禁猟区の掟 ムササビの夜
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:6〜10lv
難易度:難しい
成功報酬:5
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:08月05日〜08月10日
リプレイ公開日:2005年08月15日
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●オープニング
四の辻での騒動は鬼哭に楔を打ち込んだ。それは小さなヒビを生み、時とともに亀裂となって鬼哭を走る。もはやいつ抗争が起きても可笑しくはない状況だ。的屋も飢狼も余力は幾ばくもなく、どちらかが潰れれば残った方はヤクザに喰われる。その危うい力関係だけが街の均衡を作り出してた。
騒動によって飢狼のガキの半数近くが捕縛され、今も牢屋に繋がれている。残ったのはキミと頭目を含む十人足らず。あれだけ派手に鳴らしていた飢狼も今ではまた二の辻に追いやられている。
「‥クソ‥‥‥」
特にキミの苛立ちは大きい。
騒動のドサクサに紛れ、的屋の白峰が飢狼の一人を殺した。丸腰の相手を一方的に切り刻む惨い殺し方だったそうだ。帳脇を殺したことへの報復だともっぱらの噂だ。一の辻のドサクサから逃げ遂せて一人になった所を狙われたのだ。生きていればまたこの酒場で落ち合う筈だった。その約束を一方的に絶たれた心境は如何ばかりか。
「‥‥狙うなら殺った俺を狙えばイイじゃねぇかよ‥‥チクショ‥よりによって‥」
殺された少年はキミよりも更に一つ二つ年下の、少年と呼ぶにも幼い子どもだった。三の辻の酒場の息子だったそうだ。白峰は既に町を逃げた後だという。江戸に逃げられてはもう行方も掴めないだろう。だがキミが今この街を去ることはできない。今は仲間のために動かなければいけないからだ。
キミの苛立ちは、晴れそうにもない。
二の辻。酒場へ向かう途中の裏路地に、二人の華国人の姿がある。二人は華国からの盟友。表立って会うことこそ少ないが、お互いに情報を交換し合う中だ。
「この間は情報ありがとうね、白君。おかげで首が離れずに済んだわ」
「無茶をしやがる‥‥が、おまえ自身はどうせ楽しんでいるのだろぅ?」
その問いに林は笑顔を返しただけだ。白は諦め混じりに鼻を鳴らす。
「飢狼の所がヤバくなったら隣村のあばら家へ来い。幾分か時を稼ぐ事くらいは出来よう‥‥」
そう言って去ろうとした白が不意に振り返った。
「そういえば重松に時折見慣れぬ顔の男が出入りしている」
「あら。何の情報かしら?」
「‥‥なんだ。お前も知らないのか」
当てが外れた風に白は肩を竦めた。やれやれと嘆息すると、後ろ手に手を振りながら彼は表通りへと来えた。
一方、的屋も窮地を迎えている。白峰の去った後、残った子分の殆どは町へ留まった。彼らなりに縄張りの維持に力を尽くしたが、下っ端だけで凌いでいけるほど甘くはない。
「畜生! こうなったのも白峰の野郎のせいだぜ!」
「馬鹿、いなくなった人のことを悪く言うんじゃネエ。先生も先生なりに‥‥」
「だがよ、あいつの言う通りにショバ代を下げたらこの様じゃねえか!」
定期的に続けていた牢への訪問もあれ以来途絶え、いよいよ張元の釈放は難しくなった。白峰の案で値上げを取り下げたショバ代では残った者達が食っていくにも苦しい。土蔵の改築などでの出費が影を落とし、的屋はもはや行き詰っていた。後は武器を売って食いつなぐか、尻に帆をかけて街を逃げ出すか。
「だいたいよ、奴は自分だけ逃げやがったんだぜ」
「ああ、しかも置き土産に飢狼のガキをやりやがったお陰で、俺らの身までヤバくなっちまったじゃねえか」
「こうなったらよ!」
「もう張元を救い出すしか生きる道はねえ!」
「そうだ!」
「牢を襲って、俺達で張元を奪い返すんだ!!」
