●リプレイ本文
「ここの所いろんな事がありましたけど、綺麗な桜と美味しい料理で皆が元気になると良いですね! 復興は形も大事ですけど、何より皆さんの心持ちこそが大切ですから! 諺で言う『笑う門には福来る』です!」
今日は町内会の花見ということで、香月八雲(ea8432)達の他、いつもは常連客のサラン・ヘリオドール(eb2357)達も祭りのスタッフとして共に花見会の成功のために協力し合う。
「どなたにも楽しんで頂けるように、桜花祭を盛り上げましょうね」
今日のサランは桜をあしらった着物姿。クリステル・シャルダン(eb3862)とお揃いの衣装は山岡忠臣(ea9861)に見立ててもらった物だ。
「二人とも美人だからな、よく似合ってるぜ」
その山岡はペットコンテストの司会。楽士を務めるクリステルやギーヴ・リュース(eb0985)と協力して催しを盛り上げる予定だ。
「此方もお客側も楽しめる雰囲気の曲をこのギーヴ、精一杯奏でさせて頂く」
艶やかな笑みを浮かべてギーヴが竪琴を掲げてみせる。鷹見沢桐(eb1484)も皆へ続きながら、ふと立ち止まって思いを馳せた。桐が竹之屋の催しを通じて皆と知り合ったのは去年の夏のこと。それが今ではこうして竹之屋の一員として働いているのだから、縁というものは本当に不思議なものだと桐は思う。
(「今回の花見会でも、一つでも多くの出会いが生まれれば幸いだ」)
そよ風は桜の枝を揺らし、ひらひらと花びらが風に誘われる。気持ちのいい日差しが降り注いでいる。いよいよ、花見会の始まりだ。
「陽気が栄えてきたし、みんな張り切っていくでっ♪」
朱雲慧(ea7692)が腕まくりをし、日差しを受けて大きく伸びをする。
「店長、こっちも準備万端アル」
月陽姫(eb0240)の仕込みも完了だ。屋台の後ろに焼き竈の準備も終わり、食材の運び込みも済んだ。催しが成功すれば七日間で大きな客の入りが予想される。リゼの妹のサラ・ヴォルケイトス(eb0993)も手伝いに駆けつけている。
「姉さん、明日から予定入っちゃったからねー。いつもお世話になってるし、お手伝いに! 姉ともども、よろしくー」
店の常連で店員とも気安い仲のサラ。今日は姉妹でお揃いの明るい青の服に、刺繍入りの竹之屋エプロン姿。花見は制服コンペも兼ねており、今日は皆思い思いの格好で接客に当たる。
桐は竹をあしらった着物に、同じく竹を模した筒型の帽子。エプロンも竹の模様だ。遊び心をまじえながらも、黒と緑を基調にしたシックなコーディネートになっている。
「せっかくのコンペということで今日は少し冒険をしてみた。その‥‥‥変ではないだろうか」
客商売をしてだいぶ慣れたとはいえ、まだおめかしして人前に出るのは多少の気恥ずかしさが残る。不安そうな様子の桐へ八雲が明るい笑顔を向ける。
「とっても似合ってますよ! 和服もおしとやかでいいですね。私は西洋のお嬢様風ドレスにしてみました!」
フリルいっぱいの紅色のドレスは動き易いよう要所を絞って工夫がされている。裾を持ち上げてくるりと一回りすると、スカートが花弁のようにふわりと舞った。
「どうでしょう! 似合うでしょうか?」
ドレスと同じくらいに顔を赤らめながら八雲。視線を送られて朱も負けないくらい顔を赤くしている。
「似合っとるで、八雲はん。ぼんやないけど、竹之屋は美人揃いやさかいな。選ぶのも一苦労やろな」
一方のお千は。緑を基調に紫糸の袴と白のエプロンを合わせた格好だ。
「山岡さんに見立ててもらったんです」
「お千ちゃんも可愛らしい衣装ですよ! 赤のリボンも似合ってますよ」
思わずお千が頬を赤らめた。今日はお祭り、いつも以上におめかししてお客様をお出迎えだ。
