悪人正機説  礼

■シリーズシナリオ


担当:小沢田コミアキ

対応レベル:11〜lv

難易度:難しい

成功報酬:13 G 3 C

参加人数:10人

サポート参加人数:-人

冒険期間:03月07日〜03月14日

リプレイ公開日:2007年03月17日

●オープニング

 今日もギルドへは多くの依頼が舞い込んでいる。小鬼退治に護衛依頼。それもそんな依頼の一つだ。
 武蔵国の北、常盤国のある土地に、鬼の一族が住むという。鬼たちは古くからこの土地に住まい、民を苦しめてきたという。この鬼の一族を滅ぼしてほしい。報酬は高額。経験や実績は不問。唯一つの条件は、依頼遂行という『目的』のためには一切の『躊躇のない』冒険者――。


「待たせたな。しばらくぶりの仕事だが腕のほうはなまっちゃいないだろうな?」
 集まった冒険者を前に
「さっそくだが、少しばかり水戸に飛んでもらう。なに、黄泉人騒ぎで少し物騒なことになっていたが、光圀公の居城のある水戸近辺はもうずいぶん復興が進んで、魔物も近寄らねえ。心配することはねえぜ」
 約一年半前、突如として現れた黄泉の軍勢に蹂躙され、常陸国は水戸の地は闇に没した。
 黄泉人の群れは水戸領北部に位置する奥州領とを隔てる山岳から襲来し、瞬く間に水戸広域を魔界へと変貌せしめたのだ。散り散りになった水戸藩は冒険者の力を借り、半年をかけて残存勢力を再集結した。そして七月、藩主源徳頼房の子息である幼き光圀を旗印に遂に水戸城を取り戻すに至る。
 北部は街道の要衝石橋宿を始めとしていまだ黄泉の軍勢の手に落ちたままだが、水戸藩に討伐の兵を差し向ける余力は残されていない。黄泉人もまたあれから不気味な沈黙を保っており、静かな睨み合いが続いている。
「その水戸藩の家臣に、少しばかり目障りな男がいてな、今回はこいつの暗殺がお前らの仕事だ。ただ少し厄介でな。この件の依頼人は男の命を奪うだけでは足りんらしい。こいつに関わった連中その全てを、ヤツの家ごと滅ぼしてほしい」
 方法は問わない。この一族がこの地上から絶え、彼らが水戸藩に持つ権力が消滅すればよし。ただし、どんなわずかなものであっても冒険者たちの関与が疑われるようなことがあってはならない。
「事と次第によれば水戸藩も相応の出方を取るだろう。水戸藩にお前らのことを感づかれれば厄介なことになる。その辺はうまくやってくれよ」
 男の屋敷があるのは水戸城下の武家屋敷街。
 黄泉人騒動で痛手を受けたとはいえ、屋敷には使用人も含めてかなり多くの人間がいることだろう。一族全体が標的ともなれば、事は容易ではない。
「やり方はすべて任せた。とびきりの悪党揃いのお前らだ、件の家にどんな禍がふりかかることか‥‥楽しみにしてるぜ」

●今回の参加者

 ea5388 彼岸 ころり(29歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea5708 クリス・ウェルロッド(31歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea5936 アンドリュー・カールセン(27歳・♂・レンジャー・人間・イギリス王国)
 ea7394 風斬 乱(35歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea7901 氷雨 雹刃(41歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb0641 鳴神 破邪斗(40歳・♂・忍者・人間・ジャパン)
 eb1119 林 潤花(30歳・♀・僧侶・ハーフエルフ・華仙教大国)
 eb1160 白 九龍(34歳・♂・武道家・パラ・華仙教大国)
 eb2413 聰 暁竜(40歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 eb5421 猪神 乱雪(30歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●リプレイ本文

