志道に心指す 第八話/拾八「絶退刹冥」
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■シリーズシナリオ
担当:小沢田コミアキ
対応レベル:11〜lv
難易度:やや難
成功報酬:4
参加人数:15人
サポート参加人数:5人
冒険期間:01月14日〜01月19日
リプレイ公開日:2010年01月15日
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●オープニング
常陸の神話に言う。
かつてこの地には巨人が住んでいた。その身は天を突くばかりに高く、眼光は爛々として星の如く輝き、幾百幾十万の同族を指呼し、この常陸に国を作り良く治めた。名を星神香々背男という。
常陸の神話を調べていくと面白いことが分かる。
この地に伝わる神話の多くは、大和の国造りに関わった出雲の神々が後に常陸国にて再生し、常陸の国造りを行ったという。この日ノ本を造りし大国主命と小彦名命はこの地に再来し民を率いたといい、蝦夷を滅ぼした日本武尊の東征も常陸ではこの地に救う蛮族を平定した物語と伝わる。多くの出雲神話がまるでこの土地の神話であるかのように言い伝えられているのだ。
星神香々背男もまた、この地に救う荒らぶる神々の一人として滅ぼされた。常陸の国には三百を越す社が点在する。これは京のそれにも劣らぬ数だ。ここ常陸はつまり小出雲。大和国のそれと同じようにして、神話の世に国造りが行われたのである。
これ全て、常陸総社と御岩神社の二つの社の神主と、代々の水戸藩主にのみ伝わる話である。
「つまり水戸に住まう私の民は神代の世の侵略者の末裔。かつての土着の民が何者であるかは推して知るべきということです」
「とすると常陸神話は朝廷にとっては隠し通したい歴史の闇という訳ですね。黄泉がこの地に現れた理由も分かる気がするです」
水戸城内での会見の後、冒険者らはお忍びで本多邸を訪ねた光圀と密通を持った。
「勾玉には数百年も蓄え続けられた膨大な神気が宿っています。五体を引き裂かれた雲野が無事に生還を果たしたように、ただ携えしだけの者にも護りとなる程です」
銅鏡は退魔の結界を敷き、失われし神剣は強大なる亡者をも一撃で屠るという。だが何れの御技も行使できるのはただの一度きり。力を解き放てば術者や器そのものを壊してしまう。勾玉の役割とは、再びそれらに力を宿すこと。
御岩の巫女が雲野に是を与えしは、後事を託さんが為だ。
「お庭番頭目雲野、此処に帰参致しました。我が君、逞しゅうご成長なされましたな。光を失いし我が眼にもそのお姿は確と映っております」
慧雪は帰らなかった。黄泉と通じていたなら雲野の事も知っている筈だ。悪謀最早是までと悟り姿を晦ませたのだろう。お庭番の脅威が去り、雲野はこうして秘密裏の帰藩することができた。
「御岩の社にて記録を遡るとありました。4年前、奴はそこで修行を積んでいます。その時に常陸神話を知り此度の件を企てたのでしょう。だが奴は愚かではあるが馬鹿者ではない」
黄泉と通じて権力を掴んでも強大となった黄泉に滅ぼされては意味が無い。必ず切り札を隠し持っている筈だ。
「4年前。神剣が失われた時と符号します」
追い詰められた鼠に、秘した牙一つ。
この大詰めにどう出るか。
「雲野はまだ表立っては動けぬ身。そなた等には雲野と共に慧雪の策謀を封じてほしい」
則綱への疑いが晴れた訳ではないが、則綱らは慧雪と折り合い悪く、また光圀自身は忠勝動揺に彼に信を置いている。慧雪は或いは今の春日の位置について影から光圀を操ろうとしていたのかも知れない。
「とはいえこの大詰めに間違いがあってはいけません。憂いを晴らす為、戦には私自らが兵を率います」
ふと床につく忠勝へ目を遣り。
「願わくば、戦場に立つ私の姿を忠勝には見てほしかったですね」
傷は癒えたが目覚めは未だ来ず。
痩せ細った体の傍では星読みの姫が竪琴の音に乗せて子守唄を歌っている。
(「忠勝様は私に名を授けて下さったご敬愛申し上げる方ですから‥‥」)
水戸へ戻ってから幾日も、寝食を忘れてずっとこうする日が続いた。
(「‥‥忠勝様。その魂を何かに捕らわれておいでですか? 魂をもって何かを守っていらっしゃるのですか?」)
ふと。
ごとり。突然の音に床の間の槍掛けを見ると、忠勝の愛槍が台を外れて転がっている。
