志道に心指す  三

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:12月13日〜12月24日

リプレイ公開日:2004年12月21日

●オープニング

「道志郎殿、見事に当たり籤を引かれましたな。糸を手繰り、悪謀を潰すことに成功すれば、大きな名声を得られましょう」
 那須での事件から数日の後、再び仲間達は道志郎の呼び掛けで集まっていた。ギルド・那須藩ともにこのことを報告することは避け、件の若僧は道志郎の判断で下野のとある村に預けられることとなった。口止め料などで路銀の多くを使うこととなってしまったが、それでも冒険者達の活動が活発な那須城下に置いておくよりはずっと良い。執拗な調査の末で遂に大きな手がかりを得た一行の士気は高い。江戸より北北東へ向けて下野へ、一行は秘密裏にこれから更なる調査へと臨む。
「ああ。ようやく尻尾を掴んだんだ。無論、逃がさず捕まえてみせるつもりさ」
 次の目的地は那須の城下町からは北西に当たる街、往復で11日足らずの距離だ。とある宿場町にあるその寺からは、事前の調査では過去数年にわたって死人は出ていない。つまり。
「時間がない。おそらくそうしない内に、この寺で『自殺者』が出る筈だ」
 一連の噂から洗い出された『自殺者』の出た寺の共通点。それは下野を北西から南東にかけての帯状に広がっているということ。謎の獣の獣毛から辿ったバーニングマップもその宿場町のある方角を指し示している。二つの手掛かりの交差したその地で、おそらくは、悪謀によりこれから一人の僧が命を落とす。
「だが、これはまたとない好機でもある。是が非でもこの剣で悪謀を絶たなければ」
(「‥‥場合によっては。僧や仲間の命と、己の志とを秤に掛けねばならない時もあるだろうな。その時は‥‥」)
 ふと陰りを見せた道志郎。その彼を仲間の一人が諌めて言った。
「武士に生まれた以上、士道を貫くのは当然のこと。その上で私益を追求せぬ限り、名をなす前に野垂れ死ぬだけですぞ」
 折りしも、那須藩は鬼騒動の収拾に向けてギルドと共に反撃の機運を高めている時だ。もしもその裏で何かが水面下で進行しているのだとしたら、那須勢はその後背を突かれる形にもなり兼ねない。打撃を受けてからでは、体勢を立て直そうにも最早手遅れということもある。
「無論。名もなき侍のままここで命を落とす気はない。誇りと志を貫き、この機を得て己を世に問うだけだ」


 目的地の宿場町へは徒歩で5日。馬や驢馬を使って短縮すれば、数日は滞在できるだろう。出発日現在、その街で事件があったという話はない。
 これまでに手にした手掛かりは断片的で、そして余りに少ない。
 下野の北の外れの寺で住職の死の前に文が届き、そしてそれは失われたということ。その寺の周辺で見つかった獣毛と、那須で遭遇した虎の姿をした獣人。その獣人に襲われた若僧が残した『喜連川』『トラ』という言葉。寺からは一人の僧侶が行方を晦まし、獣毛から辿ったバーニングマップの道筋は、寺が地図上に形作る北西から南東へ伸びる1本の帯の上で交わった。そして、最後に命を絶ったとされる僧侶が死の間際に残した思念――1本の線とそこへ斜めに入った切込みが描くいびつな十字。
 那須の鬼騒動の裏で誰にも知られずに進行するそれが計算ずくなのだとしたら、敵はおそろしく狡猾だ。口封じを仕損じた若僧と、そこを目撃した道志郎たちをこのまま放っておくとは考えにくい。だが事件を那須藩へ報告せず早々に江戸へ戻った一行を敵は捉え切れてはいまい。感知しているとしたら、もっと早くに動いているからだ。
「おそらくは、敵は我々に見つかってほしいとどこかでは考えている筈だ。その、油断を突く」
 秘密の一端を知った若僧の所在を知るのは道志郎たちだけだ。そして那須藩にもギルド那須支局にも寄らず道志郎個人の側についているこちらの動向を敵は正確には掴めていない。そこだけが唯一、一行が優位に立っているところなのだ。もっとも、若僧を預けた家の者には秘密にするよう言い含めてあるが、どれだけもつかは分からない。決着に向けて動き出した那須藩と鬼騒動の情勢を見ても時間はそう残されていないだろう。そして事件の背後に透けて漂いだした華国妖怪の臭い――。
 手にし得た手掛かりを元にどれだけ事の真相に迫れるかが今試されている。

