お江戸に暮らせば 睦月

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:4人

冒険期間:02月03日〜02月08日

リプレイ公開日:2005年02月11日

●オープニング

 長屋から暫く歩いたところにある小さな神社。新年の催しに舞の披露を依頼された瑞峰流の師範代は準備に奔走していた。以前に縁のあった大神家を取り付けて人手の不足を補い、いよいよ催しを数日後に控えたその日。ここに来てちょっとした問題が持ち上がったのだ。
「宮司さん、突然そんなことを言われましてもですね、今からでは新しく舞い手を探すのは無理というものですよ」
「いいえ、こればかりは譲れませんな。だいたい得体の知れぬ能楽のようなものを我が神社で行うというのはいかがなものか」
 ジ・アースにおいては、能楽とはここ十数年の間に起こった新興の芸能である。今でいったら前衛アートといったところか。大神兄弟の話を聞いた宮司が難色を示したのだ。
「とはいえ、あくまでも舞うのは我が瑞峰の舞ですし、いぜれにせよ能楽といえどその源流を見ればそもそも‥‥」
 そういって説明をしたものの宮司は頑として聞き入れず、師範代は大人しく帰るしかなかった。新興芸能である能楽は一部の保守的な層にはまだ広く受け入れられているとは言い難い。
 そもそも舞とは元を辿れば神との結びつきによって生まれたものである。その元始に舞い戻り“神を想う”ことでより真正と神聖とを求めるのが大神家の神想流。様式こそ新しい能楽のかたちを取るが、その精神は伝統舞踊の血脈を色濃く受け継いでいる。ちなみ元を辿ると大神家は祐衣の御影家との繋がりも深い。剣と舞とは表裏一体なのだ。
「私の御影家が神想流本家で剣を司り、分家たる大神家が舞を司るのだ。総兄などは我が兄に並ぶ剣の使い手でもあるからな。剣舞もまた見事なのは道理というものよ」
 長屋で何やら親爺相手に背筋を張って説明していたのは、ここのところよく顔を出している冒険者の娘。
「‥‥ところで、そ、その」
 話を終えて急に娘がそわそわしだしたのを見て、親爺は唇を吊り上げて意地悪な笑みを作る。
「にしてもアンタ、ほんっとに間が悪いなあ」
 親爺の言葉にビクリと娘が肩を震わした。見上げる彼女へ親爺は小さく肩を竦めて見せる。
「きよちゃんなら朝から長屋のガキ連中と出掛けてったきりだよ。最近は遅くまで帰ってこねぇし、いったいどこまで遊びに出掛けてンのかねえ」

「最近すっかり長屋のガキらを見んようになったけど、どないしたんやろな」
 こちらは竹之屋。昼の賄を平らげて満足そうな店の用心棒の前には空の丼が積まれている。その食いっぷりに釣られて立ち寄った客で店もそこそこ賑わっているようだ。
「新年会では松之屋に客を取られっちまったからな。ここらでしっかり稼いどかねぇとな!」
 ちょうど神社での催しの話を聞きつけた竹之屋の主人は稼ぎ時と見て張り切っているようだ。
「ここでがっぽり稼げば臨時収入で懐もぐっと暖かくなる寸法です!」
「せやな、ここは一丁! 気張ったるでっ♪」


 夕刻。そろそろ日も暮れようという頃、瑞峰の師範は宮司の説得を諦めて岐路につくところだ。
「おや、あれは?」
 境内に子どもたちの姿がある。その中にきよの姿を見止めて男は足を止めた。
 近寄ってみると、長屋の子どもたちは何かを広げて何やら相談中のようだ。上からそっと覗くと、どうやらそれは手書きの地図のようだ。
「おやおや、きよちゃんも、皆さんおそろいで何の相談なのかな?」
「えとね、あのね」
 きよが指したのは社の鳥居。見るとそこには痛々しく傷跡が走っている。夏祭りの騒動の折に魔物の仕業でつけられたものだ。
「あっちの社にもおんなじのがあったの!」
「もっともっとあっちに行っても同じのがあるんだよ!」
 どうやらその印のある社を探す遊びをやって随分と遠くまで出掛けているようだ。地図には×印が踊り、子どもたちは探検ごっこに夢中の様子だ。
「明日はもっと遠くの神社まで行くの!」
「それはまた元気があってよろしいですね。子どもは遊ぶのが仕事ですからね、明日も頑張って‥‥」
 そこまで言いかけた男の目が地図を見て止まった。お手製の地図には長屋の方角から北北東まで一直線に×印が連なっている。そのまま進めば先にあるのは‥‥。
「って、そっちは色町じゃないですか!」
「うん、頑張るね! じゃあね、おじちゃん!」
 そういうと子どもたちは一斉に駆け出した。
「だ、だめですよー! きょ、教育上よろしくありません!」
「また見つけたら一番に教えたげるね!」
 振り返ったきよが笑い、大きく手を振った。他の子たちも手を振り、長屋へ駆けていく。慌てて師範代が後を追おうとした頃には、その背は随分と遠くなっていた。空は茜に染まり、どこかでカラスが鳴いている。
 睦まじきは睦月。初春の目出度さに、老いも若きも新年の良き日を祝う睦びの月である。唯吉ときよの親娘が長屋へ越してきてもう三月が経とうとしていた。

