●リプレイ本文
夜の山林に荒い息遣いが響く。地を蹴り駆ける幾つもの足音。
「‥‥‥‥ハッ‥ハッ‥‥」
暗闇の中、襲撃者達は道なき道をひた走る。斜面を駆け上がり、時に勾配を下り、山腹の廃坑を目指して。その先の狂宴の舞台へと。
「今回はどれだけの『死』が見れるか楽しみね」
林潤花(eb1119)がその整った顔立ちを歪めて笑う。韋駄天の草履で仲間達に追い縋るが、斜面を駆け上がるのはそれでも大変な労力だ。不意に林が足を踏み外した。
「――――ー―大丈夫か」
聰暁竜(eb2413)が咄嗟に手を貸す。林を引き上げると、再び山腹へと視線を戻した。彼らの行く先では彼岸ころり(ea5388)が小太刀で茂みを薙ぎ払って道を切り拓いている。
「さーて、今日も元気に殺ってみよー♪ きゃはははは♪」
その彼岸に仲間達が続き、仲間の残した目印を伝って効率よく荷や役割を分担しながら坑道までを急ぐ。クルディア・アジ・ダカーハ(eb2001)も仲間の荷物を抱えて走りながら、さも待ち遠しそうに呟いた。
「百人殺しか、丁度良い按配だな」
「今回は依頼主のしっかりとしたお膳立てがあるみたいだから、証拠隠滅なんて考えないで一気に行けるようじゃん。まぁ、多少なりとはするつもりだけど」
最後尾ではアルティス・エレン(ea9555)が息を切らして何とかついてきている。術師の彼女にはこの強行軍は厳しいようだ。
「あたしは肉体労働が嫌いなんだよねぇ〜」
「しょうがねぇな」
クルディアがそう呟くとアルティスの細い腰を抱きかかえた。そのまま肩に担いで大またに斜面を駆け上がる。
「あはは♪ ラクチンじゃん?」
そうこうする内に、坑道沿いの街道が見える所まで差し掛かった。目的の廃坑跡はもう目と鼻の先だ。
聰が片手をあげて皆に合図する。仲間達が明りを消した。先頭の彼岸が辺りを窺い、領主の巡回がないのを確認すると後方へ手招きする。月明かりを頼りに仲間達は最後の道程を踏破する。
廃坑前には既に先遣隊の鳴神破邪斗(eb0641)が着いて様子を窺っている。
「‥入り口に見張りは二人か。無用心なことだな」
その手には依頼主から渡された坑道の図面。そこには詳細な襲撃計画の手筈がびっしりと書き込まれている。傍らの鷲落大光(eb1513)がそれを見て頷いた。
「昼間なかへ入った時には、だいたいその図面通りだったな。改築といっても補強やら崩れそうな道の封鎖程度だろう」
入信を装って鷲落は昼間に教団へ接触している。今回は夜襲、敵に動きを気取られるのは避けたい所だ。話を聞かされた仲間達は肝を冷やしたが、今夜の警戒を見るに杞憂のようだ。
「それじゃ俺は今から潜入してくるぜ。おぬしらは後からついて来な」
「‥それはやめておけ。時期に後続も追いつく。足並みを揃えた方が――」
不意に鳴神が言葉を止めた。鷲落へ顎で坑口を指した。物陰から見張りの背後へ近づこうとする彼岸の姿が見える。鷲落が立ち上がった。
「昼間は慌しくてすまなかったな。いい月夜じゃねえか」
茂みから出て見張りの前に姿を晒す。気づいた見張りが鷲落へ歩み寄った。
「あんたは昼間の。確か布施を取りに里へ降りていったのだったな」
「約束? 拙者は金を持ってくると言ったがおぬしらに払うって言った覚えはない、この金を納めてねえって事は拙者はまだ入信してない、教団への義理もない侍だ」
怪訝な顔の見張り。不意に鷲落が月を仰ぐ。その刹那。
「――教団壊滅の依頼を受けただけのな!」
言い終わらぬ内に鷲落の刀は見張りの首を刎ねた。と同時にもう一人の喉笛を彼岸が切り裂く。
