●リプレイ本文
「いよいよお花見本番ですね!」
香月八雲(ea8432)率いる竹之屋では更に改良された肉饅が納得の行く段階に仕上がっていた。それまでの難点は肉汁にあった。溶け出した煮凍で皮がべちゃべちゃになってしまうのだ。
「せやから、それを逆手に取ったらどうやろかって思ったんや」
朱雲慧(ea7692)が知恵を絞って見つけてきたのが春雨、そしてメンマ。煮凍を包んだ春雨は肉汁を吸収して味を染み込ませ、餡と絡み合って旨みを増す。細かく刻んだメンマも余分な水気を吸ってくれる。溶けた煮凍を吸って、春雨のプリっとした弾力のある食感とメンマのシャキシャキした歯応えが絡み合い、皮のふっくら感を損なうことなく引き立てている。どちらもまだ日本では馴染みの薄い食材、大陸渡りの朱ならではの発想だ。
「はい、さっそく蒸しあがったよ〜♪」
ミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)が出来立ての肉饅を、お千ちゃんと一緒に笹へ包んで屋台へと並べていく。常連へも八雲が声を掛けて回ったおかげで初日の滑り出しは上々だ。
「せっかくの晴れ舞台ですからね!」
長屋の連中も空いた時間で手伝いに駆けつけてくれている。そこへ大神森之介(ea6194)も長屋のきよ達を連れ立って顔を出した。
「朱くん、売れ行きはどう?」
「両手に花とはやるやないか神父はん」
教会の手伝いへ来ている彼は神父服姿。初めての洋装にちょっとだけ照れ混じりだ。
「こすぷれ、いーだろー」
が、そこは舞踊家の息子。洗練された立ち居振る舞いで着こなしも様になっている。芝居がかった仕草で襟元を正すと、にっこりと微笑んでみせる。
「あれだけ苦労したんだから、竹之屋も頑張って欲しいよね」
一方の松之屋はまずまずの出だしといった所だ。
「少ないか‥‥客層の大半が同じでこちらがアウェーじゃからの」
駒沢兵馬(ea5148)も、予想していたこととはいえこれには苦い顔だ。
「料理対決の勝利‥‥というかおいしく食べて貰えて花見が盛り上がれば満足アル」
月陽姫(eb0240)はそれにもめげず、てきぱきと準備をこなしていく。水戻しした皮で具材を包み、菜の花の緑と黄の対比が鮮やかになるよう形を整える。
「華やかなのも花見の特徴ゆえ。銘も江戸っ子の心意気や対抗心をくすぐるじゃろう」
見栄えにも春めいていて美しいこの料理は春眼福と名づけられた。陽姫の生春巻きを元に、数種の具材と二種のタレで八種の味のバリエーションを楽しめるようになっている。皮も厚みの違うものなどを揃え、好みの組み合わせを選んでもらうというものだ。
同じ春の素材ということで、河島兼次(ea2900)の作った苺餅も屋台に並べられた。珍し物好きの江戸の庶民には受け入れられることだろう。
「餅ではなく春巻きで包んでみたが、今ひとつだったからな。やはり餅の方が相性はいいようだ」
苺の形をあしらった小さな餅は客の受けもいい。やや予算を上回ったがこれなら採算の範囲内だ。
「主食の春巻きで口が油こくなったところに不意打ちをかます感じになればしめたものだな」
その苺餅も春眼福とセットにして、4種の味を楽しめる千福揃と、更に二種のタレを味わえる万福揃として売り出す戦略だ。
「みんなが葱調達にいってる間に、南の方で早咲きの桜を仕入れてきたアル。桜花を塩漬けにしたアルヨ」
陽姫がそれを湯飲みへ入れて湯を注ぐと湯飲みがほんのりと桜色に染まる。
「揃いの料理を買ってくれた方にサービスね。春らしいアルな?」
陽姫が笑顔を覗かせる。花見客達からも徐々に注文が入るようになった。
