お江戸に暮らせば  葉月

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:08月17日〜08月22日

リプレイ公開日:2005年08月28日

●オープニング

 竹之屋では今日もいつもの顔がある。
 今日は新入りの店員へは流れ板が仕事を教えているところだ。
「ボクはそろそろまた別の店に流れるかもしれないし、竹之屋さんに居るうちには引継はしておきたいしね」
「私も冒険でちょくちょく店を空けるとは思うけど。でもさ、これきりいなくるって訳じゃないんだろ?」
 その問いへ、彼女は少し考えてからこう答えた。
「ん〜どうだろう?? でもここの味も、この店の人たちも、ボクは好きだな♪」
「そっか。‥‥ま、これからよろしくね」
 いよいよ盛夏の季節。夏の晴れやかな青空のように、そこで生きる人々の顔もみな気持ちのいい笑顔だ。

 そして。
「‥‥やっと尻尾を掴んだぞ」
 長屋を取り巻く状況も好転の兆しを見せている。長屋を食い物にしたあの金貸しへ地道な監視を続けて数十日。遂に奴らの不穏な動きを発見したのだ。
「ほとぼりが冷めたと思って動き出したな。町人を食い物にする業突く張りめ。その欲の深さが首を絞めることになるぞ」
 大方、数ヶ月もすれば皆諦めるとでも思っていたのだろう。もう暫くは大人しくしていればよかったものを、欲に目がくらんで用心を怠ったのが運の尽きだ。
「今度こそ逃がさない。大人しくお縄をするんだな」


 再び竹之屋。
「なんや、いろいろあったけど‥‥江戸は平和なもんやなぁ」
 相変わらず唯吉さんは苦しい生活をしているようだが、おきよちゃんは竹之屋や、罠屋の手伝いをしながら毎日楽しく過ごしている。竹之屋も夏の料理対決へ向けて俄かに忙しく活気付いてきた。店も相変わらずの繁盛ぶりだ。味勝負の企画も協力者達の手で着々と進行し、全ては順調。もちろん、それは彼にとっても。
 厨房からやっさんが顔を出す。
「どうした? 幸せそうな顔しやがって」
「世間はいろいろキナ臭いこともあるようやけど、あの空を見てるとワイは思うんや。きっと全てはうまく行くんやないか、ってな」
 空を仰げば、天高く入道雲が伸びている。夏の空は抜けるように青く、どこまでも広がっている。気持ちのいい青空だ。あの空を見ていると何だか朱のいうような気持ちにもなってくる。この幸せは、きっと、ずっとこれからも続くのだ。
 長屋を取り巻く季節が、夏の盛りを迎えようとしていた頃のことだ。

●今回の参加者

 ea0260 藤浦 沙羅(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6649 片桐 惣助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0943 ミリフィヲ・ヰリァーヱス(28歳・♀・ファイター・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

 ごたごたも一段落した今日、竹之屋ではちょっとしたイベントが行われている。仕込を終えていよいよ開店の時間。店先へリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)がお手製の看板を掲げる。そこには「本日安売り日」の文字。
「さぁてと。今日はフェアの日だ、いつも以上に頑張らないとね」
「新店員入店の記念と、藤浦はんの一日看板娘の催しや。江戸の客は新しいもの好きやから、客が多くなりそうやな」
 腕まくりして朱雲慧(ea7692)が厨房へと入っていく。先日の一件から目に見えて気合の入った働きぶりで店の皆を引っ張っている。そんな店の活気と親しみやすさもあって、藤浦沙羅(ea0260)も少し落ち着いた様子で開店の時を待っている。
「一日看板娘として頑張らせていただきます。沙羅で人が集まるか不安なんですが‥‥」
 コンテストから暫く日が経ってしまったので、沙羅にとっては久方ぶりの給士姿だ。少し緊張した面持ちが何とも初々しい。
「あわせて何か新しい商品などの企画もされるようで、きっとその効果もあわせて人がたくさんきてくれるはずですよね!」
 小さく拳を握って控えめに笑顔を覗かせる。と、そこへ。
「うーん、やっぱ沙羅ちゃんはその初々しくて控えめなとこが可愛いぜ」
「山岡さん、どうしたんですかその格好!」
 とそこへ山岡忠臣(ea9861)も店へ顔を出した。忠臣は、フェアの煽り文句を書いた木板を体に括り付けた格好だ。香月八雲(ea8432)が驚いて大きな声を上げた。
「話を聞いて俺も何かできないかって思ってさ。人間看板に早変わりってもんだ。『今なら竹之屋で食事が半額、おまけにとびっきりの可愛い娘ちゃんが給仕をしてくれるぜ』って感じで宣伝すりゃ、千客万来大繁盛ってな」
 今日は肉まんやおにぎりのような手軽に食べれる料理を半額にして売り出すことになっている。気軽に店に寄って貰うことで一日看板娘の催しを盛り立てようというのだ。
「おおきにな、ぼん。いつもより大目に仕入れもしとるさかい、どんと来いや」
「任せとけって! つーわけで今日も俺が頼りになるとこを見せてやるぜ。な、八雲ちゃん?」
 ふと窺うと八雲はちらちらと横目で厨房を窺っている。どうやら朱の様子が気になるようだ。何となく気配を察した忠臣がそそくさと店を後にしようとすると、それをリーゼが呼び止めた
「待ちな。ほら、駄賃代わりじゃないけど、これ。お千、山岡に渡してやって」
「山岡さん、お弁当のおにぎりです」
「さんきゅー。恩にきるぜ」

