●リプレイ本文
街道を行く旅人の姿がある。外套を羽織った若い娘と、そして傍仕えの女。傍らに控える男はお目付け役の侍だろうか。彼らがお忍びの一行、その影武者を演じる忍びたちだ。
「やっとあたしも役に立つ任務が来たんだもんね」
娘が二人の従者を振り返った。霧生壱加(ea4063)だ。いつもは動きやすいように束ねた髪を今日はおろして令嬢に扮している。
「今の所、敵の姿は見えませんね」
従者――闇目幻十郎(ea0548)が辺りを見遣った。三人の会話は三度笠のせいで遠目には分からない。もう一里ほど歩けば時期に計画の場所だ。
「それじゃ計画通り次の茶屋まで急ごうかな」
闇目へ頷き返し、壱加はもう一方の従者へ視線を向けた。傍仕えに扮したのは丙荊姫(ea2497)だ。
「ええと‥‥」
「お雪、と」
言葉に詰まった壱加へ荊姫が一言、そう答える。ボロが出ないよう控えめな立ち居振る舞いに務めている。闇目も荊姫もなかなかの従者ぶりだ。
「いつもどおりのあたしじゃ到底ご令嬢に見えないかもだけど、ちゃんと準備はしてきたもんね」
事前に令嬢の仕草や細かなクセなどを盗んでいる。こうして笠を被ってしまえば易々とは判別できまい。隠密としての基礎的な能力の高い壱加には適任だ。壱加が三度笠を手に取り、髪を掻き揚げた。ふと、もう一度二人を振り返る。
「どう? 令嬢っぽっく見える?」
「お嬢様」
闇目が目配せを送った。荊姫が笠を壱加へ被せて頷く。壱加が小さく舌を出して肩を竦める。
「そうね。そろそろ作戦だし、気を引き締めなきゃ」
彼らの横を、馬を連れた旅人が追い抜いていく。杖をつきながらの遅い歩みだが、一行がこうしている間にも馬蹄の音はやがて遠くなっていく。
「うかうかしてはいられません。早く次の宿場へ急ぎましょう」
闇目が従者役を演じながら二人へ目配せを送る。
「そうね。じゃあ行きましょう。お雪、急ぐわよ」
街道の茶屋まではさして掛からなかった。ちょうど昼日中の頃合だ。兼ねてからの手筈通り、一行は足を休めて腰を落ち着けた。もうじき武蔵国を出るとあって、茶屋にも人の姿が多い。旅荷を抱えた旅人や刀を差した侍達や乞食の僧。先ほど一行を追い抜いた旅人も馬を休めて一服ついている。
小さな子どもの姿もある。旅の者達が珍しいのか、きょろきょろと落ち着きなく辺りを見回している。
「今日はいい天気だね〜。遠出するにはもってこいだよ〜」
団子を頬張りながら旅人達へ笑顔を振りまく。ふと、端の席で茶を飲んでいた男が立ち上がった。勘定を置くと、旅荷の大きな箱を持ち上げる。おそらくは旅の行商人、箱は随分と重たそうだが何が入っているのだろうか。
「お嬢様」
荊姫が壱加の裾を引いた。思わず男に見入っていた壱加の視線に気付き、男はふと口を開いた。
「お先に」
軽く会釈をすると男は箱を背負う。そうして行商人は早々に茶屋を後にした。
「お嬢様。近頃は何かと物騒ですので、夕刻までには峠を越えてしまいましょう」
その後姿を視界に入れながら闇目が口を開いた。それに頷き荊姫が旅荷を手に取る。闇目も刀を腰に差した。
「万一その身に何かありましたら、お父上に会わせる顔が御座いません」
隣の宿場までは間に峠道を挟んでいる。峠を越えるのは苦しいとあって、時間は掛かるが迂回する街道を通る者の方が多いようだ。だが一行にとっては、道行きの少ない峠道は敵を誘き寄せるに絶好の条件だ。
「そうね。お雪、私の笠を取って頂戴」
やがて休憩を終えると一行は茶屋を発った。
パキリと、何かを踏み潰した音。峠には砂交じりの乾いた風が吹いている。ようやく日も傾き始め、風も冷たくなった。一行の脇を先ほど茶屋で見かけた子どもが旅装束で追い抜いていく。
「すみません、お待たせしまして」
屈んで鼻緒を直していた荊姫が立ち上がった。ふと振り返って目を細めると、後ろには遠く馬影が見える。杖を手に旅人が手綱を引いて峠道をついて歩いている。荊姫は笠を被り直した。一行が再び先を急ごうとすると。
「あ、ゴメン。私もちょっと‥‥」
「いかがなさいました、お嬢様」
今度は壱加がおずおずと口にする。
「あ、いや。その‥‥」
壱加が口篭って足元へ視線をさ迷わせる。足をもじもじとさせるその様子を察して闇目が視線を逸らした。
「あちらの林ならば人目につきにくいかと」