「お、粋だね。千福揃を一つくれ」
「こっちには万福揃だ」
「はいはい、順番ネ。こっちの薬味の葱はみんなの協力で集めた最高の品アル」
徐々に売れ行きも伸び始め松之屋の屋台も俄かに慌しくなった。注文に応じて陽姫が手際よく数をこなしていく。彼女だけに任せては置けないと河島も腕まくりをする。
「駒沢さん達の足を引っ張らないよう気をつけねばな」
「うむ。看板を背負って立つ以上は無様な真似はできぬからな。じゃが、夜櫻見物あたりと明日一杯は客捌き大変じゃぞ? 竹之屋のあの料理の致命的な欠点を直して、客の信用を戻すにはそのくらいかかる」
腕組みすると駒沢は竹之屋の屋台を振り返った。昼時を迎えて肉饅は飛ぶように売れ、八雲がてきぱきと料理から注文、その他雑用などをこなしている。繁盛の具合を見れば竹之屋に分があるようにも見える。だがその差は夜になる頃には徐々に現れ始めていた。日暮れ時からそぼろ餡を辛めに味付けして肴になるように工夫を凝らした竹之屋だが、いまいち売れ行きがよくない。肉饅は温かい内に頬張るのが肝、歓談しながらつまむには不向きなのだ。朱の改良で肉汁が冷え固まることだけは避けられたが、これは大きな痛手だった。
「その場で食うなら竹乃屋なんだけどな」
「それ以外では松乃屋の領分だな」
どちらも一長一短。両店は互角の攻防を繰り広げた。
「はわー。ついに布教本番ですー」
クリアラ・アルティメイア(ea6923)の指揮の下、信者獲得作戦も着実に進められている。
「さて今日も頑張りますよー。えい、えいー」
「「おー」」
山岡忠臣(ea9861)や森之介、それから長屋のいつもの顔も応援に駆けつけてくれている。休憩所を兼ねた教会のブースでは聖書の写しなどの展示や、飲み物やスープの無料サービスが行われ、更には迷子預かり所にと大活躍だ。普段はふらふら遊んでばかりの忠臣も今日は忙しなく雑務に追われている。何せうまくすればクリアラと八雲の二人に急接近できるチャンス、となれば絶対に花見を成功させねばならない。
「少なくともあの用心棒にはぜってー負けられねぇ!」
ちょっと方向がずれているがそこはご愛嬌。クリアラも雑務は男手に任せて、訪れた人達へ熱心に教えを説いている。
「ジーザス教の教えは、現世利益の面もあるのですよー。ジーザス教を信ずれば、大いなる父様が敬虔なる使徒を救ってくださるのですー。はいー」
いつもならどこか緊張感のない彼女だが、同じ修道服姿なのに今日は随分と頼もしく見える。森之介がふと忠臣を振り返った。
「そうだ山岡君、肉饅の出前があったから竹之屋で買って来てくれる? もちろん、八雲ちゃんにも宜しくね」
含みを持たせた森之介へ忠臣は苦い顔だ。
「しっかし最近俺ってば大神サンに良いように弄られてる気がするぜ‥‥気を付けねーと、このまま三枚目に転落しちまう」
何だか手遅れな観もあるが渋々ながらもお使いに出かけていく忠臣。屋台ではちょうど実演の準備が終わった頃合のようだ。
「八雲ちゃん、肉饅10個お願いな」
「そ、そんなにですか!?」
「クリアラちゃんが忙しくて動けないから、昼飯代わりにもってってやるのさ。俺様は気が利くからな」
本人としては命一杯のアピールらしいが空回りはいつものこと。八雲も相変わらず鈍いのでどっちもどっちだ。
「それにしても雌山め‥‥随分と余裕を見せていたが、一体どんな料理を出してくる気だ」
ふと忠臣が周囲を見回した。朱の姿がないのを確認すると、それとなく八雲の手を取って。
「ま、何が出てこようと俺達の料理が負けたりしねぇさ」
「ハイちょっとそこ通りますね」
