【嘆きの聖女】差し伸べた手
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■シリーズシナリオ
担当:桜紫苑
対応レベル:6〜10lv
難易度:やや難
成功報酬:6 G 38 C
参加人数:5人
サポート参加人数:-人
冒険期間:12月15日〜12月24日
リプレイ公開日:2008年12月24日
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●オープニング
●消えゆく人々
「旦那サマー! 旦那サマァー!」
騒々しいメイドの声に、ポーツマス領主、ウォルター・ヴェントリスは顔を顰めた。
深刻な相談をしていたのに、一体何の用だ。
「どうかしたのか」
飛び込んで来たメイドはご立腹だった。ここしばらく機嫌が悪かったのだが、とうとう爆発したらしい。
「ミリセントが戻って来ないにゃーッ!!」
うきぃ!
毛を逆立てた猫のように怒り出したメイドに、ウォルターは溜息をつく。
「そんな事は今更だろう?」
ミリセントは、領主がポーツマス復興の為に冒険者達に開放している館の住人だ。冒険者ではなく吟遊詩人の卵だが、保護者のサミュエルにくっついてこの街へとやって来た。夜遊びが大好きで、夜な夜な街の酒場へと繰り出し、夜遊び女王の名を欲しいままにしている。
帰館は朝方で、夕方まで死んだように眠り、寝起きも悪い。
そんな生活態度の若い娘に、この世話係は常々腹を立てているのだ。
「そうやって旦那サマが甘やかすから、いつまで経ってもあのまんまなんにゃ! 一昨日なんか、食事の後にピックをくわえるとゆー、とても年頃の娘とは思えない事をしていたにゃ!! 今度とゆー今度は我慢ならないにゃ!! サウザンプトンにある妹の店に行儀見習いに行かせるのにゃーッッ!!」
「‥‥サウザンプトンの」
ぴくり、とウォルターのこめかみが引き攣る。
隣合う街、サウザンプトンとは色々と因縁があった。
サウザンプトンはポーツマスに隷属に近い状況を強いて来た。それに大きく関わって来たのが忌まわしき女、前領主の妻だった。だが、今では新しい領主のもと、ポーツマスよりも復興が進み、それなりに暮らしやすい街となっている。
新しい領主は、前領主の甥であるアレクシス・ガーディナー。ウォルターと年も近く、何かと比べられる事も多い。
「んダ。紳士を育てる店として有名なのにゃ!」
「‥‥紳士を育てる店で、ミリセントに行儀見習いか?」
そこら辺はスルーで。
メイド娘は背伸びすると、ウォルターの机をぱんぱん叩いた。
「とにかく! ミリセントを見つけたら捕獲するのにゃ!!」
怒るだけ怒って部屋を出て行ったメイドに、長椅子に腰掛けていた青年が長く息を吐き出す。
「まったく騒々しいったら」
「フランシス」
苦笑して、ウォルターは友人へと向き直った。
「ミリセントが戻らないというのはいつもの事だが、万が一の可能性もある」
「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥そうだね」
その長い間は何だ? いや、分かっているが。
ウォルターも再び溜息をつくと、手元の羊皮紙に視線を戻した。
「話を戻そう。ここのところ、失踪者の数が急激に増えている。その半数が、聖女の館に勤めている者だ」
「館に勤めている者と言っても、最近は何がしかで関わっている者が増えたからね。一概には言えないと思うけど」
言葉に詰まる。
そうなのだ。ウォルターも尽力してはいるが、街の人々を救うまでに至ってはいない。聖女の癒しに縋ろうとする者は増え続ける一方だ。それだけではない。聖女は街の人々を協力者として雇用している。気持ち程度の賃金だが、それでも金が手に入るのは有り難いと館に勤める者達も増えていた。
「聖女の館に勤める者が失踪している言うけれど、本当に失踪かな? 例えば、館で手に入れた幾許かの金を持って、もっと住みやすい街に‥‥例えばサウザンプトンとかに移ったのかもしれないよ?」
ウォルターがサウザンプトンに対して複雑な感情を持っていると知っていて、わざと逆撫でするような事を言う。
不機嫌さを顔に出したウォルターに、フランシスは冷笑を浮かべた。
