轟!義侠塾Z!! 〜呑苦辣兵〜

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:やや易

成功報酬:4

参加人数:10人

サポート参加人数:2人

冒険期間:12月04日〜12月09日

リプレイ公開日:2005年12月12日

●オープニング

「壱号生、及び弐号生はただちに校庭に集合せい!」
 義侠塾入塾の儀及び辛窮死険からおよそ一月が経った。
「よいか貴様らっ! これより義侠塾は西へ進軍を開始する。目的地は霊峰富士じゃぁっ!」
「富士‥‥そんなとこでいったい何を」
 その時だ。塾舎へ軽い地鳴りが響いた。塾舎の裏手にそびえる毅業院岳が鳴動したのだ。山頂から火が噴出し、火山弾が飛ぶ。一見ただの落石のように見えるが、あれこそは華国拳法の幻の奥義・鷹射死(たかいし)。そして、一見すると裏山のように見えるが、彼こそは義侠塾惨号生筆頭、毅業院・岳。まさに雄々しき山の如き氣を見に纏う山のような山、もとい男である。
 不意に校庭へ塾長が姿を見せた。
「毅業院よ、やはり貴様は既に感づいておったか。‥‥ならば壱・弐号生らにも話さねばなるまいか、霊峰富士にまつわるこの恐るべき陰謀の全てを」
「いいかよく聞けっ! 我が義侠塾軍諜報部の調査により、遂に奴が富士山で動いておることが明らかになったんじゃあっ!」
 かつて義侠塾は某藩の藩校として活動していた。それが取り潰しとなったのは義侠塾2.26事件と呼ばれる一件である。
 その日、義侠塾は毅業院岳の山中にて行軍教練を行っていた。そのさなかに謎の敵対勢力の攻撃を受け、当時の義侠塾総代であった毅業院・岳以下、義侠塾生は敗北を喫した。その際に、塾生であった藩の用心の子息が死亡。以来塾は取り潰しとなり、昨年に雄田島が再び私塾として開校するまで塾生達は散り散りとなっていたのだった。
 奴こそは義侠塾最大の宿敵。いずれ決着をつけねばならぬ男だ。
「うむ。奴はかつてあの毅業院に土をつけた。そう、奴もまた鷹射死の使いなのである!」
 そして鷹射死とは、極限まで気合を高めて爆発させるという技。
 すなわち。
「奴は霊峰富士を気合で爆発させようとしとるんじゃあ――――ッ!」
「な、何だってェーーーー!?」
「うむ。霊峰富士を絶技・鷹射死によって爆発させれば、それは百数十年ぶりの富士大噴火の呼び水となる。奴の恐ろしき氣を持ってすれば間違いなく三河・遠江に大地震を伴うであろう。それは畿内一帯を揺るがす未曾有の大地震となるのは疑いようもあるまい」
 富士湾から琵琶湖、そして京、大阪。引き興された地揺れが日ノ本の中枢である畿内を南北に走ったそのとき。日ノ本の国土は真っ二つに分断される――!
「それこそが奴の狙い。恐るべき気合によってこの日ノ本を二分し、我が義侠塾の手の及ばぬ関西を手始めに手中に収めようという腹であろう」
「よいか貴様ら――! 今こそ尽忠報国の士として、奴の目論見を見事阻むんじゃあーーー!」
 こうして義侠塾軍は宿敵の陰謀を阻止するため、霊峰富士を目指して進軍を開始した。
 さて。
 『宿敵』は酔いどれ恐怖、普通の魔人、明らかに王者、時々人といった様々な異名を持つと言われている。その中でも「酔いどれ恐怖」という異名は、奴の恐るべき酒豪振りと、同時に酔拳の達人でもあるということから来ているという。
「奴に打ち勝つためにも、これより貴様らの行軍は義侠塾伝統の呑苦辣兵(のみくらべ)にて行うこととする!」
 呑苦辣兵とは義侠塾に古くから伝わる伝統の進軍方である。この進軍に臨むものは、各自、保存食の変わりにどぶろくを持参し、行軍の間にこれを常に煽りながら臨むというものである。泥酔状態ともなれば真っ直ぐ歩行するのすら困難。千鳥足での行軍は遅々として進まず、目的地へ着くまでの酒量は増える一方。まさに酔うか死ぬかの二択という恐るべき死の行軍である。
「よいか! これはただの飲み比べじゃあないんじゃ!!ただ酒の強さが問われると思うな! 貴様の器の要領が問われるものと心得るんじゃあ!!」


