志道に心指す 第七話/拾七「闇中無策」
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:11〜lv
難易度:難しい
成功報酬:4
参加人数:14人
サポート参加人数:6人
冒険期間:12月30日〜01月06日
リプレイ公開日:2010年01月07日
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●オープニング
「無宿人、道志郎。藩命により石岡への偵察の任を与える」
黄泉に滅ぼされた常陸府中藩へただ一人での偵察行。それは死罪の執行を意味する。長く獄にあった道志郎は水戸の野へと放たれた。神聖暦一〇〇四年十二月十九日のことである。
かつての少年が当て所なく家を飛び出したその日から実に五年の歳月が経っていた。道志郎は三度、身一つで荒野へと立ち臨む。その身に余る大志を胸に。
「出でて入らず往きて反らず。平原は忽(はるか)にして路は超遠なり――まるで屈原の心地だな」
この地での歳月は道志郎をどう変えたのだろうか。枷を解かれた青年は久方の自由を楽しむように荒野を仰ぎ見た。眼前の那珂川を渡ればその先はもう人の住む土地ではない。引き返す道はなく、事を成せねば野辺の躯と成り果てるだけ。
「道志郎殿。是より任を全うする迄帰藩は許されぬ。最期に言い残す事があれば某が承る」
「生家は大火で焼け落ちた。言葉を残す相手もない」
「では先の詩を貴殿の辞世として某が承ろう」
「好きにしてくれ」
道志郎は後顧することなく橋を渡っていった。その先は薄く霧の棚引く死の荒野。遠ざかる彼の背を対岸から旅装束の一団が遠巻きに見守っている。
「道志郎の旦那ー!」
河原へ飛び出した数人の男達が、ばしゃばしゃと水を跳ね上げながら駆け寄っていく。
「道志郎様。また俺らがお供をします、連れてって下せえ」
いまだに彼を慕いその背を押し上げようとしてくれる者達がいる。かつての道志郎であったなら面映そうにはにかんで見せただろうか。
「皆の気持ち有難く頂戴した。だがこの先は命を捨てねば進めぬ道。連れてはいけない」
「道志郎様は俺ら町人達にも黄泉へ立ち向かう機をくれた。俺達は恩返しがしてえんです」
どのみち大勢を連れてはいけぬ。しかし男達は引き下がらない。
「なら一つ頼まれてほしい。江戸の冒険者街にいる既知の者達へ伝を頼みたい」
「その人達なら旦那の力になれると?」
道志郎の瞳に光る決意に触れ、男は頷き返した。
「確かに約束した。必ず伝える」
一団は急ぎ水戸へと引き返していく。既に藩吏の姿もない。常陸の街道は見渡す限り真直ぐと続く直道(ひたみち)。後にはただ一人道志郎だけが残された。
「居るんだろう」
「貴様の死を見届けよと、光圀様より言い付かった」
影が輪郭と取った様に木陰から男が姿を覗かせる。
お庭番集頭目、慧雪。
この男こそ黄泉に通じた黒幕。
「次の新月までに貴様が帰らねば光圀様は府中攻略をご決断なさる。水戸奪還では冒険者がうろちょろと動いていたが、次の戦で武功を挙げるのは俺達だ」
「なぜ俺にそんな話を?」
沈黙。
「噂に聞いているぞ慧雪。雲野が行方知れずとなったのは先の戦のさなかだったそうだな。忠勝殿が斃れた今、次に城中で実権を握るのは誰なのだろうな」
「貴様には関わりなきこと。その時には既に生きてはいまい」
「――お前が俺を殺すのだろう?」
沈黙。
男の気配は笑ったようだった。
「俺が手を下すまでもあるまい」
すぅと男の気配が掻き消えていく。
「獄で痩せた体に何ができるものか見物だな」
無謀は道志郎も承知の上。
自らの決意を確かめるように青年は腰のものへと手を伸ばす。出立の際に光圀直々に賜ったものだ。
――『お前が望んだ剣となるか或いは死となるや。餞に授けましょう』
「道半ばで斃れるならそれまでの天命。その時は天が俺を無用だと殺すのだ」
刀を抜き放つと、そこには「命」の文字。
――勾玉ヲ手ニセヨ。
刀身に走る掻き傷が光圀の文言を綴る。
(「この密命はひとまず預かろう。だが藩命に従うのではないぞ」)
命、は天より受く。
策はなく、知恵も力もない。だが道志郎は己の天分を知っている。
歩みを止めぬこと。当て所ない道だろうとも、その姿を示し続ければ誰かが後に続いてくれる。
(「たとえ半ばに果てることになろうとも。最期の刻まで俺は志を貫くぞ。俺が道を示すんだ」)
水戸城中。
慧雪の内通は春日を通して光圀へ知らされた。しかし慧雪は既に城中で大きな力を手にしている。幼い光圀一人では藩を自由には動かせない。忠勝はあれから意識の戻らぬまま。藩中に頼れる者はいない。
