お江戸に暮らせば  水無月

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:07月11日〜07月16日

リプレイ公開日:2005年07月19日

●オープニング

 料理対決からこっち、竹之屋は順風満帆だ。
「料理対決お疲れさまでした!」
 海千山千の松之屋の料理人を相手に五分の勝負を演じ、竹之屋の皆にも自信がついてきている。新たにリーゼやその他にもお手伝いが出入りするようになり
「負けたのは残念でしたけど、松之屋の皆さんとも仲良くなれて楽しかったです! 諺で言う『昨日の敵は今日の友』ですね!」
 特に八雲の頑張りは目を見張るものがある。竹之屋の仕事を殆ど一人でこなしながらこの半年ほどでめきめきと腕を上げ、その道では達人と噂されるほどだ。
「おやっさん! なんだか皆さんやる気みたいなので、今度は夏祭り位に、また料理対決をしてみませんか?」
 きっかけは八雲のその一言だった。
「夏祭りか」
 それに竹之屋の主人のやっさんは商売人の顔を覗かせた。頭の中でそろばんを叩く音がパチリ。やがて考え込んだやっさんは。
「よし! 一丁やるか!!」
 前回の成功もあるから、商売として成り立つなら松之屋の承諾はとりやすいだろう。とはいっても、対決だけでは集客率が伸びない。商売としてやるなら何かの催しを考える必要があるだろうし、そうなると大掛かりな準備が必要となる。そうなると松竹二店だけでは手に余る。催しを支えるスポンサーも欲しい。それに一から作るなら、前回のように有志で会場設営するのでは追いつかない。その道のプロに頼まなければ。料理対決の形式にだって趣向を凝らさないと前と同じでは観客にも飽きがくるだろう。考えることは山のようにある。
「ってなると、松之屋の連中にまず声かけねえとな。毎回ギルドのご厄介になるのもなんだ。まずは俺らで話を詰めちまうか! 八雲ちゃん、ひとっ走り松之屋までいって話つけてきてくれ!」
「はい! すぐに行ってきますね!」
 八雲が朱を振り返って笑う。
「朱さんも、一緒に頑張りましょうね!」
「わいも頑張らなな」
 八雲の背を見送りながら、ふと朱は自分の内のある変化に気が付いて頬を赤らめた。
(「‥八雲はん‥‥」)
 朱が感じたのは、幸せ。華国では紅い狂犬と恐れられた彼がこうして人並みな幸せを築くなど、誰が想像しえただろう。
「せやけど、不思議と弱なった気はせぇへんのや。いいや、ワイの拳は前よりずっと強なった気ぃすらするんや」
 前に華国の馴染みの陸が店を訪ねた時にずっと引っかかっていた気持ち。その突っかえが漸く取れた気がして朱は知らずに微笑んでいた。
「よぉし、バリバリ働くで! やっさん、どんどん仕事いいつけてや!!」


 さて。こちらは長屋。
「‥‥む」
 いつものように祐衣がこっそり長屋へ遊びに行くと、今日は珍しくきよがひとりでいる。わいちゃんを抱いて祐衣が来るのを待っていたようだ。
「祐衣お姉ちゃん」
「どうしたのだ、おきよ。浮ぬ顔をしておるな」
 話を聞くと、唯吉は借金で首が回らなくなり、仕事を増やしたのだそうだ。自然と家を開ける時間が増え、きよも寂しくしているらしい。
 ぐぅ、ときよの腹の虫が鳴る。恥ずかしそうにきよが目を伏せた。
「まだ昼食も取っておらぬのか。子どもが食事を抜いては体に毒だ」
 コクリと頷いたきよの手を祐衣が引いた。
「きよ、ついてこい。良い店を知っておる故」
「うん」
 この時間で安く食べれるといったらだいたいの目星はつくが。季節は梅雨を経てもうじき夏の盛りを迎えようとしている。長屋と取り巻く人間模様の行方は――?

