【喧嘩屋】復讐の焔

■シリーズシナリオ


担当:相楽蒼華

対応レベル:3〜7lv

難易度:難しい

成功報酬:2 G 4 C

参加人数:8人

サポート参加人数:2人

冒険期間:05月31日〜06月05日

リプレイ公開日:2005年06月01日

●オープニング

 江戸の町の宿。とある一室にて彼等は深刻な眼差しでそこにいた。
 その表情はとても悲痛だった。静寂だけが辺りを包んでいた。
 誰一人として口を開こうとはしない。

 後ろではすすり泣く二人の娘、藍と茜。
 その二人の頭をあやすように撫でる綺螺。そしてその隣には自己を戒めている左之の姿。
 ‥‥そんな四人の目の前にいたのは、今は目を開かない少女の姿。
「ボクのせいだ‥‥ボクがあの人についていったから‥‥」
「いや、お前じゃねェ。俺が守りきってやらなかったから‥‥」
「‥‥左之は悪くないよ。だって、知人と戦ってたんでしょ?‥‥そっちの方が、きっと辛いことだと思うから‥‥」
 綺螺がそう呟く。

 前回の戦いにて、目の前で眠る少女は不安のあまり敵をよく見る事なく綺螺へと走った。
 大きな不安という衝動。綺螺に触れるまでとまらないその衝動を抑えきれず。
 結果、骸のソードボンバーに飲まれた。その時は一命を取り留めた。冒険者達のポーションや、寺の治癒で‥‥。
 しかし、傷は大きくも深いものだった。
 結局その少女‥‥碧は三日も立たぬうちに床に伏せ、そのまま永久の眠りについた。
 レンジャーである彼女が受けたソードボンバー。後藤が言うには即死でもおかしくなかったものだと。

 碧の顔に死化粧を施すと、綺螺は彼女を抱き上げた。
 そして、宿の付近にある大きな湖に辿りつくと、彼女をそっと水に沈めた。その手には‥‥愛用していた弓が握り締められていた。
「綺螺。これからの事なんだがよ」
「分かってる。ボクも、覚悟は決めた。左之」
「あ?」
「‥‥お願い。骸を‥‥兄を討つのを手伝って。勿論、冒険者達にも話をやるつもりだよ」
 左之にとっては驚きの事実だった。なんと、あの包帯男の骸は綺螺の兄だったのだ。
「今まで黙っててごめん。でも、ボクも迷ってたんだ。兄と戦って勝てるかもを分からないし、兄さんは昔の兄さんとは違うから‥‥」
「分かった。でも行くのは俺だ。俺と冒険者の奴等だけでいい」
「ダメ!ボクもいくよ!‥‥碧の死をきっかけに決意したんだ。ボクは、兄さんを殺す」
 その決意は揺ぎ無いものとなっていた。

 次の日、ギルドには綺螺と左之の二人が訪れた。
「応、邪魔すンぜ」
「おや?結城さんに綺螺さんじゃないですか。珍しいですね、お二人揃ってここに来るなんて?」
「あァ、ちょっとした依頼があってナ」
「この前取り逃がした【復讐の焔】を討ち取るのに協力して欲しいってね」
 綺螺が依頼内容を告げた。
 ギルド員の笑っていた顔が徐々に深刻な眼差しになっていく。
「‥‥復讐の焔。相当厄介ですよ?」
「構わない。ボク達も同伴する」
「後藤さんに許可は?」
「あんな奴の許可なんていらねェだろ?俺ァあいつをぶん殴らねェと気がすまねェ」
 左之が間髪いれずにそう答える。もうこの状態だ。依頼を断っても多分、自力で何とかしようとするだろう。そんな危険を含む二人をこのまま放置するわけにはいかない。
 彼等二人を慕う人は沢山いるのだから。
「‥‥分かりました。それでは、依頼内容を張り出す事にしましょうか。勿論、後藤さんとも連携はとって貰いますからね?他に何か言う事は?」
「ま、後藤が来るのは予測済みだ。そうさな‥‥死をも覚悟しろ。その覚悟が出来ねェ奴は来るな」
「‥‥ボクも決意したんだ。だから皆にもそれを覚悟してほしい」

 二人の想いはただ一つ。焔を鎮める事にあり。
 一度狂った歯車は、もう元には戻せないから。
 【復讐の焔】に対する憎しみはない。
 ただそこにあるのは、哀れみだけ。

