●リプレイ本文
討伐隊の出発を明後日に控えた太田の街へは、自警団にも協力が要請され、団員の半数にあたる十名強が義勇兵として名乗りを挙げた。自警団詰所では戦を前にしてロックハート・トキワ(ea2389)と風斬乱(ea7394)が将棋盤を挟んで向かい合っている。
「あぁ、やっぱりこうなったか‥‥」
盤面に目を落としたままでトキワが眉を顰めた。乱が手駒を弄びながら肩を竦める。
「盤面は生モノ、相手が一局面に捉われるようなら詰むのは容易いよ。トキワもまだまだ甘いね」
「いや、そっちじゃなくて野盗討伐の方。‥‥戦術は棒銀くらいしか知らんな、ほら、味方を犠牲にするあれ」
「世間では野党討伐・戦の準備と忙しいみたいだね」
「‥‥こうして、皆で一緒に居るのも‥もしかすると最後かもな」
その言葉に、その場にいた団員が表情を暗くした。太田自警団は街の治安を守るには十分な訓練を積んでいるが、戦場でどうにかなるものではない。面倒事がまた増えたと乱は溜息混じりだ。
「幹部不在の中、団員の世話を押し付けられた俺も作戦に参加しないといけないね」
城では義勇兵を集めての閲兵式が、ヴラド・ツェペシュの下で行われていた。
義勇兵は総勢三十。訓練を積んだ自警団有志を除いて実力はけして高いとはいえない。彼らには槍と鎧を中心に武具が支給された。
一方で、それに遅れて討伐隊出発の後に、金井宿では白九龍(eb1160)らの手によって華人自警団の強化も進められていた。そしてその詰め所もある景大人の邸宅では、今日、訪問してきた由良との間でキヨシ城問題の再交渉が行われている。
華僑の代表として交渉の場に出たのは、華僑側のナンバー2である賈。大人自身は交渉の場には現れなかった。通訳を華僑側に用意するよう打診したのが非礼と取られたのだろう。サランの油断であった。
(「大人の好意に甘えすぎたようだわ。厳しい交渉になりそうね。気を引き締めていかないと」)
城は前回の交渉での落ち度を謝罪した上で、再契約を提示した。交渉は華国語で行われ、サランが通訳を行う。
「ですが由良殿。市帰還中の金井宿の観光収入なども含め、興行は黒字経営です。危うくなれば城の衛兵に代わって華人を起用することで人件費を抑えるまでです」
城は華僑集落を受け入れられるのは金山しかないと強気の交渉を見せたが、江戸を始め経済活動の活発な都市があれば彼ら華人はどこででも生きていけるし、これまでも事実そうして来た。
『しかし金山への投資額を回収せぬまま撤退されるのは大きな損益を生む。城の財政が危うのは貴殿もご存知であろう。財政が破綻すれば源徳の介入は免れぬ』
「執政ともあろう方が我々を脅迫する気ですか?」
賈の弁舌に隙は見られない。
「とはいえ、投資分を回収できないのは我々も痛手」
そこまでいって賈はコメカミを抑えた。
「どうされたのかしら? お顔が優れないわ」
「いえ、お気になさらずに。‥‥よいでしょう、今回の件は大人からも便宜を図るよう言いつかっております」
見返りは、と賈。
「来るキヨシ村祭での一等地を確保するわ」
「噂では上州の乱に向けて近々軍備を行うとか。そうなれば祭決行の確約は難しいのでは?」
その後の折衝で、契約は以下の形に落ち着いた。
興行は城と華僑の共同で行い、収益は二分すること。キヨシ村祭で一等地を少なくとも4箇所確保すること。証文の最後には、二カ国文相違時はキヨシ城興行権に関する全契約は白紙にとの条項を追加した上で、再契約が結ばれた。両代表のサインの後、サランが裏書を行う。
「表の約定相違なく将来といえども決して変わり候事無之‥‥これでいいわね」
