【姫君からの依頼】迫りくるもの

■シリーズシナリオ


担当:桜紫苑

対応レベル:11〜lv

難易度:やや難

成功報酬:12 G 26 C

参加人数:8人

サポート参加人数:-人

冒険期間:01月14日〜01月23日

リプレイ公開日:2009年01月22日

●オープニング

 婚礼道具として「聖骸布」を手に入れた時から、ビューロウに住まう姫、イゾルデの周囲に様々な事件が起きた。
 消えた「聖骸布」は依然として行方不明のままで、「聖骸布」と共に失踪した姫の騎士が、どうしてアンデットになったのかも分からないままだ。
 イゾルデの心中を慮って婚礼は延期されていたのだが、このままずっと先延ばしにするわけにもいかない。
「なるほど。それで、年明けすぐに領主に結婚の報告と挨拶に向かう事になったのか」
 ビューロウはサウザンプトン領内にある。
 イゾルデ姫が挨拶に向かう領主とは、もちろんサウザンプトンの領主だ。
「そうか‥‥。大変だな」
 しみじみとした冒険者の呟きに、ユーリアは深く頷きを返した。
「領主様はご多忙な方ですから‥‥」
 いやいや、そうじゃないから。
 溜息を漏らしたユーリアに、生暖かい同情の目が集まる。
 サウザンプトン領主、アレクシス・ガーディナー。
 このキャメロットの冒険者ギルドとも縁が深い「やんちゃ」領主である。「やんちゃ」と表現される年頃はとっくに過ぎてはいるが。
「それで、ビューロウからサウザンプトンまでの姫の警護を依頼しに来たわけか。だが、今、姫の警護は‥‥」
 冒険者達は顔を見合わせた。
 イゾルデ姫の警護としてビューロウに滞在しているのは、円卓の騎士トリスタン・トリストラムだ。警護に抜かりがあろうはずもない。
 だが、ユーリアはその表情を曇らせた。
「はい。トリス様はサウザンプトンまで付き添いになられます。ですが」
 冒険者を見回し、ユーリアは声を潜める。何か事情がありそうだと察して、冒険者達も顔を寄せた。
「イゾルデ様のサウザンプトン訪問は、トリス様の進言によってその予定の全てが伏せられておりました。領主様にもお願いをして、面会の予定からサウザンプトンへと至る道程、宿も秘密とされていたのです」
 イゾルデの周囲で起きた事件は、未だ謎に包まれている。イゾルデの身の安全を考え、情報を伏せたのだろう。
 ふむふむと相槌を打った冒険者に、ユーリアは更に声を落とす。
「にも関わらず、屋敷に脅迫状が届きました」
「脅迫状!?」
 思わず声を上げた冒険者の口を、別の冒険者が手で押さえた。
 そのまま、ぐいと引いて床に沈ませる。
「内容は?」
「イゾルデ様の旅程が記された地図です。聖骸布を渡せと殴り書きがありました」
 これです、とユーリアは1枚の羊皮紙を冒険者達に見せた。
 一応は極秘扱いの文書である。ギルドといえど、誰の目があるかも分からない。冒険者達は、自然とユーリアを中心にしゃがみ込むようにして頭を寄せ合った。
「‥‥当初は最短距離にあるハイスから船を使う予定でしたが、少し遠回りをしてマーチウッドの村から湾を渡る事にしたのです。これは、供をする者にも知らせてはおりませんでした。ハイスに入る直前に、イゾルデ様と数名の者だけがこっそりとマーチウッドに向かう手筈になっていたのです」
「その情報が漏れていた‥‥と」
 こくりと、ユーリアは頷いた。
 信頼出来る者だけに知らされた情報が漏れていた事は、出発を数日後に控えた彼らに衝撃を与えたようだ。
「それで、トリス様より急ぎギルドに依頼を出すようにと言われ、私がこちらに伺ったのです」
 表向き、ユーリアは領主との面会に合わせて王都で流行っている型で発注していたドレスを取りに来た事になっているらしい。ユーリアがキャメロットを訪れるのに不自然ではない理由だ。だが、極秘の情報が漏れている状況では、それもどこまで通じるか分からない。
「サウザンプトンまでの道中、何が起きるか分かりません。どうか、供の者にも気付かれぬように一団から離れ、イゾルデ様を守って頂けませんでしょうか」
「それは構わないのだが、サウザンプトンまででいいのか?」
 はい、とユーリアは答えた。
「イゾルデ様は、サウザンプトンで数日過ごされた後、ビューロウへ戻られます。その予定は、まだ立てられておりませんので」
 再び情報が漏れる事を警戒しているのだろう。
「では‥‥」
 円になって床にしゃがみ込んだまま、冒険者は仲間を見回した。
「イゾルデ姫の警護と、出来れば襲撃者を確保。基本はこれでいいか?」
 返って来る頷きを確認して、彼らは作戦について真剣な表情で語り合った。

