【酔いどれ騎士と朽ちた武士4】贖罪

■シリーズシナリオ


担当:坂上誠史郎

対応レベル:1〜5lv

難易度:普通

成功報酬:1 G 62 C

参加人数:8人

サポート参加人数:1人

冒険期間:11月22日〜11月27日

リプレイ公開日:2005年12月03日

●オープニング

「大丈夫ですよカミーオ。必ずここから救い出してあげます」
 私が借金のカタに娼館へと売られた日、ラモン姉さんが目に涙を浮かべながらそう言ってくれた事を覚えている。
 姉さんと私は腹違いの姉妹だ。姉さんの母親に飽きた父さんは、別の女性と関係を持ち‥‥私が産まれた。
 こんな間柄だから憎まれても仕方ないのに、姉さんはとても私を大切にしてくれた。いつも‥‥私を守ってくれた。
 けれど私が十五の時、父さんは姉さんと母親を家から追い出した。
 ジーザス教徒達から後ろ指を指され、財産を食い潰して家が傾き‥‥亡くなった父さんの借金を私が返す事になってもまだ、姉さんは私のために泣いてくれた。
「これであと半分です。もう少しですから‥‥我慢するんですよ」
 姉さんはちょくちょく娼館に来て、かなりの額のお金を置いて行った。
 あの頃、私はお金の出所を知らなかった。娼館から抜け出したいばっかりで、ただ借金が減った事を喜んでいた。
 けれどある日を境に、姉さんはぱったりと姿を現さなくなった。
「ラモンは、男をダマして金を巻き上げてたんだそうだよ。彼女が置いてったのは、そういう金だったんだねぇ‥‥」
 娼館の女将さんは、私にそう説明してくれた。
 姉さんが詐欺の罪で逮捕された事。そして‥‥姉さんを捕らえたのは、ビリーという騎士と静馬という武士なのだという事も。
 静馬の事は知っていた。何度か私の『客』として店に来たのに、一度も私を抱こうとしなかった珍しい人。
 『ラモンという女性』について何度か聞かれたので、私は自分が妹だという事を伏せ、姉さんがよく来る日や時間を話してしまったのだ。
 私のせいで姉さんが逮捕された‥‥私は自分を責め、静馬を憎んだ。
 なのに‥‥
「君の借金は全て返した。拙者と‥‥一緒に来てくれないか」
 静馬は残った半分の借金を肩代わりして、私を娼館から連れ出してくれた。
 その時私は、姉さんの恨みを晴らす絶好の機会だと思った。どう復讐すればいいのか、考えてはいなかったけれど。
 けれど彼と暮らす内、そんな気持ちも次第に薄れていった。
 静馬は誰よりも誠実で優しく、細やかに私を気遣ってくれ‥‥私もそんな彼に心惹かれていったのだ。
 二人で暮らし、パン屋を始め、プラム君を世話をする様になり、一年程経った頃‥‥。
「大丈夫ですか、カミーオ。もう心配いりませんよ」
 姉さんは突然私の前に現れた。魔法で姿を変え、私が一人でいる時に。
「可哀想に‥‥あの武士に無理矢理連れて行かれて、さぞ辛かったでしょう」
 私は何も言えなかった。姉さんはライールの手引きにより脱獄し、騎士団に追われながら私を心配してくれたのだ。
「私はこれから、あの男達に復讐をします。大丈夫、貴女はただ見ているだけでいいんですよ」
 にっこりと微笑む姉さん。私は何も言えなかった。
 ある日、風邪をひいた静馬の診察にライールを呼んだ。彼は特製の毒薬を『薬』として処方した。
 静馬はそれを飲み続け、ゆっくりと弱っていき‥‥帰らぬ人となった。
 私は‥‥何も言えなかった。

