【影の舞踏会】 罠
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■シリーズシナリオ
担当:まれのぞみ
対応レベル:1〜5lv
難易度:難しい
成功報酬:2 G 45 C
参加人数:6人
サポート参加人数:3人
冒険期間:07月14日〜07月19日
リプレイ公開日:2007年07月22日
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●オープニング
「そこまで! 神妙にお縄につくんや!」
ジュネ・パープルの叫び声がパリの夜空に響くと笛がかき鳴らされ――隊長殿の戦争時代の江戸土産だそうだ――あたりに散っていた部下たちが集ってくる。
橋の欄干に立ち、剣をふるっていた少女たちの手が止まった。
「いちだんと今宵は、着飾っているわ」
ランタンに照らされた娘たちの姿は、かなり乙女ちっくな――そして、かなり趣味的な――格好である。ともに、つばの広い帽子をかぶり、網目の装飾もほどこされたドレスには、ひらひらのついたスカートが揺れている。
誰がデザインしたのか、あまりにも非現実的すぎるし、決闘をするには不似合いすぎる。そんなドレスを身に着けた少女たちが、かのマスカレードのごとき仮面で目元を隠しているのだ。
「かわいそう‥‥やな――」
心底、ジュネは思わざるを得なかった。
最近、パリで多発する少女たちの決闘と、それにともなう殺人事件。
現在でもはっきりとした原因は不明ではあるが、だんだんと事件の輪郭ははっきりとしてきた。
身柄を確保した少女たちがいる。
すでに日もたち、かなり強烈な洗脳であったが、しだいに記憶をおぼろげながらも戻してきている娘たちもいる。彼女たちのつたない証言から推測するには、なにやら賭け事の対象として戦わされているらしいのだ。
そして、その賭けに金を投じているのは、街のちんぴらや、パリの暗闇にうごめく住人。なげかわしいところでは、由緒ある貴族や中には騎士の中にささえも、その賭け事に没頭している者もいるという。
「なんにしても、あんたらの身をこちらで確保させてもらう!」
腕をふるって、部下たちをとびかからせた。
ひとりは、その身を確保。
あと、ひとり長い髪の少女を――にやり。その口元に微笑を浮かべたかと思うと、その姿が、消えた。
いや――
「セーヌ河に飛び込んだんや!」
ジュネは、舌打ちをした。
水がはねる音がして、騎士たちが、あわててランタンの灯がとうとうと流れるセーヌの川面を照らすと、深夜の河は黒々とした流れを静かにたたえていた。
「なんなや!?」
「死ぬ気だったかな‥‥?」
部下たちが騒ぐ。
明朝にも河を調べるしかないだろう。
「ジュネさま!」
「なんや?」
遅れてやってきたやってきた部下が敬礼をする。
「さきほど、付近で怪しい男――といっても、私も知っている、情報屋と称する街のちんぴらなんですがね――を捕まえたところ、このようなものを持っておりました」
「これ‥‥は?」
※
報告を聞いた紫隊の隊長は、その紙を手にした。
「賭博の案内なんのよ。――の夜に、パトス子爵の屋敷。合言葉は死者には死者の挨拶あり‥‥って、趣味の悪い合言葉やわ。でも、なんで貴族の屋敷なん? パトス子爵といえば、宮廷でもそれなりに名声もある、それなりの家柄なんしょ?」
「宮廷での名声というのはふるまった金の量に比例するものなのだよ。とりわけ秀でた才があるわけでもなければな」
あいかわらず上司の口は悪い。
「それに、金が欲しくて、あるいは金に困って賭博場になっている貴族の屋敷など、めずらしくないものだよ。戦後何年というが、それはかつての秩序が壊れ、それが新たに作られている過程だということの言い換えにしかすぎないのだからね。だから、没落していく名家もある。それを王の罪だと糾弾するのならば、甘んじて受けるしかあるまい。すべてを誰もが望むようにかなえることができるほど、我々は万能ではない。そして、そういう下地があるからこそ悪魔どものつけいる隙になっている‥‥現状になんの不安もないのならば、ノストラダムスの言葉がこれだけ世の中を騒がせたりはせんよ」
いつになく饒舌になった隊長は、やれやれとため息をつく。
「まあ、愚痴はここまでにしておこう。それで、対応はどうする? パトス家の屋敷に踏み込むか?」
「そうしたいのやまやまなんやけど‥‥」
踏み込むにはもってこいだ。
「だが、もしもということもあるからな」
「そうやねん。ちがう部屋に踏み込んで、その隙に逃げられでもしたら目もあてらへん。誰かを先にもぐりこませて案内にさせないといかんわな‥‥まあ、なんにしても、まがまがしい雰囲気の事件だったのにふたを開けてみれば、たんなる賭け事だったんやな」