●今回の参加者

 ea0018 オイル・ツァーン(26歳・♂・レンジャー・エルフ・ノルマン王国)
 ea0673 ルシフェル・クライム(32歳・♂・神聖騎士・人間・神聖ローマ帝国)
 ea1123 常葉 一花(34歳・♀・志士・人間・ジャパン)
 ea1249 ユリアル・カートライト(25歳・♂・ウィザード・エルフ・イギリス王国)
 ea2206 レオンスート・ヴィルジナ(34歳・♂・神聖騎士・人間・ノルマン王国)
 ea2708 レジーナ・フォースター(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 ea9669 エスリン・マッカレル(30歳・♀・ナイト・人間・イギリス王国)
 eb8703 ディディエ・ベルナール(31歳・♂・ウィザード・人間・フランク王国)

●リプレイ本文

●聖骸布
 聖遺物、と呼ばれるものがある。
 信仰の対象となった聖人の遺品、遺体の事だ。それらは神の御徴、奇跡を起こすとも言われ、保管してある教会には参拝する者が絶えなかった。
「なるほど。それで読めてきました」
 1つ頷いて、ディディエ・ベルナール(eb8703)は本を閉じた。
「婚礼道具に古布とは奇妙だと思っていましたが、神の祝福があるもの‥‥という事ならば納得です」
「それと、莫大な利益をもたらしてくれるようですよ。世俗的な事ですが」
 苦笑したユリアル・カートライト(ea1249)の言う通りである。聖遺物への巡礼が増えれば、それを所有している教会やその周囲が潤う。街道が賑わい、発展していく。聖遺物は、存在するだけで財を成してくれる宝でもあった。
「しかも、イゾルデ姫の元に持ち込まれたのは「ジーザスの遺体を包んだ」とされる品ですしね」
 本物ならば、とんでもない事だとユリアルは改めて思う。
 ジーザスの血を受けたとされる杯が聖杯だ。聖杯と同様にジーザスの遺品であるとしたら、どのような事が起きても不思議ではない。
「トリスタン卿は、それを確かめようとしておられるのかもしれま‥‥っ!!」
 突然、不自然に途切れたディディエの言葉に、ユリアルは物思いを中断して顔を上げた。
「どうかしまし‥‥ッ!」
 ディディエが落ち着きなく視線を動かしている理由はすぐに知れた。
 ちーん。
 何やら小さな鐘を鳴らしながら佇む1人の女性。法衣を着てはいるが僧ではない。‥‥はずだ。
「あ‥‥あの?」
「仏門を学びたいと思いまして」
 本気だろうか。それとも巡礼に変装しているのか。
 ディディエとユリアルは互いの顔を見交わした。
 レジーナ・フォースター(ea2708)の真意は掴めないが、お揃いの法衣を着て頭の上に乗っている「お蝶ふじん」はノリノリのようだ。ぶんぶんと振り回す金具付きの棒で西を指し示している。
「‥‥西に何があるんでしょうねぇ」
 とりあえず真似しとけ。
 お蝶ふじんの示すまま、ディディエとユリアルも太陽が沈む方角へと手を合わせ、頭を下げた。

