●リプレイ本文
●森に入る前に
「結局、有益な情報は何一つなしというわけか。陰陽寮の方も結果は同じだったんだがな」
「行方不明事件ではなくて、それ以前。行方不明事件の話が残っているさらに前の時代に何か悪いものが出たとか、それを封じた人がいるとか、今回の屋敷に連なりそうな伝承がないか‥‥そういう話が地元に一切ないのは、ある意味おかしいわよね‥‥」
「もしかすると、その森や屋敷は、どこかの組織が秘密裏に処理したかったものなのではないでしょうか」
「確かに‥‥そう考えれば行方不明の話しか聞けないのは納得できるけれど‥‥」
丹波藩南東部、件の森の最寄の村。
一行は森に入る前に、付近の村々や陰陽寮に立ち寄り、情報の収集を行っていた。
しかし、琥龍蒼羅(ea1442)が向った陰陽寮では、薄至異認の森について、術の大まかなところ‥‥つまり芭陸が説明した以下のことしか記述が無かった。もしかしたら、陰陽道の術ではないのかもしれない。
ステラ・デュナミス(eb2099)、ベアータ・レジーネス(eb1422)、ヴァージニア・レヴィン(ea2765)の3人は、この村で情報を集めていたのだが、前述の通りめぼしい情報はなし。
勿論この付近でも幾度となく妖怪は出没しているが、丹波藩が退治してくれたり冒険者ギルドに依頼して退治してもらったりと、そんな極悪な妖怪が封印されたという事態は考えにくかった。
「いよーう、今帰ったぜぇい! けど悪ぃ、収穫はねぇやな」
「‥‥茶鬼やら怪骨やら、雑魚と思わしき妖怪の話しか聞けませんでしたしね」
「一応フライングブルームで森の上も偵察してきたけど、特に変わったところは無かったよ〜」
「いやぁ、はっはっは。僕ぁ初参加だからなんとも言えんのだが、本当にあんな穏やかな森がおかしくなるのかの〜?」
他の村へ調査に向っていた伊東登志樹(ea4301)、山王牙(ea1774)、草薙北斗(ea5414)、八幡伊佐治(ea2614)の4人が合流したが、やはり手がかりは無いに等しいようだ。
ここに来る前に昼の状態の森を見に行ってきたらしく、その恐ろしさを知らない二人は半信半疑であった。
草薙は『怪しくないと思ったところ』を探したのだが、森全体全てが怪しくなかったので骨折り損だ。
「大丈夫です、実際行ってみればどれだけ甘く見ていたか痛感しますよ。ええ」
「ふふふ、第二回・恐怖我慢大会ですわね〜♪ 今回はどなたが一番に脱落するでしょうか」
『趣旨が違うように感じられますが‥‥まぁ、小生やユナさん、琥龍さんではないでしょうね』
どうやら島津影虎(ea3210)、ユナ・クランティ(eb2898)、芭陸の2人と1匹も戻ってきたようである。
彼等も他の村へ情報収集に行ったのだが、ちゃんと働いたのが島津だけというのがなんとも言えない。
まぁ芭陸の場合、積極的に村に調査に向われると返って問題が起こりそうなのだが。
「さーて、これで全員合流だな。んじゃ、今日は休んで体調を万全にすっかぁ」
「‥‥情報収集しても全てハズレというのがまたなんとも言えませんね‥‥」
「仕方あるまい。あとは現地で調べるしかないだろう」
「前回は醜態を見せちゃったから今度こそあんな失敗はしたくないわ。肝心な時に歌えなくて何がバード‥‥!」
「ヴァージニア殿、あんまり気負いすぎんほうがいいと思うぞ。誰にでも失敗はあるもんだ。うん」
その日、一行は村に泊まり、翌日の夕方に森へと向う。
森の入口にたどり着いた時には、すでに夕日が山に隠れようとする寸前であった。
「日が沈みきる前に森に入ってしまいましょう。夜になる前に外にいたら入れなくなっていましたでは話になりませんし」
「暑い夏には、冷や水に氷。そして怪談話ってね♪ ちょっとわくわくするよ♪」
「あらあら、威勢がいいですわね。その元気がいつまで続くでしょうか♪」
「脅かしというわけでもないんですよね、ステラさん?」
「えぇ、そうよ。ベアータさんも気をつけてね‥‥私だって、入った次の瞬間に錯乱するかも知れないんだから‥‥」
やがて、世界を夜の闇が包む。
果たして、今回、薄至異認の森で一行を待ち受けるものとは―――?
