●リプレイ本文
第7話 俺の恋路を邪魔するヤツは!
「朱さん、お千ちゃん、私が居ない間のお留守番よろしくお願いします!」
迎えに来た山岡忠臣(ea9861)に連れられて香月八雲(ea8432)はこれから出かける所だ。
「リーゼさんもよろしくお願いしますね! 帰ってきたら、私が皆の分まで働きますから! 孫子もこう仰いました! 一人はみんなの為に。みんなは一人のために、と!」
「そういう訳だから留守番よろしく頼むぜ用心棒!」
朱雲慧(ea7692)へ勝ち誇った笑みを向けて忠臣が店を後にする。その背を見送る朱へ、リーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)は苦笑まじりに話しかけた
「というか、非常に分かりやすいねぇ、朱」
「な、何がや‥‥リーゼはん」
「気が気でないのがもう分かりやすくて分かりやすくて。今日は私も手伝いに来てるし、店のことは任せて行っといで」
まだ付き合いは短いがリーゼにはお見通しだ。
「今行かず後悔するのと、今行って後悔するのどっちがいい? 私なら後者を選ぶけど。どんな結果になろうとも、自分の目で見て結果は知りたいからね」
朱へ諭すようにして最後にリーゼはこう括った。
「無理強いはしないけど、後悔するような行動はやめておいたほうがいいよ、人生の先輩からの忠告」
「気にならん言えば嘘になるけど、今は店のことを考えな。おおきにやで、リーゼはん」
頭を下げると、朱は無理に頭から追い出そうとでもするように厨房へ駆け行った。その思いが目に見えるようで、リーゼはもう一度苦笑を零した。
「ついにこの日がやってきたんだね」
デートの噂を聞きつけてミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)はある決意を固めていた。
「竹之屋さんの方も気になるけど、今回はごめんなさい。あの人に香月さんを渡す事は出来ない!」
いまだかつて忠臣の格好良い所を見たことがないフィヲ。皆の八雲ちゃんを彼に渡すことはできない。いそいそと支度をすると、秘策を携えてフィヲは出かけていった。
町教会でも。
「山岡さんと八雲さんがデートですかー。ほほー」
噂はクリアラ・アルティメイア(ea6923)の耳にも入っていた。
「‥‥はっ、と言う事は栗なんとかである所の私は嫉妬しなければならないのですかー?」
首を傾げて考え込んだが。
「あり得ませんね、はいー」
といいつつも出かける支度を始めるクリアラ。
「大いなる父の使徒として、二人のデートの行方を見守らねければなりませんねー。純粋に聖職者としてなので、別に好奇心からではありませんよー。‥‥多分。きっと。おそらく‥‥」
そんな邪魔者の影が忍び寄っているとも知らず、当の二人は神社へやって来ている。
「桜の花も綺麗ですけど、葉桜の新緑も鮮やかで綺麗ですよね! 見ているだけで元気が出てきそうです!」
「いやぁ、喜んで貰えて嬉しいぜ」
桜並木を二人で歩きながら忠臣はそっと手を握った。八雲は戸惑いを浮かべたが、少しの躊躇いの後ですぐに笑顔で握り返す。
(「なかなかいい雰囲気ですねー。はいー」)
木陰から二人を窺うのはクリアラだ。ミミクリーで猫に化けて尾行している。‥‥のだが、大きさまでは変えられないので大型犬くらいの大きさになってしまっている。何だかいやーな視線を感じて、忠臣は八雲の手を引いた。
「八雲ちゃん、場所をかえねえか?」
「そうですね! 神社に着いたら、お土産を買っておかないとです!」
逆に忠臣の引っ張って八雲は社務所へ走る。すると。
「いらっしゃい♪」
そこにはなぜか妙に着慣れた巫女装束のフィヲが。
