禁猟区の掟  ヨダカの夜

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:4〜8lv

難易度:普通

成功報酬:5

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月02日〜06月10日

リプレイ公開日:2005年06月10日

●オープニング

 赤い目をした女の子。似ているけれどまったく違う。

 あの時はコタエラレナカッタ、今も言葉をハグラカシテイル。考えることはヤメテシマッタ、思い出はステテシマッタ。手放したモノはイトオシカッタ

 その日、僕はカラッポになった。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥。



 鬼哭の隣村。この寒村のさらに外れ。打ち捨てられたように建つあばら家に女は住んでいた。
「この街には昔の馴染みがいてな時々会いに来ているが、あんたにもそういう男がいるって噂を――聞いたんだがなあ?」
 女は鬼哭でその身をひさぐ遊女。それも路傍で春を売る貧しい夜鷹だ。その彼女が、殺された盗人と懇意にしていたという噂を聞きつけて氷神は女を訪ねてきていた。
「あたいに何のようだい」
 ボロ家といっても辛うじて屋根と茣蓙があるだけの酷いものだ。仕切り布から顔を出した女は、落ち葉のような色をした汚れたボロを身に纏っている。窮屈そうに背を屈めた姿はいかにもみすぼらしい。器量は良くもなく悪くもなく。小さな目鼻立ちをしている。すぼませた控えめな口が、笑うと大きく開く。
「なんだい、アイツ死んじまったのかい」
 話を聞くと女はケタケタと声を上げて笑ったた。喉に引っかかったような変わった笑い声だ。
「訳あって事情を探ってるんだが、何か知らないか。人づてにおまえと懇意にしていたと小耳に‥‥」
 事情を語る氷神の前で女は急に立ち上がった。氷神が思わず息を呑む。
「なんだい? あたいは夜鷹。身をひさいで春を売ってんのさ」
 背を反らすとすらりとした立ち姿をしている。着物から覗いた白い足が艶かしい。
「アンタ? あたいを買ってくれんのかい?」


 あれから数日。鬼哭を包む不穏な空気はその濃さを増していた。
「盗人を手引きして盗んだ金でヤクザに報復しようとしてたらしい。張元が捕縛されたのが証拠だ」
「的屋はさらにショバ代を上げる。密告の腹いせだとよ」
「だけど例のタレコミはヤクザの差し金だっていうじゃねえか」
「馬鹿言え、張元の倅も殺しで追われてた罪人じゃねえか。的屋は咎人の巣窟よ。このまま野放しにしていて良いわけがあるか」
「まあ、どっちにしろ例の投げ文は胡散臭ぇってのは確かだな」
 町では奇怪な噂が飛び交い、的屋も俄かに殺気づいている。いつ何が火種になって爆ぜるとも知れない危険な状態だ。
 三の辻。ヤクザの屋敷。
「おう」
 千歳は貸元へ呼び出されていた。
「誰か店の金を使い込んでやがる。身内の恥だ。捕まえてくれるか」
「そうですか。ところで時期に夏ですね。その所為か街は随分と賑やかなようですが」
 千歳が通りを見遣り、くすりと笑みを漏らした。やがて貸元へ向き直ると試すような視線を送る。盃を傾けながら貸元は微かに笑ったようだった。
「一家のシノギは博打だけじゃねえ。気にすんな」
 ヤクザは三の辻に商家も構えている。通常、一家一業の専従体制であることが多い博徒組織だが、この一家は金になることは手広くやっているようだ。官吏の駐留が痛手でないといえば嘘になるが、それで息の根を止められる程やわでもないということだ。
「若い連中は好きに使ってくれ。期待してるぜ」
 三下の連中とはいえ十人近くもつけばかなり心強い。騒動からは遠くにいた博徒達、余力はまだ大きく残しているようだ。元より最大勢力、彼らが動くとき、街の勢力図は大きく塗り替えられるだろう。


