竹之屋敏腕繁盛記♪  霜月の献立

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 52 C

参加人数:9人

サポート参加人数:3人

冒険期間:11月10日〜11月15日

リプレイ公開日:2005年11月14日

●オープニング

竹之屋敏腕繁盛記♪  霜月の献立
  [題字:鷹見沢桐]


 江戸の下町に軒を構える小さな居酒屋、竹之屋。その2号店が冒険者街の人形町にオープンした。先日、大工職人さんを雇って母屋も完成し、庶民の味をモットーに昼はお食事処、夜は居酒屋として営業を開始している。用心棒兼店長の下に凄腕の料理人が厨房を守り、給士さんも美人揃いとあって評判は上々。
 さて、そんな竹之屋で今日起こります事件とは‥‥。

 神聖暦1000年、11月10日深夜。江戸の空は赤く染まった。
 その火の手は、まるで示し合わせたかのように江戸の各所から一斉にあがった。この日の江戸の天候は快晴、北西からの強風に乗って火は瞬く間に広まろうとしている。江戸の街はその多くが焼家と呼ばれる粗末な木造家屋。一度火がつけば炎の回りも速く消火は難しい。それだけでない。月道貿易によって栄えたこの町は、急速な発展によって歪みをその内に抱えている。所によっては家屋が密集した市街地を容赦なく炎が舐め、その勢いは時を江戸を焦土に変えんばかりに膨れ上がっている。
 そして、その炎は冒険者たちの住む長屋街へも伸びようとしていた。

 冒険者長屋は人形町、竹之屋二号店――。
「大変です!」
 火事の報せを聞き、お千ちゃんが店へ駆け込んできた。半鐘の打ち鳴る中、夜半だというのに店員もみな集っている。
「やっさんと本店の人たちは、向こうの町火消しの『ひ』組と『け』組さんと一緒に消火と救援活動をやってるそうです」
 お千ちゃんは本店までひとっ走りいって来た所だ。今の所、本店は無事。店長のやっさんにも大事はない。
 火の手は町の各所で上がっているという話で、まだ混乱しており正確な情報が入るまで暫く掛かるかもしれない。風向きは北西、長屋街の中心区にある人形町へもいつ火の手が押し寄せてくるか分からない。出来上がったばかりの二号店を炭にする訳にはいかない。
「この辺りはええと、町火消しの『し組』さんが火消しにあたってるそうです」
 男手は『し組』と協力して消火に当たり、残った者で店では焼け出された人達への救援活動も行う。庶民の味を掲げ地域に根ざした店作りを目指している竹之屋。それが、ここで動かずしてどうする!
「やっさんから伝言です。仕入れてあるものと店の道具は全部使っていいから、焼け出された人達と頑張ってくれてる町火消しさんたちのために美味しいご飯を作っておけ!!‥‥だそうです!!」

●今回の参加者

 ea0031 龍深城 我斬(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea3054 カイ・ローン(31歳・♂・神聖騎士・人間・イギリス王国)
 ea4321 白井 蓮葉(30歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9491 拝峰 巫女乃(29歳・♀・僧侶・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb1505 海腹 雌山(66歳・♂・僧侶・人間・ジャパン)

