●リプレイ本文
寺院を囲む黒い木々の中に一際暗い影がある。風守嵐(ea0541)だ。
「フッ‥‥もう寺院が伏魔殿に変わった所で驚きはしない」
刻は末法の世。決起の日は近い――。臭い立ち始めた乱の気配。書面の隅々を追ってつぶさに調べるが、嵐の目にはそこから何かの痕跡を読み取ることはできない。ただ文面の最後には花押がつけられてる。
不意に文へ大きな影が落ちた。嵐の横から手紙を覗き込んだのは音無藤丸(ea7755)。忍び足の達人である甲斐さくや(ea2482)と同じく、忍軍・闇霞の忍びだ。これといって突出した技がある訳ではないが、格闘能力も備えた総合力に優れる忍びである。
「やはりこの文の裏づけから行われるのですか――?」
嵐が頷いて答える。現時点でこの文を反乱の兆しとして結びつけるのは早計。まずはこの出所を探る必要がある。
(「時には大胆に核心に迫らねばならん‥‥いつか分からぬ決起の日が訪れる前に。隠密行動は繊細に、されど事を興す行動は大胆に」)
今が、その時だ。嵐はもう一度頷いて藤丸へ視線を返す。それに促されて藤丸が口を開いた。
「拙者はこの山について調べてみます。外部との接触は商人のみなのか、少し気がかりな点がありまして」
お互いに頷き合うと二人の忍びは闇へ消えた。
「何してるのかっていう目的がイマイチよくわからないから調査だね。いきなり排除しちゃうのは僕としては好きじゃないし」
寺院へは既に仲間達が潜入を始めている。白井鈴(ea4026)が抜け穴から内部の様子を窺う。事前に榊原信也(ea0233)が工作しておいたものだ。
「月が隠れてからが俺たちシノビの時間だな」
自信めいた笑みを覗かせ信也も抜け穴を潜った。まだ寺院が悪謀の主と決まった訳ではないが、これからの調査でで秘密裏に全てを暴くのだ。
「でも悪いコトするのがわかったら遠慮なく排除しちゃうけどね」
首だけで周囲を窺い、お互いに頷きあう。人の気配はない。
「僕は暫く偉いお坊さんの様子を見張ってみるね」
小柄な体躯を生かして隠れるのなら鈴にはお手の物だ。もしも見つかることがあっても子どもの振りをすれば一度ならやり過ごせなくもない。
「‥俺は間取りを調べてみるか‥‥。隠し扉や隠し部屋がないとも言えねぇしな‥」
それだけ残すと信也は素早く壁伝いに本堂の屋根へと上る。一度だけ振り返ると、鈴へ頷いてみせる。信也は
へと消えた。梁の上を伝って内部の様子を探るのは手馴れたものだ。彼に任せておけば万事巧く運ぶだろう。
「僕も気を引き締めていかなくちゃね」
信也を見送ると鈴も行動に移る。
(「でも見つかった手紙って、紙に書いてあったのを燃やしたってコトは秘密のお手紙なのかな?」)
翌日になると里でも聞き込みが始まった。町娘の扮装をしているのは所所楽石榴(eb1098)。忍ばずを自称する彼女は扇舞の一族の出自である。取り分け技芸に長けた忍びだ。
「ここの辺りで大きな催し物とかってないかな」
文面にあった『決起』の手掛かりを探ったが酒場で話は聞けなかった。
「夏の祭りにはまだ早いしねぇ。でも何でまた?」
その問いへ少し俯き加減になって石榴は口にする。
「うん。あたし、結婚を控えてるんだ。そういった催しがあるんだったら、婚約者と来ようかと思って‥‥」
頬へ薄く朱が差したのは演技ではない。相手の顔を思い浮かべ、俯いた表情の口元へ甘いものが浮かぶ。だがすぐに気を引き締め石榴は町娘の顔へ戻った。
「そうかい。悪いね、催しなら街の方へいくといいよ」
「ううん。親切にありがとうございました!」
お辞儀した拍子に三つ編みにした髪が弾む。踝まで届く程の長い髪を遊ばせながら、石榴はもう一度礼をして店を去った。
既に街の各所から忍びは浸透していた。石榴のように役柄を演じて注意を引くことで情報を得る者もいれば、対照的に、一切の印象を絶って影の如く忍び寄る者もいる。
「前回はあまりお役に立てず‥‥今回こそ鬼か仏に出て来て頂かないと」
