【上州騒乱】  決戦前夜

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:7〜11lv

難易度:やや難

成功報酬:3 G 45 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:12月25日〜12月30日

リプレイ公開日:2006年01月03日

●オープニング

 冒険者が上野を離れている間に情勢は再び大きく動いた。
 連合に与する者に冒険者がいるという報せを以前から新田は掴んでいた。これまでの所それを黙認していた新田であったが、冒険者嫌いの篠塚伊賀守が金山城へ呼び戻されたことで状況は一変する。つい先日、外部から凄腕の刺客が呼び寄せられ、太田では大規模な不穏分子狩りが行われた。これにより太田で諜報活動などを行っていた多くの同志の命が失われた。新田は本気だ。いずれここにも再び兵が差し向けられるだろう。
「こちらに凄腕の将がついたことは向こうも掴んでいるだろう。おそらく、次に攻めてくるのは冒険者が不在の時になるだろう。そうなれば仮に私が兵を率いたとしても苦しいだろうな」
 夏の挙兵の折に、いま兵を起こすべきではないと由良は義貞を諌めたが聞き入れられなかった。挙兵後に華西らが馳せ参じ、瞬く間に湿地が回復すると同時に由良の立場は弱まっていった。最後には華西とその腹心の妖華堂によって由良は失脚させられ、新田家を追われた。僅かな郎党を連れて連合に身を寄せたのは何のためであったか。
「我が主は未だ義貞様ただお一人。御殿が後世に汚名を残すのを黙ってみてはおれぬ。そのためであらば、たとえ刃を向けることになろうとも。それが我が忠義」
 そのために出来る唯一の策は。
 ――虎人、華西虎山を討つ。
「それには金山城を攻めるほかは無い。まさか篠塚と矛を交えることになろうとはな」


 四天王筆頭・篠塚伊賀守の存在は連合にとって大きな脅威となった。篠塚によって渡良瀬の四尾狐が討伐されると、いつしか義貞こそは九尾の脅威へ立ち向かう日ノ本の尖兵であるという噂が新田郡へ広まり始めた。
 曰く、義貞の挙兵は九尾の脅威に備えて民を護らんが為。
 曰く、由良具滋は既に九尾の手の者に討たれ、九尾配下の妖狐と入れ替わっている。
 曰く、密かに領内で煽動に動く冒険者は九尾の手先。
 曰く、四尾事件の折に動いていた冒険者も大妖の封印を目論む化け狐。
 様々な場所、様々な人の間に様々な風評が飛び交う。それは松本清と連合にまつわる噂を打ち消しあいながら新田領内へと広まった。松本清も妖狐の手先となった冒険者達に騙されてるだけ、真に民を思う指導者は義貞ただ一人。新田領内で高まりを見せていた連合支持の風潮はこの噂によって鎮静化し、清にまつわる風評は二分した。
 その背後には新田の忍びの影がちらつく。つい先日は連合の近隣の村が火付けにあい、冬を越すために蓄えられていた食糧の多くが焼け落ちる大きな被害があった。これも新田側の見せしめであると専らの噂だ。これを境に商人達を始めとして連合へ協力する者は途絶えた。この孤立した状態で起死回生を図らねばならない。
 こちらの主な戦力はおおよそで百姓四十名、侠客四十名(内二十数名が新参)、由良郎党十数名、僧侶数名、元野盗二十名といった所だ。元野盗と新参の侠客は忠誠が低いので注意が必要だろう。対する新田勢は、華西が兵百、篠塚が精鋭兵百。更に墨党残党二十に、墨党忍びと妖華堂配下の妖術使いも城へ残るだろう。先日は由良の手を介して義貞配下の切り崩し工作が行われたが、今の戦力差ではとても寝返りは期待できない。
 連合の資金は食料などを賄う分を差し引いて純粋に戦に宛てられるのは百両ほど。清の後ろ盾である多摩の薬売り・松本清十郎からの援助次第ではもう百両ほどは見込めるかもしれない。現在の手勢では到底金山城は落とせぬ。この資金から巧く軍編成の計画を立てねばならぬだろう。同時に大量の武器を江戸で買いつけて秘密裏に上野へ持ち込む算段もつけねばならぬ。
「上杉攻略にゃあ義貞が自らが子分を率いて出るってぇ話だぜ」
「もしも我々が兵を起こすならば義貞出兵後が好機。しかし時期が早すぎましたね」
「まったくだぜ。俺たちゃまだ城を攻めるだけの力はねえもうあと一月でいいから時間があればよ」
「しかしこうなった以上はもはや
 急がねば。何もかも急がねばならない。
 義貞が平井城へ出兵するのは数日後ではないかと噂が飛び交っている。そして上野に雪の帳が降りるのは睦月の初め。連合が兵を動かせるのは年の暮れまで。時間はもう残されていない。


