禁猟区の掟  ナシマツの夜

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 65 C

参加人数:10人

サポート参加人数:5人

冒険期間:09月12日〜09月17日

リプレイ公開日:2005年09月20日

●オープニング

 ここは武蔵国の外れ、奥多摩のとある宿場町。博徒と的屋が共存し、牛耳る無法の土地。その街の名は鬼哭。
 かつてこの町は土着の博徒の縄張りだった。そこへ一人の旅の博徒が流れてきたのがかれこれ二十年も昔のこと。やがて土地のヤクザ者と対立したその男は街の荒くれ者を集めて的屋組織を作り、最後には博徒と激しい抗争を繰り広げた。血みどろの抗争劇は博徒の先代親分の死をみるまで繰り返された。以来、手打ちとなった博徒と的屋の間では『街中で刃物を抜かない』という掟が生まれ、今に至る。
「とまあ、こんなところかの」
 鬼哭の昔話を語り聞かせたその老人は、言葉を止めると懐かしそうに目を細めた。老人の名は重一。三の辻に重松という万屋を構える町の古株だ。
「もっとも、あの抗争とその結末を知る者は殆どくたばっとるがな。博徒の銀蔵親分にしろ、まだあの頃はガキの時分じゃ、当然のこと若いモンも、だぁれも知らん」
 その時だ。店先から甲高い呼び声がする。
「‥‥ジュゥーィチ! ジュウイチ!」
 重一を濁った目で睨みつけるのは見慣れぬ黒い鳥。その鳥の入った籠を赤い着物の少女が覗き込んで揺らしている。
「これ、ミキや。ナシマツが怖がっとるじゃろが」
「ぅぁー?」
 振り返った少女はまだ幼さの残る顔つき。小柄な体つきと、つんと尖った耳。宝物のガラス細工の櫛を握り締め、あどけない笑顔で笑っている。その笑顔は年格好とは酷く不釣合いな無邪気さ。少女は気が触れているのだ。
「どれ、ナシマツが気に入りおったか? じゃがもう少しばかり優しく扱わんとな。ほれ、こうして‥‥‥こ、こら。やめんかい」
 重一の制止も聞かず、少女はカゴを掴むと往来へ駆け出した。一度笑顔で振り返ると、後は脇目も振らず駆けて行く。
「まったく、日暮れまでには帰ってくるんじゃぞ! 近頃は物騒じゃからの」


 鬼哭のヤクザ者の間では語り草となった抗争から20年。街には再び不穏な空気が流れている。暫く前に流れて来た若い男が街のガキ連中を集めて飢狼党という組織を作った。シノギの口を狙って玄人連中と小競り合い、やがては深刻な対立を引き起こすに至る。
 きっかけとなったのはとある殺しの件だ。江戸から大金を盗んで逃げてきた罪人が往来で何者かに殺された。的屋の縄張りを狙った飢狼は、匿名での偽の密告文で的屋の親分へ濡れ衣を被せた。以来、的屋の頭は牢に繋がれ囚われの身となっている。
「武器を持たずに、戦わない術‥‥ねえ」
 牢に座し、張元はひとりごつ。
「この20年、そんなことを考えもせなんだし、ついぞ知らなんだが。武器を持たず、闘わない覚悟を持つ‥‥聞いてみりゃあ、なんとも呆気ない答えだが‥‥」
 自嘲気味に唇を捲ると、張元は嘆息する。
「さぁてと、そろそろ俺も酒が恋しくもなってきた。シャバに戻りたいところだが‥‥」
 その時だ。牢番が張元の牢へとやってきた。
「おい、出ろ。‥‥喜べ。どうも例の殺しの真犯人は他にいる可能性が出てきた。密告の投げ文も疑わしいということで再び取調べを行う」
 怪訝な顔の張元へ牢番が告げる。
「先の騒ぎで捕らえた飢狼のガキどもからも取調べたが、どうも真犯人が飢狼の中にいる可能性がある。匿名の密告が疑わしいという投げ文もあってな。全ては飢狼の仕組んだ謀ではないかと我々は踏んでいる」
 張元を引きずり出すと牢番は続けた。
「既に疑わしい者の目星もつけてある。後は証拠だけだ。張元、貴様にも知っていることを今一度、洗いざらい吐いてもらうぞ」