そこへタイミングよくお千ちゃんが割って入る。忠臣の恋路は前途多難のようだ。そんな彼の気も知らないで八雲はいつもの笑顔を振りまいている。
「人前で話すのはちょっと恥ずかしいですけど、朱さんも推してくれたのですから頑張ります!」
実演披露は花見三日目、特設ステージで行われる。無作為に選ばれた審査員へ松之屋のサービスで桜湯が振る舞われ、松之屋先攻で実演会は始まった。
「松の屋の売りは具を選べる事じゃ。テーマである春の食材で統一しておる」
海腹雌山(eb1505)が審査員へ挨拶し、その間に駒沢が会場に設えられた調理台で腕を振るう。基本に忠実な、だが力強い包丁捌き。圧巻は皮に織り込む木の実を砕く技だ。包丁の一振りで瞬時に粉砕すると観客から驚嘆の声が洩れる。
「はいアル」
出来上がったものを乗せた盆を陽姫が審査員席へ運び、やがて海腹は語りだした。
「珍しい米粉の皮で具材包んだ生春巻き『春眼福』じゃ。緑と黄の春らしい色合いは菜の花、中々珍しい食材じゃ。土から出でておらぬ若筍の何と美味なる事か。タレは甘塩と辛味噌の二つを用意した」
海腹に促されるままに審査員達は料理へ手をつける。
「まずは甘み。この焼き下仁田葱は常陸の国でしか取れぬ逸品よ。やんごとない身分の御方も食されておるそうじゃ。次に苦味。春と言えばふきのとう味噌を忘れる訳にはいかん、重要な珍味じゃ」
料理自体の完成度もさることながら、一流の料理人である駒沢が腕によりを振るい持ち味を存分に活かしている。審査員の反応も上々だ。
「更に蒸し鶏肉の梅肉添えが酸味を、そして極めつけは生の赤葱の辛味じゃな。実に鮮やかな赤色をしておる。門外不出にして他所へは種も分けぬそうじゃ」
そうして最後に渋茶と苺餅が振る舞われた。徐々に味の濃い品を出す配分といい、計算しつくされた構成には舌を巻くばかりだ。
「以上じゃ」
審査員達の様子からも確かに手応えだが伝わってくる。
(「ククッ。竹之屋の料理は甘口の味わい深い料理。濃い味に慣れた審査員が食したらどうなるか。言うまでもない」)
周到に罠を仕掛けた海腹がほくそえむ。後攻は竹之屋の番だ。包丁を構えたフィヲはいつになく真剣な表情をしている。武術で鍛えた的確で居て流れるような包丁捌きを見せた。無駄のない動きからもこの日のために相当な練習をつんだことが窺える。一刀の下、鮮やかに鶏肉をそぼろ状にする。
「完成♪」
期せずして駒沢と全く同じ発想となったが、技の冴えは元は武芸者だったフィヲが僅かながらに上だ。
「蒸しあがったのがこっちの特製鳥そぼろ肉まんです!」
八雲の指示でお千ちゃんが審査員へ肉饅を配っていく。審査員達が饅頭を割り開くと温かな湯気が立ち上った。
「ぉ、なんと芳醇な香り‥‥」
「ぬ!?熱い‥‥そしてこの歯応え!?」
竹之屋の最大の売りは、店の献立を支える竹之屋自慢のだし汁だ。
「その出汁から作った煮凍を乾物を使って旨みを封じ込めてみました!」
竹之屋が作ったのは、いちばん竹之屋らしいこの店こだわりの味。
「材料には特別な物を使っていません。ちょっと大陸渡りの珍しい乾物も使ってますけど、それも全部江戸で普通に使われている材料から作ったものです」
フィヲがメンマに使った筍など普段から店でも使っている材料を審査員へ掲げて見せた。どれもごく一般的に親しまれている食材だ。松之屋の春眼福のような洗練された味でこそないが、庶民の素朴な味に拘る竹之屋の気概が窺える。
「有り触れた物を丹精こめて調理する、これが竹之屋の流儀なのです!」
最後に八雲は笑顔で言い加えた。
「孫子もこう仰いました! ふるさとの味が一番、と!」