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 江戸、冒険者ギルド。
「ギルドでは江戸復興基金として、大火の救災・復興活動への利用を目的とした募金を行っている」
 ギルドが主導して江戸近郊で募金活動を行い、集った金を江戸の早期復興の費用として使う計画が立てられている。まだ明確な基金の運用計画などは決まっていないが、これからそれらも含めた話し合いが行われ、必要と思われる復興・救災事業のために寄付される見込みだ。
「これから復興基金に関する依頼をギルドから行うかも知れぬ。その時は宜しく頼む」
 冒険者には、基金の運用案の作成や、募金活動支援といった依頼が行われる見込みであるという。果たしてどれだけの額が集るかは分からぬが、冬を前にして焼け出された民十万への支援は急務。江戸の街も3割が焦土に帰し、如何にこの未曾有の大被害を乗り越えるか、今江戸の民はその力を試されている。

●今回の参加者

 ea0270 風羽 真(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea0452 伊珪 小弥太(29歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea0561 嵐 真也(32歳・♂・僧兵・人間・ジャパン)
 ea2406 凪里 麟太朗(13歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 ea2657 阿武隈 森(46歳・♂・僧兵・ジャイアント・ジャパン)
 ea3865 虎杖 薔薇雄(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea6381 久方 歳三(36歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3668 テラー・アスモレス(37歳・♂・神聖騎士・ハーフエルフ・ロシア王国)
 eb3773 鬼切 七十郎(43歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb3790 岩倉 和蘭(38歳・♂・陰陽師・人間・ジャパン)

