【酔いどれ騎士と朽ちた武士3】焦燥
|
■シリーズシナリオ
担当:坂上誠史郎
対応レベル:1〜5lv
難易度:普通
成功報酬:1 G 62 C
参加人数:8人
サポート参加人数:-人
冒険期間:11月07日〜11月12日
リプレイ公開日:2005年11月17日
|
●オープニング
カミーオと静馬が初めて出会ったのは、キャメロットの歓楽街にある娼館だった。
女詐欺師ラモンを追っていた俺と静馬は、この娼館にラモンが出入りしているという情報を入手した。
「なあ友よ‥‥本当に、店に入るのか」
「仕方ないだろ。話を聞くには、客になるのが一番手っ取り早いんだ」
情報を仕入れるための『潜入捜査』に、堅物の静馬は難色を示した。
「拙者はどうもこの‥‥色事を食い物にする様な店が好かんのだ」
「仕事なんだから割り切れよ。女とヤりたくないんなら、ただ話を聞くだけだっていい」
難しい顔の静馬を何とか説き伏せ、二人で娼館に入った。
受付に金を払い、別々の部屋へ案内される。
俺の相手はとびきりの美女だったが、結局話を聞いただけでそれ以上の事はしなかった。
静馬のくそ真面目が伝染したのかもしれない。
だが店を出て待ち合わせ場所の酒場で静馬と落ち合った時、奴は何とも嬉しそうに顔を輝かせていた。
「友よ! 拙者は生涯ただ一人の女性に巡り会ったぞ!」
俺の顔を見るなり、そんな事を言った。
俺はまず奴の正気を疑った。
次いで『女慣れしてない男は、娼婦に熱を上げ易い』という説教をした。
だがどうやら、静馬の決意は本物らしい。
「拙者の蓄えを使って、何とか彼女を身請けしたいと考えているんだ」
こうなると、静馬はテコでも考えを変えない。
仕事中に出会った武士と娼婦‥‥安い恋愛叙情詩の一つにでもなりそうだ。
俺は痛む頭を押さえつつ、溜め息をつくしか無かった。
その後静馬は何度か一人で店に出入りし、宣言通り借金を肩代わりして娼婦を身請けした。
その娼婦がカミーオである。
身請けした後も、静馬は愛情を込めてカミーオに接し続けた。
カミーオも静馬の誠実な人柄に惹かれ、すぐに二人は愛し合う様になった。
俺は純粋に二人を祝福していた。
静馬が女に惚れた所を見るのは初めてだったし、カミーオは気立ても良く静馬にぴったりだと思った。
なぁカミーオ、なのにどうしてお前は『そんな所』にいるんだ。
どうしてそんなクソ女の隣で、刀を握ってるんだ。
頭が思考を拒否している。
どれだけ考えても、ただ真っ暗な闇が見えるだけだった。
◆
「‥‥おっさん、エール追加だ」
空のジョッキを持ち上げ、ビリーは酒場の親父に呼びかけた。
『カース』はとっくに解呪したというのに、気分は最悪だった。
ラモンのアジトから戻って一週間弱、パン屋にカミーオの姿は無い。
あの日以来、プラムはしおれた花の様にパン屋でじっとしている。
そしてビリーは‥‥何も出来ずに酒を飲んでいる。素面では、重圧に潰されてしまいそうだった。
『この白髪の騎士‥‥見覚えがありませんか?』
ラモンの言葉が頭をよぎる。
アジトで見かけた、ビリーよりいつくか年上であろう白髪の青年。
確かに‥‥どこかで見た記憶があった。だがそんな思考も、カミーオの姿を思い出すと止まってしまう。
『酔い』が必要だった。久しぶりに、前後不覚になるまで飲まねばならなかった。
しかしややあって、目の前に差し出されたのは一杯の水だった。
「しっかりなさいビリー様。まやかしの世界へ逃げている暇はありませんわ」
次いで厳しい叱咤が飛んでくる。聞き慣れた少女の声だった。
ビリーは顔を上げる。そこには予想通りの顔があった。