 江戸、冒険者ギルド。
「依頼か? 新しいのが入っているぞ」
 そう言って番頭は張り出した依頼を指した。
「奥多摩の鬼哭という町だ。そこのヤクザが用心棒を探している。金2両、腕の立つ者ならば更にもう一両出すそうだ」
 そこまで話して、番頭は不意に声を潜めた。
「もっとも、勧めはしないがな。あっちには悪い噂がある、きな臭い街だからな。割に合わん仕事になっても知らんぞ?」

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 さて。鬼哭の状況も煮詰まってきたな。こういう時こそ、情報を制するものが先んずる。俺の情報を買っておいて損はなかろう。三勢力の内情についても、その他のことも。大抵のネタは扱っている。
 的屋はもう潰れるかと思っていたが、どうにか持ち直したらしいな。とはいえ暫し生き長らえただけのこと。このままでは先はないな。博徒の連中が動けばひとたまりもなかろう。奴らは裏では抗争に備えて武器の手配を進めているようだしな。その得物を、飢狼はヤクザの蔵を襲って横から掻っ攫うと狙っているようだ。確かに的屋と潰しあえば博徒の漁夫の利、邪魔な博徒への牽制も考えてのことではあろうが。今ヤクザとぶつかって犠牲を出さずに事を成せよう筈もない。また人死がでるだろうな。
 タダで教えてやれるのはこのくらいだな。私に会いたければ三の辻の狩座屋という飲み屋を訪ねるといい。金さえ惜しまなければよいネタを流してやろう。ネタ代を渋るようなケチな奴は‥‥悪いことは言わない。こういう話からは手を引いておくことだな。一両二両の金を惜しむのに自分の命を惜しまないなんて、馬鹿な話もないだろう?

●今回の参加者

 ea0063 静月 千歳(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea2657 阿武隈 森(46歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3619 赤霧 連(28歳・♀・侍・人間・ジャパン)
 ea9128 ミィナ・コヅツミ(24歳・♀・クレリック・ハーフエルフ・イギリス王国)
 ea9237 幽 黒蓮(29歳・♀・武道家・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb0812 氷神 将馬(37歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb1513 鷲落 大光(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb1540 天山 万齢(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