的屋に残った子分の数はおおよそ十人程。仮にも槍や短刀で武装しているとはいえ、とても官吏に太刀打ちできるとは思えない。およそ冷静な判断とは言い難いが、今の彼らにそこを見極める力など残っていない。それほどまでに追い詰められているのだ。
「三日後は月が欠ける、その晩に奴らを襲うぞ!!」
破滅へ向けて行進するように、子分達は死地へ迷い込む。生きては帰れぬ道。親から見捨てられた子が、どうして一人で生きれよう。
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いよう。聞きたいことなら分かってるぜ。例の500両の話だろ? 俺んとこにネタが来てねぇ訳がねえだろ? ちゃんと俺も一枚噛んでるぜ。
金は、実はもう鬼哭にはねぇ。何回かに分けて隣村に移されちまってる。最後に夜烏のヤツも街を出て、後は隣村からブツを運び出すだけって按配だ。だが一つだけ誤算があったんだよ。どっからか噂を嗅ぎつけてきた奴がいてよ、そいつも一口乗ることになっちまってる。まあ分け前は減るが、使える奴だからこれもしょうがあるめえ。
作戦はこうだ。夜烏は無事に鬼哭を出て隣村で身を潜めてる。今ンとこはヤクザにも的屋にも、もちろん飢狼の連中にだって感づかれちゃいねえ。後は煙の立たねえように慎重に事を運ぶだけってな。ちょうど村に壊れた車があってよ。馬でそいつを引いて一晩でおさらばだ。とっくに支度は済んでるが、ここまで来て最後に躓くなんて願い下げって話でな、夜烏の野郎は宿で騒ぎが起きるのを待ってる。うまい按配に宿もきなくせぇことになってるからな。たぶんうまく行くだろな
あ? 何で俺がそんなトコまで知ってるって?
そりゃあ、お前ぇ。俺も夜烏とグルだからに決まってンだろ? 人を簡単に信じちゃいけネエよ。情報屋の振りして動いてみてたが、どうやら巧くいったようだぜ。へへっ。さぁて、俺もそろそろズラかるとするかね。
*渡世人の仁義
特に鬼哭のような小さな町で重要なのは対外礼儀と裏切りについてである。渡世人をはじめとする裏家業の流れ者は、滞在に当たり土地の親分に話を通す必要がある。そして関わりを持った以上は裏切りに相当する行為には厳しい制裁が加えることとなる。
●リプレイ本文
「近い内にこの町に大騒ぎが起きるという話ではないか」
酒場にはいつも通りの氷神将馬(eb0812)の姿がある。
「俺が聞いた話じゃ数日中にも何かあるらしいがな。騒ぎの間だけでも町の外に逃げる備えをしておいた方が良くないか?」
山師の夜烏の計画に乗った氷神にとって状況は期待通りに運んでいる。的屋の様子がおかしいのは街も気配として感じている。昨日の今日だ、次こそ大事になるのではと誰もがピリピリした雰囲気だ。
「氷神の旦那、うちの倅も的屋の連中にやられてね‥‥」
そんな中で馴染みの店主は沈んだ顔だ。聞けば飢狼に出入りしてた倅が例の通り魔に殺られたという。相手が的屋絡みでは素人では手に負えない。親父の哀しそうな眼へ視線をやりながら氷神は腕組みを解いた。
「考えて置く‥‥こっちでは随分世話になってるからな」
「好ましくない方に事態が転がりましたね。さて、如何したものでしょう」
静月千歳(ea0063)の姿は今日もヤクザの屋敷にある。一帯を仕切る銀蔵一家の客員として鬼哭ではちょっとした名になりつつある。盃を受けた子分という訳ではないが親分の銀蔵の覚えもよく、三下の十人ほどを子分として自由に扱える身分だ。
それにしても。と、千歳。
「的屋の張元。そして餓狼も半数が捕縛されている事を考えると、近いうちに牢の辺りで一騒動ありそうですね」
的屋の子分達は既に牢の襲撃の手筈を進めていた。このまま決行日を迎えれば全滅は免れなかっただろう。一人の流れ者の存在によって、彼らを飲み込む運命はほんの少しだけ行き先を変えようとしていた。
「事情は分かりました」
的屋の連中と一緒に居るのは李焔麗(ea0889)。仁義を切りに行った先で彼女はこれまでの経緯を聞きだしていた。
「ですが、この勢力で官吏に太刀打ちできるとは思えませんね。その分の悪い賭けは張元の命脈を絶つ恐れがありますね。寧ろ、頼りにならない官吏に代わって真相を探るのが本道」
