竹之屋敏腕繁盛記♪  皐月の献立

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:1〜5lv

難易度:易しい

成功報酬:1 G 8 C

参加人数:10人

サポート参加人数:3人

冒険期間:06月06日〜06月11日

リプレイ公開日:2006年06月15日

●オープニング

竹之屋敏腕繁盛記♪  皐月の献立
  [題字:鷹見沢桐]


 江戸の下町に軒を構える小さな居酒屋、竹之屋。その2号店が軒を構えるのは冒険者街の人形町。庶民の味をモットーに昼はお食事処、夜は居酒屋として街の人々に親しまれている。慌しい一年が過ぎて、春の訪れとともに竹之屋にも新しい出会いが舞い込んだ。暖簾をくぐると今日もそこには笑顔が絶えない。
 さて、そんな竹之屋で今日起こります事件とは‥‥。


 近頃では日増しに日差しも温かくなり、初夏の陽気。花見会を終えた竹之屋は相も変わらず商売に精を出している。店内には愛嬌のある埴輪の像や、先日の花見会の様が描かれた絵が飾られ、何だか少し賑やかな様子。陽気に誘われて町も、人も浮き立っている。
 さて、店の裏手では。なにやら店員が二人、ひそひそ話の最中だ。
「ええと、その、ちょっとお話したいことが‥」
「なに、あたしに相談?」
「その‥‥色々とあったので」
 珍しく歯切れの悪い様子。真っ赤にした顔を見て察したのか、一方の女が微笑んだ。
「そういうことか。大丈夫。ま、お姉さんに任せときな」
「ん? 何を任せるってんだい?」
 そこへひょいと顔を覗かせたのは、本店店長のやっさんだ。慌てて振り向いた二人へ、やっさんは怪訝な表情。
「ん? どしたい、二人してこそこそしてよぅ?」
「い。いえっ! ななな何でもありませんよ!」
「‥‥‥なーに慌ててんだ?」
「それよりも、なんで今日は‥‥」
「本店は休みでな。向こうも暫く忙しかったんで休みを取ったんだ。で、せっかくの機会だってんでこっちの様子を見に来たってワケよ」
 と、そこへお千も顔を出した。
「お、お久しぶりです」
「いよう、お千ちゃん。元気にやってっか? 今日は客としてゆっくりさせてもらうよ。んで、俺も新しい常連さんにもご挨拶しとかねーとな。店の皆の顔も久しぶりに見ときてぇ。それにあのドラ息子。まーだウチの子たちにちょっかい出してやがんのか? ウチの可愛い看板娘たちに手ぇ出す奴はこの俺がとっちめてやる」
 といってやっさんが皆を振り返ると、給士の一人がぎくりと身を竦めた。
(「あわわ‥‥そ、そうでした。ど、どうしましょう‥‥?」)

●今回の参加者

 ea2175 リーゼ・ヴォルケイトス(38歳・♀・ナイト・人間・ノルマン王国)
 ea7692 朱 雲慧(32歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8432 香月 八雲(31歳・♀・僧兵・人間・ジャパン)
 ea9861 山岡 忠臣(30歳・♂・志士・人間・ジャパン)
 eb0240 月 陽姫(26歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 eb1484 鷹見沢 桐(28歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 eb2205 メアリ・テューダー(31歳・♀・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2357 サラン・ヘリオドール(33歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3862 クリステル・シャルダン(21歳・♀・クレリック・エルフ・イギリス王国)
 eb4803 シェリル・オレアリス(53歳・♀・僧侶・エルフ・インドゥーラ国)