そして開場の時刻。人形町に住む赤霧連(ea3619)は桜の香に誘われて神社を訪れていた。
「花より団子なお年頃ではありますが‥‥」
屋台から漂う食べ物の香りに引き寄せられそうになりつつも、ぐっと堪えて。桜の並木へ目をやると、ちらちらと白い花びらが舞い散り、はっと息を呑む美しさだ。
(「それでもやっぱり、見事に咲き誇る桜の花は幻想的で綺麗です。まるで違う世界に迷い込んだような‥‥」)
白い髪がそよ風に持ち上げられてはらいと顔へかかった。指先でそれを掬いながら、眼差しは切なく遠くを向く。
「何故か、心細くなるのはどうしてなのでしょうネ」
境内にはちらほらと人の姿。ふと傍らへ目を止めると、クリステルが桜の樹を見上げている。桜吹雪に見惚れた様子の彼女へ連が話しかけた。
「何が見えるのですか?」
「あの‥‥この桜がとても綺麗なので‥‥」
頬に朱を差してクリステルが振り返った。赤い瞳に見つめられながら思わずぽつりと言葉がついて出る。
「大切な方と一緒にこの桜を見られたらもっと素敵だろうな、と思っていましたの」
はにかみながらクリステル。連がまんまるの笑顔で返す。
と、そこへ。一羽の鷹が枝葉を縫うようにしてクリステルの傍へ舞い降りた。サランの飼っているハルヒュイアだ。どうやらスタッフ間の連絡らしい。
「あ、いけませんわ。お仕事のお時間なので失礼しますわね。竹之屋さんもあちらで屋台を出されてますから、よろしければ」
「はいな☆ 後で伺いますネ」
徐々に人も入り始め竹之屋も少しずつ忙しくなり始めている。屋台は花びら型に切り出した板で飾りつけられている。板にはどうぶつの浮き彫りが施されて可愛らしい雰囲気。店先ではサラがリゼに仕事を叩き込まれながら慌しくしている。
「いらっしゃいませー!」
八雲にも負けないくらいの元気のいい呼び込みの声が明るく境内に響く。
「サラさん、元気がよくていいですね! その調子で元気に笑顔で頑張りましょう!」
「はい、挨拶だけは負けれませんからっ!」
そこへちょうどエスナ・ウォルターたち二人連れの客が、散歩紐で愛犬ラティを連れて通りがかった。
「お花見用の軽食に如何ですか? 今なら出来立てですよ!」
「えと‥お弁当は用意してきたのですが‥‥それなら、せっかくなのでお一つ‥」
屋根には桐が用意したお品書き。皿には沢山の具材が盛り付けられている。牡丹肉の燻製、茹で鳥、胡瓜に水菜、卵焼き。薄く削いだ大根をさらしたものに、端の見慣れない皿はゆで卵を自家製の「まよねーず」ソースで和えた物だ。
お端折りにエプロン姿の陽姫が、焼きたてのパンをまな板へ乗せる。
「自家製の麺包アル。生地もたくさん用意したアルから、いつでも焼きたてを楽しんで貰える筈アル」
器用に包丁を入れて三角形に切り出すと、用意していた具材を乗せて挟み込むと二人へ差し出した。
「江戸初登場の『さんどいっち』アルよ」
卯月の献立〜桜花絢爛お花見セット
麺包さんどうぃっち:
自家製バターたっぷりの焼きたてふっくら麺包(パン)で、お好みの具材をはさんでどうぞ。
7種類の贅沢な具材のほか、女性の方やお子様には4種類の甘露煮(ジャム)もご用意しました。
肉詰麺包
洋風の肉団子を照り焼きにして薄く焼き伸ばしたものを、麺包で挟み込みました。
薄焼きの玉子焼きとピリ辛山葵菜も一緒に。隠し味には粗塩で味を引き締めました。
「肉詰麺包は手軽に食べれてボリュームも満点! がっつりかぶりつくんが流儀やで」
朱の肉詰麺包は今でいうハンバーガーだ。竹皮で包んで持ち運びにも便利。
「わぁ‥‥美味しいです、これ」
