●リプレイ本文
事を起こすにあたりクリス・ウェルロッド(ea5708)ら冒険者達は久方ぶりに一同に会していた。
「滑稽だね‥‥結末の分かっている暴挙など、ただの悲劇にしか成り得ないというのに」
江戸の某酒場の一室では浮世の鬼たちが集って悪謀を巡らせている。
鳴神破邪斗(eb0641)が唇を捲る。
「‥人助け、ねぇ? 『誰』にとっての人助けやら」
「‥‥気に喰わん。そのお節介な学者とか言う奴‥‥ひとつ嵌めてやるか?」
入り口で壁に背を預けていた氷雨雹刃(ea7901)が試すような口ぶりを仲間へ向ける。静かに酒を楽しんでいたアンドリュー・カールセン(ea5936)が涼しい顔で小さく頷いた。
「了解だ。歓迎を受けた以上任務は遂行する」
座を見回すと皆も同じ反応を返している。ロックハート・トキワ(ea2389)が両目を伏せて俯きがちに腕組みする。
「‥‥‥金貸しは好かん」
片眉をあげてトキワが深紅の瞳で鳴神を見た。
「が、村がどうなろうが俺の知る所でもない」
それを肯定と取ると鳴神は語り出した。
「村には40近くの数がいるというが、ああいう手合いは見かけよりもずっと結束は脆いもの。皆が皆、思いを共にしているとは限らん。しがらみもある」
「なるほど。‥‥鳴神、なかなかいい趣味をしているようだな」
早くも言わんとする所を察したのか、氷雨が喉の奥で笑った。
その様を横目に、黙って杯を傾けていた 白九龍(eb1160)が立ち上がった。
「俺はまだるっこしい遊びに付き合うつもりは無い‥‥」
勘定を残すと白は踵を返す。聰暁竜(eb2413)も無言でそれに続いて店を後にした。その背を彼岸ころり(ea5388)が肩をすくめて見送る。
「連れないなー。せっかく集まったんだし、ゆっくりしてけばいいのに。こんな話を肴に堂々と飲めることなんて滅多にないんだからさ‥‥きゃははは♪」
と、そこで高笑いを止めて彼岸は座を見回した。
「あ、それよりマリスさんは? さっきから姿が見えないけど‥‥」
「そういえば村人も助けられないかと息巻いていた様子だったが」
「あのバカ‥‥」
マリス・メア・シュタイン(eb0888)は集まりを抜け出し、一足先に村へと向かっていた。村人たちの暴挙を止めるという話だが、できれば彼らも助けてやりたい。
(「村の人たちは借金で首が回らなくなって食べるにも困る生活なんだよね。でもこんな生き地獄から解放してあげる為なら、いっそ‥‥」)
そこまで考えてマリスはかぶりを振った。いつの間に自分までそんな物騒な事を考えるようになったのか。珍しく血を見ずに済みそうな依頼。小さく握った拳にも力が篭る。
「私だって、何時までもひよっこじゃないんだから!」
「あら。それは頼もしいことね」
いつからいたのか旅姿の林潤花(eb1119)がマリスの横で微笑んでいる。
「お嬢ちゃん一人じゃ不安だわ。お姉さんが憑いていってあげる。人に言えぬ深い仲なんだし、楽しく逝きましょう」
端々に含みを持たせながら林が悪戯めいて笑う。マリスは露骨に迷惑そうな顔を覗かせたが、林は気にも留めず旅路を急ぐ。
件の村は噂通りの有様だ。林が手持ちの食料を子どもや病人に施すが、焼け石に水。その窮状を目の当たりにしたマリスは、まっすぐに学者の家へと向かっていた。
村人を守る為にギルドで依頼を受けた冒険者だとマリスは説明した。既に計画は漏れている。金貸しは用心棒を雇って村人を返り討ちにするつもりなのだとマリスは訴えかけた。
「どうか思いとどまって下さい。このままだと飢えを待つことなく犬死にするだけ、今回は何とか耐えてみてはもらえないですか?」
「‥‥俄かには信じられませんな。事は秘密裏に進めてきました。そもそも、依頼主は一体どなたか。高い金で冒険者を雇う金があれば、明日の糧を恵んで貰えればどんなに助かることか」
学者は突然のマリスの訪問に流石に訝ったが、様子を見に来ていた林が巧く誤魔化してみせる。
「ですが争い事は良くありませんわ。仏の道に反する行いです。たとえ襲撃に成功しても役人によって破滅が待っているでしょう」
「覚悟の上です。首謀者の死罪は免れぬでしょう。それで女子どもが守れるのなら。ご忠告だけは謹んでお受け致しましょう。それと、貴方がたには申し訳ないが‥‥」
事情を知ってしまった林達は村の寄合所に軟禁されることとなった。
「事が終わるまで、どうか堪えてください。明後日には必ずお放ししますから」
翌日になって、旅の冒険者という触れ込みで彼岸が村を訪れると、何やら村人たちが集まっている。
「何か随分ひなびた村だなぁ‥‥何かあったの?」
