志道に心指す:第二話/八「希救存亡」
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:7〜11lv
難易度:やや難
成功報酬:3 G 45 C
参加人数:10人
サポート参加人数:7人
冒険期間:12月25日〜12月30日
リプレイ公開日:2006年01月03日
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●オープニング
金山城内。そのどこかにある地下牢。
「まだ吐かぬか、弟を殺ったのはどいつだ」
華西の罠に嵌った道志郎は囚われの身となっていた。そこは地の獄。連日連夜、牢の傍の小部屋で凄惨な拷問が続けられた。
「さあな。俺は虎と語る言葉は持ち合わせていない」
華西はいまや内に秘めた獣の本性を剥き出しににしている。鋭い爪の生えた腕が道志郎の右腕をぎりぎりと絞り上げた。道志郎の絶叫が暗い地下室に幾重にも反響する。
「言え。風守嵐、榊原信也、李焔麗、グラス・ライン、イリス・ファングオール、陸堂明士郎‥‥あの場にいた連中の名前は弟がお前の記憶を読んで知れている。所在を言うんだ」
「殺るなら殺れ。この身はたとえ尽きようとも、俺の魂は殺せはしないぞ」
「威勢がいいな。餌はそれくらい活きがいいのが好ましい。その為にこれまでも泳がせた、お前を救いにやってくる連中も順番に狩りだしてやろう」
「華西様」
扉の向こうで人の呼ぶ声。虎人は人の姿を取ると扉を開けた。
「何用だ」
「御殿のご出陣にあたり二、三、軍編成で相談したいことがあると篠塚様が」
「仕方ない。こいつを牢に戻しておけ」
拷問から解かれ、道志郎は暫し牢へと戻される。腕の怪我には止血が施されたが、それも血を失って死ぬのを留める処置に過ぎない。肉を深く抉った腕からは鈍い痺れが走り道志郎の精神を苛み続ける。
ふと隣の牢から。
「随分なやられようだな。ここへ来る連中にしては随分若いが、お前は何をやったんだ」
低い男の声だ。
「残念だがここへ来た以上はもう助からぬ。名は、何と言う」
「道志郎。俺は知っている、義貞が将・華西虎山は九尾の手下だ。奴を、奴を倒さなければ‥‥」
暫し沈黙。やがて。
「道志郎といったな、いま日ノ本はどうなっている。九尾の、白面の脅威は‥‥退けられたのか‥?」
再び沈黙。重苦しい沈黙。
その意味を悟り、声の主は深く長い溜息をついた。
「望みは絶たれたか。時は既に遅かった‥‥この日ノ本の滅びはもはや避けようもないのか‥」
音の声は掠れ、最後の言葉は殆ど消え入りそうだった。
「‥希望は‥ないのか‥‥」
その時だ。
石床を行く獄吏の足音。それは道志郎の前を通り過ぎ、男の牢の前で止まった。
「おい、出ろ。今夜もお待ちかねのお遊戯の時間だぜ」
「俺達がたっぷり可愛がってやるっからよ」
重い鍵が開く音。やがて両脇を抱えて引き摺られながら、ぼろきれのように擦り切れた男が目の前を通り過ぎていく。不意に男が道志郎を振り返った。交錯。視線が絡み合い、道志郎の口を突いて出る言葉がある。
「希望は、ある」
「てめぇは黙ってろ!」
「たとえ俺がここで死んでも、後を託せる仲間がいる。だからあなたも‥‥名は、あなたの名前は!」
「‥‥語る名などない。強いていうなら、隠(なばり)、と」
その時には男は引き摺られて道志郎の視界からは消えていた。やがて連中が牢を後にし、再び辺りに静けさが帳を下ろす。