●馬車の中
「あ‥‥あの‥‥」
 戸惑いがちの声が漏れ聞こえて来る。
 オイル・ツァーン(ea0018)は溜息をついた。
 見えはしないが見えるようだ。
 俯いたまま困り果てているエスリン・マッカレル(ea9669)と、相変わらずの無表情で外を眺めているであろうトリスタンと、上機嫌のイゾルデ姫が。
 ユーリアと共にキャメロットの仕立て屋の使いとして訪ねて来たエスリンに、イゾルデ姫が興味を示し、馬車にも同乗させてしまったのだ。
 屈託なく質問をしてくる姫に、エスリンはどう対応してよいのか分からぬようだ。無理もない。
「いきなりご対面だからな‥‥」
 ぼそりと呟く。
 相変わらず、姫はエスリンを質問攻めにしているようだ。話題はキャメロットの噂からエスリン自身の恋愛話へと移っていた。
 トリスタンと繋ぎを取った後、すぐに仲間と合流するはずであったのに、何故かこの状況。居たたまれない心地であろうエスリンに深く同情しながら、オイルはもう一度息を吐き出した。  

●内通舎
 もうすぐイゾルデ姫の一行がやって来る。
 ハイスまでの道中で、まとまった人数が姿を隠せる所は限られて来る。注意すべき場所は既に確認済みだ。道端の石に腰を掛け、ルシフェル・クライム(ea0673)は体を伸ばす振りで周囲を見回した。
「こんにちはー。冷えるわねぇ」
 馬の手綱を引いてやって来た人影に、ルシフェルは小さく頷いて手に持っていた温石を投げる。思わず手を出したレオンスート・ヴィルジナ(ea2206)は、程よい温かさのそれに目を見張った。
「あら? 何これ。温かいわね」
「友人から教えて貰ったものだ」
 寒い時に温かい物に触れると和んで来るから不思議だ。ほっこりしながら、2人は世間話を始めた。
「なーんか、妙に人が少ないわねぇ。この寒さだから外に出るのも億劫になるものなのかしら」
「日々の糧を得る為には、寒いのだの何だの言ってられんだろう」
 何気なく交わされる会話の中に、さりげなく情報が盛り込まれていく。ハイスは、サウザンプトンへ通じる入り口の街。少々冷え込んだ所で人の流れが途絶える事はない。つまりは
「どこかで流れが変わっている‥‥と」
 木の陰から姿を現した常葉一花(ea1123)に、レオンスートは肩を竦めた。
「ま、そういう事ね。でもおかしいわよねぇ? ルート変更は出発直前よ? これはやっぱり」
 軽い調子のレオンスートの声が低くなる。
「内通者‥‥がいると思って間違いないでしょうね」
 問題はそれが誰か、だ。
 今回の依頼と以前の経緯、そしてこの状況。レオンスートと一花の会話を聞きながら、ルシフェルは情報を整理すべく考えを巡らせる。そもそも始まりからして妙だった。正体も知れぬ者が持ち込んだ聖骸布、囚われた姫、不死者にされた騎士‥‥。この一連の騒動が同一犯の仕業であるというなら、その目的はどこにある? 聖骸布か、イゾルデ姫か、それとも‥‥。
「‥‥考えている時間は無さそうです」
 手を振って、一花が注意を促す。彼女が見つめる先に、街道を進む1台の馬車があった。その背後から迫る馬に騎乗しているのは、ビューロウの騎士でも、ましてや仲間達でもない。
 御者台に座る御者ーー恐らくはオイルであろうーーが、右に左に攻撃を躱してはいるが、捕まるのも時間の問題だ。
 彼らは無言で頷き合った。