「光圀様、道志郎とやらが戻らぬ時は」
「分かっていますよ、則綱」
「もはや雲野からの報せを待つ意味も御座いませぬからな」
暫らく前のこと。城中へ不気味な包みが届けられた。
肩口からもぎ取られた男の右腕。
心の臓の傍まで達する深手だ。腕の主は生きてはいまい。そしてそれは紛れもなく忍びの雲野のものであった。数日の間を置いて左手、両足とが届けられ、生存は絶望的となった。もはや主戦派の則綱らを抑えられない。刻限までに道志郎が戻らねば万策尽きる。
刀の中子へと仕込んだ文へ道志郎は気づいた頃だろうか。常陸総社の拝殿から続く石岡城への秘密の抜け道。そこを通れば濠を潜り三の丸へと忍び込める。黄泉人もこの地下通路のことまでは知るまい。後は道志郎の天運に賭けるのみ。
定めの星に適う天命ならば、あの若者が光となり皆を導くだろう。
■□
おぎゃあぁ‥‥
おぎゃあぁ‥‥
石岡の町へ今宵も夜の帳が下りた。どこから聞こえてくるのだろう。厚く霧に閉ざされた街中へ赤子の泣く声が木霊している。
それにしては妙だ。この広い城下のどこを見渡しても灯り一つ点っていない。それだけではない。他にはまるで人声がしない。しわぶきの一つも聴こえてこない。
‥‥おぎゃあぁ‥
‥‥おぎゃあぁ
逆巻いた風が霧を巻き上げた。瘴気の切れ目から垣間見えたのは夥しい殺戮の跡。生者はいない。街は既に死していた。
滅び絶えた街には不似合いなこの泣き声は何時まで続くのだろう。朝はもう二度とは訪れないような気がする。まるで覚めぬ悪夢に囚われたようだ。
暗闇の中、少女はまどろみから覚めた。
囚われの身となってどれだけの月日が過ぎたろう。とうに肢体の自由はなくした。光を失ってからはいつも同じ夢ばかり見る。
(「躯の街。赤子の声。暗い霧。渦巻く瘴気の真ん中には何かを抱いて眠る人ならざる影。それが時折びくんと身を震わせると、唸りをあげて風が逆巻く」)
夢か現か。
盲いた眼では確かめる術もない。いつまでも続くこの世の地獄こそが、或いは夢幻の出来事なのか。
おぎゃあぁ‥‥
おぎゃあぁ‥‥!
また始まった。
赤子の声と共に、数多の人々の思念が少女の心へと押し寄せてくる。今宵もおぞましい宴が始まったのだ。生きながらにして精気を喰らわれ続ける、千を越す人々の痛苦がそこにあった。
抵抗を忘れた大人達は成されるがまま苦悶に晒され、力尽きる刻をただ待ち望んでいる。その中で、一際激しい苦悶の思念が少女の心を引き裂いた。まただ。またあの痛苦がやってきた。身を引き裂く激痛。止まぬ血潮。既に万を越す死がその者の体を打ちのめして来た筈だ。だがなぜこの苦痛は止まないのか。
幾百もの死が夜毎その身へ去来する。それが幾晩とも知れず永劫と続くのだ。鼓動が止まずにいようとも、心は保っていられよう筈はない。激痛の思念に晒され、少女は遂に意識を失った。
闇の底へ落ちる間際、また少女は見た。
躯の街。明けぬ夜。繰り返される苦痛。苦悶。終わらせる為にそれは来る。光。暗い霧を越えて差す一条の、光。
(「それが、救いの力と‥‥」)
●リプレイ本文
目指す石岡は水戸から街道を南に下った位置にある。那珂抜けという選択はあえて北の石橋宿を経由して回り込む道筋。退路のない道筋を選ぶことで水戸藩重臣へ己の気概を見せ付けたのであった。
無論それだけに留まらず勝算もある。那珂は縛を受ける以前に度々関抜けをして調べ歩いた土地。亡者の動向は知り抜いている。道志郎は着実に歩を進めた。石橋から河内へ至る直道で冒険者らと合流を果たすと、河内・安候と順調に南へ下り、いよいよ石岡を射程に捉えた。不破斬(eb1568)が地図を懐へと仕舞う。
「俺に案内できるのはここまでだな。ここから先は忍の方にお任せしよう」
「‥俺は一足先に市中の様子を探ってくるとするか。真崎、その間の警戒を頼めるか」
偵察の任は榊原信也(ea0233)に任せておけば問題はなかろう。信也が潜入口を見つけるまでは、地の術で探りを入れながら慎重に進めば事足りる。
「心得た。黄泉人に俺達の存在が知れれば負けだ。ここからは速度を落とし、敵の目を掻い潜るが上策か」
見渡しの利く直道を進むのは目につきすぎる。街道を外れた荒野を掻き分けて進むしかない。となると気になるのは。木賊真崎(ea3988)が道志郎の様子を見遣る。
「長く獄中に在った身だ、強行軍の疲労は自分で思うよりも蓄積している筈だ。市中潜入までは歩を落として少しでも疲れを抜こう」
「面目ない」
「それは言わない約束ですよ」