(「‥隠‥‥忘れないぞ、俺が心に刻み込んでやる‥希望は、必ずある‥!」)
冒険者が上野を離れている間に情勢は再び大きく動いた。
連合に与する者に冒険者がいるという報せを以前から新田は掴んでいた。これまでの所それを黙認していた新田であったが、冒険者嫌いの篠塚伊賀守が金山城へ呼び戻されたことで状況は一変する。つい先日、外部から凄腕の刺客が呼び寄せられ、太田では大規模な不穏分子狩りが行われた。新田領への流れ者の行き来は厳しく制限され、とくに冒険者は領内への立ち入りを禁じられた。
道志郎側の冒険者にとっては連合との共闘関係が出来ていたのが不幸中の幸いとなった。由良の指示で山道や間道、獣道を伝った密国の道筋が確保され、由良郎党の早馬などを利用して往復四日で連合の村へ辿り付く目処がついた。
まずは道志郎の救出が最重要目的。だが連合の助力を得る見返りとして、こちらも彼等に金山攻めの協力をせねばならない。万一、今回で道志郎の救出が成らなければ残された道は金山城を落としての奪還しかない。救出作戦と並行し、連合と交渉を持って軍編成などの会議に出る者とでまたしても二正面作戦となるだろう。
連合の主な戦力はおおよそで百姓四十名、侠客四十名、由良郎党十数名、僧侶数名、元野盗二十名といった所だ。対する新田勢は、華西が兵百、篠塚が精鋭兵百。更に墨党残党二十に、墨党忍びと妖華堂配下の妖術使いも城へ残るだろう。
金、兵、権力。様々な思惑が絡み合う。連合も一枚岩ではないという。うかうかして取り込まれてしまえば後はない。その言葉の一つひとつが道志郎の命運を握っている。これはそんな過酷な交渉だ。
「道志郎殿救出の決行日は、明晩としましょう」
由良の情報で、金山城へ通じる椿水道という秘密の抜け道の存在が分かっている。月の池と呼ばれる大井戸へ通じる水路だ。これを抜けるには無呼吸で動ける体力か、またはそれをカバーできる潜入技術が必要だ。隠し通路の存在は城の者も上層部の一握りしか知らぬ話だそうだが、当然金山城を守護する篠塚伊賀守はその存在を知っている筈だ。一筋縄にはいかぬだろう。
「こちらは由良殿の郎党の忍びを遣わすということです」
由良の忍びは墨党忍びの装束を三つ入手している。これをどう使うかが一つの鍵になるだろう。由良の情報では牢があるのは本丸または三の丸の地下。敵方の忍びの目を掻い潜って短時間で事を終えねばならない。綿密な作戦を練り、最適な人数で事に当たらねばならぬだろう。
失敗は許されない。連合側との協力して最適な人選が望まれる。志願者は多いだろうが、道志郎の救出を第一義として感情は消さねばならぬ。イリス・ファングオールは居ても立ってもいられぬ気持ちでいる。
「‥‥私が行っても私では何も出来ませんよね。今は、神様に祈るくらいしか‥‥」
イリスが夜空を見上げる。そういえば、春に那須行の皆と川原で別れの杯を酌み交わしたことがあった。あのとき見上げたときも、こんな満点の星空だった。
(「どうか道志郎さんが無事でありますように。私が見つけた光を消さないで下さい‥‥」)
急がねば。
何もかも急がねばならない。
●リプレイ本文
旅立ちの朝。イリス・ファングオール(ea4889)は江戸にある道志郎の実家へ事次第の報告に寄っていた。上州で囚われの身となっていること。皆がついていながら止められなかったことを詫びる。
「でも、皆も居るしきっと絶対に何とかなるし‥して見せますから。‥‥もう行かないといけないですけど、どうか許して下さい」