●今回の参加者

 ea2034 狼 蒼華(21歳・♂・武道家・人間・華仙教大国)
 ea6717 風月 陽炎(31歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 ea8191 天風 誠志郎(33歳・♂・侍・人間・ジャパン)
 ea8531 羽 鈴(29歳・♀・武道家・人間・華仙教大国)
 ea8896 鈴 苺華(24歳・♀・志士・シフール・華仙教大国)
 eb0334 太 丹(30歳・♂・武道家・ジャイアント・華仙教大国)
 eb0813 古神 双真(47歳・♂・浪人・人間・ジャパン)
 eb1420 プリュイ・ネージュ・ヤン(38歳・♀・ウィザード・エルフ・ノルマン王国)

●サポート参加者

マナウス・ドラッケン(ea0021)/ 緋邑 嵐天丸(ea0861

●リプレイ本文

 町の外れ。そして街道の左側に位置する山の麓。
 其処に冒険者達と依頼者二名が立っていた。
 山を見上げると、かなり不気味に見える。そう、この中に骸達がいるというのだ。
「ここにいる。兄さんはここにいる‥‥」
「左之兄貴!江戸に帰ったら勝負っ!」
 突然そういって拳を突き出す狼蒼華(ea2034)。左之は驚くもうっすらと笑って拳をそれに合わせる。
 漢と漢の誓い。その誓い、破れ消え去る事がないようにと。綺螺はそう願わずにはいられない。
「ボク?死ぬ覚悟なんてしてきてないよ?」
 覚悟を決めた者達がいる前でそう言い出したのは鈴苺華(ea8896)
 その言葉で左之と綺螺の動きが止まった。
 覚悟してこい。此方はそう言ったはずだと。死ぬ覚悟も出来ない奴はいらないとも。
 他の者は皆、傷つく覚悟も死ぬ覚悟もしてきてくれているというのにだ。
「付いてくるなって言っても勝手に付いてっちゃうもん♪」
「左之、行こう。やっぱり何か頼るべきところを間違えていた気がするけれど‥‥ここまで来たら言ってられないよ」
 綺螺が米神を押さえながら左之に提案する。
「よし、得物は仕上げた。後は任せたぞ?」
 仲間の声。そして、それは生きて戻る為の糧となる。
 マナウス・ドラッケン(ea0021)の言葉。それは暖かくも聞こえる。
 そして、山奥へと進み行く事となる。

●負が満ちる山中で
 山の中に足を踏み入れた瞬間。殺気が此方に向けられているのが直に分かる。
 そう、ここは骸達の縄張りだ。その縄張りに足を踏み入れているのだから確実に獲物だと思われるだろう。
 しかも、その中に志士が混じっているのだ。余計に殺気も立ってくる。
「薄暗い‥‥気をつけてね。奇襲がないとも限らない」
「そういえば、あのウィザードはどうしたんだ?」
「あぁ、あの方なら後藤さんの方に回ってもらっていますよ」
 風月陽炎(ea6717)が左之にそう答える。左之は何故か安心したような表情で進みながらも辺りを警戒する。
 その時だった。
 ヒュンッと一本の矢が確実に的を射抜く。
 その的…一番回避が高く、魔法にも耐えると自己主張していた苺華だ。
 矢は苺華の小さな羽を射抜き、木に固定させる。
 しかも、その矢が刺さった木の樹液が粘着の役目を果たしており、身動きが出来ない。
 不意を突かれた行動だった。
「なっ!?」
「フン。虫一匹か。大した獲物じゃないじゃないか」
「お前がそれを狙ったんだろう?文句を言うな」
「しかしあの虫一匹じゃ此方は足りないぞ?」
 大きな木の上でケタケタと笑いながらそう話す二人の人影。
 どうやら、始まりの合図らしい。綺螺と左之。そして陽炎、古神双真(eb0813)、蒼華、太丹(eb0334)は一気にその場から駆け出した。
 狙うは骸、ただ一人。