李 焔麗(ea0889)/ 琴宮 茜(ea2722)/ 柊 小桃(ea3511)/ ジャン・グレンテ(ea8799)/ 羅刹王 修羅(eb2755

●リプレイ本文

 夜の鬼哭を若き狼達が駆ける。
「‥ヤった‥‥ヤってやったぜ!!」
「殺した!殺した!殺した!!」
 彼らの手には刀や短刀、槍。その刃はどれも血に濡れている。
 ――的屋に殺された末吉の無念を忘れて負け犬になる?
 また街へふらりと現れた林潤花(eb1119)がガキどもを言葉巧みに扇動し、ついに火種は弾けることとなった。
 ――狡賢い博徒どもに尻尾を振る飼い犬に成り下がる? 否! あんた達は誇り高き狼よね。私達は仲間を見捨てない。あんた達の新しい牙を黒狼様は準備してくれたわ。武器を取りなさい。これから末吉の敵討ちよ。末吉の命の代価、奴らにたっぷり支払わせてやりましょう。
 飢狼を束ねる青年・黒狼が用意したという得物を手に、ガキどもはその晩の内に的屋の根城を襲った。奇襲、そして強襲。文字通りの血祭りだ。
 そして飢狼は今、一の辻からまっすぐ三の辻へ向かって駆けている。
「オメェら、このままヤクザの武器を掻っ攫うぞ」
「おう、承知したぜ。この俺が体張ってお前達を守ってやる!」
 そのガキどもに混じって巨漢の壮年の男が走っている。彼は破戒僧の阿武隈森(ea2657)。ギルドからヤクザ護衛の依頼を請けて鬼哭へ来たが、飢狼党に興味を持ってそっちへ転んだという変わり者だ。
「っていうかついて来んなよオッサン!」
 明らかに一人で浮いた阿武隈へキミが露骨に眉を顰めて返す。
「ンな顔しねえで仲良くやろうぜ?な?」
「うぜぇ。ついてくんなよ!」
「オヤジ、臭ぇんだよ手前ェ!」
「キモイ、死ね!」
 気の弱い人なら泣きそうになる拒絶の言葉を浴びせられながらも、阿武隈に動じた様子は一切ない。遠慮すんなよ、とばかりにキミの背をどんと叩いて笑っている。
 そうこうしている内に屋敷が見えてくる。商家の蔵は高い塀に囲まれた中。正面を突破するも、裏口を破るにも見張りの三下が邪魔だ。
「俺に妙案があるぜ」
「っていうかまだいたのかよ!!」
 言うが早いか阿武隈が六角棒を振りかぶった。その背が見える程に腰を回し、刹那。六角棒が凄まじい勢いで塀を打ち砕いた。ヤクザにとってもこれは幾らなんでも想定外。狼達は蔵まで一直線に雪崩込む。蔵の扉も、ついでに駆けつけた三下も棒打で破壊。阿武隈の豪放な作戦に黒狼は愉快そうな顔を見せた。
「やるじゃねえか。よしお前ら、奪えるだけ奪うぞ!」
 その時だ。
「餓えた狼に餌を与えるほど、私はお人好しではありませんよ?」
 三下を従えて現れたのは静月千歳(ea0063)。その背には役人達も引き連れている。
「善良な町民の家に押し込み強盗を働いたとなれば重罪。首謀者には死罪もありうるのではないでしょうね」
「ヤクザの犬め! しこたま武器を抱えてよくもいけしゃあしゃあと!!」
 それに千歳はクスリと笑みを零す。
「ここに武器など有りませんよ。官吏サマ方もお疑いならどうぞお調べ下さい。この人たちは大方、この蔵のお金を狙ったのでしょう」
 策謀では千歳が一枚上手だ。林ら同様、千歳も韋駄天の草履で今夜の内に鬼哭に入っていた。親分に進言して武器は既に別の場所へ移されている。
「ずらかれ!!」
 黒狼の号令で飢狼は散り散りに逃亡を図る。それを追って官吏も駆け出し、屋敷はまた夜の静けさに包まれる。そこへ銀蔵親分が様子を見に顔を出した。
「流石だな」
「悪は飢狼。これで私達は被害者、罪人の捕縛に協力する善意の第三者という訳です」
「舌を巻くばかりの手際だが、まだ細ぇな。侠売る稼業だ、舐められちゃあ終いなのよ。おい野郎ども、先に刃抜いたのは奴らだ。血祭りに上げて来い」
 散り散りになって逃走を図る飢狼。林は頃合を見計らって路地へと身を翻した。
「鬼哭を憎しみと悲しみと怨嗟で満たしましょう。せいぜい人間同時殺しあって私を楽しませてね」
 だが官吏とヤクザに追われては分が悪い。
「くそ、やべェやべェやべェっ!!」
「キミ兄、逃げ切れねえよ、殺されちまう!!」
「‥‥お前ら、先行け」
 キミが立ち止まり、黒狼から貰った刀を構える。その彼を阿武隈が呼び止める。
「一人で囮になる気か? だがそいつは俺の役目だな」
「いい加減しつこいぜ、大人のクセに俺らに構うんじゃねぇよ」
「いいからお前は逃げとけ。――尻拭いは大人の仕事、だからな」
 大きな背中がキミの身を守るように立ちはだかる。それを押し退ける様に小柄なキミの体が隣に並んだ。
「俺はまだアンタを仲間とは認めちゃいねぇ」
「そう言うなや。若いモンだけで集まって何とも健気じゃねえか。それに今時の若い奴にしちゃ気骨がある」
「死ぬなよ、オッサン」
「‥‥お前もな」
 直後、通りに追っ手が姿を現す。二人は左右に分かれ、追っ手を引き連れて夜の街を駆けた。