●今回の参加者

 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0889 李 焔麗(36歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3988 木賊 真崎(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6940 アルカス・アルケン(45歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8802 パウル・ウォグリウス(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

佐竹 康利(ea6142)/ 片桐 惣助(ea6649)/ 桂照院 花笛(ea7049)/ マリス・エストレリータ(ea7246)/ クゥエヘリ・ライ(ea9507

●リプレイ本文

 若僧を匿った家へは数人の仲間が護衛につき、いまだ意識の戻らぬ僧の回復に当たっていた。報せが入ったのは、調査を切り上げて江戸へ戻る期日を前にしてのことだ。
 その朝、那須中を足で回って文献調査に当たっていたアルカス・アルケン(ea6940)が村へやって来ると、寺へ向かった木賊真崎(ea3988)らと落ち合う筈だった家の様子が何やらおかしい。怪訝な表情でアルカスが歩調を速めると表へ顔を出した鋼蒼牙(ea3167)がそれを見止めて手招きする。
「大変なことになったぞ。作戦は失敗だ」
 情報は、宿場町へ向かった御影涼(ea0352)の従者が昨晩夜通し早馬で駆けて今朝早くに伝えてくれたもの。
「敵にどれだけの情報を知られていたのかも、具体的なあっちの状況もまだ不明だ‥‥ここも危ないかもしれないな」
「さて、とりあえずは我々に出来る事をやるとしますか。考えるよりも今は行動ですよ」
 細かい事は後から考えればいい。それが現実的な判断だ。アルカスに言われ鋼もすぐに行動に移った。
「そうだな。ここは直ぐに引き払おう」
 仲間達が若僧を外へ運び傷を労わりながら馬へ乗せる。何が情報の露見に繋がるか分からない。薬草や用心のため筆記に使った紙類等も焼き払い、そこを後にする。ふと鋼が村を振り返った。
「‥‥何が動くか。何が始まるか‥」
 或いは。
「――何が終わるか」

「な、何が起こったん!?」
 自殺のあったと噂されていた寺を回っていたグラス・ライン(ea2480)が漸く宿場町へ辿り着くと、朝から町中が慌しい。
「何で、‥‥‥‥何で寺が焼けとるん‥?」
 目的の寺はほぼ全焼していた。街の者を呼び止めて聞いてみると、昨晩深夜に出火して消し止める間もなく焼け落ちたのだという。
「何でも火元は焼身自殺だと。寺で自殺なんてよ、世も末だな」
 調査に当たっていた李焔麗(ea0889)らの安否が気になる。この緊急事態、隠密として街へ潜入している筈の榊原信也(ea0233)らから接触があっても良さそうだが、その気配も見られない。普段から暗い顔など見せないグラスだが徐々に表情が不安で陰り始める。行動を共にしていた同郷の知人がグラスの手を引き、呆然とする彼女を荷車を引かせた驢馬の元へ連れて行く。彼女に手を引かれながら、グラスの口から小さく呟きが漏れる。
「何が起こったんや‥‥なぁ、何があったん??」


 ――前日夜。
「年の瀬の斯様なせわしい時期に此度の御手数、かたじけない」
 疾うに日も暮れた頃になって門を叩いたその青年は旅の学者であるという。
「此方への紹介状を出して貰っていたが‥」
「おお、例の手紙はあなた様の‥‥。これはこれは。ささ。どうぞこちらへ」
 和尚が男を招き入れて奥へ案内する。
「それにしても珍しい。今宵はまたなんと来客の多いことか」
 夕飯時ということで部屋には客人達が揃っていた。それに寺の者が数人。部屋へ足を踏み入れると皆の視線が男へ集まった。内の若い女が男へじっと値踏みするように注意深く視線を向けている。男がそれに気づくと、彼女は品のよい微笑みを浮かべて返し、恭しく会釈をした。
「こちらは華国から旅をされてこられたと言う武闘家の方」
「まだ修行中の身ではありますが、武を志す者として進むべき自らの『道』を見極めるため、旅をしております」
 和尚から紹介された彼女は流暢な話し口で語った。その隣には旅の途中で酷い怪我を負ったという男。陽気な風だが席の脇に置かれた刀からただの旅人ではないことは分かる。
 そしてその奥、部屋の隅の席には学者風の若い男。この国の者にしては珍しい碧の眼が静かに、そして注意深く男の挙動を窺っていた。射抜くような鋭い眼差しを青年は隠すようにしてすぐに背けた。油断ならない。何者だろうか。
 だが男の思考はそこで中断された。和尚が下座に座っていた二人組の若い女性を続けて紹介した。
「それからこちらが――」
「冒険者のイリス・ファングオール(ea4889)と言います。よろしくお願いしますね」
 ぺこりとお辞儀したイリスは黒髪黒目だが彫りの深い相貌から異国人だと分かる。連れはシフールという珍しい二人組だ。
 この日、この晩、寺には彼らが集った。この僅かに数刻の後に、この寺で誰かが『自殺』を遂げる――!