●今回の参加者

 ea0440 御影 祐衣(27歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1636 大神 総一郎(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea6649 片桐 惣助(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea6923 クリアラ・アルティメイア(30歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0943 ミリフィヲ・ヰリァーヱス(28歳・♀・ファイター・人間・フランク王国)

●サポート参加者

インシグニア・ゾーンブルグ(ea0280)/ 伊珪 小弥太(ea0452)/ 渡部 不知火(ea6130)/ 渡部 夕凪(ea9450

●リプレイ本文

第三話 笑う門には‥‥

 早朝から御影家の門を叩く者がある。
「「「ゆーいーちゃん♪ あそびましょーぉ!」」」
 大慌てで支度をして出てきたのか御影祐衣(ea0440)は眠たい顔だ。何が起こったかすぐには分からない様子で目をしばたかせている。
「‥‥きよ坊に振られ続けてるらしいな。素直じゃないねぇ?」
 長屋のチビらに混じった木賊崔軌(ea0592)が、にやっと悪戯めいた笑顔を覗かせた。
「遊びましょ?‥‥‥約束通り、な」
 年の瀬の件の礼の様だが、意地の悪いのは罠屋の性分かその所為で罠屋になったのか。
「ところでそっちの御仁は」
 祐衣が隣の若い男を指す。
「山岡忠臣(ea9861)だ。さっき通りで話を聞いてよ」
「それが実はな‥‥」
 黄昏ている師範代とばったり会ったのが昨日の仕事帰りのこと。色町で出くわした知人の小弥太からもチビ達の居場所を聞いた崔軌は面白げなので暇を見てちょっかい出す事にしたのだ。‥‥これはどうも性分らしい。
「町中探検が楽しい気持ちは分かる。俺様も小さい頃は楽しんだもんだ。しかし色町には行かせられねーなぁ」
「いや、嬢達も一緒なら止めとけ?‥とな。ボウズ連中なら見学する所だが」
「ああ。もう少し大きくなったら承認だ」
 その忠臣は他にも狙いがあるようだ。
(「後はアレだ。俺様的にはこの界隈の美人のねーちゃんと仲良くなる事だな! この格好良さと財布の中身を持ってすれば、けっこー行けるかもしれねーぜ?」)
 それに繭を潜めつつ祐衣が思案顔で俯いた。
「うむ、色町とはあれだな、日本画の顔料を扱う問屋街の事だな。確かに顔料は子供のやわな肌にはきつく、害を為すやも知れぬ。危険さを知る大人としては、近づかせてはならないな」
 大方、大神森之介(ea6194)に面白がられてデマでも吹き込まれたのだろう。祐衣が大真面目に言ったものだから、崔軌と忠臣は噴き出しそうになりながら顔を見合わせた。
「なるほどな。嬢達は化粧なんかにも興味を持つ年頃だしな」
「そりゃ、大人になるまでは承認できねえな」
 神妙に頷くと、少し怪訝な顔をしつつも祐衣も頷いた。
「うむ。きよも大分慣れたとはいえ、江戸の町も広く、奥深い。子供だけでは神隠しにあってしまうこともある、気をつけねばの」
(「にしても何故小弥太が色町に居ったのだ? あ奴に絵の心得などあったかの?」)