「道志郎殿救出の決行日は、明晩としましょう」
 つい先日のこと、金山城へ潜入した浪士・道志郎は待ち受けていた華西虎山の手の者に捕まり、身柄を拘束された。敵の手に落ちた以上はその命は長くない。道志郎と行動を共にした冒険者の働きかけで連合は彼の救出作戦に力を貸すことになっていた。
 由良の情報で、金山城へ通じる椿水道という秘密の抜け道の存在が分かっている。月の池と呼ばれる大井戸へ通じる水路だ。城の者も上層部の一握りしか知らぬ隠し通路だが、当然篠塚はその存在を知っている筈だ。一筋縄にはいかぬだろう。
「こちらは由良殿の郎党の忍びを遣わすということです」
 由良の忍びは墨党忍びの装束を三つ入手している。これをどう使うかが一つの鍵になるだろう。由良の情報では牢があるのは本丸または三の丸の地下。敵方の忍びの目を掻い潜って短時間で事を終えねばならない。綿密な作戦を練り、最適な人数で事に当たらねばならぬだろう。それには連合の冒険者も或いは手を貸さねばならぬかも知れぬ。
 危険を伴う作戦だが、この作戦で連合が手にするのは道志郎の持つ冒険者への知名度。来るべき決戦でそれは不可欠の札だ。由良の後押しもあり、遂に作戦は決行に移されようとしている。
(「掌中の珠が輝きを増せば、連合もまた勝機を拾える。だが今はそんな悠長な事を言ってはおれぬだろう。珠の輝きを増す方法は何も大事に磨くばかりではない」)
 輝きのうちに珠が砕け散れば、その光は記憶の内に鮮烈に輝き続ける。上野の地で志半ばに道志郎が斃れれば必ず後を追う者が出てくるだろう。成功、挫折、夭折。人の心を動かすに必要な要素は揃っている。
(「或いは道志郎とやらが死ねば。暮れの決戦に向けて有用な戦力が欲しい、今なら時期としては申し分ないな。どちらに転んでも良いが、さて」)


 金山城。
「篠塚様、このようなものが城内に」
 部下が届けた書状を篠塚が開くと、それは彼に宛てた文だ。
『他はどうか知らないが、個人的には君達の反乱は応援している‥‥だがそこにモンスターが介入するのは無粋だろう。「新田七党十一郎に狐の仲間が入り込んでいる」という情報もあってね。信じるかどうかは君次第だが。踊らされないようお互いに気をつけようじゃないか‥‥人として』 
 差出人の名はウェス・コラド。篠塚が記憶を遡る。そうだ、先日の四尾の狐退治で横槍を入れた冒険者達の一人だ。
「この城にどうやって入り込んだか。その腕だけは見事と褒めてやろう」
 篠塚が文を握り潰した。
「だがこのような佞言(ねいげん)なぞ、何らこの篠塚の心情を惑わすものではないわ! この篠塚は純粋たる武将。武士が主君へ示すのはただ武の器だけよ!」
 いかつい篠塚の拳の中で、文は見る間に小さく硬く潰れていく。小指の先ほどに丸まったそれを、篠塚はあんぐりと口を開いて呑み込んだ。
「鼠どもがこの城を狙っておるらしいな。たかだが百姓どもめが、片腹痛い。立ち向かうのならば容赦はせぬ。その命、この篠塚の武がひと呑みにしてくれよう」

