お江戸に暮らせば  卯月

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:易しい

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月18日〜05月23日

リプレイ公開日:2005年05月30日

●オープニング

 竹之屋には今日もあのヤクザ者の姿がある。
「ヤの字さん、いらっしゃいませ。今日もいつのもの献立ですね」
「おう。お千ちゃん、それで頼む」
 昼時の忙しい盛りを過ぎた頃にふらりと現れ、夕刻の仕込みの前には店を後にする。決まって隅の席に座って、いつも同じメニューを食べて帰っていく。ここ一月ほどはいつもこの調子だ。
 その彼の隣に、不意に男が一人腰を下ろした。
「兄貴、探したぜ」
 ヤの字よりも3つ4つ若い男。風体からやはり堅気ではなさそうだ。ヤの字が懐かしそうに目を細めた。
「お前ェ‥‥‥いつから戻ってたんだ」
「年明けてしばらくしてからだ」
「おう。こっちに戻って来たンなら挨拶くらいしてしにこいや」
「すんません。不義理しちまって」
 話し振りから二人は旧知の仲のようだ。そこへお盆を持ってお千ちゃんがやってくる。
「おまちどお様です。ごゆっくりどうぞ」
 と、隣の男に気付いてお千が首を傾げる。
「お友達ですか?」
 男が肩を竦め、ヤの字へ視線を遣した。口ごもったヤの字が苦笑を漏らす。
「ん、まあそんなとこだ」
「いらっしゃいませ、ゆっくりしてって下さいね」


 こちらはギルド。
「なんだ、またあんたか」
 ひょっこり顔を出したのはある意味では馴染みの顔となりつつある魚屋の親爺だ。露骨に顔をしかめた番頭へ、親爺はすがりよる。
「ちょいと困ったことになっちまって」
 親爺はそう切り出すと、事の一部始終を話し始めた。
「俺ァたまの楽しみで博打をやってんだが、こないだちょいとばかし熱くなっちまってその‥‥大負けしちまったんだよ。そいで負けが払えねえもんだから金貸しの世話になったんだが、こいつがいけなかった」
 軽い気持ちで借りたが最後、僅かな間に法外な利子を請求されて取立てに困っているらしい。なんでも金貸しの裏にヤクザ者がついているらしく迂闊に手が出せない。
「こういう荒事はアンタらの領分だろ?」
「といっても報酬が出んことにはな」
 冒険者稼業も慈善事業ではない。商売としてやっている以上、先立つものがなくては動けない。それも危険な依頼となれば相応の額は見ないといけない。金に困って高利貸しの世話になるような者に払える額ではない。
「それがよ、唯吉さんも同じとこからちょいと摘んでんだ。俺は身寄りもねえからちっとばかし厄介なことになってもいいんだけどよ。その、唯吉さんとこはおきよちゃんが‥‥」
「気持ちは分からんでもないが、我々も商売である以上はそこを弁えねばならんからな」
 だが、と番頭。
「個人的に、というのであれば話は別だ」
 そうは言うものの、番頭は渋い顔だ。
「但しギルドから表立っては手助けできぬからな、その分何かと難しいことになってしまうが‥‥」
 普通の依頼であれば事件に関して分かっている情報をギルドが纏めて提供している。冒険者達はそれを元に方策を練ってことに当たるのだ。それを抜きにイチから情報を集める段階から動くとなると、駆け出しの冒険者達には少々難しい仕事になってしまう。
「まあ奴らも長屋の連中とは縁浅からぬ仲だ。あいつらに話を持っていけば相談に乗るくらいはやってくれるかもしれんな」


 再び竹之屋。
「聞いたぜ、兄貴?」
 そう言うと男は店の中をゆっくりと見回した。
「この店の用心棒と揉めたんだってな」
 ヤの字が箸の手を止める。
「兄貴よぉ? 情報屋のガキからちょいと噂を聞いてよお」
 不意に男が懐から短刀を抜いた。刀身は赤く血に濡れて光っている。
「あのガキ、俺に妙なこと吹き込みやがるんで、ガセ掴ませた落とし前をつけさせて来たぜ。何でもあの野郎、兄貴がその用心棒に手心掛けたなんざ言いやがるからよォ。まさか、あの兄貴がンな甘ぇことすいる訳ねえもんなァ?」
「おい」
 低い声でヤの字が制止する。
「この店には手を出すな」
「おいおい、どうしたんだよ。俺たちゃ侠を売る稼業やってんだぜ? 素人さんに舐められちゃあ終いじゃねえか。兄貴らしくねえぜ」
「――用心棒は俺が斬った。殺しゃしなかったが、それで手打ちだ。済んだ話だ、蒸し返すんじゃねえよ」
「兄貴ィ? どうしちまったんだよ。兄貴らしくねえぜ」
「おい」
 それを振り切って男が席を立った。
「兄貴がやらねえなら俺が代わりにヤるぜ」
 振り返りざまに、どん、と男が机へ短刀を突き立てる。
「俺が目を覚まさせてやんよ」
 踵を返し、男が振り返りもせず去っていく。春を迎え街が陽気に包まれる中、長屋の人々へ不穏な空気が忍び寄りつつあった。

