●リプレイ本文
「朱さんの門出ですから、盛大にお祝いしないとです!」
オープン当日を目前に控えた竹之屋では香月八雲ら店員達も開店までの最後の準備に慌しくしている。今、店ではオープンにお披露目をする予定の今月の新ニューの準備に大忙しだ。鷹見沢桐(eb1484)も、ここ最近始めた茶道の経験を生かして新しくお茶のメニューを作ると意気込んでいる。
「聞けば華国では、植物の葉や実、花に至るまで様々な素材を用いた茶があるという。華人の商人達とも付き合いがあるのだし、試行錯誤してみる価値はあるだろう」
「じゃあボクの担当料理はお菓子系かな? 修行してたときは和菓子屋さんの手伝いに行ったこともあるし♪」
ミリフィヲ・ヰリァーヱスが流し板の修行時代を思い返しながら早速メニューの考案に取り掛かる。
「そうですね、これからが本番、気合を入れないと! 諺で言う『勝って兜の緒を締めよ』です!」
「せや。今日からが金山店の本番やからな。気合いれてこ!」
店長の朱雲慧(ea7692)がそう言って厨房の月陽姫(eb0240)を振り返った。
「それと月はん、竹之屋を代表して賈はんの見舞いを頼むで」
「倒れたって聞いたアル。分かったアル。いろいろとお世話になってるアルし、不義理はいけないアル」
華僑の事業を一手に取り仕切るという大人の懐刀の賈。
その彼が倒れたのが一月前のこと。心配した村の関係者達が見舞いにかけつけていた。
「診療所を視察に来られた時に倒れられたと聞きまして。留守中で応対も出来なかった上に、お見舞いに来るのも遅れてしまい申し訳ありません」
「いや、お恥ずかしい。先日はご迷惑をおかけしました」
診療療所からはケイン・クロード(eb0062)が七神斗織と共に訪ねてきている。視察へ来て貰ったことへの礼を申し述べると2人は土産の包みを手渡した。
「多忙な業務でお疲れのようですのでこれを。祭りのために用意した牡丹肉を少し包んできました。お口に合うか分かりませんが。それと、診療所の人間がこういう物に頼るのもなんですが‥‥お札です。昔の高貴な方たちは病気の際にお払いをしていたと聞いたので」
「いや、これは面目ない。すっかり病人扱いですな」
肝心の賈の容態だが、もとが過労による一時的なものであったため現在は既に復調している。既に先月からすぐ仕事にも復帰しているとのことだ。季節の花を土産にやって来たサラン・ヘリオドール(eb2357)も賈の元気な姿を目にして安堵の笑顔を見せた。
「先日もお体の具合が良くなさそうだったわ。無理をされずにお体を労わられてね」
だが目の前で倒れるのを見た斗織はまだ心配そうな様子だ。
「華僑の医師の方達を信用していないというわけではありませんが、一度は自分の患者となった方ですからその後の経過が気になりますので」
「賈さんみたいに忙しくしてたら体壊してもしょうがないアル。ここは医者のいうことを聞いて養生しとくアルよ」
陽姫が腕まくりして、竹之屋から持ってきた食材の包みを掲げて見せた。
「厨房を借りるアル。アタシの全霊を掛けて、薬膳を作るアル」
華国では医食同源。幼い風貌ながらも凄腕の料理人でもある陽姫も薬膳料理に関しても腕に覚えがある。
「せっかく竹之屋も開店したアルし、早く良くなってまた食べに来て欲しいアル。賈サンの食べてる姿を見るのアタシ楽しいアルよ。すごくおいしそうに食べてくれてるアル」
そうして遂に村祭りの日。