ちょこんとお辞儀をすると踵を返す。兄がそれを呼び止めた。
「道志郎を、宜しくお願いします」
イリスはそれに精一杯の笑顔で返すと、そのまま今度は振り返らずに駆けて行った。
道志郎の下へ集う冒険者達はそれぞれに上州入りを果たす。太田宿へは陸潤信(ea1170)、そして不破斬(eb1568)が潜入する。
(「皆、道志郎を頼んだぞ‥‥俺は俺の役割を全うする。例え、実力が足りなくとも‥せめて何か」)
同じ頃、連合の村では李焔麗(ea0889)とカイ・ローン(ea3054)が先方との折衝に臨もうとしていた。特に焔麗は那須行の頃からの仲間。できることなら他の仲間達と共に救出作戦に臨みたかったことだろう。道志郎の命運の決まるその場には立ち会えないが、焔麗には同じ仲間として成すべきことがある。
(「大事なのは、信じる事。己を、仲間を、道を、そして、天運を」)
その自負を胸に焔麗は連合との会談に臨む。
「‥‥道志郎さん、どうかご無事で‥‥」
冒険者は反上州連合と共に精鋭の部隊を金山城へ送り込む。その夜、椿水道と呼ばれる隠し通路の入り口に一行は集っていた。
「道志郎様、今回こそ助けだして見せます。その為にもさくやを呼び出したのですから」
音無藤丸(ea7755)の横へ、すっ‥と音も立てずに小柄な影が並んだ。忍びの名は甲斐さくや。忍軍闇霞でも随一の忍び足の技を誇る潜入のエキスパート。
(「この城には隠さんが囚われていたという話にござるからな。もしまだ生きているのなら我々の手で‥‥」)
彼に同じく、この夜はかつて隠と呼ばれるシノビと一時の行動を共にした仲間達が集っていた。榊原信也、御守衆の風守嵐、そして忍びの一族である丙の家に生まれた丙荊姫。
闇が濃く輪郭を取ったかのように暗がりから忍び達が姿を現す。
「新田忍軍を相手に目指すは本丸‥‥中々の荒仕事ですね」
ふと荊姫が他の仲間達を振り返る。今回の任務は彼ら忍びの他に数名の仲間達が同行する。道志郎を下って集った者、連合からの命令で任務につく者。イリスが彼等に魔法の加護を施し見送る。一行は椿水道を通り、地下水源を目指す。
井戸と繋がる水源まで通路は長く狭い。息苦しいそこを抜けた先に突如として水面が光を返す。水遁の術を行使した荊姫と甲斐が先導し一行は潜入を開始する。一度水源の底を潜り、井戸から差す月の灯りを目指して暗い地下水路を潜って進む。一行の前に第一の障害として立ち塞がったのは、水温。この季節、上州の気温は深夜には零度近くまで落ち込む。氷点下まで落ちた水温下での移動は一行の体力を容赦なく削ぐ。身を切る痛みに耐えながら冒険者達はやがて井戸の縁まで泳いで上がる。
ブレスセンサーで外の状況を確認しようにも水は井戸の縁まで覆っているため不可能だ。おそらくこの水路も精霊魔法による操作で部分的に水を除きながら通るようにと考えられたものだったのだろう。この夜、月の池には薄く氷が張っていた。信也がそっと短刀の刃を滑らせると、切り取られた氷片はゆらゆらと井戸の底へと落ちていった。息が切れそうになるのを堪え、音を立てないようにそっと水面から顔を出す。周囲を窺うと人の気配はない。まず信也と藤丸が這い上がり、すぐさま近くの建物の影へと身を潜ませる。二人の手引きで仲間達も次々と城内へ侵入する。佐竹康利(ea6142)の懐からマリス・エストレリータ(ea7246)が顔を出した。
「危うく溺死するところでしたな」