そう言って、騎士団よりも自由度の高い冒険者に屋敷にまず侵入してもらい、その夜のうちに本隊を屋敷の中へ導いてましょう――と計画を練りながら、部屋を出て行った。
「さて、本当にそうかな?」
残された男はつぶやいていた。
「もしも、ただの闇賭博だけだとしたら、あの聖女の奇跡になんの意味があったのだというのかな?」
●リプレイ本文
「奥方‥‥さ‥‥――」
そこまでいいかけてジェラルディン・ムーア(ea3451)は、顔を手で押さえながら、その容姿にふさわしい屈託のない笑い声をあげた。
「あら、ジェラその笑い方はなにかしら?」
髪をかきあげながらジュヌヴィエーヴ・ガルドン(eb3583)が鏡の前でふだんとはちがった表情で顔をしかめてみせる。
その日の彼女の格好は、ふだんの聖職者らしい質素な格好ではなく、肩と背中は大きく裂かれ、肌もあらわな絹でできた赤いドレスだ。それに、ふだんとちがった形にまとめた短めの髪には東洋風のきらびやかな装飾品を挿し、目許や口許には鮮やか朱が引かれている。それに、ふだんでは吸うことはない黄金の煙管で煙をたなびかせる姿は、まさに人生に飽きた貴族の奥方様である。
そんなジュヌヴィエーヴが鏡の前を離れると、こんどはユリゼ・ファルアート(ea3502)が姿見の前に立って、くるりと一回転。くすりと笑った。
「本当はメイドより執事が性にあっているんだけどな」
ひらひらのついたスカートの両裾を持ちながら、さらにもう一回転。軽やかにスカートの端が揺れ、黒い衣装の上の白いエプロンと頭の上では同じ色のカチューシャがちょこんとおすまし。
こう見えても彼女、シャルロットの王子様とか男装執事なんていう称号を貰っている。自分でもそんなボーイッシュな格好が好きなのだが、いやいや、女の子らしいメイド姿もなかなかさまになっている。
騎士団の方でわざわざ最近パリで評判の店で買に走らせた――誰の趣味ですか?――という衣装をあれやこれやと着替えながらの衣装合わせ。
やれやれ――
そんな表情を見せながらすこし離れた場所では、壁にもたれかかりながら天津風美沙樹(eb5363)が、女の子に戻った仲間たちを横目で見ていた。ただ、そんな風に孤独を気取ってみたところで、今日の彼女の髪には天使の羽をかたどった髪飾りがある。
きれいなひとは美しく、そうでない人はそれなりに‥‥まあ、なんにしろ「化ける粧い」と書いて化粧である。男に言わせれば女は化けるものであるし、潜入捜査の為とはいっても、そんな楽しみは女性陣の特権であるのかもしれない。
ささやかな憩いのひとときを終え、招待状を手に陰謀のまっただなかへと向かうことにしよう。騎士が化けた従者の操る馬車に乗って貴族の屋敷へと入っていく。
屋敷の前は馬車がごったがえしていた。
なんでも、今晩は子爵の屋敷では別のパーティーがあるのだという。
「パーティー?」
四人が顔を見合わせていると、屋敷から誰かがやってきた。
執事だろうか。
品のよさそうな老人だ。
「今宵は、どんなあいさつをなされにまいりましたか?」
奇妙な問いに、ジュヌヴィエーヴに耳打ちされたユリゼが小さな声で応えた。
「死者には死者の礼儀あり」
主人に暗号を聞いてユリゼが応じる。もしかしたら、その声がうわずってしまうから主人ではなく、なれていない小間使いが緊張しているのだというアリバイ工作をしてみたのだ。はたして、勘付かれたろうか――男はにっこりと笑った。
「お遊びでございますか」
表情にこそ出さないが、全員が心の中で、ほっと息をついた。
ここで偽の客であることがばれたら元も子もなし。せっかく立てた計画は水の泡。こんどはジュヌヴィエーヴが有閑マダムを演じてみせる。
「そうよ。案内してくださる?」
「こちらへ――」
「リゼ、ジェラ行きましょ」
いかにも高慢な奥方さまという物言いで命じて、三人は馬車を降りる。そのさい、貴婦人に従者が手をさしのべたのは、従者に化けているのが親衛隊の人間であるからだろう。そして、それがいかにも当然といった態度でジュヌヴィエーヴがその手をとる姿といったら‥‥なんにしろ、あまりにも似合いすぎるジュヌヴィエーヴの態度に、あいかわらずジェラルディンが笑いをこらえるのに苦労しかけているようであった。
もっとも、笑い声をあげかけてはユリゼに背中を抓まれ、苦笑をしかけては笑顔のジュヌヴィエーヴに足をふまれてしまってという道中になってしまったが。
屋敷へ入ると、にぎやかな一角がある。
パーティーをやっているのだろう。
(「なるほどね――なんの情報もなしに入ってきたら、にぎやかなパーティー会場に迷い込んで恥をかくし、貴族がらみの問題になって以後は簡単に近づけなくなるわけだね。ちょっとした罠だな。ま、何とかなるでしょう」)
――いまの天津風の心に語りかけてきた声は誰のものだったのだろうか?