 とうに街は寝静まった。訪れる凶行の一夜を予感するように人気の絶えた武家屋敷街はじっと息を潜めている。ただその静寂に堪えられないでか、この世ならざる者達の気配が暗い物陰のそこかしこでざわめき立つようだ。かつてここで黄泉人の犠牲となった数多の御霊が生者を呼ぶとでもいうのか。背筋まで冷えるような異様な静けさが、暗い予感に震えながら辺りへ忍び寄ろうとしていた。
「さて、今回は一族断絶かい‥‥いい加減、祟られそうな気がしてきたよ‥‥」
 それも今更なことだ。クリス・ウェルロッド(ea5708)は小さく肩を竦めると空を仰いだ。月はその美しい横顔を晒し、そっと、まなじりを閉じている。その表情を真似てクリスは瞳を閉じた。
 ここからおおよそ四町程向こう。標的の屋敷はある。ろそろ刻限。忍び達が動き出す頃だ。
「手筈は頭に入っているな、鳴神」
「‥‥与えられた仕事はこなす。言うまでも無い」
 鳴神破邪斗(eb0641)の答えに満足したのか、氷雨雹刃(ea7901)は三度笠の奥で小さく笑った。その視線が、今度は屋敷の門へ鋭く向けられる。門番は2人。
 暗い路地から現れた野良犬が、哀れを誘う声で門番の足へと擦り寄った。困惑して浮かべたその顔が彼の生前最後の表情となった。背中から一突き。男の心臓を氷雨の小太刀が貫いている。もう一人の門番も鳴神が仕留めた。物音一つ立てはしない。手際よく死体を物陰へ隠すと、鳴神が懐から書面を取り出す。
 横から覗き込んだ氷雨が黙って眉を顰めた。
「重臣の屋敷ともなると流石に難いか。厄介だな」
 鳴神が事前に入手した間取りも大まかなものまでしか掴めなかった。詳しい所は、実際に屋敷に侵入して確かめるしかない。鳴神が薄く唇を捲る。
「‥‥さて、実に久々の『仕事』だ。的が大きい分、危険度も大きいが‥快く愉しませてもらおうか」
 その声に誘われ、黒装束に身を包んだ彼岸ころり(ea5388)が物陰から現れ出る。
「こーゆー仕事を待ってたんだよー♪目一杯殺るぞー♪きゃははは♪」
「彼岸、中の様子は」
 振り返った彼岸の碧の瞳が、闇に光る。
「多いね。流石は水戸藩のお偉いさん。家人や使用人の寝息もいっぱい、お楽しみも‥‥‥いーぱいっ♪」
「好きにしろ。但し、分かっているな。余り派手にはやるな」
 ここは武家屋敷街のど真ん中。もたもたしていれば命取りだ。
「まず警備を、次いで使用人・女・子ども。順次排除する。残りは後回しだ。終われば外の奴らと合流。最後の後片付けに移る」
「理解した」
 漆黒の外套に身を覆ったアンドリュー・カールセン(ea5936)が彼岸に続いて姿を見せる。仲間達を一瞥するその表情へ、一瞬だけ感情の色が差した。
(「うむ、懐かしい顔が揃っているな」)
 外套の下で得物の握りを確かめるように感触を楽しむと、彼は静かに鞘へ刃を納めた。
(「聖夜祭からこっち、依頼に入ってないからな。昔の自分に戻る、何の感動もなく人を殺せた時代の自分に」)
「行こう。早く手筈に移りたい」
 残りの仲間が頷き合い、4人は揃って門の内へと消えた。
 そこから離れた、城下の盛り場。
 実働部隊は忍びからの報告を待っていた。待機場所となった酒場の一室で、風斬乱(ea7394)は窓から夜空を仰ぎ見ている。
(「今騒ぎを起こせば水戸藩は息を潜める黄泉人の格好の的になるだろうに。家臣諸共一族の断絶がご希望とは依頼主もなかなか愉快な奴だね」)
「やれやれ、世の中、俺の様な弱者に優しく出来ていないものだ」
「何か言ったか?」
