《那須動乱》 志道に心差す  五

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 59 C

参加人数:10人

サポート参加人数:8人

冒険期間:02月15日〜02月26日

リプレイ公開日:2005年02月24日

●オープニング

 道志郎は九尾復活の報を那須藩へ届けた。与一公よりギルドへの急使の任を受けた一行は早馬で江戸まで駆け、翌深夜、ギルドマスターへこの報せを無事に報告する。那須では与一公が討伐の兵を編成し、ここに那須動乱の真の幕が明けた。神聖暦九九九、二月九日のことである。

 さて。物語の続きを始める前に、少し喜連川についても触れておこう。日本地図を探しても喜連川という河川はない。那須には荒川・内川・江川・岩川という四つの河川が南北を貫流している。この内の荒川が昔から狐川と呼ばれていた。この由来についても、上流にキツネが住んでいたとするもの、また平安時代に大きな槻の木があって川面に映る影が古狐に見えたとするものなど諸説あるが、この辺りに狐が住み着いていたということは確かなようだ。今でも喜連川では時折キツネを見ることが出来るそうだ。夜道の一人歩きの際などは化かされぬようご用心。
 さて、この狐川が喜連川に改められたのは、この地に塩谷氏が城を築いた1186年のことである。荒川と内川が喜び連なる様子からこう改名された。ジ・アースにおいては少し事情が違う。改名が行われたのは須藤権守貞信がこの地に封されて土地の豪族・喜連川氏の姫を娶った折であると歴史は伝えている。荒川を支流とする大小の川が総じて喜連川と呼ばれたのは、古く狐の尾に見立てられてのことであった。そう、印度、華国と禍を為してこの日本に移り渡り、既にしてこの地に封じられた傾国の大妖・玉藻――九尾の狐の尾に、なぞらえられてのものである。
 我々の歴史では、喜連川は中世から江戸時代まで約800年続いた城下町だ。旧奥州街道の宿場町として反映した由緒ある土地である。ジ・アースでは那須与一の治めるこの土地が我々の歴史と同じ発展の道を辿るかどうかは、ひとえに冒険者たちの働きに掛かっている。


「で、お前はどう動くんだ、道志郎」
 江戸の藤家邸宅。大役を終えた道志郎は、元の冷や飯食らいの三男坊に戻っていた。
 あれほどの事件に絡みながらも結局は僅かな差で敵の目論見を未然に防ぐことはできなかった。義勇兵として茶臼山へ向かおうにも、一軍を率いる将ならばまだしも高々十人の冒険者を連れたというだけでは足手まといでしかないだろう。大任といえば聞こえはいいが、要は体良く厄介払いされただけだ。僅かな報奨金もこれまでの赤字の埋め合わせに消え、残るものは何もない。
「結局‥‥何も出来なかったのは、頑張ったって言えないですよね」
 一行に遅れること数日、那須に預けておいた馬と荷も無事に届けられた。それは無言の返答だ。つまりはお役御免という訳だ。
「あの僧侶さんも那須に置いてきてしまったけれど、ちょっと心配です」
 お茶をすすってイリスが空を見上げる。ゆったりと雲が流れている。この同じ空の下で、今も北では動乱が続いているのだ。
「あ‥」
 道志郎が空を指した。大空を鷹が飛んでいる。
「いいもんだよなぁ。ああも高く飛べるのは、さぞかし気持ちのイイことだろうなぁ」
 訪ねてきた仲間たちを迎え入れた彼はまるで憑き物が落ちたような顔で縁側に佇んでいる。涼が憮然として立ち上がる。道志郎へ一瞥をくれると彼は無言で去って行った。その背を見送りながら道志郎はただ戸惑った顔を浮かべている。
「でも、でも‥‥」
 イリスが二人を交互に見遣って不安げな顔を浮かべる。ふと、パウルが立ちあがる。
「戸惑う暇なんかないさ。こうして剣を振っていると、俺には心が澄み渡る気がする。言葉を語ってるよりもずっとな」
 愚直に型をなぞりながら首だけでパウルが振り返って言う。心に抱く志は違えども――。
「道志郎、おまえはどうなんだ。萎えたその志を畳むのか?」
 向かう目的は違えども。今はただ。
 道志郎が仲間を見回した。
「でも、生きている間は、私も進まないとですよね‥‥」
 同じ、その道を。