「ジューシーな肉汁の旨みが口の中で広がりますね」
「鳥腿肉の煮凝りを刻んで混ぜとるんや」
(「海腹のおっさんに後で難癖つけらんのも癪やしな。どや、これなら文句あらへんやろ」)
ぽつぽつと足を止める人も増え始めた。アルフレッド・ラグナーソンも色とりどりの具材に目を留めて立ち止まる。
「こちらもお一つ頂きましょう」
「どれでもお好きなのをご自由に挟んでお召し上がり下さい」
「桜の淡い美しさはジャパン独特のものですね。花を愛で、酒と料理を楽しめる。この宴を江戸の人々と共にできることに感謝します」
包みを受け取ると彼は屋台を後にする。サラたちが揃って頭を下げた。
「ありがとうございましたー!」
「まだまだ宣伝が必要だな。サラ殿、振売りに出て客を集めよう」
「うん、せっかく美味しい料理なんだし、どんどんアピールしないとっ!」
「店長、セットを何人前か包んでは貰えぬだろうか。そうだな、お茶も一緒にサービスで持っていこう」
桐や皆の頑張りで、竹之屋の屋台は初日から好調の滑り出しを見せた。
そして翌日からは。
「ありがとうございました、またのお越しを☆」
竹之屋のごひいきさんである連も応援に駆けつけた。
「不器用ですが、頑張りますよ♪ お手伝いいたしましょう!(キラーン☆)」
朱の作る美味しい賄い飯に釣られた訳ではないが、人手不足と聞きお花見の間の臨時店員だ。家事はからっきしの連ではあるが、そこは明るい笑顔でカバー。注文聞きや簡単な盛り付けなどを
「いらっしゃいませ。お花見セットは如何ですか?」
「あら、張り切ってるわね。私もサンドイッチを頂こうかしら。具材が沢山あって目移りしちゃうわ」
サランやギーヴ達も店へ立ち寄った。
「竹之屋にいつもと違う感覚で訪れるのも新鮮な感じで良いな」
微笑を浮かべると、連の瞳を見詰めてありがとうと優しく返す。
「えへへ☆ お客様にそういって頂けると本当に嬉しいですよ」
宣伝のお陰か客足も途切れることがない。客を待たせぬように桐がてきぱきと動き、巧く店を回している。
「肉詰麺包を5つ、それから牡丹肉と梅の甘露煮さんどいっち、ご注文だ」
手渡された包みを見て桐が怪訝な顔をする。
「店長、注文より一つ多いようだが」
「これは鷹見沢はんの分や。疲れたやろ。赤霧はんと一緒に昼休憩してきいや」
朱は店員へ指示を出したり、適宜休憩を入れたりと気配りも欠かさない。
(「‥‥気配り? ワイはそんな事迄考えられる様になったんか」)
照れ臭そうに頬を掻くと朱は表情を緩めた。ひょんな縁で用心棒となって竹之屋に関わって直に一年。今では店長として厨房を守っているのだから人生とは不思議なものだ。
「さぁて! 最後まで気ぃ抜かんと頑張ろうや!」
こうして七日間はあっという間に過ぎた。最終日の夜。宴は遅くまで続き、誰もが華やいだ時の余韻に浸るように境内に残っている。桐や八雲たち給士の皆が後片付けやゴミ拾いに精を出していると、そこへ忠臣がふらりと顔を出した。
「お千ちゃん。良かったら夜桜でも見てみねーか?」
「え‥‥でも、後片付けが‥」
そのお千の肩をサランが押した。
「折角お花見に来ているのですもの、働いてばかりではなく息抜も必要よ。ここは私が代わりにやっておくから」
「す、すみません。それじゃあお言葉に甘えて‥‥」
強引に送り出すと今度は忠臣へ思わせぶりに目配せする。
『年長者としてアドバイスさせて貰うわね。今がチャンスよ』
その悪戯っぽい微笑に、忠臣が思わず背筋を正す。
会場の中央では、コンテストに使った舞台で人だかりが出来ている。舞台で竪琴をかき鳴らすのはギーヴだ。