 長屋では今日も御影祐衣(ea0440)が遊びに顔を出している。
「あ、祐衣お姉ちゃん!」
 やはり今朝も唯吉は早くに家を発ったようだ。留守番をしていたきよが駆け出てきた。その笑顔を目にして顔が綻びそうになるのを堪え、祐衣は口元を引き結んで難しい顔を作る。
(「あくまで今日は見張りの役目に勤めねばの。高利貸しが動き出したと聞く。事に寄れば長屋にその手が及ぶやも知れぬ故」)
 高利貸しも町人達へ表立っての報復など、事が露見するような真似は流石にしないだろう。だが用心に越したことはない。万が一の事に備えて祐衣が見張りの役を買って出たのだ。とはいえ祐衣だけでは少々心許ない。話を聞きつけ、箒を抱えたミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)も長屋へ現れた。
「こっちにいるって聞いてたから、ボクも加勢するね。今日は藤浦さんも来てて店の人でも足りてるからね〜。はい、これお土産だよ♪」
 持参の重箱の中身は今朝方作ってきた料理だ。今でこそ流れ板のフィヲだが元は武芸者。いざという時には頼りになる。
「さーてと、ボクは掃除でもしてるかな。あ、二人は気にしないで遊んでていいよ〜」
 というとフィヲが部屋へあがりこんで立てかけてあった箒を手に取った。
「‥はて。掃除をするなら持参の箒があるではないか」
「ああ、これ実は隠し武器なんだよ♪」
 持参の箒は愛用のロッドへ箒の頭をつけた代物だ。なるほどと、得心がいった風に祐衣が掌を打つ。長屋へは後から片桐惣助(ea6649)も様子を見にやってきて、久しぶりに賑やかな昼になった。だがその様子と祐衣の心中は裏腹だ。
(「何とかして情報を手に入れ借金取りの悪行を今度こそ暴く手札としたい。私がやらねば‥‥」)
 頼れる者がそばにいない所為か、いつも以上の気負いが見て取れる。それを窺っていた惣助が台所へ消え、湯飲みを手に戻ってきた。
「薬草を煎じた茶です。心身の落ち着く良い香りがしますよ」
「‥‥惣助‥」
 手にとった祐衣が呟き、それへ惣助がニコリと微笑む。きよが湯飲みへ口をつけ、庭から顔を出したフィヲも湯飲みへ手を伸ばす。
「あ‥‥いい匂い‥」
「じゃボクも。いっただっきますーす♪」

 さて同じ日の夕方。木賊崔軌(ea0592)は江戸市中のとある料亭の前でヤの字と落ち合っていた。以前交わした一杯引っ掛ける約束に甘えて、高利貸しのことで相談に乗って貰うためだ。流石にこんなとこで飲むとはヤの字も思っていなかったらしく驚いた様子である。
「わざわざ座敷まで取って貰って、すまねェな」
「なに、旦那には旦那なりの立場がある。堅気とつるんで同業者売ったなんざネタ流させる訳にもいくまい」
 内容が内容だけに余り人目につくのもよくない。その点、界隈から離れた店で奥座敷でも取れば問題ない。それならいっそ料亭で済ませてしまった方が確実だし気も利いている。
「仕事柄外じゃ呑まない主義だが‥ま、差し向かいで素面が相手ってのも白ける話だ。たまには良かろ。森がおまけでくっついてるが、まあご愛嬌って事で」
 そういうと同行の大神森之介(ea6194)へ向き直って。
「‥‥という訳だ。あまり熱くなるなよ、お子様?」
「分かったよ崔さん。でも二つしか違わないのにお子様はないよ」
「なに、大人な遊びが出来る様に成る迄はまだお子様だ」
 ニカと笑うとヤの字と並んで店へと入っていく。予約した崔軌は元より、ヤの字もこの手の店には慣れた様子だ。森之介だけがまだ若いこともあってかこういう店は不慣れなようだ。森之介は慌てて二人の背へと続いた。
(「再度悪行を暴くために動かないと。この好機、逃しやしない‥‥」)