七瀬水穂(ea3744)が道志郎へ手拭を差し出す。薬師としての目で診ても道志郎は順調に回復している。気休めかと思っていた薬酒は思いの他に効いたようだ。戦闘のような激しい運動は無理だろうが日常的な動作にはもう支障はあるまい。それも皆クーリア・デルファ(eb2244)ら仲間達の献身のお蔭だ。
「焦りは禁物でですよ道志郎さん。徐々に徐々に身体を動かしていきましょうね」
「余り甘やかすのもどうか。是ぐらいでへばるとは道志郎め。鍛え方が足りぬのだ」
斬は不服そうな様子だが、道中なるだけ精のつく物を道志郎にと気を配っていたのもまた彼である。
「肝に銘じておくよ斬。先を急ごうか。陸殿、先導を頼む」
「道志郎さんのことは兄者から言い付かっています。ここは私に任せて下さい」
野道に慣れた陸潤信(ea1170)からすれば平野続きの常陸など庭歩きのようなもの。真崎の懸念していたよりもだいぶ早くに一行は石岡の町を視界へと捉えた。
市中を遠望する小高い丘へ差し掛かり、陸は立ち尽くして言葉を失う。
「‥‥なんだ、この大地は?」
どこまでも続く果てなき霧の大地。その裾野に辛うじて城下町が覗いている。まだ昼間だというのに一角だけが夜の帳に取り残されたかのようだ。瘴気だ。手にとって触れることさえできそうな、澱のような瘴気。
「中はもっと酷いぞ」
信也の目にしてきた石岡の町は完全な廃墟だった。
「人の気配はまるでない。幸いにして亡者の影も見当たらないが」
府中藩は滅んだのだ。取り戻すべき国はもうここにはない。道志郎は歯噛みする。
「となれば。黄泉を払うのに、光圀公はこの土地を焦土に変えることを厭わぬだろうな」
「水戸の策は火、か」
並び立った陸堂明士郎(eb0712)が常陸の野を一望するように首を巡らす。
「霞ヶ浦、そして恋瀬川。地の利は活かし様といえる。数の不利を埋められぬことはないか。道志郎、貴殿はどう考える」
「その問いは将の身でない俺には過ぎたものだ」
光圀は焦土の中からも国を再生する覚悟を持った。心優しきこの王の為ならば藩士達はその困難をも厭わぬだろう。その熱は石橋宿に救う亡者を忽ち焼き尽くしたようにこの石岡の黄泉人を討ち果せるかも知れない。ならば道志郎の身の置き処はどこにあるだろう。
ただ一つだけいえることは。
命を賭して道志郎らを恃んだ雲野の言葉に応える。無為に終わる道であろうとも。道志郎の歩みは止まぬ。
「勾玉の在るべき場所の当てなどまるでないが。俺の志が天命に適うのならば天が俺を導くだろう。さあ行こうか皆。この闇中へ光を浚いに」
信也の手引きにより一行は市中へと潜入した。
濃い瘴気のせいか日中でもかなり薄暗い。地の利は冒険者らにあるようだ。目指すは石岡城。総社の鳥居もその膝元にある筈だ。行く方を見渡した水穂の視界は分厚い瘴気に阻まれて見通せない。間違いない。常陸を覆う瘴気の源はこの先にある。
「黄泉人達が石岡藩を襲った理由はその辺りに隠れているのかもです。石岡攻略の大きな鍵を握るのは間違いないですから、何としても見極めねばですね」
屋根の上から信也が合図を送る。陸が素早く通りを駆けて路地へ身を滑らせた。すぐさま仲間達が後に続く。遅れた道志郎の手をルーラス・エルミナス(ea0282)が引く。
「さ、道志郎さん」
亡者が活発化する夜までは間がある。一行は日没を待たずに総社へと到達した。
ここも既に廃墟。そこかしこに残る殺戮の後を前にして、斬が手を合わす。
「‥‥御岩の社のようには行かぬか。惨いな」
社は執拗に毀(こぼ)たれ無残な跡を晒すばかりだ。信也が光圀の密書を頼りに拝殿跡をつぶさに窺っていく。
「抜け道が無事ならいいが‥‥ふう、どうやらまだ道は続くようだな」
石段の一つをずらすと身一つを何とか滑り込ませるだけの抜け道がぽっかりと口をあける。立ち込めていた瘴気が出口を求めてどろりと流れ出てくる。この先は日の光も届かぬ暗い地下道。続くは黄泉の城。
どれ程の困難となるだろう。この闇中に勾玉の光を見出すのは。
陸の記憶にふと旅立ちの朝の光景が過ぎる。
江戸の神剣争奪では庶民連帯の仲間であったミフティア・カレンズの助力で僅かばかりであるが手掛かりを得ることができた。「彡」そして「勾玉」を頼りに垣間見た未来。
――割れた勾玉。
「雲野殿が残した彡の符号が三種の神器の三ならば、巫女様が勾玉を有しているのかも知れませんね」
巫女の名を耳にして斬が表情を険しくした。
(「道志郎の志、今こそ遂げる時。そしてまた俺も‥‥約束を果たす時だ」)
斬が石戸を潜り仲間達が続く。天山万齢(eb1540)はその様を思案げに見ていたが、心を決めるとやがて石段にどっかりと腰を下ろした。