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 いよう、聞いたか? 何だか妙な噂ばかり流れてるでないの。いろいろ妙な噂が飛び交ってやがるようだけどよ、どうも下手人がらみの一件で的屋が裏で糸を引いてたってえのは間違いなさそうだぜ。情報屋の俺が言うんだ、間違いねえって。こりゃひと騒動おっ始まりそうだな。
 にしてもよ、張元がしょっ引かれて的屋もお終いだと思ったが意外にしぶといもんだよな。何でも的屋にゃかなり腕の立つ用心棒がついたらしい。いろいろ裏でやってるらしいが、噂じゃ土蔵をいじくってるとかっても聞くな。縄やら網やらを買い込んだって話もあるしよ、あいつら何やってんのかねえ。ヤクザにゃ敵わねえが数だけはそこそこ揃ってやがるからな。こりゃあ、ガキどもが動いたくらいじゃどうってことなさそうだな。
 他には? そうだなあ、重一爺さんとこのナシマツの眼がいよいよヤバイらしいぜ。あと最近じゃ渡世人なんかも流れて来てるんだって? ここいらじゃまずヤクザの親分に話を通しとかないと不味いことになるぜ。チカヅキはちゃんとしとかねえとな。それから四の辻の遊郭に出入りしてる山師が妙に羽振りがいいとかって耳にしたぜ。名前はなんつったっけかな? そうそう、あの妙に口の達者なヤツだよ。後は餓狼党だっけ? 伸してきてるっていうじゃねえか。あすこの若い連中に混じってる華人の女も最近じゃ幅を利かせてやがるな。餓狼のガキどもに取り入ったっつっても所詮はクソガキどもの寄せ集めだからな。出る杭は打たれるって言うし、痛い目に合わなきゃあいいけどな。
 そうそう。大事なことを忘れてたぜ。噂の狂犬が餌を探してるとよ。あれで鼻の利くヤツだからなかなか使えるんじゃねえの? 今は的屋から仕事請けてるみたいだけどよ、そっちが片付いたら誰だろうと手は貸すってつもりらしいぜ。


*用語解説
 張元:的屋の親分。戦後の暴力団組織で言うところの組長に相当する。
 帳脇:的屋組織の二番格。
 三下:博徒組織の下っ端。中番、梯子番、下足番、木戸番、客引、客送、見張等に細かく分かれる。
 仁義:暴力団社会固有の支配的倫理観。博徒や的屋の対外礼儀としての意味合いも持つ。
 チカヅキ:近づきの仁義。博徒の対外礼儀。的屋の場合はアイツキと呼ばれる。ちなみに寅さんがやるのは後者。 



●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1462 アオイ・ミコ(18歳・♀・レンジャー・シフール・モンゴル王国)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea5973 堀田 左之介(39歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea9237 幽 黒蓮(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 ea9771 白峰 虎太郎(46歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb0139 慧斗 萌(15歳・♀・武道家・シフール・華仙教大国)
 eb0812 氷神 将馬(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)