●今回の参加者

 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea4217 ファブニール・グラビル(37歳・♂・ナイト・ドワーフ・モンゴル王国)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6923 クリアラ・アルティメイア(30歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0240 月 陽姫(26歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb0943 ミリフィヲ・ヰリァーヱス(28歳・♀・ファイター・人間・フランク王国)
 eb1505 海腹 雌山(66歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

第8話 思い立ったので吉日ということで一つ


 手書きの地図を片手に女が一人、長屋の通りを歩いている。向かう先は大衆居酒屋・竹之屋だ。その軒先で女の子が一人、寂しそうにぽつんと立っている。視線に気づいた少女へ、女はポケットから何かを取り出した。
 小首を傾げた少女へにっこりと微笑み返す。開いた掌には飴玉一つ。その手を少女へ差し出す。その時だ。
「お、あんたは」
「お久しぶりアル」
 やっさんの声で振り向いたのは月陽姫(eb0240)。春の料理対決では松之屋の刺客として味勝負を戦った料理人だ。
「ってことは、例の話は考えてくれたってことかい?」
 陽姫は流しの料理人として江戸の酒場を渡り歩いている。味勝負の打ち上げの折に竹之屋に誘われていたことを思い出し、試しに話だけでもと思い訪ねてみたのだ。
「あれから料理の修業はちょっとしたアルよ」
 腕まくりして愛嬌たっぷりに笑う陽姫。やっさんが頷いて笑う。
「ちょうどいいや。今ちょうど裏で打ち合わせの最中だからよ、あんたも入ってってくれよ」
「打ち合わせ‥‥アルか?」
 店の裏手では従業員達が新たな味勝負企画に頭を捻っている。
(「2度目の料理対決ね‥‥このまま此処の店員になるか、それともまた流れるか。そろそろ決めなきゃいけない頃なのかなぁ‥‥‥‥」)
 対決にも参加したミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)も企画立案に関わっている。対決が終わった今もお手伝いとして出入りしているが、今度の話は身の振り方を決めるにはいい機会なのかもしれない。
「今度も皆さんで楽しく試合をしたいです!」
 そんなフィヲの気持ちは知ってか知らずか、香月八雲(ea8432)は今日も相変わらずの眩しい笑顔で皆を引っ張っている。そしてもう一人。
「春にやったんからいいトコはそのまま使うんがええやろな」
 松之屋には僅かに力及ばず涙を飲んだ朱雲慧(ea7692)。元の負けず嫌いな性格もあって俄然再戦に燃えている様子だ。最近は厨房に入ることも多くなり、やっさんも驚く程の上達振りを見せている。
「如何にコスト落として美味しいもん作れるかの勝負は今回も採用してええんちゃう? 審査員に出す料理+αを出店で出すンや。‥‥ワイらの料理を多くの人に食べて貰いたいさかいな」
「旬の食材を使った夏の料理なんていいかもしれません!」
「イベントはどこでさせて貰うアルか?」
「月さん、お久しぶりですね! 場所は縁日で会場を貸して貰える神社へお願いして見るつもりです!」
 夏祭りの呼び込みイベントの一つとして売り込めないかということで話は纏まりつつある。既にある催しへ企画を持ち込む形になるのだから、説得力のあるプランを練りこまなければならない。勝負の形式は勿論、イベントのイメージを決めるキャッチも重要だ。
「香月さんの夏は新緑って案もいいけど、ボクは夏は夜ってことで星を見ながらってのも良いんじゃないかと思うんだよね」
 気心の知れた者同士だ、闊達に意見が飛び交う。
「併設イベントは料理教室なんてやってみたいな、前日の対決で作った料理を『○分で作れるお手軽もう一品』って教えれば喜ばれそうだし」
「前回はクイズ大会が地味だったのでー、これをもっとプッシュしてみてもいいかもですよー。はいー」
 そこへクリアラ・アルティメイア(ea6923)もひょっこり顔を出した。
「スポンサーのことなら任せて下さいよー。前回はジーザス教の名を広められましたからねー、今回もまた頑張るですよー。おー」
「それならスポンサーさん達に審査員をやって欲しいね。春の時は司会や解説なんかの段取りが弱かったし、そこも力を入れると盛り上がるんじゃないかな?」
「上を説得して町教会が協賛の名乗りを上げてみせますよー。勿論私も全面協力しますよー。‥‥お財布が寒くならない程度にー」
 こう見えて交渉事にかけてはやり手のクリアラだ。松之屋との交渉でもクリアラは同行して力添えをしている。
「松之屋の小梅さんとお話ししたのも二度目になりますね! 快く引き受けて貰って助かりました!」
 既に対戦の約定は取り付けてある。味勝負が集客と宣伝の効果もあり、名物メニューも生まれるとあっては断る理由もない。「うちは構わないよ。次も全力で勝ちに行くからね☆」とは小梅の弁だ。
「前回よりも大きい物になりそうな気がします! 何だかワクワクしてきますね!」
「今度はお互いに知恵を寄せ合っていい大会にしたいアル」
 後は企画自体の完成度をどこまで引き上げられるかだが、今回は松之屋の料理人達も共に知恵を絞ってくれるのだ。これは心強い。
「せやな。孫子曰く、どんな諍いも美味しい物を食べ終わる頃には解決している、やったな。八雲はん?」
「はい! そして孫子はこうも仰いました! みんなで幸せになろうよ、と!」