●サポート参加者

大神 森之介(ea6194)/ 昏倒 勇花(ea9275

●リプレイ本文

 いざ、富士へ。宿敵と相見えるその時を前に、弐号生らの心に様々な想いが去来する。此度の敵は諸先輩方を下した程の侠。伊珪小弥太(ea0452)は褌を締め直す。
「くっ、あの『酔いどれ恐怖』が立ちふさがるってか。詳しいことは話に聞いてるぜ‥‥ただの男じゃあねーってこともな。けど相手がどんな強敵だろうとみんな呑まれんじゃねえぜ、呑まれたら負けだ!」
「その意気だな小弥太。‥‥フッ、敵は霊峰富士をも己が意に操る程の兵か‥‥面白ェ、貴様の野望、俺達義侠塾生で見事叩き潰してやらぁ!」
 風羽真(ea0270)がどぶろくを煽った。凪里麟太朗(ea2406)と久方歳三(ea6381)の留年コンビも荷へ大量の酒を詰め込んで準備万端。
「たとえ壱留しても我が侠魂は今も熱いと、見事示して見せようではないか」
「拙者も見事やり遂げてみせるでござる! 恐るべき気合によってこの日ノ本を二分‥‥、この恐ろしい陰謀を、皆と協力して阻止せねばならんでござるな」
 これより先は死地。呑まれたが最後、生きては戻れぬ死の行軍である。阿武隈森(ea2657)はそんな先輩方の背に続きながら内心の震えを抑えきれずにいる。
(「この日ノ本を分断するなど、なんて恐るべき陰謀‥‥」)
 富士を気合で爆発させるなどといった、およそ常人には予想もできないほどの策略を考えるその頭脳。そして、天災にも匹敵するような途轍もない行為をその身一つで成し遂げんとする技量。何よりも、目的の為には大惨事をおこすことさえ厭わない、その執念こそが恐ろしい。
 だが真の義侠を目指す塾生達がここで怯む訳にはいかないのだ。この日ノ本の命運を賭けた大戦に自らが身を置いていることを改めて思い知り、阿武隈は総毛立つ。
「あのとんでもない大火災の被害を普通の人々が乗り越えようとしているのに、この程度の試練に打ち勝てないようじゃ、お天道様に笑われてしまう」
 目にキラリと心の汗。たっはーと阿武隈がおでこを叩いた(既に酔ってます)。壱号生達も先輩方に負けぬよう各自気合を入れて行軍に望んでいる。鬼切七十郎(eb3773)は七輪を背負っての行軍だ。
「見さらせ! この『呑苦辣兵』で鬼切七十郎の侠を見せるんじゃあぁぁぁ!!」
 どぶろくは七輪で温まってちょうどよい熱燗に。これなら体も暖まる。
「ついでに足腰も鍛えられて一石二鳥じゃあ!!」
「寒さ? 男塾精神でへいちゃらじゃよー。ガハハー」
 その横では岩倉和蘭(eb3790)が豪快な馬鹿笑いをあげている。岩倉は義侠塾生養成義不守を着て褌一丁で緊縛プレイ。馬鹿は風邪引かないっていうしな。テラー・アスモレス(eb3668)も負けじとぐいぐい酒を流し込む。
「酒は飲んでも呑まれるな‥‥でござったか? いざ、霊峰富士へ! 奴の鷹射死がどんなに強大だろうとこの拳ひとつで全て叩き落してみせるでござるっ!」
 ナックルをガチーンと打ち合わせると高笑い。ついでにどぶろくをぐいぐい煽って一気飲みだ。嵐真也(ea0561)はそんなイイ感じにできあがたった壱号生を見て満足げに微笑むと、気合も新たに一行の先頭へ立った。
「目指すは富士。我らの宿敵、そして諸先輩方の仇。必ずや打ち倒さん」
 ここでもクイっと一口。
 そしてふと思う。
(「飲酒は僧として戒律に反してはいないのだろうか‥‥」)
 ええとその、般若湯ってことで。

 さてここで富士までの道程をおさらいしておこう。一般的な富士参詣の道順はこうだ。新宿から甲州街道を辿って高井戸、府中、日野、八王子。小仏峠を越えて更に進み、大月から富士道を経て山道の入り口吉田まで。距離にしておよそ50里、往復で一週間を掛けての大きな遠出となる。春の那須遠征の時ですら40里に満たないというのだからどれだけの距離かは推して知るべしである。それを泥酔した状態で成そうというのだからどれほど無謀であるか。
 義侠塾随一の大酒呑みである阿武隈は先輩に負けじと端からハイペースで飛ばしている。
「生まれてこの方、泥酔した記憶なんざ一度たりともねえ。今日こそは自分の限界を‥‥否、その先にある世界を見極めてやるぜ」
 そうやってがぶ飲みする阿武隈を他所に真は余裕の表情。
(「一切の策を用いず、か。まだまだケツが青いな壱号坊?」)
 着流しを諸肌脱ぎにすると勢いよく酒を喉へ流し込んだ。寒さで身が引き締まり酩酊した頭も冴えて行く。
(「‥‥下級生に醜態を見せる訳にいかん。何より呑苦辣兵はただ単に酒をガブ呑みするだけの教練では無い‥」)
「狙いはおそらく、酒を呑みつつも常に周囲に気を配り咄嗟の判断力を鈍らせない為の教練に違いない!」
「フッ、君が脱ぐならこの虎虎杖薔薇雄(ea3865)も負けてはいられない。呑苦辣兵と言えば艶魁外異(えんかいげい)を忘れるわけにはいかないね!」