●サポート参加者

利賀桐 真琴(ea3625)/ 琳 思兼(ea8634)/ ミィナ・コヅツミ(ea9128

●リプレイ本文

 午前三時に伝馬で起こった火災は忽ち広まり、火の手は下町東部へと伸びている。
「江戸が燃えてる‥‥俺の工房焼け落ちなきゃ良いけど?」
 龍深城我斬(ea0031)が自宅からペットを連れて様子を見に来ると、人形町では竹之屋の前に人の姿。
「お、何か人が集まってるなあそこ。まだ火も回ってないようだし行って見るか。‥‥飛旋、我王丸、ここで大人しくしてるんだぞ」
 その竹之屋ではちょうど店員達が集っている所だ。
「皆、無事だったか?」
 鷹見沢桐(eb1484)が店の無事を確認してほっと一息をつく。馬喰や横山でも火があがり多くの怪我人が出たとの噂だ。唇を噛み、桐が己の無力を呪う。店長の朱雲慧(ea7692)を見ると、彼は店員達を見回してこう答えた。
「どんな時でも、食べ物を提供するんが飲食屋の心意気や」
 竹之屋に開店中の暖簾がかかる。厨房に火が入り、大急ぎで炊き出しの支度が始まった。朱が店の釜をフル稼働させて、桐と拝峰巫女乃(ea9491)が大量の米を炊く。
「火事など子供の頃以来ですね‥‥あの時は泣いているだけでしたが、さて、今度はやれることを致しましょう」
 今の季節は冷える。たっぷりの湯を沸かし、お千ちゃん達と一緒に集った人へ茶を配る。常連の山岡忠臣(ea9861)も姿を見せた。
「店が無事で何よりだぜ。しっかしまぁ、化け狐やら大火事やら、最近江戸の街も物騒だなオイ。何か祟られてんじゃねーの? 俺はし組の手伝いに行ってくるな。いくら江戸の華っても、でかい華にゃしたくねーからな」
「その話、俺も連れてってくれ」
 それに居合わせたカイ・ローン(ea3054)も同道を申し出た。
「癒し手がいると何かと助かるだろ?」
 その時だ。
「火事だ! 長屋から火が出たぞ!!」
 人形町からも出火の報せ。急行する忠臣達の背を避難民が不安げに見送る。そんな彼らへ桐がそっと茶椀を握らせた。
「大丈夫。炎ごときに遅れを取るような連中じゃない」
 時期に米が炊きあがり、香月八雲(ea8432)が皆を励ましながら厨房を纏める。
「諺で言う『情けは人の為ならず』『渡る世間に鬼はなし』です! こういう時こそ助け合いの精神で行きましょう!」
 厨房では白井蓮葉(ea4321)もお手伝いに走っている。
(「江戸の名物とも言われる火事だけど、今回はいつもとちょっと違うみたい。こういう時だから、私にできることをできる限りやらないと」)
 だが避難民と怪我人は増える一方だ。とても手が足りない。そこへ隣町から毛布を抱えた一団が店を訪ねてきた。腕組みして先頭を行くのは海腹雌山(eb1505)だ。
「御免。何やら大変そうじゃな。どれ、わしが手を貸してやろうか」
「あんたは‥‥」
 海腹は味勝負以来のライバル。意外な顔に朱が驚いた顔をしていると。
「何をグズグズしておる!さっさと厨房に案内せんか!」
「は、はい!」
 八雲が案内すると海腹がどかどかと乗り込んでいく。
「何を作っておる!食材はどこじゃ!」
「今日の分の残りやけど、肉に魚、野菜何でもあるで!」
「湯を沸かせ!それから味噌じゃ!わしは汁物を作る!」
 この応援に竹之屋も俄かに活気付く。それを見て我斬も厨房へ声を掛けた。
「あー、俺も何か出来る事があれば‥‥料理は齧った程度だけど」
 それを見て更に何人かが名乗りを上げた。厨房では巫女乃や桐が彼らに手本を示す。昨日までは見習いの身だったといえ、今は竹之屋の店員。お手伝いに来た人の手前、うろたえたりなどはできない。気丈に振舞いながら自分にできる精一杯を尽くす。そんな二人を八雲もフォローする。
「ちょっとくらい形が悪くても良いので、急いでたくさん握りましょう!」
「お握りは‥‥塩多目か、なるほど。皆疲れきってるだろうしな」
 我斬も巫女乃達に習いながら一生懸命に握る。出来上がった分は蓮葉がお盆へと並べていく。
「人手も増えてきたし釜戸も増やした方がいいかしら」
 食堂で働いていたという蓮葉は即戦力だ。忙しい八雲に代わって仕事を見つけて動き、頼もしい。
「近所に声をかけて鍋釜を借りてくるわ」
「一緒にゴザ何かもお願いしますよ!」
 炊き出しの噂が広まり店は人で溢れ返っている。外にはゴザが敷かれ、海腹の持ってこさせた毛布や手拭が無償で配られた。やがて有志が怪我人への治療も始め、徐々に組織立った救援活動が始まっていく。そんな折に馬喰から報せが入った。
「誠刻の武の者だ、竹之屋を冒険者の連絡場所として使わせて貰いたい」
 既に本店も火消し組や小船にある診療所と連携して動いているという。誠刻の武を率いる陸堂明士郎とは那須戦役を共にした仲、朱が断る理由もない。
「陸堂はんに宜しく伝えたってや!」
「お心遣い痛み入る!」
 二号店でも店内へ怪我人を運び込み、救命活動が始まった。火は馬喰、横山、浜、久松でも上がり、特に馬喰は被害が大きい。簡易診療所では魔法による治療が始まり、蓮葉もそれに手を貸した。
「消毒用にお湯を沸かさないと、どなたか手を貸して下さる方はいらっしゃいませんか?」
 そうこうする内に辺りへいつしか食欲を誘う匂いが漂い始めた。店ではトントンとまな板の音。包丁を手に我斬と巫女乃が肉や野菜をぶつ切りにして鍋にくべていく。