そういってマリスが身を震わせた。体の小さなシフールのマリスにとっては水路の移動は余りに過酷だ。しかし彼女もまた重要な役割を持ってこの作戦に参加した仲間の一人。魔法で水路を抜けてきたグラス・ライン(ea2480)もやはり疲労が濃いが、弱音を吐いている間などない。グラスの提案で皮袋に用意した替えの服へ、一行は物陰で着替えを済ませる。脱いだ服は井戸へと捨てると一行は即座に次の手筈へと移る。
藤丸、嵐、荊姫の三人が本丸へ向かって侵入を開始する。彼等を見送ると、今度は別動部隊も行動を開始した。
「待ってろ、道志郎殿」
墨党忍びの装束に着替えた陸堂明士郎(eb0712)を始め、この任に当たるのはマリス、甲斐、信也の4人。入り口までの移動は忍び足に長けた甲斐が先導して周囲の警邏状況を確認する。門の前の見張りは春花の術で眠らせてやり過ごす。排除した敵兵を縛って物陰へ隠すと、振り返った甲斐が後続へ合図する。すぐさま信也がマリスを懐に入れて駆け出し、足音を殺して内部へと滑り込む。忍者刀を足場に梁の上へ飛び移ると、そのまま伝って奥深くへと進んでいく。後続の陸堂へはマリスがテレパシーで連携を取り、四人は三の丸地下へ向けて侵入する。
(「陸堂様、その調子で慎重にですな」)
(「心得ている。焦りは禁物だな」)
穏身の勾玉を握り締め、陸堂は平常心を保つよう心がける。ここまでは首尾よく進んだが敵の見回りが来ればそこから先は長くは持たないだろう。慎重に、かつ迅速に。二人の忍びの技術とマリスのサウンドワードを駆使して一行は地下へと足を進める。
先頭を行く甲斐がふと足を止めた。信也を振り返ると二人は頷き合う。角を曲がって突き当たった先に三の丸牢の入り口。そこに見張りの話し声。マリスの耳もその声を捉えている。数は二人。無風の屋内のため距離のあるここからでは春風の術は使えない。逡巡の後、信也が屋根伝いにそっと進み、その視界に見張りを捉えるとマリスが魔法の詠唱を始める。異変に見張りはすぐに気がついた。
「おい、向こうで人の声がしないか」
「よし。様子を見てくる」
そこで男が一人、意識を失ってその場で倒れこんだ。
「どうした、おい。しっかりしろ」
揺り起こすもう一人の足元へ小柄な影が落ちる。男がそれに気づいたのと甲斐の当身が放たれたのはほぼ同じであった。鋭い一撃を首根に見舞われて男は折り重なって倒れこんだ。
「他に人の声はありませんな」
マリスが耳を済ませるがこの階に見張りはもういないようだ。すぐさま信也が牢番の身包みを剥がし、追いついた陸堂が二人を縄で縛り上げる。信也が着衣から鍵を抜き取り入り口の錠を外す。甲斐が確かめた所、牢には罠の類は見当たらないようだ。4人はすぐに中へと踏み込んだ。
「‥‥外れでござるか」
牢に人の気配はない。道志郎が囚われているのはやはり本丸の牢だったようだ。
「隠殿の姿もないでござるな」
「‥或いは死んでるか、だな。だが殺られたという証拠もない。生きてるなら道志郎と同じくまだ囚われの身の筈だ‥‥」
ふと信也が口の端を緩めた。甲斐はその言葉の意味を悟り、力強く頷く。
「ならば安心にござるな。藤丸さん、風守さん、丙さん、彼等なら心配無用でござる。希望は、必ずあるでござるよ」
同時刻、本丸地下牢。
(「影はやはり影‥誰にも覚られずに掻き消えて行くもの。許されるならせめて一筋の光りを‥‥」)
由良の情報を頼りに荊姫ら三人の忍びは遂に牢内へ潜入を果たしていた。ひたすらに影に徹し、梁伝いに見張りをやり過ごし、鍵を破る。本丸牢の奥の一つに道志郎は囚われていた。
「‥道志郎、無事のようだな」