●今回の参加者

 ea0233 榊原 信也(30歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea0541 風守 嵐(38歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 ea2482 甲斐 さくや(30歳・♂・忍者・パラ・ジャパン)
 ea2497 丙 荊姫(25歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 ea4591 ミネア・ウェルロッド(21歳・♀・ファイター・人間・イギリス王国)
 ea4734 西園寺 更紗(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)
 ea6264 アイーダ・ノースフィールド(40歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea6764 山下 剣清(45歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8714 トマス・ウェスト(43歳・♂・僧侶・人間・イギリス王国)
 eb0833 黒崎 流(38歳・♂・侍・人間・ジャパン)

●サポート参加者

南天 輝(ea2557)/ 観空 小夜(ea6201)/ 桐乃森 心(eb3897

●リプレイ本文

「はやぁ〜‥‥進展したねぇ。ちょっと劣勢だから、良い意味じゃないけどさ‥ま、焚きつけにはなっただろうしね♪」
 ミネア・ウェルロッド(ea4591)ら冒険者の上野入りに先立って遂に義貞は平井城攻略へと出陣した。
「これでみんなが気張ってくれればいいんだけどな♪ だからわざわざ、ミネア自ら頑張ったんだし? こんなに仕事熱心な冒険者、なかなかいないよね〜♪」
 遂に巡った金山攻めの千載一遇の機。城攻めの会談は連合の幹部数名と由良の他、カイ・ローンと李焔麗ら道志郎の名代を交えて行われていた。
「頭は二つもいらない」
 清の側近である隠密血風衆の一人、加藤武政の第一声はそんな言葉だった。取り付く島もない言葉だが焔麗は慇懃な物腰でこう話し始めた。
「まずはこちらの話をお聞き下さい」
「救出作戦の成否により、金山城の強襲を行わなければならないので提供します。又、その為に連合の軍議への参加と発言を了解して頂きたい」
 道志郎側が条件の見返りとして提示したのは武具と四百両程の軍資金。
「合わせて、江戸からの武器輸送用に馬も貸し出せます。これは連合にとっても破格の条件でしょう。我々にとっての見返りは、たとえば編成した軍の一部の指揮権をこちらへ――」
「あー、だめだめ。上将様のご意向を無視して勝手には決めらんないからな。本当に申し訳ないけど」
「ところで」
 と、由良。
「救出作戦の成否によりというのならば、もし道志郎の救出が成れば協力は取り下げると?」
「そうは言っていません。俺は――」
「救出が成れば掌を返し、成らねばまた擦り寄るようでは我らも信を置くことはできぬ。物資は救出の成否に関わらずの提供ということでよいな?」
「ええ。但し、軍の一部の指揮権を」
 気まずい沈黙。
「よかろう。では道志郎殿へは一部隊を預けた上でそちらを我らの指揮下に置くのはどうかと提案するが、如何かな」
「それは呑めません」
「まあまあ、由良殿、李殿」
 割って入ったのは幹部の黒崎流(eb0833)。
「あちらの行動の自由はある程度保障しておくのがよいと自分は考えますよ。冒険者の身上は身軽さ故」
 いずれにせよ外部の者である道志郎が軍を動かせば連合内に無用な軋轢を生む。話し合いの末、道志郎方には軍議への出席権と、当面の自由行動の保障が条件として与えられることとなった。
「妥当なとこだなー。軍兵を割くのは問題外だし、軍議にあれやこれや口出しされるのも受け入れらんないし」
 軍議への決定権も兵の指揮権も認められない。軍議への参加は認めるが、道志郎救出が成った後に掌を返さぬ為の保障が必要。
「元より此度の救出作戦の見返りは金山攻めへ道志郎の声望を利用させて貰うこと。作戦が成った後も協力の約定は生きている。それは動かぬ取り決めの筈」
「ご尤も。それは我々の失言でした。お約束通り救出の成否に関わらず金山攻めには前面的な協力を約束致します。その条件で話を呑みましょう」
