【金山迷動】 悪鬼は骨に集れり  驕

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:フリーlv

難易度:普通

成功報酬:0 G 78 C

参加人数:10人

サポート参加人数:1人

冒険期間:07月20日〜07月25日

リプレイ公開日:2006年08月03日

●オープニング

「こないだは不甲斐なかったな」
 ヤクザ襲撃の仕事は小さなミスが積み重なって傷口を広げ、致命傷となった。
「下準備に使ったカネもこれでパーだ。その分はそのうちタダ働きでもして穴埋めしてもらうがな」
 そう前置きすると、依頼人は今回の仕事について語り出した。
「この間は派手にやっちまったことだし、武蔵国で動くのは少し控えたいとこだ。暫くは鳴りを潜めるぜ。そこでだ、お前らにはちょいとばかし眠っててもらおうか」
 上州の南部に金山という名の街がある。かつて上州の乱の叛主である新田義貞が治め、その支配に抵抗した上州の民と彼らを纏め上げた冒険者・松本清の手によって奪い返された街。今は清とその腹心の元新田四天王である由良滋具らの手によって急速に復興が行われている。
 この金山の街で、ひとときの時間を過ごしてほしい。
 上州は野盗やヤクザの多い土地柄だが、この金山までは江戸の侠客筋の手も及ばない。江戸のヤクザの手が引いてほとぼりが冷めるまで、この街で鳴りを潜めるのだ。
「短くても半年、長けりゃもっとだ。少ないが報酬も払う。無論、その間に新しく仕事がありゃあ江戸で依頼もかける。たまの休暇だと思えばいい」
 一部の者は、新田統治時代に領主公認で反抗分子狩りの仕事に手も染めている。面の割れている者は少々厄介かもしれないが、その場合は太田宿から山向こうの金井宿に身を潜めればいい。金井は国抜けした武蔵の民や華人入植者の住む町、もぐりこむならば都合がいい。
 ともかくも、この金山という土地で暫しの時間を過ごすのだ。目立たぬようにひっそりと時を過ごすも、生活の場を築いて土地に溶け込んだり、金山へ別に仕事を持っても良い。
「なに、楽な仕事だろ。ま、根っからの悪党のお前たちのことだからこんくらいで里心なんかついて『仕事』を辞めたいなんて言い出しゃしねえだろうから安心だがな」

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E:太田宿自警団、発足

 新地頭は経済発展の為に外部から華僑資本をこの金山へ誘致した。これから敷かれる予定の楽市楽座へ向け、行商人が金山へ立ち寄りやすいよう、領内の治安維持は急務。そのため、城は城下町の太田宿に町人からなる自警団を発足させた。

 自警団の詰め所は、街の中央部近くに位置する。もとは宿屋だったのを城が買い上げたものだ。ここを本部に、隊員が太田宿内を定時巡回し治安に目を光らせるのだ。現在は二十数名の団員が名乗りをあげているが、将来的には50名ほどの組織にする見通しである。
「金山自警団は団員を募集中だ。この太田の街の治安を守るため、志ある者たちを広く此処に集める」
 城の執政である由良具滋の指導で創設されたが、来月にも彼の手を離れて町人たちで独自の運営を行うことに決まっている。また、発足したばかりで組織もロクに整っておらず、団長すらまだ決まっていない状態だ。
 現在の団員は半数が街の若者たち。そして残りはチンビラ崩れの連中。金山城と侠客筋の間で何らかの裏取引があったとも噂されているが‥‥。

 もう一つ、懸念事項がある。華人入植者の件だ。

 文化間の摩擦を防ぐことを名目に城が華人居住地区を山向こうのキヨシ村に限定したため、今やキヨシ村の人口は以前の半分ほども増加している。今や、キヨシ村の人口は小さな街ほどに膨らもうかというほどだ。最低限、言葉の通じる者に限っての入植許可だった為まだこれといってトラブルはないが、太田宿の住民達はこのことを不安に思っているようだ。
 華人達が城から許されて独自の自警団を作り出したことで、太田宿の住人達は緊張を高めている。城は太田宿にも自警団を創設させたが、宿の住人の中には今回の件で地頭に不信感を抱く者も出始めているようだ。悪い流れに発展せねばいいが‥‥。


