【嘆きの聖女】疑惑の種

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:6〜10lv

難易度:やや難

成功報酬:5 G 32 C

参加人数:4人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月20日〜01月29日

リプレイ公開日:2009年01月29日

●オープニング

●疑惑
 聖女の側仕えをしているマルクという男が帳簿を改ざんしている。
 冒険者からの報告を受けて、ポーツマス領主、ウォルターは愕然とした。
 帳簿を改ざんしていた事に驚いたのではない。胡散臭い「聖女」達をいつの間にか信用していた事に、そして、誰よりも信頼する友に疑念を抱いた自分自身に、だ。
「まさか‥‥」
 髪を乱暴に掻き乱すと、彼はそのまま頭を抱え込んだ。
 唇から苦しげな呻きが漏れる。
「フランシスが関わっている? そんなはずはない。フランシスは‥‥」
 幼い頃から共にいた。
 自分の考えを彼が理解してくれているように、彼の考える事ならば、誰よりも分かっているという自負がウォルターにはある。
 フランシスは、不正の類が嫌いだ。
 だが、とウォルターは机の上に投げ出された羊皮紙を見つめながら思う。
 頭が固いと言われる自分と違い、彼は何事にも柔軟に対応出来る。昔からそうだった。
 振り払おうとすればするほど疑念が過ぎる。
 そして、自分はこの一件を見過ごすわけにはいかない立場だ。
 ポーツマスの人々を欺き、食い物にしている者がいるのであれば、それを明らかにして民の暮らしを守らなければならない。
 長い逡巡の後、ウォルターはペンに手を伸ばした。

●依頼
「ポーツマス領主からの依頼か」
 貼り出された羊皮紙に、冒険者は難しげな顔で腕を組んだ。
 依頼の内容は、ポーツマスの街で聖女と崇められている女性の側近であるマルクという男の周囲を調べ、金の流れを探って不正の確たる証拠を掴むこと。
 前回の潜入では、蓄えられている金を発見する事は出来なかったが、隠すにしても流すにしても、聖女の館を経由している可能性は高い。引き続き調査の必要がありそうだ。
 また、怪しいのは聖女達だけではない。
 彼らに関係があると思われるトム・カムデン。誰も素顔を見た事がないポーツマスの商人だ。
 そして、深夜、人目を忍ぶように館を訪ねて来たという領主の親友、フランシスも気になる。友人を思っての行動か、それとも別の思惑があるのか。
「最近、ポーツマスで失踪者が増えているというしな‥‥」
 ふむ、と考え込んで、冒険者は羊皮紙を壁から剥がした。
 
●死の館
 太陽が沈み、辺りは暗闇に包まれていた。周囲に人気はない。
 闇に閉ざされた建物は、息を潜め、解き放たれる時を待っている巨大な怪物のようだ。
 住人は誰も近づこうとはしない、この街で最も呪われた場所。
 そこは美しい女バンパイアが住んでいた館だった。
 慈愛に満ちた領民思いの領主という仮面を被り、この街を死の都と化したという。
「別に関係ないけど‥‥でも」
 かつての領主館を睨みつけるように見上げて、ミリセントは独りごちた。
 潮の香りがする寒風が悲鳴に似た叫びをあげながら吹き抜け、彼女の言葉を散らす。嘲笑うかのような木々のざわめきは、犠牲となった人々のものか、それとも冒険者の手で葬られたバンパイアのものか。
 ふ、と息を吐き出し、ミリセントは肩の力を抜いた。その時。
「見つけたにゃーーーッ!」
 しゃげーーーーーッ!
 奇妙な威嚇音と共に植え込みから飛び出して来た影がミリセントに襲い掛かって来た。
 身構える間もなかった。
「‥‥ちょっと‥‥」
 頭に飛びついて来た物体に、ミリセントはわなと拳を震わせる。
「今、ぐぎっていった! ぐぎって! ムチ打ちになったらどうしてくれるのよ! 雨が降る度に痛むようになったら!」
「暗くなって出歩くお前が悪いのにゃ! しかも、こんな所で! お前は知らないにゃけど、ここは‥‥」
 感じた視線に、ミリセントは体を強張らせた。
 振り返ると、何かが視界の隅を過ぎる。
「ど‥‥どうしたにゃ?」
「今、あの建物で灯りが動いたような気が‥‥」
 ひぃぃぃぃぃっ!!
 またも奇妙な声をあげ、それはミリセントの頭にしがみついた。
「ぐぎって! また、ぐぎって!」
 引き剥がそうとしても、渾身の力でしがみつくそれは離れそうもない。しばらくの格闘の後、ミリセントは諦めた。今日は遊びに出るのは無理かもしれない。
「‥‥これ、取って貰ってたら、サミュエルに捕まるよね、やっぱり」