光圀の藩主としての初陣にて先駆けをと忠勝は願っていた。
(「そこにいらっしゃるのですね。今も光圀様を案じ、その身を御守りしようと見守って下さっているのですね、忠勝様‥‥」)
水戸藩は藩主光圀を総大将として五百の兵を黄泉討伐へと差し向けた。
この二年来に鍛え抜き、北平で実戦も経験した生え抜きの精兵達である。推定される黄泉の勢力は三百程のシビト。是に加え魑魅魍魎の化け物共も加算すれば悠に倍以上の数と推算される。苦しい戦となるだろう。
水戸藩の策は火計。その効果は石橋宿攻略で実証済みだ。しかし今回は未だ囚われし千を越す民と、巫女そして道志郎の命を代償に払う必要がある。生存の確証のない彼らを顧みて兵を危険に晒すのに則綱は強く反対した。光圀にも是ばかりは抑えきれぬだろう。攻め手が劣勢に立たされることがあれば、総大将として決断を下さねばなるまい。冒険者らが自由に動ける時間は、戦況の推移によっては短い時間となるやも知れぬ。
彼らに与えられた使命は2つ。
実際に市中を見てきた者として、先鋒を率いる古河隊の案内を行うこと。
そして決死隊として巫女の救出及び銅鏡の奪還を行うこと。
二つ目の命は表向きの者。雲野と共に与えられた密命を遂行する為の方便だ。一行には遊軍として行動の自由が与えられた。
決死隊には冒険者の他に多くの水戸の民が志願した。かつて道志郎を支えた者達だ。道志郎が獄を抱いてからも後を任された流の流の指示に愚直なまでに従い、弓の扱いは藩兵にも引けをとらぬ程の練度に達した。集団戦となると正規兵に遠く及ぶまいが、兵として扱うには足りるだろう。
夜明け前の薄闇の空。遠く西の方にはまだ消え残りの星が瞬く。
隊を率いる流は馬上に思う。変化が避けられぬなら、それをより良きものに変える努力をせねばならない。その力を、可能性を、彼は道志郎を通して未だ無名の民草の中に見ていた。
道志郎は剣か死を望んだ。流が選んだのは生。
道を切り拓く機を望む。捨てるのではない。この命を自らの志に使う為に。
(「自分は生きることが楽しい。今はただ、この闇の中でそれを皆が思い出せるようにと、そう願う」)
流が天高く腕をを掲げる。
先頭の兵が勢い良く彼らの旗を掲げた。はためく漆黒の布。そこに煌くは無数の星々。
家名も家紋も捨てた道志郎には掲げる旗印がない。それに代え、出立の前夜に隊の全員で黒布に自らのしるしを点で残し旗とした。
「夜を照らす光を望む者の掲げる旗。道志郎の旗印には相応しい」
とすれば、これは国士足る道志郎にとっての初陣。
かつて当てもなく飛び出した無謀な青年としての戦ではない。彼を慕い従う者達を率いての戦。
この地で遂に、道志郎は彼の民を得たのだ。
■□
慧雪は帰藩もできず、かと言え黄泉に身を寄せるも選べず、未だ石岡に潜んでいた。
野望は潰えたか。
(「否。あの巨骨は水戸藩にとっては最大の脅威。それを俺が打ち滅ぼせば」)
掌中の神剣を握り締め慧雪は思案する。それは最大の武功だろうが、それだけでは失点の帳消しにはならぬ。となると邪魔者は――。
こうして水戸の苦難の物語は遂に決着の時を間近に迎えた。
戦いの火蓋が切られるその前に、三つ目の信託をもってこの節の結びと代えよう。
古き国造りは繰り返され 裏返しの物語が始まりゆく
刀も槍も、光なくては無為に潰える。
祝福せよ常陸の民よ この地は新しき王を頂くのだから
そして、決戦の朝が来る。
●リプレイ本文
苦しい。体中が痛みに痺れる。
(「‥‥俺はここで死ぬのか‥」)
雲野の身代わりに己を差し出したが、無鉄砲をした。
ここは暗く、苦しい。どれだけの時が流れただろうか。思えば生家を飛び出して五年。道なき荒野をさ迷い歩いて来た。どれだけ背伸びをして見せても己はただの素浪人。一体何を成せたというのだ。
(「俺の一生は凡夫の無力に終わるものであったか」)
不意に、どこかで歌声が聞こえる。
天の星をかぞえましょう
ひとつが夢を
ふたつが愛を
みっつが智慧を
よっつが勇気を
いつつが希望を
あなたに降らせているわ
そして愛しいあなた
月よりも明るく照らしてくれた
あなたの光をさがしています
懐かしい声だ。ずっと傍にあった気がする。
ふっと胸に甘いものが過ぎる。那須での冒険。神剣争奪の大勝負。
(「あの頃は楽しかったな。流、斬、みんな、またいつか――」)
沈み行く意識の底で、道志郎の脳裏を最後に掠めたのは、共に歩んだ仲間達の姿だった。
おやすみなさい愛しい子