ビリーよりも十歳程年下だろう。背中に届く艶やかな金髪に、気の強そうな深紅の瞳。愛らしい顔立ちだが、確固たる意志と知性を感じさせた。
この歳にして貴族『カイザード家』の当主となった、フィーネ・カイザードである。
「‥‥なあお嬢様、俺だってへこたれる時くらいある。少し放っておいてくれないか」
溜め息をつき、ビリーは重い口調で言った。
だがフィーネは顔色一つ変えない。
「貴方のそんな姿を見たら、ラモン・ルードレイクはさぞ喜ぶのでしょうね」
少女の口から出た言葉を聞き、ビリーの顔に驚愕の色が浮かんだ。
「お前さん、どこでその事を」
「カイザード家の情報網を甘く見ないで下さい。今回の依頼に関する内容は、全て調査済みですわ。ビリー様達の行動も、ラモン達の足取りも」
当然の様に言い、ニッと笑みを浮かべるフィーネ。ビリーは言葉を失った。
尊大にして傲慢。そして素晴らしい手際の良さだ。
「しかし‥‥何でお前さんが、そんな事を」
「お父様の死に関わっているからですわ」
驚きの消えぬビリーに、フィーネは表情を引き締め答えた。
彼女の父であり、ビリーの剣術の兄弟子でもあったガリアンは、数ヶ月前に病で亡くなっている。
「お父様の主治医は、ライール・ロッソという青年でした私も何度か顔を見た事がありますが‥‥真っ白な髪をよく覚えています」
『真っ白な髪』‥‥その言葉を聞き、ビリーの表情が凍り付いた。
「お父様の死は、ライールによる毒殺の可能性が高いのです。そしてビリー様‥‥調査の結果、この男は貴方のご友人の主治医でもあったのです」
フィーネの話を聞きながら、ビリーは小刻みに震えていた。
つい先刻までの『最悪な気分』を、遙かに下回るどん底の気分だ。
「兵藤静馬様‥‥彼の死にも、お父様と同じ兆候が見られたそうです。静馬様は病死ではなく、殺されたのです」
調査の結果を冷静に報告するフィーネ。ビリーはそんな現実を受け入れたくなかった。
しかし‥‥思い出してしまったのだ。ラモンの隣にいた白髪の騎士。彼をどこで見たのかを。
白髪の青年医師‥‥ほんの二、三度だが、静馬とカミーオのパン屋でその姿を見た。
その男が、カミーオと一緒にいる‥‥絶望的な状況が浮き彫りになった。
◆
「しばらくの間、ビリーは放っておきましょう。彼は苦しみを抱え込むタイプですから、一人でずっと悩むでしょうね。ふふ‥‥素敵」
恍惚とした笑顔で、ラモンは夢見る様にそう言った。
しかし白髪の青年騎士‥‥ライールは、そんなラモンの態度が不満だった。
「‥‥あんな男、屋敷で殺してしまえば良かったものを。ラモン様が執着する価値などあるまい」
ラモンに心酔しているライールは、ビリーの存在が許せないのだ。
「‥‥そうだ、内密に始末してしまえばいい。死んだとわかれば、ラモン様も興味を無くそう」
言って、クククと笑いを漏らす。
その目から、彼の異常な精神状態が見て取れる様だった。
◆
「以前キャメロットで医者をしていた、ライール・ロッソという男を捕らえて欲しいのです」
フィーネは自ら冒険者ギルドを訪れ、受付の青年に依頼内容を告げた。
「ラモンという悪女に心酔し、医者としての技術を悪用している愚か者ですわ。最近、その男が一人で動いているという情報を入手しました。彼の個人宅や行動範囲は調査済みです。ライールを捕らえ、ラモンの情報を引き出した後、法の裁きにかけたいと思っています」
淡々と説明するフィーネ。しかし、その表情がふいに沈む。
「そして‥‥どうか、ビリー様を守って下さい。彼は今、非常に不安定です。とても‥‥心配なのです」
沈んだ表情のまま、フィーネは優雅に一礼する。
少女の決意を感じ取り、ギルド職員は依頼を受け入れた。
●リプレイ本文