 肩を落とし、元来た道をとぼとぼと歩き出した後ろ姿が消えるのを確認して、彼は長い息を吐き出した。
 埃が積んだ机の上に置いた燭台に、火をつける。
 仄かな光に照らし出された室内は、荒れ放題に荒れていた。手始めに、机の引き出しを開く。
「忌まわしきものは全て封じる‥‥か」
 乾いたインクで先が固まったペンを手に取り、彼は口元を歪めた。
 ペンと並んでいたのは、小さな器に入った紅。
 大切なものは回収されたはずだが、他は全て建物と一緒に封じられてしまった。汚らわしいものに蓋をするように。
「君に、領主は重すぎるんだよ‥‥。‥‥ウォルター‥‥」
 悲しげな呟きが、死にも似た静寂の中にぽつりと落とされた。

●今回の参加者

 ea0509 カファール・ナイトレイド(22歳・♀・レンジャー・シフール・フランク王国)
 ea2834 ネフティス・ネト・アメン(26歳・♀・ジプシー・人間・エジプト)
 eb3387 御法川 沙雪華(26歳・♀・忍者・人間・ジャパン)
 eb3389 シータ・ラーダシュトラ(28歳・♀・ファイター・人間・インドゥーラ国)

●リプレイ本文

●聖女
「それでは聖女様、失礼致します」
 数人の女が頭を下げ、ゆっくりと扉を閉める。その僅かな隙に小さな体を滑り込ませ、カファール・ナイトレイド(ea0509)は室内の灯りに揺れる影の主を探した。
「‥‥アンジェりん?」
 静かに祈りを捧げていた人物が、その声に顔を上げた。
「まあ。小さなお客様ね」
 差し伸べられた手に従うと、カファは間近にある顔をじぃと見つめて2度3度と瞬きをした。
「アンジェりん。アンジェりんだよね?」
 カファが知る「アンジェ」は母とも姉とも慕う修道女の為にギルドへと飛び込んで来た威勢の良さと、逆境にも負けない強さを持っていた。
 目の前の女性は、彼女にとてもよく似ているけれど、どこか雰囲気が違う。
「あら。私、あなたに会った事があるのかしら?」
 首を傾げながらの問いに頷いて、心の中で「多分」と付け加える。
「アンジェりんは、おいらの事覚えてないの?」
 ごめんなさい‥‥と、その女性は言う。
「私、昔の事を何も覚えていないの‥‥」
 寂しそうに、苦しそうに、女性ーー聖女ーーはそう告げた。
 