ねむりましょうあさが来るまで
ほしは消えてもそこにあるから
目をさましたらきっと――
■□
出立の朝、本多邸。
動乱の水戸を是まで支え続けたのは他ならぬ忠勝であった。その魂は今も光圀と水戸の民を見守っているに違いない。そうシェアト・レフロージュ(ea3869)は信じていた。
(「忠勝様‥‥行って、参ります」)
未だ眠り深いその顔は往年の精強さの見る影もなく痩せこけ、衰えた。ジークリンデ・ケリン(eb3225)にも原因は分からない。
「呪詛やも知れませぬね。とすれば根を絶たずば手の内ようはあらぬかと」
「そうか。ご苦労であったな。下がってよいぞ」
戦装束の光圀にかつての優柔な少年の面影はない。少年を厳格な為政者へと変えたのは皮肉にも、彼の成長を願って見守り続けた忠勝の付疵でった。。
「大恩ある家康公のご一族への恩返しを致しとう御座います」
「お前の忠義は確と受け取った。鎌倉攻めでは大きな武功があったと聞く。此度の戦働きにも期待しておる。出陣まで兵らと共に待機しておれ」
脇に控えていた木賊真崎(ea3988)もまた光圀の傍に侍ることを願い出る。
「兵が冒険者を忌避している事は承知故、使い捨ての盾としてやくたい者との扱いで結構」
「好きにするが良い。我が家臣らにはその方らを良くは思わぬ者も多いが、ひとえに私や忠勝への忠義故。許してやってくれ」
初めて謁見した時は忠勝の傍に隠れ頼りなく映ったが。若者の成長の何と早いことか。或いは年近き道志郎との出会いが刺激となったのやも知れぬ。かつての幼さ残る少年の顔を思い出し、真崎はふと表情を甘くした。それも僅かの間のこと。
(「己の役目を果たし生還してこその勝利‥‥。道志郎、傍にはゆかぬがお前は戻ると信じている」)
「畏れながらご注進申し上げる」
光圀の旗の下での初陣を誰よりも強く願っていたのは忠勝だ。武人の魂は得物に宿る。戦場にて光圀の掌中に納まるのは忠勝の愛槍が相応しい。
「信厚き魂は‥‥共に在り護りとなりましょう」
「私からも御願い申し上げます。きっと忠勝様もそう願っておられましょう」
槍を手渡された光圀は、浮かんだ戸惑いを呑みこむと房飾りへ手を掛けた。
「この槍はそなたの下にあるべきかと思ったが。ならば歌姫よ、せめてこれだけでも身につけてやってはくれぬか」
「ではお返しに是を。忠勝様より頂いた扇です。ご出陣の御守りにでもなれば」
光圀とシェアト。立場は違えど、共に水戸城奪還の戦を生き延びた二人だ。それ以上の言葉を交わさずとも通じ合うものがある。
(「主従、仲間・・・様々なご縁があります 形は常に変わり行き。けれど、決してお一人では無いと言う事をお忘れにならずに・‥‥よき未来の風を。ご武運を」)
今も瘴気深い石岡の街は迫り来る生者達を待ち受けている。この地で、陸潤信(ea1170)と天乃雷慎(ea2989)ら兄妹の長兄である風守嵐(ea0541)は慧雪を追い、そして帰っては来なかった。
「潤兄」
「兄者はきっと生きている。私達が目指すその先に必ず居ます」
瘴気の霧を見通したケリンの術で探るに、周辺の亡者どもを城内へと呼び寄せて迎え撃つ腹のようだ。
光圀は亡父の陣羽織を纏い、馬上にて屹立する。
真崎が槍を手渡し、掲げられた槍穂が鈍い光を返す。
「常陸国の興廃はこの一戦にこそあろう。見よ、忠勝も我らと共にある。水戸武士達よ、今世の国造りの先駆けとなろうぞ」
陣屋の亡者どもを蹴散らした水戸軍は城門を破り、三の丸へとなだれ込んだ。
敵先鋒の主力は死人憑きと怪骨。更には餓鬼や傘化けに至るまで城内は人ならざる黄泉の住人どもがひしめいている。先鋒の古賀隊が黄泉勢を真っ二つに切り裂いた。冒険者ら決死隊も遅れじと突き進む。その中には新撰組隊士、哉生孤丈(eb1067)の姿もある。
「道志郎殿とは神剣争奪を陸堂団長と共に戦った仲、ここでむざむざ死なすには惜しい人物だと思うんだねぃ」
道志郎の志に共感した彼ら決死隊の士気は高い。十人長に率いられた決死隊は隊伍を乱さずに古賀隊と共に奮戦した。これも全て黒崎流(eb0833)の指導の賜物だ。
「放て!」
敵を十分に引き付けての斉射が敵の出鼻を挫き、露払いを受けて古賀隊が殺到する。
「怪骨は特に処理が難しい。古賀殿の隊と連携して突出せぬよう」
流自身もまた、空間明衣(eb4994)に決死隊の指揮を預け、前線で刀を振るう。空間が皆を鼓舞する。
