志道に心差す  四

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:やや難

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:6人

冒険期間:01月30日〜02月10日

リプレイ公開日:2005年02月07日

●オープニング

 那須を騒がせた鬼騒動は、昨年末に八溝山において那須軍と鬼勢との直接対決に至り、首魁・岩嶽丸の討ち死にを以って遂に収束を見た。
 藤家の流れながら地理的な影響から源徳に恭順を示しつつも独力で那須を治める喜連川家。阿紫による江戸襲撃によって武名を傷つけられた家康は下野への派兵を画策するが、鬼騒動との関連を示す確たる証拠がないため静観しつつも大義名分を窺い、一方のギルドは百鬼夜行と鬼騒動との関連性を探りながらも民間機関ゆえに両者から中立を保っている。三者の微妙な均衡の中で様々な政治的な思惑が絡み合いきな臭い空気が漂い始めたかにも思われたが、ギルドから与一公の元へ馳せ参じた蒼天十矢隊らの活躍もあり、那須藩は江戸の家康の介入を回避し独力での騒動の解決に成功した。
 ここに夏の妖狐襲来に端を発した下野を巡る緊張は緩和され、再び関東に平和が訪れた。同時に、乱に己を問おうとした道志郎の戦いもまた幕を下ろした。いま那須では戦勝の祝賀会を兼ねた温泉祭が盛大に執り行われ、藩士も領民達もみな騒動の解決を喜んでいる。動乱は幕を下ろしたのだ。

 年が明け、再び江戸のギルドを訪ねた青年の背は数ヶ月前よりは少しだけ大きくなったようだった。
「例の僧の自殺の事件か。あれはもう終わったのではないのか?」
 執拗な調査でも道志郎たちが悪謀の尾を掴むことは叶わず黒幕へ至る最後の手掛かりも失った。冒険者たちに重傷者まで出した道志郎は独力での解決を諦め、事件をギルド那須支局へ伝え、この件から手を引いた。若僧は那須の医療局へ搬送され、道志郎も江戸の藤家へ戻り、すべては終わったかに見えた。
 そして一月。再びギルドを訪れた青年は語った。暗躍する虎人の事件は鬼騒動の大勢に影響を与えることはなかった。果たしてそうか? 万事が解決して皆が安堵するなか、その裏で何かが進行しているとしたら‥‥‥??
 だが度重なる失敗と、嵩む路銀は道志郎や冒険者達を圧迫した。収入もなくては調査を続けるのは困難だ。己の志を報酬としてギルドへ依頼したそのときには何憚ることなく大胆に志を語ったその青年は今初めて壁にぶつかっていた。志だけでは成しえないこともある。だが青年にはまだ諦めることは出来ない。ギルドの者が尋ねて言った。志とは?
「‥‥‥‥だ」
「いい答えだ。それは己の道を進む覚悟という意味か?」
 侍は再び大きく頷いた。幾分か幼さを残しながらもその風貌はいつの間にか引き締まって少年のそれから一人の男のそれになっている。彼の瞳には強い光があった。
「しかし今更そんな怪しげな話では騒動の終わった那須へ向かおうなどといっても誰も聞きはせんだろうな。そんな物好きもおらんだろうよ」
 ギルドの者は渋い顔で首を横に振り、次に口元を捲ってこう言った。
「アンタみたいな若造の話に乗ってわざわざ那須まで行っちまったようなあの連中を―――――除いては、な」
 こうして再び道志郎の依頼がギルドに張り出された。那須行の支度を整えるため道志郎は用件を済ますと早々にギルドを後にした。その背は以前より明らかに一回り大きく成長していた。この数ヶ月の冒険が彼を変えたのだろうか。