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F:悪鬼は骨に集れり

 太田の侠客筋の間でこんな噂が流れている。
「聞いたか。太巖(おおいわ)組の連中が妙な動きをしてやがるぜ」
「ああ、例の噂か。野盗狩りだぁ? なんでまた俺たちヤクザがそんな真似を?」
 太巖組とは、新田統治時代に当時反義貞の抵抗活動を始めた松本清と手を結んだ組だ。他の侠客組織が義貞による侠客弾圧に晒された中、早々に清と共に地下へ潜り、反義貞の抵抗活動に手を染めた。こうして清が城を取った今、それを後ろ盾に太田に勢力を伸ばしている組だ。
「それが、なんでまた野盗どもなんかを」
「分からん。が、他の組にも声を掛けて、近々野盗どもを根絶やしにしようっていう話だぜ」
 金山領内では大規模な賊狩りがあり、野盗は討伐を逃れて領外へと逃げ出した。そして、金山領へいたる道々で略奪を始めたのだ。野盗は金山領外へ本拠を移したため、地頭もお手上げだというのだ。
 しかし、シノギともナワバリとも関係のない野盗なぞに太田の侠客が関わるのも妙な話。
「ただでさえよ、キィキィうるせぇ華人どもが我が物顔で町を歩いてやがるってのに。このご時世にそんな金にもならんことなんざ。やってられるかよ」
「だがそうともいいきれねえらしい。噂じゃ野盗の本拠にゃあ奪った金がしこたま蓄えられてるっていうぜ。それに‥‥」
 今も太田に組を構える侠客組織の殆どは、新田統治時代に徹底的な弾圧を受けて勢力を弱めている。ここで最大勢力の太巖組に擦り寄るのも、一つの選択だ。太巖組は明日にでも若い連中を放って本拠探しに乗り出すらしい。
「で、どうする。お前さんトコの親分は野盗の本拠探しに動くンかい?」
「それが懸命なやり方だろうよ。だが、長いものに巻かれるだけってのも‥‥悔しいもンだよな」
 急速に発展を見る金山。そこには止めようのない歪みが早くも生まれようとしている。

●今回の参加者

 ea2389 ロックハート・トキワ(27歳・♂・レンジャー・人間・フランク王国)
 ea5388 彼岸 ころり(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0641 鳴神 破邪斗(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb1513 鷲落 大光(39歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 eb2413 聰 暁竜(40歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5421 猪神 乱雪(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レン・アルガイユ(ea1044

