【五龍伝承歌・肆】芭陸の決断

■シリーズシナリオ


担当:西川一純

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:9 G 95 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:07月29日〜08月04日

リプレイ公開日:2007年08月04日

●オープニング

世に星の数ほど人がいて、それぞれに人生がある。
冒険者ギルドでは、今日も今日とて人々が交錯する―――

 謎の木造建築を調査した冒険者たちが戻ってきて、冒険者ギルド職員の西山一海は早速報告書を作成した。
 しかし、報告書には決められた字数と言うものが定められており、冒険者たちが見聞きしたもの全てを書き連ねてしまうと、あっという間に規定の容量をオーバーしてしまうのだ。
 と、一海の嘆きを連ねても仕方がないので、前回の報告書で書ききれなかったことを補完しよう。


 待機組みと分かれた探索組みは、建物に入ってから真正面方向にある、一番大きな道を進んだ。
 芭陸もなんとか進める広さの道ではあったが、それでも縦長の配置にならざるを得ないのが少々不安であった。
 探索組みの面々も壁などを叩いてはみたのだが、やはり木の癖に妙に硬く、破壊にはかなりの労力と力が必要と思われる。
「‥‥不合理にも程がある。材質にはこの際目を瞑るとして、これが遥か昔に建てられたものだなどと到底認められん」
「同感です。それに、あまりに小奇麗過ぎます。誰かが掃除しているのでしょうか」
「こんなところの後始末をするとは、どんな方でしょうね。少なくとも人ならざるどなたかなのでしょうが(苦笑)」
 そんなことを喋っているうちに、一行は開けた場所に出た。
 いや‥‥開けすぎた、と言った方がいいだろうか?
「‥‥なんですか、これは。底が見えない‥‥?」
「ふ、深ぇぇぇっ! おいおい、なんだよこれは!? こんな大穴を室内に拵えんのが西洋風なのかよ!?」
「そんなわけありませんわ。まったく、そんな頭の悪い発想が出てくるなんて、よほど色んなものが足りないのですわね♪」
 そう、一行の前に現れたのは巨大な縦穴であった。
 緩やかな螺旋を描く下へと続く通路が、まるで地の底にまで続くかのように伸びており、他にも一階部分の奥へと続くように見える通路も別に存在する。
『‥‥ふむ。底の方から僅かながら妙な気配を感じますね。それに、これは‥‥死臭‥‥?』
 芭陸の言葉にぎょっとする6人。
 一同は頷きあい、下へと続く通路の調査に向うことにした。
 しかし、そこからが長い。途中でいくつものドアを見かけたが、いちいち調べていてはキリがないと、最初の2つ3つで見切りをつけてただひたすらに下を目指すことにしたのだが、それでも終点はまだ見えない。
 他のもそうとは限らないが、開けたドアはどれも質素な小部屋になっており、特に目ぼしい物は見つからなかった。
 しかも、現在歩いている通路には柵がない。うっかり足を踏み外せば、奈落の底へ真っ逆さまである。
「しっかし、辛気臭ぇ場所だぜ。妖怪どころか鼠一匹いやしねぇ」
「‥‥それに、下に行けば行くほど嫌な予感がしてきます。空気の対流があるのか、ステインエアーワードを使っても特に何も情報が得られません‥‥」
「どうやら幻術の類でもなく、実際に下への道が続いているようです。ブレスセンサーにも私達以外の反応はありません」
 もうどれくらい降りただろうか。確実に下っているとはいえ、変わりばえのしない景色に、一行がうんざりして久しい頃。
「はて? みなさん、あれはなんでしょう?」
 松明を掲げ、穴の方を凝視する後始末屋。
 光量が足りなくてよく見えないが、穴の途中‥‥つまり空中に人が浮いているようにも見えた。