「はぁ、それが‥‥」
昨晩の内に、林達に続いてもう一人学者の家を訪れた者がいた。クリフォード・ハリスと名乗った男が、計画の中止を要求してきたというのだ。
『計画は残念ながら私達に漏れている。君達が辿る道は二つ。計画を断念するか、関係者全て、粛清されるか‥‥』
断念するなら首謀者の首で事を不問にする。そうハリスは告げた。スタンドプレーに出たクリスの仕業だ。無論、他に生きる道のない村人たちに呑める話ではない。
「計画に変更はありません、明日には金貸しと問屋の蔵を襲います」
「なるほどね、事情は分かったよ。じゃあ悪い高利貸しと米問屋を懲らしめるのに僕も協力しちゃおう!」
(「って、ホントは協力どころか打ち壊しを打ち壊す気満々だけどね♪」)
彼岸も行きがかり上で助太刀を申し出ると、いよいよ決行を翌日に控えて村人たちは解散した。その中で、ちょうど寄合所から出てきた若者の一人を引き止める男がいる。
「あの学者は実は金貸しと裏で通じている。村人を焚き付けているが、村の土地や女子どもを売り飛ばす腹だ」
「馬鹿な‥‥あの先生がそんなこと。第一、なんでお前にそんなことが分かる」
「簡単だ。俺もその手で奴等に喰い者にされたからよ。女房もガキも売り飛ばされて、今はこの様よ」
打ち壊しに出た男では返り討ちにされ、命辛々逃げ戻った時には村は略奪された後だった。変装した鳴神は言葉巧みに作り話に引き込み、頭を下げた。
「奴が顔を覚えてるかも知れねえ。表には出れん。俺に代わって奴の正体を暴いてくれ」
「‥‥分かった。で、どうすりゃいいんだ」
「簡単だ。それにゃあ先ずはな‥‥」
その夜、鳴神に言われて学者の家を見張っていた若者は怪しい光景を目撃する。人目を避けるように辺りを何度も振り返りながら、怪しい人影が裏手の松林へと消えたのだ。用心して後を尾けていくと、彼岸がいつの間にか若者に並んでついて来ている。
「ねえ、何やってんだろ‥‥人目を盗んでコソコソと」
人差し指を唇へ当てて静かにするよう促すと、二人はじっと耳を済ませた。暗がりの向こうからもう別の人影が現れて落ち合った。
「アイツは、金貸しのトコの小間使いだぜ」
「まさか‥‥学者さんが連中と繋がって‥‥?‥裏切る気じゃないのかな」
ここからでは遠くて何を話しているのかまでは分からない。連中は何か書状のような物をやり取りすると、やがて別れた。二人が潜む茂みを横切って村へ消えたその人影はやはりあの学者だ。
いや、違う。この薄明かりでは素人目には分からないが、それは氷雨の変装だ。
(「下準備は整った。連中が討ち入るような事があれば‥さぞや見物だろうて。さて、俺の仕事は学者の最期を見届けて幕としようか‥‥」)
事態は一変した。その夜の内に若者と彼岸が学者の家を暴いた所、仏壇の裏から金貸しの屋号の印が押された書状が幾通も見つかったのだ。
夜も開けきらぬうちに村人全員が寄合所へ集められ、村は大変な騒ぎになった。
「まさか金貸し連中とグルだったとは、先生よォ、あんたを信じてついてきたが、この書状は何なんだよ」
「知らん、まったく身に覚えがない。こんな物はでっち上げだ!」
「今までよくも騙くらかしてくれたなあ‥‥!」
「知らぬ。私は知らぬぞ」
「往生際が悪いぜ、先生よ」
進み出たのは変装した鳴神だ。
「証拠は出揃った、潔く認めるんだな。‥‥今回は俺の村をやった時のようにはいかなかったな」
「誰だ、お前など知らんぞ」
その弁解にも村人の視線は冷ややかだ。明朝の決行前に武器を手に殺気立った村人達はもう止められない。
「‥‥待て、落ち着きなさい。まずは話を――」
「あんただけは‥‥生かしちゃおかねえ」
手に銛や鎌を持った村人が襲い掛かると、学者は悲鳴をあげて逃げだした。血の気の多い連中がそれを追いかけていき、夜明けを待つ暗い森に悲鳴が響き渡る。他の多くの村人たちは裏切られた落胆と悲しみの只中へ取り残されてる。
その心の隙間へ爪を這わすように、林の言葉が失意の村人たちへ忍び寄る。
「悪いのはすべてこの末法の世。浮世の苦しみが凡夫の無力に終わるものならば、いっそ来世に救いを求められたなら‥‥」
村の裏手でトキワはその時を待っていた。村からは怒号が漏れている。いよいよだ。暗がりから忍び装束の影が起き上がり、再び闇に溶け込んでいく。
「必要な役割はそろっているようだな‥‥やれる事は少ないが‥面倒事が少ないのはいい事だ」
村人に追われて学者は裏手の松林までやってきた。待ち受けていたアンドリューが立ち塞がる。
「林の中で暫く隠れていろ」
「あ、あなたは‥‥」