「館の方も、契約分の仕事をして貰い、賃金も支払ったと言っているわけだし。何でもかんでも疑われちゃ堪ったものじゃないよね」
「それは‥‥そうだが」
反論の言葉を探して、ウォルターは口籠もる。
そんな領主を一瞥して、フランシスは立ち上がった。
「とにかく、失踪した者達の「失踪理由」を調べて貰えばいいわけだ。それなら、依頼を出せばいいじゃないか。館への伝手を持っている冒険者も少なくないわけだし」
一方的に言い切ると、フランシスは足早に部屋を出ていく。
ここしばらく、ずっと彼はこんな調子だ。何かに苛つくように、憤るように、恐れるように、ウォルターとの会話を打ち切ってしまう。
悩みでもあるのだろう。ならば、友である自分に打ち明けてくれればいいのに。そうすれば、ウォルターも出来る限りの力になってやれる。かつて、ポーツマスの惨状に呆け、嘆くしかなかった自分を、フランシスが支えてくれたように。
けれど、詮索したくはない。
ウォルターは、何度目かの溜息をついてペンを手に取った。
ギルドへ「失踪者」の調査依頼を出す為に。
●とある酒場での出来事
「ふざけてやがるぜ、畜生!」
どん、と酒の入った器を机に叩きつけて、男が怒鳴る。
周囲で飲んでいた男達は、困ったような顔をして笑うばかりだ。
荒れたくなる気持ちも分からないではない。何しろ、自分達も同じだから。
「なんだって、あのネズミ野郎ンとこの仕事が増えて、俺らの仕事が減ってるんだ!?」
「仕方がないだろうが。今、海は何かと危ねぇんだから」
交易相手も、荷主も、危険が大きい海路よりも確実な陸路を選んだ。それだけの事だ。
「それにしたって、トムの所の荷は増えてるよな。俺達が運んでいた分が回ったにしても、一日何便出てるんだ?」
「一度に運べる量が違わぁな!」
どっと笑いが起きた。
海がいつもの姿を取り戻したら、すぐに元通りになるだろう。
そう予感していたから、彼らは深刻になる事もなく、酒を飲み、苛立ちを吐き出して鬱憤を晴らす。
それは、木枯らしが吹き付ける日の、とある酒場での出来事であった。
●リプレイ本文
●保護者の憂鬱
「‥‥」
テーブルの上に突っ伏している娘を一瞥すると、ミュール・マードリック(ea9285)は背後の男を振り返った。
「この娘は、いつからここに落ちている?」
「あ? ああ、お嬢か。今回は2日程前じゃなかったかな」
今回は‥‥か。
ミュールは息を吐いた。領主が用意した館に住み着いているこの娘は、しょっちゅう、ここに「落ちて」いるようだ。年頃の娘が嘆かわしい事だ。
そう考えて、ふと我に返る。
何やら親父くさい。人の時間で言えば、確かにこれぐらいの娘がいてもおかしくはないが、本当の年齢は、まだそんな年じゃない。
小さく舌打ちして、ミュールはミリセントの体を担ぎ上げた。
「お嬢をどこへ?」
「保護者に返品してくる」
酒臭い娘に口元を引き攣らせ、大股に歩き出す。
ー‥‥2日前、という事は依頼が出た後で酒場へ現れたわけか。それまで、どこにいたんだ? この娘は‥‥。
保護者でもないのに、頭が痛くなる。
「‥‥仕方がない‥‥か」
見ず知らずというわけではないから、放ってはおけない。保護者に引き渡すぐらいは、たいした労ではないのだから、と自分自身に言い聞かせて、ミュールは先ほど辿った道を戻り始めた。
●失踪した者
年若い娘が運んでいた薪の束を手に、アリスティド・ヌーベルリュンヌ(ea3104)は館へと続く道を歩き出した。
「あの‥‥すみません。手伝って頂いて‥‥。でも、私」
小走りについて来る娘の何度目かの言葉を遮って、アリスティドは口を開く。
「気にしなくてもいい。私も館で奉仕をしている者だからな」
驚いて目を見開いた娘に苦笑する。旅装束の、街で見掛けない男がポーツマスの聖女の館で働いていると言っても不審がられるだけだろう。
「以前、世話になってな。街を離れる時に暇を貰ったが、近くに来る用があったので立ち寄った」
「そうなのですか」
歩調を緩め、アリスティドは娘に並んだ。
「以前と比べて、だいぶ顔ぶれが変わったな。皆、辞めたのだろうか‥‥」
独り言のような呟きを、アリスティドの思惑通りに娘は拾った。寂しげな微笑みを浮かべて頷く。