「‥‥! 人、だ。いや、『人だったもの』と言った方が正しいか。あれは‥‥どう見ても死んでいる」
 なんと、巨大な穴全てをカバーするように、巨大なザルのような形状の荒縄が張り巡らせてあったのだ。
 十メートルは下にあるその荒縄には、パッと見だけでも十人分以上の腐乱死体が散乱している。
 這い上がろうと最後まで努力し、力尽きたのであろうか。縦穴の壁に面した部分に特に多くの死体が見られ、中央に大の字になっているものもいるなど、まさに阿鼻叫喚の地獄絵図であった。
「あらあら、個人の性格がよく出ていますわね。自分が上から落ちていたらと思うとぞっとしますわ♪」
「いっそ落っことしてやりてぇよ、俺ぁ‥‥」
「気持ちは分かるがやめておけ。まだ下があるんだ、進むぞ」
 空を飛ぶ手段があるならまだしも、普通の人間がここに落ちたらまず助からない。
 緩慢に、静かに‥‥飢餓と孤独が忍び寄り、縄の上で息絶えるだろう。
 そして、更に地下へと進んだ一同は、ようやく螺旋状の下りの終点に辿り着く。
 松明の灯りだけが頼りの6人に対し、そこはかなりの地下にもかかわらず、またしてもだだっ広いホールであった。
『‥‥これはまた。随分と悪趣味な部屋だ‥‥』
「あん? よく見えねぇけど、なんかあんのか?」
『あぁ、足元に気をつけたほうがいいですよ。死体の仲間入りをしたくなければね』
「‥‥は? っとぉっ!?」
 何か硬いものを踏んで足を滑らせるチンピラ。
 どうやらこの部屋はすり鉢状になっているらしく、丁度チンピラの数歩先から特に傾斜が酷くなっていた。
 すんでのところで後始末屋が手を掴んで引っ張り上げ、事なきを得たが‥‥。
「‥‥こ、これはまた‥‥えげつないですね‥‥!」
 中央部には、直径5メートルほどの穴。すり鉢状の部屋の終点がそこなのだが、その周りには夥しい数の白骨が転がっていた。先ほどチンピラが踏んで滑ったのもその欠片だ。
 十や二十ではきかない数の白骨。それが、摩擦係数によってなんとか穴に落ちないで山となっている。
 つまりは、さっきの荒縄で出来たザルに引っかかっていた腐乱死体が、時とともに風化し、白骨化すると網目を抜けてこの部屋へ落っこちてくるのだろう。
 そして新たな白骨が落ちてくることにより、摩擦係数に負けた白骨が、蟻地獄に喰われる蟻のようにずり落ちる。
 どう控えめに見ても、この部屋や先ほどまでの巨大な縦穴は、この穴に白骨を落とすために作られた物にしか見えない。
 一行は叫びだしたい衝動を必死に耐えるが、顔面から血の気が引いて足が震えることまでは誤魔化せなかった。
「どうやら更に下があるようですね。あちらにある通路が下に向うものでしょうか」
「‥‥一旦戻るか。これ以上は全員で当たった方がいいような気がする」
「さ、さんせぇー。つかよ、こいつはマジでやばいぜ。この建物作ったやつはぜってぇまともじゃねぇ。この分じゃ待機組みにも何があるかわかったもんじゃねぇぜ‥‥!」
「芭陸さん、現時点で何か分かることはありますか? 随分と降りましたが‥‥」
『‥‥妙な気配がかなり強まっていますね。瘴気と言うか、黄泉の国の臭いと言うか‥‥。ま、小生は死んだことがないので確証はありませんが、一度嗅いだ事がありますよ』
 その時の臭いの発生元は、封印されるためにこの地へ連れてこられたときに出くわしたモノ。
 即ち、黄泉人から漏れ出ていた気配なのだそうだ―――

 かくて、紆余曲折はあったが冒険者たちは生還した。
 地の底に何があるのか‥‥また、地上部分にもまだ秘密はあるのかわからぬまま。
 確かなことは、黄泉人が関わっていること。
 まさか、この地方に逃げ込んだ黄泉人‥‥十七夜が絡んでいるのであろうか―――?