●新たな怪異と
一行が森に入り、夜になった瞬間。前回もそこら中から聞こえてきた読経がその合唱を開始した。
ヴァージニアが一瞬びくっとしたが、今はまだ大丈夫なようである。
「これが噂の読経か。‥‥って、なんだこれは。白と黒の宗派の経を混じり合わせてるのか‥‥?」
「どういうこと?」
「いやぁ、八輝招の権利を使って我が弟(?)の井茶冶を呼んだんだ。あいつは黒の宗派だろうから、黒の宗派の経について教わったんだが‥‥この読経、二つの宗派の経を掛け合わせて一つの経にしてるんだなこれが。俗な言い方をすれば灰色の新興宗教ってところか」
「‥‥随分と古い新興宗教もあったものです。それより、ここに留まっていても始まりません。進みましょう」
山王の言葉に頷きあい、一行は歩を進める。
あいも変わらず遠近感や空間の常識を無視した視覚情況の森だが、植物に詳しいステラが案内役を買って出た。
以前覚えた木々の配置で、謎の木造建築まで一気に向う‥‥‥‥はずだったのだが。
「う、うわー‥‥なんか、常に読経に付きまとわれるって思った以上にいい気分じゃないね‥‥(汗)」
「だーから言ったろ。ん? 待てよ‥‥人気のない森に木造建築‥‥ってこたぁ、俺の『シマ(ナワバリとかの意)』にしてもいいってことだよな!?」
「こ、こんなところにですか? 読経やら目玉の大軍やらが出てくるようなところには住みたくありませんが‥‥」
「‥‥? ステラ、本当に例の屋敷に向っているのか? 俺にはそうは思えないんだが」
「‥‥わかる? おかしいわね‥‥この道で間違いないはずなんだけど。‥‥まさか‥‥成長した? 森自体が僅かながら成長したから、空間の歪みも変化したというの‥‥!?」
歩けども歩けども同じような景色の連続で、一行に目的地が見えてこない。
付け加えると、今回はまだ例の目玉が出てきていない。
ただ、読経と‥‥もう一つの『ある違和感』が一行を包み込んでいた。
「くしゅん! あらあら、風邪でもひいてしまいましたかしら♪」
「ふむ。そういえば私も、先ほどから何やら背筋がゾクゾクするのですが‥‥」
「私も‥‥。もしかして、寒いのかしら‥‥?」
ユナ、島津、ヴァージニアの言葉で、全員がその寒気を自覚する。
以前来た時は全然気にならなかったのだが‥‥これはいったいなんだろうか?
恐怖による寒気と言う感じではなく、気温が低くなった時に感じる悪寒と言ったほうが正しいかもしれない。
しかし、今は7月。夜とはいえ、底冷えするほど寒い地域柄ではないはずなのだが?
『おや、気付いていなかったので? 薄至異認の森が発動してから、ずっと気温が下がり続けていますよ』
「そーいうことは早く言え! つか、なんだそれ! このまま行ったら凍死するなんてこたぁねぇだろーな!?」
「それも困るが、芭陸、ヴァージニア殿を背に乗せてやってはくれまいか? 夜の森を歩きながら効果的に歌うのは難しい気がする。エルフのお嬢さんだから、そんなに重さもない。得体の知れない森を効率的に歩きたい訳だが、どうだろう」
『お断りです。刃鋼姉さんのお願いだから仕方なく参加はしていますが、ヒトを乗せる義理なんてありませんね』
「そう言わんと。女性に乗ってもらうというのもわりとオツなもんで‥‥ってみんな白い目で見るのはやめてくれんかの」
「‥‥女人は、魔物、女人は魔物、はっ、二人も女人がっ!」
「さりげなく錯乱してるわね、山王さん‥‥」
『言っておきますが、寒さは薄至異認の森とは関係ありませんよ。この術に寒さなどと言う付随効果はないはずですからね。ついでに目玉も関係ありません。例の木造建築は‥‥関係なくは無いでしょうがね』
やがて、ようやく謎の木造建築を発見した一行であったが‥‥その状況は散々たるものであった。
まず、再び目の大軍が姿を現し、一行を見下ろしはじめた。どうやら木造建築に近づくと出てくるようだ。
そして迷ってしまったが故に体感温度がどんどん下がり、たまたまバックパックに防寒服を入れていた草薙でさえ、寒気は本人を直接襲うため、すっかり体温を奪われてしまっていた。
刀などの持ち物は冷えていないことから、この寒気は生物の中から沸き起こり、体温を奪い去るもののようである。
「私も伊達に歌の技術を磨いてきた訳じゃない、今度こそ負けないわ。メロディー‥‥皆の心が恐怖に負けないように。何より自分の為に。寒さにも恐怖にも、負けられない‥‥!」
ヴァージニアの歌のおかげで、一行は山王が軽く錯乱してすぐに戻った以降、誰も恐怖に負けていない。
心に響くヴァージニアの想い。それが、空気のように心の隙間から侵入してくる恐怖に立ち向かう勇気をくれる‥‥!