●小さな一歩でも
「‥‥復讐など何も生み出さないのに‥‥」
 奉行所にて。役人である後藤に協力を仰ぐ為に来たプリュイ・ネージュ・ヤン(eb1420)がぼやく。
 後藤には全てを説明した後。後藤は今、出発の準備を整えている。
「確かに何も生み出しはしない。しかし、復讐に燃えたその焔は‥‥なかなか消えないもンだぜ?」
「でも、そんなの‥‥」
「復讐とかそういうもンはな。一度そいつ自身にならなきゃわからンもンだ。そうだろう?」
 後藤がそう諭す。本当は自分も復讐なんかくだらないと考えてはいるものの、骸の場合は別格。
 自分達の上が腐っている所為。その犠牲ともいえるからだ。
「無理は承知でお願いがあります。できたらレインコントロールかウェザーコントロールの使える方に同行していただきたいのですが・・・焔が火の魔法を使うのはご存知のとうり。山に延焼などした場合に備えてね。どうですか?」
「いや、俺もそう思って探してはみたんだが、使える奴は骸の名を聞いただけで拒絶しやがる」
「やはりそうですか。普通の人の場合、流石にそうなりますよね‥‥」
 因みに、役人の戦力は15人。そして目的は「殺」。

●陽動に合わせた刹那の狂気
 山に残った三人は、その二人の影を睨みつけていた。
「今の射撃‥‥確実に達人並だ‥‥」
「私達の回避が何処まで通用するか‥‥」
「やるしかなさそうだ、な!」
 苺華を義理にも助けた後、天風誠志郎(ea8191)が一気に機動力を駆使して駆け出していく。
 それを見た二人は互いに顔を見合わせて、木の上からスタリと地へと降りる。
「どうやらやりあうみたいだけど?」
「丁度いいじゃない?其処にいる男、志士なんでしょ?」
「だったら、殺しかないかね?」
 そう話しているうちに羽鈴(ea8531)が一気に一人の影の懐へと踏み込む。
 そして、一撃を武器に打ち込もうとした瞬間、横からスタンアタックをしようと苺華が横入る。
「えっ‥‥!?」
 とっさのことでまだ状況が飲み込めない。誠志朗もこれには意外というあまりに立ち止まってしまった。
 仲間同士で互いの戦術を止めてしまったのだ。
 その瞬間、鈴の腹部にめがけて勢いよく拳が綺麗に入り、吹き飛ばされる。
 そして、立ち止まってしまった誠志朗の腕に矢が刺さる。
「ぐっ‥‥しまっ‥‥!」
「何だ。そこの虫はこいつ等の味方なのかい?敵なのかい?」
「連携すらとれない奴等に遅れをとる俺達ではないぞ?」
 ケタケタと笑う二人。攻撃を受けても尚、その不屈の精神を見せた鈴と誠志朗はゆっくりと立ち上がる。
「格闘の達人と射撃の達人‥‥か」
「なら互いに得策な方へ行きましょう」
 鈴がそう言うと、誠志朗もそれに同意する。そして二人は駆け出した。
 鈴は右へ。誠志朗は左へ。一気に踏み込む。相手の拳を龍叱爪で受け止めて、一撃を喉元へと入れる。
「ぐっ‥‥!」
「今…ッ!」
「ちぃっ!」
 相手のカウンターが鈴を襲う。しかし鈴の龍叱爪は相手の喉元を掻き切る結果となり、相手は地に落ちる。
 しかし、その時受けた拳が妙にズキズキする。どうやら双方の一撃、どちらも致命的なものだったようだ。
「うおぉぉぉぉっ!」
 誠志郎もその機動力を見せつけるかの如く、影の懐まで踏み入ろうとする。
 向かってくるのは矢の雨。しかし此方にはそれをもろともとしない鎧がある。
 懐に入った瞬間、チクリとした痛みを感じた。矢が誠志朗の足をかすったのだ。
「今はこれぐらいにしといてあげるよ。また骸の所で会いましょう?」
 影は消えた。一つ地に伏せた影を残して。そして、三人は急いで左之達の所へ向かう事となった。