「あんたの言うことはもっともだ。だが俺らにはもう食う術がねえ」
子分達は十人ほど。彼ら全員が食っていくには金が要る。焔麗は黙って懐から財布を差し出した。
「僅かですがしばらく食い繋ぐことはできるでしょう」
「姉さん、あんた」
「目の前で破滅しようとしている人を放って置けるほど、私は冷徹にはなれません。何か力になれませんか?」
(「‥‥噂に違わぬ混沌とした街ですね。私に出来る事はあまり無いと思いますが‥‥」)
――それでも。
「少しでも役に立てれば良いのですが」
最後の言葉は半ば自負。この力を必要とする者がいる限り、拳を振るおう。そこに居場所を見出せるのなら。
同じ頃。牢の前には林潤花(eb1119)が居た。
「今回は手駒の回収ね。まだまだ、彼らにはがんばってもらわないとね」
ガキどもの親を回って保釈金を集めるのは少々苦労したが何とか工面できた。後は情に訴えるか理に諭すか。色気で堕すのもありだ。
「彼らはまだ子供よ。これだけの期間、牢屋で臭い飯を食って頭も冷えて反省したでしょう。これ以上は子供達に悪影響を及ぼすわ」
まずは賂で擦り寄り、その上で理を通す。官吏の反応は上々だ。
「まあその事情は考えなくもないがな。それにしても、今日は妙な客が多いな」
数刻前。
「張元さん、勝負をしましょう?」
意外な先客とは赤霧連(ea3619)だ。キミを強引に連れ出し、連は牢へ面会にやって来ていた。
「人生はサイコロで決まると言います。だから一つ勝負をしましょう? 私が勝ったら一つお話を聞いてくださいネ☆」
(「張元さんがここに留まる理由――。その想い‥それはとても暖かいもの‥‥そう思うのは私の気のせいでしょうか」)
初対面の、それもヤクザ者を前にしてなお連の表情に物怖じするところは見られない。それどころか、この場面だというのに連の眼差しはどこか切なそうだ。
「‥‥さぁ、勝負です。断ってもいいです、私は泣いちゃいますけれど」
「どうせ暇な毎日だ。乗ってみるの悪くねぇか。お嬢ちゃん、半に賭けさせて貰うとするかね」
勝負は簡単、丁か半か、イカサマは一切成し、一発勝負。転がった犀は‥‥。
(「‥‥ちっ。五の半、連の負けか」)
キミが舌打ちし、張元が犀を掴んで言う。
「悪ぃな、お嬢ちゃん。昔から勝負事には強くてよ。それじゃ俺の言うことでも聞いて貰おうかね。そうだな‥‥お嬢ちゃんが俺に何か面白い話を聞かせる‥‥ってのはどうだい?」
張元が試すように連の瞳を覗き込む。促されて連が口を開いた。
「キミ君を許せといいません、だけど今は手を取り合って欲しいのです」
「おい、連。俺はそんな話聞いてねぇぞ」
キミが叫ぶがそれを制止して連が続ける。
「張元さん、武器を持たず、闘わないすべを知っていますか?」
こちらは重松。
「重一老、まずは今までの非礼をお許し下さい」
白九龍(eb1160)は店を去る決意を固めていた。
重一の足元へ跪き、今までとはうって変わった流暢な言葉で白は切りだした。片言でしかか話せぬと偽っていたことを詫びると、一の辻での官吏との揉め事の件を老人へ伝える。
「これ以上ココに居座れば重一老まで巻き込んでしまいます。受けた御恩は決して忘れはしませぬ‥‥」
「おおおお、白さんや。何も気にすることはないんじゃ。お前さんはよく尽くしてくれた、あのあばら家もこれまでどおり好きに使うとええ。また戻って来たくなったらいつでも店は開けておる。その時は、必ずこの重一へ声を掛けるんじゃぞ?」
「御身に万一の事があればこの‘白九龍’必ずや戻って参ります。どうか御無事で‥‥‥‥」
街を取り巻く気配の変化はこの重松にも少しずつ忍び寄っている。
「なんだか、みんなピリピリしてて怖いですよ〜」
白と入れ違いに軒先から顔を出したのはシフールのアイリス・フリーワークス(ea0908)だ。
「‥‥ジュゥーィチ! ジュウイチ!」
籠のナシマツに急かされて重一が顔を出す。