天津風は、こまったな調子で頭をかいた。
「どうしたん?」
あの晩の女とは他人のそら似だという騎士のジュネが問いかけてくる。
ふたりは‥‥というよりも本隊である騎士たちは、子爵の隣にある某貴族の屋敷を接収して仮の本部としていた。
「風がね‥‥語りかけてくるのよ。今宵は、どんな夜になるかってね――」
そういって天津風は口許に微笑を浮かべた。
その頃、執事に案内され、三人の屋敷の奥へと進んでいた。
幾つもの角を曲がり、時々、なぜか無人の部屋を突っ切り、そして、あきらかに同じ場所も何度か通り過ぎていく。一生懸命、足取りをおぼえているつもりだが、はたして案内もなしに戻ることができるのか不安になってくる。それに、あまりに殺風景な部屋がつづき、頭がなんだかぼんやりとしてくる。
そして、最後に階段を下ると、鉄でできた重い扉があった。
男が扉を叩くと、のぞき穴から誰かが見る。そして、男の顔を確認するとようやく地下の賭博部屋が姿をあらわした。
一歩足を踏み入て、ユリゼが顔をしかめるた。
(「ろくでもないわね‥‥」)
彼女の毒薬知識が告げる。
その煙っているものは、大麻の葉を乾燥させたものである。いかがわしい界隈にでも行けば、どこにでもあるような物ではあるが快楽の為に吸っていいものではない。だされた飲み物を口にしないジェラルディンの用心深さはたいしたものだが、そんな用心でどこまでもつのか‥‥ユリゼは不安となった。
「なにか生気がないよね」
そして、会場にいる覇気のないメイドたちから実りのない情報収集を終えると、その不安はいよいよ大きなものとなってきた。
なんともいえぬ、漠然としたもやもや――
その原因があらわれた。
「おや? これは、はじめて見かける方ですな。なにゆえ、わが屋敷にいらっしゃいましたかな?」
「最近、例の下らない預言のせいで、周りが皆びくびくしていて、遊びに付き合って下さらなくてつまらないです。お陰で暇を持て余して‥‥退屈しのぎですわ」
ジュヌヴィエーヴが、今回の賭博の主人だというパトス子爵にあいさつをした。
すでに、この男については次のような情報を得ている。
「パトス子爵について調べたんだね。どうも、最近、彼は占いにこっていたらしいのだね。それでも、よく出入りしていたのがブロア公爵の屋敷というのがよくわからないね。それに、そこの公爵夫人にもいれこんでいたらしいのだよ」
その名前を聞いたときのジュヌヴィエーヴの顔は、まるで悪魔の名前を耳にした聖職者のそれであったと、まわりにいた仲間たちは証言している。
そして、その女と、この男は懇意であり、あるいは心酔すらしているともいう。貴族というよりも、気難しい魔法使いという風体の冷たい目をした男だ。
まわりの死んだような目の人間ばかりの中では、一段とその鋭い輝きが印象的なものとなる。
そして、子爵は口を開いた。
「そうでございますか。残念ながら、少女たちによる決闘は終わってしまいましたよ。せっかく、皆様に喜んでもらい、それに、あの方の望んだような娘を見出すことができましたのに‥‥それに、他の賭け事をして遊んでいっていただきたいのですが、あいにく時間がございませんのでね――」
「時間?」
「ええ。あの愚かなる王を亡き者とする為に! 栄えある悪魔王朝誕生の為に! 死者には死者の礼儀あり――と唱えた者たちには栄えある死の抱擁を!」
子爵は指を鳴らした。
「死者の礼儀作法もできぬまま、わが屋敷にやってきた者たちには死者の礼儀を教えてやれと、あの方にも言われている! そして、お前たちも仲間にしてやろう! その美しき姿を永遠のものとしてな――」
冒険者たち一行は全員で、ため息をついた。
こういう男はいるものだ。
自信過剰で、身勝手で、女はそれこそ装飾品かなにかのように思っている、まあ、ひとことで言ってしまえば下衆である。
だが、その自信には彼なりの根拠のあってのことであった。
「なに!?」