●襲撃
 揺れる馬車の中、怯えるイゾルデ姫を守るように抱き締めて、エスリンはトリスタンを見た。御者台へ声を掛ける表情が、いつもと変わらないように見えて、ほんの少しだけ安堵する。
「大丈夫です。必ず、お守り致します」
 守ってあげたくなるような儚さと、磨き抜かれた珠の、深く吸い込まれるような美しさ。青い顔で見上げて来るイゾルデ姫は、同性の目から見ても美しかった。
 震える手でしがみついて来る姫の華奢な手を握り返して、エスリンは彼女の体を窓際から離す。弓があれば敵を威嚇出来たものを。唇を噛んでも仕方がない。後方の仲間達が合流するまで、武器を持たぬ心許ない状況で姫を守らなくてはならない。
「行くぞっ! しっかり掴まっておけ!」
 御者台からオイルが叫んだ。
 激しい衝撃が襲う。些か乱暴に馬車が止まったと同時に、トリスタンが扉を蹴破った。
「トリス殿!」
「姫を頼むぞ、エスリン」
 投げられたのは、トリスタンの細剣。
「しかし、これは御身の‥‥!」
「剣など、必要ならば敵から奪えばよいだけのこと」
 その言葉に、オイルが面白そうに片頬を上げる。彼も武器はローブの下に隠しているダガーのみだ。あの人数を相手にするには分が悪い。しかし、彼は何の心配もしていない。先行しているルシフェル達、後方についているユリアル達が動き出しているであろう事がわかっているからだ。
「応援が来るまででいい」
「分かった」
 頷いて、トリスタンは素早く地を蹴った。
 オイルも馬車を背に守ってダガーを構える。騎乗した敵が振り下ろす剣を難なく避けて、その腕を掴んで馬から引き摺り降ろす。
「?」
 呆気なく落馬した敵に違和感を感じた。だが、今はそれを考えている場合ではない。馬車の中では、鞘を払った細剣を持ち、エスリンが姫を守っている。自分が為すべきは、仲間が到着するまで姫に危険が及ばぬように守る事だ。
「オイル! 無事!?」
「リョーカ!」
 賊の一角を崩した仲間の姿に、安堵する間もない。ルシフェルは背後からオイルを狙っていた敵の首筋へと手刀を叩き込み、リョーカが馬車へと走る。
 トリスを囲む賊には、ナイフを手にした一花が切り込んでいた。敵に悟られる前に懐へと飛び込み、その刃を滑らせる。
「‥‥おかしいですね」
「剣も良いものではないな」
 ぽつりと漏らした一花に、トリスは頷いて手にしていた剣を投げ捨てた。冒険者の裏をかき、策を巡らせる敵にしてはお粗末過ぎる。何かが違う、と一花は眉を寄せた。
「トリス様‥‥」
 とん、と背を合わせて、一花はそっと囁く。
「何を想い、何を考え‥‥そして何の為に、貴方は動いているのですか‥‥?」
 答えは敵の怒声の中に消えた。

●見えざる影
「こちらも片付いたようですね」
 襲撃して来た者達が全て地に倒れ伏した頃、ようやく姿を見せたユリアルがにこやかに微笑んで仲間を見回した。
「皆さん、ご無事のようで何よりです」
 彼の後ろには、ロープで縛ったごろつきらしい男を連れているディディエがいる。
「高見の見物をしていた者達を捕まえたのですが、どうやら、姫の所に手紙を出した方々のようですねぇ」
 困ったように頬を掻いたディディエに、仲間達も苦笑するしかなかった。みるからに小悪党だ。こんな連中が冒険者やトリスタンの裏をかけるはずがない。
「ふぅん。なるほど、つまりはまだ裏があるって事だね」
 揶揄するようなルシフェルの言葉に、オイルは首を竦める事で応えた。
「ところでユーリア殿」
 手際よく賊を縛り上げていく仲間達の様子を見つつ、レジーナは傍らのユーリアに声を掛けた。
「何か隠してはいませんか?」
 微笑んではいるが、瞳は笑っていない。ユーリアが息を呑む様子を、レジーナは注意深く観察した。
「色々と‥‥この一連の事件には不自然な所があるわけだけど、教えて頂いていいかしら? それとも言いたくない事情でも?」
 あからさまな動揺を見せたユーリアに、畳みかけて問う。
 長い逡巡の後、ユーリアはやがて緩く首を振った。
「分かりません‥‥。私にも、まだよく分からないのです。だから‥‥」
 何も言えません。
 震える声で、けれどまっすぐにレジーナの目を見て、ユーリアはそう言い切った。