●サポート参加者

伊珪 小弥太(ea0452)/ 片桐 惣助(ea6649)/ 紅 閃花(ea9884

●リプレイ本文

 鬼哭は夕刻から騒々しい。三の辻で幽黒蓮(ea9237)が何者かに刺されたのだ。往来で背中からぶっすりと。餓狼の連中相手に派手に暴れて狂犬と仇名されていた黒蓮、お上も報復の線で捜査を始めている。目撃者も多く、今度ばかりは下手人も逃げ切れまい。お上も一度ならず二度も顔に泥を塗るような真似をされては沽券に関わる。街は殺気立っている。
 刃傷沙汰があったのはヤクザの商家の傍の通りだ。すぐ軒先でこんな真似をされたとあってヤクザもピリピリした空気だ。
「貸元さんに直々に頼まれた以上、きちんと片を付けなければいけませんね」
 所要で暫く江戸を離れるという静月千歳(ea0063)。例の件で貸元に呼び出されてその旨を伝えると親分も気前よく餞別を寄越した。尚更に手早く片付けなければ。
「それでは、犯人探しと参りましょう」
 といってもあたふた走り回るでもなく、千歳は幾つか簡単な指示を出すだけだ。どこかのんびりした様は拍子抜けするくらいだ。
「恥を外に晒す訳には行きませんし、犯人に気取られても困りますので。獲物を狩る時と言うのは静かに息を潜めるものです」
「あんたがそう言うんなら間違いはねえんだろ」
 余程信を置いているのか貸元は相変わらず静かに盃を傾けている。
「で‥‥」
 振り返った先には酒を手土産に座敷へ上がった堀田左之介(ea5973)が畏まって座っている。視線に気付いて堀田が笑顔で返した。
「せっかく親分さんの事を教えてくれても置いてけぼりくわされちまってな、すまねぇ」
 苦笑を混ぜながら堀田は頭を下げた。横目で窺うと子分達は険しい表情で彼を睨みつけている。
「‥‥と何かおっぱじまるのか? こりゃ悪ぃ時に来ちまったな」
「親父の前だぞ! 口の聞き方に気をつけやがれ!」
 掴みかかろうとした子分。貸元が片手で制する。
「そんだけデカい口叩くんだ。釣り合う器量もあんだろうと見込んで話がある。最近物騒でな。剣と槍を5振りずつ欲しい」
 博徒組織の中で親分からの命令は絶対だ。それがどんなに理不尽でも。入用の武器は抗争への備えだろう。的屋の白峰虎太郎(ea9771)とは旧知の仲の堀田だが、博徒においては仁義という名の掟も絶対だ。流れ者が組の庇護なしに街で凌ぐことはできない。堀田にとって事態はまずい方向に流れつつある。このまま博徒に関わればいずれ抜け出せなくなる。この街じゃ係わり合いになるということ見掛けよりずっと深い意味を持つのだ。
 だがそれでも金と力の前には引き寄せられるように人が集まる。シフールのアオイ・ミコ(ea1462)とて例外ではない。
「さぁて、葵井、遊ぶよっ!」
 鷹と共にミコが中庭へ飛び込んだ。
「何者だ」
「手前、いたって不調法、あげますことは前後間違いましたらご免なお許しを蒙ります」
 芝居がかった口調で親分へ口上をあげる。
「手前、見ての通りのケチなシフール、軽業師。姓はアオイ、名はミコと申すもの。此度なにやら噂を聞きつけ、お役にたたないかと流れてきやしたが如何‥‥って、まぁ要は売り込みに来たんだよ。流れ連中がこう多くなってくると鬱陶しくはない? ちょいとやれる事ないかなぁ‥‥なんてねっ」
 幼い笑顔で首を傾げると、子分が困り顔で貸元を振り返る。貸元が盃を飲み干した。
「‥‥おう。ちょうど店の方に空きが出そうだったな。後釜に仕込んどけ」
「シフールは一代祟る‥‥アオイミコは七代続いてもなお祟る‥‥なんてね」
(「さぁて、ヤクザに取り入ってみたけれど‥‥次の手はどうしようか、葵井。やっぱり、あれかな?」)

 一の辻の牢屋。
「‥‥最近的屋に対する流言が横行してる、不当なショバ代吊り上げ等やってもいない事が流れるのは町の治安にも良くないだろう」
 官吏の心証を得るため、白峰は唯一の収入源であるショバ代の吊り上げも取り下げる構えだ。露天商からのアガリも少ない今、それは殆ど首を絞める決断に近い。だが張元は濡れ衣だと信じ、僅かな希望に託して釈放を訴えかける。効果の程は見られない。官吏に頭を下げて牢へ見舞うだけの日々が続く。
「悪いなあ。流れモンのあんたにンなことさせちまって」
 暗い牢の奥から声だけが聞こえてくる。窪んだ眼光は見えないが投げ掛けられるあの視線は肌で窺えた。
「‥‥下手人への手は既に打ってる」
 崩れ落ちようとしている地盤を繋ぎとめるため情報収集などに的屋は慌しく走り回っている。白峰は土産の握り飯を格子の隙間から差し入れた。
「おい。時間だ」
 牢番に急かされて白峰は立ち上がった。まだその背に絡みつく視線を受け止めるように呟く。
「‥‥待つ」
 その時だ。
「おら、きりきり歩け」
 官吏に追い立てられて牢へ連れられたのは林潤花(eb1119)だ。
「私はやってないわよ。放しなさい」
 例の刃傷沙汰の調べは夜には呆気なく片がついた。目撃者は口を揃えてこう証言した。下手人は黒髪の女で顔を覆った頭巾からは尖った耳が覗いていた。この鬼哭でそんな者は一人だけだ。
「お勤めご苦労」
 白峰が官吏へ一礼し、すれ違い様に林と視線が交差する。
「街を乱す咎人は厳しく取り締まって欲しいものだ」
「ほら、入れ」
 嫌な予感を覚えて遠回りしたのが裏目に出た。濡れ衣の罠を張られ、夜も更けて鬼哭へ入った所をすぐに捕縛されたのだ。林は隣の牢の張元へ壁越しに問い掛けた。
「あなたの差し金? でも残念ね。もう策は放ってあるの。的屋の利権は切り崩すわよ。出方しだいでは‥‥くすくす抗争の前哨戦ね」
「お嬢ちゃん。過ぎたお痛はいけねェや」
 挑発には応じず、張元は静かに呟いた。分厚い壁越しにその声は低く震える。
「――コイツは人の死ぬ遊びだ」
「お前達何を話している! 的屋、取調べの時間だ」
 扉の開く音、牢番の怒鳴り声、そして無理やり引き摺るような音が耳に入る。これまでにどんな尋問が行われきたのかは考えたくもない。
「不様ね。でも犯罪者にはお似合い‥‥残りの人生は地べたを這いずり泥水を啜って生きるがいいわ。あっはははー」