「道志郎殿の覚悟に殉じる決死隊だが、私はその名に相応しくない闘いをして貰いたい。死中にこそ掴み取れる生もある。皆で生きて帰ろう。道志郎殿と一緒にな」
その思いは、ペガサスの背で眼下を見守るルーラス・エルミナス(ea0282)もまた同じだ。
「道志郎さんの残してくれたこの機会。決して逃すことのないように、己の全ての力を振るいます」
決死隊へ立ち塞がる亡者どもをに向けて矢継ぎ早に射掛けてゆく。その身は薄く闘気が立ち上り、その気炎と共に魔法の護りを受けた矢は黄泉の尖兵を挫いていく。
「古賀隊、三の丸を突破」
「三の丸は渡辺隊が制圧との由」
光圀へ届く伝令の声音からも前線の快勝振りが窺える。だが真崎は押し黙ったまま、戦場のどんな小さな動きですらも見逃すまいと神経を研ぎ澄ませていた。
ふとその網にかかった何者かの気配に彼は鋭く視線を走らせた。気配の主を確かめて、真崎は心中で固く頷いた。
ク・モ・ノ・ハ・ブ・ジ。
唇だけで告げると、真崎は髪紐を解く。
(「よもや敗れたとは端から思ってはいないが、‥怒るのは後回しだ」)
「呼んだか真崎」
彼の気配を察して榊原信也(ea0233)がそっと彼に並び立つ。
「神剣の在り処の裏が取れた。巫女の下へ向かうイリスらが心配だ、助勢を頼む」
「任された」
真崎の手には風に乗って舞い来た一枚の木の葉。そこに認められた盟友の筆跡に目を落とし、真崎はそれを懐へと忍ばせた。
(「いつかの約束、忘れた訳じゃなかろう? 江戸に帰ったら小言の一つくらいは言わせて貰うから覚悟しておけ」)
戦端が拓かれて半刻。今も三の丸では激戦止まず、二の丸から押し寄せる黄泉どもとの攻防が続く。先陣では哉生が新撰組の名に恥じぬ鬼神の如き奮戦振りを見せている。
「連中には感情が無いから士気が無いねぃ。人と同様に考え、これで勝ったと思っても、連中はまだまだ襲ってくるので注意が必要なんだねぃ」
疲れを知らぬ亡者どもを相手取っては疲労が激しい。雑魚とは言え兎角この数も面倒だ。シビトどもを蹴散らし戦う空間の切っ先が眼前の亡者の喉笛を切り裂いた。技の名は。
「――散華! 雑魚に用はない、散らせてやるから順にかかって来るがいい」
その時だ。戦場の怒号をかき消すような轟音と共に、二の丸と本丸とを分かつ城壁の向こうで巨大な火柱があがった。ケリンの放った溶岩流が敵陣を足元から貫いたのだ。巨大な熱気が辺りの空気を焼き、束の間、瘴気の霧が消え失せた。現れた光景に兵達の間へざわめきが走る。
本丸を掻き抱いて眠る巨骨の姿。アルディナル・カーレス(eb2658)が剣を止めてその巨体を仰ぎ見た。
「なんと巨大な‥‥これでは手の出しようが‥‥」
巫女の神木を抱えるその腕は遥か頭上だ。とてもカーレスの剣が届くものではない。
うっすらとついた肉はもう半ば骨を覆っている。緩やかに上下する分厚い胸は今にも鼓動をあげて立ち上がりそうだ。続けて術を放とうとしたケリンを流が制した。
「ジークリンデ殿、火はまだ不味いな。逸る則綱殿が火計に移るとも限らない。何とか自分らで抑えよう。貴女の力を借りる時はきっと来る」
「死人は燃えても燃えながら襲ってくるのが怖いんだよねぃ」
京都で死人相手に戦った時はそれで少なからず被害が出た。まして囚われの民らの存在もある。
「燃えながら殺到する死人を前にしたら、うちの兵隊でも流石に卒倒しちまいそうだからねぃ」
哉生がおどけて口にしたその時だ。
鈍い軋みをあげて本丸の門が開いた。
ガシャガシャと具足のすれ合う不快な音。霧を縫って姿を見せたのは鎧兜に身を包み、馬上に立つ武者達。従えるシビトもただの死人憑きではない。牙を秘めた精強な死食鬼どもだ。敵の主力がやって来たのだ。
すぐさまルーラスが射掛けるが、矢撃などものともしない。地響きを立てて亡者の軍勢が殺到する。敵軍の力量を肌で感じ取った流は背に伝う悪寒を禁じ得ない。
「不味いな、あの勢い。決死隊や疲弊した古賀殿の隊ではいいように蹂躙されかねない」
亡者に身を落としたとはいえ生前は侍だった者達だ。騎乗した彼らの踏破力は凄まじい。瞬く間に古賀隊との間で乱戦となった。これではケリンの術では味方を巻き添えにしかねない。
「一町、いえせめて50間の間合いでもあれば斉射の機を作れましょうものを」