●今回の参加者

 ea1442 琥龍 蒼羅(28歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea1774 山王 牙(37歳・♂・侍・ジャイアント・ジャパン)
 ea2765 ヴァージニア・レヴィン(21歳・♀・バード・エルフ・イギリス王国)
 ea3210 島津 影虎(32歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea4301 伊東 登志樹(32歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea5062 神楽 聖歌(30歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5414 草薙 北斗(25歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6526 御神楽 澄華(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1422 ベアータ・レジーネス(30歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)
 eb2898 ユナ・クランティ(27歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

斬煌 劉臥(eb1284)/ ぱふりあ しゃりーあ(eb1992)/ イシリシク・ローレミファ(eb4772

●リプレイ本文

●昔語り、その2
 丹波藩南東部、件の森。
 もう何度目かの侵入ではあるが、相変わらず一行の雰囲気は重い。
 何度来ても慣れない中心部への道のりが、一行のテンションを大幅に下げていた。
「‥‥んでよぅ、前の話しの続き‥‥ありゃ、どうなったんでぃ? ‥‥まぁ、前はからかって、ワルかったがよ。中途ってのも気になっちまうからな‥‥」
「そうね。できれば聞かせてくれると嬉しいわ。ツラいなら無理にとは言わないけれど‥‥」
 伊東登志樹(ea4301)とヴァージニア・レヴィン(ea2765)を始めとする一行は、今回も芭陸に昔話を求めた。
 前回、話を聞くのに集中していたせいか、木造建築に辿り着くまでに錯乱した人間がいなかったというのも勿論あるのだが、純粋に続きが気になる者が多いようだ。
 芭陸はしばし考えてから、いつものかったるそうな口調で答える。
『‥‥まぁ、あそこまで話したわけですから別に構いませんがね。ただし、この前みたいに冗長になっても困るので、少し端折りますが悪しからず』
 そして、早々に芭陸の語りが始まった。

 なんとか『その日』に梨句が住んでいた村に辿り着けた芭陸は、恐怖に慄く村人の中から梨句を探した。
 しかし、芭陸にはいまいち人間の区別が付けられない。
 老若男女すらも上手く判別できないので、髪が黒くて長い人間を探したのだが、一向に見つからない。
 焦燥感だけが募り、じわじわと嫌な予感が身体に染み渡っていく。
 そんな時、芭陸は近くの山の方角から、こちらに近づいてくる精霊の気配を感じた。
 気配の大きさから言えば、自分とほぼ同等の存在。それが、どんどん近づいてくる。
 やがて姿を現したのは、やはり自分と同じ大蛇であった。
『なんじゃおぬしは。ワシの縄張りに無断で入り込むとは、最近の若いやつは礼儀を知らんようじゃの』
『それは失敬。しかし、小生は別にあなたと争いたいわけではなくてね。ちょっとヒトを探しているだけです』
『ほほう、大蛇がヒトをな。珍しいこともあるもんじゃて。まぁいい、今日は年に一度のめでたい日じゃ。大目に見てやるから、気が済んだらさっさと失せい』
『‥‥それはどうも』
 精霊同士による、精霊にしか分からない言語での念話。周りの人間には聞こえもしないだろう。
 やがて、村の広場に今年の生贄が連れてこられる。
 そして芭陸は、自分の不安が的中してしまったことを知る。
 後ろ手に縛られ、広場にへたり込んでしまったのは、長い黒髪のヒト。
 区別は付かない。梨句の顔もよく憶えていない。しかし、あのヒトが梨句だという確信が芭陸にはあった。
 梨句の方も、この場に芭陸がいることを知って驚いているようだ。
 彼女に近寄ろうとした芭陸だったが、もう一匹の大蛇に体当たりを受けて弾き飛ばされてしまう!
『ワシの餌に手を出すでないわ!』
『ぐ‥‥申し訳ないんですがね、あのヒトを食べるのは止めていただきますよ』
『小童がぁぁぁっ!』
 村の人々には迷惑極まりないが、大蛇二匹の取っ組み合いというのはそうそう見られるものではない。
 何故自分がヒトのために戦わなければならないのかはわからなかったが、芭陸は生まれて初めて必死に戦ったのだ。
 しかし、体躯は上回っているとはいえ、芭陸には圧倒的に戦闘経験が足りなかった。
 今まで戦ったことはおろか巣の外に出ることも珍しかったのだから当たり前だが。
 場慣れした大蛇の攻撃に対処できず、芭陸は地面に転がされてしまう。
 芭陸がもう動けないと踏んだ大蛇は、悠々と梨句を喰らうために向き直る。
 ある意味、芭陸は負けてもいいと思っていた。自分が戦っているうちに梨句が逃げてくれれば‥‥と思っていたのが、その願いが叶えられることはなかった。
 梨句が逃げ出さないよう、村人が数人で取り押さえていたからである。
『ば‥‥馬鹿な‥‥なんで逃がしてやらない!? 同じ人間が喰われるのを推奨するとでも言うんですか‥‥!?』
『ククク‥‥当然当然。これがヒトの当然の行動よ。おぬしもよく覚えておくがいいぞ、若造』
 その時、最後の力を振り絞って、梨句が村人の戒めを振りほどく。
 いいぞ、そのまま走り去ってくれ。そう思った芭陸の願いは、またしても叶えられなかった。
 梨句はなんと、芭陸の身を案じてか芭陸に駆け寄ろうとしたのである。
 それは当然、もう一匹の大蛇に近づくという意味でもあり‥‥。
 じゃぐっ‥‥。
 そんな音がした後、梨句の姿が消えた。少なくとも芭陸にはそう見えた。
 手を伸ばし、芭陸に駆け寄ろうとしていた少女の下半身だけが、無残にその場に倒れ伏す。
『あ‥‥ぁ‥‥』
 名前が、出てこない。自分を芭陸と名づけてくれた少女の名が出てこない。
 理解できない言語だった上、半分上の空で聞いていたことが、悔やんでも悔やみきれなかった。
『う‥‥うあぁぁぁぁぁぁぁっ!』
 その時、芭陸の中で何かが切れた。
 周辺の精霊力を急速に取り込み、爆発的な力を得る!
 そして芭陸は、突如授かった角とCOでもう一匹の大蛇の頭を串刺しにして殺し、村をも壊滅させてその場を去った。
 ふらふらしながらもなんとか自分の巣に帰ったあとは、ただただ泥のように眠りについたのだった―――