 ――さて次に会うときはどうなっているだろう。


 一月前、那須へ赴く前に同行した冒険者の一人と道志郎は手合わせした。霜月祭で武名を上げ武神の名を預かった武芸者ともなればとても道志郎の及ぶところではなく軽くあしらわれはしたが、その冒険者は道志郎の姿に将来性を見た。それは別段、憐憫でもなく、またハーフエルフであるその冒険者がただ屋敷に座すのみの三男坊の境遇を自分と重ねてみた同情からでもない。
 ――立身出世を望むのだろう?
 無論、そのつもりだ。士道を貫き、だが私益を追求もせねば名をなすことはできない。このまま座していても藤家の力で人並程度には不自由のない暮らしは出来るだろう。だがそれは道志郎自身の力によるものではない。虎の衣を借る狐にはなりたくない。だが自身の力だけで一つのことをなすのが難しいことは、これまでに思い知らされたことでもある。道志郎がくすぶっている間にも、多くの冒険者達は鬼騒動の解決に貢献し名声を得ている。
 ――‥‥‥置いてかれるのが嫌なら‥‥
「分かってる。俺には立ち止まる暇もない。無論、歩き続けるさ」
 決定的な敗北から、再び道志郎は剣を取る。それは最後の挑戦になるだろう。那須はいま勝利に浮かれ、道志郎の怪しげな話に耳を貸す者など誰もいはしないだろう。手掛かりが少ないばかりか協力者すら見込めそうにもない。与一公も鬼騒動のひとまずの終結で八溝山の結界の件を含む戦後処理やそこから逃げ出した残党狩りに奔走している。道志郎もまた、黒幕へ至る唯一の機を逸し、もはや悪謀に迫る術はないに等しい。
 いまだ手掛かりも、また行く当てもなく、道志郎は再び那須へ赴く。いざ北北東、下野は那須へと。道は、どこへ続いているのか。

●今回の参加者

 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0889 李 焔麗(36歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3988 木賊 真崎(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6940 アルカス・アルケン(45歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea8802 パウル・ウォグリウス(32歳・♂・ナイト・ハーフエルフ・ビザンチン帝国)

●サポート参加者

木賊 崔軌(ea0592)/ 大神 総一郎(ea1636)/ 刀根 要(ea2473)/ キルスティン・グランフォード(ea6114)/ 佐竹 康利(ea6142)/ ヨシュア・グリッペンベルグ(ea6977

●リプレイ本文

 事前の相談では向かうべき地の確信を得るには至らぬまま一行は江戸を立つこととなった。一月三十日、旅立ちの北の空は澄み渡って青い。ただ一行の胸中だけが雲に覆われていた。それでも一つだけ揺るがぬ思いは鬼騒動を隠れ蓑に動く何者かの存在。一連の事件の目的が霊的要衝の破壊だとしたら。岩獄丸が倒れ警戒が緩んでいる今こそ、虚を突く最良の時。
(「焼け跡からも遺体は発見されず、か‥。獣人や手紙に関わる者と考えるべきだな」)
 今も与一公の下で意識の戻らぬままの若僧が残した『喜連川』の文字は例の狐川なる者を指すのではないか。木賊真崎(ea3988)の脳裏に北で対峙した男の顔が過ぎる。
「馬の準備は出来たぞ」
 榊原信也(ea0233)が仲間と馬を引いて表へやって来た。昨晩の間に手入れした乗馬には荷物が括り付けられ準備は整っている。そこへ李焔麗(ea0889)が仲間からの差し入れの携帯食を積み込んだ。いよいよ一行は四度目の那須行へ旅立つ。
 向かうは那須城下。バーニングマップもただ北を指すだけだ。敵の動きと情報収集が見込めそうな場所を絞り込めば残ったのはそこだけだった。最早手遅れ、動く手立ては何一つない。
「‥‥もし、そうだとしても」
 焔麗の瞳はまだ諦めていない。このまま終わらせはしない。
「なくしたら、また取り戻すだけです。振り出しに戻るというやつですか」
 のんびりした口調と裏腹にアルカス・アルケン(ea6940)の意思は固い。
「暗中模索、五里夢中。どうも、時期を逃がしてしまったようで‥‥仕方がありません、仕切り直しといきますか」
 但し。言い加えて彼は笑った。 
「今までよりも早足にする必要はあるかもしれませんがね」