「黄泉どもの巣窟になってる城の中に入ろうってんだろ。ぞっとしねえな。気味が悪いったらありゃしねえ。俺は大人しく待ってるぜ」
懐へ伸ばしかけた手を止め苦く笑う。
「いけねえや、酒は旅荷から外したんだっけか。そうなると待ってる間の手慰みが欲しくなるぜ」
抜け道を通って城内への潜入を果たしたが、敵に悟られて退路をたたれましたではお話にならない。危険な役目だが誰かが果たさねばならない。それは武侠を己の中心に据える者の役目だ。
「殿働きなら拙者が残る」
「いいや駄目だね。旦那は道志郎の傍にいるんだ」
同じく武を己の拠り所とする陸堂が志願するが天山の意志は曲がらない。
「俺ももう年でね。駆けずり回ったり大立ち回りしたりだのはもう若い連中に任せてえや。そろそろ楽しねぇと体が持たねえよ。他のことならまあ皆の意見に任せるぜ。自己主張が弱くてね、意見は言えない性質なんだ」
苦笑交じりに頷いたそれを道志郎の承諾と取ると、真崎が懐へと手を伸ばす。
「手慰みの代わりにどうだ」
手渡された書物を前に露骨に顔を顰める天山。
その様子を他所に真崎は涼しい顔だ。
「書はいいぞ。奇書の類だが中々に読み応えがある。読了までには戻る」
これで決まりだ。
水穂が天馬の背を撫ぜながら頭を下げる。
「翡翠とはここでお別れですね。天山さん、この子を頼みますね」
黴臭い地下道を抜けると、その先は魔物の腹の中。黄泉の手に落ちた石岡城の三の丸へと出る。
まず一行の視界に飛び込んできたのは、三の丸に刻まれた異様な破壊の跡であった。崩された積み木のように、棟はその半ばで崩れ落ちている。一体どのような攻撃を加えればこのような凄まじい破壊を引き起こせるのだろうか。黒崎流(eb0833)の背に冷たいものが伝う。
ふと、水戸へ残ったシェアト・レフロージュ(ea3869)からの言葉が脳裏に浮かぶ。
(「繋いだ縁が切れてしまわぬ様‥‥どうか、ご無事で」)
この先は一時の油断も許されない。黄泉の警戒に加えて、慧雪が仕掛けてくるとしたらここだろう。真崎の地の術で辺りの気配を窺いながら、静かに歩を進める。
(「如何な忍びとて動かずには追えぬ。奴とて不用意に網には掛かるまいが。この網がある以上は近づけはせぬと知るがいい」)
周囲に感はない。日没までは暫らくある。亡者が活発化するまでに事を進めたい。
道志郎の傍にはイリス・ファングオール(ea4889)が片時と離れず寄り添い、水穂もまた二人を気遣うように傍に控えている。その彼らの背を庇うように控えたルーラスが油断なくボウガンを構えながら続く。損壊の酷い三の丸は破棄されたのだろうか。瘴気の霧に半ば包まれた三の丸はがらんとして、亡者どもの気配は遠目には感じられない。続く二の丸の様子は厚い霧に覆われて見通せなかった。
石垣の内に漂う瘴気は数間先も見通せぬ程の濃さだ。
忍び働きに慣れぬ一行が身を隠して進むには絶好の隠れ蓑となる。
一方でこの墓場のような静けさは想定外であった。刀を佩いて金属鎧などを着込んだいでたちで臨んでいたならば危なかった。軽装と引き換えに、総勢で持ち込めたのは短刀が三本に刀が二振り。後は僅かな飛び道具ばかりだ。殆ど丸腰に近い格好である。
この広い城内のどこに勾玉があるのか。目星をつけられぬまま、辺りを虱潰しにしての探索行は遅々として運ばない。漸く三の丸近辺を洗い終えた頃にはもう陽は西の方に消え入ろうとしていた。
無謀が過ぎる。この広い城内に、在るかすら定かならぬ勾玉を探そうなどと。そう考えるに沸き起こるのは一つの疑問だ。
何ゆえ、光圀は勾玉を手にいれよと命じたのか。
思い当たるのはただ一つ。窮地に立たされた雲野が寄越した彡の符号。冒険者達はその文字に、神木の杉が失われたという意味を読み取った。そして文は斬の手を経て、春日の元へと渡る。雲野の忠実な僕たる彼女は、或いはそこに何か別の意図を読み取ったのだろうか。
同じ忍びである信也には春日の意図が朧げながら窺えた。
「『彡』とは『髪飾り』の意でもある。そこで勾玉か」
ふと真崎と視線が重なり、二人は頷きあった。信也が小さく肩を竦めて見せる。
「敵の只中にあるだろうな。巫女の神木がまだ無事ならばの話だが」
「勾玉は神気を蓄える存在であると聞く」
(「‥巫女たる資質が勾玉を身に抱く器足るものと仮定して」)
銅鏡の護りが未だその身に宿ると考えるのは楽観が過ぎようか。黄泉が何かの意図を持って巫女を奪い、常陸を覆う怪異を引き起こしたのだとすれば、未だ彼女は存命。身は瘴気の中心。
「‥だとすれば、入手には試練が待つやも知れぬ」
苦々しげな真崎の表情に西日が差す。