証文は華僑・城、そして裏書人のサランが寄合所へと保管することとなった。キヨシ城問題も一応の決着がつき、遅れて城へは野盗討伐成功の報せも舞い込んだ。財宝は噂程ではなかったが、金額に換算して2百両程にはなるという。レジー・エスペランサ(eb3556)ら冒険者の力を借りて城はそれら全ての回収を終え、城へ帰還を果たした。
そうして無人となった野盗の村に、夜、蠢く影がある。
「‥‥仕舞いだな」
黒装束の氷雨雹刃(ea7901)が窺うも他に人気はない。野盗も壊滅し、残された宝も城が全て引き上げた後。廃村に寄り付く者などもういない。
一行は村の奥へと進んでいく。村の中心部よりやや川部の一角。ちょうど蔵の裏手の空き地。そこにクリス・ウェルロッド(ea5708)が立つと、ウォールホールの巻物を広げた。
直後、その場に人間大の穴が穿たれる。そこに覗いたのは、百両箱や色取り取りの美術品、反物、宝石。お宝の数々――。
――遡ること数日前。
野盗討伐作戦を前日に控え晩、噂の廃村の近辺には全身黒ずくめの姿のクリスやトキワらの姿があった。
「野盗の討伐もついに最終段階か。荒れるのだろうね。ま、私達の居場所は、彼等の奮起する戦場では無い。舞台だ。さて、今回はどんな悲劇を魅せてくれるのかな‥‥」
彼らは城より先に独自にこの村を割り出した、鳴神破邪斗(eb0641)ら裏社会の住人達。
(「‥ふむ、結局この地図は自分で使う事になったか‥‥物の価値が分からん連中ばかりの様だ」)
当初は太巌組へ働きかけたが城の横槍で話は流れた。これまで幾度も太巌組には目論見を裏切られてきた氷雨もイラツキを抑えながら、今彼らはこうして自ら舞台へと上がろうとしていた。
(「‥‥遂にはケツを捲ったか。チッ‥使えぬ奴等だ。フッ、まあいい‥カスは所詮カス。文句を言っても已む無し‥‥か」)
彼らは今、鷲落大光(eb1513)の描いた絵図に従ってある目的のために動いていた。
数百両とも言われる野盗の財宝の強奪。
手下の忍びにあらかじめ確保させたポイントで、討伐作戦が始まるのを今かと待っているのだ。
「先に行っておくがこの作戦は大博打、命の保証なんて有りはしねえからな」
「あ〜? 雹兄ぃらの悪企みに一口乗ったとっから覚悟の上だってーの。つーか今更ケツまくるような奴ぁいねーっての。だよな、兄ぃ?」
「久しいな、秋村親分‥‥達者で何より」
秋村朱漸は久米野を根城とする蜥蜴一家の二代目。かつての兄貴分であった氷雨の誘いで、子分を率いて作戦に加わっている。一行の総勢は冒険者7人に、親分への信頼厚い蜥蜴一家の若衆が十人ばかり。
秋村へ心にもない言葉を口にしながら氷雨が空を仰いだ。
「‥行くぞ。刻は満ちた‥‥」
村では討伐隊との戦闘が遂に始まったようだ。
「‥‥さて、此方も始めようか」
トキワの言を受けて彼岸ころり(ea5388)が呪文の詠唱に入る。
「悪い予感が当たったみたいだね。村の中に感アリ。結構な数だよ。どうする、まだ潜入は待つ?」
ブレスセンサーの結果では、まだ村には多くの人員が残っている。鷲落が顔を顰めた。
「分かっちゃいたが囮が必要か‥‥」
「‥‥賭けだな。大博打になるぞ」
伸るか。反るか。
少数で野盗への囮となる。鷲落と氷雨が目を合わせた。
「ああ?ダンナと二人だけって‥‥オイオイ兄ぃ。何時からそんなシュミ持ったんだよ?俺ゃ悲し‥‥」
すかさず氷雨の裏拳が飛ぶが、秋村は事も無げな様子で血の混じった唾を吐き出すと、不敵に唇を吊り上げた。
「‥‥兎に角だ。俺もやってやんよ、囮。幾らなんでも二人じゃなぁ? だがよ、俺サマが居りゃあもう‥‥百人力よ」