●リプレイ本文

 鬼退治を隠れ蓑に悪事を働いてきた冒険者達にとって、この金山は因縁の土地だ。鳴神破邪斗(eb0641)は金山の高台から苦い顔で街を見下ろしていた。
「‥‥また、この地を踏むことになるとはな」
 暫しの間鳴りを潜めるに、復興に湧くこの土地は確かに打ってつけではある。
「‥情報を得るにも、物事を思い通りに動かすにも‥‥それなりの地位は必要、か」
 まずは足がかりだ。何事か思案を巡らすと、やがて鳴神は街へと消えていった。
 新代官の敷いた楽市楽座の政策に惹かれたのか、街を訪れる者も心なしか増えて太田は賑わいを見せている。その街の中央よりやや南に位置する古宿屋が、城の主導で新設された太田宿自警団の本部である。
「聰と言う。自警団の詰め所は此処だろうか」
 聰暁竜(eb2413)が軒下を潜ると、既に二十数人の志願者が集まっている。元は宿の食堂だった所へ、皆思いおもいに時を待っている。正義感の強そうな者から、むしろ取り締まられる側にしか見えない連中まで。そんな中にロックハート・トキワ(ea2389)の姿を見止め、聰は僅かに眉を動かした。だが何事もなかったように傍の席へ腰を落ち着ける。
 ふと、誰かが呟いた。
「‥‥おいおい。なんか臭わねえか?」
「ああ、臭うぜ。こいつは酷ェ臭いだ。まったく華人臭くて敵わねぇぜ」
 誰かが口笛を吹き、クスクスと誰ともなく笑いが起きる。トキワはその様子を横目で窺っている。なるほど、金山の反華感情は随分と煽られているようだ。
(「‥‥ふむ、情勢はまだまだ安定していない、と」)
 流れ者として太田の外れのボロ屋街に住処を確保したトキワは、生活の基盤を得る為に自警団へ潜り込んでいる。今は厄介事はご免とばかりに、騒ぎへ背を向けた。
 聰が鋭く連中を横睨みにする。だが挑発は止まらない。
「おう華国野郎、入る自警団を間違えてんじゃねぇか?」
「―――――金山に生きる者が街を思う心に、郷里の別など何の意味があるか俺には分からんが」
 立ち上がると首だけで周囲を見回す。
「華僑とのトラブルの際に華国語や華人文化に長けた者は必要不可欠。出身や人種の別なき登用で自警団としての義も立たせることができる」
 ――第三に、と聰が続けた。
「純粋に戦力と捉えた場合、自分はその辺のチンピラよりも余程強い」
 一瞬にして場の空気が緊迫したものへ変わる。チンピラ風の一人が匕首を抜いた。
「前から手前ェら華人の血ィを見てやりたかったトコだ。どんな色してやがんのか俺が試して見せらぁ」
「‥‥クククッ‥」
 不意に喉の奥で押し殺した笑いがし、隅の席へ一斉に視線が集まる。
 腕組みして黙って座っていた風斬乱(ea7394)が涼しい目をして鼻で笑った。
「弱い奴ほどよく吼える」
「誰が弱いだとぉ‥?」
「売られた喧嘩は買う主義だ。なに、アンタらみたいな連中には躾が必要だからな」
「――そこまでです!」
 その時だ。奥の部屋から制止の声が飛んだ。
 現れたのは奇妙な三人組であった。妙齢の女侍、華人風の装束をしたパラの女。そしてジーザス教の僧服に身を包んだエルフ。
 先程場を一喝した女侍が毅然とした態度でこう告げる。
「倭人も華人も別はありません。我が自警団は地生えの人々を尊重するということを態度で示すだけです」
「おいおい『我が』だと? なんでぇ、いつからここはお前ぇらのモンになったってんだ」
「そうです、この自警団はまだ発足したばかりで団長も決まっていない筈だ!」
「それは私がご説明致しましょう」
 彼はアルフレッド・ラグナーソン。金山の城での政策会議に加わる為に冒険者ギルドから呼び寄せられた冒険者の一人だ。
「この度、遂に自警団の団長が決定しました。お迎えいたしましょう。さあ、新団長殿、ご挨拶を」
「新しく太田宿自警団の団長に就いた小道具(シャオ・ダオジュ)っす。この通り華人っすけど、その立場を活かして華僑との間を取り持てるように働いていきたいっす」
 寝耳に水の展開に宿はざわついた。不満の声が上がる前にアルフレッドが説明を済ます。
「ご存知の通り自警団は、組織の成熟までは執政の由良殿の指導下にあります。小さんはその由良殿の任命でこの役に就かれたのです」
「そういう訳です。よって、今日より自警団は小団長の下、一丸となって太田の治安の為に尽くします。私が補佐役に任じられた楠木礼子です」
 有無を言わさぬ調子で楠木は続けた。
「私が補佐を務めるからには徹底して団の運営を行います。団員への報酬は無給ですが、任務につく限りにおいては十分な量の食の支給を約束します。くわえて任務中に負傷した際の治療費の支給や、殉職の際には遺族への見舞金を出すことも約束しましょう。――異論のある者は?」
 上に立つものが有能であれば誰も文句はない。十分な報酬も魅力的だ。皆無言で承認の意を示す。その中でただ一人、乱が手を挙げた。
「結構なことだ、団長補佐殿? で、さっきの騒ぎの落とし前をそろそろつけさせて貰って構わぬかな?」
 乱はニヤリと楽しげな笑みを浮かべる。
「何、大切な仲間だ‥‥じゃれ合う程度にあしらうよ」
 刹那。鞘を佩いたままの刀がチンピラの喉を突き倒した。それと同時にチンピラが二人聰へ殴りかかるが、僅かに身をよじって聰はそれを躱わして見せる。聰の太刀の柄が男の鳩尾を、刀を持ったまま繰り出した裏拳が背後から押しかかったもう一人の鼻面へめり込む。
 乱に伸された男が椅子と机を転がして派手な音を立てた時には、既に決着はついていた。圧差。二人とも着衣の乱れすらない。聰を取り巻く空気が僅かに変わった。手練は心強い仲間だ。認められるにはつまり実力を示すことだ。
 頃合を見て楠木が告げる。
「団内での乱闘騒ぎは以後禁じます。いいですね?」
「さて難しい話は程ほどに、今日は団の結束を深める為に宴をご用意しました」
 アルフレッドが両手を打つと、厨房から豪華な料理と酒が運ばれてくる。魔法で腐敗を防いで江戸から運んだ新鮮な海の幸。この金山ではまず口に出来ない代物だ。
「こいつはありがてぇ」
「‥こ、これ全部食っちまっていいのか?」
「今宵は無礼講です。士気を大いに鼓舞し、任務へ邁進しましょう」
 侠客風の連中は勿論、普段このような豪奢な料理を口にする機会のない町人達もこれに飛びついた。ともあれ、自警団は無事に動き出したようだ。聰はその輪の中へ入り込みながら、小さく口許を歪ませて笑った。
(「‥‥金山での表の顔は確保できたか。フン。日の当たる世界もたまには悪くないな」)

