【上州騒乱】  墨党来襲

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:8〜14lv

難易度:普通

成功報酬:4 G 98 C

参加人数:9人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月03日〜12月10日

リプレイ公開日:2005年12月10日

●オープニング

 冒険者達が留守にしている間に、新田郡では大事件が起こった。
 去る霜月二十日。太田宿の某料亭にて、新田伊党の妖術使い・妖華堂と、商人集団を束ねる七唐十一朗との間で密会が行われた。それを連合に与するヤクザの情報網が捉え、報せを受けた連合の長・松本清が単身この現場を襲撃。その場で妖華堂を切り捨てたのだ。
 義貞の誇る家臣団・七党十一郎の一角が一介の冒険者の手によって討たれたこの報せに、新田領内は激震する。これを境に、あくまで自警団であった連合は明確に義貞へ反旗を翻すこととなった。
「新鋭の家臣・妖華堂を討ったのは大手柄だが、時期を間違った嫌いはあるな。これで義貞へ連合討伐の大義名分を与えたこととなる。近々、新田家臣・墨党の50による反上州連合討伐が行われるということだ」
 番頭は伝え聞いた政情を語って聞かせながら、苦い顔で顎を撫で付けた。
「その劣勢の連合から、またもや依頼だ」
 今回の依頼とは、連合に合流して墨党との戦いに加わること。冒険者にとってこれはすなわち、同様に反義貞の旗の下につくことを意味する。
「止めはせんぞ。ギルドはあくまで中立とはいえ、今回の相手は上州の乱の首謀者、新田義貞。源徳殿の敵でもある男だからな。ただ、受けるのであれば、相応の覚悟はしていくことだな」
 依頼に当たっては、反上州連合の血判に連盟し、連合の一員として動いてほしいとのことだ。そうすれば連合の内情を全て開示し、準幹部の待遇で迎え入れるとのことである。連合の指導者層に加わり、この先の戦いを連合が勝ち抜けるように彼らを導いて欲しいということだ。
「それはつまり、最後には義貞を倒すということだ。茨の道だぞ。連合は所詮は民草の烏合の衆。様々な人間が集って共に動いているが、それはつまり一枚岩ではないということだ」
 今は奥多摩出身の冒険者・松本清の下に結束しているが、これから先にどうなるかは分からない。清の下には村の庄屋、地元のヤクザ一家、身を寄せている由良具滋らが集い、派閥のようなものもできあがりつつあるともいう。
「今は首謀者の松本清の下で結束しているがこの先それで巧くやれるかわからん。連名するのであれば、彼らをうまく支え、百からの民を導いていく覚悟を、――持つことだな」


 師走五日、連合の村。
「由良め‥‥今日こそは貴様の命運が尽きるときだ」
 これまでと違い、墨党は反乱軍討伐の名目で堂々と兵を動かしている。やはり三方の林の裏に回った新田兵はそこから進軍の構えを見せた。ただ一つだけ違うのは、そこには既に連合によって罠が張り巡らされているということ。敵の攻め込みやすい木々のまばらなところを見計らって足掛け罠や、尖らせた枝や劣石を使ったものが密かに設置されている。
 新田勢は連合の内情についてある程度の情報を得ているようだが、まだこの罠の存在は知らぬようだ。このままやつらが攻め込めば、その出足を挫くこととなるだろう。
「この右目の恨み、晴らしてくれる‥‥!」

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 江戸、冒険者ギルド。
「ギルドでは江戸復興基金として、大火の救災・復興活動への利用を目的とした募金を行っている」
 ギルドが主導して江戸近郊で募金活動を行い、集った金を江戸の早期復興の費用として使う計画が立てられている。まだ明確な基金の運用計画などは決まっていないが、これからそれらも含めた話し合いが行われ、必要と思われる復興・救災事業のために寄付される見込みだ。
「これから復興基金に関する依頼をギルドから行うかも知れぬ。その時は宜しく頼む」
 冒険者には、基金の運用案の作成や、募金活動支援といった依頼が行われる見込みであるという。果たしてどれだけの額が集るかは分からぬが、冬を前にして焼け出された民十万への支援は急務。江戸の街も3割が焦土に帰し、如何にこの未曾有の大被害を乗り越えるか、今江戸の民はその力を試されている。