「プラム君‥‥」
店内に足を踏み入れ、ロイエンブラウ・メーベルナッハ(eb1903)は少年の名前を呼んだ。
キャメロット冒険者街のすぐ近く。小さいが繁盛していたこのパン屋に、今や客の姿は無い。
閑散とした店内に、プラムがポツンと座っていた。
「あ‥‥お腹は、減っていないか? ずっと家の中にいては、その、体にも良くないし‥‥ご飯でも、食べに行かないか?」
プラムを心配して来たロイエンブラウだったが、少年の心痛を思うとどう声をかけたものか迷ってしまった。
彼女の声を聞き、プラムがゆっくり顔を上げた。いつもの太陽の様な笑顔は無く、不自然に無表情だった。
「ぼく、カミーオおねーちゃん待ってるのれす。帰って来たとき、だれもいなかったらさびしいのれす」
感情豊かなプラムとは思えぬ程平坦な声。まるで心が麻痺してしまっているかの様だ。
ロイエンブラウは胸が潰れる様な思いだった。
「大丈夫だ‥‥カミーオは、私が必ず連れ戻す」
力強く宣言するとプラムの前に歩み寄り、そっと小さな体を抱き締めた。
「だから‥‥彼女を笑顔で迎えられるよう、元気を出してくれ。そんな顔を‥‥しないでくれ」
しばし抱き締めた後、体を離してプラムの顔を見つめる。
まだいつもの表情ではない。けれど少し‥‥ほんの少しだけ、少年の顔に微笑みが浮かんた。
◆
「いいのか、あんな約束をしてしまって」
ロイエンブラウが店を出るとすぐ、ユステル・フレイム(ea7094)が呼び止めた。
ユステルは相変わらず笑顔だったが、言葉にはどこか呆れた様な色が含まれている。
「‥‥貴殿、聞いていたのか」
「『彼女』が敵になったのならば、剣を合わせる事もあるだろう。躊躇えば不覚を取る」
責める様な女騎士の言葉を聞き流し、ユステルは言葉を続けた。
彼の言い分に反論出来ず、ロイエンブラウは声をつまらせる。
「敵ならば倒さねばならん。貴殿の優しさは、時として邪魔になるだろう。もし貴殿の愛でる『プラム君』が敵になったら‥‥剣を向けられるのか?」
「プラム君が敵になどなるものか!」
ユステルの例え話に激高するロイエンブラウ。
そのまましばらくユステルを睨みつけ、女騎士は無言のまま立ち去って行った。
「‥‥聞こえたか? 貴殿は、愛されているぞ」
閉じた店の扉越しに、ユステルはプラムへ語りかけた。
返事は無い。しかし言葉が届いた事を確信し、ユステルも店に背中を向けた。
◆
「んー‥‥幸せ‥‥ですねぃ‥‥」
冒険者酒場のテーブルに突っ伏し、橘木香(eb3173)は安らかな寝言を漏らしていた。
「やれやれ‥‥どうしたもんかね、この頭ユルユルなお嬢ちゃんは」
そんな彼女の隣で、ビリーは大きな溜め息をついた。
木香は一応ビリーの護衛としてここにいるのだが‥‥まともに起きていた試しが無い。
空腹になるとやって来て、食事を済ませ満腹になると寝る。そして代金はビリー持ち。
「くかぁー‥‥」
「まぁ‥‥お嬢ちゃんのお陰で、悩んでるのがアホらしくなるのは良い事かもしれないな」
爆睡中の木香を一瞥し、苦笑するビリー。
暗い気分が紛れただけでも、木香のいる価値はあるのかもしれない。
「ほっほっほ‥‥若いの、その調子ならじじいの魔法はいらんのう」
その時、独特の笑い声と共にオルロック・サンズヒート(eb2020)が現れた。
老人の笑顔を見て、ビリーは再び苦笑する。以前ビリーがケンブリッジで落ちぶれていた時、老人に『フレイムエリベイション』をかけられた事を思い出したのだ。
「ああ、毎度じいさんに迷惑かけるのも何だしな。俺が落ち込んで、喜ぶのはラモンだ」
ラモンの名を口にすると、ビリーの顔が真剣になる。