精霊の加護により絶対の知覚と絶大な破壊の力を備えたケリンであるが、それを使いこなすのは生身の彼女だ。火の精霊力で普段の彼女よりも集中力を研ぎ澄ませた状態とはいえ、全てが思うままにとはいかない。まして集団戦。味方の動きに足並みを合わせてとなると、力を十二分に引き出すには相応の策か、流のような兵法の修練を要する。
「決死隊、隊伍を乱すな! 浮き足立てば横腹を食い破られるぞ!」
二の丸の警戒に一軍を残した後に手勢を左右に二分し、素早く雁行を組んで見せる。
「両翼放て! 古賀殿をお救いしろ!」
矢嵐も分厚い武者鎧の前ではそよ風のそよぎに過ぎない。鬼と化した武者達は次々と生者の首を狩って行く。この地獄の有様を誰が止めよう。頼みの綱の忠勝がおらぬ今、それは。
嘶きと共に後曲から駆け上がってきたのは騎馬武者達。
「ここは我等が引き受けた」
追い抜き様に叫び伝え、馬上の則綱が槍を掲げる。
「亡者どもよ、聞け。我こそは本多一党の壱の槍、渡辺則綱なるぞ! 忠勝様への卑怯なる闇討ち、ここに返礼仕る」
両軍、温存していた主力同士の激突と相成った。散開した古賀隊が三の丸の奥へと引き、流らも続く。則綱隊なら易々と破れる事はあるまい。ならば警戒すべきは二の丸よりの挟撃だ。素早く古賀隊は陣形を整えていく。決死隊も二の丸の敵勢へ矢戦を掛け、頃合を見計らい空間が号令を発した。
「二の丸を落とすぞ! 全軍突撃!」
「決行、ですね」
イリス・ファングオール(ea4889)が十字を切り、待ち受ける困難を前にして神の加護を祈った。
三の丸後方でじっと機を窺っていた冒険者の本隊が動く時が遂に来た。三の丸裏手から城壁を迂回し、雲野と共に本丸を奇襲し巫女を救出する。
カーレスもまた主へ祈りを捧げ、信仰の力を人ならざる者どもを退ける鎧へと変える。
「状況的に無理も無茶も止むを得ませんね。慧雪も出てくるかも知れません。皆さんも抜かりなきよう。では――行きましょう!」
「荒れ道の案内は任せて下さい。巫女様の下へは私が必ず導きます」
駆け出したカーレスに陸が並び、遅れじと哉生も続く。
「先陣は譲れないんだねぃ」
仲間と共に先頭をひた走る兄の背を追い、雷慎は一人決意を固める。
(「見送ってくれた皆とも約束したもんね。必ず、皆で帰ってくるよっ!」)
彼ら本隊が駆け出したのを視界の端に捉え、前線の天山万齢(eb1540)は刀に込める力を強める。
策は放たれた。後は天運を祈るだけ。
唯一つ気になるのは明かされた三つ目の神託だ。
「表が生者ならその裏は亡者。始まりゆく裏返しの国造りってのは、かつて滅ぼされた黄泉人が今度は常陸を奪い返すってかい?」
巨骨が籍身した刻、星神香々背男は力を取り戻し、水戸は死者の国と化す。
「冗談じゃァない! いけ好かないカミサマの御託宣に従う道理はないね。俺はね、自分が強いとか頭がイイとか思ってるヤツの企みを引っくり返すのが大好きなんだよ」
なら道は一つ。
神託を覆す。神ならぬ死すべき定め人の身といえ、抗えぬものと諦めて生きるには人生長すぎる。足掻く。見苦しくとも最期の刻まで。
「といっても悔しいが俺一人でどうこうできやしねェ。結局、最後は他人任せになっちまうが」
(「ヨロシク頼んだぜ。俺と、あの青臭い坊やの分まで、カミサマ相手に暴れて来いよ?」)
常陸の命運は背に陸らはあらん限りの力で駆ける。城壁の外には釣瓶落としや傘化けが跋扈するが所詮は雑魚、目もくれずにやり過ごし、一気に本丸の裏手へと回りこんだ。
「榊原さんの情報通りですね。さあ、ここから侵入しましょう」
巨骨による石岡攻撃の爪痕だろうか、城壁に大きな亀裂が走っている。そこが侵入口。休む間も置かず一行は城内へ踏み込んでいく。シェアトの疲労が激しい。ここまでの過酷な道程を考えれば無理なからぬことだ。荒い息をつく彼女の背を不破斬(eb1568)が支えた。
「ここは死地。どうぞ私の事は構わず、ご自身のことを第一にお考え下さいませ」
「そうも言っておれん。最早俺らは一蓮托生だ」
刀を抜き、斬が周囲へ視線を走らせる。暗闇にぼうっと髑髏の影が浮かぶ。怪骨達だ。
「お前達の無念は深かろう。だが、罪無き乙女に煉獄の苦しみを与えることに義などはない。退け」
さもなくば。
「俺の牙は全てを噛み砕く」
一瞬の後。剣撃走り、襲い掛かった怪骨が寸断されて転がった。哉生の剛剣もまた一体を粉々に四散させる。斬が刀を鞘に収めた。
「こっちだ」
忍び働きなら彼にも心得がある。嵐や信也には及ばずとも無用の敵をやり過ごすことくらいはできる。避けられぬ相手ならば奇襲にて討ち果たす。雷慎もそれを援護し、陸と共にシェアトや雲野の為の露払いを務める。