●今回の参加者

 ea0352 御影 涼(34歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea0592 木賊 崔軌(35歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea1636 大神 総一郎(36歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea6194 大神 森之介(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea8968 堀田 小鉄(26歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0943 ミリフィヲ・ヰリァーヱス(28歳・♀・ファイター・人間・フランク王国)

●サポート参加者

御影 祐衣(ea0440)/ 堀田 左之介(ea5973

●リプレイ本文

第6話 ‥‥‥今日の友?

「大変ですー」
 堀田小鉄(ea8968)が通りを駆けていく。
「お、アンタ御影さんとこの」
 ちょうど竹之屋の前を通った所で主人が小鉄を呼び止めた。
「お嬢から猫さんのことを聞いて長屋に行ったら魚屋さんからお話を聞いたんですー。それが、ちょっと大変なことになっちゃって‥‥僕にはちょっと手に余るお話なんで御影家へ持ってきますー」
 それだけいうと小鉄はてってけと通りを走っていった。入れ替わりに今度は山岡忠臣(ea9861)が竹之屋へ顔を見せる。
「近所で人傷沙汰があったみてぇだな」 
「そうなんです!」
 お盆を片手に香月八雲(ea8432)は心配そうな顔だ。
「こう見えて私も冒険者ですし、お千ちゃんの送り迎えをした方がいいでしょうか??」
「せやけど、やっぱし気になるな。この辺のシマを仕切っとるヤの字ならこの手の情報はすぐに掴んどる筈やな」
 用心棒である朱雲慧(ea7692)からするとこの手の話しは気になる所だ。お千ちゃんの話ではヤの字が店に顔を出すのは昼を回って暫くしてからだが、こういうのは早い方がいい。
「ほな。行ってくるわ」
 話を通しておいて損はないだろう。地回りへ話をつけにいくという朱を皆で一緒に見送りする。ミリフィヲ・ヰリァーヱス(eb0943)が朱へ耳打ちした。
「解っていると思うけど、朱さんは竹之屋の用心棒なんだからね。だから此処に帰ってこられないような事しちゃだめだよ、勿論香月さんを悲しませるような事もね」
 朱が頷くとフィヲは竹之屋の皆を振り返り、そしてもう一度朱へ視線を送る。
「朱さんが留守の間はボクが責任を持って(いろいろと)守ってあげるから、安心して行ってきなよ」
「ほな任せたで」