 白九龍(eb1160)が横睨みにすると、乱が小さく肩を竦める。白はまた腕組みして目を瞑った。氷雨達と別れてかれこれ一刻程経つ。不意に、聰暁竜(eb2413)が立ち上がって通りへ視線を走らせた。そろそろ人の引けてきた通りを、野良犬が一匹駆けてくる。使いの忍犬だ。
「行こう」
 聰が立ち上がった。下準備が整ったのだ。新入りの猪神乱雪(eb5421)が、飼い猫の小次郎を撫でる手を止めて体を固くした。
(「斬る事には慣れている‥‥今までもそうして生きてきたのだ。何も変わらない、今までと同じだ」)
 無言で白が部屋を出で、乱も刀を掴んで立ち上がった。林潤花(eb1119)も般若面を取って続く。
 屋敷の門では氷雨達が待っていた。
 辺りに漂う静けさに、微かに血の臭気が漂う。
「小部屋や個室は片付けた。完全にとはいかんが、残りは手分けして始末するぞ」
 忍びの技に長けた4人が露払いを済ませた。寝首を掻くだけなら容易い。たとえ感づかれても、彼ら程の技量があれば物音一つ立てずに処理することができる。アンドリューは顔色一つ変えずに『成果』を報告する。
「警備の兵と、番犬も除いた。このメンバーなら、思ったより人手は要らぬようだな」
 それよりは万一の備えに人員を割いた方がいい。通りの見張りにはクリスが名乗り出る。
「どうも私は目立つからねぇ。美しすぎるのも罪ってやつかな‥‥」
「助かるわ、私一人では少し心細かった所よ」
 通りへの警戒は林との2人。正門のみ、気休めでしかない。一行は即座に行動に移った。
 屋敷は広い。侵入した仲間達は二手に分かれた。主力となるのは乱らの隊。鳴神が先導を務め、家人に気取られないように息を潜め、使用人の寝泊りする大部屋へと真直ぐに向かう。足音を殺して進みながら、乱が静かに黒刀を抜いた。
「残りはいくつだい?」
「ざっと2、30という所だろう。我々で半分こなせば事足りる」
 そういって振り返ったアンドリューが、片手で後続を制した。
「うぐいす張りになっている。不用意に近づくな」
 鳴子などは解除できるが、こればかりは隠密に長けていない者では避けようがない。乱が不敵な笑みで返す。
「騒ぐ間を与えず殺せばいいのだろう?」
 多少気取られようと、この面子なら状況を把握される前に片をつけられる。アンドリューと鳴神が頷き合い、静かに戸を開けた。忍び足で部屋の奥へと入ると、振り返って合図の手振りを送る。すぐに冒険者達が動いた。押し入った仲間達が家人の寝首を掻く。何人かは目を覚ましたが、アンドリューの投げたナイフが正確に喉を突き、声を上げる暇を与えない。
 乱雪が懐紙で血糊を拭いながら嘆息づいた。
「ふぅ‥つまらんな‥‥」
「―――――――この部屋だけで6人か。まだまだだな」
 一行でひとり聰だけは空手だが、彼の修めた華国武術の腕は頼りになる。大陸では殺手――暗殺者を生業としてきた、この道のプロフェッショナルだ。
「無駄口を叩いている暇などない。屋敷が水戸藩士達の邸宅に囲まれているのを忘れた訳ではあるまい。時が惜しい。急ぐぞ」
 別働隊も氷雨の先導で着実に仕事をこなしている。彼岸の探知した呼吸を元に大部屋へ向かうと、ちょうど部屋から出てくる人影が見える。厠に立ったのだろうか。忍び寄った彼岸が、口を塞ぐと同時に喉笛を掻ききる。縁下へ死体を放り込むと、氷雨が戸を開けて一斉に押し入る。返り血を避けながら彼岸が小太刀で喉笛を掻き、白も眠ったままの使用人へ心臓へ一突きを見舞った。段取りは同じだ。
 中には、まだ灯りの漏れる部屋もある。
 暗器の風車を引き抜き、白が呟いた。
(「どうせ皆殺しにするのだ、左腕の包帯を取ってもかまわんだろう‥‥」)
 左腕を覆う包帯へ白が手を掛けた。はらはらと解れた布の下に露になったのは、上腕から拳へかけて身を這わす蛇の刺青。鱗は毒々しい暗紫の色へと染まっている。拳を握り、白が件の部屋へと向かう。