「雲野さん、肩を」
「心遣いは無用だ」
「貴方の知恵は巫女様救出に必要です。遠慮は無用ですよ」
頑なさは常陸の窮地を救えなかった自責故なのか。我が身に代えても使命に殉じようとするその姿が、雷慎には嵐とダブって見えた。
彼の背に掌をあて、小さく首を振る。
「死んで報い様なんて思わないで。誰か一人だって欠けてしまうならそれはきっとボクらの負けだよ。必ず生きて帰ろう」
こうして一行が本丸内部へと入って四半刻。
巫女を探して呼びかけを続けていたシェアトの思念が遂に彼女を捉えた。
『お辛いでしょうが、銅鏡の護りについて窺いたく。ここに勾玉が御座います。この力、如何様に使うべきかと』
『‥‥では雲野殿は』
『ご無事ですよ』
繋がった念波を通してシェアトの胸の内にも温かいものが広がる。
銅鏡の力は枯れた。再び行使するには勾玉の力を借りる他ない。
『巫女様は何処に』
『分かりません。ここは暗い。でも感じます、私の頬へ当たる一条の光。漏れ入る風に血の匂いが混じります』
盲いた巫女の瞳には映らぬが、間違いない、巫女はまだ杉と共に巨骨の掌中にある。
『・・・まだ終わりは、遠いです。けれど貴女が生きていて下さって良かった』
外から窺い見た時は、巨骨の手は天護の傍を掠めるように本丸の上部に回されていた。斬が雲野から聞く所によると巫女を杉から切り離す術はない。
(「巨骨から彼女を救うには、奴の手からもぎ取る他はなしか」)
目指すは上階。カーレスが血路を開く。
「銅鏡が力を取り戻すとなると心強いですね。それに巫女は何としても救いたい」
「同感だねぃ。道志郎殿にしろ巫女にしろ何とか助けたいねぃ」
哉生の疲労がここに来て激しい。一対一なら負け知らずの彼だが多勢を相手にしての戦では体術で見劣りする。薬瓶で何とかやり過ごしてきたがそろそろ限界が近い。カーレスもまた憔悴の色が濃く、彼を支えるのは気力だけだ。
「おおおぉぉぉぉオぉオォォ!!!」
冷静沈着な普段の顔からは思いも及ばぬ怒号をあげて、カーレスが亡者ごと横一文字に戸板を凪いだ。その向こうに現れたのは天守の広間。遂に辿り付いた。見渡す視界の先に半ば覗く巨骨の腕と、握られた神杉。
斬が飛び出そうとしたその時だ。
「‥‥現れたみたいだねぃ」
哉生に遅れて、陸も闘気を纏った拳を突き出して進み出る。
「巫女様の前に立ち塞がるなら、仕方ありません。私の虎の拳が相手です」
二の丸を巡る戦の流れは徐々に傾きつつあった。
則綱隊が圧されつつある。彼らが重圧に潰される前に二の丸を確保し、支援をせねばならない。天山らもここが踏ん張り所だ。
「しかし慧雪ってのは何を考えてやがるのかね。巨骨を倒したとして帰れる訳でなし。なら神器を揃え、巨骨を屠り、道志郎を消して自らが新しき王なりと僭称するってか」
そして刀が光圀なら、槍は忠勝。
「畜生、神託のままに運んでるじゃねーの。するってえと光は‥‥」
ふと天山の目に道志郎の旗印が飛び込んでくる。漆黒の空を照らすのは道志郎の望んだ光。
(「ってことは、いや、おいおいおい待てよ‥‥」)
「戦場で考え事とは豪胆だな」
天山の隙をついて襲い掛かった怪骨を空間が受け止めた。二の太刀で胸骨を打ち砕いて屠り、背中合わせに互いの耳を守る。
「いよいよヤバくなって来たね。疲れ知らずの亡者が相手だ、これからが辛いな」
決死隊に預けた薬も底を突きそうだ。サラ・ディアーナの治癒魔法で辛うじて持ち堪えている状態だ。前線で囮を買って出ていた流も既に慢心創痍。身を覆う闘気だけを頼りに刀を振るう。
上空のルーラスへは以津真天が迫る。
「寄らせはしません!」
正確無比な矢撃で射落としていくが数が多すぎる。あわやという所で、ケリンの重力波が一網打尽にする。
「対空ならば味方集団の巻き添えは気にせずとも闘えますね。ルーラスさん、空の守りをお任せ下さい」
「心強いです。巫女様や仲間が無事生還するよう、皆最後まで力の限りを尽くして戦い抜きましょう!」
ここで押し返せねば形勢はもう戻せない。
火計に至る程に圧されればそれ迄だ。則綱の苦境を救えと光圀自らも兵を率いて前線へと進む。露払いにと真崎が地の精霊力をその手に集める。それがまさに敵軍を捉えようとした時だった。
最初に気が付いたのは上空にあったルーラスだった。
「真崎さん、危ない――!」
ギィィィン!