辺りへ夜の帳が下り出した。遂に亡者達の時間がやって来たのだ。
殿に立っていた斬がふと足を止めた。信也と陸もその気配を察したらしい。彼らの頭上。瘴気が渦巻いている。風が流れを変えた。その風に乗ってどこからともなく赤子の泣き声が聞こえてくる。
墓場の街にこの産声。クーリアの脳裏に過ぎったのはイザナギの伝説だ。
「確か千五百の産屋の話もありますし、那須では異痕の邪神化の外法に多くの魂が使われそうになりました。ここも同じような事になっているのではないでしょうか?」
では消えた街の住人達はどこに。その疑問が水穂は市中潜入からずっと心に引っかかっていた。殺戮の跡は街の端々に見られたが、それを勘定に入れても間尺にあわない。総社まので道々に生き残りを探しながら進んできたが、ただの一人も見つからなかった。
水穂が不安げに眉根を寄せる。
「何でしょう、赤子の声なのに‥‥この声はなんだかとても気味が悪いです。これが黄泉人達が水戸藩や石岡藩を襲った理由なのでしょうか」
声の方を探して視線が彷徨うが、幾重もの塀に反響して判然としない。だがどうやらそれは本丸から聴こえてくるようだ。
不意に陸堂が皆を片手で制した。彼の連れた忍犬が行く方に身構えている。
「不動の鼻が何か捉えたようだ」
二の丸の方向。そこに何かがあるというのだろうか。
「道志郎さん」
ルーラスの呼びかけに道志郎は逡巡する。
闇雲の探索に時間を費やし過ぎた。残された時間はもう幾ばくもない。うかうかしていれば遠からず敵の目に捕まるだろう。仮に二の丸が空振りに終わったとして、本丸まで足を運ぶ余裕があるだろうか。
決断の時だ。
「お前が決めろ。俺達はその道を進む」
「二の丸へ進もう」
元から策などない。闇の中を手探りで進むような旅だ。
これは天の助け。道志郎はその流れに身を任すことを決意する。
(「意図的に誰かが仕組んだ最後の好機かも知れんな」)
慧雪が水戸から遠ざけられ、動きを縛られている今。そこを千載一遇の好機と風守嵐(ea0541)は見た。
水戸に回りし毒を断つ。今や水戸随一の忍びである手練を相手取って渡り合えるのは己しかいない。慧雪という毒を除くことこそ己の命と、嵐は自らに任じていた。
道志郎に付き従う仲間達からは距離を置きひたすらに機を待った。この探索行は道志郎を闇中へ葬り去る絶好の機ともなろう。慧雪は必ず動く筈だ。ならばその刻にこそ自らの身の置き処がある。嵐は待った。
深く静かに。その時が来る迄。
道志郎らは二の丸へと向かったようだ。その選択は吉凶いずれと出るか。少なくとも核心には一歩近づいた筈だ。二の丸の周囲は亡者がうようよとしている。兵を配すといういうことはつまり、黄泉の秘密の一端があるということ。
答えは間近。しかしそこへ迫る策がない。困難なのは石岡への道程でも、市中城内への潜入でもない。寧ろこの城中にあるであろう勾玉の在り処を探し、無事に辿りつくことだ。その為の方策に欠けていたのは否めない。困難なその道を道志郎は抉じ開けられるだろうか。どうする。
嵐の見守る先で道志郎は静かに刀を抜いた。
(「‥‥強行突破か。危ういな」)
覚悟を決めた冒険者らは道志郎を筆頭に急襲を図る。戦闘が始まった。それでも嵐は動かない。今は機ではない。道志郎の仲間達は一振りの刀があれば百の亡者を屠る者達だ。守りを破るは易い。生還を考えないのならば。
「ええい、もうどうなっても知らんぞ道志郎」
「まさか忍び働きの最中に敵陣ど真ん中で大立ち回りを演ずる羽目になろうとはな」
歴戦の猛者達とて胆を冷やしたようだ。
こうなっては本当に策もない。道志郎の進むに任せる他ないだろう。
「答えを目前にしてこのまま引き返す訳にもいかなかったろう。かくなる上は已む無しだ」
「だがこれで本丸からもじきに亡者どもがここへ押し寄せるだろう。急げ。手早く事を済ませて撤退しよう」
二の丸の中は凄絶を極める光景であった。
踝まで腐血に浸かりながら冒険者らはそこへ足を踏み入れる。狭苦しい空間に押し込められた人々。生死すら定かならぬ大勢の物言わぬ躯のような人々であった。痩せ細って精気を失った姿は屍そのものだ。だが確かに生きている。呼吸がある。脈がある。心の臓はまだ鼓動を刻んでいる。しかし現れた道志郎らの姿へも最早何の反応も示さない。一年余りに渡る凄惨な体験は彼らから情動を奪い去っていた。
イリスが痛ましそうに十字を切った。
ふと足元に触れた影は床に這い転がる石岡の民の成れの果ての姿だ。老人のように深く刻まれた皺の奥で鈍く光る瞳がイリスを見ている。
『何か伝えたいこと、ありますか?』