●今回の参加者

 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2497 丙 荊姫(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

風御 凪(ea3546)/ ジェームズ・ハイマン(ea5645)/ デルスウ・コユコン(eb1758

●リプレイ本文

 連合の村へ到着後ほどなくして、連合は太田から進軍して来た墨党からの攻撃に晒された。三方から包囲陣を敷いた敵へ対し連合も同じく兵を分ける。西園寺更紗(ea4734)は村人達と共に村の裏手へ回った。
「いま時分から息巻いとったら本番で力だせまへんぇ」
 此度は野盗へ偽装した兵ではなく墨党の兵としての攻撃だ。これまでは泳がされていたが、今度は夏の挙兵に呼応して馳せ参じた新参3家の一つとしての完全武装の武者による本格的な攻撃。これまでのような生温い攻めではないだろう。仲間達にも緊張が見て取れる。更紗がそんな村人へそっと肩に手を当てて力を入れると、すっと震えが引いていく。
「不安や恐怖は足を竦ませるよってに、深呼吸でもして少し落ち着きなはれ」
 手勢はこちらが上といえ連合はまだ軍と呼べる状態ではない。罠の存在と新田兵の強さを計算に入れれば、戦力差は精々五分五分。その均衡を崩せるものがあるとすれば、後は勢いだ。風斬乱(ea7394)はニヤリと笑う。抜刀すると仲間を引き連れて駆け出した。
「遅れをとるな、前を見ろ」
 敵が総攻撃に出るより早く数人を伴って先陣を切る。我流の用兵だがその勝負勘はずば抜けている。墨党がまさに兵を動かそうとした先の先を取るような絶妙な呼吸。林に待機していた新田兵は虚を突かれる形となった。
「くそ、百姓どもめ‥‥ぶった斬ってやる!」
「吼えるなよ、吼えればお前の程度が知れる」
 ニヤリと笑った乱の笑みに吸い込まれるように男の注意へ空白が入り込む。その瞬間、太刀は男の首を撥ねていた。張り出した枝ごと薙ぎ払いながら奮戦する。だが軍兵を相手取っては味方の手に余る。乱は戦いながらも時折仲間を振り返っては戦況を見極めると、即座に撤退の合図を出した。
「退くぞ」
「ええい、奴等を逃がすな!」
 乱を追った兵達へは足掛け罠が待ち受けている。墨党が足を取られたその時だ。太鼓の音が響いたかと思うとそれを追う様に弓鳴りが重なった。矢の手が新田兵を射殺す。
「そう、それでいいわよ。弓矢は数さえあれば技量はさほど必要ないわ」
 アイーダ・ノースフィールド(ea6264)は猟師ら弓の心得のある数人を集めて即席の弓兵隊を組織している。呼吸を合わせて同時に射ればそれだけで敵にとっては避け難い。
「重要なのは、皆でタイミングを合わせて同じ方に向けて射ること。太鼓の音に耳を済ませて、タイミングを計るのよ」
 続けた太鼓の合図と共に二の矢。それが止むと今度は、隠身の勾玉で気配を絶っていた黒崎流(eb0833)が敵兵の横合いから飛び出した。
「今だ、掛かれ!」
 林にじっと身を潜めていた兵達も敵へ襲い掛かる。流の小太刀が切っ先に薄く闘気を棚引かせた。狙いは指揮官の一本釣り。先程侍達へ指示を出していた男へ素早い刺突。咄嗟に配下の兵が身を庇うが、そこをアイーダの狙撃が掠めて男を阻んだ。
「木立が邪魔ね、今の弓隊の錬度だと援護はかえって危険ね」
 とはいえ最初の矢の手で敵の出足は殺いだ。正面の部隊が林で時間稼ぎしている間に、残りの二方の仲間達は硬く守りの陣を敷く。ミネア・ウェルロッド(ea4591)は村人を率いて村の側面を守る。
「みんなぁ、今度も防衛戦だからね♪ ‥‥出過ぎちゃダメだよ、他の二隊の抑え役って感じだね♪」
 こちらへ回った敵兵は十人ほど。ミネアは村人達を庇うように小さな体で矢面に立つ。
「小童、命が惜しくばどけい」
「甘く見たら命取りだよ」
 敵の剣撃を軍配が弾いた。その時にはミネアの刀は振りぬかれている。僅かな交錯で相手の呼吸を盗むと切っ先は敵兵の喉を裂いた。
「新田のお侍さん達は強い人ばっかりかも知れないけどね、ミネアはもっと強いんだよ!」
 裏手へも同時に攻撃が回っているが更紗が通さない。自ら敵兵の前へ身を晒し、得物の長巻を振るっての戦いぶりで味方を奮い立たせる。
「ここが破られたら中の女子どもに危険が及びますぇ! 何を守って戦ってるんか思い出すんや!」
 罠の存在と機先を制した用兵が味方し、連合は戦の流れを掴んだ。三方いずれの部隊も敵を凌いでいる。その激戦のさなか、密かに村へ忍び寄る影があった。それは墨党の飼う忍び達。囲いを摺り抜けて村へ入り込んだ数人は真っ直ぐに庄屋屋敷へと向かう。その姿を榊原信也(ea0233)は物陰から捉えていた。
(「‥先日はお前達の仲間に世話になったな‥‥」)
 見つけたのは二人組。身のこなしや忍者装束から、信也が金山城へ忍び込んだ際に迎え撃った連中と同じ一味とみて間違いなかろう。
(「‥‥金山城では随分と手厚く持て成して貰ったからな、たっぷり礼は尽くさせてもらおうか。――受け取れ!」)
 飛び出ざまに背後から一閃。足を狙った剣撃が一人を沈める。咄嗟にもう一人が振り返るが、その時には信也は物陰へと飛び退いている。敵がそれを追って飛び込み、逃げる信也とで忍び同士の激しい攻防が繰り広げられた。