怪訝な顔の学者。アンドリューが黙っていると勝手に察して彼は頭を下げた。
「ああ、私達を守るという依頼は本当に‥‥お願いします、彼らを」
「急げ。ここは俺が何とかする」
息を切らして学者は林へ逃げ込んだ。
その足が何かに蹴躓いたかと思うと、張り出した硬い木の枝が学者の足を打った。たまらず学者は片膝をつく。何とか片足を引きずって進もうとしたそこへ、今度はどこからか飛んで来た硬い木の枝が矢のように太ももを貫いた。
「‥ぅぐ‥‥」
危険を察した彼が引き返そうとした時にはもう遅かった。そこを狙い済ましたように、木陰から襲い掛かったのは、人の胴程はあろうかという太い倒木。それが振り子のようにして学者をなぎ倒した。華奢な体が派手に地面を転がる。ここは既にアンドリューの仕掛けた罠の森だ。
息も絶え絶えになりながらも、尚も学者が体を起こした。その体に長い影が落ちている。その様を見下ろしてトキワが冷たく告げた。
「‥‥救おうとした村人に追われた気分はどうだ?」
答えはなかった。それを待つ前に、振り下ろされた刃が学者の首を跳ねたのだ。生首が転がり、木陰に立っていた氷雨の爪先に当たって止まる。
「‥‥要らぬ親切大きなお世話とはよくも言ったものだ。馬鹿な奴め‥」
一瞥だけくれると、氷雨はそれを無造作に蹴り転がし、夜陰へ消えた。最後に現れたクリスが物言わぬ首を覗き込み、そっと問いかける。
「さて、悲劇という名の、劇。少しは楽しんで頂けたでしょうか?」
事は終わりを迎えようとしていた。
「‥‥どうやら向こうが上手くやってくれたようだな」
問屋のある隣町へ向かう小道には聰が白と共に待ち受けている。学者を見失った村人は激昂を抑えきれずこっちへやってきた。計画が漏れているなら夜明けを待つ前に問屋を襲おうとい腹だろう。
その数はたったの4人。白が進み出る。
「貴様等か? 金が返せぬからと打ち壊しを企てる輩は‥‥」
「何モンだ!」
「なぁに殺しはせん、ただ今回の行いを己が身体で悔いてもらうだけだ!」
そういうと白は両の腕を背中で組んだ。怪訝な顔の漁師たちへ一歩進み出ると、顎で漁師達を誘う。
「このガキィ!」
「腕の一、二本じゃ済まさねえぞ!」
数人が一斉に襲い掛かるが、刃はまるで自分から狙いを外したかのように全て白の体を逸れた。相変わらず恐るべき身のこなしだ。同門の技を極めたその体術には聰も舌を巻く。
(「だが、甘い」)
抜刀。白を押し退けて立ち塞がる。
一言も発さずとも、その妖刀からは禍々しい気がにじみ出ていた。気圧されて漁師たちが後退った。その呼吸を盗んで、太刀の一閃が一人の首を刎ねた。
得物の感触を確かめるように聰は無造作に刀を振るって血を払う。路傍の首に一瞥と投じると、聰の瞳が漁師達を鋭く射抜いた。
「――――――次」
この数なら逃がさない。
だが刀を振るおうとする聰を白が制する。無言の訴えに応えて聰が身を引いた。
「‥‥では此処で待たせてもらうとするか」
再び白が漁師たちへ向き直る。
またもや複数の得物が白を襲うが、掠りもしない。間隙を突いた白の蹴りが漁師の足をへし折った。
「力無き者は大人しく地べたを這え! それが嫌なら力をつける事だな‥‥」
その声は半ば自戒のようにも聞こえた。
白の脳裏に遠い記憶が過ぎり、横顔に濃く影が差す。その迫力に呑まれた村人達は一目散に逃げ出した。
全ては終わった。
鳴神は件の若者へ一言を残して人知れず村を後にする。
「‥‥これで、村人は一生お前の事を『特別な感情』で話してくれるさ」
村では残された女達が林に集められている。
「旦那さんが命を失わず罪人にならなくて幸いよ。でも本当にお金を稼ぐ方法はないのかしら。たとえ苦界に落ちても、家族が生き残るためなら‥‥分かるわよね?」
林の言わんとすることを察して女達が押し黙った。
「さあ、これは村が生き残るためなのよ‥‥」
(「ふふ、生かさず殺さずじっくりと骨の髄までじゃぶりつくさないとね。それが依頼人の意向に沿うでしょうしね」)
打ち壊しの企みは潰え、村は更に苦境にあえぐ結果を招いただけであった。女は身をひさぎ、食い扶持を減らす為に子どもは奉公に出された。件の学者は村人に追われて逃げ出したまま行方が知れなかったが、数日後に松林で変わり果てた姿で見つかった。なぜか身包みが剥がされていたことからも奉行所は怨恨だけでなく物盗りの線でも捜査を進めたが、犯人が挙がることは遂になかった。遺骸は村に葬られることを許されず、供養されることもなく林の中に人知れず埋められた。噂では、学者の遺体には薔薇が一輪、手向けられていたのだという。