「そいつはありがたいな。拙者らの方はかなり危険な役目、加勢が得られるなら頼もしい」
「分かってるだろうが‥深入りはするなよ。馬鹿が移るぞ‥‥」
秋村を振り返りもせず鷲落へ言うと、氷雨は先頭を切った。一行は隊を二つに分け、一方が囮となる間に他の仲間が蔵まで潜入を果たす算段にでる。
「しっかし潜入組は‥‥細ぇーのばっかだな。‥‥よっしゃ!力丸!小弥汰!オメェらそっちついてけ! お宝隠すにしても持ち上がんにゃあ話になんねえかんよ!」
「それは頼もしい。力仕事は、彼等に頼みましょう」
クリスが苦笑交じりに口にすると、秋村の子分から頬かむり姿の力自慢が二人名乗りを上げた。
彼岸の魔法で潜入ルートの敵の配置はおおよそ分かっている。既に一度潜入を果たしたことのある鳴神は勿論、氷雨にとっても設置された罠や警報装置は稚拙極まる代物。とはいえ、村はまさに野盗と討伐軍の戦闘のさなか。村へ向かう道筋の殆どは両陣営の警戒下にある。一行が村へ近づくには、川縁の比較的浅い場所を歩いて下るという半ば自殺行為とも呼べる道しかなかった。
その上、同行する仲間も隠密行動に長けた者が多いがいかんせん秋村の子分達は素人ばかり。鳴神が忍犬の乱牙をつかせて手助けしするにも限界がある。
(「ちっ‥素人はこれだから困る‥‥」)
切れ者と名高い頭目も、わざわざ打って出るような真似は勿論のこと村内の警戒を手薄にはする筈もない。見張りの兵が水音を聞きつけて駆けつけた。見つかって警告を発せられれば全てが終わる。
鷲落が覚悟を決めて刀の柄へ手を掛けた。
「少数での囮は自殺行為。だがこの際、命くらいは賭けてやるぜ!」
刀を抜いて駆け出した鷲落へ秋村とその子分が続く。
「曲者だ! こっちにも討伐隊の奴らがいやがったぜ!」
「殺せ、一人も村にいれるな!」
すぐに数人の野盗が集まってきた。氷雨が忍術で迎え撃とうとするが巧く発動しない。その隙を突かれてあわやという所で鷲落が救う。
「氷雨、落ち着け」
背中へ庇いながら鷲落が一人を斬り伏せた。秋村も刀を振るって暴れ回る。
討伐隊の連中はまだ村へは攻め入れていないらしく、集落で警戒に当たっていた兵がじきに押し寄せてくる。その気配を敏感に感じ取って氷雨が目を細めた」
「‥‥鷲落。分かっているな」
「心得た」
一旦引いては家々の陰へ身を隠しながらの小競り合いを繰り返す。
川縁を通ってきた衣服は水に濡れて重く、外気に触れて凍えるように冷たい。いかな手練といえどこれでは実力を出し切れない。秋村の子分も一人また一人と殺られ、秋村自身も手練を相手取っては苦戦している。一撃必倒狙いの逆転を狙うも手練にはそう巧く当たる筈もなく、このままでは後がない。
追い詰められるのは時間の問題。
鷲落が胸に期する勝算は一つだけ。
(「‥‥遅いぜ、天山の旦那」)
「旦那は必ず来る!それまでは生き延びねえとな」
彼らの陽動に紛れ、潜入組は速やかに村へ侵入した。彼岸の探知を元に鳴神の先導で蔵へ。見張りは流石に動いていない。門の前に2人。更に蔵を見通せる位置にも1人。
一行の決断は早かった。
『盗賊め!覚悟!』
離れた一人の後ろで彼岸の声。だが振り返っても誰もいない。謀られたと気づいた時には遅い。忍び寄ったトキワが凶刃を男の胸へ深々とうずめた。
(「‥‥邪魔者は俺が殺ろう、暗殺は得意分野だ」)
と同時に、声に気を取られた所へ門衛の首をクリスの矢が貫いた。残り一人の前へ鳴神が飛び出す。それで詰みだ。その隙に地表を滑るように乱牙が駆けた。上下の連携。次の瞬間には死体が一つ転がっていた。
彼岸は死体を前に物足りなそうだ。
「せっかくだから記念に一突きっと♪」