お雪の偽名を使った丙荊姫(ea2497)は矢張り街娘に扮している。苦しくない程度の素性と、それを演出するための周辺地理や風俗を含めた知識。それらを頭に叩き込み、誰の目に留まることなく街へ溶け込む。だが一通り界隈を回った所では前回の聞き込みから変わったところは見受けられない。
(「挨拶がてらに回っただけですが、里へ人脈の基盤を築いたことを以って良しとしましょうか」)
やはり決起についての手掛かりは見当たらない。これだけ調べ上げて見つからないとなると、何か根本的な所で
か読み違えたのだろうか――。
「ですが判断材料が乏しい現状では、事を起すは愚か裏を読むにも未だ早計というものですね」
荊姫は次の調査――商人の素性の洗い出しに移る。寺院へ出入りしているという商人が気に掛かかる。今頃は霧生壱加(ea4063)も独自に商人筋を当たっている。彼女へ有益な情報を提供できれば何かの尻尾を掴めるかもしれない。
甲斐さくや(ea2482)もまた商人の素性を洗っている。
「クゥエヘリさんの勘を信じてみるでござるよ」
甲斐の調べでは、出入りの商人は2、3組ほど。衣食、そして身の回りの品を商う者達だ。衣食を扱う商人はこの里を商いの場とする卸売で、最後の一人は他の街も回る行商のようだ。
「出入りの商人自体は怪しい所はないでござるか」
その辺りは酒場での聞き込みで怪しい所は見当たらない。
「となれば、後は直に見る他はないでござるよ」
調べでは数日後に商人が寺院へ食料を運び込むらしい。これを直接当たるのだ。尾行は甲斐の領分だ。
「拙者の腕の見せ所でござるよ」
寺への参道を見上げ、片桐惣助(ea6649)は小さく深呼吸をする。ふと開いたその手には小さな木の実が治まっている。惣助の見立てではそれ自体には取り立てて怪しい所はない。山へ入れば比較的簡単に手にすることが出来る物だ。ただ坊主の口にするものにしては随分と精のつくものでもあり、そこが気に掛かる所だが。
それを懐に仕舞うと惣助は寺院の門を叩いた。
「これはこれは。ささ、奥へお入りなさい」
調査開始以来、惣助は連日寺を訪れていた。足繁く通う惣助に僧侶も気を許しているようで、笑顔で彼を出迎えた。
「お言葉に甘えてまた薬の技をご教授に伺いました。それが今日は‥‥」
そういうと惣助は脇へ視線を落とした。彼の隣では山菜採りの格好をした荊姫が青い顔でぐったりとしている。
「おや。これはいけませんな」
初めて惣助が寺を訪ねた日を思い出してか、僧侶は慌てて使いを走らせる。やがて本堂へ通された二人の下へ解毒剤が届けられた。惣助にしたのと同じように的確な看護が行われ、すぐに荊姫の容態は落ち着いた。
荊姫が落ち着いたのを見計らって惣助は切り出した。
「これも御仏のお導きだと思うのです」
薬売りとしての興味をきっかけに徐々に教団へ関心を持った態を装い、そして今の薬草の処方。頃合としては申し分ない。僧侶に疑った様子はなかった。
「それは願ってもないことです」
柔和な笑みで僧侶は惣助の目を覗きこむ。
「ではさっそく今日の日より俗世との交わりを絶ち、我らの里へ迎え入れねばなりますまいな」
その言葉に惣助と荊姫が小さく実を強張らせた。入信する振りをして内情を探るつもりだったが、これは想定外だ。仮にこのまま潜入したとしても調査の終わりと共に惣助が姿を消せば疑念を呼ぶ。いざ事を起こす時にそれがどんな影を落とすことになるとも知れない。
(「せめて一晩でもご厄介になれれば手はあったのですが」)
荊姫が横目で惣助を窺う。忍び込めさえすれば、外から内から、荊姫にも様々に調べようもあったが機が悪かった。惣助は内心で苦渋を飲んだ。だが表情には笑みを張り付かせて丁寧に辞す。
「流石に俗世との交わりを絶つともなれば、すぐには決め難いですね。今しばらく考え直してみます」