「嵐、また助けられたな。かたじけない」
「話は後だ。陸堂から言伝だ。アズサとの式を見届ける約束は必ず生きて果たしてほしい。確かに伝えたぞ」
「アズサ‥‥?‥てっきりアゲハと祝言をあげるんだと思っていたが。陸堂さんも意外と女癖が悪いんだな」
その名を知っているということは道志郎本人に違いない。見守っていた藤丸が胸を撫で下ろす。
「偽物ではないようですね。道志郎さん、薬です。それを飲んだらすぐに脱出しますよ」
「それより藤丸さん、頼みがある。隣の房に囚われている男も一緒に助けて欲しい。獄吏に別の部屋へ連れて行かれている筈だ」
「名は?」
「隠」
その名を耳にして荊姫の全身が粟立つ。三人は即座に頷き合った。
(「隠殿、やはり生きて‥‥」)
「いずれにせよ、隠殿の情報は道志郎殿の存在と同じく我々にとって重要なもの。我が身に代えてもお助けせねばなりません」
荊姫にとっては彼女なりの忠義立て。その気持ちは残りの二人も同じだ。道志郎を房から救い出すと、彼の手引きで別室を目指す。
「ここですね」
扉の向こうで人の話声と低い呻きが洩れている。
藤丸が扉を蹴り開けると同時に嵐が中へ踏み込む。牢番は二人。一人へ嵐が当身を食らわせる。
「く、曲者――!」
その言葉半ばで、嵐の影から飛んだ手裏剣が男の喉を裂いた。荊姫が手裏剣を抜き取り、藤丸が隠を抱え起こした。
「お前達は‥‥どうしてここが」
「我々の腕を認めたのは他ならぬ隠様ではなかったですか。安心して下さい。助けにあがりました」
囚われの身だった数ヶ月で体は酷く痛めつけられていた。荊姫が薬を飲ませるが隠は脚を悪くしているようで思うように動けない。
「俺のことは置いていけ。どのみちこの体では足手纏いだ」
一行も水路での疲労が大きく、隠まで抱えて逃げるのは不可能だ。聞き出せるだけの情報を得ると、忍び達は止むえを得ず苦渋の決断を取る。牢番と道志郎の着衣を交換した後に猿轡をし、牢の隅へ転がして偽装する。
「隠様、数日後には我々は金山を攻めます。必ずやその時にお救いにあがります」
「それよりも、頼んだぞ。お前達で何としても九尾の陰謀を‥」
「‥‥私達が貴方の希望に成りましょう。拙いお約束ですが、今はせめて」
固い約束を交わし、忍び達は隠と暫しの別れを告げる。
一行の前に立ち塞がる第二の障害は道志郎の体力。碌な食事も手当ても与えられず、冷たく不潔な地下牢に繋がれた半月余り。道志郎の体力は大きく低下している。彼を連れての隠密行動は不可能だ。4人が敵に見つかるのにさして時間は掛からなかった。
外への出口はすぐそこ。しかし敵方の忍びらが逃がすまいと出口を固める。荊姫が手堤から縄ひょうを取り出して構えた。嵐も短刀を構え、藤丸が道志郎を背負う。
「この期に狩りに来るのは分かりきったことですからね」
藤丸が印を結ぶと彼の姿が二つに重なりやがて分かれた。分身が敵の注意を引いたその刹那。藤丸が傍の樽を蹴り飛ばした。それが合図。嵐と荊姫が援護し、藤丸は一気に敵の隙間を縫って外へ駆け出した。
「曲者だ!」
城内は蜂の巣を突付いたような騒ぎとなった。藤丸が本丸から追っ手を引き連れて走っている。池の傍で待機していたグラスと康利はすぐにそれに反応した。
「佐竹さん、来たんよ。追っ手もたくさん引き連れてる!」
藤丸が月の池まで来ると康利が追っ手の前へ飛び出した。
「殿は俺が引き受ける! お前らは先に脱出しろ!」