少し離れた林を荊姫が指した。やがて林へと消えた壱加を見送ると、荊姫はもう一度笠を被り直して後ろを振り返る。
「‥‥‥?」
荊姫が目を細めた。馬影を追い越してこちらへ近づいてくる一団がある。先ほど茶屋へいた旅の侍だ。否、それは侍ではない。賊は一斉に刀を抜いた。足早に距離を詰めると二人を狙って構えを取る。
「来ましたね」
賊が荊姫達に迫るのにさして時間は掛からなかった。数人の侍が弧を描くように二人を取り囲んだ。
「貴様らは恨みはないが、これも仕事だ」
「悪いが死んでもらう」
言うが早いか男が斬りかかった。だがその拍子に荊姫が機先を制して三度笠を投げつける。視界が遮られたその一瞬を突き、荊姫が侍の首根へ当身を入れる。不意打ちを食らって男がその場に崩れ落ちた。
「どうやら囮に喰らいついて来たようですね」
闇目も油断していた侍を峰打ちで気絶させる。倒れ伏した侍の喉を掻ききって止めとすると、彼は残りの侍と対峙した。敵はまだ4人とこちらの倍の数。しかもさっきまでの油断はない。警戒を強めながら賊はじりじりと円を描くように動きながら、二人を取り囲んだ。
その光景を遠く窺う者たちがいる。峠道を望む小高い岩場に潜むのは三人の忍びだ。
「一人、二人、三人‥‥賊はやはり全部で8人ですね」
忍び装束の風森充(ea8562)が目を凝らして数を確認する。これまでの旅路で怪しい者にはある程度当たりをつけているが、充の調べでは侍の仲間と思しき者は他に見られなかった。
「囮に食いついたのは6人。残り2人は他の旅人に近づいていっています。口封じのつもりでしょうか」
囮へ視線を向ける者、後をつける素振りを見せる者、また物陰や視線を向けたり他の旅人と不審な接触を持つ者。怪しい動きを見せる者へは最大限に注意を払っている。
「やはり奴らは峠道を狙ってきたか‥‥道中、人気が少ない所は助けさえ呼べないからな」
風守嵐(ea0541)が峠道へ目を細めた。賊はじりじりと包囲を狭めて闇目と荊姫を追い詰めていく。だが嵐達は動かない。
「まだだ。敵には我らと同じ忍びの者も暗躍していると聞く」
ならば護衛を襲った侍は撹乱。襲撃の裏で動く者がいる筈。それこそが敵の本命だ。甲斐さくや(ea2482)が嵐を振り返って頷く。
「敵も忍びならば、奴らの策も我々と似たものでござろうからな」
一行が取った策は、囮とその護衛、そして隠密の三段構え。忍びとしては常套手段だ。となれば、向こうもまた囮と隠密を使い分けてくるのは道理というものだ。
「気をつけろ。騒ぎに紛れて裏から令嬢を狙うやもしれん」
「あ、来ました!」
その時だ。充の視界が木々の中を動く忍び装束の一団を捉えた。
「いざ! 行くでござるよ」
甲斐が得物の小太刀を抜いた。そして。忍びたちの体を紫煙が包む。各々に術を駆使した忍びは遂に動きを見せた。
侍は街道を行く旅人をも手にかけようとしていた。
「旅の者、この場を見たからには行かしては帰せぬ」
彼らに遅れてやって来た馬を連れた男を止めると、侍は袈裟懸けに切りつけた。
「運が悪かったのだ、恨むなよ!」
が。次の瞬間に地に這ったのは賊の方であった。旅人が杖を振りかぶる。それは仕込み杖。旅人に扮していたのは榊原信也(ea0233)だ。
「‥残念だったな‥‥。だが、恨みっこなしだったよな?」
意表を突かれて横っ面へ強烈な一撃を食らった侍はそのまま倒れこんで動かなくなった。信也が止めに胸を突く。
「さて‥と」
目を凝らすと、賊に取り囲まれた闇目達が窮地に陥っているのが見える。
「‥‥やるしかない‥か‥‥仕方ない‥」
一際大きく溜息をつくと、やがてその身を紫煙が覆う。信也は疾走の術で駆け出した。囮作戦に当たって一行が取った策とは、旅人に扮した仲間達を使って敵を包囲するというものだ。作戦の要諦はいかに敵の忍びを表へ引きずり出すかにあった。峠道を通ったのは賊を誘き出す撒き餌。そして壱加の行動も。
「来たわね!」
用を足すように見せかけたそこまでは手筈通り。刺客の気配を肌で感じ、壱加は隠していた金属拳をはめる。そこへ手裏剣が飛ぶ。咄嗟に身を交わすと、すぐ後ろの木へ刃が突き刺さった。立て続けに別方向から手裏剣が襲い、飛びのいた先へ別の忍びが刀を振り下ろす。
「この時を待っていましたよ!」