「なんか買ってぇ〜〜」
「竹之屋に置く招き猫も欲しいですね。みんなの分のお土産も選ばないと!」
「朱さんには破魔矢なんかどうかな〜。きっと気に入ると思うよ♪」
「八雲ちゃん!」
忠臣がその手を引いた。
「それより散歩にいかないか? よしそうしよう!!」
(「今日こそは八雲ちゃんと相思相愛なラブラブになってやるぜ!」)
強引に引っ張って神社の敷地内の庭園まで逃れると漸く一息つく。
「ふぅ。走ったら今度は腹が減ったな」
「そう思ってお弁当を作ってきました! おにぎりと卵焼きに、練習がてら松之屋を真似て春巻きも作ってみましたよ! 今回はちょっと自信作なのですよ!」
(「これこれ! 二人で仲良く食べる‥‥なんてラブなシチュエーションだ! つー事で、お千ちゃんやクリアラちゃんやリーゼちゃんやミリフィヲちゃんや祐衣ちゃんには悪いが、今回は我慢してもらうぜ」)
感慨深げに目を閉じて天を仰ぐと忠臣は拳を震わせる。と、そこへ二人の間にどこからか鞠が転がってきた。
「ん?」
怪訝な顔で振り返った忠臣の下へそれを追って子猫が駆け行ってくる。その後を追ってやって来たのは。
「わいちゃーん! だめだよ一人で先に行っちゃ!」
長屋のきよちゃんだ。思わぬ闖入者に忠臣の眉間に皺が寄るが。
「大丈夫ですよ山岡さん! ねここさんの分も準備してありますから!」
嫌な予感が過ぎり、忠臣の表情が今度はみるみると曇り出す。
「あ、皆さんも見えましたね。こっちですよー!」
八雲に呼ばれていつもの長屋の面子がぞろぞろと顔を出した。
「せっかくなので長屋の人達も誘ってみました! きっと賑やかで楽しいですよ!」
「‥そぉーいや誰ぞ口説き倒してるのが居たっけねえ?」
忠臣を横目に木賊崔軌(ea0592)がわざらしくポンと両手を打つ。噂を聞いた御影祐衣(ea0440)を焚きつけ、きよの散歩にかこつけて一枚噛みにきたのだ。
「崔殿も護衛とは心強いの。よしなに頼む」
すっかりその気になった祐衣はきよの護衛のつもりで同道している。
「とりあえず現状は落ち着いているとはいえ、騒動が収まったわけではない故。涼兄達におきよの身の安全を任されたのだ、私はその期待に応えねばならぬ」
自説に満足して祐衣は誇らしげに頷いた。一緒に出かけるのはいつかの花見以来だ。思わぬ邪魔に忠臣は苦笑い。見かねて崔軌が口にする。
「なに。お前さんの面子も有るしな‥途中で退散するさ」
‥‥一応は。
口の端には意地悪い笑みが洩れる。デートとという名の愛の戦場で静かな攻防の幕が開けた。
昼時を迎えた竹之屋は慌しい。食事客で賑わう店へは、今日は珍しく御影涼(ea0352)も訪れている。
「何だか忙しい時に来ちゃったようだね。邪魔したみたいで悪いな」
寮の前を慌しく人が行きかう。奥の席に腰掛けて頬杖をつきながら涼はその様を眺めている。普段は荒事に身を置く涼。この日常からそんな血生臭い世界を遠ざけようとするように、その表情は穏やかだ。
ぼんやりとした視線の先では、リーゼやお千が注文聞きや配膳で慌しく走り回っている。今日は他にも珍しい顔がある。水場で皿洗いに勤しんでいるのは陸潤信(ea1170)だ。
「‥‥考えが甘かったですね」
ごった返す松之屋を避けて噂に聞いた竹之屋を訪れたのが失敗だった。華国から知り合いの朱と思いもかけず再会を果たして、なし崩し的に雑用を押し付けられたのだ。
横では朱が器用に料理に励んでいる。その姿が、華国で幾度となくやりあった少年の顔と重ならず、陸は戸惑いというよりも不思議に思う気持ちでいた。国では顔を合わすたびにやりあった仲だ。汚い手を使われたこともある。その度に陸は朱を下し、尚更しつこく付け狙われたものだ。今日だって飛び掛られるものと思って身構えたのに肩透かしを食わされた様で、どうにも調子が狂う。