 その一言は手痛い失言であった。焔麗は苦々しい顔で条件を呑む。
「所で金山城攻略後は連合は如何されるおつもりですか」
 柔らかい言葉尻だが、そこに込められた思惑は研ぎ澄まされて鋭い。黙ってついて行くつもりはない。焔麗の瞳が雄弁に語る。
「決まってんだろが、親玉のタマ取るまでは終わりゃしねェよ。義貞の首を討つまでだ」
 その後、議題は金山攻めの方策へと移る。カイによって密告や狐の噂の流布を利用した策が幾つか提案されたが、血風衆の一人である陰山黒子が難色を示す。
『意図して流布する噂は、今回は逆効果でやしょう』
 時期が時期だ。今はそれが連合の首を絞める結果になりかねない。冒険者が九尾の手先だという噂が流れている今、狐の噂を流すのはそれらを肯定して回るようなものだ。
「では次に軍編成についてを討議しましょう」
「それについてはうちが試算をしてます」
 下座に座っていた西園寺更紗(ea4734)が口を開いた。城攻めを行うにあたり必要な物資と人員、それを賄う資金の計上。それらの試案を立てて更紗が金額を弾き出している。
 上州では装備品は手に入らない為、江戸で買い付けて輸送する必要がある。試算では必要資金は680両。不足分は更紗とアイーダ・ノースフィールド(ea6264)が資財を投げ打って賄う。
「出費は痛いけど、金に換えられない名声の為ね。‥‥絶対勝つわよ」
「算盤は素人やさかいに至らぬ点もあるかもしれまへんけど、こんなもんでどうですやろ」
「なるほど、西園寺さん。微に入り細に入り、よくできています。これで行きましょう」
 しかし由良だけは難しい顔で数字へ見入っている。
「新兵の募集費用が計上に入ってないように思うが」
「それは奥多摩の松本清十郎はんからの百両を当ててギルドに依頼するんはどうかと思うてます」
 それに由良は露骨に顔を顰めた。
「馬鹿な。ギルドは政治的には中立。一勢力を攻める軍の召集の要請には応じまい」
 アイーダ達は連判に名を連ねた連合の一員として金山攻めに加わるという建前があるが、これまでの自衛の依頼と違って城攻めの兵を募るというのでは余りに露骨過ぎる。これではギルドは家康の私兵かと謗りを免れないだろう。
「上州全体で冒険者へ不信感が高まっている今、狐の尖兵とされている冒険者を主力に使うのは無謀ではないか?」
 冒険者はあくまでも遊軍。司令官の指示に服従する兵ではない。一見して単価が安いのは命の値段が含まれて居ないが故だ。
「この件は至急再検討して編成し直さねばならんな」
「う〜ん、難しい話は分からないけど、ミネアも30両出しとくね♪ ほら、これからの季節は防寒着とか必要になってくるでしょ? 寒くて満足に戦えませんでしたじゃ困るモンね♪」
 ところで、とカイ。
「新田勢が篭城に徹するとは考えがたい。よって、城攻めでの釣り野伏せの策が効果あると考えます」
「愚策だな。攻める兵は強いが、退く時は余りにも脆いもの。間に合わせの兵に付け焼刃の策を乗せては総崩れになる。あわよくばという思いが却って命取りとなる。そんな油断を見逃すほど篠塚は甘くはないぞ」
 敢えて死地へ身を晒し、捨て身になることで初めて道は開かれる。流も難しそうに俯いた。
「かなり厳しいが‥‥華西を討ち取れば目的は達せられる。ならば手の打ち様はある」
 金山周辺の地形図に、南の大手口そして西城へと流が駒を配置する。
「大手口の主攻は由良殿の指揮の一軍。同時に搦め手として西城から精鋭部隊が進撃する」
 ふと、由良がもう一つ駒を手に取る。顔を上げると流と視線が合わさった。
「虎人を討ち取ることが第一義ならば――」
「――兵は篠塚・華西の兵を抑えて道を切り開くことが至上の命」
 二人の声が重なり、由良が北城へ駒を配置する。それを流が指先で滑らせると、駒は実城へ潜りこんで本丸へと止まった。
「この華西を討ち取る部隊には道志郎とそのお仲間にお願いしたいと思うが、どうかな?」
「ええ。おそらく道志郎も同じことを申し出たでしょう」
 大手口の主力部隊の指揮は由良に。搦め手の部隊は幹部達がそれぞれ部隊を率いて事に当たる。この作戦は満場一致で可決される。
「後はダメもとでもう一つ策を放ってあるけれど、あっちは首尾よく進むか‥‥」
 江戸では仲間達が連合の兵へ加わるよう浪人たちへ呼びかけている。策は放たれた。残る懸念は道志郎の安否だけ。