オルロックは笑みを浮かべたまま、大きく頷いた。
「ならば若いの、じじいの妙案に乗らんか。ライールを何とかした後‥‥今度はラモンをおびき寄せる」
老人の言葉を聞き、ビリーもニヤリと笑みを浮かべた。
「うう‥‥外は寒くてつらいのですよぅー」
その横で、木香が間の抜けた寝言を漏らしていた。
◆
「フン、ザコ相手じゃ歯ごたえ無いわね」
倒れ伏すチンピラを一瞥し、トリスティア・リム・ライオネス(eb2200)がつまらなそうに言った。
人気の無い路地裏には、合計四人のチンピラが横たわっている。
「今回はお嬢も頑張ったじゃん。珍しい事もあるもんじゃん」
「お見事な剣さばきでしたトリス様」
そんなお嬢様に拍手を送る従者の騎士二人。
筋骨隆々なシャー・クレー(eb2638)と、端正な顔立ちのロドニー・ロードレック(eb2681)である。
しかしシャーの『珍しい』という言葉を聞き、トリスティアは眉をつり上げた。
「な、に、が、珍しいのよ!? このくらい朝飯前よ!」
シャーの出っ張ったアゴを掴み、ゴンゴンと小突きながら言う。
彼女は続いてロドニーへ視線を向けた。
「あんたは何か文句ある?」
「いいえ。トリス様のご活躍に感服するばかりです」
爽やかな笑顔を浮かべ、ロドニーは優雅に一礼した。
だが確かに、普段部下任せのトリスティアがわざわざ剣を振るのは珍しい。
その理由は‥‥
「なかなかのお手並みでしたわ皆様」
一行に着いてきている、フィーネの目を意識しての事だった。
以前別の依頼で顔を合わせた時から、トリスティアはこの依頼人が気にくわないのだ。
「わざわざ着いてきて何もしないなんて‥‥いい気なものね、依頼人は」
「頭を使うのが私の役目ですわ。頭を使わない方の目には、何もしていない様に見えるのでしょうね」
「だっ、誰が頭を使ってないって!?」
「あら、誰も『貴方が』とは言ってませんわよ、トリス」
「こっ、このっ!」
「お嬢、落ち着くじゃん! 暴力はダメじゃん!」
「トリス様! 彼女は依頼人です依頼人!」
口が達者なフィーネと怒り易いトリスティア。高慢なお嬢様同士、顔を合わせる度にこんな調子だった。
シャーとロドニーが必死に止めるが、トリスティアは聞く耳を持たない。
「‥‥もうやめろ。こんな所で言い争っても仕方ないだろう」
そしてこんな時、事態を収めるのはクロック・ランベリー(eb3776)の役目だった。
歳は三十をいつくか過ぎ、落ち着いた雰囲気の男性である。
今回の依頼中、いつの間にかクロックはこういった場所に行こうとするフィーネ専属の護衛になってしまっていた。
トリスティアは暴れるのをやめ、フィーネも大きく溜め息をついて口をつぐんだ。
「それじゃあ、とっととこいつらを捕らえるぞ。この後もまだ続けるか?」
チンピラの一人を後ろ手に縛りながら、クロックはフィーネに問いかけた。
フィーネは首を横に振る。
「いいえ‥‥もういいでしょう。この調子なら、間もなくライール本人が出て来ます。奴を捕らえた後、この方々に役立ってもらいましょう」
◆
「‥‥役に立たぬ奴らよ」
「す、すみません」
数人のチンピラを引き連れ、ライール・ロッソは苛立たしげに呟いた。
長身痩躯の色男で、耳を隠す程の白髪は夜目にも鮮やかだった。
彼等は今、キャメロット歓楽街にある一軒の酒場へと向かっていた。
先日何人かの部下をビリーの偵察にやったのだが、誰一人戻って来ない。
業を煮やしたライールは、ビリーがよく飲んでいる酒場へと自ら足を向けたのだ。
月は中天にかかっている。酒を飲んでいれば、ビリーは程良く酔っているはずだ。
そう考え、人気の無い路地裏を通りかかった時。
ズオォォォンッ!