持ち込んでいた日本刀を構えて睨みを効かす。同時にグラスも巻物を開いて魔法を行使し、辺りへ霧を発生させる。濃霧の中で水音が断続的に数回。藤丸やグラス、そして本丸・三の丸から逃げ来た仲間達が池へ飛び込んだ。濡れた着衣が重く張り付くが井戸を下る帰り道ではさして苦にならない。魔法で息を継いだグラスが口移しで道志郎に空気を与え、一行は地下水源を抜ける。地下道を駆け抜け、イリスの待つ水道の入り口へ。
「道志郎さん!」
水路の移動で道志郎の体温は氷のようだ。濡れた衣服をイリスが脱がして体を拭き、防寒服を着せて毛布で包む。ほんのりと温かいそれはイリスが体温で暖めておいたものだ。
支度が終わると藤丸が警告を発する。
「皆さん、急いで下さい。すぐにここへも敵の追っ手が――」
言い終わらぬうちにすぐ近くの小道で馬の嘶き。第三の障害は、水路の所要時間。そこを抜ける間に城から馬で先回りすればいとも容易く退路を絶たれてしまう。駆けつけた敵兵は周囲の木々へ散開して包囲の態を見せる。
陸堂が仲間達を庇うように進み出た。
「この場は任せろ。単純な斬り合いなら自分の出番だ。貴殿らは村までの護衛を頼む」
その背に守られながら一行は隠していた馬に飛び乗って村へと走る。
「よかったな道志郎さん。これでまたウチらといっぱい冒険できるな」
道志郎の移動には連合が馬で引かせた荷車を提供している。道志郎の手を取ってグラスが泣き笑いの顔になる。
「ホント、心配したんよ。無事でよかった」
「‥‥もう。寄り道しすぎですよ」
道志郎は歯を鳴らして震えていた。物も言えぬ状態の道志郎にイリスがそっと身を寄せる。笑顔で小さく一言。
「お帰りなさい」
囚われの身から半月。道志郎は生きて再びその笑顔の下へと帰ってきた。
殿に残った陸堂は手練の兵士5人を相手取って奮戦していた。如何な使い手とはいえ、短刀一つで複数を相手取ってはとても敵わない。水路で凍えた体は自分のものではないかのようだ。
ここが道志郎を、仲間を守る最後の砦。その責はこの身に替えても晴らさねばならぬ。濡れて重い着衣を脱ぎ捨てると冷たい空気が素肌を刺す。全身を上気させ、陸堂は痺れる腕で刀を振るう。剣撃を払うと、そこへ背中から陸堂の体を刃が貫いた。
(「これが‥俺の死に様か。‥‥‥悪くないぞ」)
振り返り様に背後へ一突き。敵の胸を抉ると死体を蹴倒す。切り刻まれて血を失いすぎた。視界が明滅を始める。僅かに残った体温も血と共に流れ出してしまうかのようだ。
(「道志郎殿、貴殿は自分達の道そのもの。何があっても生きろ」)
この命は道志郎と仲間を守る為に最期の灯火まで燃やし尽くしてやろう。冷えた躯となりながらも、陸堂は最期の時まで刀を振るうことを心に誓う。夢のために殉せるなら本望。悔いはない。
(「だが、願わくば生きてこの目にしてみたかったぞ。貴殿の進む道‥その、先にある‥‥」)
‥‥‥光を。
突如、陸堂の視界で灯りが揺れた。次いで彼の耳に届いたのは弓鳴りの音。
「いいわね、よく狙いを定めて。2列目、放て!」
現れたアイーダ・ノースフィールドの号令にあわせて弓兵隊が敵兵へ矢を射掛ける。暗がりに浮かぶ灯りは連合の兵達。
「ミネア達が助けに来たからもう大丈夫だよ♪」
ミネア・ウェルロッドと山下剣清ら数名の連合兵が敵兵を仕留めすぐさま陸堂を抱え起こす。
「長居は無用よ。撤退するわ」
彼等に連れられ、漸く陸堂も生還を果たした。道志郎奪還成功。この報せを受け、連合も遂に城攻め秒読み段階に入った。
長き因縁の虎との戦い。その火蓋は遂に切って落とされる。