『‥‥やれやれ、結局長くなりましたね』
「いやはや‥‥なんというか、壮絶な過去ですね‥‥」
「なるほどな‥‥それでお前は、人間などどうでもいい存在だと認識したわけか」
「‥‥自らの保身のために同属を生贄にする‥‥ですか。耳の痛いお話です‥‥」
「まぁまぁ、美少女がまた一人、世に知られないうちにお亡くなりになっていたんですね。残念ですわ♪」
「えっと、笑顔で言うことじゃなくない?(汗)っていうか論点がおかしいような‥‥」
「芭陸さん、気を落とさずに‥‥」
「例の建物です。今回も錯乱者を出さずに済みましたね」
「芭陸様‥‥私は慰めの言葉はかけません。ただ、その梨句様の想いだけは、理解してあげてください‥‥」
 順に、島津影虎(ea3210)、琥龍蒼羅(ea1442)、山王牙(ea1774)、ユナ・クランティ(eb2898)、草薙北斗(ea5414)、神楽聖歌(ea5062)、ベアータ・レジーネス(eb1422)、御神楽澄華(ea6526)。
 各々思うことはあれ、今は木造建築の調査が先である。芭陸の話が長引いた分、急がねばなるまい。
 しかし、芭陸に二度にわたって昔話を語らせた意義は、後々大きく響いてくるのである―――