刺客の忍者刀を充の短刀が弾いた。湖心の術で音を消した充は既に近くまで忍び寄っていた。充が渾身の一撃を見舞う。だがそれは空を切る。
「まずい、敵の待ち伏せだ!」
「ここは一旦退くぞ!」
この場は不利と見た敵忍者は態勢を立て直しに掛かる。しかしその背後には音もなく甲斐が忍び寄っている。
「ば、馬鹿な!? いつの間に背後に――」
言葉半ばで甲斐がその喉を掻き切った。
「既に貴様らの動きは看破した。後は刈り取るだけだ」
姿のばれた忍びなど敵ではない。術を使わせる暇すら与えずに嵐が忍者刀で畳み掛ける。接近されての奇襲で敵は反撃する態勢を取ることすら叶わない。。甲斐も隙を突いた峰打ちで一人を鎮める。瞬く間に二人が倒れた中で辛うじて一人が逃げ出すが。
「逃がさないでござる」
咄嗟に甲斐の放った手裏剣が足を切り裂く。動きが鈍った所へ嵐が駄目押しにもう一撃を放つ。体勢を崩して敵は頭から地面へ転げた。傷を押さえながらも敵忍者は必死でその場を逃れようとする。
「くそ! ここはなんとしてでも逃げ延びて仲間へ報告を‥‥!」
だが顔を上げた男の視界が捕らえたのは、まさに振り下ろされようとする忍者刀だ。
「よくしゃべる奴だな」
舞い上がった血飛沫が嵐を赤く染めあげた。
「――深く、静かに。忍びの戦いに言葉は不要だ」
荊姫と闇目は二人がかりの侍を相手に苦戦を強いられている。
「貴様ら、忍びの者か! くそ、すばしっこい奴め!」
襲い掛かった侍の切っ先を見切ってかわすが、二人目の斬撃までは避けきれずに荊姫の腕に傷口が口を開ける。攻めに打って出ようとするが、敵の手数が多くては迂闊には出れない。
「流石にこの数は手に余りますね」
闇目も手傷を負い、やがて二人は背中を合わせた。
そこへ。
「うっ‥‥」
侍の一人を、背後からの一撃が襲った。同時に林から飛んだ手裏剣が別の侍の足へ突き刺さる。信也と、そして充達が駆けつけたのだ。これで形勢は逆転した。
隙を突いて荊姫の火遁の術が侍を焼き払う。接近し嵐が忍者刀を振るい、残りの仲間達もそれぞれ敵を始末にかかる。瞬く間に3人が屠られ、一人が
荊姫が咄嗟に旅荷へ手を伸ばすが。
「‥‥ここからでは届きませんね」
既に侍の姿は遠くなっていた。ここからでは当たりはしまい。手裏剣を収めると、荊姫はようやく一息つく。うして賊は瞬く間に壊滅的な打撃を受けて敗走した。最後に残った侍もほうほうの体で峠道を駆けてゆく。
「はぁ‥はぁ‥‥くそ、奴ら何者だ! こっちの動きを知られていたのか!?」
荒い息を吐きながら男は必死で体に鞭を打つ。ここは逃げ延びて、宿場で姿を眩ませる。何としてでもこのことを仲間に伝え、敵の素性を調べなければならない。
「‥‥‥‥え?」
ふと男が胸を押さえて立ち止まった。その手は鮮血に濡れている。ふと視線を起こすと峠道の先にはあの茶屋にいた子どもが立っていた。突き刺さっているのはその子どもの投げた手裏剣だ。
「今回は相手の忍者さん達も全部倒さないとね。これでも射撃は前より上手くなったんだよ☆」
旅の子どもの振りをしていたのは白井鈴(ea4026)。油断を突かれて避けることすら叶わなかった。手裏剣は正確に胸に突き刺さっている。しかし鈴の力では一撃で仕留めるには至らない。男は死力を振り絞って逃げ延びようとする。だが。
すっと、峠道の脇の林から男が姿を現した。重たそうな大きな箱を背負ったその男は、茶屋で出会った行商人だ。男は侍へ視線を寄越すと、にこりと微笑んで会釈する。そしてその箱から取り出したのは忍者刀。
「な‥‥‥貴様ら‥‥!」
行商人の扮装を解くと片桐惣助(ea6649)は刀を手に駆け出した。僅か数歩で距離を殺すと、駆け抜けざまに一薙ぎ。何か言いかけた男の首筋を掻き切った。鮮血が吹き上がり、男は自らの血溜まりに崩れ落ちた。全ては無言の内に。ただ最後に吐息をはきだす。細く、長く。そうして惣助は刀を納めた。
「これでお約束通りだね」
男が生き絶えたのを鈴が確認する。
「さぁて、次のお仕事は何かな? また今度も一生懸命頑張るんだから☆」
3人の侍を含めた11人の賊、その全てが一行の手によって始末された。残った血の跡もやがて雨が洗い流してくれるだろう。元より人通りの少ない峠道。案ずることはない。賊はすべて口を閉ざされ、真相を語る者はない。