 明けて翌日。隣村には白九龍(eb1160)の姿がある。
(「この街に来てからどれ位の月日が流れただろうか? 一つ所にこれだけ長く留まった事など今までにあっただろうか? 他者との関わり合いは避けてきたはずではなかったのか?」)
 村人に混じって野良仕事を手伝いながらも、考えるのはそんなことだ。
(「ここでなら‥‥俺は‥変わる事が‥‥出来るのか?」)
 ふと脳裏にミキの愛くるしい顔が過ぎる。過去を捨て、前に‥‥。
 ――否!!
 白はかぶりを振る。
(「復讐を果たすと決めたあの日から、俺に安息などあろうはずは無い!」)
 さて。その傍の社への道。
 釈放された張元が付き添うのは赤霧連(ea3619)と共に歩いている。
 すれ違ってしまったミキとキミとのことで連は心を痛めていた。そして、張元とキミとが敵対していることにも。
「ふぅ、重一さんの話ではミキちゃんは一人で出かけているとのこと‥‥」
 長い牢屋暮らしで張元の足腰は酷く弱っている。肩を貸しながら先を急ぐ。
「先代の娘だからねぇ。俺だってあの子には悲しい思いはさせたかぁねえさ」
 既に二人の話はついているようだ。自分の気持ちをぶつけようと息巻いていた連だが、張元の思いを知ってそんな毒気はすっかり抜けてしまった。連は心底お人よしなのだろう。
「だが俺にも子分を養う親としての立場がある。そこんとこは分かっちゃくれねぇかい?」
「でも、これだけは覚えていて下さい。血を流すのは無用です。お忘れですか? ここは鬼哭、刀は抜かぬ掟です」
 譲れぬもののために戦いを続けねばならぬならば、己が拳で語ればいい。
「女の子にここまで言われて、まったく男が廃りますよ?」
 最後は母親が子を叱る様に言われ、張元は恥ずかしそうに頭を掻く。
「ああ。俺はもう大丈夫だから、二人の傍にいてやっちゃぁくれねぇか」
 その張元の目を赤い瞳で覗き込むと、連は踵を返した。一度振り返ってペコリとお辞儀をすると、それきり連は駆けて行った。
(「胸騒ぎがします‥‥キミ君、信じていますよ」)
 その頃、的屋は惨憺たる有様だった。昨夜の襲撃で半数が殺られ、逃げ延びたのは僅か4名。蔵を改築したお陰で武器は奪われなかったが、壊滅的打撃。
 ふと、社へ誰かの暢気な声。
「さて、どんどんきな臭くなって来た鬼哭街。待っているのは破局? それとも収束?」
 ――ま、どっちにしろ。
「自分が損するかしないかが最大の問題な訳だけど」
 立っていたのは幽黒蓮(ea9237)。驚いた的屋連中の表情を見て満足げな顔をすると、今度は天を仰いで嘆息する。
(「しかし‥‥元は自分が招いたこととは言え、相当酷いなぁ、的屋の現状」)
「テメェ、飢狼の!!」
 激昂した一人が短刀を抜く。だが応じた黒蓮が差し出したのは拳ではなく一通の紹介状だ。怪訝な顔で的屋の男がそれに目を通すと、以前的屋を訪れて手を貸した女武道家からのものだ。丁寧な文面で黒蓮の推薦と、街へ来れなかった侘びが綴られている。
「って訳だからさ。仕事だから協力するから」
 あっけらかんと黒蓮。しがらみなど眼中になく、ただスリルを求めて動く彼女からすればこの転身もどうということないのだろう。だが仲間を殺られた子分からすればたまったのもではない。
「テメェ、あれだけのことをしておきながら抜けぬけと‥‥!」
「――いいじゃねぇか」
 そう声を掛けたのは現れた張元だ。
「張元!!」
「おぅ、お前達、心配かけたな」
「感動の再会の途中で悪いけどなー。早速商談に入りたいんダケドモ」
 連の代わりに張元へ肩を貸しているのは見慣れぬ男だ。
「冒険者の天山万齢(eb1540)先生だ。行きがけに会ってな。何でも俺らに話があるってよ」
 天山が持ちかけたのは百両の融資。単利日割りで利子が1両半。余りの暴利に子分達が絶句する。
「そりゃあ金はほしいが‥‥」
「ダメダメ。考える振りなんてしても。こんな良い話なんて無いんだから。あんたらを救済するため、この融資を企画した冒険者の俺が悪党のわけがない。俺はあんたらに形勢逆転という未曾有のチャンスを与えているんだ。金利が一両半になるぐらい、その未曾有のチャンスを考えれば安いもの」
 言葉を区切ると場を見回す。
「一両半は非常にリーズナブル。良心的金利だぜ」
「そうかい。人情ってのは温かいもんだねェ」
 意外にも張元はそう即答してみせた。
「落ち目の俺らに貸すんだ。戻ってこねぇのは覚悟の上とは見上げた度胸じゃねぇか。払いは遅れるかも知れねぇが、踏み倒しゃあしねぇからよ。もっとも、返す前に俺らがくたばっちまったらどうしようもねぇけどな?」
 ニヤリと笑う。強気の天山だったが切り返されて思わず言葉に詰まる。見守っていた黒蓮が小さく吹き出した。
「じゃ、話は決まりね。私がついたからには、もう誰にも的屋は叩かせないわよ」
 仲間は失ったが、武器は守り通し、金も確保した。的屋は生き残ったのだ。
「さて新入りのお嬢ちゃんに、金貸しの兄ちゃんよ。俺達ゃ、次にどう動くべきだと思うかい?」
「そうね。私の考えを言わせて貰えれば――」