指輪の魔力をもってしても最早正常な交感は望めない。流れ込んでくる思念はただ苦痛。苦痛。苦痛。苦痛。苦痛。圧倒的な苦痛。しゃがみ込んだイリスが手を取った。筋だけの手に剥き出しの神経は、イリスの柔らかな掌に包まれただけでも悲鳴のように思念を逆剥かせる。希いも望みも。全て亡者達が取り去ってしまった。何がこの魂の慰めとなるだろうか。身を裂く痛苦ごとその者を抱き止めでもするようにイリスはもう一方の掌を重ねる。
止まなかった苦痛は漣のように引いていった。この者の胸の内に温かなものがじわりと広がっていくのが分かる。微笑みかけたイリスに答えるようにひび割れた口角が持ち上がり、半ばで止まる。
『おやすみなさい』
それきり、事切れた。
無力なイリスに出来るのは掌に残った感触を生涯忘れぬことだけだ。無言で立ち上がった彼女の背を道志郎は黙ってみていた。双肩は義憤に震わす彼は水穂が首を振る。
「道志郎さんは武家の出自ながらも民草の中から立ち上がった人です。心中お察ししますよ。でも彼ら民草を切り捨てることになろうとも任務を果たして生還する必要があるです」
立ち止まることはできない。勾玉を探し出し、一刻も早く脱出せねば危ないのだ。
「勾玉は強大な力を貯めているとのこと。黄泉人の野望を打ち砕くためにも、水戸藩との交渉のためにも。今はそれが最も重要なのです」
斬が不安げに彼の横顔を窺う。道志郎は苦しげに吐息を吐き出すと、先頭を切って歩き出した。真崎の術を頼りに一行は辺りを探って進む。
二の丸の地下深く。暗い牢の奥にそれはあった。
胸を貫くで刀で壁に張り付けにされ、四肢を刻まれた変わり果てたその姿。だが一行はその姿を覚えている。その目を覆った白い包帯を覚えている。斬が言葉を失う。
雲野十兵衛。その人だ。
「イリス」
『聴こえますか。雲野さん、私の声が届きますか』
『‥‥お守りせねば‥‥巫女様を‥‥慧雪め‥‥俺は‥』
『――雲野さん!』
かっと雲野の双眸が開いた。しかしその瞳は焦点を結ばない。既に光は失われて久しい。
『‥‥遅かったな冒険者』
束の間の正気を取り戻したか。雲野の口許が微かに笑う。
水戸の噂とは違い男の五体は繋がっている。だがその肌には確かに傷跡が窺えた。身に刻まれたそれはどれもが致命傷。いかに不屈の男といえど命を保っていられよう筈がない。彼の首には小さな紐で吊るされた勾玉。御岩神社の三種の神器の一つ。蓄えられた膨大な神気がこの男の命を永らえていた。
『「彡」の符号を読み解くのに随分かかったではないか』
「巫女は一緒ではなかったのか」
『巫女様は俺に勾玉を預けられた。お蔭でこうして死ねもせず恥を晒している』
黄泉の攻勢の前に御岩神社は崩れ去った。黄泉はそこに封じられていた巨骨を呼び覚ました。三本杉は巨骨によって巫女ごと持ち去られたという。冒険者に文を認めた雲野は石岡まで辿り付いたが、奮戦虚しく敵の手に落ちた。
巨骨によって石岡が蹂躙される様を雲野は見た。巨骨は石岡のどこかで暫しの眠りについたという。石岡の民は巨骨に精気を吸われる為だけに、死ぬことさえ許されず飼いならされているだけだ。
『石岡の民は生きながら贄となり、苦痛に晒され続けている。黄泉はそれを集めて何かを成そうとしているようだ』
雲野の言からおぼろげながら信也にも黄泉の狙いが掴めてきた。
「読めた気がするな。幾多の苦痛が彼女を通って黄泉へと流れ、それがあの赤子の糧となっているのかもな」
「其を贄と成し、魔を呼び育む存在へとも転ずる、か。外法だな」
「雲野殿、我らは光圀公の密命により勾玉を持ち帰る為にここに来た。貴殿も供に帰藩しよう」
『無理な相談だ。刀を抜けば精気の流れが止まる。巨骨の眠りが途切れるだろう。俺の事はもう――』
言葉半ばで雲野の魂は唐突に苦痛の海へと帰っていった。正気を保っていられるのはごく僅かの時間のようだ。後は永劫に続くかのような苦悶の刻だけ。
勾玉を受け取れば残された雲野は死ぬだろう。それは今の彼にとっては安らぎとなるのかもしれない。
道志郎は決断せねばならない。しかし容易ではない。道志郎の逡巡へ陸が助け舟を出す。
「道志郎さんが岐路に立たされたなら伝えろと、兄者から言付かっています」
決断により重い業を背負う事になろうとも、その肩一つに重荷を負わせるつもりはない。共に業を負う仲間がいることを忘れるな。――お前の信じた道を進め。
「私は兄者を信じています。兄者と共にその業を背負いますよ」
道志郎の瞳が揺れる。彼の迷いがイリスには我が身のことのようによく分かった。
(「でも全部背負わなくても大丈夫、です」)
少女は固く決意する。