 御影家では、大神森之介(ea6194)へ小鉄が魚屋の親爺から聞いた話を伝えていた。
「あにさん達ならきっと上手く段取りしてくれますよね?」
「総兄、やろうよ。今は誰も傷付いてないけど、借金を返せていないならいつか何か起きる。小さいおきよちゃんに何かあったら‥‥」
 森之介には那須で大きな借りがある御影涼(ea0352)も彼の頼みを聞いて話に加わっている。
「祐衣も世話になってる長屋での事だ‥‥俺も手伝うよ。総兄も」
 特にきよと親しくしている妹にも累が及ばないとも限らない。森之介の心配もよく分かる。二人は自分達で何か力になれないかと大神総一郎(ea1636)へ話を持ちかけていた。
「本来、借金をするにはそれなりの事をしたのであり、返済するのは当然の事だ」
 話を聞いて総一郎は難しい顔だ。
「とは言え、その弱みにつけこみ利を貪るのはまた別の問題。ましてその余波が幼いおきよを巻き込む可能性もあり、となれば必然的に祐衣をも傷つけかねず、身内を守る為にも出来る手立ては打っておくべきだ」
 身内に係わり合いのあることなら話は別だ。三人は早速方策を練った。涼が考えを口にする。
「金貸しの裏についてるヤクザの情報。そこから考えられる被害。これを推察すれば、逆を追って今後の対応を導ける筈」
「そうだね。まずは相手の情報を入手する事、になるかな。規模や内情を知らないでの行動はただの無謀だもんね」
 とはいえギルドを通しての仕事ではないため情報は一から自分達で集めねばならない。事前調査をしながら同時に
護衛などの対応も迫られる。
「根本の解決の為に情報、そして目前の魚屋の対応だ」
「総兄の言うとおりだね。護衛は小鉄に任せておけばいいだろうか」
「うむ。同じ方向を手がけているのだ、魚屋の件も我らが預かっても問題なかろう」
 総一郎が、成り行きを見守っていた小鉄を振り返って微笑を浮かべる。
「小鉄、承知したと伝えてきなさい」
「わっかりましたー! それじゃ、ひとっ走り行ってきますねー」
 その背を見送ると、総一郎は再び涼へ向き直った。
「唯吉殿も魚屋も同じ所での借金。魚屋はその取立てに難儀してるのであれば唯吉殿もまたその可能性がある」
「確かに。今は目立つ被害はないが、魚屋が狙われれば唯吉殿や他の長屋の住人も巻き込まれかねない」
 総一郎が涼へ目配せを送る。その意味に気付いて涼は森之介と頷きあった。祐衣へも無茶をしないように言い聞かせておく必要がある。まずはこの厄介な仕事を片付ける所から始めなければいけなかった。

「しっかし、物騒な世の中になったもんだ」
 竹之屋では忠臣が一日用心棒を買って出ていた。奥の席で茶を飲みながら通りを行きかう人へ目を光らせている。
(「頼りになる所を見せて、女性陣のハートをイタダキっつーか、しかも竹之屋の親父に恩を売れて一石二鳥!」)
「八雲ちゃん風に言えば、将を射んと欲すればって奴だ」
「はい? 私ですか?」
 八雲は今日も変わらず仕事に精を出している。最近とみに張り切っている八雲。料理対決で客足も伸びたが、その分の仕事も殆ど一人でこなしてしまっている。
「店員さん頑張って、何かチンピラ風味の輩が来たときに備える」
 お店の守りには剣の腕の立つリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)が臨時雇いでお手伝いに駆けつけてくれている。
「八雲ちゃん、この姉ちゃんに仕事おしえてやってくれ」
「はい! リーゼさんはお手伝いは初めてなのですね!」
 リーゼを連れて八雲が厨房へ消える。と、今度はフィヲが槍を引っ張り出して来た。油紙で包まれた穂先はしっかりと蝋で封が施されている。
「この子の封印を解くのも久しぶりだね‥‥‥」
 武芸者だった頃の相棒の槍だ。封印して暫くが経つが今も修行は今も欠かしていない。
「ボクの槍に手数は要らない。何よりも疾く、何ものをも穿つ一撃、ただそれだけ有れば良い‥‥」
 そのフィヲの様子を見ながらふと忠臣が思案顔を作る。朱が出払った今、店には八雲とお千ちゃん、フィヲに新顔のリーゼ。
(「――美人が4人も居るんだな! 人類の夢と希望のハーレムが今、俺の目の前に!」)
 何だか都合のいい想像で頬を緩ませている。
「‥‥いやあ、俺ってばモテモテだな」
「何か言った?」
 振り返ったフィヲが槍を向ける。
「ボクがお店を守らないとね。その間に山岡さんの魔の手が香月さんに伸びるかも知れないし」
 実際の頃ちょっとガラの悪い連中との付き合いもある忠臣なら、少しくらいのいざこざは話をつけてしまえたりする。ああ見えて案外役に立ちそうなのだがフィヲを前にしては形無しだ。
「山岡さんとフィヲさんとリーゼさんが居てくれるので大丈夫です!」
 厨房からリーゼと一緒に八雲が戻ってきた。注文聞きや、お勘定、給仕の仕方などを丁寧に教わった所だ。といっても殆ど八雲一人で客を捌いてしまっているので手を出すことも少ないのだが。それでもお茶出しなど慣れない仕事に精を出す。
「いらっしゃいませ。竹之屋へようこそ」
「お、姉ちゃん新顔かい?」
「最近この辺が物騒だって言うから、用心棒も兼ねた臨時雇いってとこね」
 日本語も堪能なリーゼ、人の扱いもも慣れているのか客さばきも悪くない。そうして昼の忙しい頃を過ぎ、そろそろ日が暮れて夕闇差し迫る逢魔ヶ時だ。ふとリーゼが夕日へ目を向けて呟いた。
「どうも今回はきなくさい‥‥。不審な奴が来ないとも限らないからね」
 朱はまだ店へ帰らない。時期に夜が来ようとしていた。
「それにしても朱さんが心配ですね‥‥また危ない事件に巻き込まれないと良いのですけど‥」
「朱さん本人に因縁があるんじゃなければ、ボクが行くべきだったのにね。ボクなら何か面倒な事になってもまた流れれば良いだけなんだから」