厨房の朱へ常連客の一人が声を掛けた。
「やっさんも八雲ちゃんもいなかったみたいだけど、今日は朱やんが料理つくってんのかい?」
「二人は出事でおらへんのんや、勘弁したってな。舌代も気持ちだけマケとくさかい」
苦笑しつつも愛想良く返すと、朱は客を見送る。やがてその背が見えなくなると、ふと陸の視線に気付いて振り返った。
『なんや?』
そんな怪訝な様子の顔へ陸は掌を開くと黙って朱へ向けた。陸へ推し量るような視線を向けた後、朱はその掌へ拳を叩き込んだ。
『次こそあんたに勝つ為に、ワイは華国飛び出して江戸迄やって来たンや』
拳を受け止める乾いた音がし、陸は少しだけ昔の朱の顔を垣間見た気がした。だがその面影はすぐに掻き消える。
『今は店の方が先や。昼時の飯屋は忙しいで。きりきり働いて貰うから覚悟しい』
「朱さん注文入りましたー!」
「あいよ、すぐに作ったるからな」
お千の声に呼ばれて朱は仕事へ戻る。取り残されたようにして陸はまだ痺れる掌を結んだ。そこで漸く違和感の正体に気づき、彼は知らずと笑みを漏らしていた。久しぶりの朱の拳は芯に響いた。
厨房へ顔を覗かせたリーゼが陸へ声を掛ける。
「悪いね。なんか手伝わせてしまって。それにしても八雲もやっさんも居ないことだし、店番も大変そうだねぇ‥‥」
八雲がいないだけでこの忙しさだ。リーゼは苦笑する。
「さーてっと。段々店員が板についてきた今日この頃。私も八雲に負けてられないね」
客足が弱まるまでもう暫くはある。二人は仕事へ戻る。涼もそのやり取りを見守っていたが、やがて席を立つと。
「んー、じゃ、俺も手伝ってみようかな」
腕まくりをして厨房へ足を踏み入れる。家事などやったこともない武家の跡取り。見よう見まねだがお千に襷を借りると配膳の手伝いをする。
「ほら、俺は下っ端なんだからどんどん仕事を言いつけてよ」
「私もこの店では新人ってところだねー。何、こんなとうの立った看板娘もいないでしょうね」
「そんな、リーゼさんは十分きれいです」
竹之屋では今日も笑顔が溢れている。八雲のいない穴は大きいが、あともうひと踏ん張りだ。
神社では食事も終わり、今はきよをまじえて隠れんぼの最中だ。二人きりになる邪魔をされた忠臣は大層悔しそうだが、当の八雲は楽しんでいるようなのでひとまず良しとしているようだ。
「八、九――、十」
最初こそ護衛だと構えていた祐衣もいつのまにか一緒になって遊びに夢中になっている。きよを探して祐衣が境内を走る。
「あー、見つかっちゃった!」
水辺にきよをみつけると、不意に祐衣はその場へしゃがみ込んだ。
「祐衣お姉ちゃん?」
「‥‥ほぅ」
そこに見たのは菖蒲だ。控えめな白い花弁に触れて祐衣が呟いた。
「菖蒲湯を思い出すの。湯に浮かべると良い香りがして気持ちが良いのだ」
「ふぅん。お風呂にいれるんだ」
「それに草笛だ。湯に入れた菖蒲の葉を茎から剥がし吸うのだ、吹くのではない、吸うと音が鳴るのだ」
菖蒲を手折ると香りが花をくすぐる。土産にすれば皆喜ぶだろう。
一方で。
「走ったら小腹がすいたぜ」
忠臣は八雲と一緒に表の参道沿いへ隠れている。
すると。
「あ、奇遇だねお二人さん〜♪」
偶然通りがかった出店にはフィヲの姿。
「せっかくだし、なんか買ってぇ〜〜」
(「さぁさぁ山岡さん、香月さんのハートを射止めたかったらこれくらいの難関は突破して見せて♪」)
思いっきり顔をしかめた忠臣へ聞こえるようにフィヲが小さく囁いた。
「『俺の屍を越えていけ』て事。ちなみに、朱さんとのデートでも似た事するつもりなんでよろしくぅ♪」
見る見る忠臣の顔が曇り始めて‥‥