ただ背中を押すのではなく。今度こそちゃんと、隣に並び立てるように。
(「勾玉がだれかに苦痛を与えるだけの生に縛り付ける頚木に成り果てたなら」)
イリスの手が勾玉を掴み取った。
(「その鎖は壊す、です」)
慧雪が暗殺を狙う機。それはおそらく勾玉を手に入れた時になるだろう。そう信也は考えていた。
道志郎の命と勾玉の両方を奪え、かつそれまでの緊張が弛緩する瞬間。その狙いは的中していた。しかしイリスの行動ばかりは慧雪にとって想定の外であった。
イリスが手を振り被ったその瞬間、慧雪は身を隠していた梁から飛び出した。それこそ嵐がじっと伏して待っていた好機。
(「‥‥漸く動いたな」)
姿を見せた慧雪の背へ正確に手裏剣が飛ぶ。一瞬早く身をよじってかわした慧雪。柱へ刺さった手裏剣は先まで慧雪の心臓のあった場所を正確に射抜いていた。
「貴様のものだ」
「お前は。あの時の忍びか」
答える代わりに刀を抜き、誘う様に物陰へと消える。
「‥‥邪魔立てするか。ならば望み通り葬ってやろう」
嵐を追って慧雪は暗闇を駆けた。
床へ叩きつけられた勾玉を斬が拾い上げた。
「イリス殿。連中の狙いを潰す為、これはなんとしても入手せねばならんのだ」
かすり傷一つついていない。道志郎が斬の手から勾玉を拾い上げる。
「ありがとうな、イリス。だが矢張り斬の言う通りだと思う。これはどんなことがあっても水戸へ届けねばならない」
勾玉はイリスの髪へと止められた。
「‥‥道志郎さん、なぜ私にこれを‥?」
「二の丸の敵へ切り込んだ時から覚悟は決めていたんだ」
道志郎の体では強行脱出には耐えれない。勾玉へ至る方策なく地下道を潜った時からこうなる定めだったのかも知れない。続く言葉を拒むように水穂が道志郎を制する。
「駄目です、今の私たちにはなによりも道志郎さんが必要なのです」
「光圀公に恃まれたことだ。皆なら一丸となれば石岡を脱出できるだろう。どんな対価を払ってでも水戸へ運ばねばならない。そして斬、巫女のことを頼んだ」
道志郎が雲野の刀に手を掛ける。その動きを斬は止められなかった。たとえ命を捨てることになろうとも巫女を救い、守る。
(「そうだな、道志郎」)
静かに頷いて返したのを見届けると道志郎が刀を引き抜いた。
崩れ落ちた雲野を真崎が抱きとめる。
(「此度の任が無事果たせたとて、あいつは逃げる道は選びはしなかったろう。ならば、行き着く所は同じか」)
行ってこい。‥‥必ず取り戻す。
真崎の視線が道志郎と交差し、そして。
道志郎は切っ先を自らの肩に突き刺した。
青年の顔が苦痛に引き裂かれる。あがりそうになった悲鳴は寸で噛み殺した。喉の奥で低い呻きとなって体を震わせている。勾玉の護りなく、生身で苦痛に晒されているのだ。瞳は焦点を失い、道志郎の心は既に平衡を失っていた。正気を取り戻した雲野が、道志郎の瞼をそっと下げた。
「――道志郎、礼を言うぞ」
「雲野さん、道志郎さんはどれぐらい持ちますか」
ルーラスの問いに彼は苦々しげに首を振る。黄泉はじわじわと苦痛を味あわせながら精を吸い取る。すぐに殺しはすまい。だがその心まで長く保てるとは保証できかねる。
「なんて無茶を、道志郎さん」
クーリアが駆け寄った。
「でも生きてさえいればまた動けますし挽回の機会もあるかも知れないです。だから諦めないで下さいね」
「行こう、皆。自分達には急ぎ水戸へ戻ってやらねばならないことがある」
流が踵を返す。今は一刻ですら惜しい。せめて助けになればと符と身代わり人形を託し、一行は脱出を図る。
イリスが青年の頬へ触れる。
(「ただいま。そしてお帰りなさい」)
隣に並び立ったと思えたのも僅かなひと時。また道志郎は振り返らずに行ってしまった。遠ざかるその背中にいつも理想を重ねて来た。重荷を背負わせたことを後悔もしながら。
(「でも、必ずまた追いつきますから」)
少女は思う。その時はきっと、ただいまを言おう。
残酷で大嫌いな世界の、大好きな人間のために。
嵐の戦いは決着を迎えていた。
「冒険者。刺し違える腹だったようだが、甘かったな」
嵐の刃は紙一重で慧雪の皮膚を裂いた。そのままの姿勢で嵐が崩れ落ちる。それには一瞥もくれずに慧雪は踵を返した。
「道志郎め、勾玉を手に入れた頃か。やはり奴にはこの石岡で――」
そこで唐突に言葉は途切れた。
男の背中越しに覗くのは、彼の背に刃を付きたてた嵐の姿。
「慧雪、お前は強い。俺に唯一機があるとすれば、俺を斃したと貴様が確信したその刻、裏の裏を掻いたただの一度きりに賭けるしかなかった」
「見事だ。貴様、名を何という」
「嵐。御守衆の風守」