 艶魁という聞きなれないこの言葉は古来華国拳法界において歴史の闇に抹殺された幻の流派である。艶魁拳は華国拳法界の鬼才・徐曹浩が生み出したとされる拳技で、逸早くその流儀に女装を取り入れた。チャイナドレスで隠れた足元から繰り出される蹴技を見切るのは困難を極める恐るべき闘技。この拳法の使い手としては徐曹浩の高弟である、華国より来る者として恐れられた周防先斗、袴を使うことで和の艶やかさを演出した虎無などが知られている。だが時の拳法界はこれを外法で異端として封印し、その技も現代には伝わってはいない。今日では女装癖のある男性を「じょそこさん」と称するが、そこへ密かに徐曹浩の名前が残るばかりである。(太公望書院刊『周防先斗著 部屋とチャイナドレスと私 〜いま、会いにゆけません〜』)

「その艶魁外異でも最も激しいものがこの覇唖怒外異(はあどげい)! 見よ、酔いながらのこの腰の動き! 今私は確実に美しい‥‥フォー!!」
 あんなに腰をカクカク動かしてたらまた酔いも回りそうなものだが薔薇雄はとっても楽しそうだ。
 因みに酩酊状態で外気に触れるのは拡張した毛細血管から急激に体温が失われるので本当は危険である。気分転換に留めて、アルコールの分解を促す果糖を摂取するのがベストだ。柑橘系のジュースが手頃だが、ジアースでは手に入りにずらいのでここは代用に干し柿なんてどうだろうか。ちなみにアルコール中毒で病院に担ぎ込まれると電解質と果糖入りの点滴を受ける羽目になる。
「先輩方、この鬼切が熱燗にて暖を取らせて貰うであります!!」
 すかず鬼切が七輪で暖めた徳利を差し出した。
「これぞ侠の熱き友情すなわち『熱漢』じゃあぁぁぁぁ!!」
「ああ? 熱燗だぁ?(ひっく)」
 にょきっと首を出したのは伊珪。
「あんだってぇ? この俺が(ひっく)呑むだとぉ?? 呑んででたまるかってんだ、お前が呑みやがれチクショー」
 早速できあがってしまったようで、最早べろんべろん。話もなんか噛み合っていない。座った目をギラギラ光らせ、酔拳の達人の様な年季の入った動きを見せている。
「‥‥んだてめー、歪んだ面してんじゃねー!(ひっく)‥‥道まで曲がりくねりやがって、オラ、道! 根性入れろや!(ひっく)」
「大丈夫ッすか!センパイ!」
 慌てて岩倉が駆け寄った。
「お任せ下さい。この岩倉式陰陽術で絡み酒などすぐに直して見せましょう」


 ●岩倉式リカバー
  使用条件:板割の精神を両手の拳に込め、左右交互に突き出す。 1AP消費
  欠点:すぐ名前を間違う
  効果:当たると痛い

 という訳で。
「回復魔法でも攻撃に使えると師匠も言っていた。つまりアレじゃろ? 余計な酒を体から出せばいいんじゃろ?」
 言うが早いか岩倉が腕まくり。

 コツは馬乗りになって腹の底から李蒲亜と大声で叫ぶ事。腹部を狙うと効果絶大。または体を左右に揺らしながら遠心力を利用して連続して叩き込んでも吉。肝の臓に力強い一撃を当て、拳を地面スレスレから天高く突き上げてからやるのもいとをかし。(太公望書院刊『これでキミも上級者 知ってて得する陰陽術』)

 テラーもナックルを打ち合わせてそれに続く。
「おお、岩倉殿! それは正しく電風死狼流! 拙者も行くでござる、奥義・車道撲芯愚(シャドウボクシング)!」

 解説
 なんか仮想敵(にくいあんちくしょう)の顔をひたすら打つべし打つべし打つべし!