 翌日、冒険者達が再び道志郎の元を訪れると藤家では慌しく人が出入りしている。
「こっちの蔵のものも運び出してくれ。向こうのもだ」
 鎧に刀剣、掛け軸などの美術品まで。様々なものが表へと運ばれていく。
「どうしたん、道志郎さん??」
「ああ、今日は父も兄も家を空けてるんだ。だから、蔵にあるものを全部売り払おうと思って」
「こんなことして、大目玉くらうんと違うん?」
 冗談めかしたグラスの問いに彼は何のてらいもなくこう答えた。
「勘当されるだろうな。だがこれでギルドへ依頼を出せる」
 これだけの品ならば千金は下らないだろう。皆呆気に取られてるが当の道志郎は大真面目だ。やれやれとばかりに鋼がため息をついた。
「やっぱしお前、‥‥バカだったんだな」
 道志郎の頭を小突き、唇をめくって皮肉めいた笑顔を見せる。
「‥‥やれやれ仕方がない、俺も動くとするか‥‥」
「必要とされるならば、またギルドで声を掛けてください」
 踵を返した鋼に信也が続き、アルカスも一礼すると屋敷を後にする。それに続きながら真崎が髪紐を解き、懐から青の紐を取り出す。
「あなたはまだ若い。何者でもないことを恥じる必要はありませんよ」
 焔麗がそれだけ言い残し、去って行った。皆を見送る道志郎へパウルが声を掛ける。
「目指す道は見つかったか?」
 その問いに彼は大きく頷いた。
「ああ」
 道志郎は空を仰ぐ。
 今こそは飛翔の刻。飛べないことはない。体全体に受ける風の抵抗と、その気流を見極め操る力がそこに在るから。


 道志郎は兵を従えて下野へ旅立った。目指すは茶臼山。与一公への援軍として馳せ参じるために。
「初陣の相手は鬼どもか」
 一行の行く手に立ちはだかったのは鬼騒動の残党たち。小鬼を始めとした一団だ。その数およそ一〇〇、茶臼山へはもう数里という距離。街道沿いにはちょうど田畑が面し、東に村が一つ。住人たちは逃げ延びた後だろうか。
「ここが俺の戦場か。だがもう俺には退く道もない」
 半分は雑兵だろうがかなりの数だ。武装した山鬼などの手強い相手もいるようだ。狐どもの増援に駆けつけようというのだろう。これを許せば那須藩の軍勢は後背を突かれることとなる。抜刀し、白刃を掲げた道志郎が声高に叫んだ。
「‥‥進むべき道は前にしかない。行くぞ!」

●今回の参加者

 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0889 李 焔麗(36歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2480 グラス・ライン(13歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)
 ea3167 鋼 蒼牙(30歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea3988 木賊 真崎(37歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea4889 イリス・ファングオール(28歳・♀・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6940 アルカス・アルケン(45歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)

●サポート参加者

陸 潤信(ea1170)/ 大神 総一郎(ea1636)/ 天乃 雷慎(ea2989)/ レダ・シリウス(ea5930)/ 蛟 静吾(ea6269)/ 片桐 惣助(ea6649)/ 蒼眞 龍之介(ea7029)/ レイオール・エヴァンジェリス(ea8927