試合巧者振りを発揮した海腹の罠だったが、生春巻きに慣れた後では春雨とメンマの食感は鮮烈だ。辛うじて竹之屋も一矢を報いる形となった。残る印象から行けば後手が有利ということもあり、ここでも勝負は互角。残すは最終日までの売り行きを見るのみとなった。
4日目は、クリアラの企画したジーザス教クイズ大会が開催された。忠臣と森之介も助手として借り出されて慌しい。観客も自由に参加ができ、松竹両店からも商品の提供がありなかなかの盛り上がりを見せた。ジーザス教にまつわる事柄を分かりやすくとりあげることで知名度アップに大いに貢献したようだ。
そうしてあっという間に五日間が過ぎ。最終日の夜の時点での売り上げが集計されることとなったた。
「それでは結果発表ですよー」
集計票を手にしたクリアラを観客が固唾を呑んで見守っている。
「勝者は、松之屋さんですー!」
まさに僅差だった。互いに一歩も譲らぬ攻防が続いたが、揃にして売り出すという戦略と季節の物をあしらった素材の選択が決め手となった。給仕に恵まれたのも幸いしたようだ。
「残念、あと一歩及ばなかったか〜」
「今日の所は我らが勝ちを拾ったが、どっちがどっちもあるいまい、戦終われば喧嘩仲間よ」
不敵に駒沢。共に力を出し切った上の結果、それに何よりどっちが勝ってもおかしくない勝負だった。
「そうアル。楽しんでやれたから、それが一番ね」
「これにて花見大会は無事に終了ですー。ではー。僭越ながら私が締めの音頭を取らせて頂きますよー。皆さん、お手を拝借ー」
クリアラの音頭で閉会の挨拶が行われる。
「ではいきますよー!」
最後の締めは勿論スタッフと花見客揃っての五本締め。こうして大盛況の内に五日間の熱戦は幕を下ろした。
お花見終わって。
「一段落着きましたし、約束通り山岡さんとデートですね!」
八雲と忠臣はかねてからの約束だったデートの日取りを話し合っている。
「そうだ、あのかんざしを挿していきますね! 朱さんも褒めてくれましたし」
そう言って八雲はちょっと照れてみせる。
「それなんだけど」
と、切り出しにくそうに忠臣。
「また後日にしようぜ」
思いがけない言葉に八雲が不安げに首を傾げた。
「八雲ちゃん忙しかったもんな。今回はゆっくり休んで、改めてデートしようぜ。もちろん邪魔者は抜きな!」
「山岡さん‥‥」
見つめる八雲の頬に紅が差している。少し潤んだ瞳に見つめられて、忠臣は思わず息を呑んでいた。が、それも束の間。
「わ、うわ、八雲ちゃん!」
八雲がその場で倒れこんだ。
「八雲はん!」
そこへ朱とフィヲも駆け寄ってくる。流石にタイミングがよすぎるので忠臣も怪訝な顔だ。
「何だ? 二人とも何か怪しいな??」
「塒とお店の間の往復ばかりで地理が解らないから、朱さんに案内して貰って道を憶えていたんだよ〜。ね、朱さん♪」
「せ、せや。あくまで偶然や」
朱がフィヲと顔を見合わせて取り繕う。朱が八雲を抱えこした。
「料理対決で疲れきっとったんやな。5日間働きづくやったもんな」
この五日の疲れが一気に来たのだろう。朱が八雲を負ぶさった。
(「‥‥ゴッツお疲れさんや、八雲はん」)
その背中で八雲はもう寝息を立てている。
「ま、一時休戦や」
「今日のトコはな、用心棒」
八雲の手荷物は忠臣が代わりに持ち、3人は会場を後にする。
「ほな、帰ろうか。竹之屋に」
竹之屋と松之屋の料理対決。結果として挑戦者である竹之屋は敗れたが、花見企画を無事に運ぶことができたのは松竹両店の勝利だ。看板の名に恥じず、両者共に全力を出しつくしたよい勝負であった。
究極vs嗜好 花見料理対決
勝者――松之屋(生春巻き『春眼福』)!