‥‥変わった‥‥?」
 ふと、琥龍が足を止めて呟く。
 他の面々には特に何も感じない。さっきまでと同じように、木々がざわめいているだけのように思える。
「っ!? な、何か来るよ!?」
 背中に氷柱を突っ込まれたかのような寒気を覚えた草薙は、キョロキョロと辺りを見回し‥‥そして、上を向いた。
 すると、上空から緑色の身体を閃かせ、一匹の風精龍が舞い降りる‥‥!
「森忌さん、ですか‥‥! 弱りましたね‥‥こちらにはテレパシーを使える方がいらっしゃいません‥‥」
「真意を探るのは難しいですね。しかし、もう一班の方へ行って下さればいいものを」
 島津とベアータが愚痴りたくなるのも無理はない。彼等は森忌を探すのが主目的ではなかったのだから。
 しかし、森忌との再会を素直に喜んでいる者が約一名。
「森忌のダンナぁぁぁっ! 心配しやしたぜい! お勤めご苦労様ですっ!」
『‥‥‥‥』
 だが、人間では一番親しいはずの伊東の言葉にも森忌は全くの無反応。
 ただ獲物を見定めるかのように、一行の挙動を伺っている。
 それは、まるで‥‥。
「し、森忌さん? なんか、まるで‥‥野生動物みたい、だよ‥‥?」
「‥‥気をつけろ北斗。今の森忌からは、風を感じない‥‥」
「ば、ばっきゃろー! それじゃ何か!? 森忌のダンナがマジにやられちまったってのか!? ふざけんなよ、そんな馬鹿なことがあるかぁっ!」
「現実は非情です。諦めてください」
「ベアータ、てンめぇぇぇぇぇっ!」
「伊東さん、止めてください。ベアータさんも、出来るなら森忌さんを助けたくて来たんですよ‥‥。あなただって、充分わかっていらっしゃる、はずです‥‥」
「そ、そうだよ! 伊東さんが情に流されすぎて、怪我をしたりしないように言ってるんだと思うよ!?」
「ぐぐ‥‥!」
「来るぞ、お前たち」
 琥龍が言うのと同時に、森忌が咆哮を上げて突っ込んでくる。
 爪を振り上げての直接攻撃‥‥それこそ野獣の如き理性のない一撃!
『ゴアァァァァァッ!』
「おっと‥‥! こ、これは、どうしましょう‥‥。後始末‥‥していいものやら」
「ベアータさん、森忌さん息してる!?」
「‥‥していないようです。しかし、元々していなかった可能性もあります」
「精霊龍だからな。その可能性もある」
「お前ら、希望を持たせたいのか持たせたくないのかどっちだ!?」
 どちらも。
 あえて口にはしないが、全員想いは一緒なのだ。
 しかし、そんな想いとは裏腹に、森忌は容赦なく攻撃を続けてくる。
 この面々なら、全員が何らかの形で攻撃を跳ね除けることは可能ではあるのだが‥‥やはり避けるだけでは事態の打開には繋がらない。ただでさえ山中の捜索で疲れているし、島津は空腹でフラフラだ。
「くっそぉぉぉっ、やるしかないってのかよ!? ダンナ! 森忌のダンナぁぁぁっ!」
 森忌は応えない。伊東の必死の叫びも、今の森忌には届かない。
 5人に絶望感が漂い始めた、その時であった。
「待って!」
 響くのは、優しげな女性の声。
 現れるのは、本来森忌を探していた、もう一班の5人―――

●風を呼び戻せ
「遅れてごめんなさい! 伊東さんの声を頼りにこっちに向ってきたから、時間かかっちゃったの!」
「こちらには収穫がなかったものですから、そちらの緊急事態を察知して助けに来て差し上げましたわっ!」
「‥‥森忌様。まさか、本当に‥‥」
「森忌‥‥無事でいて欲しかったけれど‥‥。刃鋼達に顔向け、できないかもね‥‥」
「まだ‥‥まだ決まったわけではありません! 何も出来ず叩き伏せられ、森忌様にその身柄を犠牲にして助けていただいただけで終わるわけには‥‥! 鳴弦の弓やテレパシーを!」
 ヴァージニア・レヴィン(ea2765)、ぱふりあしゃりーあ(eb1992)、山王牙(ea1774)、南雲紫(eb2483)、御神楽澄華(ea6526)の5人も、山で長時間の捜索を行った後だ。
 ただの捜索と言うだけでもきついのに、常に黄泉将軍への警戒で辺りに気を張っていたので、精神的疲労も濃い。
 だが、それも。森忌を前にした今となっては忘却の彼方である。
「鈍って‥‥んのか? そんな風に見えねぇぞ!?」
「ヴァージニア様、テレパシーは如何ですか!?」
「やってるわ。森忌さん‥‥応えて、森忌さん‥‥!」
 伊東が鳴弦の弓をかき鳴らすが、これは別に範囲内にいるアンデッド等が苦しむものではない。
 あくまで『動きを鈍らせる』ものな上、ほんの10秒程度では森忌の動きが鈍ったのか判別が付かないのだ。
 後は、ヴァージニアのテレパシーに望みをかけるしかない‥‥!
