●リプレイ本文
我々の歴史において平安末期から鎌倉にかけては、相次ぐ天変地異と二度の元寇という我が国初の外敵の侵略を経た混乱と激動の入り口である。政治の実権を握っていた藤原氏の衰退を追うようにして終末思想が蔓延った不安な世相である。ジ・アースでも江戸の百鬼夜行と大妖・玉藻の復活、そして王城の地・京への黄泉人の襲来と、国体を揺るがす未曾有の大事件が相次いでいる。これに源・平・藤、三巨頭の台頭が生み出す緊張が血生臭い気配をちらつかせ、その混乱のさなかで世界は神聖暦1000年の到来を迎えるに至った。
この世相を現代に生きる我々が想像するには、数年前にミレニアムに沸いたあの時代を思い起こしてもらえれば近いだろうか。あの時に抱いていた希望と期待、歓喜それら諸々の熱を、不安、諦念、倦怠、焦燥、様々な負の感情へそっくり置き換えてみるよとよい。これはそんな時代である。そこに生きる人々は、何に救いを見出すのだろうか。
「世が乱れ始めれば、人は何かにすがろうとする‥‥か」
風守嵐(ea0541)は遠く眼差しを向け彼方を望んだ。シノビ達が寺へ辿りついたのは日も隠れようかという頃だ。
山間のその寺は背の高い林に四方を囲まれている。表には木材で組んだ長い段の下に、車が通れるかどうかとういう幅の道が里へ続いている。裏手にも木々の合い間を縫うように曲がりくねった細い道が麓へと伸びている。寺院を囲んだ高い木の塀が山林へ暗い影を落とし、それより高く、黒い木々が辺りを見下ろしていた。その枝葉の影でシノビ達は動いている。
黒い忍び装束に身を固め、その頭巾からは美しい毛並みが僅かに覗いている。丙荊姫(ea2497)だ。これからの数日で寺院を徹底的に調査する。人や物の出入り、構成員の氏素性、教団の実態。全てを洗いざらい調べ尽くすのだ。
「鬼が出るか仏が出るか‥‥楽しみです」
唇の端へ微笑を残し、荊姫は闇へ消えた。
内部へ忍び込むと同時に、外堀を埋める。里では霧生壱加(ea4063)が動いている。
「ふぅん。山で生活ねぇ‥‥」
山に集まっている者達は仏道の教えに従った生活を営む宗教集団を形成しているらしい。教団は自給自足の生活を送っているらしいが、それでも山での生活では賄い切れない分の食料やその他の物資をときおり里で調達してくることはあるらしい。
「ふぅん。週に一度くらいで大きな注文があるんだ。上客だね。あたしも商売させてもらおっかな」
壱加は物売りに扮している。商売の話を嗅ぎ付けた態を装ってそれとなく話をききつけているのだ。
「そういえばさっき通ってきた山にお寺を見たっけ。この間までなかったと思ってたけど、一体いつ出来たの?」
「ここ二、三月くらいだっけかねえ」
「そうそう。山を切り開いて寺作ってんだろ?」
「仏の道への帰依を掲げた集団だということだけれど、帰依する前の職業も気になる所なんだけどな」
「娘さん、あんた‥‥」
続けざまに口にした壱加へ男は怪訝な顔を覗かせた。少し急ぎすぎた。慌てて取り繕う。
「ほら、そういうのが分かってれば売り品も揃えやすいでしょ? 商売は頭使わないとね」
聞き込みは主に酒場など盛り場を回って続けられた。翌日からは荊姫も町娘の格好で宿場を回って少しでも多くの情報を探る。大抵は壱加の調べたような内容で、収穫といえば街の者達もあまり山寺の実態は知らないようだということくらいだろうか。
「というよりも、係わり合いを持たないようにしているようにも見受けられますね。素性が知れずに気味が悪いのだでしょうか」
逆に彼らについての噂を尋ねられることも少なくなかった。この小さな田舎町では、余所者は同時に好奇の対象でもあるということだろうか。荊姫もまた化粧を施し、用心のために黒髪のカツラも被っている。出来る限り印象を残すことは避けたい。
そしてもう一人。
「すみません、ここらに寺はないでしょうか?」