「八雲ちゃん!」
八雲の手を取ると本日二度目の逃避行。
「今度こそ見つかんねえ場所に隠れるぜ!」
「はい! こう見えてもかくれんぼは得意な方なのですよ!」
手を握り締め、二人はそのまま社の裏手へと走っていく。足を止めて一息つくと、二人は顔を見合わせて笑い合った。
(「これまたいい雰囲気ですよー。はいー」)
またしても木陰から窺うのはクリアラだ。ミミクリーで今度は別人に顔を変えているが、服装までは変えられないのでやっぱりクリアラの変装は本人以外にはバレてしまう。盗み見している彼女の襟首を崔軌がひょいと掴んだ。
「‥‥こういうのは最高の機にガツと割り込むのが粋ってもんだが」
ニヤっと口元で笑うと、崔軌はそれを苦味まじりに噛み潰した。
「出し抜いて無茶しそうなら邪魔するのも良かろな範疇とはいえ、それも過ぎるのは無粋ってもんだ」
「は、はわー」
クリアラが崔軌に引き摺られていくと、後には忠臣と八雲の二人だけが残された。今度こそ辺りには誰もいない。意を決して忠臣が八雲の両手を取った。
「や、やややや八雲ちゃん!」
「はい! なんでしょう?」
その瞳に吸い込まれるようにして、忠臣は思いの丈を言葉にする。
「‥‥俺、ずっと前からキミの事が好きだったんだ!」
ぎゅっと口を結んで忠臣は視線を落とす。こうなっては遊び人も形無しだ。恐る恐る八雲を見ると、少し潤んだ瞳が見上げていた。
「‥山岡さん‥そんな‥‥私‥も‥」
八雲の小さな肩が忠臣の胸に触れる。その小さな背へ忠臣は躊躇いがちに手を伸ばす。
「‥何だか‥私‥‥私、もう‥眠く‥‥」
すー。すー。
忠臣に寄りかかって八雲は寝息を立てていた。お昼を食べて走り回って、初夏の陽気に眠気を誘われてしまったのだろうか。これまでずっと仕事ずくだった疲れが一気に出たのかもしれない。その肩を支えて社の石段へ座らせると、忠臣は肩を竦めて見せた。
「‥‥はぁ〜。先は長いぜ‥」
そうして八雲が目を覚ましたのは、そろそろ日も暮れようという頃。
「お目覚めはどうだい、八雲ちゃん?」
今日のデートはこれでお開き。皆で揃って神社を後にする。帰りしな、忠臣がそっと八雲へ声を掛けた。
「八雲ちゃん。その、今度は‥‥」
「はい、竹之屋の皆で一緒に行きましょうね!」
何だか踏んだり蹴ったりの忠臣。
(「ま、八雲ちゃんは日頃から忙しくしてるからな。せっかくの休みでのんびり楽しんで貰えたし、今日の所は良しとしくとか!」)
土産の菖蒲を抱えて一行が竹之屋へ帰ったのは夕餉の頃。
「八雲はんも、皆もごっつお疲れ様や」
朱が皆へ茶を差し出して笑顔を見せる。竹之屋からは談笑が洩れる。そんな店の様子を後に、陸はそっと竹之屋を後にしていた。ふと視線を感じて振り返ると、そこには涼が立っている。陸へ菖蒲を手渡すと、涼は言葉を選んで問いかけた。
「‥‥いいのか?」
それに陸は微笑を返す。
「紅い狂犬と呼ばれたワルだったあの朱君が‥‥人というものはああも変わるものですね。再び拳を合わせるその時がくるのが楽しみになりました」
深く頭を垂れると、陸は去っていった。その背を見送り、涼は菖蒲を弄びながら目を細める。
「花のお江戸は八百八町、人の数だけ情がある‥‥か」
端午の節句には遅れたが今夜は菖蒲湯にするのもいい。折角だ、きよも誘えば祐衣も喜ぶことだろう。となると唯吉にも話をしないと。涼が戻るとちょうど土産話の最中だ。
「あ、涼お兄ちゃん。あのね、祐衣お姉ちゃんったら今日ね‥‥」
「‥‥む。きよ、そんな話を涼兄の前で‥」
「菖蒲摘みに夢中になって隠れんぼ忘れてた鬼がいたのは秘密だ」
崔軌が意地悪く笑うと、竹之屋を笑い声が包む。唯吉ときよの父娘が長屋へやってきて、もう半年が過ぎようとしていた。