「うかんで〜きえ〜る〜♪ あと熊は眉間を殴るのでござる!」
「それでは治療を開始します。痛かったら言って下さい」
 八の字を描きながら岩倉が拳を乱打。テラーも伊珪の顔目掛けて連打。たまらず伊珪は腹の中の酒を噴出してすっ飛んだ。
「ん!? 間違ったかな?」
 岩倉が拳を止めて顎を撫で付ける。伊珪がその場でガクリと崩れた。
「燃えた・・・燃え尽きた・・・真っ白な灰に・・・」
「い、伊珪先輩ーーィ!!」
 そんな後輩達の活躍に久方も負けて入られないと一気飲み。
「心を研ぎ澄ませれば仲間の奥義から影響を受けることができるが、万一類似した奥義があっても著作権を制限するものではないと獲威蔑苦棲も言っていた! 行くでござる、奥義・陰棲破威悪(いんすぱいあ)!」

 解説
(検閲済み)

「あー、物を投げないででござるよー」
「久方君が陰棲破威悪の使い手であったとは。そうだ、共に義侠塾塾歌〜魔夷亜秘罵阿痔四(マイアヒ・バージョン)〜を熱唱しようではないか!」
 言うなりグビリと酒を煽って。
「米さ米酒か 呑ま呑ま遺影♪」
 襲愕虜皇・神奈川会場にて死亡した惨面拳・依頼予定頁。同じく鯖重過。災殺闘句にて死亡した惨面拳・鯖刻狂。呑ま呑ま遺影と連呼しながら亡き戦友達の肖像を掲げ、酒を煽る。
「呑ま呑ま遺影、呑ま呑ま呑ま遺影♪」
「呑ま呑ま遺影でござる!」
 ついでに伊珪の遺影まで掲げたりして。
「だー! だから俺は死んでねーって!!」 
 ここで伊珪が復活。
「俺が酔ってるだぁ?(ひっく)酒ぐれー飲めねーで義侠を語るんじゃねー! てめー先輩の酒が飲めねーってのか(ひっく)」
 などと酒の席で嫌われる言葉ベスト1を惜しげもなく大解放。絡みまくり酒でもう大迷惑。
「いかん、伊珪先輩が大虎になっちまったぁぁ! ここは詠酒拳・奥義虎狩にて対抗するんじゃぁ!!」

 かつて華国の隴西では、大晦日が近づくにつれ男達が酒を呑んでは虎になって暴れた。詠酒拳の達人・孟溢杯は、虎の口に酒を含ませ激しく頭を振ることで虎たちを悉く退治し酒場に平和を取り戻したという。美味い酒をおかわりするとき「もういっぱい」というのは達人孟溢杯の名からきているのはいうまでもない。この孟溢杯の活躍を描いたのがあの中島敦の名作『山月記』である。(太公望書院刊『忘年会より哀を込めて』)