 中からは話し声が漏れている。侍が何人か酒を酌み交わしているようだ。戸板の隙間から氷雨が眠香を流し込むと、暫らくして静かになった。念の為に小石を戸へぶつけると、少し遅れて中で人の動く気配。眠け眼の侍が顔を出したと同時に、飛び込んだ白が左腕の手刀を見舞った。仕留めるには至らない。だがかすっただけで十分。蛇毒は男の神経を蝕んでいる。動くことも叶わず、男は氷雨の振るった白刃の餌食となった。
 中の侍を片付けながら彼岸は満面の笑顔。
「順調だね♪ 向こうでも呼吸が減ってる、鳴神さん達もちゃんと動いてくれてるみたいだねー♪」
 そろそろ半刻程が経つ。
 外で待つ林も動き出した。
「頃合かしら」
 門を潜ると、血の香が隠し切れずに鼻腔をざわめかす。静まり返った部屋を覗き見ると、物言わぬ亡骸が横たわっている。
「夜は長いわ。宴の半ばで眠りこけるなんて、野暮はしないことね。さあ。もう暫らく楽しみましょう」
 震え出した躯がガサガサとざわめき、不気味な軋みをあげだした。
 もう屋敷には生きた者など殆どいなかった。蠢くのは躯と、そして人の皮を被った浮世の鬼達。
 鳴神達は大部屋を粗方片付け、まだ起きている家人の始末に移っていた。物音を立てて誘い出した所を不意討ちで一息に。アンドリューのナイフが吸い込まれるように獲物の心窩へ突き刺さり、聰も毒手で一人を封じた。
「――奢れる人も不久、只春夜如夢」
 身動きできぬ男の首へ手を回して力を込めると、やがて男は動かなくなった。一人、女が気づいて布団を飛び退いたが、腰を抜かして、声もあげれずに涙を流して震えている。乱雪が詰め寄った。
「可愛そうだが一家殲滅が依頼だ、使用人から女子供まで一人とて逃すわけにわいかんのだ‥‥」
 逆袈裟に一閃。無慈悲に刀を振り下ろす。乱もまた鞘を履いたままの刀で逃げる一人の喉元を強烈に打ち付け、声を潰した後に首を刎ねた。
「所で鳴神。例のものは」
「‥‥案ずるな。ここに」
 そういって投げ寄越したのは印章だ。
 その印を丹念に確かめた後、乱は懐から書面を取り出した。
「申し分ない。おそらくこれで間違いないだろうね」
 印を押して封をすると、見栄えのする書状の出来上がりだ。見るからに浪人風情のこの男がどこでそんな教養を身に修めたのかは想像だにつかないが、その知識が頼れるということだけは確かだ。
「‥‥風斬、確かに預かった。これで仕舞いだな」
 その時だ。
 アンドリューが身を固くして動きを止めた。
「どうした、アンドリュー」
 呼びかけに応えず、彼は黙って辺りに耳を済ませた。
 夜はとっぷりと更けている。
 狂宴もじきに仕舞いだ。白達も最後の標的へ手を掛けている。抵抗に合うも白の体術の前では無力。その間に残りは氷雨が忍犬と共に肩をつけた。
「――ってことは、この人で最後ってことだよね?」
 舌なめずり。興奮を抑えきれぬ様子の彼岸へ、白は蔑むような一瞥をくれると踵を返した。
「‥‥‥理解できん趣味だな。好きにしろ」
 左腕を再び包帯で覆う。その後ろでは、彼岸がお楽しみの最中だ。肉をなますに刻む不快な音が部屋に響いている。
「きゃはははは‥‥♪ああ、気持ちイイ‥‥♪」
 鬱憤を晴らすように甚振り尽くす彼岸の姿を見遣り、白は露骨に顔を顰めて踵を返した。
「長居は無用‥‥とっとと引き上げるぞ!」
 戸板をあけて庭へ飛び出す。
 そこへ、忍犬が一匹飛び込んできた。
「白影‥‥どうした、林の護衛につけていた筈だ」
 事態は急変した。
 屋敷へ大勢の水戸藩士が押し寄せようとしている。武家屋敷街を怪しい風体の者が歩いていたのだ。それを見咎められていたらしい。