 その頃、金山城では。
「曲者、曲者だ!!」
 道志郎救出を果たした忍び達は本丸からの追っ手に追われていた。音無藤丸が道志郎を背負って月の池までを走り、その後に丙荊姫(ea2497)が続く。後は月の池から再び水路を潜り城外へ。そこで物陰に待ち受けていた佐竹康利が飛び出した。
 康利が水路へ持ち込んでいた刀を構え、飛び込んできた一人を横薙ぎに斬って捨てる。視界の端に池へ駆け抜ける藤丸とその背に負われた道志郎の姿。それが不意に漂いだした濃い霧の向こうへ掻き消える。
(「無事だったか道志郎。皆、後のことは頼んだぜ。帰ったら祝杯でも挙げて体を暖めようや!」)
 刀の血を振り払うと剣風で霧が渦巻く。グラス・ラインの魔法で月の池周辺は濃霧の中。三の丸の仲間も脱出し易くなったろう。
「グラス、お前ももう逃げろ!」
「え、でも‥‥ううん、分かった。佐竹さんも無理したらあかんからな!」
「心配すんな。この俺がそう易々と――」
 不意に背後に殺気。
(「しまった‥‥後ろを取られ――」)
 佐竹が振り向き様に受けようとしたその直前に殺気は煙のように掻き消えた。ドサリと追っ手がくずおれる音。甲斐さくや(ea2482)が大ガマを呼んで佐竹と背中合わせになる。
「私もお供するでござるよ。もう僅かばかりの辛抱でござるよ」
 同じ頃。三の丸周辺。
「おい。敵方の忍びがこっちに逃げて来た筈だ、見なかったか!」
「西城方面へ脱出を図ったと聞いたぞ」
 それを物陰から窺っていた榊原信也(ea0233)は即座に踵を返す。
(「良し。計算どおりだな」)
 信也の流した虚報に踊らされて三の丸の手勢は西城方面へと誘き寄せられている。集った所をマリス・エストレリータ(ea7246)のシャドウフィールドが包み込み、更に時間を稼ぐ。やれるだけのことはやった。後は仲間達の力を信じるだけ。マリスも脱出の手筈に移る。
(「弱りましたな。この寒い中飛んで帰るのはホネですからな」)
 いそいそと羽根を広げ、マリスは冬の寒空へふわりと飛び上がった。上空から見下ろすと月の池周辺には霧がかかり仲間の殿が奮戦しているようだ。その霧中へと一直線に駆け入る影がある。信也だ。直後、闇夜を照らす炎があがる。信也の火遁の術を合図に、殿の二人は一斉に井戸へ飛び込んだ。
 その頃、で風守嵐(ea0541)は本丸の中に一人留まって華西ら敵の手勢を引き受けていた。
「道志郎の救出に現れたか。鼠、貴様の名を聞いてやろう」
「風守嵐。お前の弟を殺った男だ」
 短剣を構えて挑発すると、嵐は窓を破って外へ飛び出した。それを追って華西も窓から身を翻す。
(「さあ、獣の本性を現せ。俺が憎いだろう。だが、時期に篠塚も表へ出てくるだろう。そうなれば‥‥」) 
 その姿を晒した時が嵐の勝機。
 しかし。
(「まだか‥‥」)
「風守といったな。俺を弟と同じと思わぬことだな」
 華西がニヤリと笑う。
「俺を見誤ったな。下らん挑発には乗らぬぞ。その冷え切った体でどう戦う?」
 時間を稼ぐ間にも嵐の体力は奪われている。止むなしと嵐が短刀で突き掛かった。華西の拳打が難なく振り払う。
 だが。
「何!?」
 華西の右肩を激痛が貫く。嵐が左に隠し持っていた手裏剣が深々と突き刺さっている。
「貴様‥‥」
 華西の裏拳が嵐の頭部を殴打した。その拍子に黒子頭巾がめくれ上がる。
「その顔は‥‥」
「覚えていたか。那須で貴様やられた背中の傷、俺は一時も忘れたことはないぞ」
 嵐は猫のように着地すると身を翻した。残された華西の元へ漸く兵達が追いついた頃には嵐の姿はもう見えなくなっていた。肩の手裏剣へ華西が手を掛ける。
「弟を失ったのも、あの時奴を仕留められなかったこの俺の責任‥‥」
 刹那、華西は掴んだ手裏剣を傷口へと抉るようにねじ込んだ。
「この傷は戒め。風守‥‥その名、この痛みと共に我が身へ刻んでおいてやろう」
 城を逃げ延びた嵐へは墨党忍びが迫る。嵐の体力は既に限界を超えている。その背へ忍びの凶刃が迫ろうとしたその時。
「兄者!!」
 金山の暗い木々の中、陸潤信は息を潜めてその時を待っていた。猟師として山野を走った経験が生きた。その目と耳は追っ手を引き連れて逃れる嵐を素早く察知し、兄の命を狙う忍びの前へと果敢に飛び出した。
「!!」
 不意を突いての連撃。追っ手を退けて振り返ると、嵐は今にも倒れこもうとしている。陸は咄嗟に肩を貸した。
「兄者、よくぞご無事で」
 抱えあげた嵐の身体はまるで氷の様だ。生気を失った唇が震えるように何事かを呟いた。それきり嵐は意識を失った。
(「ええ。大丈夫ですよ、兄者。道志郎さんは無事に仲間が救い出しました」)
 嵐を背負うと陸は斜面を駆け下りた。