「さぁて、瓢箪から駒な感じに拾って貰ったさかい、しっかり気張らせて貰うで」
 催し物と言えば祭、祭と言えば縁日、そして出店に露店だ。竹之屋でも境内に屋台を出すとあって朱雲慧(ea7692)も朝から俄然張り切っている。
「お祭! 聞いただけでワクワクする素晴らしい響きです! 売り上げを伸ばす為にも頑張りますよ!」
 いつも元気イッパイに笑顔を振りまいている香月八雲(ea8432)は竹之屋の看板娘。
「働いたらその分だけ儲かると信じて! きっと今までの分も合わせて返ってくるに違いないです! 諺で言う金は殿下の回し者という奴ですよ!」
 その回し者たちはどうやら寂しがり屋なようで、いつも自然と一所に集まるようになっているらしい。貧乏人の懐はさみしいものである。八雲も最近は借金持ちの貧乏振りだが、今日こそはと息巻いている。
「屋台の設営は朱さんにお任せしますね! 私は仕込みを手伝ってきます!」
 厨房には昨晩からミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)も手伝いに来ている。趣味だという料理の腕は中々のものだ。店の味付けは昨日の内に竹之屋の品書きを一通り試して教わっている。
「へぇ〜ジャパンの料理にはこんな味もあるんだぁ」
「っても、ウチの隠し味までは教えねえけどな!」
 様子を見ていた主人が言うと、フィヲは少し照れ混じりで笑顔を覗かす。
「いきなりそこまで教えてくれるほど甘くはなかったかぁ」
「にしてもフィヲちゃんは筋がいいねえ。武芸者なんてやらしとくのは勿体無いくらいだ。ウチで拾ってやっから、そん時は遠慮なく辞めちまっていいかんな」
「またまた〜」
 今日の品書きにはフィヲの作る欧州の郷土料理も加わることとなった。これからその仕込みだ。
「屋台で出すならグラシュ・スープ辺りかな。今の時期ならマスのムニエルとかでも良いかも知れないね」
 知人から肉の差し入れもあり材料は揃っている。大急ぎで準備が進められ、そして昼前には。
「香月はん、こないなもんでえぇやろか?」
 馴染みの顔が何人か手伝いに駆けつけてくれたお陰で思ったより早く屋台も完成したようだ。八雲が品書きを書いた板を掲げ、そこへ『竹之屋』の三文字を書き入れる。
「「「「「出来たーァ!!」」」」」

 一方、肝心の新年舞は頓挫したままだ。
「全く、訳の分からぬ能のようなものを内の社で許す訳がないではないか」
「成る程新興芸能には用は無い、ですか。新しいものは得体がしれない、と。これは耳が痛いですね」
 不意に掛かった声に宮司が振り返ると庭師の片桐惣助(ea6649)だ。今朝も催しの為に質の良い榊を届けに来てくれた所だ。宮司に睨まれ、惣介は恐縮した様子で小さく頭を下げた。
「あ、いえ、今俺が持っているこの鋏も生粋のジャパン製、という訳じゃないんです」
 舶来の品だが切れ味も良く枝も綺麗に生える。元より丁寧な仕事で評判だったのがお蔭でいっそう良くなった。
「元々江戸っ子は新しいもの好きですから、良いものはどんどん取り入れて独自の文化を築いていきますね。そのかわり駄目とみると見向きもしない‥‥良い鑑定家です」
「何が言いたい」
「俺は普段は兜町の御影家にお庭番として出入りさせて貰っています。大神兄弟のお人柄は大したものですよ。噂をすれば‥‥」
 惣介の視線の先を振り返るとちょうど大神総一郎(ea1636)が社を訪れた所だった。
「おや。そちらは」
「瑞峰に意を示しながら、我らが舞う事で断るは宮司殿の心情を思えば尤もなれど、その実如何なものか。彼の面目は丸潰れとなってしまった」
 それが己の舞の所為であるならばその面目を回復せねば神想流を認めた彼の誠に報いる事ができない。己の生き方として舞を選んだ者ならば尚更に。それが総一郎と言う男の不器用な謹直さだっだ。
「この神社は何神を祀られているのだろうか、我々の神想流‥‥能の源流もこの古来の神々。神楽の表現の中に能がある‥‥もし宮司殿が誤解されているならば、それを解きたいと思い参上した次第」
 新興と呼ばれるものは体制に認められぬもの。覚悟の上で選んだ道だからこそ憤りもないし責めもしない。総一郎が宮司の目を見据えた。