今回から仲間に加わったクゥエヘリ・ライ(ea9507)も聞き込みに回っている。
「うちは同郷の僧侶の子を探してるんですよ。良く迷子になる危なっかしい子で、よく寺で泊めてもらってるんよ。ここらで見かけたと聞いたんで教えて欲しいんですけど?」
辺鄙な田舎町だ。異国の、しかもエルフの女となると目立たないわけがない。ライは敢えて流れ者として町へ潜入している。酒場の酔客へ話しかけて言葉巧みにそれとなく誘導する。となれば山寺の噂に行き当たるまでさして時間は掛からなかった。
「なんです? 最近はその様な宗教が広まってるんですか? もしかして他の場所にも?」
「他にはそんな噂はきかねえな。でもこのご時世だ、他にあっても不思議じゃねえさ」
「違ェねえ。世も末となりゃ、ああして仏にすがりたくなんのも分かるねぇ」
やはりここでも連中がどこから流れてきたのかは分からなかった。やはり虱潰しに聞き込みをするのでは限界がある。特に聞き込みは足を使ってでないと効果が薄い。限られた日数では状況は厳しかった。
「心配やな食事はどうなってるんやろ? うちが近寄っても大丈夫やろか?」
「さあ、どうだろうな」
「噂じゃ商人から食料やら買いこむらしいからよ、連中についてけば中にも入りやすいかもな」
寺では、夜間には闇目幻十郎(ea0548)が監視を続けている。数日を費やしたがさして情報は得られなかった。里の仲間たちが聞き出した買出しの時を除いては交流は特に見られないらしい。
日中には、休みを取る闇目の代わりに嵐が監視を行う。やはり樹上で山道を見下ろすが、朝も、夕の入りにも矢張り動きはない。唯一の動きといえば、薬草採りの青年が門を叩いたくらいだろうか。
「申し訳ありません。ご迷惑をおかけしてしまいました」
男は駆け出しの薬師だという。誤って毒草を口に含んでしまって吐き気と頭痛に襲われ、寺へ助けを求めたのだ。
「いえ。大事になりませんで。これも御仏のご加護で御座いましょう」
「いやはや。面目もありません」
片手で頭を掻きながら青年は控えめに笑みを見せた。口に含んだだけなので症状が軽かったため、僧侶の煎じた薬草のおかげで調子も時期に収まった。薬草自体は籠の中に入っていたものを使ってはいたが、処方の仕方も的確手ソツがなく、それなりの知識はあるようだ。少なくともただの素人集団ではないようだ。薬師に扮していた片桐惣助(ea6649)は内心で意外に思いつつも、務めて何も知らぬ駆け出しを装う。
頃合を見計らうと、惣介は薬籠を背負って頭を垂れる。
「それにしても、まさか斯様な所に仏道に帰依された方々がいらっしゃるとは‥‥、まさに御仏のご加護です」
「またいつでも訪ねて下され。何時でも門戸は開かれております故」
帰りしなにそれとなく寺院の様子を目にするが、多少建物の造りが拙いところに目を瞑れば殆ど他の寺とも代わりがない。なるほど、自給自足を掲げていたと聞いていた通り、庭の隅には菜園も見れる。一通りの内情を目にすると惣介は寺院を後にした。
(「‥惣介はうまくやったようだな。さて。俺も一仕事してくるとするか‥‥」)
その背を見送りながら榊原信也(ea0233)が入れ替わりに寺院へと忍び込む。屋根裏から梁の上を音もなく進む。まずは建物の造りを調べねばならない。
敷地を囲む大きな塀には出入り口が二つ。正面の門と、裏道に続く勝手口だ。塀の中には仏像の納められた仏殿と信者の寝泊りする僧堂、それから庫院(台所)とその裏手に蔵がある。門の正面に仏殿、右手に宿舎、左が庫院と蔵でその裏には勝手口という造りだ。門から本殿へ至る間には数十人が集まれそうな庭があり、右の僧堂の前は菜園になっている。忍び込むのならば人目のない勝手口と蔵からが都合がよさそうだ。
暫しの逡巡の後、信也は蔵の屋根の上へ移動した。そのまま日が落ちてしまうまでを待ち、頃合を見計らうと口笛を吹いて外へ合図を送る。