「ぐわぁっ!?」
「ぎゃっ!」
轟音が響き、ライールと部下達は強い衝撃に吹き飛ばされた。
「くっ‥‥こ、これは魔法か!?」
体勢を立て直し、周囲へ視線を向ける。
いつの間にか、路地の前方と後方に十人近い人影が立ち塞がっていた。
「ほっほっほ‥‥フィーネお嬢ちゃんの予測通り、見事に待ち伏せ成功じゃのう」
そう言って笑ったのは、魔法を唱えた張本人オルロックである。
「ようライール先生、こんな夜中に急患かい?」
狼狽するライールに、前方から呼びかけたのはビリーだった。
腰の剣を抜き、素早い踏み込みで斬りかかる。
「ぐっ!」
何とか受け止めるが、魔法のダメージが残っている分力が入らなかった。
ライールは慌てて周囲の部下達へ心を向けた。
しかし部下達も先刻の魔法でダメージを負っている上、現れた冒険者達の相手をしている。
「悪いが、今の私はすこぶる機嫌が悪い‥‥命があるだけ幸運と思え」
ロイエンブラウの一撃で一人のチンピラが崩れ落ち‥‥
「しばらく鍛冶をしていたからな‥‥いいリハビリだ」
クロックの力強い攻撃で一人のチンピラが吹き飛び‥‥
「働かずに毎日寝てすごしたぃのにー‥‥」
気の抜けた台詞と共に放つ木香の短刀を受け、一人のチンピラが倒れ伏した。
残るはライール一人である。
「ぐっ‥‥あああああっ!」
ビリーの剣を押し返し、ライールは自分の剣を冗談に振りかぶった。
が‥‥
「隙アリじゃん」
「貴殿は動きが大きすぎる」
ガギンッ!
「ぐはぁっ!?」
ライールの背後から、ユステルとシャーのパワーコンビが重い一撃を食らわせた。
「チェックメイトだ」
体勢を低くし、ビリーがライールの懐へ潜り込んだ。
ドグッ!