 万屋・重松では仕事を追えて白九龍(eb1160)が店を後にする所だ。もうすっかり夜更けだが、今日は取り分け忙しかった。
「まったく、鬼哭はどうなっとるんじゃ」
 白の背を見送ると重一は嘆息した。座敷では慧斗萌(eb0139)が熱っぽい顔で布団に入っている。
「うわ〜‥‥ダメダメ。萌っち、風邪ひいちゃったよ〜グズグズ〜」
 おでこの布巾は看病した白が宛がったものだ。萌はすっかり重一に懐いたのか重松へ入り浸りになっている。
(「‥‥ああ、せっかく面白い劇が目の前の町で繰り広げられてるのになァ」)
 少し剥れた様子で萌は内心で舌打ちする。その隣では刺された黒蓮が担ぎ込まれている。重一の手当てで一命は取り留めたが、あと少し刃が逸れていたらどうなっていたか。
 今は意識を取り戻した黒蓮へ、重一は訝しげな顔を向けた。
「お前さん。――狂言じゃろう?」
 振り向いた黒蓮は少し笑ったようだった。
「さあ。どうだかね。ほら、『狂犬』に常識は通用しないってことよ」
「まったく、どんな手を使いおったのやら」
 苦笑する重一のその横で、気だるげに萌が呻いて見せた。
「あたま痛い〜。前回、悪さしたバチだね〜」