 霜月の献立〜竹之屋特製炊き出し

  五目味噌汁:
   魚、野菜、豆腐、ネギ、鶏肉の具材をたっぷり大鍋で煮た味噌汁。
   細長く棒状にした小麦の団子入りで腹持ちも十分。

  握り飯:
   竹炭で炊いた艶々ご飯は麦入りで栄養満点。ほんのり塩味が疲れた体に活力を呼ぶ。
   添え物の漬物は店長のお手製。

「災難ですけど、こんな時だからこそ笑顔、ですよ! 孫子もこう仰いました! から元気でも元気、と!」
 五目味噌汁は今で言うすいとんだ。八雲達で炊き出しが配られる。
「この炊き出しは江戸で一番の料理人が作った物です! これを食べて元気になって下さい!」
「たくさんご用意してありますので、皆さん慌てずにお並び下さい」
 混雑する軒先では巫女乃が声を掛けて列を作り、女子どもから順に分け与えていく。
 出来立ての味噌汁からは湯気の花。被災者の顔もつられて綻ぶ。お握りは海苔も具もなく不恰好だが、齧り付けば何だか力が湧いて来る。食べることは生きることだ。桐も一人ひとりへ声を掛けて励まして行く。
「まだまだあるからな。遠慮せず食べていって欲しい」
 厨房では我斬が味噌汁のお代わりを作り始めている。
「豆腐や野菜は兎も角魚は巧く下ろして骨は取っとかないとな」
「大鍋で煮込めば水気が飛んで味が濃くなる。水を足すのを忘れるな!」
 ふと手を休めて海腹が握り飯を摘んだ。朱が緊張した様子で見守る中、海腹は味を見るとまたすぐ鍋へと向かう。朱へは背中を向けたままで海腹が呟いた。
「‥‥小僧、精進は怠るなよ」
 春に腕を競った時は足元にも及ばなかった朱だが、あれから半年で見違える程の上達を見せた。その腕は当時の海腹にも及ぼうかという上達振りだ。朱が顔を綻ばせた。
「了解や! ワイも海腹のおっさんに負けてられへんで‥‥!」
 時期に人形町の鎮火を終えた火消しも戻って来た。すぐさま桐や巫女乃が茶と握り飯を配る。汗で切らした塩分を補えるよう特に塩味を効かせた特別製だ。
「小船と兜は鎮火、伝馬と馬喰も善戦してるぜ」
「西で出火だ、応援が向かったが橋が落ちて立ち往生らしい」
「九尾の狐まで出たそうよ、火事は陽動だったのよ! 急いで阻止しないと!」
 一帯には様々な情報が飛び交っており、特に妖狐に関する物も多い。所所楽石榴が疑問の声を上げる。
「変だよ、さっきも妙な指示があってちょっと混乱があったばっかりだよ」
 一帯では指示が錯綜している様子が見られる。集っている情報を石榴が再度纏め、確認を取る。
「まず僕達が落ち着いて行動しないとっ」
 仲間が大凧で火災状況を確認すると、西の火勢は弱く、寧ろ東の横山・久松・箱崎へ火事は飛び火している。やはり何処かで情報が乱れている様だ。そんな折に蛎殻で出火の報。仲間を纏めて石榴が急行する。
 懸命の消火活動は夜を徹して行われ、火災は明け方を前に鎮火を見た。だが運ばれてくる負傷者は増える一方だ。11日の空は曇天。時折小雨も降り、夜になる頃には気温は酷く落ち込む。大火から一夜、一転して下町は闇の中だ。灯りを絶やさぬよう店先には灯篭が置かれて人々の心を支えた。
 夜からは石榴も店の手伝いに回り、本店からもカレン・ロストやキルスティン・グランフォードら多くの冒険者が応援に駆けつけた。朱も店員達を慮って三交代のシフトで皆に仮眠を取らせる。一方の海腹は昨晩から夜通し動いている。持参していた寝袋も怪我人達へ与えしまい、不眠不休で現場に立つ。
「何?人が入りきれんだと? 愚か者! 隣の家を借りれば良いじゃろうが!」
 診療所では焚き火で暖も取られ、東部の怪我人が運ばれてくる。カイも傷を負って移送されてきた。小船で治療を受け一命は取り留めているが、疲労の色が濃い。そこへ海腹の叱咤が飛ぶ。
「そこの!何を呆けておる!手伝わんかバカ者が! コレをさっさとあそこへ持って行け!」
「他の医療局局員も頑張っているみたいだ。俺もへばっていられないか」