●リプレイ本文

 江戸を出立した道志郎率いる義勇軍は総勢五十余名。鎧に身を包んだ兵達は三兵科に渡り、銘々に日本刀や短槍、中弓を携えている。十分に食と軍備の与えられた兵は士気も高い。乗馬も三十五頭を数え、小規模ながらも正規軍さながらの軍容である。
「‥‥いや、なんつうか。ここまで兵を揃えるとは思わなかった」
 これまで道志郎と行動を共にしていた仲間達は軍の中曲に配されている。鋼蒼牙(ea3167)は両脇の鎧武者を見比べ、半ば呆れた風に肩を竦めて見せた。
「なんというか普通に驚いた。‥‥そんな金よくあるなぁ」
 一路、北北東へ。これまで何度も辿ってきた道だが戦場へ続く空気は張り詰めて重い。どうしても慣れないのかイリス・ファングオール(ea4889)はいつもより言葉少なだ。
「元より兵とは不祥の器ですからのう」
 彼女の肩へちょこんと足を乗せてシフールのマリスが呟いた。
「でも、人死にが出ないのが一番ですからな。皆様にも無理はしないようして頂きたいですじゃ」
 それに漸くイリスもいつもの笑顔を見せる。
 義勇兵の徴募に当たり、道志郎の先数百に加え仲間達からも多額の寄付金が充てられた。その額は金六百超にも及ぶ。
「勿論、出世払いに上乗せで後々返してもらいますからね?」
 援助は資金や物資ばかりではない。李焔麗(ea0889)はギルドや酒場で声を掛けて回り何とか兵を集めている。
(「それにしても、こんな大金‥‥それだけ道志郎さんを皆が信頼していると言う事でしょうか」)
 予想を遥かに超え、一小隊を道志郎は手にした。少なくともこれで一軍の将として舞台に立つ事が出来るはずだ。
(「頑張って下さいね、道志郎さん‥‥」)
 大鎧に身を固めた馬上の道志郎はその一軍を後顧することなく率いている。その背を眺めていた榊原信也(ea0233)が何か思い立った様子で背嚢を開く。
「‥‥道志郎、総大将らしくこいつを使えや」
 投げて寄越したのは軍配だ。それを振るうと道志郎は照れ臭そうに笑顔を覗かせる。
「また借りが出来てしまったな」
「道志郎さんが物凄く偉くなったら‥‥何か別の事で返して貰います♪」
 イリスに釣られて道志郎にも笑みが浮かぶ。
 行軍は数日に渡って続いた。逸早く異変に気づいたのはアルカス・アルケン(ea6940)だ。馬を止め、後続へ警告を発する。遠くに砂塵。遠物見でもあるグラス・ライン(ea2480)が目を凝らして敵兵力を把握し、遭遇までの間に仲間達は迎撃の態勢を整える。
「では、参りましょうか。あなたの‥‥いえ、私達の戦場へ」
 求め続けてきたもの。彼が必要とされる場。アルカスに応えて道志郎が軍配を振るい、街道に布陣する。槍兵を率いて前曲へ出る木賊真崎(ea3988)がすれ違い様に道志郎へ馬を寄せた。
「あくまで『貸し付け』、返却が前提だ。‥‥意味は解るな?」
 ――皆の想いに応えられる器だと証明せよ。その為にも命落とす様な真似は許さず。託された思いを受け止め、道志郎は確かに頷いた。
「さあ、決戦の時です。進みましょう、私達の道を。始めましょう、私達の戦いを。そして‥‥掴みましょう、私達の勝利を!」