「おやおや、これはまた可愛らしいお嬢さんじゃの。待っとれ、すぐに菓子を出してやるからな」
旅の吟遊詩人という触れ込みのアイリスは各地の昔話を聞きながら旅をしているのだという。鬼哭で酒場や街度を回って話を聞き、街の古株の重一のことを耳にしたという訳だ。
「この街には20年も前に大きな抗争があったと聞いたです。それで‥‥」
「――それで、町の皆から一目置かれてる重一老に話を聞きにきたって訳ね」
不意に幽黒蓮(ea9237)がアイリスの背中から顔を出した。
「なんじゃ、またお前さんか。折角じゃが内の店には痩せ犬にやる餌までは置いとらんわい」
重一は露骨に迷惑そうな顔を見せた。それに構わずもう黒蓮はずかずかと座敷へ上がり込でいる。
「ほら、ここなら厄介事に巻き込まれずに済みそうだし‥‥茶菓子もあることだし、世間話でもしましょうか」
手土産の茶は以前に手当てをして貰った時の礼も兼ねている。重一が3人分の茶を出し、二人を座敷へ招き入れる。
「それにして近頃は本当に物騒じゃ。この20年、何の諍いもなしに平和にやっとったというに、鬼哭の行く末が心配じゃな」
「ホント、最近物騒になったわよねぇ」
「まったく、誰のせいなんじゃかの」
重一は黒蓮を横目でじろりと見ると、今度はとぼけた顔を作る。
「それで、何の話じゃったかの?」
「それは20年前の‥‥え、きゃ‥!‥」
「ぅぅあーうー」
とそこへ現れたのはミキだ。アイリスの小さな体を人形のように抱くと、目を細めて頬擦りをする。
「わわわ‥何ですか〜」
「ほう、こりゃ。お前さん、どうやら気に入られたようじゃの」
「はいはい、馬鹿やってないで先を続けましょ。で、抗争の話よね」
黒蓮が促すと重一はようやく語り始めた。
「ほうかほうか。そうじゃなあ、かれこれ20年も前の話じゃ‥‥」
隣村では夜烏達3人が待機している。期待していた騒ぎは今の所ないがこれ以上長引かせては逆に露見の可能性も出てくる。遂にこの深夜に作戦決行の運びとなった。
「だがその前にだ。取り分は前金で貰おうか」
氷神がそう切り出す。夜烏は随分詐欺を仕掛けてきた奴だ。油断は出来ない。
「お前を信用してない訳ではないが、外へ運び出したら待ち伏せでバッサリでは洒落にならんからな」
「心配するな。なに、お前の方がよっぽど腕が立つ」
「それより旦那、取り分の50両つったら結構な重さだぜ? 先に渡してやっても構わねぇが、そうなるとどっか預ける場所でもあんのかい?」
元情報屋の言に氷神は思案顔で言う。
「そうだな‥‥当てがない訳でもないぞ」
腕組みして顎を撫で付けると、彼は金の入った袋へ手を掛けた。
「決行までは時間があるな、少し外す。後ほど落ち合おう」
同じ頃、牢屋では林の計略が実を結びつつあった。
「親友が惨殺されたのに、牢屋に繋がれ線香一本あげられないなんて悲しいことね」
ガキどもの親から集めた金の他に、飢狼の頭目からも金を引き出すことが出来た。これに酒を手土産にしておけば賄賂としては上出来だ。
「的屋の酷いやり口は分かったでしょう。私が連中に陥れられて、義憤のあまりやり方を間違ったけど‥‥あの子らはこの鬼哭を守りたかっただけなのよ」
「女、案ずることはないぞ。俺からも上に話をつけておく。時期に悪ガキどもも釈放されるであろう」
この言葉通り、それからすぐにガキどもは残らず開放された。余りの呆気なさを見るに、お上も始めから賂を期待してのことだろうか。
「なるほど。飢狼が‥‥これは厄介なことになりました」
千歳はその報せを銀蔵一家の屋敷で耳にしている。口ではそう言いつつも既に飢狼の連中を事細かに調べ上げた後だ。住処から親類縁者まで全てを洗いざらい。大半は町の住人の倅だという。突付きようでは弱点にもなる。中には頭目のような流れ者や孤児もいるがそれは少数だ。
(「気になるのはキミという少年でしょうか」)
調べでは遊女の子で客の私生児だということだ。父親は知れず、母ももう死んでいる。今は郭で厄介になっているらしい。そこまで調べ上げて置きながら千歳には一部の油断もない。