 この日、村へ侵入した忍びはもう一組いた。それは既に屋敷へと迫っていた。由良の郎党は前線に出払い、護衛はおらぬ。現れた忍びは由良へ斬りかかった。由良が刀を抜いて払うが、死角にもう一人が忍び寄っている。
「由良、貴様の命脈もこれで尽きたな!」
 それを風守嵐(ea0541)の手裏剣が弾いた。
「‥そろそろ出てくる頃と思っていたぞ」
 忍んでいた梁から嵐が飛び降りた。刀を抜き、正眼に構える。
 忍び頭巾から覗く敵の顔は隻眼の男。
「それはこっちの台詞だ、この片目の恨み、雪がせて貰う」
「なるほど、こそこそ動くのが得意そうだと思っていれば、忍びの技を持っていたとはな。こちらも我ら忍びが最後の砦だ。このオレが止めて見せる!」
 ‥‥これは『虚』。
「バレては仕方あるまい、由良ともども屍に変われ!」
「かかって来い、オレも容易には退かぬぞ」
 『実』は未だ陰の中に‥‥
「ほざけ!」
 男の振り下ろした刀を突如放たれた縄ひょうが絡め取った。
「‥‥相手は新田家臣、お抱えの忍が紛れていても可笑しくはありません」
 その声は丙荊姫(ea2497)。
「であれば、こちらに忍びがいると悟られた上で、我らが手緩い策を打つとでも?」
 縄は天井へと伸びている。飛び降りた荊姫の体に引っ張られて刀は男の手を離れて床へ転がった。忍び達が放ったのは三段構えの策。忍びの戦いはいつも首の皮一枚、僅かに策で上回ったものが生き残り、出し抜かれた間抜けには死が待つのみ。
 嵐の刀が男の頸を掻き切った。振り返ると荊姫は手裏剣の血を拭う所。足元には死体が一つ転がっている。時を同じくして表でも決着がつこうとしていた。敵正面の部隊へは乱も流の加勢に戻り敵を押し返している。
「由良の郎党の他にも連合にこれほどの使い手がいようとは‥‥貴様、何者だ!」
「知らぬなら己の死をもって知るがいい」
 乱の生き方を表すかのような、ただ強さだけを求めた我流の剣。それは壊れそうなまでに鋭く研ぎ澄まされた刃。それはとても危うく脆い。
 まるで生き死にの淵を楽しむような。
 まるで軽々と命を捨てるような。
 まるで死を望んでいるかのような。
 それは、とても危うく脆い‥‥
「刻め、風斬の名のその意味を‥‥」
 相当な手練揃いの冒険者の活躍は、この戦力差を覆そうかとしていた。側面部隊に回ったアイーダの矢撃が的確に指揮官クラスを射抜き、確実に敵の弱体化を図る。敵の勢いに陰りが見えてきた。ここを押せば墨党は崩れる。すかさずミネアは軍配を掲げた。
「とっつげきっ〜♪」
 ミネアが振るうとちょっとお子様っぽい仕草になってしまうがそこはご愛嬌。裏手の更紗の部隊も善戦し、勝負は終わりを迎えようとしている。
 再び正面の部隊。
 流が敵指揮官へ手裏剣を放った。だが男は難なくかわす。手裏剣はすぐ傍の枝へ突き刺さった。
「馬鹿が、どこを狙って投げ――」
 それを目で追ったのが男の命取りとなった。男の刀を十手が絡めたかと思うと、肩ごと懐深く入り込んだ流が小太刀で胸を突く。流が離れると同時に男は力なく崩れた。流は汚れを払うと残りの兵の前で小太刀を収めた。
「ご苦労さん。もう帰ってもいいよ」
 白兵で将がやられれば後が続かない。
 渡世人の流と乱の舞台は侠客集揃い。ヤクザが凄むと敵兵は捨て台詞を残した。
「‥‥ええい、退却だ!」