●闇の底へ
 かくして、一行は木造建築に侵入し、前回探索組みが見つけた巨大な縦穴へと足を向ける。
 一行の中には魔よけのお札を手にした者が多く、これが意外にもかなりの効果を発揮しているらしい。
 内心の恐怖がかなり軽減され、何もないところでいきなり錯乱ということはなくなるだろう。
 倉庫行きが多いお札や元来の性格等、つくづく意外なものが大きく助けになる場所である。
 それはさておき、縦穴に辿り着いた一行は、前回放棄した扉も調べつつ下へ下へと降りていく。
 総じて小部屋のようになっている扉たちは、まるで生活臭が残ってない。
 ベッドや布団はおろか、椅子一つなく‥‥たまに朽ち果てたロープや錆付いたナイフが落ちていたくらいである。
「まぁまぁ、この教会(?)を作った方は、なかなか良いご趣味をしてらしてるようですね〜♪ まあ、私ならもうちょっとアレをああしてあんな感じにして、アソコはもっと大胆にこうイクようにして、最期は‥‥」
「‥‥妙に卑猥に聞こえてしまうのは私が邪だからでしょうか‥‥」
「わざとだろう。おまえのような反応をするやつを見て楽しんでいるだけだ、牙」
「何が? ねぇ御神楽さん、ユナさんなんかおかしいこと言ってる?」
「わ、私に聞かれましても‥‥!(真っ赤)」
「ばっきゃろー、北斗! てめぇ、その歳になって『ボク子供だからわかんなーい』みてぇなツラしてんな!」
 慣れと言うものは恐ろしいものである。魔よけのお札のおかげで恐くない状態が続くと、どうしても雰囲気が緩む。
 ヴァージニアが歌う楽しげなメロディーも相まって、この薄気味悪い木造建築の中でコントが繰り広げられていた。
 途中、例の人の形を留めた怨霊と数体出くわしたが、難なく撃破して一行は更に下へ。
 地獄の笊こと大穴に仕掛けられた網目状の荒縄の場所を苦々しい顔で通り過ぎ、擂鉢状の部屋へ到着する。
「随分降りましたね‥‥まだ下があるんでしょうか」
「そのようです。ステインエアーワードが使用できないことからも、中央の穴やあちらの通路から風が流れてきていることがわかりますので」
「ふむ。風が吹いてくるならさらなる空間がある可能性も高いということですか」
「前回はここで危ねぇ目に合ったからなぁ。みんな、気をつけろよ。部屋の真ん中辺りは急激に傾斜が酷くなってんぞ」
「わかったわ。気を引き締めていきましょう」
 と、ヴァージニアが言った直後に不測の事態が発生する。
 まさか、そこまで。こんな状況でそんな行動を取るやつはいまい。
 そういう常識は、マイペース過ぎる人間には通用しない‥‥。
「あらあら、持病の癪が♪」
「なっ‥‥!?」
 ふらふら、どんっ。
 わざとらしくよろけたユナが、琥龍にぶつかってその身体を部屋の中央へ突き飛ばしたのだ。
 きつい傾斜と、足元に散乱する夥しい白骨のせいで、踏みとどまれない‥‥!
「ちぃっ! ふざけろ‥‥!」
「あら? あらあら‥‥!?」
 咄嗟の判断でユナのひらひらした服を掴んだ琥龍は、ユナを道連れにして白骨の山に突っ込み‥‥穴に落ちた。
 他の面々はただ呆然とするしかなく、暫く間何が起こったのか理解できなかったという。
「じょ‥‥冗談じゃねぇぞ、バッキャロー! 落ちたらどうなるんだよ、この穴!?」
「いけません! 助けに参りましょう!」
「Fブルームが役に立ちそうだね! ヴァージニアさん、僕たちは穴から二人を助けに行こう!」
「え、えぇ‥‥ちょっと不安だけれども‥‥」
『では小生も穴から行きましょう。通路の方は小生は通れなさそうなので』
「ふむ? 芭陸殿の様子が少しおかしいというか、何時もとは違う雰囲気の様な気がします。思い過ごしならそれで良いのですが、くれぐれも無茶はなさらないでくださいね」
『‥‥大丈夫ですよ。妙なことはしません』
「‥‥全ての謎の解は、最深部に有ると思う。俺たちは通路から下へ向いましょう」
「分散するのはよくないと思いますけれど‥‥仕方ありませんものね」
「残念ですがそう簡単にはいかないようです」
 ベアータの台詞で通路の方を見やると、奥から例の怨霊がぞろぞろ現れるところであった。
 一刻の猶予もならない一行は、草薙、ヴァージニア、芭陸を穴に向わせ、残りの面々で強行突破を図る!
「邪魔をしないでください! このままでは、琥龍様たちが‥‥!」
「つったって一人は自業自得だがナー。おらおら、あんたらみたいな被害者、もう出したくねぇってんだよ!」
「油断しないでいきます」
「‥‥神楽さんは、もう少し積極的に行動された方が良いかと思いますが‥‥」
「いやはやまったく、いつになくきつい後始末ですね‥‥」
 思いもかけず分散することになってしまった一行。
 果たして、闇の底へと飲み込まれた琥龍とユナの運命は―――?