「いらっしゃいませー、鳥そぼろまんいかがですか〜?」
 夜を迎えた竹之屋は忠臣の宣伝のおかげか客足も上々だ。口のうまいリーゼの呼び込みもあって物珍しさから立ち寄る客も少なくない。沙羅も持ち前の笑顔と明るい性格で常連客にも受け入れられてる。コンテストの時の人気も手伝って客の受けも上々だ。
「沙羅ちゃん、鳥そぼろまんと日本酒一合」
「こっちはそぼろ饅二つ頼む」
「はーい、ただいまー」
 注文を聞いて沙羅が厨房へと駆け入る。盛況ぶりにやっさんと朱も明るい顔だ。
「藤浦はん、なかなかの給士ぶりやな」
「そ、そんなことないですよ!」
 褒められたのが気恥ずかしかったのか沙羅が慌てて否定する。 
「給仕さんはが運ぶのは、料理だけじゃなくてそれを作った人の気持ちもお客様のところへ運ぶお仕事なんだって、それだけは忘れないように、って。沙羅、まだ慣れてなくて粗相しちゃうかもだけど、だからせめて気持ちだけでもって思って」
 それに満足そうにやっさんが頷いた。
「うんうん。殊勝な心がけだな。けど、客を待たしちゃマズいんじゃないのかい?」
「いっけない! すぐにおだしして来ます!」
 沙羅が慌しくお盆へ料理を乗せて駆けていく。不慣れな所や足りない所はお千ちゃんとリーゼ、八雲の3人で手分けして補う。そうして夜の飲み客も何とか一息し、後は閉店まで馴染みの客の世話をするだけだ。
「あ、そうだ」
 沙羅がお盆を持った手を胸へ当て、目を瞑って小さく息を吸い込んだ。その唇から洩れてくるのは歌声だ。店内を華やかなメロディが包み込んでいく。客もある者は料理の手を止め、またあるの者は盃を傾けながらその声に聞き痴れる。いつしか誰もが沙羅を囲んで歌声に聞き入っている。そうやって竹之屋の夜は更けていった。そんな沙羅の様子を見ながら八雲は満足そうに頷いて見せる。
「やっぱり藤浦さんのような華やかな人は大勢の人に囲まれないとですから! 諺で言う梅に鶯ですね!」

「なるほどな、事情は分かったぜ」
 崔軌と森之介、ヤの字の相談も一段落ついた所だ。
「大きな声じゃ言えねェが、確かに例の高利貸しンとこにゃスジモンが後ろについてる。それもそこいらの組を破門になったようなハグレ者ばかりときて始末が悪い。俺らもほとほと手を焼いててな。今夜の話は俺らにとっても渡りに船だ。この話、乗るぜ」
 高利貸しの屋敷を張っていた森之介も、何人か風体のよからぬ連中が出入りしているのを目にしている。どうやらそれがヤの字の言う通りケツモチのようだ。
「使えるものは何でも使ってやる。もう皆の希望を裏切るような真似はしたくないんだ。俺がやらないと‥‥今度こそ」
「だがな森、問題は経過や結果じゃねえ。勘違いしがちな事だが‥‥原因がなきゃその後が続く訳ねえんだし、な? 何にしろ」
 その時だ。座敷へ男が一人入ってきた。一瞬身構えたヤの字へ森之介が説明する。
「こいつは惣助。うちのお庭番だよ」
「惣助です。皆さんの『目』として影ながらお力添えをさせて戴きます。以後お見知りおきを」
 普段は庭師を表の顔としている惣助だが、その裏の顔は腕のよい忍びだ。高利貸しの様子やケツモチのハグレ者の様子を探る役を任されることになっている。以前の調査にも関わっているだけ合って事情にも通じているだけに適任だ。
「引き続き高利貸しの張り込みを続けてみます。仮にも奉行所に一度目をつけられている以上、ほとぼりが冷めて油断しているとは言えど何がしかの用心をしているとも考えるべきしょう。先ずそこを探るべきかと」
「惣助」
「出過ぎた真似を。申し訳ありません」
 森之介に窘められ惣助が頭を下げる。崔軌が口を開く。
「ま、やるからには万全の体制でな? ‥二度逃がす訳にゃいくまい」
 それに4人は揃って頷いた。