●ウォルター
 普段とまるで変わらない生活を送っているフランシスの見張りを愛犬ペフティに任せ、執務室で領主と向かい合っていたネフティス・ネト・アメン(ea2834)は大仰な溜息をついた。
「だから言ったじゃない。親友がそんなに心配なら、自分から踏み込んでみるべきよ」
「そうだな‥‥」
 素直に頷いたウォルターに、ネティは虚をつかれたように目を見開き、黙り込んだ。
「どうした?」
「‥‥いえ、なんだかあっさりすぎて‥‥」
 愕然となって、ネティは額を押さえた。
 反論されたり、開き直られたりに慣れ過ぎてしまっていたのかもしれない。こんな素直な反応を返されると逆に不安になる。
「とにかく! ウォルターさんみたいに迷って悩んでいる人の迷いを取り払うのも占い師の役目なのよ!」
 自分にも言い聞かせるように強く宣言して、ネティはウォルターの前に手際よくカードを並べた。
「占い?」
「そう。これでも腕はいいのよ。えーと、遠い過去はこのカード。‥‥家族同然だったのね」
 ウォルターの表情が動く。
「近い過去はこれ。信頼を寄せ合っているのが分かるわ。そして、現在の状況だけど‥‥」
 真剣な顔をして手元を覗き込むウォルターに、ネティは思わず笑みを零してしまった。弟を見守る気分というのは、こういうものなのだろうか。ちょっとだけ面はゆい気持ちを味わいながら、ネティは次のカードに手を掛ける。
 身を乗り出して来るウォルターに「慌てないの」とお姉さんらしく諭しながら。
 実際には、ウォルターが年上ではあるのだが。
「現在は決意‥‥ね。決断する時期とか、そんな感じ。これからの未来は‥‥」
 カードを捲ったネティの動きが止まる。
「悪い結果が?」
「‥‥悪い、と一言で表すのは難しいわ」
 慌てて笑顔を作って明るく答える。
「ここから先は未来だもの」
「悪いんだな」
 表情を改めて、ネティは肯定を返した。占い師として、結果を偽る事は出来ない。
「占いが示す未来は確定されたものじゃないわ。良いカードなら、その道へと進む為の助言をして、悪いカードならそうならない為の助言をするのよ」
「分かった」
 静かに頷くウォルターに、ネティは泣きたくなった。
 彼は、本当に素直だ‥‥。

●マルク
 街の色んな所に顔を出すには、ミリセントと一緒に行くのが便利だ。
 2、3ヶ所回った後に、シータ・ラーダシュトラ(eb3389)はしみじみと思った。
 夜遊び女王は、しがらみも派閥も関係なく、あちこちに顔が利くからだ。でも‥‥。
「マルクって、存在薄い‥‥」
 ぽつり呟くと、ミリセントは肩を竦めて同意を示す。
 街でマルクについて調べてみても、これといった情報は集まらなかった。分かったのは、この街の出身ではないことぐらいだ。
「ずっと館に籠もってるみたいだけど‥‥あ、でもさ」
 落ち込んだシータの気配に、ミリセントは慰めるように言葉を繋ぐ。
「それでも評判が悪いぐらいなんだから、すっごい嫌な奴なんだよ! きっと! だから、悪い奴ですって報告しちゃえばいいんじゃない?」
 ね?
 覗き込んで来るミリセントに、シータは曖昧に笑ってみせた。落ち込んでいたわけではなかった。ずっと考えていたのだ。
 マルクはこの街の出身ではない。街の人達を癒す、聖杯探索に関わったという触れ込みで現れた聖女。領主からも疑われていた胡散臭い彼らは、どうやって支援者を増やしていったのだろう。
 癒しの力で?
 だが、癒しの力を持つ者は珍しくない。そんなに簡単に支援者が得られるものだろうか。
「あーーーっ! 何がどうなってるんだか、もうボクには全然判らないよ!」
 くしゃくしゃと髪を掻き乱したシータに、ミリセントは苦笑して手を伸ばす。いい子いい子と頭を撫でて、乱れた髪を丁寧に整える。慣れたその手つきに、シータは上目遣いに彼女を見た。
 微笑んでいる姿は、いつも世話係である領主の遠縁に嘆かれているがさつな娘のものではなかった。
「そういえば、ミリセント」
「なに?」
 シータの髪を撫で続けていたミリセントが首を傾げた。
「こないだ、ミリセントが挨拶してた若夫婦、何処に行くって言ってたの?」
「こないだ?」
 手を止めて眉を寄せるミリセント。
「うん。ほら、ボク達がこの街に来てて、サミュエルに怒られて‥‥」
「うーーーん?」
 ほらほら、とシータは指を振った。先日の夜に見た光景を思い出しつつ、懸命に言葉にする。顔見知りに出会い、言葉を交わしただけかもしれない。この街で、ミリセントが色んな所に顔がきく事を、シータは改めて実感したばかりだ。でも、そのまま若夫婦は街から姿を消したという。他の、失踪者と同様に。
 ミリセントが最後に交わした会話の中に、何か手掛かりが残されているかもしれない。
「あー、あの時の事かなあ」
「思い出した!?」
「うん」と頷いて、ミリセントは続けた。
「家族が何の心配もなく暮らせるって聞いたから、新しい街に行くって言ってたっけ」