  ◆

「ライールが‥‥ビリーを殺したですって?」
 逃げ帰った部下からの報告を聞き、ラモンは愕然とした表情になった。
 キャメロットから離れたアジトの一つに潜伏し、次はどうやってビリーを苦しめようかと画策していたのだ。
 報告によれば、ビリーを殺した後ライール本人も騎士団に捕まったのだという。
「何という事‥‥一体、どうなっているのですか」
 ラモンは艶やかな黒髪を振り乱し、頭を抱えた。
 ライールは、尋問され自分との関係を話すだろうか。そうなれば、アジトの場所が知られるのも時間の問題だろう。
「‥‥いいでしょう。私自ら確かめに行きます。カミーオ、着いて来てくれますね」
 明らかに狼狽の色を見せ、ラモンは隣に立つ妹へ視線を向けた。
 カミーオは身軽な白の衣服を纏い、腰に刀を下げている。
「でも姉さん、私も姉さんも顔を知られているわ。キャメロットに行くのは‥‥」
「外見など私の魔法で変える事ができます。ビリーについては貴女の方が詳しいでしょう?」
 心配そうなカミーオを、ラモンは強引に説き伏せた。
 普段なら、彼女は妹に危険が及ぶ様な事はさせない。狼狽している証拠だった。
「‥‥わかったわ。姉さん、私から離れないでね」
 カミーオはそう言うと、悲しげに俯いた。

  ◆

「なるほど‥‥そういう事だったのか」
 椅子に腰を下ろし、ビリーは大きな溜め息をついた。
 目の前では、同じく椅子に座ったフィーネがアップルジュースに口をつけている。
 彼女の口から、カミーオの立場や動機について詳しく説明を受けていたのだ。
 ここは、キャメロットから徒歩で数時間離れたカイザード家の屋敷。当主であるフィーネは、この屋敷を始め複数の家を所持している。
 『ビリーは死んだ』という偽情報を流したため、この屋敷に姿を隠しているのだ。
「しかし‥‥知ってたならどうしてこの間教えてくれなかったんだ」
 少しばかり恨めしそうに、ビリーは眼前の少女へ抗議した。
 フィーネはジュースの器を置き、正面からビリーを見つめる。
「カミーオ様が、ビリー様には教えないでほしいとおっしゃったのですわ。彼女はビリー様の優しさをよくご存じです。本当の事を知れば‥‥貴方の心に『迷い』が生じると思ったのでしょう。ビリー様‥‥カミーオ様は、最後まで貴方に憎まれ、投獄されたいと考えたのですわ」
 聞き分けの無い子供を言い聞かせる様な口調だった。
 ビリーは言葉をつまらせ、バツの悪そうな表情を浮かべる。
「しかし‥‥今の話じゃ、カミーオが静馬を殺したって訳じゃないんだろ? あいつはただ、何も言えなかっただけで‥‥」
「全てを解って、何も言わずに『見て見ぬふり』をしていたのです。彼女は間違いなく、静馬様の死の一端を担ったのです」
 カミーオを信じたいと願うビリーの甘い考えを、フィーネは鋭利な言葉で断ち切った。
 彼女は立ち上がり、鋭い視線でビリーを見下ろす。
「カミーオ様の願いは贖罪です。自らの罪と向き合い、その裁きを受ける事です。ビリー様‥‥もし貴方が手心を加え、ラモンだけを捕らえる様な事があれば‥‥カミーオ様は自ら命を絶つでしょう。彼女を捕らえ、騎士団へ引き渡し、裁きを受けさせる『覚悟』が貴方にはあるのですか?」
 フィーネは強い語気で、一気に言葉を浴びせかけた。
 ビリーは少女の顔を無言で見つめ‥‥再び大きく息を吐き出した。
「‥‥すまない、俺が甘えてたよ。カミーオは親友の女だ‥‥ケジメは、俺がつけなきゃな」
 言って、ビリーは小さく頭を下げた。
 フィーネは目を閉じ、安堵したようにこくりと頷いた。
「それでは、ビリー様は引き続きここにいらして下さい。私はキャメロットのギルドへ行って参ります。ラモンを捕らえるため、自由に動ける人手が必要ですから」
 それだけ言うと、フィーネは静かに部屋を出て行った。
 一人残されたビリーは椅子にもたれかかり、天井を見上げる。
「なぁ静馬‥‥神様ってヤツは、とことんクソッタレだ」
 吐き捨てる様に呟いた。