真崎の脇をすり抜けた凶刃を阻んだのは忠勝の愛槍・蜻蛉切り。慧雪のその手には神剣。だが刃は光圀には届いていない。すぐさま藩士が身を立てとして光圀を逃がす。追う慧雪。させじと真崎がひきつけるが力量が違う。
「邪魔立てするか、どけ」
「まさかここが当たりとはな」
手練の忍び相手では手数え圧倒されなす術ない。矢を番えたルーラスも激しい白兵を前に狙いを定められない。切り結んで数合、遂に凶刃が真崎を捉えた。
「そこをどけ、どかぬならば」
――死ね。
血飛沫舞い、切っ先は紙一重でこめかみを掠める。返す刀までは避け切れない。その危機を救ったのは、意外にも天山であった。
「いやー、参ったまいった。そういや神託が出たのは、俺らが旗印を作るよりももっと前なんだよな。となりゃあ、光は光圀公。詰まらねぇ引っかけに騙されちまったぜ」
「予想外があるとしたら、俺達が慧雪を買被りすぎていたことか」
二対一。反撃の刻。
「おのれ‥‥」
否、三対一だ。退路を断って信也が躍り出た。
「待たせたな真崎」
雲野襲撃を予想して網を張っていた信也だが、暗殺の機は苦戦のさなかで味方の意識が敵勢に向けられた時との読みがギリギリで生きた。
「喰らえ!」
豪炎が慧雪の肌を舐める。飛び退った慧雪の胸へ飛び込み様の刺突。火花を散らして剣鳴が響く。余りの気迫に慧雪は防戦一方の体だ。重いその一撃いちげきが、嵐の仇は俺が討つ、そう叫んでいるかのようだ。
「弔い合戦のつもりか」
「‥お前だけはこの俺が仕留めて見せる‥!‥」
しかし力み過ぎだ。大振り故に生まれる隙を慧雪は待っていた。信也の切っ先を見切り、最小限の動きで素早く急所に狙いを澄まし。派手な動きは要らぬ。心臓を一突き。それで事足りる。切っ先は寸分違わず胸を貫く筈だった。
「――!」
不意に放たれた鎖分銅が慧雪の腕を絡め取った。
風が己を示すに嵐を呼ぶ必要があるか。否。
木の葉を揺らしてやれば良い。
(「古い胸の傷が疼き、死の淵からオレを呼び戻した。死して尚、虎はオレを走らせるか」)
嵐は再び風となり、その身を常陸の野に消した。
(「奴を倒せる仲間がオレには居る。ならば風はその時を揺らしてやれば良い」)
一瞬。ただこのひと時を、男はひたすら顔を伏してまった。
風は掴んだ。
それも嵐を信じ、彼の意図を読んだ信也の存在あってのことだ。
(「‥かかったな慧雪。嵐が死んだと思い込ませれば、そこに意識の死角が生まれる」)
それで十分だ。後は頼れる仲間が奴を必ず討ってくれる。
(「奴はあいつの獲物だしな‥‥行け、嵐。留めは矢張りお前でなくてはな‥」)
見事。まさにこの言葉に尽きる。
是程の罠にかけられては慧雪とて絡め取られるばかりだ。後は任せたとばかりに信也が身を引いた。飛び退り様に、絡め取った腕から神剣を奪い取る。
「‥だが慧雪、その前にこいつは返して貰うとするか」
「くそ、易々と貴様らなぞに―ー」
ずん!
隙を突いて跳ぼうとした慧雪の体を重力が捉える。真崎の地の術だ。次の瞬間には。すう、と。音もなく慧雪の首へ嵐の手が回される。
「待っ――」
嵐が残念そうに目を伏し首を振った。身の丈に余る無謀すぎる野望を抱いた慧雪。その最期であった。
時同じくして、天守での決戦も決着を迎えようとしていた。
斬の掌中で符呪が煙となって燃え尽きた。待ち受けていたのは、黄泉人。それも高位の。
「京都で修羅場を潜ってきた新撰組を嘗めてもらっては困るねぃ。死人相手も慣れっこだねぃ」
哉生が一体を屠り、残るは3体。
『我等一族ノ無念、貴様ラ生者ニ何ガ分カル』
亡者の放った剣撃を陸の鉄扇が弾いた。
燃え滾る熱情を渾身の気迫に変え、鋭い拳を打ち返す。
「潤兄の隙はボクが補うよ! ボクら兄妹の連携、亡者なんかに破れるものかっ!」
雷慎が死角を守り、兄妹の息のあった連携で一体を打ち倒す。
カーレスも死力を振り絞り一体を相手取った。
「不浄なる者よ、去れ!」
しかしその背にはもう一体が回り込んでいた。凶刃一閃。刀を振り下ろさんとするその格好で亡者の動きが止まる。シェアトの放った影縛りだ。
「イリス殿、今だ」
斬に勾玉を託され、イリスが脇を駆け抜ける。
「巫女さん、待ってて下さい。今行きますから」
巫女の杉は巨骨の掌中に固く握られ取り出せない。指の隙間へイリスが身を這わせる。
『サセルモノカ!』
一体が追いすがるが、その時には既に斬が動いていた。地を這うような低い姿勢から、一気に敵の懐へと潜り込む。超接近戦。陸奥流の間合い。斬が咆哮する。
「邪魔をするなと言っている!」
斬の体躯が亡者をかち上げた。たまらず黄泉人はたたらを踏む。
それこそ好機。
「おおおおおお!! 猛虎跳撃ッ!!」
「これで留めです。亡者よ、闇に還れ!」
『無念、香々背男様。我等ノ悲願ヲ――』
黄泉人の今際の言葉に巨骨の体が脈打った。
「イリス殿!」
飛び移った斬ごと杉を握り締め、巨骨が二本の足で立ち上がった。
決死隊は二の丸への入り口を抉じ開けた。道志郎に念じながら流が中へと向かう。