「合掌‥‥なんちゃって♪ きゃはははは♪」
音もなく見張りは屍となって転がった。頃合を見て鳴神も茂みから出てきた。
「‥ふん、古来より神仏の名を騙って好き放題やる連中はごまんと居る‥‥今回もその手合いだろうよ。鏖にされて当然のクズ共だ‥‥俺が言えた義理でもないか」
振り返ると仲間達が姿を現す。エレンが素早く仲間達へ魔法の補助を施す。これから振り撒かれる死を待つ人魂のように、闇夜にぽつぽつと灯りが点る。
「寺を襲うか‥‥俺たちの様な者にピッタリの仕事ではないか!」
拳の炎に照らされた白九龍(eb1160)の瞳が揺れる。そこに浮かぶ想いが何なのかは窺い知れないが。鳴神が仲間達を振り返り、入り口へ目を向ける。
「‥‥行くか」
同時に岩場を踏みしめる足音。生を弄ぶように修羅達は死へと手を伸ばす。
口火はいとも無造作に切って落とされた。肩に刀を担いだクルディアが先頭に踏み込んだ。遭遇した信者を手始めに両断。男の絶叫が坑道に木霊した。人の生へ土足で踏み入るが如く、襲撃者達は無慈悲にも命を踏み潰しながら奥へと足を踏み入れていく。
「‥‥こんな穴倉に金子を溜め込むのが貴様等の修行か。ふん、とんだ笑い種だな」
駆けつけた信者達を今度は聰が悪し様に罵倒した。噂通り信者も多少は武術の心得があるらしい、激昂した彼らは軽装の一行へ襲い掛かった。だがクルディアと聰によって一瞬で数人が屠られるに至り、教団は事態の重大さを認識することとなる。
「手応えがなさ過ぎる。もっと強い奴は居ねぇのか」
クルディアが死体を踏み転がすと、それが合図だったかのように悲鳴が木霊した。そこへ騒ぎを聞きつけて武装した信者が駆け行ってくる。その場を逃げ出す者が鉢合わせとなり坑内は大変な騒ぎになった。激昂する者、哀願する者、果ては念仏を唱える者。その全てに平等に死を。
(「‥‥悪く思うな。もはや俺には引き返せぬ道‥‥‥!」)
拳を振るう白の表情に感情の色は一切浮かばない。命乞いの哀願も耳に貸さず、何かの作業をこなすように黙々と殺戮を繰り広げて突き進む。
「はっはー! 雑魚が守りに入ったってしょうがねぇぜ。大人しく斬られろや!」
次第に奥深くへと進むにつれて坑道が枝分かれしていく。だがアルティスが炎の壁で逃げ道を阻む。やがて一行は坑道奥の開けた空間へと信者達を追い詰めた。
咄嗟に白が飛び出した。地面すれすれを転がるように潜り込むと、小柄な体躯を生かしての連撃。膝、金的。下半身の急所を的確に蹴り抜く。それと競うかのように聰も同時に駆け出した。壁沿いに跳躍すると横飛びに壁面を蹴って広間の中央まで。着地と同時に素早く攻撃へ転じる。互いに武道家の体術を活かし、敵を縦横に霍乱した。
特に体術に長けた白が本気になれば雑魚など束になって掛かろうとも指一本触れさせない。小柄さを最大限に引き出す機動戦術を武器に暴れまわる。聰も奥義の蛇毒手で次々と雑魚を仕留めていく。
突入から四半刻ほど。漸く教団も組織的反抗を取り始めるが、傾いた流れは変えられそうにない。漸く僧兵や僧侶が駆けつけるが、既に遅すぎた。
「間抜けが、前出てるならトロトロ詠唱してるんじゃねぇよ」
呪文の詠唱の暇すらなく術師は敗れ、僧兵もこの乱戦を前に満足には戦えない。この状況を想定して徹底した軽装を取った一行の敵ではなかった。こうなってはもはや戦闘は一方的。戦うというよりただ、刈り取るという方が近い。
また一人、僧兵が地に転がった。その鼻面を白が蹴り抜く。追い打ちしようとする白をエレンが呼び止めた。