 夕餉が終わり、客人達もそれぞれに部屋へ戻った。寺の夜は早い。一室に案内された男も早々に支度を済ませ、床へ入る前に彼は中庭へ散歩に出た。
 遠くに街の喧騒が聞こえるが境内は静かなものだ。だがまだこの寺も寝静まってしまったと言う訳ではない。なるほど、今日は客人の多い日なのだ。客間の一室から灯りが漏れている。先ほど油断なくこちらの様子を窺っていたあの男の部屋だ。こんな遅くまで何をしているのだろうか。耳を済ますと微かに話し声のようなものも聞こえる。
 唐突に今度は襖の開く音。咄嗟に男が息を潜めると、別の部屋から誰かが廊下へ顔を出した。先程イリスと名乗っていた娘だ。娘は連れの女と共にそのまま彼の前を通り過ぎ、和尚の部屋へと入って行った。
「あの、遅くに済みません」
 突然のことに驚きながらも和尚はすぐに着衣を正しイリスを迎え入れた。
「江戸を襲った百鬼夜行の残党の事で話したいことがあるんです」
 那須に忍び寄る暗い影についてをイリスは語り始めた。全ては一見してバラバラのように見えて、だがどこかできっと繋がっている。それは微かな細い糸で、今は目に見えないけれど。
「もし妖怪の目的が鬼の国を封じた結界を壊す事なら、皆で世間体とかばかり気にしている場合じゃないです。何か知ってる事があるなら、どうか教えて下さい」
 イリスは深々と頭を下げた。
「那須では今も沢山の人が鬼と戦っていて、手柄や名誉も大切かもしれないけど‥‥皆を助ける事は、きっともっと大切な事です」
 顔を上げたイリスの表情は真っ直ぐで、どこか眩しい。和尚はそっと目を細めた。
「まだお若いというのに、大変な使命を負っておられるのですな」
 ふっとそこへ柔和な笑みが浮かぶ。
「残念ながらこの愚僧は何も知りませぬが、出来る限りにお力添え致しましょう」

「確かに何かが見えてきた‥‥だが、未だ我等を覆う闇は遥かに大きい」
 密かに寺を窺っていた風守嵐(ea0541)がその人影を見つけたのは九つ時も過ぎた頃だ。
「何事も細心でなければ見える物も見えぬ‥‥表で動く者達が先走らなければ良いが」
 よぎった不安を嵐は無理やり押し込めた。寺を窺う様に姿を見せたのは那須で消えたあの青年僧侶だ。
「彼が何者で、何処に繋がっているのか」
 それを、必ず見極める。
 男は周囲を窺うとすぐに踵を返し、やがて街を離れ街道近くの林へと入って行った。その背を嵐が追跡する。那須に入って以来、嵐は常に忍びとして影の内に動いて来た。深く静かに、敵にも仲間にさえ気取られぬ様に。
(「な‥‥ッ」)
 その呟きは血と共に漏れた。
「‥‥なぜ‥だ‥」
 振り向きながら力なく斃れた嵐は背後から胸を貫かれていた。不意を突かれたそれは深手。視界が暗く明滅し、一気に意識が遠くへ押しやられる。物の怪達の声だけが聞こえる
『まだ息があるな』
『おい、一撃で殺ンじゃなかったのかよ』
 策を弄し敵を窺う者は己がまた覗かれているということを知らねばならない。見るとは同時に誰かに見られることでもある。敵もまた、待ち構えていたのだ。
『まずは一匹!』
(「‥まずい‥皆が、危な‥」)
 その時。一筋の煙が立ち昇ったかと思うと、その場で小さな爆発が獣達を襲った。
『な、何だ!?』
 煙が晴れた時には嵐の姿は形見の一片すら残さず跡形もなく消えていた。
『最期に一矢報いようと自爆したか。忍びとかいう奴だな』
『掠り傷にもなんねぇ。ナンてことねーな』
 暗闇の中で二匹の声が言い、やがて、消えた――。