 翌日から自警団はその活動を開始した。乱は数人の仲間と街を巡回している。
「人は強いね」
 知人からも復旧したこの街を見て来いと言われて来たが、上州の乱からこれだけ賑わいを取り戻した。
「アイツから聞く清と言う人物は‥‥なるほど人を引き付ける魅力があることだけは確かだね」
 楠木や聰の提案で組を作っての巡回が提案されたが、侠客連中からは統制に対して反発の声があがりまだチームワークが巧く取れているとは言い難い。ひとまず活動開始に際して楠木が地元の顔役や主だった侠客へ挨拶周りをし、更に団員を集め始めている。自らも活動資金に私財を投じ、これからいよいよ本格始動をしようかという状況だ。
 そんな太田の街にも暗い影が忍び寄る。金井宿とを隔てる八王子山に二人の男女の姿がある。
「して、どうする林」
 氷雨雹刃(ea7901)が、視線は太田の街から動かさぬまま傍らの女に話しかけた。夏の太陽がギラギラと地上を見下ろしている。男は涼しげな表情をしているが、光線の次第ではひどく冷酷な顔にも、非情で狡猾な表情にも見えた。
「駅伝制の話は聞いてるわよね、氷雨君。華僑に食い込んでみるというのは?」
 女の名は林潤花(eb1119)。かつて鬼哭という宿場町に禍を降らせ、多くの者の命を奪った魔女。林は今また、氷雨という協力者を得てこの金山の街へその手を伸ばそうとしていた。
 林が僅かに口許を歪めたのに気づいて氷雨が口を開いた。
「邪魔になるのは自警団と侠客どもという訳か」
 林の口許が満足そうに嗤う。氷雨の冷めた視線が鋭さを増す。
「消すのか。それとも、甚振るのが好みだったか」
 沈黙。
 不意に太陽へ雲が掛かり、二人の姿が影に隠れた。林は芝居がかった口ぶりでこう告げる。
「新しい狩場で素敵な遊びをしましょう。コマは人の命、得られるものは怒りと悲しみ、そして怨嗟」
 それが合図だったように、氷雨は冷たい笑みだけを残して木々の闇へと消えた。
 同じ頃。
 太田宿内にある太巖組を、一人の渡世人が訪ねていた。通りを行きかう人々より頭一つ抜けた長身の女。一際目を引くのは、金色に流れる髪と澄んだ蒼眼。彼女の体の半ばには異国の血が流れているのだ。
 猪神乱雪(eb5421)は街で一番伸しているという太巖の親分へ身を寄せている。
「ウチに草鞋を脱いだからには分かってるたあ思うが、早速だが頼みてぇことがある」
「野盗狩りね。面白そうだな、楽しませて貰おうかな」
 腰の物を掴んで見せると、乱雪は愛想良く微笑んだ。
(「でも、ただ使われるだけじゃ渡世はやってけないからね。まずは手柄を立てて、ゆくゆくは‥‥」)
 『依頼』を受けた悪鬼達は次々と太田入りしている。
 白九龍(eb1160)もそんな一人だ。
(「前回はとんだ有様だったな‥‥」)
 この街へやってくる経緯を思い出し、白は苦々しげに口許を歪めた。同じく彼岸ころり(ea5388)も街へやってきている。巡回する自警団を視界に映しながら彼岸は口許を引き上げて笑う。まるで新しいおもちゃを手にした子どものようだ。
「寝てろって言うからさぞかし退屈になるだろうと思ったら‥‥きゃは♪ なかなか楽しそーじゃん♪」
 それだけ言うと彼岸は山向こうの金井宿キヨシ村へと消えていった。
 同じ頃、金山からは一日ほど離れた武蔵国某所の宿場町。
 鬼哭と呼ばれるそこを、鷲落大光(eb1513)は訪ねていた。
「うまい話を持ってきた。張元はいるか?」
 鬼哭は的屋と博徒の牛耳る無法の町。暮れに起こった大抗争を経て、今は最大勢力となった的屋が街を支配している。
「いよう。久しぶりだな鷲落先生よぅ。そんなにうまい話ってンなら是非ご相伴に与りたいねぇ」
「上野の金山という町が駅伝を作るという話がある。よければ拙者が金山の代官に渡りをつけよう。鬼哭も潤うだろう」
 ただし、と鷲落。
「こちらからも少し条件を出させてもらう、この条件さえ呑んで貰えばうちは独占的にあんたらと契約するぜ」
 鬼哭に武装組織の類は作らない。金山へはいらぬ火種を持ち込まぬこと。
「構わねぇよ。鬼哭にゃもう余計な組織はいらねえ。飢狼のトキみてぇなごたごたは俺たちも願い下げだ」
「あの街は今では平和に見えるがその実一触即発の状態でねぇ、刃物一つちらつかせただけで大騒動になっちまうんだよ。呑んで貰えるなら何もいうことはないな」