 こちらはお子様と罠屋のご一行様。
「よーし。んじゃ通りの角に差し掛かったら賽を振って、目が壱〜参なら右、四〜六なら左に進む。いいなチビたち?」
 色町へ行くのを止めるのでは反って興味も湧くというものだ。崔軌の提案したのは双六しながら探すという案だった。イカサマ賽を仕込んであるから時折賽をすり替えれば旨く誘導できる。その辺は身内の手を借りて手配済みだ。
 鳥居探しも数日続いてるようだ。走り回って探すにもそろそろ刺激が減る頃合いとあってチビらは一も二もなく話に乗った。子ども心を押さえた提案だが、本人が一番子どもだからなのかも知れないのは突っ込まないお約束。
「ま、こういうのは遊びながら気を逸らす方が早道だもんな」
「次はきよちゃんの番だよっ」
「うん‥‥‥えいっ! あー!また四だ!!」
「おおー! ってことは左だな」
 忠臣が少し大げさに驚いて見せる。仕込みをイマイチよく理解していない忠臣は半分は本当に素だったりするがそこは祐衣の手前。頑張って頼れる風を装っている。
「あっちは神社だな」
「ま‥今回は仕事じゃねえし店のサクラも兼ねて何ぞ御馳る位は範疇か。よーしチビたち、社まで競争だ!」
「お姉ちゃん、行こっ!」
 きよが祐衣の手を引いて笑顔を見せる。崔軌と子供たちを追いかけて、小さな手に引かれながら祐衣も駆けて行った。