「以前‥‥というのが、いつの事かは存じませんが、最近、街を出て行く人が増えました。私の家の隣に住んでいた人達も、いつのまにかいなくなってしまって‥‥」
相槌を打てば、娘は問われもしない事まで語り出す。
隣に住んでいた家族の話、小さな男の子がやんちゃで、彼女を姉のように慕ってくれた事、その子が夏に風邪をこじらせて聖女の癒しを受けた事、その後、父親と母親が感謝の奉仕を始めて、秋の終わりに買っていた犬と一緒にいなくなった事‥‥。
「どこへ行くか聞かなかったのか?」
「急に居なくなったものですから‥‥」
心配だな、と水を向ければ、項垂れる。本当に、一家がどこに行ったのか知らない様子だった。
●内情
トム・カムデンと名乗る男の素顔を知る者はいない。
顔に醜い傷跡があるという噂もある。けれど、噂はあくまで噂だ。
「顔を見られたくないのかもしれませんね」
御法川沙雪華(eb3387)の言葉に、シータ・ラーダシュトラ(eb3389)は腕を組んで唸る。崩れた塀越しの会話の合間に、沙雪華が洗っている食器の触れ合う音が響く。井戸の水は息を呑む程に冷たい。
指先に息を吹きかけて、沙雪華は続けた。
「‥‥聖女が癒しを与えている場を探ってみましたが、おかしな事はありませんでした」
「そっか」
シータ自身も、聖女の治療を受けた事がある。その時の様子を思い返してみると、確かに聖女は真剣に彼女の傷を癒そうとしてくれていた‥‥と思う。
「おかしいのは、側仕えのマルクという男です。聖女は今にも倒れそうな状態で治療を続けているのに、マルクは彼女を労るどころか、治療を受ける人数を増やしています。そして‥‥」
前掛けで手を拭くと、沙雪華は傍らにかけてあったショールへ手を伸ばした。と同時に、小さな包みを塀の外へと投げ捨てる。
「マルクの部屋で見つけました。受け取った寄進と館の運営費用‥‥どちらもうまく誤魔化しているようですわ」
丁寧に畳まれた手布の中に、かさりと乾いた感触があるのを確かめて、シータは頷いた。
「これ、ウォルターさんに渡してみる」
「‥‥聖女を訪ねて来るカムデンと一番多く接触しているのはマルクです。それから、昨夜、意外な方のお姿を拝見致しましたわ」
夜遅く、人目を避けるように館を訪れた者は、沙雪華もよく知る人物だった。
雪が積もった外套の下から覗いた顔は、領主ウォルターが最も信頼している人物‥‥フランシスのものだったのだ。
●今と未来
おかしいわ、とネフティス・ネト・アメン(ea2834)は眉を寄せた。
ミュールの伝言を受けて、トム・カムデンが扱う荷の集積場を探っていたのだが、荷運びの作業者達におかしな素振りは見られない。威勢の良い声が掛けられ、時折笑顔が混じる。ちょっと乱暴かと思える扱いや、遠慮なく積み上げられていく様子からも、その荷物が取り扱いに注意を要するものではないと知れる。
こっそり中身を透視してみても、おかしな物は入っていなかった。
強いて言えば、ノミや金槌などの工具や、石灰やレンガ等が多いぐらいだろうか。
「変ねぇ。怪しい積み荷があると思ったんだけど」
「そうだな」
突然に声を掛けられて、ネティは飛び上がって驚いた。慌てて振り返ってみれば、ミュールが呆れ顔で立っている。
「やだ‥‥。もう驚かさないでよ」
「‥‥すまない」
何故だか非難され、微妙に表情を動かしたミュールは、とりあえず謝罪の言葉を述べた。だが、彼はすぐに頭を切り替えた。
「それよりも、占いの結果は出たのか」
「怪しい所のない普通の荷物よ」
ネティの口調が硬くなる。視線が落ち着かなく動いているのは、占った結果に何か問題があるからだろうか。
「普通の荷物だが、占ったのだろう?」
「それは‥‥そうなんだけど‥‥」
言い淀んだネティに、ミュールは自分が得た情報を語り始める。それは、ともすれば見過ごしかねない話だった。
「ダンカンへ報告に赴いた時、彼の机の上に地図があった」
「地図?」
頷いて、ミュールはカムデンの荷の集積場を見遣った。
「ポーツマスを中心にした古い地図だ。いくつか印が入っていた。ポーツマスの港と、その先のワイト島の港、サウザンプトンの港、それから街道沿いにいくつか。恐らく、輸送の中継地を記したものだと思う」
それがどうかしたの?