●今回の参加者

 ea7094 ユステル・フレイム(29歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb0005 ゲラック・テインゲア(40歳・♂・神聖騎士・ドワーフ・ノルマン王国)
 eb1903 ロイエンブラウ・メーベルナッハ(25歳・♀・ナイト・エルフ・ノルマン王国)
 eb2020 オルロック・サンズヒート(60歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 eb2200 トリスティア・リム・ライオネス(23歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2638 シャー・クレー(40歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb2681 ロドニー・ロードレック(34歳・♂・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb3173 橘 木香(29歳・♀・浪人・人間・ジャパン)

●サポート参加者

レジーナ・オーウェン(ea4665

●リプレイ本文

「なるほどね‥‥相変わらず冴えてるな、じいさん」
 楽しげにそう言うと、ビリーはニヤッと笑って見せた。
 ここ最近フィーネの屋敷に籠もりきりのビリーは、久々の来客を歓迎していた。
「なぁに、ちょいとした思いつきじゃよ」
 同じ様に笑うのは、本日の来客オルロック・サンズヒート(eb2020)だ。
 今回の依頼を受けた冒険者達は、屋敷へ自由に出入りする事を許されている。
 老エルフはビリーの元を訪れ、ラモンを捕らえるための『作戦』を伝えていたのだ。
 役目を終えるとオルロックは椅子から立ち上がった。
「何だじいさん、もう行くのか」
「きっちり『仕込み』をせんとの。まぁ、お前さんはしばらくゆっくりしとるといい」
 そう言って微笑むと、オルロックはビリーに背を向けた。
「‥‥こんな辛い事は、とっとと終わりにせねばのう」
 背を向けたまま、老エルフはぽつりと呟く。
 どんな表情をしているのか、ビリーからはわからない。そのまま振り返る事無く、彼は部屋を後にした。

  ◆

「どうやら、上手くいったみたいじゃん?」
 地面に倒れ伏すチンピラ達を見下ろし、シャー・クレー(eb2638)はやれやれ、と一息ついた。
「そうですね‥‥後は、上手く踊ってくれればいのですが」
 その隣で、ロドニー・ロードレック(eb2681)も剣を収めた。
 彼の視線の先には、一人だけ逃げ去って行くチンピラの背中がある。
 偽葬儀の場所と時間をそれとなく吹き込み、わざと逃がしたのだ。これでラモンを誘導できるだろう。
「お嬢、これからどうするじゃん? 一応別働隊もいるけど、もうちょいチンピラ退治頑張るじゃん?」
 シャーが振り返った先には、いつもの様にトリスティア・リム・ライオネス(eb2200)がいる。
 お嬢様と護衛の騎士二人。三人は冒険中ほとんど行動を共にしていた。
 しかし‥‥今回は幾分様子が違う。
「‥‥シャー、ロドニー、そっちは任せるわ。私はちょっと別行動を取るから」
 何事か考える様な表情で、トリスティアは騎士二人に言った。
 シャーとロドニーは満面に驚きの色を浮かべる。
「お嬢が単独行動なんて‥‥どういう風の吹き回しじゃん?」
「危険ですトリス様。まだどこにラモンの配下が残っているか解りません。ご用なら我々が‥‥」
「私がやらなきゃ意味がないの。私が知性も備えたレディーだって事‥‥あのいけ好かないフィーネに教えてやるんだから」
 心配する部下二人に、お嬢様は不敵な笑みを浮かべて見せた。
「‥‥お嬢、人間には向き不向きってモノがあるじゃん。頭に無理させると熱が出るじゃん」
 本気で心配そうに言うシャー。トリスティアのこめかみが引きつった。
「あーんーたーは! 下らない心配してんじゃないわよ!」
 言いながら、シャーの出っ張ったアゴを両手で力一杯締め上げる。
 そしていつもの様にロドニーを振り返った時。
「頭脳労働ならー、力を貸しますよー」
 間延びした声が割り込んで来た。三人と共にチンピラ退治をしていた橘木香(eb3173)である。
 いつも眠たげな彼女だが、今回は珍しく最初から働いている。
 そんな彼女を、お嬢様と部下二人は呆気にとられた表情で見つめていた。
「なんだかみょーに頭がすっきりしてるのです。今なら私の頭脳が素敵な事になるのですよー」
 えへんと薄い胸を張る木香。
 シャーとロドニーは顔を見合わせ‥‥
「お嬢、行ってらっしゃいじゃん」
「トリス様の頭脳ならば成し遂げられるでしょう」
 木香の申し出を、問答無用で却下した。