●サポート参加者

ロニー・ステュアート(eb1533)/ 紅谷 浅葱(eb3878)/ レオーネ・オレアリス(eb4668

●リプレイ本文

「制服がすげー似合うぜお千ちゃん!」
 竹之屋の新しい制服が届くと聞いて山岡忠臣(ea9861)は開店前から駆けつけていた。竹をあしらった緑のブラウスに、紫の袴。その上からロゴ入りエプロンをかけて、髪には赤のリボン、足は革靴。香月八雲(ea8432)達が着替えて店内に顔を見せると、その様子を厨房から窺っていた朱雲慧(ea7692)が思わず見惚れて手元を狂わせた。
「‥‥あかんあかん」
 血の滲んだ指先を押さえて苦笑交じりに呟くと、脇目に見ていた月陽姫(eb0240)がクスリを笑みを零した。陽姫は厨房に入るため客に見せることはないが、それでも真新しい服に袖を通すと気持ちも弾んでくる。
「やっぱり新しい服はいいアルね」
「みな、よく似合っているようだな」
 鷹見沢桐(eb1484)も着替えを終えたようだが、足を包む込むような西洋の革靴は履き慣れぬのか、履き心地の違いにまだ戸惑っている。何度も靴の裏を見たりと落ち着かない様子だ。ふと、忠臣が笑いかける。
「桐ちゃんも似合ってるぜ。でもやっぱお千ちゃんがダントツだな!」
 リボンはコンペで忠臣がお千へ個人的に選んだものだ。
「つー事で、今日の注文はお千ちゃん、キミさ」
 いつもの席に腰掛けながら歯の浮く台詞。だが、お千ももう慣れたものだ。
「はい。すぐにいつものメニューお持ちしますね」
「‥‥ちっとは本気にしてくれよぅ」
 机へぺたんと突っ伏して拗ねて見せると、傍で見ていた桐が思わず小さく噴出した。それで緊張が解れたのか桐は少しだけ表情を緩ませた。
「普段着慣れないものを着るのは、やはり気持ちが引き締まるものだな」
 今は真新しいこの服も、これから仕事を共にしながら慣れていくことだろう。さて、今日の仕事だが。
 軒先に小さなテントが出来上がっている。店の裏手からクリステル・シャルダン(eb3862)が色とりどりの布でできたお守りの入った籠を抱えて顔を出した。
「露天の準備は済みましたわ」
 不意にテントの黒い布が開いた。現れたのは深い黒のローブに身を包んだ女性の姿。薄絹で隠れた顔はサラン・ヘリオドール(eb2357)だ。
「まさかこんなに盛大になるなんて思ってもいなかったわ。こんなにどきどきするのは久しぶりよ」
 緊張した面持ちで皆の顔色を窺うと、見惚れていた忠臣が思い出したように漸く口を開いた。
「いやー、似合ってるぜサランちゃん。そういう格好も色っぽくていいよな」
 竹之屋の次の催しに恋占いはどうかとサランが桐や朱へ持ちかけたのが先日のこと。
(「何かあればすぐにイベントや接客に役立てようと考えてしまうあたり、私もすっかり店員の思考になったものだな」)
 軒先には恋占いと桐の書いた貼紙が飾られ、これを目玉に店先のテラスでイベントを行う。洋風の衣装や飾り付けは店員達では難しいためクリステルも手伝いに駆けつけた。
「飾りつけはこんな感じで宜しいかしら?」
 知人に頼んでアレンジして貰った花がテラスに飾り付けられてロマンチックな雰囲気を演出している。
 ふとリーゼ・ヴォルケイトス(ea2175)が呟いた。
「恋占い、ね。一応はやってもらおうかな?」
 竹之屋の皆のお姉さん役のリゼはいつもは恋の相談役に回ることが多いが、彼女は彼女でそれなりに苦労しているようだ。
(「恋人になるでもなく待ち続けて二年。この関係もどうなるんだろうね‥‥京都の件片付いたら必ず返事するって言ってたけど、あれ根が深そうだし‥‥」)
「これだけ待ったんだからこれ以上も余り変わらないんだけど」
「なんだい、リゼ姉さんも悩み事かい?」
 意地悪い声でやっさんが言うとリゼが溜息をついた
「ま、私も伊達に年とっちゃいないからね。長いこと生きてるといろいろあるの」
「流石だねえ姐さん。確かに浮いた話の一つや二つはあってもおかしくねえな。何せウチの子達は八雲ちゃんも皆も美人揃いだからな」
 その声を聞いて八雲が思わず身を竦めた。
(「はうー! おやっさんの事をすっかり忘れてました! これが諺でいう好事魔多し‥‥違いますね」)
「ま、ウチの子らに引っ付くような悪い虫がいやあがったら俺がとっちめてやるけどな!」
「やっさんの世話好きなところ嫌いじゃないアルよ」
 と、苦笑交じりに陽姫。
「あたしもやっさんの勧誘がなければここにいないと思うしネ。あたしはともかくホールのみんなは綺麗どころだから、やっさんが心配なのも判るヨ。でも惚れたはれたは当人の問題だから、まずは当の本人の気持ち次第アル」
「‥‥そういや陽姫ちゃんとは松之屋んとこが縁だったな。ま、人の縁ってなあ不思議なもんだよなあ」
 それと、とやっさん。
「陽姫ちゃんも十分綺麗だぜ。ま、まだちっとばっか子どもっぽいけどな。あと五年もすりゃあとびきりの美人にならあ」
「ありがとうアル。やっさんは口もうまいアルな」