「フェアの成功を祝って」
「かんぱーい!」
 竹之屋では朱の計らいでちょっとした打ち上げが行われている。料理は店の余り物に手を加えてたもの、酒や飲み物は朱の奢りだ。
「今後もバカ騒ぎの毎日かも知れへんけど平和な日々と発展を祈って、今日は楽しんでや!」
「それじゃ、朱。お言葉てゆっくりとさせてもらおうかなぁ」
 そんな皆のために朱は厨房で料理の腕を振るう。ふと店内の賑わいを目にし、朱は感慨深げに目を細めた。
(「数ヶ月前迄、店の片隅に座って用心棒だけをやっとたワイ。さらに遡れば‥‥今こうして、手伝いやいろんな事までやっとるワイを誰に予測できたやろか?」)
 思わず小さく苦笑が洩れそうになるが、悪い気分ではない。
「それにしても最近朱さんの調理場に立つ姿が板について来た気がしますね」
「おおきにや。八雲はんも親友とライバルがいっぺんに増えてよかったな」
 八雲の盃に飲み物を注ぎながら冗談交じりの笑顔。
「朱さん、ライバルってひょっとして私のことですか??」
「てことは私は親友か。こんな若い娘の親友だなんて光栄だね」
「リーゼの姉はんも、この間はおおきにな」
「ん。ああ、アレね。気にすることはないよ」
 それに朱は照れているのか視線を外して頷いた。今度はやっさんを振り返って肘で小突いてみせる。
「ホンマにえぇ娘が増えて良かったなぁ」
「ああ。こんなに店も繁盛してよ、俺は果報者だな。沙羅ちゃんもなかなかの給士ぶりだったぜ」
「それにしても竹之屋もすっかり華やかになったもんだな! どうだい沙羅ちゃん。このまま正規の従業員になっちまうってのは?」
 忠臣に言われて沙羅が少し困った顔を作る。
「うちはいつでも歓迎だぜ」
「はい。なんだかこれっきりってのも寂しいからまたぜひぜひお手伝いに来ますね。皆さんもお疲れ様でした」
 それを聞いて、忠臣がとびきりの笑顔で応えた。
「何はともあれ、今日は上手く行ったことだし盛大に祝わねーとな!」
「孫子もこう仰いました! めでたい事はどんどん祝え、と! と、とりあえず朱さんの隣に座っても良いでしょうか?」
 照れまじりに口にする八雲、そんな八雲の様子を目にして忠臣ががっくりを肩を落とす。それに気づいた八雲が眉をはの字にして困り顔でおろおろする。
「あ、ええと。‥その‥‥みんな仲良く行きましょうね??」
 が、それも束の間。
「‥‥ふっかあつ! 一度や二度の失恋じゃあ挫けねー! それが俺のナンパ道だっ!」
「なんや、エラい早い立ち直りやないか」
「今はママンに言ったアレを誤魔化すのが先決だっての。振られましたなんて言えねーし、ひとまず誰かに代役を頼んで騙すっかねーぜ。‥‥て事でお千ちゃん!」
「は、はい!?」
 急に名を呼ばれてお千が素っ頓狂な声を上げる。
「この忠臣一世一代の頼みだ! 料理対決の時だけで良い!恋人の振りをしてくれ!」
 とそこですかさず土下座。へこへこと情けないくらいに頭を下げて頼み込む忠臣。
「でねーと俺‥‥フカの餌になっちまう。ちゃんと今回竹之屋の手伝いすっからさ。それで手を打ってくれよぅ」
「フカの餌! それは大変ですよお千ちゃん!!」
「八雲さんがそういうのなら‥‥」
「お千ちゃん! ほんっとーに助かるぜ」
「ぼん‥‥エラい情けないやっちゃな」
「人事だと思って用心棒、俺に取っちゃマジに命に関わることなんだぜ!」
 忠臣が大真面目に答えるのがおかしくお千ちゃんが思わず吹きだした。それに釣られて店内をどっと笑いが包む。ここ下町は夏の盛りの葉月、そこに生きる人達の顔はみな笑顔。少しの波風はあるものの、順風満帆。この幸せはきっと、ずっと続く。誰もがそう思えるような日々が、彼らの上を流れていた。