 鬼哭の西。寒村の外れにある夜鷹の塒。破れた屋根の隙間から銀光が覗く。女が乱れ髪を手櫛で梳いている。まだ少し上気した顔で女が振り返ると、氷神将馬(eb0812)はとうに身なりを整えて一服ついている所だ。女は嘆息した。
「もう七日だよ。食うにゃ困らないお武家さんっていってもね、酔狂が過ぎるよ」
 様子見がてらに毎晩通いつめては、夜明け前には帰っていく。女は訝るように氷神を横目に見た。言いたいことは分かる。なぜ盗人のことを聞かないのか。
「話したくなったら話してくれればいいさ」
 それより、と氷神。
「塒を移した方が良い。いずれろくでもない連中もお前の事を嗅ぎつけて此処へ来る筈だ。どうせなら俺と一緒に江戸に来るか? 奉公先ぐらいは口を利いてやる」
 女は呆気に取られて、やがて今度は頭を振って嘆息した。
「あたいみたいな遊女が今更この鬼哭の外で生きれるもんかい。あんた。‥‥今夜はもう帰るのかい」
「夜になったらまた来るぞ。何かあったら直ぐに逃げることだ。どうせならこの氷神将馬を頼るといい」
 帰り支度を済ませると彼は立ち上がった。戸の代わりに立てかけられたゴザを潜ると、その背へ女が声を掛ける。
「四の辻の郭を訪ねな。あたいの名を出せば話くらいは聞かせてもらえる筈さね。そこの客のナントカって男に金を預けてるって言ってた。うさんくさい男だったみたいだから、大方騙されてたんだろうけどね」
 それだけ口にすると女は背を向けて髪を結い始めた。
「深入りしない方が身のためだよ」
 そう女は言った。
「ここは鬼も哭く街さ。余所者にあれこれ蒸し返されるのをこの街は好いちゃいない。哭かなきゃならないその理由をね、だぁれも忘れちまうのを待ってんだよ。これ以上あたいの周りで――」
「お業」
 氷神が女の名を呼ぶ。宿の名を書き付けて寄越すと、振り返った女が彼を見上げる。
「なんでそこまでするのか、だと?‥‥そうだな、抱いて情が移ったのかもしれんな」
 浮かんだ苦笑を噛み殺す。まだ口の端に残った笑みを消そうともせず、氷神はそこを後にした。遠くなる蹄の音をお業はいつまでも見送っていた。
 鬼哭の空を月が照らし出している。街へ続く道を馬蹄が響いていく。やがてそこへ二人の影が現れた。赤い着物の少女を連れて歩くのは赤霧連(ea3619)。振り返った先で少女はふらふらとまた森へ彷徨い入ろうとしている。その歩みが、連にはまるで誰かを探しているように思えて酷く胸が痛んだ。
「あー、うぅー」
 掴み止めると少女は少しむづかった顔を見せたが、連の顔を見るとやがて無邪気に笑顔を向ける。その瞳には何が映っているのだろう。言葉をなくした彼女へ問いかけることもできず、連は胸が詰まった。軽い目眩を起こしそうだ。あえて言葉にするなら。いとおしい。熱くて、苦しくて、切なくて、胸が引き裂かれそうになるのに、連にはただいとおしく思えた。
「名前が無いと不便だよネ‥‥むむ、ミキちゃんって呼んでもいいかな?」
 痛んだ白髪を撫でながら、ふと思いついて連は櫛を取り出した。
「女の子は髪形を変えただけで、歩き方まで変わるのですよ☆」
 撫でるように櫛で梳いて、痛んだ髪を結い上げる。幾つか試してみると連と同じ髪型が気に入ったようだ。瞳を覗き込んで愛くるしく笑う。
「ぅーぅぁー」
「ふふふ、これでセイギのミカタもメンバー3人と拡大しました! さあ、舞台は鬼哭の街、キミ君に会いに行きましょう!」
 ミキの手を取り、連は歩き出す。小さな二人の小さな歩み。それはこの街では余りに取るに足らないことかもしれない。
「君が君でいられるように‥‥でも、私は待ちません。貴方を迎えに行くのですよ」
 ミキが連の手をぎゅっと掴んだ。少女の小さな胸に今もある思いは。連にはまだそれが何なのか分からないけれど。探しにいこう。その答えを。


 鎮守の森に流れる笛の音が寂しげに音色を変えた。耳を止める者もいないまま哀しげな調べは夜に吸い込まれていく。
「赤い着物の少女か‥‥‥‥」
 その手を止めて白はぽつりと呟いた。土蔵はすっかり改築されて中からは開かぬように作り直されていた。まるで籠の鳥だ。あれ以来、森で少女を見ることはなくなった。的屋の連中も忙しさに感けていて後回しにされているようだ。ふと脳裏を懐かしいもの過ぎり、彼は恥じるように頭を振った。
「いや、妹はすでに殺されたのだ! よく見なくとも全く似てないではないか‥‥」
 連がこっそり娘を連れ出したようだが、何をする気だろうか。噂では盟友の林も捕らえられたらしい。林のことだから賄賂でも掴ませてすぐに出てくることだろうが厄介なことになったものだ。笛を仕舞おうとした拍子に、左腕を覆う包帯がはらりと解れた。覗いたのは毒蛇の刺青。包帯を巻き直すと、白は言い聞かせるようにして声に出して言った。
「自分は追われる身。厄介事に巻き込まれるのは‥‥御免だ」
 同じ頃。
 報せを受けて千歳は動いていた。種を明かせば呆気ないからくりだ。ヤクザの金に一つひとつ傷をつけたのだ。なくなった印付きの金を持っていた者が犯人という訳だ。商家を営む以上、日常的に金の出入りはある。その辺りの紛れは三下を使っての聞き込みで帳尻を合わせる。強引な手ではあったので時間が掛かってしまったが、千歳は犯人を搾り出していた。
 挙がったのは商家で小間使いをしている若い男だ。後は証拠を押さえるだけ。尾行にも気付かず男は繁華街へと足を踏み入れていく。やがて男はとある店へと入っていった。
「ここですか」
 少し躊躇った後、千歳はその背を追って戸を潜った。四の辻の遊郭。物語は徐々に動き出そうとしている――。