 恋占いイベントは夕涼みの立食会として行われた。日が落ちた頃になってぽつぽつと客が訪れる。
「あら、竹之屋さんでガーデンパーティーですか。京都では色々と慌しかったことですし、のんびり過ごすのも悪くありませんね」
 小船町に住むメアリ・テューダー(eb2205)も噂を聞きつけて立ち寄っていた。
「折角ですので、お嫁さんができるかどうか占って頂きましょう」
「お嫁さん?」
 不思議そうなサランへ答える代わりに、メアリーは連れていた鷹のウィンザーと柴犬のヨークを示した。
「あら、賢そうな子達ね。ちょっと変わったリクエストだけど、やってみるわ」
 馴れた手つきでカードを混ぜる。メアリーがヨークの腕を取ってもう一混ぜすると、サランが指先をカードの背へ当てた。それが弧を描くとカードが扇状に広がる。そこから三枚を取り出して裏向きのまま配置する。
「過去を表す位置に来たカードは『節制』ね。これは他者との交流を象徴しているの。よい飼い主に巡り合え、現在は希望を意味する『星』のカードによって幸福な生活を送っているようね。そして未来。『恋人』が表すのは恋の予感。そう遠くない内によい出会いがあるかも知れないわ」
 そこまで言うと、サランは水晶玉を撫でながら今度はメアリーの瞳を覗き込んだ。
「それで、貴方のことについては何を占おうかしら?」
「え、私ですか? 私の恋愛運なんてどうでも良いです。強いていえば、異性との出会いより美味しいお酒との出会いが知りたいですね」
「あらあら。また風変わりなリクエストね。いいわ、やってみましょう」
 そうこうする内に徐々に催しは賑わいを見せ始める。小伝馬に住むシェリル・オレアリス(eb4803)も店を訪れている。
「楽しそうなイベントがあると聞いてきたけれど、随分賑わってるみたいね♪」
 ここの所冒険続きだったが、久々の骨休め。今日はゆっくりとした時間を楽しむつもりだ。
「なんでも可愛い冒険者さんたちがいっぱい働いてるんですってね。一度来てみたかったのよ」
 年下の美男子にエスコートされて暖簾を潜ると、八雲が二人を出迎えた。
「いらっしゃいませ、ようこそ竹之屋へ!」
「可愛らしい店員さんね。恋占いができると聞いてきたわ」
「占いの方は盛況で少し待つことになりそうですわ。それでも宜しければ整理券をお配りいたしますわ」
 クリステルが整理券を手渡し、表のテラスへ案内する。入れ替わりに桐が料理を運んで今日の献立を説明する。
「今日だけの特別メニューは如何だろうか。竹之屋の料理人が腕によりをかけて作った自信作だ」
 皐月の献立〜恋人達のセット