 夜半になって寺では密かに動き出す者がいた。遅くまで起きていたあの碧眼の男だ。足音一つ立てず歩く男の手には刀。暗がりに惑うことなく一室へ忍び込む。旅の武闘家の部屋だ。
 部屋には寝息を立てて女が眠っている。男が枕元へ膝を突き、片手を刀へ掛ける。
「!」
 刹那、双眸を見開いた女――焔麗は、男へ向けて拳を叩き込んだ。
「‥しっ」
 その彼女の口を押さえて男は唇へ指を当てた。
「‥‥俺だ。夜中に若い女の部屋に忍び込むのも‥また、その‥‥アレなんだがな」
 焔麗の拳は男の喉元一寸で止まっている。焔麗は拳を収めて起き上がった。
「木賊さん」
 それに返して学者風の若い男――真崎が苦笑を噛み潰す。
「さっき部屋で信也から連絡があった。夕餉の折に現れた学者と名乗る男、そいつが部屋を出たきり戻ってこない」
 皆よりも早く寺についていた真崎は偽名を使って潜入し、あの男の動きを探っていた。罠を張り、敵の裏をかく為に。
「‥木賊さん」
 もう一度彼の名を呼んだ焔麗の顔が強張っている。彼女の顔を濃く影が覆っていた。障子の向こうで炎が揺れ、振り返った真崎の顔を赤く照らした。
「‥‥馬鹿な、いつの間に‥」
 遠くで悲鳴。イリス達の声だ。争う音、痛みを伴う叫び。既に敵も待ち構えていたのだ。飛び出した真崎だが火の勢いが強く彼は身を退けた。油でもまかれたか、回りが早い。瞬く間に寺は炎に包まれた。
(「和尚の身が危ない、仲間達も‥‥いや、まさか、自殺するのは――」)
 炎に照らされて焔麗が悲壮に眉を寄せる。
(「自殺するのは、私達だった――!」)

「和尚さん!」
 障子を突き破って飛び込んで来たそれはまるで竜巻のようにイリス達を薙ぎ倒した。
『‥‥ンだよ、俺も仕留め損ねてンじゃねーか』
 虎の姿をしたその男は総毛立つな冷たい眼差しでイリスを射竦めた。それは獲物を狙う肉食獣の眼。男の後ろでは和尚が喉から血の泡を吹き出して転がっている。手負いの彼女に立ち向かう術はない。
『チッ‥‥まあイイや』
 獣が爪を振り下ろしたその時。
「‥‥ったく、こんなことになっちゃ隠れてる意味もねぇか」
 屋根裏から飛び出した信也が忍者刀でその一撃を阻んだ。
「ほっとくわけにもいかんしな。折角今日くらいは忍者らしく影から影へと動くつもりだったんだが‥‥」
 隙を突いて刀で押しやると、間合いを取り仲間を庇いながら再び刀を構える。
「行け、イリス」
 そこへ異変に気づき仲間の一人も刀を手に駆けつけ、イリスの手を引きその場から逃げ出す。
「頼んだぞ‥‥」
『クソッ!』
 獣が異国の言葉で舌打ちした。
「何言ってるのか知らねぇが‥」
『くたばり損ないのひ弱猿が。今度こそひき肉にしてやるよ』
「俺の言葉が分からねぇなら、まあそれもいいぜ」
 イリスの足音が遠くなり他に誰も聞く者もいなくなるのを確認すると、信也は呟くように口にする。
「殺させるかよ。あいつらは俺の大切な仲間なんでな」
 剣撃。不意を突いた一撃の後、すぐに身を引き反撃をかわす。頃合を見ると信也は跳躍し中庭へ飛び出した。そのまま塀へ飛び移り外へ逃れる。
『‥チクショ‥‥逃がすかよ!』
 獣もすぐさま後を追って塀を飛び越す。信也が唇に意地の悪い笑みを浮かべた。
(「‥‥追って来たな‥‥」)
「榊原の言っていた通りこの小路に現れたな!」
 飛び降りた着地の瞬間を突いて塀に潜んでいた刺客が飛び出した。被っていた三度笠が風に飛ばされ、そこへ現れたのはパウル・ウォグリウス(ea8802)。
「――汝、貫け!!」
 飛び込み様に剣を振るい両者が交錯する。重みを乗せた一太刀は確かにパウルの手元に手応えを残した。続けざまに、背後に回っていた涼と道志郎が止めの剣を放つ。だがその攻撃はいともたやすく返り討ちに斬って落とされた。
『ンだよ‥‥』
 武人の誉れである小武神の名を預かる程の剣客の彼だが、一行の中で一番の手練をしても獣には傷一つつけることはできなかった。
 魔法の使い手であるアルカスやグラス、また武闘家の焔麗がいれば或いは――。それこそが彼らの敗因であろう。個の力が連携を成すのではない。寧ろ連携こそが個の力を引き出すのだ。
 辛うじて矢撃が獣を牽制し、それ以上の攻撃を阻む。虎は騒がしくなってきた表通りへ忌々しげに視線を移した。
『‥‥クソッ‥命拾いしたな』
 土産にパウルへ袈裟懸けの一太刀をくれてやると、そして獣は闇に消えた。