「はわー。お祭りですよー。楽しむですよー」
 話を聞きつけたクリアラ・アルティメイア(ea6923)は、今日もまた道すがら布教活動をしながら神社へ遊びに顔を出していた。
「それにしても睦月って言うか冒険期間はすでにきさ(削除)」
 何やらメタなことを口走りながらクリアラ。最近では布教の甲斐あってか、何だか良く分からない事を口走ってる愉快な異国の娘さんとして界隈ではちょっとした名物となっていた。まあ何かダメっぽい気がするのは本人も自覚しているらしいが。
「はっ! ということはもしやこの報告書は回想シーンですかー??」
 変なところに思い当たっていた。
「祭、か」
 ちょうどチビらも神社へやって来た所だ。
「お客さんだよ。お千ちゃん注文お願い」
「はいー!」
「へぇ。お千ちゃんって言うのか。チビらに甘酒をくれっかい?」
(「連れとチビらに奢ってやればイイ人に見られるしな。最初からがっつかねーでまずは好印象を与えといて‥‥。俺様って頭良いぜ」)
 などと自画自賛しながら忠臣が懐の財布へ手を伸ばすと。
「長屋の皆さんですね! もちろん無料で甘酒を振る舞いますよ!」
 チビらを見止めた八雲がお盆片手に飛び出してきた。昼時を迎えて屋台も盛況、呼び込みの声も賑やかだ。
「ダンク・シェ〜ン! また来てね〜〜♪」
「お祭りらしく景気よく、笑顔も忘れず行きますよ! ミリフィヲさんやお千さんもにっこり笑って!」
 店の隅では朱が常連連中と将棋を指して暇を潰している。
「お、森やん」
 そこへ森之介が腹ごしらえに店へ顔を出した。
「せやけどこんなとこで油売っててええんか?」
「宮司さんとの交渉? それは総兄の役割、俺は柄じゃないよ‥っていうか次期家元が顔を出すんだ、俺は必要ない、総兄を信じてるし」
 スープの椀を受け取り森之介が席に着く。
「俺はね、能役者であることに誇りを持っている。誰かに認められないから、ってぐらいでぐらつくほど簡単なものじゃないんだ。これは多分宮司さんが神社に誇りを持つのと同じものだと思うよ」
「そうですかー。誇りを持つのはいいことですよー」
 ひょっこり首を出したクリアラがその隣に腰を下ろした。屋台を回ってきた所なのか両手には食べ物が一杯だ。
「こっちにも甘酒お願いしますよー」
「は、は〜〜〜い。ただ今〜」
 忠臣の目論見は外れたがチビらも甘酒を手に一休み、クリアラも一緒になって遊んでいる。その時だった。
「はわー‥!」
 チビたちに押されてよろけたクリアラが男にぶつかった。
「何しやがんだこのアマ!」
 柄の悪いその一団は地回りのヤクザ達だ。
「おう。竹之屋さんよ。何かお忘れでないかい?」
「ここいらで店ェ出すんだったら筋は通してもらわねえとな!」
「へ?はわっ!?あ‥‥‥あうぅ‥‥‥‥」
 男がじろりと睨みを利かせた。朱がちらりと八雲を窺う。
「はい!」
 そのヤクザ者へ八雲はにっこり笑って甘酒を出した。
「美味しい物は気分を和ませますから! 折角のお祭、みんなで楽しく――」
「舐めてんのかコラァ!」
「そこまでや! 内の大事な看板娘に指一本でも触れてみぃ‥‥ただじゃおかへんで!」
 チッと舌打ちして男が引き下がろうとしたその時。
「あ、兄貴‥‥!」
 舎弟が一人、きよへ手を伸ばした。
「おい、妙な言いがかりだけじゃ飽き足らず卑怯な真似までするってかい」
 森之介が横から割って入るときよを男から引き離す。すぐさま忠臣が引き寄せて庇う。
「そんな道理が引っ込む様な事はお天道様は黙っちゃいねぇぜ。おう、朱の字、助太刀するぜ」
 いつしか人垣ができて皆が朱たちを見守っていた。
「おう。帰るぞ」
「で、でも兄貴」
 その舎弟の鼻っ面を男が裏拳で殴りつける。
「これ以上俺に恥ィかかす気か」
「す、すんませんッス!」
 男が振り返る。
「ヤクザ者に手ェ出したんだ。覚悟決めてンなら文句は言わねェぜ」
「わいは竹之屋の用心棒の朱や! 今日この場やなかったらいつでも相手したる。折角の楽しい雰囲気に水を差すなやぁ!!」
 朱が啖呵を切って凄む。男が境内から見えなくなると、どこからともなく拍手が沸き起こった。
「あ、この音は‥‥」
「はいー。舞いのBGMですねー」
 不意に舞台へ師範代が姿を現した。そして装束に身を包んだ総一郎も。どうやら土壇場で説得が旨く運んだらしい。人垣を掻き分けて森之介がそのまま舞台へ飛び入るとたちまち喝采が起きる。
「災難だったな。お千ちゃん」
 事が終わって忠臣が千へ声を掛けた。
「まあ悩みでもあったらこれからも‥」
 と格好つけた所で。
「屋台の組み立てもですけど、流石に男手があると頼りになりますね! 何だか朱さんへの好感度が上昇している今日この頃です!」
 八雲がうっとりとした顔で朱を覗き込んだ。朱が少しだけどぎまぎしたのも束の間。
「さてお千ちゃん、舞いも始まりましたし、一緒に見に行きましょう。仲良くなるには色々とご一緒するのが一番です! 孫子もこう仰いました!友情、努力、勝利と!」
「ああ、孫子を諳んじるなんてさすが‥‥博学な八雲さんも素敵です!」
「って、お千ちゃん?」
「八雲はん?」
 忠臣と朱を置いて二人は仲良く手を繋いで行ってしまった。おやじさんが茶化して一言。
「お千ちゃんは八雲ちゃんのファンだからなあ。おっと、朱やんも内の看板娘に手ぇ出したらタダじゃおかねえよ?」
「それじゃ俺とチビらは最後の仕上げがあるんでな」
 ひとまず気を逸らしたといえ、またいつ興味が戻るか分からない。崔軌はチビらを引き連れて早々に社を後にした。
「私は二人の舞が好きだ、見ていると何か浄化されるような気持ちになる」
 祐衣は兄弟達の舞に見惚れている。舞台では三人が瑞峰の舞を舞い、立ち回りを演じた森之介も歓声を集めている。やがて舞台は二人の若き能役者の兄弟舞へ移っていった。
「師範代さんもお疲れ様ですー、はいー」
「いやあ、今回は総一郎君のおかげですよ」
 汗を拭い、師範代が舞台の総一郎へ視線を移した。兄弟は人々の喝采を受け存分に己の舞を披露している。
 そも舞とは、神と人との舞うという表現を加味した言祝ぎ。そこには隔てるものは何もなく、太平楽を詠うのみ。庶民から武家や貴族、皇族までも遍く響く和の心の起源。老いも若きも睦つまじく。人々の集う境内には、笑顔。
「笑う門には福来たる、ですね!」



「ふむ。催しは上手く言ったか」
 顛末を噂に聞き、ギルドの番頭はふっと表情を緩ませた。
「それにしても長屋近辺に巨大鼠出没‥‥。相変わらずだなあいつらも。ヤクザと揉めたというのも気に掛かるが」
 そこまで考えて番頭は苦笑気味に頭を振る。
「いやいや。仕事でもないのに何を気にしているんだ私は」
 そして時が過ぎ、やがて長屋は如月を迎える――。