 なんて、もう半分、もう半分と、終いにはかなり出来上がってしまいまして一同泥酔。底なしのうわばみである阿武隈だけはほろ酔いで平気な顔をしている。潰れたテラーや岩倉をロープで縛って背負う。
「なぁに、一蓮托生だ。気にするなって」
 そんな阿武隈を気遣って真が声を掛けた。
「大丈夫か、阿武隈?」
「‥‥笑わせないでくれ、先輩。俺ならまだまだ‥‥いけるぜ?」
「はっ! 壱号坊なんざに心配されちゃ世話ぁねえな。それじゃあ見せてやっかね‥真っ直ぐ歩けないなら端から出鱈目に歩くことで歩みを修正できる! これぞ秘歩法・踏酩行足導虚(とうめいこうそくどうろ)!!」
 呑苦辣兵は佳境に入っている。各自死力を振り絞っての行軍が続く。凪里も愛馬黒皇の背に伊珪を乗せ、薔薇雄もまた腰を振りながら久方を支えて歩く。
「馬の背に揺られる事で酔いを一気に極め、死を選択する猶予を与えさせないのだ。兄丸寺秘(あにまるてらぴい)だ」
「何、腰振り合うも他生の縁とよく言うだろう? そういうことさ‥フォー!」
「と、歳ちゃん感激〜っ!」
 そうして泥酔状態に進むこと数日。遂に一行はそこへ到達する。
「な、なんじゃありゃああぁああああーーーーー!!!!!!」
 テラーの叫び声がそこに木霊した。真の踏酩行足導虚に先導された一行の前に現れたのは富士山。が、三つ。
「くっ、いきなり3つとは、侮りがたしでござるな!!」
 テラーがガチンとナックルを打ち合わせようとするが狙いが定まらずに一人クロスカウンター。轟沈。皆も目の焦点が合っておらず前後不覚の状態である。
「てめーが酔いどめ恐怖だな?(ひっく)‥‥酔いを醒まして何が楽しいんだ、てめー、ああ?(ひっく)」
「でりゃあ!!やったでござるぅ!」(寝言)
「せせせせせせ拙者も、吐く物はいたので復活して反撃するでござ‥‥ぼげぇえ」
「暫く来ないうちに体が鈍ったか、歳ちゃん?」
 そこで颯爽と進み出たのは真。
「酔拳の達人といえ酔ってなければ只の人。大量の冷水を全身に浴びればどうなると思う? ‥‥何びとたりと俺達義侠塾を止める事など不可能だっ!」
 びしゃあっとばかりにぶちまけたのはどぶろくの残り。よく見ると真もすっかり目が据わって指先とかが震えている。もはや全然ダメかと思われたその時だ。ここで沈黙を破ったのはこの人、弐号生筆頭嵐先輩。別に酔って無口になってた訳じゃないぞ?
「‥‥‥。思えば酩酊とは瞑想の境地にも似ているな。うむ。‥‥‥‥。開眼する為のきっかけとしては良いかもしれん。ならばこの技こそが相応しい。秘奥義・駒露打武詩」
 動の酔拳に対し、この駒露打武詩(くろだぶし)は静。泥酔したかのように、動きを止め、攻撃をよける事は考えず、相打ち覚悟で一撃を叩き込む。最小の動きで最大の効果を狙うその動きは、ときに緩慢にさえ見えるかもしれない。別に酔って眠くなってる訳じゃないぞ?
「もちろん、この技が変化し後世に伝えられたのが、黒田節だな」
 それだけ言い残すと嵐が双眸を閉じる。そして。辺りへ安らかな寝息が木霊した。
 ‥‥‥‥‥‥‥‥。
 ‥‥‥‥‥。
 ‥‥。
 一行が気がつくと、そこは毅業院岳の麓であった。
「先輩、二日酔いにはやっぱりこれだぜ」
 阿武隈が凪里へしじみの味噌汁を差し出した。
「ありがとう阿武隈君。なるほど。酔っ払ったまま富士まで行って帰ってきてしまったとは。流石は我ら義侠塾だな」
 丸一日くらい潰れて寝ていたらしく体は冷え切っている。毛布を這い出ると凪里は椀を受け取った。一行は阿武隈が作った味噌汁で体を温める。
 嵐が味噌汁を啜りながら目を細めた。
「『宿敵』の目的は、富士。これは不死にも連なり、また腐死にも繋がる。そうなると‥‥奴には、さらに隠された目的も‥‥」
「フッ‥ともあれ、無事に終えることができたのだ。今度は改めて杯を交わしたい所だね」
「薔薇雄殿、そう思って既に手配済みでござる」
 と歳三。
「仲間に頼んで叡流(えいる)を送って置いて貰ったでござるよ」
 この後に更に大量のエールが一行の下へ届けられて鬼髷教官らを交えてそのまま迎え酒で大轟沈。この五日間の激戦は記憶の闇に葬られることとなった。
 ――義侠塾一同‥‥ある意味闘死!