「この世で一に艶やかでため息の出る幻想のひと時を魅せて差し上げよう。演題は、そうだな。桜舞う空の天女といった所か‥‥」
悪戯っぽく笑うと、桜の花びらを掻き分けてグリフォンに乗ったフィーネ・オレアリスが空から舞い降りた。スリットの大胆な赤いドレスに身を包み、胸元には真紅の薔薇。麗しの貴婦人は優雅な調べに誘われ、ダンスヒールを舞台へとつく。調べにのせ、後ろ足で立ったグリフォンと踊るのはワルツ。幻想的な光景に誰もが息を呑む様を眺めながらギーヴが笑みをもらす。
「桜に想いを馳せるのも今年は何度目か‥‥。しかしなべて世は事もなし、このような楽しみのある竹之屋もまた俺は更に好きになった」
忠臣達が落ち着ける場所を探して会場を歩いていると、隅の方に見慣れぬ少女の姿。よく見ると陽姫だ。いつもはお団子の髪をほどくと腰までの長さ。お端折りにしていた裾を戻すと、青のワンピースだ。絵物語のお姫様のような格好で、うつらうつらしながら桜の樹の傍にもたれている。
「陽姫ちゃん、七日間働きづめでしたもんね」
「しっかし、ああしてるとホントに子どもみたいなんだな。ギャップがあったんで驚いたぜ」
「風邪引くといけませんから、私、何か掛ける物を取ってきますね」
慌てて屋台へ戻るその後ろ姿を目に、忠臣が一人で小さく肩を竦めた。舞台上ではフィーネが金色の髪を解き、優雅に礼をしている。客席からも喝采があがり、随分と盛り上がっているようだ。屋台では片付けも終わり、これから引き上げようという時。
「皆おおきに、でもってご苦労はん!」
「そうです、打ち上げに夜桜を見に行きませんか?」
「昼間はゆっくりできなかった分、夜桜見物と洒落込むのも乙なものだな」
「じゃあ私はクリステルさん達をお呼びしてきますね!」
「あ、私も手伝いますっ」
こうして心地よい疲れと開放感を共有できるのは裏方ならではだ。お千も戻ってくると、朱が余り物の皿を会場の隅へと運んでささやかな打ち上げが始まった。
「へぇ〜、姉さんってお店ではいつもそんな感じなんだぁ」
「せや、二号店の建物もリゼ姐はんが大工の若衆引き連れて建てさせたんや」
「わ〜、さすが姉さん!」
酒も進み、話題にも花が咲く。静かに夜は更けて行った。月明かりに浮かぶ花びらも、昼の日差しの中で見るのと違った風情がある。うっとりとした顔で連が呟いた。
「全てを引き込んでしまいそうなその色はとても怖く妖艶ですネ」
「‥‥俺にとっちゃあ、お千ちゃんの方がずっと綺麗だけどな」
ぽつりと、忠臣。思わずお千が頬を赤くする。甘酒を口にしながら少しホロよい加減。
と、その時。
甘酒の上に花びら一つ、舞い降りた。サランが微笑みかける。
「舞い落ちる花びらに酔ってしまいそうね。花びらが地面に落ちる前に捕まえる事が出来れば、願い事が叶うというけれど‥‥本当にそうだと良いわね」
見上げると、はらはらと花びらが降り注ぐ。ふと連がおちょこを覗き込んだ。花びらの浮かんだ上には、一緒にお月様を侍らせて。ひとくち、ふたくち。まだ少し肌寒い春の夜に、甘酒がほっとあたたかい。
(「いい気分ですネ。明日も一つ、頑張りましょう」)
宴席では皆楽しそうに夜桜見物に興じている。サラが着物を脱ぎ出そうとして慌てて止められたりと随分と賑やかだ。やがて戌の刻も五つを過ぎて客もいなくなると、一行も茣蓙を畳んで会場を後にする。
最後に八雲が一面の桜を振り返った。
「桜の木にも挨拶です! また来年もよろしくお願いしますね! 孫子もこう仰いました! 『季節は巡り、また春が来る』と!」
皆で揃って桜の樹へ頭を下げ、顔を見合わせ笑い合う。不意に夜風が吹き抜け、桜の枝を揺らした。花びらが舞い仕切る中、そうして一行は境内を後にした。