『お疲れさま〜☆』
あらかじめ鍵を開けておいた勝手クチから 白井鈴(ea4026)が顔を出した。身振りと口の動きで信也へそう告げ、彼の手を借りて屋根裏まで上る。ああ見えて仲間内では信也に次ぐシノビの腕を持つ鈴、忍び込む手際に抜かりはない。
屋根の上へのぼった鈴が、小さな体で気持ち良さそうに伸びをする。
「で、僕の仕事は何をすればいいの?」
「ああ、ちょっと俺には難しいことでな」
蔵は何かあったときに逃げ込めるのに使えるかもしれない。三つある内の一つへ信也は抜け道を開けている。
「表からは草木の陰になるところを見つけておいた。クナイで壁を削ってある」
問題はその向こう側だ。蔵の中には大きな荷物が半ばを塞いでいて、このままではせっかくの通路も意味を成さない。
「分かったよ〜。僕なら狭いトコロでも潜り込めるしね」
小柄な鈴ならば十分通り抜けができる。信也の開けた通路を潜ると、中から荷をずらして道を開ける。中は穀物や塩、味噌などが収められている。
その蔵の隣にある本殿。
「今日は里から男が一人迷い込みまして」
その本堂から灯りが洩れている。話しているのは昼間、惣介に薬を与えたあの僧侶だ。
「心配は要りませぬ。すぐに返しました故。上人さま」
「うむ。下界との交わりは我らの和を乱す恐れがある」
「はい」
(「‥‥上人様か」)
壱加や信也の情報を頼りに、闇目も寺院へ潜入していた。上人の姿は陰になって分からない。張りのある声から察するに、寺院を束ねる上僧にしてはかなり若そうな印象である。
(「となると仏道に帰依というのは疑わずともよさそうですな。後は幹部の顔だけでも覚えられれば上出来ですが‥」)
屋根裏を伝い、本堂での会話に耳を澄ます。湖心の術のお陰でこちらの動静は悟られていないようだ。
不意に灯りが掻き消えた。
暗闇の中を人の動く気配が過ぎていく。闇目も目を凝らすが、急な視界の変動に目がついていかない。やがて門の軋む音がし、後には誰もいなくなった。
「大方は出揃いましたね」
調査を終えて仲間達は宿場で情報の交換を行っている。荊姫の聞き込みでもあれから進展はなく、一番の収穫は壱加の聞き出した例の買出しの件となった。ただ、潜入した仲間達の情報とすり合わせると商人へ払っていた代金と寺院での生活ぶりとの間に違和が残る。少しばかり金回りがよすぎるような印象も受ける。
ライが遠慮がちに口にする。
「援助があり金を持ってる
大物がいるかもしれませんね」
信也の調べでは、教団で集団生活を送るのは50人前後。比較的若い男が多いようだ。
「僕が調べた感じだと、毎日規則正しい生活をしてたよ」
朝の読経に始まり、日中は掃除等の雑務をこなし、座禅での精神修行と同時に、肉体の鍛錬も行う。おそらくは修行の一環としてであろうがその間に一切の私語はなく、昼間に忍び込むのはかなり難しそうである。
「念のため、榊原さんの細工した蔵に、予備の脱出口を作っておきました。もしものときは瓦をずらして屋根裏へと逃れることができます。それより、嵐さんの姿が見えないようですが」
「ん? そういえば気になる事があるって、さっき山に戻ってたような」
寺院では人目を避けて忍び込む嵐の姿がある。嵐が目をつけたのはゴミだ。
「思った通り、やはり違和感は拭い去れないか」
庫院の裏の焼き場でそれらをつぶさに調べ上げ、その幾つかを証拠に持ち帰る。ゴミは生活を浮き彫りにする。さすがに肉や魚の類はないものの、豆類や木の実など滋養のあるものが多く見て取れる。食生活の水準は見た目よりも高い。
「‥‥これは?」
それは文のようだ。手早く開き中を改める。そこへ落とす視線が上下し、やがて。嵐の表情が険しさを帯び、その手が文を握り潰した。
「‥‥信じるモノに因って、救われん世の中だな」
呟きを残し、嵐は闇へ消
えた。