●黄泉の空間
「‥‥‥‥う‥‥。ここ、は‥‥?」
 目を覚ました琥龍は、一条の光もない闇の中にいた。
 幸いにもバックパックを背負ったままだったので、手探りでランタンを探し当て、火を灯す。
 すると、自分の真下には茶色がかった硬い絨毯。
 そう、琥龍たちは白骨の山の上におり、それがクッションになったから助かったとも言える。
 ランタンの光では天井が見えず、かなりの高さから落ちたらしい。身体に鈍痛が残っていた。
 ふと見れば、横には服の乱れたユナが気絶している。まぁ琥龍が服を引っ張ったからなのだが、彼女の服は脱げ安い。
「‥‥目の毒だ」
 自分の陣羽織をユナにかけてやろうとした丁度その時、ユナが目を覚ます。
「あらあら、琥龍さんたら大胆ですのね♪ でも、お世辞にもムードのある場所じゃないのが残念ですわ☆」
「‥‥埋めるぞ」
 ちょっと本気で殺意を覚えつつ、琥龍は陣羽織を羽織り直す。
 改めて見回してみると、ここは何かがおかしい。ランタンの光が届く範囲全てに白骨が見える時点で異常なのだが、それ以外にも妙な点が多々ある。
 まず、妙に息苦しい。それに、空気が淀んで紫色に見える。
 身体に鈍痛がなければ、死んであの世にいると言われても納得してしまいそうな雰囲気だ。
「これが芭陸が言っていた、黄泉の国の臭い‥‥というやつなのか‥‥?」
「その通り。まぁ、擬似的なものだがね」
『!?』
 あらぬ方向から聞こえてきた、琥龍でもユナでもない声。
 ランタンの光の範囲に、声の主が踏み込んでくる‥‥!
「貴様‥‥十七夜‥‥!」
「ほう‥‥木鱗龍の時にもいた男だな。こんなところまで追ってくるとはご苦労なことだ」
 黄泉将軍、十七夜(たちまち)。想像していた最悪の事態が現実のものになった瞬間であった。
 十七夜は足元の白骨が割れる音を楽しむようにしながら、ミイラのような顔でにやりと笑う。
 出口も分からぬ真っ暗闇で、人数が二人。圧倒的に不利である。
「擬似的なものとか仰ってましたけれど、どういう意味でしょうか♪」
「ククク‥‥ここは我等黄泉人が遥か昔に作り上げた、人間で言う湯治場のようなものだ。人間の恐怖や無念、怨念を文字通り骨の髄まで搾りつくし、地下空間に擬似的な根の国を作り上げる。傷を癒し、更なる力を得ることもできるのだ。もっとも、利用できる期間が不定期なのが珠に瑕だがな」
「合点が行かない点がある。何故地上部分が西洋の教会じみている? ここは日本だぞ」
「その昔、戯れで隠れジーザス教の人間を飼っていたことがあってな。この簡易根の国を作る礎にするために大量の人間が必要だったわけだが、何、宗教と言うのは人身操作しやすくて助かるものだよ。さて、これ以上の時間稼ぎはさせん。一人ずつ、確実に‥‥骸の仲間入りをさせてやる―――」
 十七夜が手を振り上げると、暗闇で何かが動く気配。
 巨大な蜘蛛のようなシルエットを持つ妖怪‥‥牛鬼!
『なるほど、そいつがここの番人ですか。手を焼きそうですね』
「何!?」
 大音響と共に、芭陸が天井から落ちて来て器用に着地する。
 直後、草薙とヴァージニアがFブルームに乗って現れた!
「あいつ‥‥十七夜!?」
「二人とも、一人ずつ乗って! 一旦脱出するから!」
「しかし、芭陸はどうする?」
『小生なら御心配なく。いざとなればアースダイブで逃げますので』
「なら安心ですわね♪ 光の速さで一足お先です☆」
 かくして、琥龍とユナは離脱する。残されたのは、芭陸のみ。
「ククク‥‥魔法を使う暇があると思うなよ‥‥!」
『‥‥‥‥』
 果たして、芭陸は無事逃げられるであろうか―――