「はん? 止め刺すなんて気の利いたことする気? もっと苦しませてからにするじゃん?」
そのエレンには答えずに白は喉を踏み潰して止めとする。坑内へは徐々に死体が折り重なって行く。それは一行の死兵戦術の完成を意味していた。
「仲間や弟子、顔見知りと殺しあう気持ちはどうかしら。絶望と悲しみは私の力となる。そして魂の冒涜‥‥これだから死人使いはやめられないわね」
林の呪法によって作り上げられた死兵団は坑道奥へ向けて侵攻を開始した。ここは地の獄だ。出口はなく力なきものは逃げ惑うばかり。その阿鼻叫喚の様を林はひとり悠々と歩いている。まだ武器を手に反抗する者もいるが、それも林の嗜虐をくすぐる結果にしかならない。
聰へ僧兵が三方から切りかかった。初撃はかわすが、次は避けきれない。聰は咄嗟に白羽取りで受け止めた。横合いの剣撃は紙一重の見切りでその刃が受け流した。刀を奪い取って即座に投げ返すと男の胸へ深々と突き刺ささる。
僅かな間にかなりの数をこなしたが、奥からはまだ信者達が行き場を失い押し寄せてくる。
「次から次へと‥‥まるで蟻だな」
吐き捨てるような口調と裏腹に聰の表情は心なしか弾んで見える。これだけの数を相手取るのはそうはない。彼にしてみれば戦術を磨く好機なのだ。
(「――教団には悪いが付き合ってもらう」)
坑道入り口では、惨状を辛くも逃げ延びた者が命からがら脱出して来ている。だが彼らを待っているのは一様に死だ。
「慌てるが良い、虫けら一匹さえも見逃しはしない」
弓を手に黒城鴉丸(ea3813)がそこへは待ち受けている。消耗しきった連中など鵺丸の腕でも容易に仕留められる。ようやく外へ逃げ延びて安堵したその表情で信者達は射抜かれて死んでいく。計画は周到。討ち漏らしどない。
風邪の精霊で様子を探っていた彼岸が仲間を振り返る。
「反応アリ〜っと。それじゃ行こうか♪」
精霊が捉えた呼吸音は坑道内にまばらに点在している。彼岸達の仕事はその始末だ。鳴神が先頭に立ち、夥しい血の跡を辿って襲撃班を追う。行動内に反響する音の一つひとつに注意を払いながら前進する。思っていた以上にクルディア達の働きは凄まじい。転がるのは信者の亡骸には女子どもまで混じっている。それを一瞥して天山万齢(eb1540)が肩を竦めた。
「今回は坊主を斬れって依頼かい。罪深ぇなあ。お前ら、一回くらい悔い改めろよ。俺は毎日悔い改めてるから今更やる必要は無えけどな」
心にもないことを口走りながら、その歩はまるで散歩するかのような気安い足取りだ。下手な演技というよりは投げ遣りなそれに近い。彼の心持はつまる所、こういうことだ。
「楽な仕事じゃねーか」
ふと脇の肢道に小さな足音。そっと窺うと幼子がさまよい歩いている。彼岸が駆け寄った。
「どしたの〜? 迷子かな??」
邪気のない笑顔で手を差し伸べると、幼子は顔を起こした。小さな掌がそれを握るが。
「お姉ちゃんが安全なトコへ逝かせてあげるよ‥‥あの世へね♪ きゃははははは!」
空いた手でぶっすりと。小太刀が心臓を貫いた。苦しげな呻きが洩れ、それを聞きつけてか更に足音。やって来たのは周辺に隠れていたらしい女たちだ。天山がおもむろに剣を抜く。状況を飲み込んだ女達も覚悟を決めて刃を取った。
「相手は男だけとは限らねえけんども、これも仕事なんでね。俺の為にあきらめろ。きっと来世では良い事あるさ。信じてるぜ」