「すまネェ。俺のせいで迷惑かかっちまったな」
 朱がヤの字から話を聞きだしたのは日も落ちてのことだった。
「俺の昔の舎弟でな。暫く獄に入ってたんだが、少し前にシャバに出てきたらしい」
 話が竹之屋での下りに朱の表情が怒りに震えた。見兼ねて木賊崔軌(ea0592)が口を挟む。
『‥どうやら、此処で大人しく待ってる訳にも行きそうにないな?』
 腕っぷしには自身のある朱だが事が面倒になると力だけでは及ばないこともある。朱は彼に協力を取り付けていた。崔軌としても竹之屋や長屋、地元界隈で物騒な事起きるのは愉快でない。
「華国語か。何て言ってんだ?」
 ヤの字は聞き慣れない言葉へもどかしそうだ。
『ま、たまには良かろ。ヤローで連むのも』
『せやな』
 二人は顔を見合わせると頷き合った。
「ワイの友人の木賊はんや。罠屋やっとるせいでこういうのには慣れとるんや」
「そうか。奴なら墨入れてるから見りゃあわかる。この時間なら飲み屋街を流してる頃だろうな」
 舎弟の人相風体を教えるとヤの字は最後に条件を付け足した。
「その代わり俺も一緒に行く」
『――ヤの字の旦那とは初顔合わせなんだが、‥‥信用できるのか?』
『ワイと拳で語り合った仲や。心配いらん』
 答えを聞いて崔軌が頷いて見せる。それを是認の意と取ってヤの字が話を進めた。
「で、どうする」
『店を巻き込む訳にもいくまいし、なるだけ周りに迷惑がかからんトコを流して寄って来るの待つのが早道だろ』
 そうと決まれば話は早い。三人はその足で繁華街へと向かった。

 長屋でも忍び寄る不穏な影へ備えて早速今夜から護衛が始まっていた。
「それじゃ俺は見回りに行って来るね」
 この人数では余り大したことは望めないが、戸口の見える範囲を見張っておくだけでも用心にはなる。
「戻ってくるまでの間は長屋を任せたからね。おきよちゃんの面倒もしっかり頼むね」
 長屋へは、留守の間は戸口へ罠を仕掛けて備えている。戸を開けるとつっかい棒が外れてタライが落ちてくるという他愛もないものだが、中が空ではなく魚の腸が入っているとなれば臭気と音でそれなりの効果は期待できるだろう。
 同じ頃。
「りゅーひしょーぅ!」
 小鉄の拳がヤクザの顎を砕く。仕事帰りの魚屋を襲ったヤクザ達を護衛についた小鉄が迎え撃つ。
「任せてくださいー。必ずやお魚屋さんを守ってみせますー、義侠塾壱号生の名にかけて!」
 ヤクザ達はやはり借金の取り立てに遣わされた三下。どうにも返す当てのなさそうな魚屋に業を煮やして実力行使に出たようだ。
「借金をしたのに返さないのは悪いんですが、法外な利息や暴力で脅すのはいけないことですー」
 襲ってきたヤクザの手を払うと、意表をついた足払いで足元を掬う。追い打ちは取らず小鉄は魚屋を背に守りの構えを見せた。義侠塾で鍛えた武術はそこいらのチンピラに遅れは取らない。
「くそっ! 覚えてやがれ!!」
 分が悪いと見るとヤクザ達は一目散に逃げ出した。