 そうして数日が過ぎた。
 自警団の人数も少しずつ増え始め、活動の成果か街では特に諍いもなく平和な日々が訪れている。その太田の街を鷹見沢桐が足早に駆けて行く。彼女は金井宿に出来た大衆居酒屋・竹之屋の店員、宣伝もかねて挨拶周りに出向いている所だ。
 ふと通りから目をやると町外れの路地に人だかりが出来ている。
「何かあったのだろうか。‥‥む、油を売っている場合ではないか」
 太田の主だった仕入先は回り終えた。次は太田宿自警団にも寄っておこう。そう思って詰め所を訪ねると。何やら様子がおかしい。大勢の団員が集まり、物々しく張り詰めた空気だ。
 事件が起こったのだ。
 自警団に身を寄せていた鳴神は、逸早くその情報を掴み、団へ報せていた。
「‥‥厄介なことになったな」
 昨晩、任務を終えて帰途についた団員が何者かによって惨殺された。一晩の間に、犠牲者は3人。そのうち二人の首は、街の高札場に晒された。
 噂は瞬く間に宿中に広まり、入団希望者の足もピタリと途絶えた。すぐに城の兵士が捜査を開始したが、聞く所によると残された死体は見るに耐えない酷い有様だったそうだ。仲間を殺され、団員は殺気立っている。首の晒された現場には、血文字で『天誅!黒夜叉』とだけ書かれていたという。
「華人の奴らに決まってる、待ってろよ、敵は俺が――!」
「‥‥行ってどうする」
 激昂した団員をトキワが制した。
「今の所は犯人を特定する決め手は何もない、此処で揉めると後が厄介だ」
 紅に燃える左の瞳へ冷ややかな光を浮かべ、トキワは冷静な声音でこう続けた。
「‥‥不満は残るだろうが、文句なら地頭や領主に言ってくれ」
 自警団はあくまでもただの民生組織。捜査権も逮捕権も、勿論、刑罰の執行権もない。この事件もお上が解決するのを待つことしかできない。場は重苦しく暗いムードに包まれ、沈黙が部屋の支配者となる。
 それを破ったのは乱だった。
「実力が伴わない自警団など飾りだろう」
 自らの身も守れぬ者が民を守れる訳がない。強くなるしかない。でなければ自警団などただの飾りでしかないのだ。
 そこへ団長補佐の楠木がロングクラブを抱えてやってきた。
「報告は聞きました。早急に団の再組織化と戦力の向上を図ります」
 用意してきた得物を長机の上に置く。乱がそれを手に取った。
「いいだろう。俺ももてる技の全てを皆に伝えよう。ほら、どうした。もう怖気づいたのか?」
 試すような視線で仲間を見遣る。戸惑い、恐れ、迷い。団員たちの顔に浮かぶ思いは様々だ。漸く一人が棍棒を手に取ったのを見て、乱はニヤリと笑った。
「ただし、俺は厳しいぞ?」
 二階の団長室。
 団長の小はこの事件に頭を悩ませていた。一度、華僑とも話し合いを持とうと思っていた矢先の出来事だ。
「事件が華人の手によるものかは別として、華人の気持ちが分からない訳でもないっすけどね」
 ただでさえ小は華人。彼女が団長に就くことで、金井宿の華人達や、また太田宿内にも軋轢を生じさせかねない。もっとも、うまく立ち回れば両者の仲立ちの出来る立場でもある訳だが。
「ま、やれるだけのことはやろうっすかね」
 下では団員達が覚悟を決めたようだ。
 乱のような手練が剣の技や心構えを教え、楠木も集団先頭と隊列を徹底的に叩き込む。
「団の目的は名声ではなくこの地の平和と繁栄。雑音など無視し、敵対者には集団でかかりなさい」
 三人の殉職者の遺族へは多額の見舞金が支払われ、自警団は今や窮地へたされていた。だが同時に、仲間の死を契機に、寄せ集めの自警団には結束が生まれ始めようとしている。
「いいですか、もう二度と団員の犠牲者は出させません。あなたがた一人一人が、この太田を守る城と心得なさい」