 鬼の一群は無秩序に殺到して来る。対して義勇軍は前曲に真崎率いる重装奇兵が槍を構えて中央を固め、同左翼に浪人の陸堂明士郎率いる遊撃隊、右翼には焔麗以下同遊撃隊が両脇を守る。
「弓兵隊、構え」
 御影涼(ea0352)の号令で中曲の兵が弓を構えた。馬上の道志郎は後曲で固唾を飲んでそれを見守っている。緊張した面持ちの彼へ涼が馬を寄せ、そっと肩を叩いた。
「‥‥行くぞ」
 その手へ力を込めると、涼は配置に付く。不意に、ギン、と金属の擦れる音が戦場の空気を切り裂いた。振り返った涼が少しだけ目を細めて、再び敵軍へ向けて馬上にて屹立する。その口元には僅かに笑みが漏れている。抜刀した道志郎は白刃を掲げた
「進むべき道は前にしかない。行くぞ!」
 目測を測っていたグラスの合図で道志郎が号令を下した。
「――撃て!」
 放たれた矢撃は弓鳴りの余韻を残し、襲い来る小鬼を射倒した。それに巻き込まれて山鬼達が転倒し、敵先陣が進撃の手を緩める。
「さて。ここは私の出番ですね」
 弓兵隊が道を開け、アルカスが馬を進める。前曲中央が割れ、そこへ扇状に道が開く。静かに彼は双眸を瞑ると、その口から流れるように詠唱が紡がれる。
「全軍、この道志郎の軍配を見ろ!」
 道志郎の声が戦場を揺るがした。剋目を集めた軍配が高々と掲げられ、道志郎がそれをまっすぐ鬼へ向けて振り下ろした。アルカスが目を見開く。全身を包んだ青い迸りは彼の手へ流れ、アルカスは敵軍へ掌を開いた。刹那。そこから氷の刃が凍てつく吹雪となって敵軍へ放たれた。
「恐れるな! 俺達はただの雑兵の群れじゃない、勝利はこの軍配の元にある!」
 戦況は一手に塗り替えられた。第二矢が浮き足立った敵中列の足を射止め、そこを右翼の黒城鴉丸の重力波が斜めに走り鬼の軍団を真っ二つに切り裂いた。統率を失って勢いのままに突出する鬼達を真崎が槍兵を展開して迎え撃つ。
「槍は間合いが命だ、倒さずともいい、敵を退け後曲の壁になることを考えろ」
「さて私達も動きますよ」
 左翼の焔麗も皆へ指示を飛ばした。
「合戦と言っても我々は遊撃、個々の戦術の基本は同じです。後は陣形の穴を埋める要領を心がけましょう」
 これまで苦楽を共にした仲間達だ、連携を取るのに不安もない。
「そりゃ怖くないなんていったら嘘だけど」
 涼に請われて助太刀に駆けつけた大神森之介(ea6194)も努めて明るく振舞っている。
「己の道を目指すのならある意味同志、手伝える事はやらせてもらおうか」
「前曲両翼、上がれ! そのまま敵を包囲するぞ!」
「頃合ですね。弓兵隊、下がりますよ」
 アルカスが弓兵を率いて後退させると、涼が次の指示を飛ばす。
「道志郎、刀兵を‥‥」
「――刀兵、上がれ!」
 ふと涼は眼を細める。
「心得たぞ、道志郎。後は託した」
 道志郎をグラスと二人の護衛兵に任せると刀兵を率いて前線へ上がる。槍兵の足止めした小鬼の尖兵を刈り取るように涼が刀兵を率いる。同時に後続を側面から両翼が叩いた。逆手に構えた忍者刀で信也が雑魚の露払いをし、勝機と見るや焔麗と森之介も果敢に攻め込む。
「私達は山鬼と熊鬼を相手にします!」
「ああ‥‥一人で倒せる敵じゃない、確実に一体ずつだよね。心得てるさ!」
 敵が固まれば信也の火遁の術が焼き払い、闘気に身を固めた鋼も足並みを揃えて左翼から攻め上がる。
「‥‥私も出来るだけ下がらないで、頑張りますね」
 イリスもアルカスと共に弓兵隊に従い、結界を展開して彼らを護る。道志郎もすぐ後ろに控えくれている。
「守りたいと思ったものを守るには力が必要で‥‥私はそれが欲しかった筈だから」
 せめて、そういう風に戦えればいい。不意にイリスの脳裏を那須で出会った老僧の柔和な顔が霞めた。力及ばず、守れなかった者たち。怪物に襲われ命を奪われた家族も。目の前で殺されてしまった人達はもう戻らない。だから。
「だから、これ以上は誰も‥‥」
 初手で敵の出鼻を挫いた義勇軍はそのまま流れに乗って押し切ろうとするが、元より多勢を相手取っては苦戦は避けられない。陣を押し切る形で徐々に敵も盛り返してきた。
「道志郎さん、前線が出過ぎとるんよ」
「刀兵、後退だ! 両翼、前線を上げて援護しろ!」
 道志郎の側ではグラスが彼の眼となり戦局のどんな動きも漏らすまいと神経を研ぎ澄ませている。弓兵を率いるアルカスも魔法を駆使して援護に徹する。
「那須の‥‥いや、日本の明日はこの一戦にあり! 決して負ける訳にはいかないんだ!!」
 鋼も一歩も引かず奮戦し、信也もまた疾走の術で戦場を駆け巡りながら味方の薄い所を守る。中央では真崎も長槍を手に敵を退け陣の要として後曲を死守している。義勇軍はぎりぎりの所で踏み止まっていた。
 互角の均衡は突然破られた。
「援軍だ! 味方の援軍だぞ!」
 誰かがあげた声はすぐさま歓喜の声となり戦場へ伝播した。味方の士気はこれを機に再び盛り返す。
「好機だ! 今こそ全軍で――」
「道志郎さん‥!」
 彼の袖を引きグラスが首を振る。
「惑わされたらあかん、何か、何か様子が変や‥‥」
 不意に甲高い笛の音が全軍に警告を発する。右翼の桐生純だ。グラスの眼が右翼を捉える。現れたのは那須軍に化けた狐の群れだ、揺蕩っていた勝敗はこれを機に急速に流れを変え始めた。そこへ再びの怒号。
「援軍だ! 今度こそ味方だぞ!」
 突如、戦場を陣太鼓の音が木霊した。
「一つ! 義を見て為さざるは勇なきなり!」
 後方で起こった唱和が戦場を揺るがした。
「勇なき男は侠に非ず!」
「義勇の軍を見過ごしては義侠の名折れ。我ら義侠塾壱号生、推して助太刀に参る!」
(『道志郎殿、今度こそ味方の援軍が来たんですじゃ。それと同時に虎の気配ですな』)
 上空で戦場を見渡していたマリスが道志郎へ思念を送る。これを機に戦況は一気に混沌の乱戦と化した。
「退く気はないんよ。うちにも出来る事があるはずや!」
 道志郎をここで死なす訳にはいかない。護衛兵と共にグラスは覚悟を決める。
「グラス!」
 その手を道志郎が引き、空を指した。上空を飛ぶマリスの体が淡く銀光に包まれている。グラスが息を呑む。
(「今分かったんよ――うちはこの刻のためにこの戦場におったんやね」)
 グラスがその様を一時も漏らすまいと目を見開いた。彼女の瞳に、マリスの放った光の矢が鮮やかに映し出される。それは一直線に敵陣中央へ飛んだ。
「急報や! 左翼の李さん達に虎現るの報を流すんや!」