暫定村長のアトゥイ(eb5055)が慌しく祭りの進行に走り回る中、竹之屋も遂にオープンの日を迎える。
「どうにかここまで持って来れたアルね。いい感じに今日はお祭りアル。めでたい料理作るアルね」
「挨拶も接客も、笑顔で元気よく行きましょう!孫子もこう仰いました!『最初が肝心』と!」
現地の華人スタッフと手を取り合ってここまで店を引っ張っていくうち、八雲もいつの間にか女将さん然としてきている。
「何かトラブルが起きても笑顔で対応!それが竹之屋の心得ですよ!」
店には話を聞きつけて内外から多くの人が駆けつけた。
村娘の真砂がそろりと暖簾を潜ると、中は随分な賑わいだ。
「竹之屋さんが正式に開店するって話だね? おめでとー♪ ボクも度々お世話になるだろーから、今後ともよろしくねっ」
「オープンおめでとう♪ 竹之屋金山店も遂に開店なのね。今日はお茶とお菓子でもご馳走になるわ♪」
花束を手にしたシェリル・オレアリス(eb4803)は、大胆なスカーレットドレスに身を包み、清にエスコートされての登場だ。勿論サランも祝いの品を持って駆けつけている。
「いよいよね。これはお祝いの洋酒よ」
「おおきにや。さっそく店の棚に並べさせて貰うで」
事前の宣伝のお蔭で客の入りは上場。地頭の清の他、執政の由良具滋、華僑の景大人といった有力者も顔を見せ、思いの他豪華な顔ぶれの開店セレモニーとなった。
そしてこの人。
「いやぁ、こいつはなかなかのもんだ。朱やん、よくやり遂げたな」
江戸から招かれたのは竹之屋本店の主人のやっさん。
「おやっさん、お久しぶりです!」
「ここが新しい『竹之屋』ね。うんうん、いい塩梅じゃねぇか」
やっさんを店の奥の席へと案内し終えると、集まった客を前に朱が開店の挨拶をする。
「何とかここまでやってこれたのは、ホンマに支えてくれた人達のお蔭やとワイは思っとる。これからもよろしゅう頼むで」
朱の挨拶の後、キヨシ村で造った新作地酒『清わか』で樽割が行われ、来店客に振舞われた。オープンの余韻に浸るのも束の間、すぐに注文が入って店員達はあわただしく動き出す。秋祭りでキヨシ村は随分賑わっているようで、客足も初日の滑り出しとしては申し分ない。
桐が真砂へと湯飲みを差し出した。
「いらっしゃい。粗茶だが‥‥滋養陳皮茶だ」
陳皮とはミカンの皮。食欲増進のほか、咳、痰に効くらしい。更に胃を整える効果のある生姜と共に茶葉にブレンドしたものだ。
「食欲が無い時、調子が悪い時は、なかなか食事を摂り辛いもの。身体を温める意味でも、次に続く食事の前に軽く胃を動かす意味でも、まずは一杯」
「ワイからもオススメするで。竹之屋初の本格的ドリンクメニューやな」
「う〜ん、いい香り♪ せっかくだから、一緒に甘いものも欲しくなっちゃうねっ」
「えっへへ〜♪ もちろんデザートも用意したよっ。味わっていってね!」
霜月の献立〜季節の果物セット
アップルパイ:
旬の林檎をふんだんにつかってサクサクのパイ生地で焼き上げました。
甘い香りとアツアツの林檎の果肉が食欲をそそります。
華国風デザート「八宝飯」:
キラキラに色とりどりな果物がたっぷり乗ったケーキはもち米の蒸し物。
栗あんをたっぷり詰め込んで蒸しあげました。
「甘い米のお菓子アル。果物は棗、杏、柿、葡萄を用意してみたアルよ」
「シナモンとかはこっちで手に入れづらいだろうし、慣れない人が多いだろうから林檎の香りを活かして作ってみたよ♪」