視線で問いかけるネティに、ミュールは僅かに眉を寄せ、考える素振りを見せながら答えた。
「‥‥今の輸送経路‥‥ではないようだった。地図を見たのは一瞬だったからな。はっきりとは言えないが、だが、何か気になった」
それは、冒険者としての勘だ。
だから、とミュールはネティを促す。
「‥‥荷物をね、占ってみたの。そうしたら、人のいない、がらんとした街の様子が浮かんできて‥‥。でも、よく分からないわ。このままだと、ポーツマスに誰もいなくなるという事なのかもしれないし、そうでないのかもしれない」
未来は流動的なもの。今、一瞬の判断によって未来が変わる事は十分有り得る。
有り得るのだが。
「聖女とマルクを付け足して占ってみても、似た光景が見えただけだったわ。だから、分からないの」
●消えた夫婦
「マルクの部屋にお金は隠されてないってサユカが言ってた」
並んで歩きながら、シータが語る。以前、酒場で切られたシータを聖女の元に運び込んだのがアリスティドだ。誰かに見咎められても言いようがあるから、周囲の目を気にする事なく情報が交換出来る。
「とすると、帳簿を誤魔化して得た金はどこに行ったんだ?」
アリスティドの寄進を断ったのはマルクだ。あの時の口振りからすると、大口の寄進が複数あったはずだが。
「分からないって。サユカが探してるけど、隠し部屋は見つからないみたいだし。あと、カムデンは奉仕の人達に振る舞うお酒や給金を持って来て、それを聖別して貰うみたいだね」
「聖別‥‥か」
そう言えば、仕事の終わりに酒が振る舞われていた。
アリスティドも飲んでみたが、何も仕込まれていない普通の酒だった。
「祭壇に捧げて、聖女が祈るんだって」
それでね、とシータは懐から羊皮紙を取り出した。そこに記された名前は、この街で失踪した人々の名を連ねたものだ。思っていたよりも多そうだ。
「この人達の事を調べたんだけど、大抵、家財道具ごといなくなってるんだよね。ただ引っ越しただけ‥‥にも見えなくもないけど」
「だが、偶然が重なったにしては数が多すぎる」
「中には夜逃げ同然の人もいるけど‥‥って、あれ? ミリセント?」
不意に、シータが足を止めた。
彼女の視線の先には、足取りも軽く石畳を行くミリセントの姿があった。夜遊び女王は、これから酒場へご出勤なのだろう。
「あーあ。サミュエルに怒られたばかりなのに」
「目を盗んで出て来たか」
二人して、がっくりと肩を落とす。
ミリセントの素行に関しては、保護者からして諦めている感がある。
「でも、また怒られるんだよ。‥‥あれ?」
見れば、ミリセントが誰かと会話を交わしていた。
小さな赤ん坊を連れた夫婦だ。一言二言、言葉を交わして、ミリセントは赤ん坊の額にキスをする。そして、去っていく夫婦に手を振って別れた。
ただ、それだけの光景。
けれど、何かが引っ掛かる。
「‥‥ねえ、今の人達、やけに荷物が多くなかった?」
互いに顔を見合わせて黙り込んだ。
「そう言えば、女の方に見覚えがある。確か、館で賄いをしていた女だ」
確信めいた予感を抱きながら、彼らは夫婦の後を追う。
けれど、入り組んだ細い路地の向こうに消えた夫婦の姿を見出す事は適わなかった。