 最初に反応したのは戦場を駆け回っていた信也だった。遁走の術で逸早く迫った信也が挑発し、虎人を引き付ける。
「へへ、相変わらず何言ってるかわからねぇが好都合だぜ!」
『チクショ‥‥手前ェ!殺す!』
「鋼‥‥皆、後は任せた!」
 鋼を見止めた信也が足を速め、一気に虎を引き離した。
「鋼の姓と蒼の字を持つ者として‥‥貴様を討つ!!」
『邪魔だどけェ!』
 立ち塞がった鋼を爪の一振りで切り捨てると、虎はそのまま戦場を斜めに駆け抜けた。
『まずは手前ェからだぜ! 聞こえてんだろ俺の声がよォォオ!』
 紅の瞳に映るのは真崎。虎は切り捨てた者など一顧だにしようとしない。その背を睨んで鋼が舌打ちする。
「せっかちな奴だな、最後まで聞けよ。俺は剣の方はてんでダメだからなら」
 その手へ生気が溢れ、濃い闘気となって宿る。
「代わりにオーラで援護する!! 受け取れぇ!!」
 鋼の闘気を受け取った涼が戦列を離れて左翼へ向かう。待ち受ける真崎へも焔麗が闘気を施した。涼の視線を合図に焔麗が仲間達へ号令する。
「左翼遊軍、下がりますよ! 雑木林まで後退です!」
『逃げンのかよ! ンなに俺が怖ェのか、アア??』
 一足飛びに間合いを詰めた虎は真崎へ爪を振り下ろした。
(「驚異は耐久力、破壊力‥そして攻撃速度」)
 辛うじて槍で受けた真崎を更に追い討ちの斬撃が襲う。
「そうはさせない!」
 森之介が助太刀し、辛くもそれを受け流した。その手に痺れを覚え顔を歪める。真崎が槍で間合いを開け、二人は木林まで撤退した。
「長く切り結んじゃだめだ、一撃当てたらすぐに離脱するくらいの心構えでいこう!」
 闘気は虎人への切り札だが、虎人の野性の前にはそれでもなお厳しい。爪を受け切れず森之介が足を切り裂かれた。
「止むを得ません、一か八かです!」
 駆けつけたアルカスが咄嗟に魔法を放つ。必殺のアイスブリザード。虎人の反射神経であれば飛び退くのは容易だった筈だ。だが一瞬の出来事がその足を止めた。
 不意に虎人の背後で落ち葉が舞い上がった。
(「どんな苦境でも必ず風の変わり目は訪れる」)
 窺湖面の如く静かに伏し、やがて来る機を虎視するその男は風守嵐(ea0541)。その手には手裏剣、彼もまた一頭の虎であった。振り返った虎人の瞳が驚きに見開かれる。
「‥‥ンだよ‥‥嬉しいじゃねえか」
 頬を引き攣らせて虎は笑った。その二人を前に、アルカスの掌中からを切り裂く冷気の突風が巻き起こった。