「どした? きよ坊」
 竹之屋から賄いの椀を手に木賊崔軌(ea0592)が顔を出した。きよは軒先でぽつんと立っている。椀の一つを手渡しながら、小さな掌の上で転がるそれをまじまじと覗き込む。
「うん。お姉ちゃんにお菓子もらったんだ」
「ほう。飴か、こいつはまた珍しいもんを」
 どこか苦笑を浮かべながら崔軌はそれを懐かしそうに指先で転がした。崔軌が育った華国では古くから伝わる飴だがまだこの国では珍しい菓子だ。
「が、知らない人から食いモン貰うのはいかんな」
「ごめんなさい」
 ぺこりと下げた頭をわしわしと撫で付けると、きよを連れて奥の席へと手を引いていく。祐衣の前では少し甘えた所のあるきよだが、大人達に囲まれた時は聞き訳がいい。それが逆に不憫に思えて崔軌は大神森之介(ea6194)から頼まれてきよのお守りを引き受けている所だ。もうじき昼時でもあることだ、気ままな罠屋稼業なら自由にできる時間など幾らでもある。
(「‥‥つか、しくじった連中ん中に身内居りゃ‥きよ坊が独りで留守番する羽目になってる訳は御存知だろ?てな話だが」)
「ったく、耳が痛ぇこった‥‥」
「拙者も話は聞いたでござるよ」 
 情に厚いファブニール・グラビル(ea4217)のことだ。話を聞いては放っておけなかったようだ。
「無骨者ゆえの役不足ながら、同じ長屋のよしみで拙者も力になりたいでござるよ。拙者と一緒に竹之屋の手伝いをしてみてはどうかと唯吉殿に話をしてきた所でござる」
 大勢でわいわいやっていれば寂しさを感じずに済むだろう。
「拙者の手持ちから幾らかお小遣いを渡すでござる。なに、クリアラ殿から前の依頼料も頂いたでござるからな。一緒に唯吉殿がおらぬ時の食事くらいなら拙者の懐から出してしまうでござるよ」
 事情を聞いたやっさんの好意で竹之屋へ寄ることがあれば賄いくらいは出してくれもするそうだ。ここは好意に甘えてもいいだろう。
「グラビルの旦那なら同じ長屋で何かと都合がいい、か。ま、それもよかろ‥小遣い稼ぎってより、きちんと一人前に仕事させてやってくれよ?」
 念を押した崔軌へ、グラビルは力瘤を作って笑顔で応える。
「ジャパンには、向こう三軒両隣と言うことわざもあるでござる。なあに、困った時はお互い様、総ては縁でござるよ、縁」
 ふと二人の視線がきよへ注がれる。グラビルが呟いた。
「一刻も早く、唯吉殿が落ち着いておきよ殿と過ごせる日が来ると良いのでござるが‥‥」
「ま。動いてるモンはまだ諦めちゃいねぇんだ。信じる価値があるなら、黙って待つのも俺らの勤めだろうし、な」
 何より例の件に責を感じているのは森之介だ。
「って、今日は大神さんは来てねぇのか?」
 そこへ現れた暢気な声の主は山岡忠臣(ea9861)だ。
「今は長屋に行ってるとこだな」
「それより山岡殿、今日はまた随分とめかしこんでおるようでござるな」
 今日の忠臣は下ろしたての浴衣で決めている。その指摘へフっと自嘲気味に笑うと、忠臣は両目を閉じて拳を突き上げる。
「俺は思った! 最近侮られていると!」
 崔軌がにやにやと見守る中で、忠臣が力説する。数々の浮名を流すドラ息子の遊び人の筈がいつの間にか森之介やフィヲにからかわれる毎日。
「ここらで企画の根回しをかっちりやって、俺が頼りになる漢だって事を再確認してもらわねぇとな」
 大手の呉服問屋を当たって味勝負の企画に浴衣の提供の話を持ちかけたのだ。松竹ともに年頃の娘さんから燻し銀のナイスミドルまで揃っている。松之屋陣営には去年の浴衣美人選の入賞者もいることだし、巧く引き込めればまたとない宣伝のチャンスだ。
 とはいえ尻の青い若造の話ではそう耳を貸して貰えるものでもない。紹介状を認めて貰うために実家に頭を下げたのは内緒の話だ。