 道志郎の身柄は山下剣清(ea6764)らが精兵を率いて無事に村まで救い出した。村ではトマス・ウェスト(ea8714)の指示で看護が行われた。
「まったく、この寒い中に水源を泳いで抜けるなどと、正気かね〜? ま、これで風邪を引いてなければ面と向かって馬鹿といってやれたとこなんだがね〜」
 備蓄の傷薬の他、解熱剤などが使われて看病が始まる。道志郎へもイリス・ファングオールが献身的な看護を行う。冒険者達はかなり憔悴しきっていたが、村まで逃げ延びたならもう大丈夫だろう。
「そこ〜、手を休めるな〜、しっかり磨り潰すのだよ〜けひゃひゃひゃ‥‥、おっと、我が輩も笑ってる場合じゃないね〜」
 さて。別室では。
「道志郎の容態は思いの他まずい。ここは連合の手で完治するまで治療させてもらいたいけど」
 由良と焔麗、そして上将の名代である加藤の三者での会談が行われていた。加藤の思惑は一つ。道志郎を冒険者と隔離して彼の影響力を封じ込めること。
「それでも江戸に戻るってならさ、源徳の狗って言われてもしょうがないと思うけどな」
「お言葉ですが、道志郎は神剣争奪においては庶民連帯の中心となって四侯と渡り合った烈士。道志郎の心は為政者ではなく常に民の下にあります」
 対する焔麗はこの点に関しては一歩も退かぬ態を見せる。
 それより、と由良。
「これから共闘を試みる以上は、先ほど李殿が提案された同盟の書状を交わしておくべきかと思うが、如何か」
「だめだめ、上将様の了解なしには独断じゃ決められない」
「これは異なことを。この期に及んで姿を見せぬ様では人心は松本殿から離れかねぬと考えるが?」
(「事態はどう転ぼうともよい。松本清、道志郎。二つの珠は我がたなごころの上」)
 先の軍議では連合兵の主力は由良の手に委ねられた。各小隊の指揮にも由良郎党が配属され、軍の全権はほぼ由良の手中にある。この夜の軍議以降、連合内の発言力は劇的に逆転していた。
「異論がなければすぐにでも書面を交わそう」
 こうして三者で対等での同盟関係を結ぶ書状がかわされた。
「時に李殿。同盟を交わした以上は道志郎殿は金山攻めの重要人物。そうおいそれと上野を離れる訳にもいかんな」
 その一言で焔麗の表情が凍りつく。
「療養も兼ねて城攻めまではこの地に留まって頂こう」
「――ひとつ」
 上擦った声で焔麗は辛うじてこう報いる。
「道志郎の腕の怪我は酷くトマスさんでは手の施しようがないとのこと。体力が回復次第、一度武蔵国へ戻り江戸の名医の診察を受ける必要があるかと思います」
「致し方ないな。但し、余り長く離れられては困る」
「心得ました」
「それでは」
 三人は頷き合う。
 いよいよ数日後。至弱が至強へと挑む、金山攻めの戦が始まる――。