片手間にやるような乱雑さだが仕事は確かだ。敵の攻撃は造作もなく受け止め、ひょいと無造作に突き殺す。野菜か何かを切るような無頓着さだ、彼らの実力からすれば酷く楽な仕事である。鳴神も早々に残党を始末して見せる。
「‥‥百人と聞いていたが、依頼人の奴め。散々脅かしておいて大半は信者の女子供とはな。忌々しい‥」
「しかし、金も無いのに僧を殺して誰が利益を得るのだ?」
鵺丸がぽつりと呟いたがそれに答える者はいない。そろそろ頃合だ。教団を根絶やしにして、お宝を頂かなければ。仲間達は先を急ぐ。鵺丸もそれに続いた。
(「他の参加者は戦えればそれで良いのだろうな。依頼人は我々を信用しているわけでもあるまい‥‥」)
坑道奥深くでは。
「無駄よ。我が闇の領域内で神々の祝福ごときが通じるとでも思っているの。その愚かさ、死んで償いなさい」
遂に一行は教団幹部を追い詰めた。僧侶達は補助魔法で劣勢を覆そうと試みるも、林の解呪の前には無力。手練の配下も確実に屠り、残るは高僧ただ一人
「高速詠唱出来て格闘も強いならそいつが僧兵の大将首だろ。逃すなよ」
死兵によって教団は制圧した。仲間達が退路を閉ざし逃走の隙などない。もはやこれまで。意を決した高僧は刃を手にクルディアへ切りかかった。待ってましたとばかりに巨大な盾がそれを阻み、次の瞬間。高僧を刀が薙ぎ、吹き飛んだ上半身は壁へぶつかって醜く爆ぜた。
時を同じくして坑道に一際大きく炎が上がる。
「きゃはははっ! 燃えちゃえ燃えちゃえ〜!!」
火を放ったエレンの頬を赤く炎が照らす。
「無用心な火事とでもさせとくかねぇ。領主からも煙たがられているようだし、すっきりするだろ?」
エレンの哄笑が響き渡り、炎が坑内を舐めていく。彼岸の魔法では討ち漏らしの反応はない。後はお宝を頂いて退散するだけだ。仲間達もおのおの戦利品を見繕っている。鳴神も武器庫傍でお目当ての薬瓶を見つけたようだ。その横では、天山が縄を取り出して何やらやっている。
「‥‥何をしているんだ、天山?」
「アレよ。槍を束ねて持って帰り易くする為さ。束ねてバックパックに入れた方が運び易いやん」
「‥‥なるほど。だが、肝心な槍がなくては、な‥‥」
笑いを堪えながら鳴神が武器庫を指すと、めぼしいものは既に僧兵達が応戦に持ち出した後だ。今からでは死体から暴いている時間もないだろう。
「おいおい、そりゃねーぜ。この天山さん、このままタダじゃ返れませんよ、こりゃ」
まだ転がっていた金棒へ目を留めると天山は慌てて結わえ始めた。
「――――――行こう」
聰の呼びかけと同時に一行は坑道を出口へと走る。その最後尾をガラガラとやかましい音を立てながら天山が追い縋る。槍より値減りした分を取り戻そうと40本も欲張ったものだから余りの重さ。腰に縄を結わえて引き摺って走る羽目になったようだ。
「うるせぇぞ天山。領主の見張りが来たら困るんだがな‥」
「もっと静かにするじゃん?」
「‥‥仕方ないわね、出来の悪い子は置いてきましょうか」
振り返った白も露骨に蔑みの視線を浴びせ、我関せずと先を急いだ。
「そらねーよぉ。置いてかないでくれよ〜」
「きゃははははは♪」
その後、駆けつけた領主の部下によって惨状は明るみとなる。だがとき既に遅し、一行は獣道を駆け下りた跡であった。炎に包まれた坑道は落盤を起こして潰え、証拠も失われた。元より領主からも頭痛の種であった教団だ。それ以上の追求は行われず、こうして教団虐殺事件の真相は闇と消えた。ただ、同時期に行われた鬼退治の依頼の報告書に、遂行の二文字が記されて残るばかりである。