●焔と失意と涙と
 双真達が駆けた方角。そしてその前方に一つの人影が見えた。
 それは物々しい殺気。何処かで感じたものに近い。
 薄暗い山の中に少し日が入る。その日に見えるのは、包帯。
「骸、か。どうやらこっちでドンピシャだったようだな」
「獲物が自ら俺達の所へ来てくれるとは有難いな?‥‥ここなら誰の邪魔も入らん」
「皆‥‥無茶はしないで何て言わない。けど‥‥出来るだけ、生きて出ようね」
 それが綺螺の精一杯の言葉。そしてその眼差しは骸へと向けられた。
「兄さん‥‥本当に、戦わなきゃダメ‥‥だよね」
「綺螺。お前も分かっているはずだ。その男が俺に対し何をしたか。一人残されたお前に何も言わず消えた‥‥」
「兄さん‥‥」
「お前も俺に復讐しに来たのだろう?ならば討て。この俺を」
 骸のその一言が、全てを決する言葉になった。
 陽炎は一人身を隠していた。逃げたわけではない。確実に仕留める為の奇襲。
 そうする事しか、唯一の目標である彼に近づく事はまず無理に近い。
 ならば一気に隙をついて狙うが得策。
 戦闘はもう始まっていた。
 全員にオーラパワーを付与すると、丹が綺螺、左之二人の目の前に壁として立つ。
 そして咄嗟の連携が組まれた。双真が一歩踏み込み、骸へと太刀を流す。
「テメェが復讐なんてくだらねぇ事言うから‥‥!」
「フン‥‥くだらんかどうかなんて他人にはわかりもしない事だ」
 その太刀を刀で受け止める骸。しかしその隙をついて、2方向からの攻撃が追加される。
 一人は蒼華。オーラパワーを込めたその拳が骸の背へと打ち込まれる。
 確実に重い。そして大きいダメージにもなる。
 更にもう一人は陽炎。ダブルアタックとストライクの合成をそのまま横に打ち込まれる。
「ぐっ‥‥」
 よろめく骸。これならやれそうか‥‥誰もがそう思ったその時に一本の矢が双真の足と腕を掠る。
 振り向くとそこには一人の女がクスッと小さく笑っていた。
 どうやら陽動の方から逃げ出した影のようだ。そして、遅れて誠志朗達もその場へと辿りつく。
 
プリュイ達は少し離れた所に身を潜めていた。
 出来るだけ見晴らしのいい位置を。それに気をつけながら、詠唱を開始する。
「我が手に集いし雷帝の吐息 破壊の煌きとなりて 解き放たん‥‥!」
 手から放たれる雷撃は、そのまま一直線に骸へと伸びた。
 しかし、骸にあたる一歩手前。一人の影が降り立った。そして、プリュイのライトニングサンダーボルトは何かを巻き込んで威力を発した。
 身代わりの術。仕留めたと思った其処にあったのはボロボロになった人形。そして骸。
「流石、冒険者といったところか?連携だけは綺麗に取れている。俺にダメージを与えたのがその証拠。だが‥‥」
 高速詠唱を使用しての骸のファイアーボムが冒険者達へと放たれる。
 役人達はその動きに乗じて骸を取り囲むように動きを見せていた。
「くっ‥‥!やっぱりきたか、火の範囲魔法‥‥!」
「でも、これぐらいでやられる程柔な覚悟はしてねぇぞ!」
 魔法の耐性。それはある程度マナウスより伝授されているものがあった。それが唯一役に立ったという所なのだが‥‥。

「こらぁ!左之ぉ!そんな情けないのがキミの戦い方か!」
「‥‥ッ!?」
 誠志朗に助けられ、一緒に辿りつきながらも魔法の影響を受けていた苺華が左之にそう投げかける。
 逆効果だ。ここでそんな言葉を投げかけたら‥‥。
「君はお姫様じゃないんだから!前に出てあいつぶん殴っておいでよ!喧嘩屋らしくさ!」
「おい、やめろッ!」
「魔法はボクが耐えて見せるからっ!」
 その言葉に、骸も左之も‥‥火がついたようだった。
 二度目のファイヤーボムが冒険者達に飛ぶ。
 その瞬間を狙って、左之が冒険者達の静止を振り切って前に出た。
「左之、止まれ!」
「左之兄貴、無茶だ!」
「どーやら俺が間違っていたようだ‥‥お前等に頼ってばっかだった俺がなぁっ!」
 もう彼の心には冒険者達の声は届かない。
 辺りは火に包まれていく。熱い‥‥ずっとこの中にいれば確実に体力が消耗してしまう。
「テメェ、何で左之にあんな事言ったァ!?」
「だって、左之くんはお姫様じゃないし。心を守る為には殴らせてあげるのがいいでしょ?」
「だからってあんなことをあの場で言ったら飛び込むに決まってるじゃないですか!」
 もう冒険者達のチームワークもない。
 そしてその時、異変が起こった。
 誠志朗、鈴がいきなりその場に膝をついたのだ。
「体が‥‥うごかなっ‥‥!」
「やっと効いてきたみたいだね。なぁに、心配しなくてもいいよ。君達二人にはちょっとした痺れ薬を味合わせただけ‥‥」
 そして双真の様子も段々とおかしくなってきていた。
「‥‥其方のお兄さんにはちょいと癪だったけど、毒使わせて貰ったよ。掠っただけでも毒は入る。連携もとれない冒険者達には似合いだと思うよ」
 女が言う。ケタケタと笑いながら。それは段々と屈辱にも変わっていく。
「普通は足一本腕一本持ってってもいいんだけど、これで許したげるよ♪」
 女は笑って苺鈴の羽を片方を毟る。体力がない上に火の中。避ける体力など何処にもない。そして、女はケタケタと笑いながら去っていった。骸など関係ないかのように。
 まともに動けるのはこれで陽炎、丹、プリュイ、蒼華だ。ただ、蒼華と丹は急いで左之を連れ戻そうと必死になっている。
「止めろ、左之兄貴!一旦下がってくれ!」
「止めンじゃねぇ!骸!テメェの狙いが俺なら、こいつ等に手ぇ出してくれンなよ!?」
「フン。相変わらず威勢だけはいい。だが、仲間はいいのか?」
 骸の一言で左之は正気に返った。そして振り向くと、そこには痺れて動けない誠志朗達の姿があった。
 急いで戻ろうとする左之。その背を狙って一撃を放つも、丹が盾となってその一撃を食い止めた。
「絶対にやらせないッスよ!」