  ◆

「プラム君‥‥これから、少し出かけてくる」
 食事中のプラムに向かい、ロイエンブラウ・メーベルナッハ(eb1903)は言った。
 パン屋の中は相変わらず閑散としていたが‥‥定期的に顔を出す彼女のお陰で、プラムは少しずつ表情を取り戻していた。
「おでかけ‥‥れすか?」
「ああ。今日は少し遅くなるかもしれない。一人でもちゃんと食事をするんだぞ」
 放っておくと食事をしない少年に、ロイエンブラウは念を押した。
 依頼の事について、プラムには話していない。しかし少年は何かを感じ取り‥‥そして何も聞かなかった。
「あい。気をつけていってらっしゃいれす」
 ほんの少しだけ微笑むプラム。
 その表情を悲しげに見つめ、ロイエンブラウはパン屋を出て行った。
 一人残されたプラムは、もう食事に手をつけなかった。
 『ロイおねーさん』が、『カミーオおねーちゃん』の事で何かしている‥‥薄々そう気づいたからだ。
「ぼく‥‥どうしたらいいのれすか‥‥」
「それは貴殿次第だ」
 プラムの儚い呟きに、答える声があった。
 振り返ると、パン屋の入り口にユステル・フレイム(ea7094)が立っている。
「ロイエンブラウ殿は、カミーオ殿を追っている。貴殿との約束を果たすためだ」
 ユステルは、ロイエンブラウが伏せていた事をはっきりと言った。プラムの体がビクリと震える。
「‥‥辛いだろう。だが再び立ち上がる勇気を持てるのなら‥‥必ず、道は開ける」
 力強く言い切るユステル。プラムはぎゅっと目を閉じた。
「目を背けるな。前も言ったろう、貴殿は‥‥愛されているのだ。それだけで充分立ち上がる『力』になるだろう」
 再びユステルの声が響く。
 プラムはゆっくりと目を開き‥‥テーブルの上の短剣を手に取った。