 同じ頃。
 ヤクザの屋敷には来客がある。用心棒の女を連れてやって来たのは、世界中を旅して回っているというハーフエルフの娘。ミィナ・コヅツミ(ea9128)だ。
「これ、お近づきのしるしです。どうぞお納め下さい」
 土産の品は珍しい舶来の酒や、立派な武者鎧。普段は寡黙な銀蔵も初対面の娘相手だというのに思わず口の端に笑みを覗かせた。盃を運ぶ手を止め、口にする。
「診療所だったな。三の辻界隈の外れに空き家がある。狭いが好きに使え」
「ありがとうございます☆」
 快い返事を聞けてミィナも顔を輝かせる。既に同行の知人が薬草の採取に出て、準備は進められている。
「人手が足りなかったら若いモンを行かせてやる。だがな――」
 商売をするなら屋敷に詰める必要のある用心棒との両立は無理だ。依頼の件は白紙となり、ミィナは診療所の開設とその援助を引き換えに、ヤクザに借りを作ることになってしまったようだ。
「‥‥ええと、はい。それじゃあ何か耳にしたら銀蔵親分さんにはすぐにお伝えしますので。今後とも何かとよろしくお願いします☆」
 新しく鬼哭へ現れた者達は静かに行動を始めていた。三の辻にある両替屋を鷲落大光(eb1513)は訪ねている。
 噂に上ったのはあれだけの大金だ。表立って使えぬだろうと踏んだ鷲落はその流れを追っている所だ。小判などは両替屋を介したならばそこから何か掴めるかも知れない。
「そうか。やはりそのような形跡はねえか」
 それを手土産に的屋へ入るつもりだったが当ては狂ったようだ。とは言え結果こそ芳しくないが目の付け所は冴えている。黒蓮と天山という心強い助っ人に、二天一流の使い手でもある鷲落が加わることによって的屋は息を吹き返すことと成る。
「力及ばずですまないな。だが張元、手を貸すと決めた以上、協力は惜しまんぞ」
「なに、今は一人でも人手が欲しい時だ。情報ならそうだな、狩座屋の秀に聞くといい。素人は相手にしねェし値は張るが、腕は確かだ」
 そうして鬼哭に夜が来る。隣村のお業の塒には氷神将馬(eb0812)の姿がある。
「これで鬼哭ともおさらばだと思っていたんだがなあ」
「あんた‥‥」
 不安げな顔のお業。氷神は金の入った袋を受け取ると、中から幾らかを懐へ入れて残りを返す。
「残りの金は好きに使っていい。上手い事身を隠せ」
 それだけ言うと氷神は踵を返す。その背にお業が頷いた。そうして塒を後にした氷神が向かったのは四の辻の郭。
「店主。奥の一番上等な座敷と、上等な酒、女も飛び切りのだ」
「は?」
 それに答える代わりに氷神は二十余両をそっくり手渡した。当時の郭の相場は一晩一両といった所、場末の下級郭でこの金なら連日連夜遊び通せる額だ。
(「分け前の五十両を持って消えても良いが、それじゃあ面白くない」)
 夜烏から情報が洩れていたとしたら、ここが一番臭い。ここは閉ざされた空間だ、嗅ぎ回る奴がいればいずれ分かる。
「金を横から掻っ攫っていった連中が誰か突き止めずに引き下がる訳にもいくまい。こうなったら、徹底的に五百両を追いかけてやろう」