 医師でもあるカイは貴重な戦力だ。痛む傷を庇いながらも怪我人の救護に回る。巫女乃も同じく神聖魔法を駆使してそれを助ける。骨折者には当て木をしたりと忙しい。我斬も厨房の仕事を一段落させその中に加わっている。
「うっわこりゃひでえ‥‥下手に治療するよりポーションかけるべきだな」
 刀鍛冶の我斬にとって火傷は見慣れたもの。手持ちの薬も惜しげ救命に投げ打つ。蓮葉も怪我人の一人ひとりへ声を掛けながら、配られた手拭へ煤で名前を書き付けて身元を記す。
「もう大丈夫よ。何も心配することはないわ、気をしっかり持って」
「不幸な子どもを出したくはないからな」
 手伝いに駆けつけた日向大輝も率先してそれを手伝う。江戸では火事で生き別れなどというのもない話ではない。逸れた家族がいれば話を聞いて本店や小船の診療所へ問い合わせる。八雲も近所へ呼びかけ人形町では住民ぐるみで被災者を受け入れた。
 明けて12日も雨模様。この頃には冒険者の働きかけでギルドが復興支援基金を設立。日向や石榴らのほか伊珪小弥太ら義侠塾生も瓦礫の撤去作業に手を貸した。
 竹之屋の軒先では桐が掃除をしている。朱が厨房から顔を出す。
「賄い作ったで、そこらへんで休みや。ワイらが倒れたら、食べてくれるもん達も困るさかいな」
 桐がコクリと頷き、店へと戻る。夕方にはどこの作業も一段落し、店も少し落ち着きを見せている。集っていた冒険者達は日向らの提案で銭湯へ煤流しに繰り出したそうだ。ずっと忙しくしていた海腹の姿も礼を言う間もなくいつの間にか見えなくなっていた。冒険者達は江戸の大火を乗り切ったのだ。
「みんな、ご苦労はんや!」
 昨日の残りで作った華国炒飯を店の皆で囲む。最後まで残っていた蓮葉も一緒に卓を囲んだ。
「白井はんは住み込みで働ける店を探しよるんやったな。これも何かの縁や、内で働くのはどうや?」
「それは渡りに船ね。まだすぐに返事はできないかも知れないけど、都合がつけば是非ここで働かせて貰うわ」
 少なくなった怪我人は小船の診療所へ移送されて店舗は仮眠所になった。まだ巫女乃たち店員は泊り込みでの救災活動が続きそうだ。
「次は診療所の後始末ですか。皆さんもお疲れでしょうが、もう一分張り致しましょうか」
「流石に皆さんも疲れたと思うので、今日はざっと片付けるだけにしましょう!」
 そうして片づけがすっかり終わる頃になって漸く忠臣も帰ってきた。
「本石で美人のお姉ちゃんから限間さんって人の猫を預かったんだが、後で無事に届けてやんねーとな。こいつにも猫飯でも食わしてやってくれよな」
 あれからぶっ続けで働いたのか顔も服も真っ黒。
「煤まみれで色男も台無しだぜ」
 と言った拍子に腹の虫が鳴る。お千ちゃんがにっこりと微笑んだ。
「勿論、山岡さんの分も残してますよ」
「お千ちゃん‥‥」
 何だか涙目になりながら忠臣。
「優しいお千ちゃんならって俺は信じてたぜ‥‥‥ってか愛してるぜ!」
「わ、え‥きゃっ‥‥!」
 感極まって忠臣がお千に抱きついた。巫女乃や桐も思わず驚いて声を上げ、店先では楽しげな笑い声。そんな皆の輪から離れて朱は一人で店の奥へと消える。足取りはふらつき、疲労は色濃い。壁に寄りかかりながら横になろうとしたその時だ。
「朱さんもお疲れさまです」
 八雲の囁く声。ぺたんと畳みに膝を折って座り、朱を見上げる。
「頑張ったご褒美に、私が膝枕をしますね」
 何か言いかけた朱の唇へ人差し指を当てると、微笑み返した八雲の顔も見る間に赤く染まっていく。
「恥ずかしいのでみんなには内緒ですよー」
 すぐに寝息が部屋に響き始める。程なくしてそれに小さな寝息が重なって聞こえ、丸まるようにして眠る二人を静かな夜が包んでいく。
 神聖暦一千年霜月、江戸の大火はこうして冒険者らの手によって乗り越えられた。救災に尽力した竹之屋の名も多くの人の心へ刻まれた。