 繁華街でも戦いが始まろうとしていた。
「そっちからわざわざ来てくれなくてもよ兄貴、言われりゃ俺から出向いてやったのによ」
「手前ェ、いつから俺にそんな口が聞けるようになった?」
 そのヤの字を遮って朱が前へ出た。
「旧いツレにな、昔と比べて丸うなったんちゃうかって言われたんや‥‥」
 と同時に舎弟の鼻先を朱の拳が叩いた。
「どや? ワイもまだまだイケるやろ?」
「それなら俺も昔から性根がささくれてやがるって言われててなあ?」
 男が短刀を抜く。
「今も現役だ」
 男が片手を上げると、その合図で店から数人の男達が姿を現して3人を取り囲んだ。
「やれるもんなら、やってみぃ‥‥ドス一本に尻込みするワイやあらへん。侠をはっとるんやったら――」
「素手ゴロタイマンってか? 阿呆かお前は」
 剣撃一閃。男のドスが血飛沫を舞わす。血を見た手下達も殺気づき始めた。空気の変化を嗅ぎ取り崔軌が間へ入る。
『仮にも「落とし前」語るんなら単騎で顔出すんだろうな?』
「そっちの兄ちゃんはなっつってやがんだ?」
「邪魔するようなら遊んでやるって言うとるようやで」
『無粋な事は、嫌いでね』
 崔軌が朱の背を守るように三下達へ立ちはだかる。だが相手は十人近くからなる武器を持った男達だ。
「手前、この人数で何とかなると思ってんのか!」
「おう。俺が誰だか分かってうたってんのか?」
 ヤの字も崔軌に並ぶと、手下達の気配が引く。その機を逃さず三人は同時に動いた。往来での大立ち回りが始まった。

 涼と総一郎の調査もひとまず片がつこうとしていた。方々の人脈を当たって調べ上げた所では、特に裏家業の連中の間ではかなりあくどい真似をしていると噂になっているらしい。カタギばかりを狙った荒稼ぎで暴利に苦しめられている者もかなりの数に上るそうだ。
「これなら債権者を集めて代表を立てるという形で正式にギルドへ依頼をするという手立ても見えてきたか」
「証文はかなり巧妙に細工がされている。知識のない庶民ばかりを狙うやり口も許せない」
 魚屋へ相談した所、唯吉らを誘ってギルドへ正式に依頼を出すということで話は決まった。次は情報を資料に纏める作業だ。解決に向けて二人は動き出した。

 あれから四半刻。繁華街には伸された手下達が転がり、こちらも騒動の片がつこうとしていた。崔軌が軽く一服つきながら朱を振り返る。
(「落とし前の落とし前にその又落とし前ってか‥難儀なこった」)
 徹底して片をつければいいのだろうが、朱のことだからそう非情に徹することは出来なかったのだろう。
(「‥ま、その人の好さが回りに人呼ぶ由縁‥か」)
 ヤの字と二人で三下は片付けた。残るは舎弟一人。
「くそ! ぶっ殺してやる!」
 なかなか当たらない攻撃に痺れを切らして男がドスの突きを見舞う。横へ身を交わすと朱は手刀で得物を叩き落した。そこへ渾身の拳。更に拳。そしてダメ押しの拳。
「これで仕舞いや。後からぐだぐだ言うなや?」
 朱の体からはまだ薄く闘気が立ち上っている。こうして騒動は決着を見た。
「お帰りなさい朱さん! 怪我してるじゃないですか! 急いで治療をしないと!」
 男達を出迎えたのはいつも変わらぬ八雲の笑顔だ。舎弟を背負ってきた朱が男を椅子へ下ろした。
(「店に連れて‥か、人の好い事だ」)
 朱は薬箱を取りに店の奥へ消えた。ここまでお人よしだと小気味良いくらいだ。
「悪い、八雲こっちにも茶貰えるか?」
「‥‥おいおい。手前ェ、口が聞けたのかよ」
 日本語を口にした崔軌へヤの字はしてやられたとばかりに苦笑する。
「ったく、人の悪いヤツだぜ」
「賄い飯やけど竹之屋の味やで。食ってけや」
 厨房から賄いを手に朱が戻ってきた。舎弟の前へ黙って差し出す。男は隣のヤの字へ視線を遣った。彼が頷いて見せると、男は椀へ箸をつけた。
「くさい飯を最近まで食っとたんやろ? ウチの店のは美味いで」
「孫子曰く、どんな諍いも美味しい物を食べ終わる頃には解決している、です! も、不安な事件があるからこそ、竹之屋はいつも通り、お客様が安心して来られる憩いの場でなければ!」
 ただヤの字だけは厳しい顔だ。
「最後の飯だ、味わって食っとけ」
 往来で素人にやられたとあれば男のヤクザ者としての面子は完全に潰れた。界隈ではもう男に凌ぎの口はないだろう。形はどうあれ、ひとまず事件は解決を見たのだった。