気がつくと、あたりの様子が一変していた。
いや、いままで見ていたことこそが幻影。
「せっかくのドレスが!」
「せっかくのメイド服が!」
せっかくの一張羅を爪で引き裂かれ、女たちの悲鳴があがった。
まわりの客やメイドたちは皆、ズゥンビだったのである。
どうやら、この部屋まで単調な道のりや、暗い部屋、ユリゼの気がついた麻薬の香り。それらは、すべて軽い催眠をかけ、幻影を見せるための準備でもあったようなのだ。
「ご苦労なことだね!」
ジェラルディンが抜刀した。
相手がズゥンビならば手加減などいらない。
ジェラルディンが剣をつきおろすと一体のズゥンビを叩ききる。つづけざま、剣を横にしてふるうと、あたりにいたズゥンビたちの胴体が叩き斬り、首を吹き飛ばすころころと首が転がっていくと、その先には壁のように群がるズゥンビの群れと扉があった。
「さて、道を開くよ!」
ジェラルディンが咆哮をあげて、ズゥンビの群れに突っ込んでいった。
しかし、いかにジェラルディンの勇気と覇気、それに技術がズゥンビのそれを遥かに龍がしていたとしても多勢に無勢である。
「どうやら、この賭けは私の勝ちですな」
「あら、まだカードはありますわよ」
それでもまだジェラルディンがマダムの演技をつづける。
「カード?」
「ええ――!?」
その声がするやいなや、救いの手がさしのべられた。
「親衛隊や、神妙に‥‥し‥‥って、あれ? ズゥンビ?」
またも隊長の土産だという十手を片手に、勇ましく駆けつけた騎士のジュネは惚けたような表情に一瞬だけなった。しかし、状況はわからなくとも目の前の現状は把握したらしく、部下たちに抜刀して突入するように命じた。
「相手はズゥンビや容赦などいらんわ」
かくして状況は一変した。
数は多くとも、ズゥンビはズゥンビ。用意万端、士気最高、そんな騎士団の敵などであろうはずがない。
なんにしろ、これはジュネの背後に、ちらりと姿を見せた上品ないでたちのピエール・キュラック(ec3313)の功であったが、ここまでくるには涙、涙の話がある。ふだんはともかく、任務中は口数の少ない男は、最初から一行に加わっていたのだが、唯一の男子だというのが不幸のはじまりで、女の子ばかりの化粧室――着替えシーンもあるよ♪――には、当然、丁寧かつやさしくお尻を蹴られて追い出され、いっしょに来たら怪しまれるという自然な判断で馬車には乗せてもらえず、偵察なんだからと隣の屋敷からは早々に出て行く羽目になっていたため、いままで登場するチャンスがなかったのである。
床の下の力持ちとは、得てして、こんなものであろうが‥‥まあ、時にはそんなこともあるさ!
「さあ、情勢は逆転ね」
天津風が刀の先を子爵に向けた。
子爵は、身をひるがえし、逃げようとする。
「おっと――」
さえぎると、男は壁際に追い込まれた。
きょうの彼女は足がすこしだけ早い。
「ちょっとした功徳なのよね」
髪飾りがきらりとかがやいていた。
しかし、男にとっては、それが目的であった。
子爵の手が壁の一箇所を叩くと、壁が横に動いた。
「あッ!?」
騎士たちが声をあげる。
そこには河に落ちたはずの娘がいたのである。
いや、あったという方が正確なのだろうか。
喪服にも似た黒い、華美なまでに飾り立てられたドレスを着せられ、椅子に腰掛けている。そのまぶたは閉じられ、まるで人形である。
「剣よ!」
子爵は叫んだ。
少女が目を開け、傍らにあったレイピアを手にした。
「幾多の決闘によって育て上げてあげた暗殺者よ!」
子爵がなおも叫ぶ。
ジェラルディンが、彼女を止めに走る。
少女が手にした剣を砕き――
いや、黒髪の少女の、それが狙いであった。
強力な技を使ってできた隙。その隙を狙って、少女が駆けた。突然、床に穴が開く。少女がその穴に消えた。
「行けよ! 行け! 王に死を! 美しき薔薇よ!?」
冒険者に取り押さえられた子爵は、なおも狂ったように叫ぶのであった。