「え‥‥なに、これ。意識はある‥‥? でも、こんなに微弱な‥‥」
「どういうことですの、ヴァージニアさん。わたくしたちにも分かるように説明してくださいませんこと!?」
「えっと、今の森忌さんは本能だけで動いてるみたいなんだけど、微かに意識が残ってるの。死に掛け、って言ってもいいくらい微弱な心。だから、テレパシーでも上手く会話できなくて‥‥!」
「つまり‥‥今の森忌は、意識を失ったまま戦う武闘家みたいなもの‥‥ってこと?」
 パフリアに言われ、説明をしたヴァージニア。続く南雲の疑問にも頷いて答えた。
「‥‥ということは、森忌様は死んではいないということですね。仮死状態‥‥とでも言うのでしょうか」
「呼びかけましょう! 森忌様の心を、私たちの声で呼び覚ませれば!」
 山王、御神楽の言葉に全員が頷き、吼える森忌を囲むように展開、想いの丈をぶつけていく!
「森忌、戻ってきて! 私は、あなたにも刃鋼たちと同じように、ヒトと上手くやっていって欲しいの‥‥!」
「森忌さん、今日ばかりは後始末を選びたくはありません。それより、皆でご飯などいかがでしょうか‥‥?」
「森忌さん、私はエアマスターなどと呼ばれる身です。同じ風を操る身として、あなたには死んでいただきたくないですね」
「森忌様、私の不覚をお許しください。しかし願わくば、私たちにいただけた優しさを全てのヒトに‥‥!」
「森忌、なんだかんだと言って俺はお前の風の音が嫌いではない。お前の奏でる風‥‥再び聞かせてくれ」
「‥‥森忌様、あなたは死してはなりません。黄泉人の野望を打ち砕くためにも‥‥他の五行龍の方々のためにも」
「森忌さん、あなた賢いとは思っていませんでしたけれど、おバカな事をしたものですわ。でもそのおバカは、とても尊いものなのです。戻っていらっしゃい! でなければ許しませんわよっ!」
「森忌さん、聞こえる!? みんなが森忌さんが戻ってくるのを待ってるんだよ! 僕たちも‥‥熱破さんたちも!」
「森忌のダンナぁっ! 負けちゃならねぇ、負けちゃならねぇよ! 俺たちゃまだまだ登り始めたばかりなんだぜ‥‥この果てしないチンピラ坂をよ!」
「‥‥森忌さん、これがあなたを求める声。あなたの心に届いてるかしら? お願い‥‥戻ってきて‥‥!」 それは、必死の想い。ヒトが求める、ヒト以外の生き物の命。
 森忌は苦しむかのような声をあげ、ふらふらと後ずさっていく。
 風よ吹け。天を翔ける千の風よ。
 想いという後押しを受け、再び舞い上がれ‥‥!
『グ‥‥グアァァァァァァァッ!』
 一際大きな咆哮を上げた森忌は、その場に倒れ伏してしまう。
 冒険者たちは危険などすっかり忘れ、一斉に森忌に駆け寄り、その名を呼び続ける。
 そして‥‥!
『‥‥なんじゃい‥‥揃いも揃ってしょぼくれたツラぁ‥‥しよってからに‥‥』
 目を開けた森忌は、静かに‥‥しかし確かに言葉を紡いだのだ!
「ダンナ!」
「森忌さん!」
「森忌!」
『‥‥はっ、あんだけ騒がれたら、死神も裸足で逃げ出すわい‥‥。‥‥感謝‥‥せんとな‥‥』
 森忌が一命を取り留めたのは、何も奇跡のためばかりではない。
 黄泉将軍に死ぬまで精気を吸われている最中、森忌は一縷の望みに掻けて再生能力を全開にしたのである。
 怪我ではないので抜群な抵抗とはならなかったが、人間なら100%確実に死んでいる量の精気を吸われても、なんとか仮死状態で済んだというわけだ。
 仮死状態でも黄泉将軍の能力は通用するのか、はたまた本能のままに行動したのが黄泉将軍の命令とシンクロしたのかは不明だが、とにかく本当に死んでいないと疑われることもなかったらしい。
 そして、冒険者一行の心からの呼びかけで意識を取り戻し、晴れて完全復活というわけだ。
 喜び合う一同。しかし、それを黙って見過ごすほど黄泉将軍は甘くない。
「馬鹿な‥‥これはどういうことだ!? 貴様は確かに死んだはずだぞ!」
 木々の間に、黄泉将軍の声だけが響く。姿は見えない。
『ワシゃあしぶといんじゃい。こいつらもな‥‥!』
「おのれ‥‥謀ったな!? 頭の悪い風精龍風情が!」
「ふん‥‥その風精龍風情に出し抜かれたのはどこのどいつだ。出て来い‥‥今日の私は機嫌がいい。せめて苦しまないように止めを刺してやるぞ」
『展開した不死者たちの反応がない。例の二人組みだな‥‥! 仕方あるまい、今日のところは退く!』
「待てやコラぁっ! 落とし前を付けさせてもらうぜぇっ!」
「‥‥待ってください。森忌様の状態も完全ではありません。ここはこちらも一旦退くのが得策でしょう」
「そうね。今日のところは森忌さんを取り戻せただけで大収穫よ。欲張るのはよくないわ」
「決着は、日を改めて。あの時の屈辱‥‥敗北感‥‥このままにはいたしません!」
 南雲、伊東、山王、ヴァージニア、御神楽。
 黄泉将軍の言う例の二人とは、どうやら八卦・八輝のうちの二人らしい。黄泉将軍は彼等と一悶着あったようだ。
「ちぃっ‥‥何故こうも精霊龍が人間などと馴れ合うのだ! 理解できん! ここももう潮時か‥‥!?」
 黄泉将軍の声が聞こえなくなり‥‥辺りは風が木々を揺らす音だけに包まれる。
 信じる心。心からの願い。それらが呼び起こした奇跡。
 堕ちゆく風は‥‥今再び、吹き上がり始めた―――