 前夜。嵐は真崎の元へ姿を現していた。
「虎人への切り札か」
 それは死んだと思われている嵐にしか出来ない役目だ。
「引き受けた。後は任せたぞ」
 固く頷き合うと二人はそれぞれの道を歩き出す。
「‥‥‥二度は、御免だ」
 すれ違い様にふと彼の肩を真崎が小突いた。張り詰めていた嵐の表情がふっと緩み、そして一層の決意に静かに燃える。
「風の長、どうかご無事で‥‥!」
 死地へ臨む彼へ向けた仲間達の激励の声が記憶に過ぎる。その全てを背負い、嵐は今ここにいた。
「自身が復讐に燃える必要は無い‥‥任せられる者達がいる」
 チラリと肩越しに道志郎の姿。嵐はふっと表情を緩ませた。
(「動乱という嵐の中に自らの風を見つけたか‥だが忘れるな‥‥お前の力は決して一人の力で成り立っている訳ではない事を」)
 嵐が虎へ迫る。その姿は虎と共に獰猛な吹雪に掻き消えた。
『グォォォオオオォォオオォオ!』
 虎の苦悶の絶叫が辺りを揺るがす。そこにもう嵐の姿はない。ただ彼の白い鉢巻が風に掬われ、棚引いていた。
「嵐殿‥‥! 確かに任されたぞォォオ!」
 それを追い越し、涼が虎へ迫る。斬撃は虎の足の腱を切り裂いた。
『チクショ‥‥手前ェら‥』
 声は再び苦悶の叫びに変わる。真崎の槍が腹を貫き、焔麗と森之介が駄目押しの一撃を叩き込んだ。虎の叫びは断末魔の雄叫びに変わった。袈裟懸けに一太刀、涼の刀が虎を屠った。
「義勇軍が副将御影涼、虎人討ち取ったり!!」
 振り絞るような声が戦場の空に木霊する。風に吹かれ、嵐の鉢巻が一際高く舞い上がった。それを掴み取って男が地に立つ。
「もう消えたりはせん‥‥約束だからな」
 鉢巻をあるべき場所に締め直し、嵐が仲間へ微笑を向けた。真崎が拳を差し出し、微塵隠れの術で再び死線を潜った嵐もそれに応える。二人は拳を摺り合わせた。


 虎人の討死が結果として勝敗を分けた。義勇軍は遂に鬼の一群を殲滅した。脆弱な那須藩の足軽であれば数百にも匹敵する戦力だ。数名の死者と多数の負傷者を出してなお、大勝というに十分な戦果であった。
「さぁ、勝鬨をあげろ。それが大将の役目だ」
 涼へ道志郎は堂々と頷いた。その頬だけは隠し切れず高潮している。馬首を巡らせ、道志郎は全軍を見回した。兵達の視線に一瞬たじろぎながらも、丸ごとそれを呑み込み、彼は声を張り上げる。
「みんな、勝鬨を上げるぞ!‥‥えいえい!」
「応!!」
 陣太鼓が勇ましく呼応し、勝鬨は止むことなく那須の天地に響き渡った。それは一人の少年が侍として己の道を歩み始めたことを意味していた。