 戦い終わって、トマス・ウェスト(ea8714)を負傷者の治療の仕事が待っている。驢馬の鈍器丸には江戸医局から預かった医薬品が詰まれ、トマスも薬瓶などを持ち込んでいる。
「そこの君、コレを治療室の連中まで運んでくれたまえ〜」
 手近な村人を掴まえて荷物を運ばせ、トマスは怪我人の下へ急いだ。庄屋屋敷の庭には傷を負った者達が既に運ばれている。前と比べて負傷者の数も少ない。
「なるほどぉ〜君達もちゃんと言いつけを守って訓練をしているようだねぇ〜。けひゃひゃ、感心々々〜」
 近辺で取れる薬草も蓄えておいたお陰で貴重な薬品の使用はかなり抑えられたようだ。トマスもできる限り魔法で傷を塞いでいく。
 さて。他の冒険者達は。
「ケッパンジョー? ジャパンのしきたりはよく分からないけど、義貞打倒まで面倒を見る契約書みたいなものかしら。別にやっても良いわよ。ほら、新田は妖怪の巣窟って噂もあるし」
 アイーダが計るように視線を泳がせた。
「新田義貞打倒は悪くないわね」
 義貞は源徳に弓引く謀反人。それを討てばどれだけの名声を得れるか。そこへトマスもひょっこり首を出す。
「源徳〜? ああ〜、藩主君、いや違った、摂政君だね〜」
 江戸の新年会でトマスは源徳を藩主と呼んで困らせたことがあるらしい。
「無礼講だったかもしれないが、寛大だった摂政君に味方しておこうかね〜」
 血判状を横から浚ってぽんと判をつく。更紗へ渡そうとするが、彼女は黙って首を振った。
「初志貫徹、先に言うた通りうちは深く関わるつもりはありまへん、ただし肩を並べる以上は最善を尽くしますよってに」
 それを見ていた村人が更紗へ頭を下げた。
「それでしたら、申し訳ないが西園寺さんには我々の内情は明かせません。今後は傭兵ということで依頼させて頂くこととなるかと思います」
「せやけど最低限の行動の自由をいただけますやろか? そやないと力もうまく出せへんよってに」
「こちらこそお願いします。西園寺さん程の達人なら新田の侍でも並の者では太刀打ちできませんから。それなら心強い」
「う〜ん。ミネアはまだ怪しい部分の方が多いような気がしてるけど、ここでしないなんていったらミネア達の信用がガタ落ちしちゃうかな? ということで、血判に名を連ねま〜っす♪」
 こうして主だった冒険者は更紗を除いて皆連合の幹部として名を連ねることとなった。アイーダが思案顔で俯く。
「それにしても、このままじゃいずれジリ貧ね。連中の顔は覚えたし、いずれは反撃に出ないとね」