(「どこに居る。無事なら自分の声に応えてくれ」)
そもそも神剣争奪の折、彼に生きのびる覚悟を説いたのは道志郎だった。
当の本人がここで命を捨ててよい訳がない。
何としてでも連れ帰る。そう流が覚悟を決めた時だ。
ずぅぅぅんん。重い地鳴りと共に遂に巨骨が動いた。
駆けいってきた信也が戦場を指す。
「道志郎は任せろ。脅威を全て除くことができて、あいつがいないんじゃ面白くなんでな」
流にはまだ地上でやるべきことがある。後を信也に託し、流が決死隊を纏め上げる。
「犬死は無用、皆退け! 散開して外へ逃げろ!」
カーレスやルーラスが果敢に挑むがまるで相手にならない。巨骨は味方の亡者ごと踏み潰しながらゆっくりと歩み出した。その様を天守から眺め渡し、シェアトは目を閉じた。
束の間垣間見たのは巨骨の記憶。
古の刻に滅ぼされし一族の歴史。あの泣き声は一族の憂い。
今はせめて心安らかに。
「最後の一音まで、歌いましょう。僅かな流れを紡ぎ。一時の行く末を見、後に伝えるまで」
おやすみ よいこ 日はもう暮れた
ふわり 母の手 あたたかく
星が流れる河のはて お日さま 会えるのまっている
一緒に見よう あしたの夢を
ゆらり ゆらり おやすみ よいこ
子守唄に誘われる様に巨骨は二の丸へ半ば体を預けて蹲った。好機。嵐が陸へと神剣を投げて寄越した。掴み取った拳を突き出し陸が微笑で応える。破邪の力が巨骨の足を貫くがまだ足りぬ。空間が叫ぶ。
「手首の腱を狙え!」
陸があらん限りの力で剣を投擲した。それは巨人の掌中から腕を伸ばす斬の手へと。
「陸殿。確と受け取った」
切っ先は見事手首を切り裂いた。
衝音と共に手首が地上へ落下する。直後、そこからまばゆい光が漏れた。
イリスの祈りに呼応し勾玉が輝いている。杉の中から巫女が姿を現す。その目が見開かれ、斬を捉える。頷き返したのを見届けると、巫女は掻き抱いた銅鏡を掲げた。辺りに神輝が満ち、亡者の動きが見る間に弱まっていく。
駆け寄った雷慎が外套を羽織らせ、カーレスが盾を打ち捨てて巫女を背負う。再び剣を陸が手に取った。
「兄貴、ボクも一緒だよ」
その手に雷慎が掌を重ねて。頷きあった二人は共に巨骨へと向かう。その身を激しい痛苦が駆け抜けるが、二人なら耐え切れる。狙いは眉間。深々と刺さった刀は白光と共に巨人の前身を包み、朽ち果てさせて行く。
光圀が声高に宣言する。
「黄泉の首魁、香々背男は滅んだ! 常陸は再び我等人の手へと還ったのだ!」
精強だった黄泉の武者軍団は黄泉人による絶対の統率を失い烏合の衆と化した。水戸軍の反抗戦に転じる。
二の丸の地下からは信也が生存者を連れて這い出て来た。
「道志郎も確保した。だが‥‥」
息がない。しかしまだ体には熱がある。イリスが勾玉を手に駆け出す。
「アルディナルさん、私がだめになった時は、後は御願いしますね」
道志郎をではない。石岡の民を救う為にだ。
きっとそれが彼の望んだことだから。勾玉の行使もまた術者の体を蝕んでいく。幾百の民に力を分け与えながら、いつしか彼女の口から漏れていたのは子守唄だ。
肉体も、魂も、喜んで御手に委ねよう。
最期に一節、記憶が残れば。
(「それでしあわせ、ですから」)
天の星をかぞえましょう
ひとつが夢を
ふたつが愛を
みっつが智慧を
よっつが勇気を
いつつが希望を
おやすみなさい愛しい子
ねむりましょうあさが来るまで
ほしは消えてもそこにあるから
目をさましたらきっと 笑顔でいてね
■□
「気が付いたか? 俺の顔が見えるか?」
ぼんやりした視界に映る影が懐かしい人のものだと理解し、イリスは目を瞬かせた。
えと、道志郎さん?
そう言いかけた言葉が声にならない。
限界を超した勾玉の行使は、彼女の五感と声を奪った。
「礼を言わねばならんな、異国の娘よ」
耳は聞こえる。この声は忠勝だ。最後の方の記憶は薄れているが、勾玉の神気は何とかそこまで持ってくれたようだ。
「そして冒険者らにも。常陸を救れたのたお前達の尽力の故だ。感謝する」
石岡の黄泉を見事討ち果たした藩軍は水戸へ凱旋した。
旧国府の民は殆どが命を落としたが、僅かなりと行き延びた者が居たのは冒険者らの働きがあってのことである。
「光圀様はささやかながら祝いの宴を催すそうだ。貴殿らにも是非出席して頂きたい」
「イリス。それまでに体を治さないとな。さ、起きれるか?」
道志郎に抱え起こされながら、そこで初めてイリスは背中に回された腕に気づいた。
(「道志郎さん、右腕‥‥」)
今度ははっきりと分かる。道志郎の屈託のない笑顔が、ようやくまた帰ってきたのだ。
その道志郎らの様子を窺うと、嵐は踵を返した。
遠巻きに見た青年の姿が若き頃の己と重なり、彼は小さく笑ったようだった。
(「或いはまた逢おう」)
その歩みに陸が並び、その背へと雷慎が跳びついた。
「嵐兄、潤兄、ボク達は三人で一つだよ♪」
道志郎を通して仲間達の縁もまた結ばれたように、兄弟達もまた絆を深め合った。
「だからボク達はどんな困難だって負けないよね!さあ、江戸へ帰ろう」