「こ、これは‥‥何事だ!!」
「曲者め‥‥ひっ捕らえろ!」
 数十の藩吏が屋敷へと踏み込んだ。アンドリューが顔を顰めて仲間を振り返る。
「‥‥ぬかったな。事は終えた。離脱する」
 裏口へ回るが、そこへも藩吏の手が。乱雪が覚悟を決めて抜刀し、乱も黒刀を抜いて不敵な笑みを浮かべた。
「やはり生きのいい奴を斬りたいもんだ」
「退屈していた所でね。手練は食わせてもらおうか」
 ここは武家屋敷のど真ん中。
 屋敷を囲まれればもう逃げ場などない。彼岸の声が緊張に震える。
「凄い呼吸の数‥‥急がないと、本隊が到着すればそれこそ退路を断たれるよ!」
 思っていたよりずっと早く水戸藩は異変に気づいたようだがまだ兵の数は少ない。それもじきに事態を把握すれば、大兵が押し寄せる。そうなれば万事窮すだ。いや、既に彼らも安全な退路など残されていない。
 その時だ。
 塀へぽっかりと大穴が開いた。顔を覗かせたのは林。
「急いで、時間がないわ」
 藩吏の裏を掻いて仲間達は逃げおおせる。
 最後に林が屋敷を振り返った。
「黄泉人の能力や秘密には導士として興味があるわね。聞けば、黄泉の手に落ちた水戸城は死が満ち溢れた素晴らしい情景だったと聞いたわ。ふふ、夜が明けて全貌を目の当たりにした役人達の驚きが楽しみね」
 邸内は混沌の渦中にある。
「よ、黄泉の襲来だ‥!!」
「ぅわあああああああぁぁぁ!」
「うろたえるな!隊伍を乱すな!」
 蠢く死体達がそこかしこをうろつき回り、血と臓腑から臭気立つ反吐の出るような異臭が立ち込めている。死体が相食み、汚穢が屋敷を染める。死兵を相手取って藩吏が刀を振るい、血肉が屋敷へ飛び散っていく。
 裏口では乱雪らが囲みを突破しようと奮戦していた。
「それなりに腕の立つようだ。どれ、手合わせ願おう――キミに僕の太刀筋が見切れるかな?」
 俊速の居合いが侍の胴を薙ぐ。だがすぐに別の侍が斬りかかり、囲みから逃しはしない。数に任せて押し切る構えだ。そこへ、屋根へよじ登って身構えていた聰が飛び掛った。背後から組み付くと鍛えぬいた膂力で頚骨をねじ折って屠る。
「切りが無い。まともに戦うだけ無駄だ」
 亡骸を無造作に放り捨てる。物陰に身を隠していた鳴神も、乱牙と共に闇夜に身を躍らせた。敵の増援が来れば終わりだ。それまでに囲みを破らねばならないが、生憎と数が多い。抉じ開けたのは、夜陰を縫うように飛来した矢撃だ。藩吏に一人が背を貫かれて力なく斃れる。狙撃したのはクリスだ。次々と矢を番え、撤退を援護する。
「当然ながら容赦はしないよ。せめて急所を狙って一瞬で送ってあげよう」
 冒険者達の反応は早かった。
 聰が駆け出した。庭木をよじ上ると、猫のような身軽さで塀の向こうへと消える。仲間達も散会して裏口を破る。皆が無事に逃げおおせたのを確認すると、鳴神も屋敷から走り去った。
「‥‥この高揚感と達成感。できる事ならもっと味わいたいものだな」


 翌朝になって事件の全貌は漸く明らかとなった。屋敷に生存者はなく、家人や使用人を含めた数十名が皆、躯となっていた。邸内は生血と臓物に塗れ、襖に血文字で残された「約束の永遠の生命を与えん」の殴り書きが発見される。後に家臣が黄泉人と通じていたことを裏付ける密書が見つかると、事件は藩を揺るがす大事へ発展した。家臣はお家取り潰しとなり、三族に至るまで断罪された。黄泉人を手引きした者達がまだ城下にいると見て藩は警戒を強めたが、遂に捕らえることはできなかった。そして、おそらくはこの先も。鬼の一族を滅ぼした冒険者達の報告書は、今もギルドの保管所に眠っている。