  野苺と八朔の寒天豆腐:
   苺の赤と八朔の白が目にも鮮やかな水菓子。口当たりのいい甘酸っぱさが後を引く。
   ぷるぷる震える食感は、先ごろ開発されたばかりの寒天という食材。

  ちぇりーたると
   自家製バターを使った生地とカスタードフィリングで焼き上げた洋風焼き菓子。
   たっぷり使った旬のサクランボがちょっぴり甘酸っぱい。

「この間使った焼き窯で洋風に作ってみるアル。サクランボは恋の味とか言うアル。これを食べてもっと仲良くなってくれると良いアルね」
 厨房から陽姫が笑いかける。今日は催しにカップルを呼ぶために、珍しいお菓子を用意している。朱の用意した寒天は先ごろ、甘味処「華誉」という店が開発した新しい食材だ。まだ値が張る上に滅多に手に入らない珍しい品だが、今日の為に採算度外視で特別に江戸の商人から少量だけ買い付けることができたものだ。
「井戸水で冷やして固めたんや。白地に赤がなんや縁起がええやろ?」
 その他の料理は鉢盛りなどを幾皿か用意したバイキング形式だ。今日のセットは特別な二人へ用意した限定メニュー。皿も二人で一皿で、仲良く分けて食べるようになっている。
(「‥‥朱さんもこういう恋人っぽい事をやってみたいと思っているのでしょうか?」)
 こっそり朱を窺うと、ちょうど向こうも八雲の顔を窺っていた所だ。二人が顔を赤くして俯いた。その隣をメアリーが横切り、テラスの一つに腰を落ち着けた。
「一人身の私は場違いな感じで居心地が悪いですね。私には隅の席がちょうどいいです。それにしても、陽姫さんの焼き菓子は甘さも良い感じで美味しいですわね」
 甘味はそれほど得意でないが、サクランボの甘酸っぱさは後を引く。
「さて、私はカップルさんを肴に一杯やらせて頂きましょう。美味しそうなお酒も色々とあるようですし♪」
 店員達が慌しくしている中、クリステルは占いの客へお守りの販売をしている。
「ラッキーカラーや好みに合わせてどうぞ。勿論きちんと神に祈りを捧げて作った本物ですわよ」
「お千ちゃん! 俺たちも恋の相性占いだ! ま、バッチリってのは判ってるけどよ。やっぱ改めて確認しとくのも大事だぜ」
「ダメですよ‥‥! 今はお仕事中ですから‥‥」
「少しくらいなら私が代わりにやっておきますわ」
 クリステルが微笑みかけながらも半ば強引に背を落して二人を送り出した。傍で見ていたメアリーがクスリと笑みを零す。
「忠臣さんは煩悩にまみれきっているようですわね」
「お待ちどう様だ」
 酒を運んできた桐が若い二人のことを思って口許を緩めた。
(「これで少しでも良いほうへ進展すればいいのだが」)
 少しくらいはあの二人も触発されただろうか。いずれにせよ、二人には幸せになって欲しいと、心からそう思う。
(「余計なお世話かも知れないが、身近な者達の幸福を願うくらいなら許されるだろう」)