●トム・カムデン
「荷が足りないって? そんな事はないはずだ! ちゃんと確かめろ!」
「これじゃ足りないって言って来てるんだよ! 至急、手配しろ!」
 怒号が飛び交う大広間を覗き込んで、御法川沙雪華(eb3387)は目を細めた。
 ここしばらく、ポーツマスで羽振りが良いトム・カムデンの屋敷は、思っていた以上に騒々しい。指示を出す者達と、その度に右往左往する男達が入り交じって、まるで最前線の陣のような有様だ。
 主の指示を仰ぐ為に、部下が出入りする事はあるだろうが、ここまで騒がしくなるものだろうか。
 不審に思いつつも、沙雪華は気配を消しつつ屋敷の奥へと進む。
 人前に出る事を極端に嫌うトム・カムデン。その正体は謎に包まれている。
 聖女を訪れる時にも、すっぽりと頭から足の先まで覆った状態で出るというし、ネティのテレスコープでも窺う事が出来ない程、私生活も表に出て来ない。
「さて、ここからが問題ですね」
 このような屋敷には、通常、部下達が出入りする公的空間と、主が私生活を送る私的空間がある。ウォルターの領主館もそうだ。屋敷の主の私的空間に出入り出来る者は限られて来る。人の気配が少なくなった廊下を進むと、沙雪華は扉の1つに手を掛けた。主は聖女の館へと出掛け、しばらくは戻って来ない。周囲の様子を探りつつ、ゆっくりと開く。
 重厚で豪華な装飾の施されたその扉は、他の扉とは明らかに雰囲気が違っていた。屋敷の主の私室か、もしくは執務室。そう踏んでいた沙雪華は、室内の様子に唖然として立ち尽くした。
「こ‥‥れは‥‥」
 乱雑に積み上げられた書物、色々と書き付けられた書類が床に散乱し、脱ぎ捨てられた外套が椅子の背に引っ掛かっている。開きっ放しの隣の部屋へと続く扉を覗くと、そこには同様の惨状を呈している寝室があった。寝台の上にも物が散乱して、とても人が眠れるような状態ではない。
「でも、彼は先ほどまで屋敷にいたはず‥‥」
 床に落ちていた数枚の羊皮紙を拾い、簡単に目を通す。それは取り引きの証文だった。どこもおかしな所はない、ごく普通の。本来であれば、きちんと整理されて保管されているはずのものではあるが。
「困りましたね‥‥」
 書類が溢れているのは有り難いが、それを一枚一枚確認するのは骨が折れそうだ。拾い集めるわけにもいかないし、時間もない。
 途方に暮れる沙雪華の耳に、近づいて来る足音が届く。咄嗟に寝室の隅に身を隠すと同時に、足音の主は乱暴に扉を開け、室内へと走り込んで来た。ちらりと目の端を過ぎったのは、出掛けたトム・カムデンの外套だ。
「馬鹿が。急げよ。祈りの時間に間に合わなくなるぞ」
「分かってる」
 部屋の外から掛けられた小さな声に応えると、足音の主は入って来た時と同様に慌ただしく走り去って行った。

●アンジェ
 約束通り、細く開けられていた窓から部屋の中に入ると、カファは音を立てないように慎重に窓を閉める。室内を見回すと、寝台の上は誰かが眠っている形に盛り上がっていた。他には誰の気配もない。
 そっと寝台に近づいて、掛布を引っ張る。
「‥‥いらっしゃい‥‥」
 疲れ切っているのだろう。寝台の主は、一言だけ呟くと再び眠りの中に引き込まれて行った。
「アンジェりん」
 こっそり様子を見ていたから、太陽も昇らぬうちから深夜まで、ずっと動き通しだった事をカファは知っていた。聖女だと崇められてはいても扱いはひどい。昨日なんて、食事の暇も無かったのだから。
「おいらがアンジェりんの事守ってあげるからね。だから安心して眠ってね」
 いつものように寝台の中に潜り込むと、無意識の腕が抱え込むように回された。
 優しい香草の匂いに包まれながら、カファも静かに目を閉じた。