 道中での聞き込みではもう自殺の噂は全く聞かなくなっていた。二月に入る頃には冷え込みは一段と増し、一行へ重く圧し掛かる。時折雪の降ることもあったが一行も旅慣れたもので備えは万全だ。那須城下へ到着したのは予定よりも早く二日深夜のことだった。
「それじゃあ俺と真崎さんは近辺の寺を洗ってみる。道志郎も同行頼めるか」
 名家に育った御影涼(ea0352)なら僧の信を得るのもやり易いだろう。魔法を使える真崎もついる。事が起こっても対処も易く、志士の二人は適役だ。
「滞在期間も限られている。今は各自でやれることをやるだけだ」
 鋼蒼牙(ea3167)の指摘は理に適った所だ。異を唱えるものもいない。
「グラス、神社を見に行くんだったな。一人じゃ危険だ、俺もついていく‥‥一人で迷子になられても困るしな」
「うん、助かる」
 最後だけ意地悪く冗談めかした鋼に、少し気恥ずかしそうにしてグラス・ライン(ea2480)が笑みを零した。
「寺は木賊さんらに任せて、うちは神社で結界の話を聞いてみたいんよ。もしかしたら他の魔物の話も聞けるかも知れんし」
 一行は別行動を取った。街での聞き込み残りの面子はそのまま城下で宿を取り、明けて三日。戦勝の興奮もまだ冷め遣らぬ街は温泉のお祭り気分もあって華やいだ雰囲気である。人々の気持ちも軽く、聞き込みも幾分かはやり易い。アルカスを始めとして、一行は手分けして那須の街を歩き回った。一連の争乱の間に起きた事件や、結界にまつわる民間の伝承。そして例の学者風の男の行方や僧の自殺の話。足を使っての調査が続く。
(「‥‥まあ、それで情報が得られるとは思っていませんが、目的は別にあります」)
 目立った成果はないが焔麗に焦りはない。狙いは人目を引き噂になることにある。敢えて身を人目に晒すことで敵を誘き寄せる。方途を失った前回の失敗が反ってお膳立てをしてくれている。一行の姿は手段を選ばず遮二無二に情報収集しているように見えるだろう。
 流暢な日本語で巧みな話術を操り焔麗は噂話を街へ広める。今頃は涼達も僧達に布石を打っている頃だ。敵の耳に入れば見過ごせはしない筈。噂の流布は翌日も続けられた。無為に時間ばかりが過ぎる。医療局へはイリス・ファングオール(ea4889)が若僧の見舞いに出向いているが、それももう三度目だ。進展のないままイリスはその足でまた街へ聞き込みに向かう。昼時ともなれば表通りには人も多い。
「狐川って、元は川の名前だったんですね」
 喜連川は昔、荒川を主流とする川もまとめて狐川と呼ばれていたらしい。上流に狐が住んでいたとか由来は多々あるらしいが、それをいつからか喜連川と改めたのだそうだ。成果といえばそのくらいのもので、イリスが配って回った人相書きにも反応はなく、明けて五日。滞在は予定最終日を迎えた。
 近辺の主な神社を回り終えた鋼達は小さな社まで当たったがそれも次で最後だ。
「岩嶽丸とは別の大物がおるはずやと思うんよ」
 蒼天十矢隊に知人を持つグラスは鬼騒動で結界が綻びた話を伝え聞いている。敵の狙いがそれなら、別の大物がいてもおかしくない。そう睨んで聞き込みを続けたものの、それも殆ど空振りに終わっていた。
「謎が謎を呼び、最後は闇のままにて進行‥‥そんな筋書きは避けたいものだがね」 
「寺だけ狙われとるんも変やと思ったんやけどな」
 判断を下すにはこの近辺だけでは材料に乏しい。那須全域を調べれば何か分かったかも知れないが、時間は残されていなかった。
「‥‥もう、何もできずにいるのは嫌なんだがな」
 日が傾き、西日が鋼の顔を染める。それは調査終了の合図を意味していた。