 こうして竹之屋の慌しい一日は終わった。シェリルも店を後にする所だ。余興で制服を借りて給士に挑戦したりと、めいいっぱい催しを楽しんだようだ。
「制服は少し胸がきつかったけれどね。‥‥そうだわ、竹之屋さんは新しくお店を出したりはされないのかしら?」
 上州金山の代官・松本清と親交のあるシェリルは、金山の街作りに携わっているという。ちょうど金山城の城下町に新しく江戸の老舗を誘致する話が持ち上がっているという。
「清クン大喜びだと思うし、癒しの空間が必要だと思うのよ♪」
「上野ですか、それはまた遠いですね‥」
「いいお返事を期待してるわ。それじゃ、また寄らせて貰うわね。足しげく通って、いつか竹之屋さんのメニューを制覇してみせるわよ♪」
 シェリルを見送ると漸く簾を外し、店仕舞い。これから片付けに入るテントでは朱と八雲がこっそり二人の相性を占って貰っている。
「新しい環境とそれに伴う困難ですか‥‥何だか大変そうです‥‥!」
「素敵なお二人ですもの、どんな困難も乗り越えていけるわね」
「おおきに。サランはんはどないなんや?」
「両想いも、片思いもどちらも素敵ね。恋する人はそれだけで素敵だわ。私の恋は‥‥そうね。夜に空を見上げると相手が分かるかも知れないわね」
 にっこりと笑ってサラン。今宵の月は俯き加減の三日月。カードの暗示は『不安定』。満ち欠けする月の表情のように、不安や孤独が憧憬や思慕の中で揺れて交錯する、先行きの朧な相。サランの恋はまだ前途多難のようだ。
 さて、内では。
「『たると』はみんなの分も別に作っておいたアル。お土産にして気になる人と一緒に食べて欲しいアルね」
 催しの成功を祝って、陽姫が作った賄で揃って遅い夕食を取っている。クリステルや忠臣もその輪に加わっている。軒先では最近朱の傍に住み着いたという猫が賄いの残りの皿を舐めている。
「大成功でしたわね。そうですわ、次は『お見合いパーティー』なんてどうかしら?」
「そういや、そろそろ夏の催しも考えねーとな。大川で水浴びなんてどうだ?」
 今夜もまた遅くまで語らいは続いた。店員達も皆家族のように仲睦まじく、二号店の先行きはとても明るくいつまでもこの時が続くように見えた。
 その夜。
「いらっしゃい。ま、遠慮しないで入りなよ」
 八雲は仕事終わりにリゼの家を訪ねていた。八雲が切り出した。
「男の人に『一緒になろう』って言われた時、どう答えれば良いか、なのですけど」
「なるほどね。まずは自分の気持ちに正直になることかな。八雲は彼のこと想うとなんとなく暖かい気持ちになったりする?」
「はい!‥‥でも、面と向かって返事をしようと思っても、変に緊張して言い出せないのです! シフール便も考えたのですけど、送れないままずるずると今日まで‥‥」
 顔を真っ赤にしながら俯く八雲。
「言われてから随分経っているから、もう忘れられたり心変わりされてるかも‥‥どど、どうすれば良いのでしょう!」
 再び顔を起こすと八雲は少し涙目になっている。リゼがその頭をぽんぽんと優しく叩いた。
「八雲がそう願うなら、私は答えてみるのもいいと思うよ」
 不安げに見詰める八雲へリゼが微笑み返した。
「彼の気持ちも本物なら、ちゃんと待っててくれるって。一目惚れとかもあるけれど、愛って育むものだと思うから。色々と相手の事を知って、そして自分のことも教えて。そうやって育っていった気持ちは、そう簡単に枯れたりしないよ。だから八雲の気持ちのままに、ゆっくり進んでいけばいいんじゃないかな」
 さて、同じ頃。
 竹之屋本店では珍しくやっさんと朱が差しで呑んでいた。
「八雲ちゃんのこったろ?」
 唐突にやっさんが切り出し、朱が真剣な表情になる。
「ワイは‥‥好いとるねん」
 ぽつりと言った言葉が堰を切ったように、朱が語り出す。
「もとから一端の腕を認められれば、けじめつける為に打ち明けるつもりやったんやけどな。って、まだ付き合うとかそんな段階じゃあらへんけどな」
 慌てて笑いながら誤魔化そうとするが、やっさんが切り返した。
「で、どうすんだい?」
 一瞬たじろいた朱の目を見据えてやっさんはこう続けた。
「朱やんも男なら、このまま雇われ店長のまま終わる訳にもいかねぇだろ」
 決める時は一人前の男として決めな。そう言ってやっさんは盃の残りを一気に煽った。朱が竹之屋の厨房に入って一年余り。もうじき夏を前にして、竹之屋を取り巻く環境は変化の時を迎えていた。

●ピンナップ

山岡 忠臣(ea9861


PC&NPCツインピンナップ
Illusted by 東端