「宝を掠め取るといっても量が多ければ厄介だ。遊んでいる暇はないぞ」
トキワが憮然といい、門へ手を掛けて押し開いた。
暗い蔵へ明かりが差す。
そこに待っていたのはたっぷり溜め込まれたお宝の数々。ざっと5,6百両は下るまい。だがこの量は勿論、あの侵入経路でお宝を運搬するのは不可能だ。
クリスが巻物を広げる。
直後、その場に人間大の穴が穿たれた。
「さあ、手早く片付けましょう」
宝へ手を掛けると手早く穴へと運んでいく。財宝が次々と土中へと消えて行く。
だが百両箱や宝石など貴金属類はそのままでいいとして、反物などの名品は土中に埋める訳にもいかない。
「捨て置こう。城に怪しまれたくない。蔵が空で躍起になって探されると面倒だ」
どのみち魔法の効果切れまでの時間を計算すれば、穴が開いている時間を延ばせばそれだけ発見されやすくなるだけだ。欲の張りすぎは下手を打つ。
やがてお宝を飲み込んだ穴が順繰りに閉じていく。最後の穴へクリスが死体を蹴り込んだ。
「財宝と共に葬られるなんてロマンチックだね。さよなら」
そこへ一輪、薔薇を手向ける。その穴も塞がると一行は踵を返した。
囮組も窮地を脱していた。
鷲落の要請に応えた天山万齢の救援が間にあったのだ。
「さぁてと。後は残飯喰いだ。テキトウに汚く食い散らしちまうとするか。なあに。ホラ、残り物には福があるってナ?」
債権を持つ鬼哭の的屋に借金帳消しを条件に子分を動員し、天山が率いた増員は10人の手勢。いずれも落ち武者崩れを相手としての戦力としては心許ない侠客筋だが、数に上回れば覆る。討伐隊も戦の流れを掴み始めたのを追い風に、劣勢の野盗を数に任せて狩りに掛かる。
「さすがに今回ばかりはやばかったな‥‥助かったぜ天山の旦那」
「またまたぁ、鷲落センセイは謙虚でいらっしゃる。案外余裕だったんじゃねえの?」
もっとも、はたいた出費を考えると大赤だ。
「ま、帰ったら酒の一杯は奢って貰わないとな。綺麗所もついでに頼むぜ」
「それで命が買えたなら安い買い物だ。竹之屋で手を打とう」
「いいね。ごっそうさん」
一方の潜入組は帰りも鳴神の先導と彼岸の魔法で無事にその場を後にし、こうして彼らは野盗の財宝をまんまと掠め取ったのだ。
ほとぼりが冷めた今、一行は漸く財宝の回収に訪れたのだ。
秋村が子分に引かせた大八車で移動するが、武蔵国まで3日。情勢急変した上州で日中の移動は露見の危険大。夜間に乗り継いで金山近辺まで移動するのがやっとだ。そこから先は街道・駅馬車共に源徳の監視下。
トキワが用意して来ていた布へ溜息交じりに手を掛けた。
「義貞の乱が鎮圧されるまで持ち帰るのは無理か」
お宝は布を被せられて石化され、金山郊外に埋蔵されてひっそりと時を待つこととなった。
そしてもう一つ、ひっそりと毒は金山を蝕んでいた。
華僑の景大人の懐刀である賈が倒れたのだ。
賈は視察先のキヨシ村診療所で発作を起こしたのだという。
それに遡ること数日前、郊外の森の中には林潤花(eb1119)の姿があった。
「これほど怨念じみた邪気を感じるなんて驚いたわ。百年前にここで将門の乱があったという伝承は真実かもね」
傍らには不吉な黒猫を下僕に従え、幻覚作用のある薬草で恍惚としながら一昼夜の間、供物と祈りを捧げ続ける。
「集え、この地に巣くう数多の怨霊どもよ。我、林潤花は新たなる血の盟約において汝らの助力を要請する。我が怨敵を絶望の闇と共に死へと誘わん」
このような儀式が僅か半月の間に数度行われ、金井宿の四方にも四対の藁人形がそれぞれ埋められた。全て、この魔女の仕業である。
「ふふふ。どんなに有能でも呪詛という私の土俵で抗しきれるかしら」