「そして八雲ちゃんやクリアラちゃんやお千ちゃんやミリフィヲちゃんがもう‥‥くっくっくっ」
 まあ締めの部分で折角のカッコよさを台無しにしてるのはいつものこととして。
「なんや、また何や悪巧みでも考えとるんとちゃうか?」
 そこへ朱が厨房から顔を出した。どうやら企画の打ち合わせも粗方纏まったようだ。
「次は神社との交渉ですねー。はいー」
 協賛が町教会だと知れば難色を示すかもしれないが、露骨な勧誘行為さえ控えればすんなり話も通るだろう。何よりこの手の交渉事はクリアラに任せておけば心配はいらない。
「神社では過去にも何度かお世話になってますからねー。はいー。たぶん問題ないでしょうー」
「誠意を持って宮司さんにお話して約束を取り付けないと! そうと決まったら善は急げです!」
「じゃが急がば回れという諺もあるのう」
 のれんを潜って店へ足を踏み入れたのは海腹雌山(eb1505)。味勝負で竹之屋を苦しめたやり手の料理人だ。
「海腹さん!」
「お久しぶりじゃのう。話は聞いた。折角の舞台じゃ。どうせやらるなら、ここは一つ大風呂敷を広げても悪くはなかろう」
「といいますとー?」
「江戸の夏祭りと言えば納涼夏祭を置いて他にあるまい」
 挑発的に頷いてみせる。催しが大きければそれだけ宣伝効果も見込めるのだから協賛も取り付けやすい。実現できたなら「江戸の夏」という勝負のテーマの面からもこれ以上の舞台はない。
「となるとネックは宣伝じゃな。春は小規模な広報しか展開しておらぬと聞く。これも商売、説得力のある企画を練った上で広報にも力をいれねばらんのう」
 話を聞き終えて朱が小さく身震いする。
「何やオモロなってきたやないか。八雲はん、ワイも全力でバックアップしたるで! となると祭りの実行委員に話をつけなあかんな」
「大きな話になるなら、地回りのヤの着く自由業の人たちともきちんと話を付けなきゃいけないよね」
「私もそれを言おうと思ってたアルよ」
「それやったら心配はいらん」
 朱が少し懐かしそうに目を細めた所で、フィヲも言わんとする所を察して手を叩いた。
「ヤの字さんか!」
「‥‥ん‥呼んだか?」
 タイミング良く顔を出したヤの字がいつもの席へ腰掛ける。すぐにお千が注文を聞いて厨房へ走り、入れ替わりに崔軌が隣へ腰掛ける。
「同業のアンタなら分かるだろうが、長屋を食い物にした高利貸しのことで、な」
「噂は聞いてる。奴らには俺らも手ぇ焼いてるんだ。相談にゃ乗るぜ。‥‥今度アンタとは酒でも酌み交わしたいと思ってたとこだ」
「なら有り難くゴチになるかね。ま、長屋の連中のことを思うと手放しにゃ喜べねぇオチだがな」
 二人は苦笑で顔を見合わせた。そこへ厨房から朱が顔を覗かせる。
「ま、飯屋に来て辛気臭い顔はなしやで。大神はんにもその内店に来るように言っといてや!」
「しっかし大神サンが元気ねーのか。何か調子狂うな。ま、あの人のこったから心配いらねーとは思うけどよ‥‥」
 同じ頃。
 森之助は高利貸しの事件の失敗を長屋で詫びて来た帰りだ。全てを預けてくれたその信頼を裏切ったというのに、長屋の人々が冒険者を責めることはなかった。それが余計に森之介を責め立てる。一縷の望みと託し、訴状に名を連ねてくれた人達のあの目は忘れられない。その気持ちがある限り。
(「俺ひとりでまた一からやり直しだ」)
 不意に森之介の足元へ長屋で飼っている子猫のわいちゃんが擦り寄った。
「早くおきよちゃんの生活を取り戻すためにも、ね」
 その背を撫でながら森之介の内で決意が固く形を取っていく。奴らも今は鳴りを潜めているだろうが、いつか尻尾を出そうものなら次こそ逃がしはしない。
「次こそは‥‥今度こそは‥‥‥‥!」