「キミ君、話があります! ミキちゃんも連れてきましたよ!」
 漸くミキを見つけた連は、彼女を連れて飢狼党を訪ねていた。だが酒場の雰囲気は酷く重苦しい。いつもの席にキミの姿はない。少年の一人がぽそりと呟いた。
「キミ兄ぃは‥‥キミ兄ぃは‥‥」
 少年の声はそれ以上言葉にならない。続きを待つ連の表情が曇る。不意に黒狼が言った。
「キミは、死んだ」
 昨晩のヤクザ襲撃でキミは阿武隈と共に囮となって仲間を逃がした。そしてキミだけ帰ってこなかった。
「俺のやった刀が折れて血溜まりの中にあった。死体はヤクザ連中に持ってかれたんだろう」
 連の手が思わず腰の刀に伸びる。俯いた彼女の表情は窺えないが、肩は小刻みに震えている。
「ぅぅー、ぁー?」
 連の手を離れたミキが、ナシマツの籠を持ってふらふらと表へと歩いていく。俯く連へ黒狼が言葉を投げ掛ける。
「嬢ちゃん、怒りに任せて敵討ちか? 辞めとけ、死ぬだけだ」
 通りでバタバタと羽音。ミキが籠を放したのだ。盲いたナシマツが夜空へと飛び立っていく。
「ぁぁぅー」
「ミキちゃん、帰りますよ!」
 柄を握り締めた手を離すとミキの手を強引に掴む。走り去る連の顔は、初めて見せる哀しい顔だった。
 そしてこの夜の終わりに、場面は再び隣村へ戻る。
 仕事を終えた白が塒へ帰った時のことだ。天井裏を見上げると、白は作業に取り掛かった。これからは屋根裏に寝て、何かあれば屋根の抜け穴から出れるようにして生活する。彼は逃亡者なのだ。
 ふと白が床へ視線を移した。出来るならここに生活痕は残したくない。それらを残らず処理し、最後に土間を片付けようと隅にある臼をどけた時だ。そこに掘り返したような跡を見つけ、白は目を開いた。
「‥‥土を掘り起こした跡‥‥‥‥これは!!」
 そこから姿を現したのは。白は目を疑った。それは紛れもなく百両箱。幾つも積み重なって埋められていたのは、数百両の大金であった‥‥。