 その夜、一行は宿で落ち合い、帰り支度を前に最後の話し合いが行われた。
「‥腑に落ちん‥このまま終わるとは思えないな」
 進展は一つもなかった。涼達の成果も、狐川の由来が川の形を狐の尾に見立てたものであると話に聞いたことくらいだ。何もかもが遅すぎた。重苦しい空気が部屋を包んでいる。
「‥‥このままでは、終わらせない。絶対に」
 ふと焔麗から呟きが漏れた。それは皆の想いでもある。自然と道志郎へ視線が集まる。
「調査を続行しよう」
「分かってるのか道志郎、帰りは四日かかる。明日発たないと間に合わないぞ」
 鋼の言葉にも道志郎の覚悟は揺らがない。背水の陣だ。
「‥面倒だが‥‥乗りかかった船だ、最後まで付き合うさ‥」
 そして翌六日。予定を押しての調査が続行された。当てもなく続けた所で好転など見込める筈もない。またしても無為に一日が過ぎる。帰りの路銀も宿代に溶けて行く。焦りばかりが募る。
「上手くあちらさんが誘いに乗ってくれれば良いのですが‥‥」
 流石のアルカスも焦燥を隠せない。遂に七日も暮れようとしている。今日も成果はなくアルカスが仲間との待ち合わせ場所へ向かうと、通りには人だかりが出来ていた。雑踏に聞こえてくるのは異国の歌だ。人の輪の中で、手を胸に組んで歌うイリスの姿が見える。アルカスが声を掛けようとしたときだった。人垣を掻き分けて男が一人、その輪に入って行く。町人たちよりも頭二つほど抜けて大きい。それがイリスの前へ歩み出た。
「?」
 男を見上げてイリスが手荷物から人相書きを取り出す。
「あ、あの私、人を探してるんです。似顔絵を描いたんですけど、こういう人を知りま‥‥」
 その内の一方、仲間から伝え聞いた僧侶の人相とを見比べてイリスが言葉を止めた。男の顔にはどことなく人相書きの風貌に近いものがある。
「‥せ‥ん‥‥よね」
『‥‥よう。ひ弱猿。来てやったぜ』
 男が笑った。
「そこまでだ」
 低い声が囁き叫び、それに男が体を硬直させる。
「‥アンタの言葉は分からねえが‥‥声だけは忘れてないもんでな‥」
 男の背には手裏剣が押し当てられている。密かにイリスの護衛についていた信也だ。
「街中だからって手出しされないとは思うなよ。下手な動きをすれば――」
 肘で小突いて信也が前を指した。アルカスがすでに印を結んで身構えている。
『‥‥ったく‥ンどくせェ‥』
 素早く後ろに伸びた手が信也を掴んだ。そのまま捻り上げるように男が腕に力を入れる。強引に信也の腕を払うと男は振り返った。
『急くなよ。ちゃんと遊んでやっからよ』
 笑って言うと、男は踵を返した。そのまま雑踏へと男は消えていく。
「榊原さん」
 イリスが不安げな視線を送っている。人ごみの中でふと振り返って男が笑う。誘っているようでもある。
「敵の狙いが何かは分かりませんが、ここで逃がす訳にはいきません。二人とも、追いましょう」
 男は逃げるでもなく、三人と突かず離れずの距離を保ちながら歩いて行く。徐々に人気のない方へ男は進んで行く。そして辿り着いたのは。
「わざわざこっちの手の内に飛び込んでくるとは。たいした度胸だな」
 功徳衣で僧侶に扮した涼が刺すような視線を男へ向ける。大凧を使ったパウル・ウォグリウス(ea8802)が男の接近を捉え、川原では仲間達が待ち受けていた。前回の轍を踏まぬよう伏兵も警戒したが真崎の魔法では周囲にそれらしい気配はない。男は間違いなく単身で乗り込んできたのだ。
『今日は一人で来たようだが。狐川氏はご健勝にてお過ごしか』
 華国語で問いかけた真崎に男は少しだけ驚いた顔を見せた。
『へぇ。お前ェ言葉がしゃべれンのか。残念だったな、兄貴達はここにゃいねェよ』
 挑発的に返して男は嘲笑を浮かべた。
『ご苦労さん。今頃はあっちじゃ兄貴達が
百鬼夜行から随分たったけどよォ。結界もとっくに切れてるし。そろそろ目覚めた頃かもなあ?』
 焔麗から話の内容を聞いたアルカスの顔が徐々に青ざめていく。これまで涼が歪な十字を僧の自殺と結び付けて考える所までは至っていたが、それだけでは決め手に掛けていた。
「那須を横切るように走った自殺した僧達の線。これを江戸の百鬼夜行と結び付けて考えれば――」
 江戸をその基点に、その折に汚された社の示した方角である北東を傾きとして捉えると。アルカスの脳裏に鮮やかに十字が浮かび上がる。地図上に伸びるそれは。江戸から北北東、そこへ道は続いていた。
「間違いありませんね。敵の狙いは江戸からの地脈の流れを分断すること。地理的に見れば狙いは茶臼山近辺と見て間違いなさそうですね。おそらくそこに何かが封印されている筈。それもかなりの大物が」