  ◆

「大いなる白き女神よ、志半ばにして一つの魂が御許へ向かいました。どうか大いなる慈悲を持って、この魂を受け入れ給え‥‥」
 十字架のネックレスを掲げ、ドワーフの神聖騎士ゲラック・テインゲア(eb0005)がゲルマン語で朗々と祈りを捧げた。彼の前には一つの棺桶が横たわっている。
 よく晴れたこの日、ビリーの偽葬儀は粛々と行われていた。神聖騎士であるゲラックが葬儀を取り仕切り、キャメロット郊外の墓地に弔問客が集まっている。
 オルロック、シャー、ロドニー、木香、そして一般人を装った冒険者‥‥ラモンを警戒させぬ様、少人数での葬儀となった。
「御許へ向かい、魂は清められ、大いなる安息、永遠の安らぎを‥‥」
 祈りを続けるゲラックは、視線の端に目的の人物を捕らえた。
 祈りを途切れさせず、すぐ近くにいるオルロックへ目配せする。ゲルマン語しか話せないゲラックと言葉は通じないが、その意図は理解できた。
 オルロックが右方向へ視線を向けると、見覚えの無い二人の女性がこちらへ近づいて来る所だった。
 しかしその衣服は対照的に白と黒。背後には十人程の男達が従っており‥‥何より片方の女性の手首には、美しい金のネックレスが巻かれている。
 間違い無い。ラモンとカミーオである。
「‥‥神聖な葬儀の最中なのじゃが、弔問にいらした方かな?」
 祈りを中断し、ゲラックは怪しい一団に問いかけた。
 冒険者達も一斉にそちらへ視線を向ける。
「どうやら‥‥本当だった様ですね」
 ゲラックの問いには答えず、黒い衣服を着た女がイギリス語で呟いた。
 その瞬間、見覚えの無い女二人の顔が変わった。ミミクリーの効果が解け‥‥ラモンとカミーオの外見に戻ったのである。
 冒険者達は一斉に身構えた。
「いいでしょう‥‥ならばその骸をいただきます。まだまだ‥‥終わらせなどしませんよ」
 ゾッとする笑みを浮かべ、ラモンは部下達に目配せした。
 カミーオを始め、背後のチンピラ達も武器を抜き放つ。途端に戦闘が始まった。
「カミーオ・シェルトン、剣を構えていただきましょう」
 カミーオの前に立ったのは、ロドニーであった。
 カミーオは油断無く剣を構え、眼前の騎士へと向ける。
「本来レディと剣を交えるのは紳士的では無いのですが‥‥貴女のトリス様に対する所業、許すわけにはいきません」
 いつに無く厳しい表情で言い放ち、ロドニーは地面を蹴った。

 人数は敵の方が多い。だが冒険者達は十分にその相手を受け止めていた。
 ガギンッ!
「っつぁ! そうれ今じゃ!」
 チンピラの攻撃を受け止め、ゲラックが背後に声をかける。
「ほほ、こりゃあ堅いのぅ‥‥そりゃ!」
 その瞬間、オルロックが唱えたファイヤーボムで後方のチンピラ達が吹き飛んだ。
 ゲラックと対峙していたチンピラが思わず振り返る。
「よそ見はダメですよー」
 その機を逃さず、サイドから木香が鎖分銅を投げつけた。
 チンピラはかわす間もなく、分銅を喰らって悶絶した。