「ボク、初めて冒険者を見損なったかも知れない」
 静観していた綺螺がふいに呟いた。その言葉はとても冷たいものだった。
「ボクは‥‥失望した。あまりにも、酷すぎて。でも、そう思うのも仕方がないと思う。そうだ、左之は姫じゃない。なら‥‥ボクも姫じゃない」
「綺螺さん、覚悟は出来てるのでしょうが、貴方には討たす訳には行きません。一人殺めてしまえば引き返すことの出来ない修羅の道。貴女は以前語った、人を救うための拳を追求するべきです。闇に落ちるのは私のような者だけで十分ですから‥‥と言っても、私は元々闇の側の人間ですがね」
「綺麗事言ってられないって時もあるだろうよ?」
 茂みに隠れていた後藤がゆっくりと出てきてそう告げる。どうやら呆れて出てきてしまったようだ。
 綺螺はゆっくりと歩き出した。連携を叩き込まれ、ダメージを受けている骸へと。その手には、太刀が持たれていて‥‥。
「兄さん‥‥ごめん。ボクはボクの復讐の焔を‥‥今ここで消す‥‥」
 トスリと刺されたその太刀。回避する事もなく受け止める骸。崩れ落ちる骸の体。
 その時聞こえた言葉。
「ありがとう」

 骸は息絶えた。綺螺の手によって、あっけなく。唯一の兄妹としての油断。そして‥‥優しさ。
「大丈夫ですか、皆さん?怪我もしているようですし‥‥」
 陽炎とプリュイが役人から貰った解毒剤やらで手当てを始める中。役人達は綺螺を取り囲んだ。
 ハッとして冒険者達が視線をやると、綺螺は何の抵抗もなく役人に取り押さえられた。
 その目には、涙が溢れ出ていたのが分かる‥‥。
「後藤さん!これはどういう‥‥!」
「理由はどうであれ、人斬りの現行犯だ。並びに紅蠍のお頭として世間を騒がせたのもある」
「だからって‥‥!」
「俺はな。お前達がこいつ等を守ってトドメを刺してくれると信じてたんだ。だから協力もした。それなら捕まえもしなかった。それが何だ?思いっきりけしかけてやがる‥‥」
「でも‥‥あれは彼女が勝手に‥‥!」
「チームっていうのは、思いっきり連帯責任だ。どいつがドジ踏んだにせよ‥‥お前達の責任だろ?」
 後藤の言う事は尤もだった。だから、誠志朗も言い返せないまま見送っていた。
「畜生があぁぁぁぁぁぁっ!」
 双真の悔しさに満ちたその声だけが山中に響いていた。

「あのメンバー‥‥見張っておけ。次何をしでかすか分からん。もし此方で手が負えなくなったらお上に話を回しても構わん」
「はっ!」
「‥‥好きだったんだがなぁ‥‥あいつ等」
 後藤の冷たくも失望に満ちた声が双真の咆哮の中に消えていった。