 懸命の消火活動にも関わらず、寺は全焼した。真崎と信也の活躍もあり辛うじて全滅は免れたが損害は甚大だ。
「やれやれ。今に始まったことでないが難儀な話だ」
 一行は街を離れ、街道沿いの村で合流を果たしていた。仲間達の怪我を癒しながらパウルが苦笑する。得られた手掛かりは切れ切れで、闇は反って濃さを増すばかりだ。
「点を線へ、そして面へ‥‥」
 まだ痛むのか傷を押さえながら涼が呟いた。何かを掴みかけている、それは確かだ。
「なあ、霊的な拠点は龍脈や鉱床ラインに多いのは常やけど、この道にも何かあるんやろか?」
 辿った来た寺院の道をなぞりながらグラスが荷車の上で頬杖を突く。北西から南東の自殺者の帯‥‥歪な十字‥‥。
「!」
 涼が飛び起きて地図を掴み取ると、そこへ斜めに線を書き入れた。覗き込んだ皆の顔が興奮の色を帯びる。
「待って下さい」
 割って入ったのはアルカス。そこへ更にもう1本の線を書き加える。なるほど、どちらを主軸にするかで十字の向きは全く変わってしまう。それどころか副線の始点を決めねば傾斜も覚束ない。
「話は変わるが」
 真崎の調査ではあの寺にもやはり『手紙』が届いていた。差出人の名は狐川。グラスが那須の寺々を回った所、その幾つかでは消えた若僧と年恰好の近い青年が出入りしていたことも分かっている。
「狐といえば阿紫、虎もまた華国の生物そして。‥禍は西より来る、か」
「いえいえ、早計はいけません御影さん。私の調べた所、土地の者は与一公の家名である喜連川を『きつねがわ』と呼ぶこともあるそうです」
 集めた情報の詰まった頭をアルカスが叩いて見せながら言うと、鋼が肩を竦めて見せた。まだまだ考えることは多そうだ。
「真実に迫るか‥‥さて、それができるかな」

 所で。ここで一つある疑問が残る。
 寺を脱出する際、仲間の一人が「虎の獣人」を指定してムーンアローを放ったが矢は術者に返った。僧を襲った虎は射程外に逃げた後だったかもしれない。では、あの学者を名乗った男は一体‥‥?
『あれほどきつく言っておいたのに仕留め損ねるとは』
 焼け落ちた寺を遠巻きに眺める姿があった。
『まあイイでしょう。今からではもう止められない』
 それは昨晩の男。男は踵を返すとやがて路地の影に消えた。気のせいだろうか。その時暗がりにちらりと見えた気がした尻尾は‥‥? 白い尻尾は?
 こーん、と一声。嘲笑のように。暗がりで赤く何かが光って消えた。