「げぅ‥‥」
ビリーは剣の柄をライールの鳩尾にめり込ませた。
くぐもった呻きを残し、白髪の青年は意識を失った。
◆
「ライール・ロッソ‥‥私を覚えていますか? 貴方が毒殺したガリアン・カイザードの娘、フィーネですわ」
意識を取り戻したライールを前にして、フィーネは堂々と名乗りを上げた。
冒険者達は宿の一室に集まり、縄で椅子に縛りつけたライールを取り囲んでいる。
ライールは落ち着かない様子で瞬きをし、引きつった様な笑いを浮かべた。
「し、証拠などあるまい。私を捕らえたところで、何の罪にも‥‥」
「貴方の部下を何人か、騎士団に引き渡しました。ラモンとの繋がりを証言したそうです。毒殺の証拠など、逮捕した後でいくらでも見つけられますわ」
キッパリと言い放つフィーネの言葉を聞き、ライールの顔から笑みが消えた。
顔に冷や汗が浮かび、小刻みに震えている。
「‥‥静馬にも、毒を飲ませたのか。カミーオは‥‥それを知ってたっていうのか」
一歩前に踏み出し、絞り出す様な声でビリーが聞いた。
ライールは顔を上げると、自棄になった様に笑みを浮かべた。
「ああそうだ。ラモン様の命令であの武士に毒を飲ませたのは私だし、カミーオもそれを承知していた。これで満足か? ビリー・クルス」
「カミーオは、何でラモンに手を貸してるんだ。何で静馬を‥‥俺やプラムを裏切った」
挑発する様なライールの言葉を聞き流し、ビリーは矢継ぎ早に質問を投げかけた。
ビリーの剣幕に一瞬ひるんだが、ライールは張り付いた様な笑みを消さなかった。
「‥‥妹だからな」
ややあって、ライールは一言ポツリと呟いた。
「カミーオは、ラモン様が溺愛する妹だ。腹違いの姉妹で、ラモン様の母は離縁し家を出た。しばらく別々に暮らしていたが、ラモン様はよくカミーオに会いに行っていた」
ぎょろりと目を剥き、ライールは聞いていない事までべらべらと話し始めた。
「しかしカミーオの父はどうしようも無い男でな‥‥貴族だったらしいが、大きな借金を残して死んだそうだ。カミーオが娼館にいたのは、借金のカタに売られたからだ」
ライールの表情が、次第に狂気を帯び始めた。張り付いた様な笑みが顔全体に広がっている。
「ラモン様は、何とかカミーオを助けようとされた。母と二人暮らしだったラモン様は、馬鹿な男共を騙し、金を巻き上げ、その金で借金を少しずつ返していたのだ。それを邪魔したのが‥‥貴様と兵藤静馬だ」
何が楽しいのか、ライールはノドの奥でクククと笑いを漏らした。
「カミーオは恨んでいたのだ。大切な姉であるラモン様を逮捕したお前達をな。お前達の側で、復讐する機会をずっと伺っていたのだ!最初からカミーオは、兵藤静馬など愛していなかった!」
「けれど、彼女は自分の行いを後悔したのです」
快調に回るライールの舌。しかしフィーネの声がそれを邪魔した。
全員の視線が彼女に集まる。
「最初の感情は憎しみでした。けれどカミーオ様は、次第に本当に静馬様を想い始めたのです。そして‥‥その想いを抱きながら、ラモンの復讐‥‥つまり静馬様の殺害に手を貸した。その事を悔いているのですわ」
「何だそのデタラメは! 貴様に何がわかるというのだ小娘!」
ビリーを傷つける『真実』の暴露に満足していたライールは、フィーネの言葉に大声を張り上げた。
「わかりますわ。何故なら‥‥貴方の事を始め、私に情報を下さったのはカミーオ様なのですから」
しかしフィーネは冷静な表情を崩さず、信じられない事を口にした。
その場の全員が言葉を失った。
「カミーオ様は、悔いているのです。彼女がラモンの元へ戻ったのは、ラモンと共に罪を償いたいと思ったから。ビリー様に、確実に自分とラモンの身柄を引き渡し‥‥逮捕してもらうため。例えその結末が死刑であったとしても、法に裁かれたいと思ったからですわ」
フィーネが言葉を切ると、その場はしんと静まり返った。誰一人として、言葉を発する者はいなかった。
フィーネは放心した様なライールの前に歩み寄り、彼を正面から見つめた。
「ライール・ロッソ。貴方がビリー様を殺し、投獄されたという偽情報を部下の方々に流しましたわ。彼らは解放されています。近い内に、ラモンの元へその情報が届くでしょう。その時‥‥ラモンはどうするでしょうね?」
それを聞き、ライールの顔が強ばった。
ビリーが死んだと偽の情報を流し、ラモンをおびき寄せる‥‥これは、オルロックの考えた作戦である。
「さあ、この男にもう用はありません。騎士団へ引き渡しましょう」
ライールから離れ、冷たく言い放つフィーネ。
それは依頼の終了‥‥そして次の戦いの『始まり』を告げていた。