これ以上は難しい。一度でも怪しまれては接触し続けるのは危険だ。相手が警戒を高めることも予想される以上は潜入にも露見の可能性を孕む。予定より早く全ての調査は切り上げられることとなった。
「でもやれるだけのことは調べたよ」
鈴のそれまでの調べでは、寺院を束ねるのは応対に出た僧を含めた3人の幹部。そして滅多に表に顔を出さない商人が彼らを纏め上げている。
「俺の調べでも似たようなとこだな‥」
信也の報告によると、応対役と入信者の統率、そして蔵の
の三人の幹部がいるようだ。幹部同士は(おそらくは数日に一度)本堂で上人と報告会を行うことも分かって来た。
「寺院全体を見て回ったが間取りに不自然なところはねぇな」
菜園で栽培されている植物にも怪しい所はない。信者の常の行いもつつましく、修行と共に適度な教育も行き届いている。見かけ上は寺院に怪しい所など一切ない。
「だが適度な教育と修行、そして適度の飯‥‥良い駒を作る条件は整っている」
嵐がその眼光に鋭いものを宿す。内部へ潜入して証拠を洗ったが目ぼしい者は見当たらなかった。場合によっては始末された後なのかもしれない。文は里の商人が預かって受け渡しをするようだ。それも極稀な事のようである。甲斐の追跡した商人も怪しい素振りは一切見せておらず、荷も確かに食料だけのようだ。
「やれることは全て調べつくした観がありますね。後は残りの方々の調査を待つのみでしょうか」
同じ頃。
「睨んだ通りでしたか」
藤丸は別の可能性を見出していた。彼の調べた情報は、寺院のある近辺の鉱物資源の話だ。歴史に照らせば密教信仰は水銀を初めとする鉱物資源の知識と深い関わりがある。特に有名なのは真言宗を開いた空海法師であろう。空海と水銀といえば奇妙な取り合わせにも聞こえるが、事実空海は凄腕の山師であった。彼の掘り当てた鉱脈から算出した資源が教団の拡充に当てられ、後の日本仏教の発展へと繋がっていくのだ。
この地域にもやはり銅などの地下資源が眠っているという。教団が寺院を構える一帯に鉱床はないが、近隣には知られていない坑道が近くまで伸びている可能性はありえる。
そして一方でも。
「何やらきな臭い感じですね」
闇目幻十郎(ea0548)は寺院の蔵へ忍び込んでいる。湖心の術で音を絶ち、つぶさに蔵を洗う。何かをずらしたような跡も床の継ぎ目の類も見当たらない。隠し部屋の類はなさそうだ。地道なその作業を闇目は堅実に一つひとつこなしていく。最後に蔵の荷を調べたときだ。
「これは‥‥もしや二重底‥‥‥‥?‥」
外から小さく叩いて調べて見れば微細な音の変化としてそれは現れる。一つを改めると中から出てきたのは――。
「――遂に尻尾を掴みましたか」
それは大量の武器。槍の穂先、槌、小刀などが忍んでいた。それらを仕舞うと闇目は早々に寺院を後にする。
「この分であれば、本堂にも何か仕掛けがあるとも考えられます」
寺院側の警戒によりそれ以上は調査を切り上げざるを得なかったが、可能性は高い。そして決定的な証拠も。
「なるほどね、そういうカラクリだったワケか」
壱加は遂に寺院の裏の顔を掴んでいた。荊姫の調べた情報を頼りに近隣の村を回り、遂に出入りの旅商人の素性を突き止めたのだ。
「そもそも寺にこもっている連中だもんね。世間の動きを知るのに情報屋として利用してるとは思ってたけど」
表向きは行商だが、金さえ掴ませれば何でも運ぶ。情報もその一つだ。彼らは寺院へ密かに武器を流していたようだ。
「どうも商人へ武器を預けたのは例の寺院じゃないみたいだけど‥‥」
まだ気がかりな部分は残る。だが少なくともあの寺院がただの宗教集団ではなく、秘密裏に武力の保有を画策している事実は掴んだ。
「証拠は揃ったね。荊姫さんにも後でお礼いっとかないと」
調べ上げた情報を書き留めると壱加は仲間のいる街へと走る。
寺院への金と武器の流れ、そして一帯の地下資源。教団は無害な宗教集団を装っているが、ここで何らかの悪謀が動いていることはもはや疑いようはない。いよいよ忍び達が動くべき刻が来る。