「ですが今は余りにも、知らない事が多すぎますね。戦力を見誤って、詰めをしくじる事になっては笑えません。それに、個人的な興味もありますし」
「そうかい。なら情報屋を紹介してやる。おいお前ら、お客人を案内しろ」
親分の蛇(くちなわ)の銀蔵がが部屋の奥へ下がり、代わりに三下が千歳を案内する。
「情報屋の方? はて。確か狩座屋の男は姿を消した筈では?」
「先生、奴ぁガセ混じりのネタも流す所詮はモグリでさぁ。俺らみたいなスジモン相手にネタを売る玄人の情報屋ってのは別にいるんで」
同じ頃。
「何だ、客とはアンタか」
耳の良い情報屋がいると聞いて白は狩座屋を訪れていた。そこで出会ったのは意外な顔だ。
「それはこっちの台詞だ。まさかお前がそうだとはな」
そこへ居たのは重松へ出入りしていた狐目の男。白の流暢な口ぶりに男はさして驚いた顔も見せない。なるほど、腕が立つと言うのは本当らしい。白は切り出した。
「重一老とミキの身に何かあれば隣村のあばら家に知らせてくれる様頼む」
そう言って懐から金貨を差し出すと男が眉根を顰める。白は小さく嘆息する。
「心配するな。小間使いは表向きの顔だ。金のことは――」
「――顔馴染みの頼みだ。タダで引き受けてやる」
それだけ言うと男は席を立つ。白の見送る前で去り際に一度だけ振り返った。
「アンタは重一老のお気に入りだ。金は取れんよ」
いつしかとうに日も沈み、鬼哭を包む夜は更け行こうとしている。二の辻では飢狼の酒盛りが行われている。
「お前ら、今日は思いっきり飲ってくれ。俺の奢りだ」
全員釈放の祝いの宴会だ。それと同時に、的屋に殺された仲間の弔いの宴でもある。
「やっとまた仲間が揃うことが出来たな。お前ら、次は的屋の奴らに目にもの見せてやる番だ!」
「ああ。その通りだ。奴らには絶対に同じ傷を負わせてやる。アイツの‥アイツの‥‥」
キミの言葉はそれ以上は続かない。しんみりした雰囲気が流れる。
「さあ、祭りの前の最後の宴よ。今日は殺されたあの子の分まで飲み倒すわよ。しんみりするのは私達らしくないわね、せめて賑やかに送り出して弔いとしましょう」
宴は夜通し続けられた。遂に飢狼が動き出す前夜。彼らの火種で鬼哭が燃え上がる、これはその前夜の宴だ。
同時刻。隣村の外れ。
「ば、馬鹿な‥」
冷静沈着な氷神をしてそう言わしめるだけの急変。場を外して戻って来るまでの間にそれは起こった。
その場には夥しい血痕。だが夜烏も狩座屋も、二人の死体は愚か金も馬も車も、何一つその場には残されていない。氷神の顔から見るみる血の気が引いていく。
「‥‥ま、まさか‥」
血相を変えて氷神は馬に跨った。向かったのは町へと向かう道沿いの林だ。
「あ、あんた!」
「お業! 無事だったか!!」
馬を飛び降りると遊女の細い体を抱きしめる。世話になったお業へ今夜は街を離れるよう言っておいたのが効を奏したようだ。
「一体全体どうなってんだい。なんだってこんな‥‥」
「怪我はないか」
「大丈夫だよ、アンタから預かった金も無事さ。でもあたいの塒が荒らされて‥‥ねぇアンタ、ここで何が起こってんだい。何であたいが狙われなきゃなんないんだい?? アンタ、何を知っちまったってのさ!?」
「分からん。だが俺の仲間が消された。金も奪われた」
あれだけの仕事をする連中だ。このまま無事に済まされるとは思えない。勿論、氷神と関わったお業の身も、だ。ひとまずお業を宿へ送り返すと氷神は馬首を返した。これまでは懸念でしかなかった危険が今は色濃く形をとって彼の身を覆おうとしていた。踏み込みを見誤れば命を落としてもおかしくはないだろう。
「なるほど、面白くなって来たではないか」
知らぬ間に秘密の一端を覗いてしまったのなら全てをこの目で見極めるだけだ。それが例え血の凍るような真実だとしても、それすらも丸ごと呑み込んでくれよう。それに、この身を頼る者が居る限り捨て置くことなどどうして出来ようか。その身に流れる侍の血がそうさせるのか。
この街との付き合いは、もう暫く長いものになりそうだ。