そこで不思議なのは、屋敷の灯りが見えてそこに近づくにつれ、急激に寒気が無くなっていったこと。
つまり、森の外側では時間が経つに連れて極寒の地のように感じられるが、中心部の木造建築の辺りにくると寒さは薄れるが目玉が現れ、見下ろされると言うことになる。
「寒さに耐えかねた行方不明者が中心部に向かい、目玉に怯えて屋敷に助けを求める‥‥か。合理的といえば合理的だな」
「ごめん‥‥正直、甘く見てたよ。寒い中での読経とか、想像以上に恐い。僕、こんなに足が震えたことなんてなかった‥‥」
「これはきつい。冗談が出てこなくなるくらいきつい。こりゃあ錯乱もしようってもんだなぁ‥‥」
「とにかく、ようやくここまでたどり着いたわけです。今回はこの屋敷の周辺を調べるのが目的なわけですから、後の後始末に生かすためにも念入りに行きましょう」
琥龍、草薙、八幡、島津。
森の木々や草、岩などは、例の意味が分からない視覚状況で更に恐怖を煽る仕様になっているが、何故かこの木造建築は至って普通に視覚できる。
いや、塔とか二階がある時点でかなり不可思議な様式の建物だが、他に森にある物たちに比べると、見るだけなら普通。
一行は5人5人に分かれ、それぞれ右回りと左回りで屋敷の周りをぐるっと回ってみることにした。
だが、これが思った以上に大きい。
前回来た時は一部分しか見られなかったわけだが、さながらどこぞのお大臣の屋敷のようにも見える。
しかし、誰かの家であるという可能性はないという結論に行き着いた。
「‥‥厠がありませんでしたね。というか、まず塀がないのがおかしいです」
「ついでにいうと離れらしき物もありません。居住するには不向きかと思います」
「あらあら、私、縁側がない日本のお屋敷なんて初めて見ましたわ♪」
「そうなんだよな。一階も二階も、入口以外に入れそうな場所が見当たらねぇ。窓はあるが、人が入れる大きさじゃねぇし」
「私も日本の建築様式に詳しいわけじゃないんだけれど、これは明らかに異常よ。どっちかって言うと‥‥そうね、私の故郷、イギリスのお城に近いみたい」
「そうね‥‥規模から言っても、木造の城って言ったほうが正しいかも。まぁそれだと、古代に滅んだ術があった時代にこんな建物が作られた理由とか手段とか、新たな疑問が湧くけれどね‥‥」
山王、ベアータ、ユナ、伊東、ヴァージニア、ステラ。
そう、この木造建築には入口になりえる場所が一つしかない。
裏手で鉢合わせた一行は、入口に戻りながらああでもないこうでもないと論議したが、不明な点ばかりが上がる。
わかったことは、この木造建築が全長1Kmを越える奥行きを持っていることと、どうやら亀甲形‥‥つまり、正六角形の形をしていることの二点。
こんな建物、現在の日本を探しても他のどこにもあるまい。
と、そんな時だ。一行はある違和感に気が付いた。
何かが足りない。いや、誰かがいない‥‥?
それに気付いた瞬間、一行の背中に悪寒が走る。
「緊急点呼! 1!」
「2だ」
「3です」
「‥‥4です」
「5だぜぃ」
「6よ」
「7だよ」
「8ですわ♪」
「9ですね」
「10じゃよ〜」
なんだ、全員いるではないか‥‥と一行が思ったのも束の間。
足りない。芭陸が、足りない!
「そ、そういえば芭陸さんは入口付近で待ってるって‥‥! あれも単独行動ってことになっちゃうの!?」
「あんにゃろう、まさか逃げたってわけじゃあ‥‥ねぇよなぁ、あの性格じゃ」
「ではどこに‥‥。まさか?」
ベアータが入口を見てみると、押すタイプの二枚扉で構成されていた、これまた日本の建築には似つかわしくない玄関(門なら普通なのだが、玄関となると妙なのだ)が開いているではないか!
芭陸の大きさでも充分通れる大きさなので、彼が入った可能性は充分あった。
「あらあら、芭陸さんたら勝手なことを。まぁ、びくびくしながら建物の周りを調べまわるよりは好感触ですけれど♪」
「おまえだけだ、そんな風に考えるのは。ステラ、追うか?」
「不本意だけれどそうしましょう。芭陸さんを見捨てるわけにもいかないわ‥‥!」
実を言えば、全員の心中に中を見てみたいという欲求はあった。
しかし、様々な怪異が渦巻くこの森の中心部たる建物だけに、躊躇していたのは事実。
仕方なくとはいえ、芭陸の後を追って建物内部に侵入することになった。
『おや、お早いお着きで。わざわざ付いてこなくてもよかったのに』
「そういうわけにもいかんじゃろ。というか、なんだこの建物。内部はまた珍妙じゃのー」
「入口に伽藍堂‥‥!? これはこれは、本当に日本の建物かどうか怪しくなってきましたね‥‥」
「‥‥そんなことより芭陸さん、今日はもう帰りましょう。日が長いこの時期、内部で時間を取られると夜が明けます」
「万が一建物の消失に巻き込まれて私たちが行方不明になってしまうと、ミイラ取りがミイラですからね」
『やれやれ‥‥さっさと事件を終らせて安息を取り戻したかったんですが。仕方ない、帰るとしましょうか。しかし、次回はこの建物内で数日過ごすくらいの気でいていただきたいもので』
そんな簡単な問題ではないことを芭陸は理解していない。
ともあれ、一行はすぐに建物を脱出、帰還する運びとなったのである。
新たな怪異。そして、日本のものと思えない木造建築の様式。
やはり、最終的には建物の内部を探るしかないのであろうか―――