「ザコはとっとと引っ込むじゃん!」
 長剣と銀の槍を振り回し、シャーは向かって来るチンピラを薙ぎ倒した。
 二人目の敵を叩き伏せると、ロドニーへ視線を向ける。
「‥‥お嬢の事だからって、アツくなったらダメじゃん」
 視線の先では、ロドニーとカミーオが打ち合っていた。
 ‥‥と言うより、向かって来るロドニーを、カミーオがいなしている感じである。
「くっ‥‥もういいでしょう。貴女との勝負は御預けです」
 その時、突如としてロドニーが剣を引いた。カミーオは怪訝そうな顔をする。
「‥‥どういう事?」
「本命の方が到着した様なので、私は退かせてもらいますよ‥‥ロイエンブラウさん」
 ロドニーの背後から、長身の女騎士が現れた。
「‥‥感謝する、ロドニー殿」
 ロドニーに感謝し、ロイエンブラウは鋭い眼差しで日本刀を構えた。
 カミーオは悲しげな表情になる。
「‥‥そう、貴女なのね」
「ああそうだ。私はお前を許さない‥‥恋人を見殺しにしたコトでも、その親友を騙したコトでもない、お前を慕う少年の想いを裏切ったコトをだ!」
 怒りを吐き出し、上段から日本刀を振り下ろす。受け止めたカミーオの顔が歪んだ。
 押し返して距離を取り、二人は再び打ち合った。スピードもパワーもいい勝負である。
「‥‥許さない、と言う割には殺気が無いのね。私が憎いんでしょう?」
 打ち合いを続けながら、カミーオが悲しげに問いかけた。
 だが『殺気が無い』のはカミーオも同じだった。ロイエンブラウはそれに気づき、カミーオを睨み付ける。
「約束したんだ‥‥お前を連れて帰ると、あの子と約束したんだ!」
 声を張り上げ、再び上段から強烈な一撃を繰り出す。
 カミーオも間一髪受け止め、再び二人は睨み合った。
「ありがとうなのれす、ロイおねーさん」
 その時、ロイエンブラウの背後から愛らしい声が届いた。
 カミーオの表情が驚きに染まる。女騎士が振り返ろうとした瞬間、タタンっと軽い足音が響き、何か軽い物が彼女の肩を踏み台にして飛び越えて行った。
 二人は戦いを忘れ、頭上を舞う小さな人影を目で追った。それは間違い無く、プラムだった。
 少年は大きく跳躍した‥‥ラモンの方へと向かって。
 ガスッ!
「ぐぁっ!?」
 ラモンの周囲を守っていたチンピラの一人を、プラムは頭上から見事に蹴り倒した。
 チンピラ達は驚愕の表情を隠せない。
「なっ‥‥何をしているのです! 早く倒してしまいなさい!」
 突如目の前に敵が現れ、ラモンは狼狽していた。
 ラモンの声を聞き、チンピラ達の一人がプラムへと斬りかかる。
 プラムは素早くかわすが、その背後で別のチンピラが剣を振り上げていた。
 ギィンッ!
 だが、その剣がプラムへ届く事は無かった。
「そうだ、恐れずに飛び越えろ。後は自分に任せておけ」
 盾を構えたユステルが、プラムの背後を守っていた。
「くっ‥‥」
 ラモンは狼狽しつつも、小走りに棺桶へと辿り着いた。
 荒い息を整え、ゾッとする笑みを浮かべる。
「ふ‥‥ふふ‥‥ビリー・クルス、その亡骸‥‥私のオモチャにしてあげます」
 言って、呪文を唱え始めた。クリエイトアンデットである。
「悪いが、御免こうむるね」
 だがその瞬間、棺桶の中から声がした。続いて棺桶の蓋が勢い良く跳ね上げられる。
 詠唱の途中だったラモンは身動き一つ出来ず、驚愕の表情を浮かべたまま眼前に立つビリーを見つめた。
 ビリーはラモンが手にしたホーリーシンボルを奪い取ると、剣を彼女の喉元に突き付けた。
「チェックメイトだ」
 短く言い放つビリー。驚愕に歪んだラモンの顔が、次第に怒りへ染まってゆく。
「くっ‥‥だ、誰か! この男を捕らえなさい! この男を‥‥」
「はいはい、悪あがきはそこまでよ」
 わめき散らすラモンに、見下す様な声が投げかけられた。
 全員の目がそちらへ向く。そこには、騎士団を引き連れたトリスティアが立っていた。
 彼女はラモンを捕らえるための作戦を騎士団に告げ、協力を仰いでいたのである。トリスティアらしくない地道な作業だが‥‥素晴らしいタイミングだった。
「あら‥‥先を越されましたわね」
 その時、背後から聞き慣れた声がした。
 振り返ると、そこには多くの男達を連れたフィーネが立っていた。彼女はビリーの道場仲間を引き連れて来たのである。
 トリスティアはニヤリと笑った。
「あーら、随分と遅かったわね」
「貴女の方が手際良く人を集めていたとは‥‥青天の霹靂ですわ」
 つと視線を逸らすフィーネ。その態度だけで、トリスティアは満足だった。
「そこの似非クレリック、あんたがくれた言葉、そのまま返すわ。あんたに最高の屈辱と不幸と悲しみを」
 皮肉をたっぷり込めて言うトリスティア。それと同時に、集まった騎士団と剣士達が墓場を取り囲む。
 ラモンは狂った様に叫び声を上げた。ビリーが彼女を取り押さえる。
「もうええんじゃよ‥‥」
 そんなラモンに歩み寄り、オルロックは優しく語りかけた。
「お前さんの気持ちは、ようくわかった。方法は間違っとったが、妹さんを深く愛しとった。じゃから‥‥もう憎むのも憎まれるのも終わりにするのじゃよ」
 ラモンの絶叫が止んだ。
 この場の誰一人として、声を発する者はいない。
 静寂の中‥‥ラモンのすすり泣く声が周囲に響き渡った。