 事は那須だけの問題ではなかったのだ。江戸との関連で見れば大掛かりな結界の破壊が行われていたのだ。
「真相を知った以上は、何をおいても、ここで仕留める必要がありますね」
『ああ? 何か勘違いしてねェか??』
 男が身を強張らせる。全身は毛に覆われ筋肉が隆起する。男の唇からは鋭い牙が覗いていた。
『俺がお前らを狩るンだよ』
 鋭い爪を光らせて虎の姿で男が舌なめずりする。
『兄貴達に代わって俺が始末をつけに来たってワケだ。けどよォ。あんまし兄貴達の言った通りだったんで驚いたぜ。行き場所に困った猿どもは必ず城下町に来るってな』
「下がれ!」
 仲間を庇うようにパウルが飛び出した。居合い一閃。だがその攻撃も男へ傷一つつけることはできない。パウルを援護して闘気と氷の一撃が飛ぶが男は意にも介さない。パウルを切り捨てると男は涼へ爪を振り下ろした。
『ンんなのは効きゃしねーって! まとめて始末してやンよ!』
「させないさ。お前たちの目論みはこの俺が阻んで見せる!」
 袈裟の中へ忍ばせていた抜き身の刀には闘気の輝きが煌めいていた。不意打ちの剣撃。事前に焔麗の込めていた闘気は涼の切っ先に乗って獣人の毛皮を切り裂いた。
 足を止めた所へ信也の矢撃が牽制する。その隙にパウルと涼が間合いを開け、控えた仲間がすぐさま魔法で傷を塞ぐ。
『勘違いしてるのがどっちかは聞くまでもない、な?』
 進み出た真崎の掌中に青く透き通る剣が形を取った。魔法を組み込んだ連携で臨んだ一行の備えは万全だ。
『しゃらくせえ!』
 だが野生の力は単純な身体能力だけで真崎の技量を上回る。切り結んではなお部が悪い。強引に押し切るような虎の攻撃を寸ででかわし、隙を突いて真崎が背後に回り込む。
『馬鹿が、ノロイぜ!』
 真崎が剣を打ち込むより早く、虎は振り返って真崎へ爪を振るう。
「こっちだ!」
 その背でパウルが叫んだ。真崎の手に剣はない。その剣はパウルの手の中にあった。一瞬の交錯の間に真崎が
拾いうけたのだ。注意の空白を突いた意表をついた連携。機は訪れた。必殺の気合を乗せてパウルが剣撃を放つ。だが手負いの獣は反撃を見せた。パウルの喉元へ向けて鋭い切っ先が振るわれる。
 その時だった。戦いの
を縫うようにどこからか飛んできた刃が間を掠めた。獣に傷をつけることはなかったが、一瞬の虚を突くだけで十分だった。
「もらった!」
 武神の名を預かるパウルのその剣の冴えで爪を正確に見切って交わし、後の先を取っての重い反撃。深く、深くその刃が獣の腹を切り裂いた。
『馬鹿な‥‥このオレが‥』
 虎は腹を押さえて苦悶の声を上げる。その瞳は怒りに赤く燃えていた。
『‥覚えてろ‥‥この借りは必ず返す。茶臼山だ、必ず来いよ。次こそは絶対に狩ってやる! 忘れンな!」
 虎は一際大きく吼えると飛び退ってその場を後にした。
 ふと、真崎が河原に転がった刃を手に取った。
「この手裏剣は‥‥もしや」
「真崎さん、それよりも今は那須編へ報告を。おそらく、これから那須はとんでもない事態になりますよ」
 七日の夕刻。一行はこの報せを那須藩へ届けた。北に大妖の復活の兆し有り。事は一刻を争う。だが。
「馬鹿な! 今動かずしてどうするんだ!」
 何ら物的証拠のない道志郎の報告は信憑性に欠けると判断され、翌日に日を改めて裏づけ調査が行われることとなった。だが事態はすぐに急展開を見せる。
 宿で休息を取っていた一行を与一公からの急使が訪ねたのが八日早朝のことである。七日未明、茶臼山近辺の村が突如魔物の一段に襲われ滅ぼされた。その急報が入ったのだ。事を重く見た那須藩は急遽エルフの一族から裏づけを取り、この件を玉藻復活の陰謀と断定した。一行はギルドマスターへの報告の命を受け早馬で江戸へ発つこととなった。
 ここに、那須の動乱、その真の幕が明けたのである。


「戦勝気分に浮かれ、緊張感が失われている今の那須は正に天の時だったという訳か」
 城下を一望する丘の上に立ち、風守嵐(ea0541)は街を眺めている。慌しく兵達が動きを見せている。八溝山に駐屯した兵力を呼び戻すには時間が掛かるだろう。鬼騒動すらも囮とした陰謀が遂に動き出したのだ。敵はやはりこの機を見過ごさなかった。
「もしも玉藻の復活を許せば那須藩の立場も危うい。政治的な影響力は計り知れないな」
 虎人の凶刃に倒れたかに見えた嵐は、微塵隠れの術で難を逃れていた。江戸での療養で傷も癒え、彼は密かに那須へ舞い戻っていた。そうして人知れず仲間達の同行を見守っていたのだ。
「北の大地に遂に嵐が訪れたか。これからが本当の動乱か‥‥」