 その夜。流はひとり由良の部屋を訪ねた。
「自分は源徳に加勢する気は無いですが‥由良殿は事態をどう動かすおつもりかな?」
 計りかねてか由良は逆にこう問い返す。
「今日の戦、貴殿はどう見る」
「今の時点で必要以上の戦果は却って危険。これで十分」
 流はさらりとこう続けた。
「評価は低い方が都合が良いし、地力をつけず自信が先行しても困りますからね」
 由良は満足したのか頬を緩めた。不意に天井を仰ぐと。
「聞いておるのだろう。気配は分からぬが、おるならば姿を現せ」
 天井裏から飛び降りた嵐は跪くと口を開いた。
「由良殿のお耳に入れたいことがある」
 嵐が言い難そうに流を見る。由良は辺りを窺うとやがて声を顰めた。
「この者の才は私が認める。話せ」
「ならば」
 話したのは暗躍する華国妖怪の情報。新田家臣に妖怪が紛れ込んでいる。
「あの華西が‥‥まさか‥」
「間違いない。太田の町で俺はこの目で見た」
 そこへ屋根裏から荊姫も降りてきた。
「華西殿は幻術使いの妖華堂殿と商人の七唐殿を従える新田伊党。その裏には北の匂いが致します」
「‥‥というと、奥州藤原‥?‥」
「或いは。何か動きがあるものと。おそらくはそれを追っていた隠殿という忍びが北の地で消息を絶っております」 
「隠‥‥名は分からぬが、ちょうど秋口に源徳方と思われる忍びが一人捕まっていた筈だ。墨党忍びに捕まり、身柄は華西の奴めに渡されたというが。もう生きてはいまい」
 荊姫の表情が揺らぐ。それを押し殺すように表情を消し、務めて平静な声音で続けた。
「妄りに牙を奮わず潜んで居れば良いものを‥‥然し、其のお陰で事が動いたのもまた事実。流れる噂に終わらぬ戦、上州に何が起こっているのか‥見極めねば成りません」
 いつからいたのか部屋の隅には信也の姿。
「‥俺達は影‥‥連合には名を連ねず、忍びとしての責を全うするだけだ‥」
「由良殿を後ろ盾に我ら忍び衆が動ける様にしたい」
 虎人の策謀に抗し、上州の乱を治める。これはその為の足がかり。
「貴様ら、ならば松本殿に申すのが筋ではないか?」
「‥‥あの言い渋る様子、隠し事は不得手なのかと勘繰ってしまいますね」
 荊姫が微笑を浮かべると由良も頷いて返す。
「このままでは遠からず松本殿は馬脚を現すだろう。連合が彼の器を溢れて零れだす時、私はその器を割らねばならぬ」
「‥‥オレから言える事は唯一つ。すべては民草の為に、だ」
「私の思う民草と貴様のものは違う向きもあろうが‥‥成すべきことは同じか。忍び、貴様らは忠義の士だな。お前達の命、預かろう」
 由良と忍び達の視線が絡み合い、やがてそれらが流へと向けられる。
「自分は自分の目的が果たせればそれで良い。相談には何時でも乗りますよ」
 それを諾と取ると、由良はもう一度声を顰める。
「‥‥このことは、くれぐれも内密に」

 脚を斬っておいた忍びは信也が戻ると既に自害していた。どこの者かは分からぬが、金山城に配されている者達と同じ里の忍びであろう。墨党忍びの装束は嵐が剥ぎ取り、死体は秘密裏に処理した。
「絡み合った紐を解くのは容易ならざる‥‥か。虎人の策謀が未だ終わってはいなかったのだとはな」
 件の虎人はかつて那須の地で冒険者を手玉に取った連中。ここから先は一瞬たりと気を抜けぬ厳しい戦いになるだろう。荊姫は隠から託された白紙の文を握り締め、決意を新たにする。
(「私は影‥‥連判に連ねる名など持ち合わせてはおりません。‥あるとすれば‥雪、と」)
 表では農民達が戦闘訓練を行っている。乱が西の空を見遣って零した。
「冬が来る、それを乗り切れるかが心配だな」
 雪が落ちれば戦いは一層厳しくなる。初雪の頃は明けて数日といった所だろう。
 残された時間はあと僅かばかり。