その他にもフィヲが腕に寄りをかけて栗金団や、診療所で栽培された薬草を練り込んだハーブクッキーなども用意している。それをお手伝いの結城夕貴(ea9916)がお盆片手に注文に答えて配膳して回る。
「はい、お待ちどお様。楽しんでいってね♪」
「うおおお、おいしそうだっぜ」
「清クン、あ〜んし・て♪」
甘ーいお菓子で清はほっぺたを落とし、シェリルにでれでれで鼻の下を伸ばしている。
と、そこへ太田自警団の風斬乱がふらりと店へ立ち寄った。
「寄らせてもらうよ。ちょっとこれから人を訪ねるんだが、手土産にいい酒でも貰えないかな。ついでにつまみも何か包んで貰えると嬉しいんだが、頼めるかな」
「俺も頼むぜ!ちょっと遠出するんで弁当頼めるか? しっかし、江戸の竹之屋の味がまたこっちでも味わえるってのは嬉しいぜ! 日保ちするもんこさえてくれや」
「お安い御用や。暫く座ってお待っててや」
義侠塾生の伊珪小弥太も顔を出し、二人が隅の席へ腰を下ろすとすぐさま夕貴が滋養陳皮茶を差し出した。目を覗き込むようにすると、小首をかしげるようにして微笑んで見せる。
「ゆっくりされていって下さいね。今後とも是非ご贔屓に」
ちなみに竹之屋の制服姿がすっかりなじんでいる夕貴だが、その正体は男。声色と変装を駆使したその女装術は達人の領域に踏み込んでいる。その後姿を見送ると、乱は湯飲みにそっと口をつけた。
ふと軒先に目を移すと、所在なさげに佇んでいたサランの元を男が一人訪ねてきた所だ。
同じ自警団のクリス・ウェルロッドだ。
「遅くなってすまないね」
知人に飼い犬の面倒を押し付けられてしまったというクリスの傍には二匹の柴犬。随分と無愛想な二匹にはクリスも手を焼いているらしい。
「ムードも何もなくなっちゃうよ、まったく‥‥」
「いえ、お気になさらないで。そうだわ、竹之屋の皆さん、こちら、太田自警団のクリスさんよ」
「いらっしゃい! はじめましてやな、ワイらの店にようこそやクリスはん」
「始めまして。太田自警団のクリスだ。竹之屋のことはサラン嬢から常々伺っているよ。これも何かの縁だ、私は竹之屋を専門に警護させて貰おうかな」
「ありがたい申し出やけど、キヨシ村には華人の自警団もおるさかいな。それは別として、今後とも贔屓にしたってや」
朱が頭を下げると、サランは珍しく少しはにかんだ笑みを見せる。
「今日はこれから二人で村祭りを見物に行くのよ」
ふと隣を見ると、シェリルが清の口の周りについたお菓子をぺろりと舌で掬い取る場面。サランとクリスが顔を見合わせて微笑みあった。二人の様子を見て、朱がぽんと手を打った。
「サランはんのお月さんっちゅう訳か」
「ふふふ。久しぶりにゆっくり葉ねを伸ばしてくるわ。またその内寄らせて貰うわね」
そうして二人が店を後にすると、頃合を見計らってやっさんが朱を呼び止めた。
「さぁて。それじゃ、俺もそろそろ注文してもいいかぃ? そうだな。店長のお勧めを何か頼まぁ」
「ワイの点心を味わっていってや。常陸胡麻団子や」
朱が差し出したのは金胡麻の目に鮮やかな一口大の胡麻団子だ。
パリっとした触感が唇をくすぐり、香ばしい胡麻の香りと共に熱々の餡の甘みが口の中に広がる。仄かに漂うのは蕎麦の香。一口食べて湯飲みに口をつけると、茶の渋みが後引きよく甘みと調和をなしている。
「また腕をあげやがったな朱やん」
満面の笑みを浮かべたやっさんは、やおら立ち上がると店内をぐるりと見回した。