刃は慧雪の背を立てに切り裂いた。忍び装束の下から覗くのは、両刃の刀。うっすらと淡い輝きをまとっている。それこそは御岩の社の三種の神器の一つ。失われていた筈の神剣だ。嵐の刃は肉まで届いていない。
「嵐か。強敵だった。その名、覚えておこう」
慧雪の刃は今度こそ嵐を貫いた。決着。再び闇へと慧雪は消えた。
冒険者達は急ぎ抜け道を引き返した。
総社まで来ると、ふと水穂が城を振り返った。風が逆巻く。瘴気の切れ目から不意にその光景が覗く。
巨骨だ。それが石岡城の本丸を抱いて赤子のように眠っている。その手に握られているのは半ば朽ちかけた杉木。体には薄く肉が宿りつつある。
天山が肩を竦める。
「勾玉は太極図を表すとも、胎児を表すともいうらしいね。巫女の胎内に陰の気を集めて何か復活でもさせようってのか。おお、くわばらくわばら」
(「兄者‥‥」)
空を見上げた陸が不安げに眉根を寄せる。嵐は帰らなかった。待って居る時間はない。すぐにでも発たなければ。だが嵐ならば必ず帰ってくる筈だ。
(「諦めなければ道は必ず通じます、だから‥‥!」)
水戸へ戻ると雲野は再び姿を消した。
城門を潜った冒険者達は光圀に謁見した。
「以上が我々が石岡で見聞きした全てです」
天山の作った絵図面と照らしながら陸堂が献策する。
「先ずは地の利を生かすが肝要と考える」
数の不利を補うには、包囲そして挟撃。機を見て敵の指揮中枢への強襲。
その為には高い攻撃力を有する部隊の編成が不可欠。
「つまり、冒険者による魔法を交えた集中攻撃こそが、これを成しえる唯一の方法であると考える」
「私からも進言します」
と、ルーラス。
「高威力の術氏による奇襲で敵の陣容を崩すことを考えるべきかと」
「他人の兵をあてにして軍議を語るか。不心得者め」
「則綱の言う通りです。ありもしない兵力を基にした策を考えても意味のないこと。今ある兵で対処する策でなければ意味がありません」
「殿。石岡攻略の糸口を掴まず帰藩した以上、道志郎は死罪。石岡にて死を待つばかりとのことでありますが、黄泉どもごと滅ぼすことで死罪に替えるというのは如何か」
若い藩士達から次々に賛成の声があがるのを真崎は危うげに眺めている。
(「刺客の狙いが本多殿だったことを考えるに。水戸公は傀儡として必要な存在だったと見える」)
御庭番では実権は握れぬ。表に在り其が務まる協力者が居るとすれば。
(「御傍に今味方は居らぬ、か」)
藩論は則綱らに握られ、光圀の意図するようにはまとまらぬ様子だ。過去の行き違いから冒険者に悪感情を抱く藩士も少なくない。つい先日も鎌倉藩主を名乗るジークリンデ・ケリン(eb3225)が訪ねてきたが、よい印象は得られなかったようだ。尤もそれは道志郎の物語で語られることではあるまいが、いずれにせよ冒険者が協力関係を築くのは困難を伴うようである。
流はじっと耳を傾けていた。
焦り、怒り、軽蔑。その裏にある感情も以前よりは醒めた目で眺めることが出来る。
「道志郎の死罪が免れぬなら、自分は決死隊に志願したい」
「これは異なことを。冒険者らが決死隊と組んで、それが何ゆえ道志郎への死罪の代わりになるのか」
「自分は華の乱の際、平和に繋がると信じ源徳殿と共に戦った」
多くの友兵が傷つき斃れるのを見送った。盗人の如き敵が江戸の主と頭上に立つなど納得できるものか。伊達を江戸から追い落とす為に周辺勢力へ働きかけてきた。
「水戸の民を扇動し城下を騒がせた主謀は自分だ。非難は甘んじて受ける。私心があったことも認めよう。その為に、水戸の民も、道志郎さえも利用した。死罪となるべきは寧ろ自分だ」
「不思議ですね」
光圀は記憶の中の青年の姿を思い起こすようにして目を細めた。
「道志郎に付き従う者は皆彼の旗の元に集った者達と思っていました。ですが貴殿は違うのですね。彼とは別の、自分自身の旗を持っている」
「それは買被りかと、光圀公」
「私は矢張り彼の歩む道のその先を知ってみたいと思う。決死隊の編成を許し、道志郎の仲間らには石岡攻めへの参陣の命を与えます」
則綱の反対を押し切って光圀は宣言した。水穂が深々と頭を下げる。
「生きて石岡を見てきた私達はきっと石岡攻略の案内にもなるです。働きをお約束します」
戦の準備は既に整っている。
数日と待たず出立となるだろう。
石岡攻めの報せはシェアトの滞在する本多邸へも届けられた。次代藩主の旗の下の初陣をこの武人はどれ程心待ちにしていただろうか。今も目覚めぬ忠勝
「忠勝様。今も変わらずそこにいらっしゃいますか‥‥?」
忠勝も道志郎も生きるべき星。
「水戸に 光圀様に 忠勝様に‥‥よき未来を」