「駆けつけてくれた皆さん、今後とも竹之屋を宜しく頼むぜ。ここの店長も料理人達も、みな腕利きの連中ばかりだ。おまけに給士も綺麗どころばかりと来た。末長く竹之屋をご贔屓に!」
そうして祭りも最終日。
祭りでは金山土産物展を企画したシャーリー・ザイオン(eb1148)は、協力してくれた職人達を誘って竹之屋へ打ち上げに立ち寄っている。祭りでは総合案内所を担当した天山万齢(eb1540)を始め、竹之屋の常連も運営委員として随分と頑張ったようだ。山岡忠臣(ea9861)もペットコンクールの裏方として祭りを盛り立てたようだ。
「いやー、今回も俺様頑張ったぜ。って訳で、お千ちゃん!」
「はい?」
「もう最終日の夜になっちまったが、今日こそは二人でゆっくりデートしようぜ。折角の祭りだからな。楽しまなきゃ損だぜ!」
今宵は祭りの最後の夜。キヨシ村も遅くまで見物客で賑わいを見せ、中には竹之屋へ立ち寄るものもいる。天堂朔耶が愛犬の総司朗と一緒に軒先でまごまごしていると、フィヲが明るく声をかけた。
「可愛いわんちゃんだねっ。まだやってるから気軽に入ってって♪」
朔耶が総司朗と顔を見合わせると、ちょうど腹の虫が重なって二つ。きゅーと可愛らしい音を立てる。
「竹之屋さんのご飯も食べたかったし、お言葉に甘えちゃおっかな」
「いらっしゃいませ♪ 寒かったでしょう、あったかいお茶でもどうぞ」
すぐさま夕貴が席へ案内し、愛想よく茶を差し出す。朔耶と同じくペットコンクールに出場したテラー・アスモレスも、愛馬の魁と忍犬の斬鉄を労って竹之屋を訪れている。そこへ診療所のケインも遅ればせながら店の暖簾を潜った。
「ご挨拶が遅くなって申し訳ありませんが、開店おめでとうございます」
ちょうど店内ではシャーリーがいつものようにミキを手品で遊ばせているところだ。
「お姉さんの耳がこんなにおっきくなっちゃった〜」
「ぅぁぅー!ぁぅーー!」
ミキも今ではすっかりキヨシ村に馴染んで皆から愛されている。温かいお茶からは湯気があがり、どの客も楽しげな笑顔。その様を目にして、桐が手応えを感じて小さく拳を握った。
(「茶人としてはまだまだ駆け出しだが、よくよく考えると書の道も最初は素人同然だったハズ。また一から始めることになるが、少しずつでも茶とは何かを学んでいければいいな」)
茶の調合は味や香りだけでなく効能や料理との相性など、奥が深い。だが勉強熱心な桐のことだから最後までやり遂げることだろう。
閉店後。
「こんな遠くまでわざわざありがとはんや」
「水臭いこというなって。んじゃま、一杯」
暖簾を下げた竹之屋では、再会を祝してやっさんが朱と盃を酌み交わしている。朱へは八雲が後ろに回って肩を門で一日を労っている。
「朱さんもお疲れ様ですよ!」
「八雲はん、一応やっさんの前やし‥‥」
「いいっていいって。ここは朱やんの城なんだ、どんと構えてな」
「そうですよ。大仕事を終えて気疲れしてるでしょうし‥‥くつろいで欲しいですから」
(「ホントは二人でゆっくり過ごしたかったのは内緒です!」)
照れ交じりの八雲はここまで漕ぎ着けて本当に幸せそうな笑顔だ。厨房からは二人の料理人が包丁片手に顔を覗かせている。
「ホントにお久しぶりだよねっ。店長とは積もる話もあるだろうから、今夜はゆっくりしてってね♪」
「おつまみは任せるアル。あたしもまた腕をあげたアルよ」
残り物の材料で器用に作った小皿を桐が運んできて二人の店長の前へと並べていく。竹之屋にはその夜遅くまで灯りが点り、楽しげな笑い声が絶えることはなかった。